救世の魔女フリーレン   作:Assassss

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クレアの説明会


やっぱり大人に頼らず生きていくなんてやめておくべきだよね

「……アルファ、ゼータ。疑うわけじゃないけれど……ちゃんと置いてきたよね?」

「はい。捨てられずに研究員と思しき人物に中身を確認されるところも見ました。」

「その後どうなった?」

「目の届かないところに行ってしまったので、それ以降は監視できなかったよ。……ごめんね、主。」

「謝らなくていいよ。……でもおかしいな。何が起こっているんだ……?」

 

悪魔憑きの治療方法を記載した書類を学園都市から一か月ほど経過したが、世の中に悪魔憑きの治療法が広まる気配は全くなかった。王都の研究機関に潜入するアルファとゼータによれば、研究者の話題に全く治療法に関するものは上らないという。ミドガル王国だけでなく、わざわざ遠方のラワガス学術都市にまで行ってもらい同様のことをしてもらったが、効果なしであった。

 

「……もっと広範囲にばら撒く……とか、どうかな?」

「あんまりやりたくないなぁ。量が多いから、バラ撒けるほど書くの大変なんだよね。」

「イータに、最近王都で目にする印刷技術をここでもできるように依頼する、ならば可能かもしれないわね。」

「ああ、あれ。私の世界にはない技術だったから、期待できるかも。」

 

フリーレンは、時々目立たないように王都へ足を運び、この世界の常識などを学んでいる。その過程で、魔法以外の面でフリーレンの世界にはなかった技術を目にすることも多かった。特に印刷に関する技術に関しては、フリーレンはかなり有用だと感じている。

 

「……でも、おそらくしばらくはできないでしょうね。それよりも……なぜ悪魔憑きの治療法が公開されないのかを考えるべきよ。」

「うーん……そうだろうけど……うーん……」

 

フリーレンは、アルファが作ったロッキングチェアを揺らしながら考えているが、答えは出ない。特殊な事情で悪魔憑きの治療法の公開を嫌がるものがいるならばともかく、複数の立場の人に治療法が無視されるとなると、多くの人々にとって悪魔憑きの治療は不利益ということになる。しかしそんなことは考えにくいことだった。送りつけている情報は大体研究者や学生が拾うことを想定しているが、そのような人々ならむしろ食いつきそうな話であるはずなのに。

ちなみに、このフリーレンが座っている椅子はアルファからのプレゼントということになっているが、落ち着いているデザインながらも異様に品質にこだわった代物であり、やたら座り心地が良い。おそらくガーデンの皆が相当に頑張って協力して製作されたものであることが推測され、フリーレンとしては当然嬉しいのだがその労力は自分たちの生活の為に使うべきであると思っている。同じような代物が他に作られている様子が見受けられないのだ。

 

「……フリーレン様、私の根拠のない勘ですけれど、予想を言ってもよろしいでしょうか?」

「言ってみて?」

「悪魔憑きを秘密裏に必要とする組織がいるのではないでしょうか?」

「……かなり突拍子もない話だけれど……とりあえずなんで必要だと思う?」

 

フリーレンからしてみれば、そのような組織は病人を見つからないようにコソコソ集める物好き集団ということであり、とても実在するとは思えない。

 

「分かりません。……が、悪魔憑きは魔力暴走。その魔力目当てという可能性が最も高いのではないでしょうか?」

 

確かに悪魔憑きの魔力はこの世界では特徴的なので、あり得る話ではある。ただ、フリーレンの常識からするとその魔力の活用法が全く思いつかない。研究目的がせいぜいだが、それならばそもそも治療法の情報を握りつぶす必要性などないはずである。

 

「……でも、私達結構いろんなところに治療法を送り付けたよね?それが全部無視されている現状を考えると……まあいたずらと思われて捨てられたものもあるかもしれないけれど……その組織は、各地に影響力を持つすごく大きな組織ということになっちゃうんだけど……」

「私も……そのような大きな組織が実在するなど信じられない気持ちです。……が、本当にそのような大規模な組織が裏に居て、表にバレないように悪魔憑きを回収しているとしたら……現状にひとまずの説明はつきますね。」

「え、えぇ~?」

「主、私からもいいかな?」

「ゼータ?」

「規模はともかくとして、悪魔憑きの治療法を握りつぶした組織が存在するというのは間違いないと思う。前にラワガスの研究施設に潜入した際の話だけれど、明らかに警備兵の数が過剰だったんだ。まあ、私自身そこへは初めて入ったから、あくまで私の経験からの推測ね。ただ、警備兵の中には練度が突出して高そうな者がいた。他と馴染んでいなさそうな、まるで急いでどこかから引っ張られてきたかのような警備兵がね。」

