虹色イリス   作:青紫

11 / 36
エステル視点です。
少々長くなってしまいました。m(_ _)m


虹と太陽

 父さんが女の子を拾って来た。

 釣りに行ったはずなのに、魚はボウズで人間をゲットしてくるとか何考えてるの?

 『このオッサンまたかよ』という私の視線に耐えかねたのか、

 

「二回目だぞ、慣れろ!」

 

 とか抜かして開き直った。

 何か言われる前に勢いで押し切ろうとするなんて、我が父ながら厄介極まりない男である。

 子供を持ち帰る趣味でもあるのだろうか?変態か?

 

「いや、キミがそれ言う?」

「ブーメラン刺さってるわよエステルw」

 

 一回目の男と私が持ち帰った妹分がゴチャゴチャうるさいのでスルーした。

 前科がある私が言えた義理ではないが、子供の持ち帰りが恒例行事の家とか嫌だわ。

 まあいい、今はブライト家の内情より、謎の女の子を気にするべきだ。

 ほら、父さん。その子をこっちに寄こしなさい。

 

 ・・・・・・・・・・

 

 女の子の体は冷え切って濡れていた。

 川にでも落ちたのかな?

 男性陣には他の用事を任せ、私とレンで彼女の介抱をする。

 

「エステル、この子…『はいてない』わ!?」

あんですって~!

「どうしたの、大きな声を出して…」

「「ヨシュアは向こう行ってて!!」」

「アッハイ、すみませんでした」

 

 私の大声に何事かと様子を見に来たヨシュアを追い払って、女の子の下半身を確認する。

 ・・・本当に履いてなかった。

 下着を身に着ける習慣のない文化圏のからやって来たとか?

 衣服も病院の患者みたいな格好で、まともな普段着には見えない。

 どういう出自の子なんだろう?

 

 女の子を着替えさせてから、客間のベッドに寝かせる。

 着替えは物置から引っ張り出した、私の古着で我慢してもらおう。

 

 スヤスヤと穏やかな寝息が聞こえる。

 特に外傷もなかったし、顔色も悪くないので医者を呼ぶ必要はないだろう。

 とにかく休ませてあげないとね。

 

 落ち着いたところで、眠っている女の子を改めて観察する。

 もうツッコんでもいいわよね?

 全員があえて避けていた話題を口にする。

 

「不思議な髪の色…」

 

 女の子の髪は光を反射して輝いていた。

 ツヤツヤでキラキラの七色・・・虹のようだと思った。

 

「どんな染料を使ったらこんな発色になるのか、見当もつかないね」

「じゃあ、地毛なんだろう」

「「まっさかぁwww」」

「父さんの言う通りよ。コレはこの子の地毛で間違いないわ」

 

 レンが寝ている少女の髪を手ですくいながら答える。

 確かに、人工的というより生物的な、血の通った色味を感じる。

 似たような色の鱗を持つ魚がいたっけ?

 魚よりこの子の髪の方がずっと綺麗だけど。

 

「ゼムリア大陸中探しても、こんな髪色の人種がいた記録はないわ。考えられるとしたら…突然変異か、あるいは…」

「誰かが人為的に生み出したか、だね?」

「人為的って、そんな…」

 

 怪しい儀式や禁止薬物、他にも失われた古代文明の御業すら用いて、常識から逸脱する連中がいる。

 そいつらは時に、生きた人間を消耗品のように扱う事すら厭わない。

 人体実験・・・最低な考えが頭をよぎり気分が悪くなる。

 

 教団とか言う組織の残党が起こした事件に私も関わった事がある。

 あの時は、人を魔物に変えてしまう薬物が出回って大変だった。

 

 もしかしてこの子も、そういう類の事件による被害者なのかも?

 だとしたら放っておけない。

 家族の誰もが私と同じ気持ちだろう。

 

「憶測を並べ立てても埒が明かないわ」

「本人から話を聞いてみない事には何も始まらんな」

 

 レンや父さんの言う通りだ。

 今はとにかく彼女が起きて来るのを待とう。

 

 彼女の目覚めを首を長くして待つ。

 まだ?まだかしら?

 落ち着かない私は、意味もなく家の中をウロウロと徘徊する。

 看病は私が買って出たのだけど『女の子を見る目がヤバい』という理由で却下された。

 失礼ね!別に変な事をする気はないわよ。

 すごく可愛いから、ちょっと撫で回してみたいと思っただけだよ!

 あと添い寝と頬ずりとその他諸々のアレコレが、うへへ・・・(´▽`*)

 ジト目になったレンに部屋から追い出された。

 あらヤダ嫉妬かしら?お姉ちゃん盗られると思ったの?

 レンもまだまだ子供よね~。

 

 う~ん、何か他にできることはないかしら?

 そうだ!起きた時、きっとお腹が空いているはずだわ。

 今の内に美味しいご飯を準備しておかなくっちゃ!

 ヨシュアと父さんに手伝ってもらい、ちょっと豪華な食事を作る。

 好き嫌いが不明なので、品揃えだけは多くしてみた。

 喜んでくれるといいんだけど。

 

 ●

 

 レンの声が私たちを呼んでいる。

 あの子が起きたのね!

 二階にいた私は階段を駆け下りて、レンと女の子がいる部屋の扉を勢いよく開け放つ。

 『もうちょっと静かに…』というレンの呟きは聞こえていたけど、今はそれどころではない。

 私の目はベッドから身を起こした女の子に釘付けだ。

 

 なんかもう、すっっっげぇぇぇ!可愛い生き物がそこにいた。

 

 動きを止めたまま、私の思考は女の子の事でいっぱいになる。

 何だコレ?なんなんだコレ?