「ゼータ、なぜその情報を報告しなかったの?」

「いやあ、ごめんアルファ様。流石に『警備兵の数が過剰で実力が不均一』は偶然そういうスケジュールだったなんて可能性は十分あるから。ただ、今の話を聞いて、やっぱり話しておくべきだと思ったんだ。」

「ゼータ、これからは疑わしいと思うだけでも、どこかで報告しておいてちょうだい。……でも、ゼータの話が真実なら……例えばミドガルでの治療法の件がその組織内で共有され、その治療法の持ち主の行動を妨害しようとして警備兵を増やさせた、もしくは増やしたなんてことが考えられる。」

「そういうこと。」

「その目的……まさか、治療法の寡占化?その組織はもともと悪魔憑きの治療法を研究していて、今回自分たちの組織より先に治療法を知った存在をその組織が認知した。だから妨害などを試みている……」

「なるほど。あり得る……。」

 

ここでの寡占化とはつまり、世界でその組織のみが悪魔憑きを治療できる状態を作り上げ、治療法を高く設定することで悪魔憑きやその家族などから治療法をむしり取ってやろうという魂胆を意味する。

だがそれは、フリーレンからしてみれば聞いたこともない程悪意のある話だった。立場の弱い者から治療費を必要以上に取り上げるなど、実際に実行したものを耳にしたことが無い程の心無い行為だ。

 

「…………そんなことするほど人の心が無いなんてあり得る?」

「え?普通にあり得るでしょ、主。」

「そこまで性根が腐ってる人なんてそういないと思うけれど……」

 

フリーレンは経験上、悪人にも五分の理があるものだと思っている。家族を養うために盗みをしなければいけなかったとか、殺した相手方が先に手を出していたとか、そもそも悪行自体が風評被害だったなどということも珍しくなかった。境遇が境遇なだけにガーデンの者たちには言っていない話ではあるが、フリーレンは悪魔憑きを迫害する者達も普段は「良い人」と評価される者が少なからずいるのだろうと思っている。

今回の仮定が事実の場合、その組織は凄まじい労力を割いて自らを隠蔽しつつ研究していることとなり、そこまでする組織が独占に成功した場合、その組織は治療費をどれほど釣り上げたがるだろうか。

 

「あり得るよ。主は優しいから、あんまりそう言うことをする存在が……想像できないのかもしれなけれど、昔そういうの、見たことあるから。」

「……ゼータ?」

 

ゼータは一瞬、昏い目をした。何か一瞬嫌なことを思い出したようだった。

ゼータは、ガーデンの中でも特に自分の過去を語らない。悪魔憑きという経歴上、過去につらい目に遭ったことはだれしも共通しており、それを言いたくないのは自然なことだろう。だがゼータは、それを加味してもあまりにも語らなすぎだった。自分は獣人である、程度しか言わない。本人曰く「聞いても不愉快なだけだし、教えても主に良いことは無い。」とのことである。何か尋常ではない経験をしたこと、ガーデンや自分に好意を持っていることをフリーレンは感じ取っているが、それ以上のことは全く分からないのであった。

従って、「昔そういうの、見たことある」という、ゼータの過去に少しでも触れるような話題を自ら出してきたことをフリーレンは異様に思った。

フリーレンは、椅子から降りてゼータの頭に手を置きながら言った。

 

「ゼータ……何か辛い思いをしたなら遠慮なく吐き出して大丈夫だからね?」

 

フリーレンとしては、境遇の割にガーデンの子たちは泣かなすぎだと思っている。ベータも最近は泣かなくなった。悪魔憑きの境遇は、フリーレンの世界の子供ならしばらくは大泣きするレベルで悪い。たくましい子たちとも言えるが、健やかに成長するうえで何か大切なものが抜け落ちるのではないかと心配になるのである。ゼータの場合、この年齢で自分の感情を制御しようとする意志が見受けられるためになおさらだ。

 

「………………ありがとう主。でも大丈夫。」

 

ゼータは表情を努めて変えなかったが、フリーレンは一瞬ゼータの拳が強く握られたことによって震えたことを見逃さなかった。やはり何か過去にとても辛いこと、そしてそれを言いたくない理由があるのだろうと、フリーレンは推測した。

 

「……そう。わかった。」

 

ゼータの様子は気になるが、少なくともフリーレンの今の行為を悪いようには感じていないように見受けられた。別に急ぐ必要はない、いつかは話してくれるだろうと考え、フリーレンは退くことにした。

これ以上この話をしても空気が重くなるだけだと考え、フリーレンは話題を変えることにした。

 

「ゼータの話だと、確か異様に警備兵の数が増えてたんだよね?私は無理させてでもやらせるつもりはないから。」

「ん……つまり、もう潜入の指令は終了?」

「うん。二人とも、わがままを聞いてもらってありがとうね。治療法の公開は、別の手段を考えるよ。」

「とんでもないです、フリーレン様。悪魔憑きの根絶は、私も望むところですから。」

「……そうだね、私も悪魔憑きは早く単なる病気になってほしい。」

「でも……今の仮定が真実なら、今頃私達を血眼になって探しているでしょうね。影響力のある人物に治療法を信じてもらったとしても、おそらくその組織に口封じされる可能性が高い。妨害されないように、治療法は一気に広められるように考えないと。」

「……そうだね……」

(……私は治療法を広めたいだけなのに、なんでここまでこじれるのかな……)

 

フリーレンは少し嘆息した。

 

 

それからさらに数ヵ月後。

 

「人間の悪魔憑きだ。珍しいらしいね……」

 

フリーレンは、新しく発見された悪魔憑きの治療をしながらそう言った。この世界では遺伝子の都合上、エルフ、獣人、人間の順に悪魔憑きが発症しやすいとされており、人間の悪魔憑きは非常に珍しいらしい。

しばらくするとフリーレンの治療が終わり、肉塊が少女の姿へ戻る。症状は軽度なので、時間はかからなかった。彼女は、しばらくすると目を覚ました。

 

「……んぅ。……あれ?ここは?」

「気が付いた?体の調子はどう?」

「……え?あれ、え!治ってる!?」

 

例によって、目の前の少女は自分の身体をぺたぺた触りながら驚いていた。悪魔憑きから回復した少女は大体がこういう反応をする。周囲にいるシャドウガーデンの少女達は、それを少しうっとりした様子で見ていた。フリーレンとしては何故そのような反応をするのかいまいちピンと来ていない。

 

「……も、もしかして、あなたが悪魔憑きを治してくれたんですか!?」

「そう。私はフリーレン。よろしくね。」

 

どうせこの子もシャドウガーデンに入るであろうから、フリーレンはこういう挨拶を最初からした。

 

「ほ、本当にありがとう!フリーレンさん!まさか悪魔憑きが治せるなんて知らなかったわ!」

「ええ、まさに女神の叡智と呼ぶべき御業です!」

「私は女神じゃないかな……」

 

ベータがそう言うと、フリーレンはその誇大表現に身を震わせつつそう言った。

 

「うーん、でもなんか、見た目的にフリーレンさんは……浮世離れしている感がありますから、あながち間違いじゃないかもしれませんね?」

「そ、そんなぁ……」

「まあなんにしても、本当に助かりました。ありがとうございます。今は何も持っていないけれど、この恩はいつか必ず返します。」

 

そういって、目の前の少女はフリーレンに深く頭を下げる。

 

「それで、これからのことだけれど。あなた、これからどうするつもり?」

 

アルファがそう言った後、全員必ずシャドウガーデンに入っている。元の社会に居場所がなくなったためだ。

しかし、この少女は違った。

 

「勿論、パパとママのところに帰ります。大きくなったら、偉くなってあなた達に必ず恩返ししますね!」

 

これは悪魔憑きから助けられた少女で初めての反応で、シャドウガーデンの者達は面食らった。

一瞬の空白ののち、アルファが質問する。

 

「……あなたのご両親は、あなたが悪魔憑きになった際にどういう……行動をしたの?」

「パパとママ?いや、知らないと思うわ。」

「知らない……?」

 

その後詳しく話を聞くと、今までの悪魔憑きの境遇とは異なる状況に彼女はいることが分かった。

この少女の名はクレア・カゲノー。人間で、なんとシャドウガーデンが拠点にしている廃村が領地となるカゲノー家の一人娘であるそうだ。

ある日、クレアは自分の肌に黒い痣があることに気が付いた。最初は気にも留めていなかったが、その痣が少しずつ大きくなっていくことに違和感を覚え、この痣の正体を自分で調べた。やがてこれは悪魔憑きの症状だと知った。悪魔憑きの扱いを知ったクレアは、両親に言い出すことも出来ず、ひたすら思い詰めていた。偶然にも痣は見えにくい位置にあったがためにしばらくは隠しきれていたが、今日ついにどうしても見える位置まで痣が広がってしまっていることに気が付いた。どうしたらよいか分からなくなったクレアは家を飛び出し、あてもなくさ迷っていたところ、ちょうどこの場所に来るあたりで力尽きて倒れた、ということらしい。

なので、クレアの両親は今頃クレアは家出したのだろうと思っているはず、とのことだ。

 

「……なるほどね。だからこれから帰るつもりだと。」

「そうよ。……え、何?もしかして返さないとか言うつもり?」

「そういうことをしたいわけじゃないけれど……これからの返答によってはそうなるかもしれないわ。」

「え?ちょ、ちょっと!?」

「まず第一に。私たちの存在を勝手に言いふらさないこと。これは絶対条件ね。」

「……ま、まあそれは別にいいわよ。」

「それは良かったわ。それともう一つ。これはあなたというより、カゲノー領統括者の身内としての回答をして欲しいわ。私たちがここに拠点を構えていることを許容してほしい。」

「…………盗賊みたいに略奪行為はしてないのよね?」

「盗賊から奪ってはいるけれど、少なくとも無実の者を襲うことは無いわ。」

「……最近やけに盗賊が出ないってパパが言ってたけど、あなた達の仕業だったのね。……私法律とかまだよくわからないけど、ならまあいいんじゃ……あっ」

「どうしたのかしら?」

「あなた達……ここの領民としての税金払ってないでしょ。」

「あー……私達の存在を絶対に誰にも言わないという条件下でなら払うことを検討するわ。」

「『払う』だけじゃなくて、『払うことを検討』って……ま、まああなた達領地の盗賊をたくさん討伐してくれたみたいだし、なるべく安くするように私からパパにお願いしておくわ。」

「そうしてくれると助かるけれど、そもそも言わないで欲しいわ。」

「……っていうかそもそもあなた達何なのよ?私の悪魔憑きを治すし、盗賊を沢山倒しているらしいし……」

「私達は……」

 

アルファは、シャドウガーデンの成り立ちや、社会からの圧力を警戒しているために表社会に出ないことを一通りクレアに話した。

 

「……悪魔憑きの扱いって本当に調べた通りなのね……はぁ……。それで、私が初めて家に帰れる状態のまま悪魔憑きを治してもらった……ってわけね。」

「そういうことね。」

「……私は、私のパパとママは、私が悪魔憑きになったとしても私を捨てたりしないって信じてる。……けど、あなた達の話を聞くとちょっと不安になるわね……」

 

ガーデンの一部の者は「不安じゃなくて確実にそうなる」と言いたげな目をクレアに向けた。

 

「……ま、まあ私のパパとママのことはともかく。あなた達の話が全て本当なら、仮にパパがこのことを知ったとしても言いふらさないと思うわよ。パパはハゲてるけど、一応ちゃんとした大人……だと思うから、悪いようにはしないと思う。」

 

ハゲは関係ないのではと誰もが思ったが、口には出さなかった。

 

「……どうして言いふらさないと言い切れるのかしら?」

 

アルファは、少しの不満をにじませてクレアに問う。

 

「え?……いや、だって、悪いことをしているみたいじゃないし?」

「法律的には、税金払っていないから悪者扱いになるわ。それ以前に、私たちが元悪魔憑きだと知っても、本当にかくまってくれるのかしら?」

「え?え?うーん、パパが悪魔憑きのことを悪く言うところ見たこと無いし……。」

「あなたのお父様が悪魔憑きを悪く思っていなくても、その周囲はそうじゃない。例えばあなたが悪魔憑きになったことが知られたら、周囲の貴族からどう扱われるかしら?『あの家系は悪魔憑きを出すから絶対に嫁いではいけない。』『呪われている血筋だ。先祖が神に背いたのではないのか』なんて評価を受け、没落は間違いなし。そうでなくても、元悪魔憑きから回復した者達なんて、貴族からしたら厄ネタよ。表向き美談扱いされるでしょうけれど、裏でどう評価されるかは想像つくでしょ?」

「え?えぇ……いや、私のパパやママはそれでも、多分……」

「私達の話、聞いていた?自分が捨てられるなんて微塵も思っていなかったのが、悪魔憑きになった途端捨てられた、なんて経験をした子たちがこのシャドウガーデンには多いの。それを踏まえてもう一度考えて頂戴。あなたのお父様は本当に……」

「アルファ、そこまでにしよう。」

 

アルファがクレアに対して歯止めがかからなくなってきたために、フリーレンは中断させた。クレアの年齢で、そのようなことを考えさせるのは酷だろうと判断したためだ。

 

「アルファも過去にいろいろあったから、ちょっと熱が入っちゃったみたいだ。」

「……そ、そうなのね。分かったわ。……で、結局、私はこのまま帰ってもいいのかしら?このまま返してくれるなら、あなた達のことを言いふらさないと約束するけど?」

「……ちょっと言いすぎたかもしれないわ、ごめんなさいね。じゃあ、ここでのことは秘密ということで……いいかしら?」

 

クレアとアルファをはじめとしたシャドウガーデンの面々はそれでいいのではという感想だったが、フリーレンが待ったをかけた。

 

「いや、アルファ。私はクレアのお父さんにもちゃんと話を通した方が良いと思うよ?」

「フリーレン様……しかしそれでは……」

「ここで暮らしていればいつかはバレる。でもクレアのお父さんが協力してくれるなら、とりあえずでも表向きまともな村としてここに存在できる。いつまでもここがバレないように苦労していたくはないでしょ?」

「……そうですが……しかし……」

「表社会の人間とつながりができるだけでもかなり価値があると思うし……私も交渉に加わるからさ。一度試してみても良いんじゃないかな?」

 

フリーレンがアルファに、クレアの父に交渉を勧めるのには、実際のところこれ以上の理由がある。

 

(まあ……これでアルファ達に現実世界の大人を信頼する経験を積めるかな。)

 

フリーレンは、アルファをはじめとしたシャドウガーデンの子たちが、あまりにも表社会の人間を信用していないことを心配していた。境遇的に仕方ないとはいえ、このままでは身内しか信用しない大人へ成長してしまう。勿論世の中には悪い大人は実在するが、かつてともに旅をしたヒンメル、アイゼン、ハイターのような、他者に手を差し伸べる者達もこの世界に居るはずだ。そのような者達も拒んでしまう大人になってしまうのではと、フリーレンは危惧していた。

それに加え、フリーレンはそもそもいつもこの生活がいつ崩壊してもおかしくないとハラハラしていたのだ。この年齢の少女たちが独力で生きていくだけでも相当厳しいのに、人里離れた廃村で表社会の人間に見つからないようにする、などいくら何でも試練が過ぎると感じていた。今までは彼女達の優秀さゆえに暮らしが成立していたが、今後もそう上手くいくとはとても自信を持って言えない。頼れる大人……正直彼女たちより優秀な大人というのは割と限られる気がするが……がいるというのは、それだけでもやりやすくなるだろう。一応、フリーレンはクレアの父を少しだけ見たことあるが、少なくとも邪悪な人間には見えなかった。

 

「……そうですね。表社会と多少のつながりが取れるというのも良いかもしれません。身元を偽装する負荷が減りますし。ひとまず交渉してみて、ダメそうなら……強硬手段を検討するしかありませんね。」

 

ガーデンの他の者達も「フリーレン様がそうおっしゃるなら……」という空気で賛同した。ちなみにアルファの強硬手段を最終手段として扱うことにも同意している様子だ。それでいいのかとフリーレンは一瞬思ったが、そもそもこの年齢の少女にこのようなことに関して最善の判断をしろと言う方が酷な話であろう。

 

 

カゲノー家の屋敷の前に来た。アルファ、フリーレン、クレアが門の前に立ち、他のメンバーは隠れている。

クレアが門を叩いてしばらくすると、クレアの父親と母親と思しき人物が駆け寄ってきた。

その二人は、クレアを抱きとめる。

 

「クレア!!!よかった無事で……」

「パパ、ママ……ありがとう。勝手に家を出てごめんなさい。」

「いや、お前が無事に帰ってきてくれて何よりだ……でもどうして家を突然飛び出していったんだ?」

「それは……その……」

「私から説明します。」

「む……君は?」

「私はアルファ。そしてこちらはフリーレン様。」

「……ああ、私がクレアの父だ。君たちがクレアを拾ってくれたのかな?だとしたらお礼をしなければな。」

「おおよそはそうです。お礼なら……クレアのお父様とお母様と私達だけで、少しお話をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

「む……?まあ、構わんぞ。」

 

その後しばらくすると、彼女たちは屋敷の一室へと案内された。部屋にはクレアとその両親、フリーレン、アルファのみがいる。

 

「……さて、アルファ……さん?と呼べばいいのかな?見た目の割に随分しっかりした話し方をする子だな……。」

「本当よねえ。クレアとはお友達なの?そもそもどこのお子さんなのかしら?」

「……さて、改めて自己紹介を。私は元悪魔憑きのアルファ。こちらは悪魔憑きを治療できる魔法使いフリーレン様です。」

「なるほど。元悪魔憑き……ん?んん!?え、悪魔憑き!?ええ!?」

「クレアさんが悪魔憑きを発症しさ迷っていたところを私達シャドウガーデンが発見し、彼女の悪魔憑きを治癒。そしてここに戻ってきたというのが事の次第です。」

「ちょちょちょちょっと待ってくれ!悪魔憑きが治療できるってなんだ!?そんなわけないだろう!?」

「パパ、ママ……事実よ。このフリーレンさんが、私の悪魔憑きを治したの。」

「……ク、クレア。あ、あなたが、悪魔憑き……!?そんな話は一度も……」

「見えにくい太ももの内側あたりに黒い痣が出来たからね。それで、隠せてたの。」

「……そ、そんな。クレア、なんでママに言ってくれなかったの……?」

「だ、だって……私、自分で悪魔憑きのことを調べたけど、たいていの場合捨てられるか、教会に送られて戻ってこれないって……。」

「私達がクレアを見捨てるわけないでしょう!?」

 

そう言って、クレアの母はクレアを抱きしめる。父も続いて「ああ、見捨てたりするわけじゃないか。」と言ったが、フリーレンはその発言の前に一瞬の迷いを含む間を感じ取ってしまい、少し憂鬱な気分になった。

 

「……うっ、うっ。ありがとう、パパ、ママ。」

 

ただ、抱きしめ合うカゲノー一家を見て、ひとまずは大丈夫かとフリーレンは判断した。

 

「えーと、良いですか?三人とも。」

 

フリーレンはこういう場は邪魔するべきではないと思ったが、アルファがおそらく自分の元家族のことを思い出したのであろう、不愉快な表情を徐々に浮かべたので、アルファが強く言い出す前に口を挟んだ。

 

「ん?ああ、フリーレンさん……でしたか。この度はクレアを治していただき本当にありがとうございます。何とお礼を申せばよいのか……」

「本当に、本当に感謝してもしきれないわ……」

 

二人は、フリーレンに向かってこの地方で最大級の感謝の意を表す礼をした。

 

「さて……私たちはこれでも貴族だ。木っ端だがな。それでも私たちはできるだけあなた達にお礼をしたいと思っている。何でもできるとまではいかないが……何か希望はあるだろうか?」

「それなら、私たちシャドウガーデンがカゲノー領に存在することを許容してほしいのです。」

「シャドウガーデン……君たちのことか?」

「詳しいことは申し上げられませんが、他にもメンバーはいます。そして、私たちは皆……」

「……フリーレンさんに助けられた、元悪魔憑き、というわけか。」

「その通りです。そして私たちは、カゲノー領の森にあるとある廃村でひっそり暮らしているのです。そのことを知ったうえで、私達の存在を外部に言いふらさず、かつそっとしておいてほしいのです。」

「……なるほど。話は分かった。……気持ち的には聞き入れたいところだが……」

 

クレアの父はこめかみを抑え、悩んでいる。

 

「……何か問題でも?私たちのことを見て見ぬふりをしていただければ、それだけでいいと言っているのです。」

「その……うちはそこまで裕福な訳じゃない。短期的には叶えられる話だが、何年も続くと難しいのだ。」

「……何が難しいのでしょうか?」

「領民を守るのは、領主の仕事だ。例えば、盗賊の討伐は私たちの仕事。……つまり、私はお前たちの……住んでいる廃村を守るのが職務だ。しかし、それを何年も続けるとなると、費用は馬鹿にならんだろう。悪魔憑きになった者は若いうちにみな死亡してしまうから、シャドウガーデンの者達は皆君と大体同じ年齢だろう?とても盗賊から身を守れるとは思えんから、君たちの為に警備隊などを用意する必要がある訳で、それも秘密裏となると……」

「プッ!」

「ど、どうしたんだ?クレア。」

「この人たち、盗賊から身を守るどころか?盗賊を狩って資金源にしているようよ?」

「……へっ?」

 

クレアの両親の目が点になる。

 

「ほら、ここ最近盗賊の発生数が妙に少なくなっていたでしょ?あれ、多分このシャドウガーデンのお陰よ?」

「ん?え?いや、そんな馬鹿な。……いや、そもそも君たちどうやって暮らしているんだ?……ああ、フリーレンさんに守ってもらっているのか?」

「いや、できるだけフリーレン様の手は煩わせないようにしています。そもそも私たちはいつか自立しないといけないわけですし、そもそも恩人に頼り切りなど恥ずかしい話でしょう?」

「……んんん?い、いや、君たちまだ10を超えたあたりだろう。誰かに助けてもらわなければ生きていけないはずだ。君たち、誰に助けてもらって生きているんだ?」

「誰も何もありませんよ。詳しくは申し上げられませんが、私たちは自分たちの力で生きています。少し失礼な言い方をすると、私たちはあなた達が盗賊をのさばらせておいてくれたおかげで、その報奨金で今までやってこれた……という側面もあります。もちろん、それだけではありませんけれど。」

「……えええぇ?」

(いや、まあ普通そうだよね……?)

 

クレアの父と母は信じられないとクレアの顔を見た。フリーレンは、シャドウガーデンの状況はやはり異端だと確認でき少し満足した。

シャドウガーデンの懐事情だが、最近は財務という言葉がガンマの口からきかれるほどに規模が大きくなってきた。まず、シャドウガーデンは食料などに関する支出が殆ど無い。村の中に畑があり、それに加えデルタなどが狩った動物が主な食料だが、それですべて賄えてしまっている。イータの研究により魔力を作物の生産能力向上に転化できる方法が開発され、それにより飢餓の心配が殆ど無くなったのだ。当然のようにこの世界では未発見の技術であり、フリーレンはそんな都合のいい技術が存在する訳が無いと思うが、実現できたのだから仕方がない。現在のシャドウガーデンの支出は、もっぱら衣類などの生活雑貨、武器、イータの研究材料などが主である。そして最近、シャドウガーデンに盗賊の報奨金以外の収入ができた。これまたイータの研究の成果により、買ってきた武器などに魔力による強化を施せるようになったのだ。通常このようなアーティファクトを作るには専用の大型設備が必要だというのがこの世界の常識だが、イータはこの世界のスライムを応用して、簡単に魔力強化をする方法を開発してしまった。それを売ることが、シャドウガーデンの大きな収入源となった。この過程に、フリーレンは関与していない。イータはフリーレンの魔法を解析してこの方法を編み出したと言っているが、魔力強化された剣を生産する過程においてはフリーレンは一切関わっていないのだ。なぜそう都合よくお金になる技術が開発できるのだとフリーレンは何度も叫んだ。しかし、現に実現できてしまったのだから仕方がない。

 

「……に、にわかには信じられんが……本当だとしたら、本当にすごいな……。」

「そうですよね?アルファたちはとても頑張っているのです。今の話から分かる通り、警備兵は不要ですし、いざとなったら私が守ります。だから、この話を飲んでいただけないでしょうか?」

「そういえば……フリーレンさんは何者なのですか?」

「まあ……魔力に詳しいエルフ、です。」

 

そこまで隠しておきたい事項ではないのだが、異世界から来たことをしゃべるとさらに話がこじれることは明白なので、フリーレンは大抵初対面の相手には自分をこう紹介している。

その意味深な言い方から、何かしら事情があることを察知して、立ち入らないように配慮できる程度には、クレアの両親はまともな大人である。

 

「……そうですか、分かりました。まあ本当は領民は税を毎年払う必要があるのですが……これからも盗賊を倒してくれるというのならば、免除します。……いや、君たち、つまりは盗賊を倒せるほどに強いのか?その年で?」

 

クレアの父はアルファの方を見て訊いた。

 

「まあ、そうでなくては盗賊狩りなどできませんよ。」

「あ、悪魔憑きから回復した者達は力がみなぎるようになるのか……?」

「いえ、そんなことは……」

 

フリーレンの世界では、体に魔力が浸透しやすくなるという傾向があることが知られているが、突然有能になったりするなどという話はない。ただこの世界では違うのではと、フリーレンは少し疑っている。

 

「……ま、まあ、分かった。君たちのことは誰にも言わないことと」

「本当に約束してもらえますか?この悪魔憑きが迫害される世界で、本当に?」

 

アルファが、何かに耐えきれない様子でそう言い放った。

 

「ア、アルファ?ここでそんなことを言ったら」

「フリーレン様。私は依然として、カゲノー領に対し弱い立場です。」

「そ、そうだよ。だからこそ」

「そして、見たところ悪魔憑きを匿うデメリットを正しく認識していない様子です。このままでは、近くない将来、約束を反故にされる可能性があります。だからこそ今、デメリットを全て開示して、そのうえでの合意が必要となる。」

 

アルファは、クレアの父と母に向かって言った。

 

「お二人とも、本当に悪魔憑きを匿ってくれるという……覚悟がおありですか?……こちらがこのようなことを言うのはおかしなことかもしれません。しかし、信じていた相手に裏切られるなど、もう二度と御免なのです。そうなる可能性がある以上、将来起こりえる悪いことは全て言わせていただきます。お二人は良いかもしれませんが、他の貴族は悪魔憑きを匿っていることを知った場合、そしてクレアが悪魔憑きとなったことを知った場合、果たしてどう行動するでしょうか?」

「……」

「貴族社会におられるお二人ならば、多少は想像できるかと思います。確かに、全てバレなければいいこと。しかし、私たちが成長し、行動し、そしてガーデンのメンバーが今後も増えるであろう以上……そのリスクは時間とともに増えます。そして、私たちに悪魔憑きになった子を『定員オーバーだから』などという理由で放置するという選択肢はない。」

「だ、大丈夫だ。他の貴族に口止めを依頼するという経験なら私にもあることで……」

「その口止めの為に、どの程度のコストがかかるでしょうか?そして、この世に悪魔憑きが本当に呪いのような何かだと信じる貴族は少なくないはず。そのような相手も説得できますか?」

「う、うむむ……」

「私達は、今一時の協力は求めていません。私たちがカゲノー領民として将来も『まとも』に扱ってもらい、悪魔憑きを迫害する社会と共に戦ってくれる、そういう関係を望んでいるのです。それができないのならば……如何に望ましくないことであっても、ここで私がお二人に私たちの由来を話した以上、最終的には結局、あなた方に別の形で『お願い』をする機会が訪れる。」

「アルファ、言い過ぎ。」

「…………」

 

フリーレンに言われ、アルファは少ししゅんとした様子を見せたが、やはり不満げな表情をしていた。今まで信頼していた大人に、悪魔憑きになった途端裏切られた経験はそれほどショックであったのだろう。アルファは、そのような裏切りをされる可能性がある関係性など、最初から望んでいない。そしてそれは大体のガーデンのメンバーも同様の意見なのだ。

 

「……ちょ、ちょっと。アンタ、まさか迷ってるの?」

 

クレアの母が、父に向かって言った。

 

「え、いやまあ、確かにこのアルファの話は筋が通っていて……」

「このハゲエエエェェェ!!!アンタ、この子たちがどれほど苦労して今まで生きてきたか分からないほど馬鹿じゃないだろう!?私達がこの子を守ってやらなきゃ、このフリーレンさんしか守ってやれないことになる。大人の役割を押し付ける気かあ!?」

 

クレアのことを悪魔憑きの境遇に重ねたのであろう。クレアの母親が興奮状態になっていた。

 

「い、いやそんなつもりは、そもそもこのアルファって子はしっかりしすぎて守る必要がヒデブゥ!?」

 

クレアの母は、父の顔をグーで思いっきりぶん殴った。そして、アルファの手を取ってブンブン振り回しながら言う。

 

「今まで本当に頑張ってきたんだねえアルファちゃん!大丈夫。これからは私たちがちゃんと守ってやるからね!もう悪魔憑きとか言ってイジメてくる連中のことは心配しなくていいからねえ!!!」

「え、ええ、でもお父様の方は……」

「お゛い゛ハゲ!!!いいだろう?」

「う、うむ、君たちは我がカゲノー領の民として私たちが守ろう……」

 

クレアの父は、前が見えなそうな顔で何とかそう言った。

 

「そう言うことだから、これからよろしくねぇ!アルファちゃん!!!」

 

勢いは無茶苦茶だが、アルファはこの母親が本当に打算無くそう言ってくれることをなんとなく感じ取った。

 

「……アルファ。信じてみても良いんじゃない?」

 

フリーレンはアルファの頭に手を置いてそう言った。

 

「見ての通り、ちょっとおかしなところがあるけれど、私のパパとママは娘を裏切ったりしないって言ったでしょ?」

 

クレアも、アルファに自慢するように言った。

アルファはしばらく考え込んでいたが、やがて息を軽く吐き、クレアの父と母に改めて向かって言った。

 

「……その言葉が真実である限り、シャドウガーデンはカゲノー領民として、陰から力を貸すことを約束します。」

 

表情が見えるクレアの母は、とても満足げに頷いた。

 

ちなみにこれは全くの余談だが、後日、「では君たちが本当に盗賊を討伐できるのか調べさせてもらおう!」などと言ってアルファに模擬戦を挑み、普通に敗北して数時間落ち込むクレアの父の姿があった。




・発言の前に一瞬の迷い
クレアの父は、善人だが普通の人という設定。クレア以外にも守るものはあるし、世界を敵に回して娘の為にすべてをつぎ込むなんてことをする勇気はない。

シャドウガーデンのメンバー、原作だと外部の人間とは取引の関係しか構築していないっぽいから、人間不信すごそう。本作だとそれが少しマシになる……かもしれない
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