 愛くるしいなんてレベルじゃねーぞ!

 

 幼いながらも整った顔立ちは町でも評判のレンにも負けず劣らずだ。

 白く滑らかな肌はツヤもよく、もちもちプニプニしていそう。

 顔の各パーツ配置も黄金比で構成されたかのように完璧だ。

 不思議な七色の髪も相まって、彼女の全てが芸術品かと思える。

 初見の人は、今の私のように固まってしまうだろう。

 

 何よりも印象的なのは眼だ。

 高い知性と強い意志を感じさせる力強い瞳は、彼女がただのか弱い存在ではないと主張している。

 そして、その瞳は髪と同じく七色の色彩を放っていた。

 綺麗、本当に吸い込まれそうな程、きれい・・・

 ずっと見ていたい。それが全然苦にならない。

 その瞳に自分が映っていると思うと、途端に気恥ずかしくなる。

 

 奇跡の産物は私を見てキョトンとした後、ペコリと可愛く会釈して来た。

 私の理性は簡単に決壊した!

 

 可愛いかわいいカワイイィィィイェェェアァァァッーーー!!

 

 女の子に素早く接近した私はその頬を軽く摘まむ。

 うひぇへぇあぁぁぁ!?プニっとムニっともち肌じゃーい!!

 彼女が無抵抗なのをいい事に、私は柔らかな頬を堪能した。

 ヨシュアに苦言を呈されたけど後悔はしていない。

 悪い?我慢できなかったのよ!

 父さんの気遣いに対して、彼女は言葉を発した。

 声もカワイイ!!

 それがまた、可愛らしくも凛とした声で耳が幸せなのよ!

 

 私のテンションアップは言葉を濁した彼女によって、少しだけ落ち着いた。

 というか、全員が何かを察して空気が重くなる。

 訳アリ・・・やはり何か言いづらい事情を抱えているようだ。

 すぐにでも問い質したいけど、それで彼女の心身に負担をかけるのは本意ではない。

 ヨシュアとレン、二人との経験でこういうデリケートな問題の解決は焦るべきではないと理解している。

 彼女が自分から話してくれるのが一番なのだ。

 

 女の子のお腹が鳴った事で、場の空気が少し和んだ。

 なんだか私もお腹が空いちゃった。

 そうよね、まずはご飯を食べないとね!

 

「私の名前はイリスと言います。助けて下さって、本当にありがとうございます」

 

 ハキハキとした声で女の子、イリスは感謝の言葉を述べた。

 その姿が凄く様になっていて、小さな彼女が大人っぽく見える。

 全力で感謝の気持ちを伝えようとしてくれていた。

 それが、すごく嬉しくて、いい子なんだなぁと思った。

 

 用意した食事をイリスはとても喜び、たくさん食べてくれた。

 小さいのに結構ガッツリ食べるわね。

 イリス曰く『巨大化してビーム吐きそうなくらい美味(うめぇ)!』らしい。

 よくわからないが、褒めているのだろう。

 

「嫌いなものはなかった?」

「ないです。枯草とか泥水に比べたら何でも美味しいのです」

「……そう」

 

 ・・・家庭環境は良くなかったみたいね。

 イリスの歓迎パーティーを兼ねた食事会はとても楽しく過ごせた。

 

 私は一目でイリスを気に入った。

 恋愛感情抜きの一目惚れというヤツだ。

 ヨシュアとレンの時も、似たような感じだったのよね。

 きっとこれから、もっと彼女の事を好きになっていくだろう。

 そんな予感がした。

 

 翌日、すぐに家から出て行こうとしたイリスを慌てて引き留めた。

 自分から進んで養護施設に行く気だったとは、利発すぎるのも考え物である。

 

 抵抗するイリスを何とか説き伏せて、ブライト家で一緒に暮らす事を了承させた。

 異常なほど弁が立つイリスを説得するのは大変だった。

 物事の考え方が明らかに普通の子供ではない。

 同じく、普通ではないレンがいなければ、逆にこっちが説得されていただろう。

 

 

 ●

 

 ヨシュアの時も、レンの時も、私は思った。

 『こいつハイスペックすぎんか?』と・・・

 長女としての威厳がね、こう、ガラガラと音を立てて崩れていくのよ。

 

 そして今、またしても同じ事を思わずにはいられない。

 三回目になるが、今回が今までで一番の衝撃だ。

 

「イリス…恐ろしい子……!!」

 

 私は思わず白目になって戦慄してしまう。

 だが、それも仕方のない事だ。

 イリスは髪と目の色からして普通ではないが、その能力も規格外の存在だった。

 それを嫌というほど見せつけられたら、誰しも私のようになってしまうだろう。

 

 イリスはブライト家にも、ロレントの町にもあっという間に馴染んだ。

 現状を正しく理解して、驚くべき適応能力を発揮した結果である。

 そうしなければ生き残れない環境で育ったかのような・・・

 

 イリスはしっかり者で義理堅く働き者である。

 

 『働かざる者食うべからず』が信条だと言い、家の家事全般に始まり、とにかく仕事を求めて動き回り次々に成果を出して行く。

 家の家事だけでは飽き足らず、町へ出かけて仕事を見つけては自分を売り込み、結構な金額を稼いで来るのだ。

 仕事が丁寧で評判が良く、イリスをまた雇いたいというリピーターの声が続出しているという。

 

 イリスは聡明で思慮深く、学習意欲旺盛である。

 

 彼女は読書が趣味で殆どの知識は本からの受け売りだと言う。

 話し方や礼儀作法などは独学で身に着けたらしい。

 様々なジャンルの話題に受け答えができ、私には半分も解らないレンの難しい話も興味深そうに聞いている。

 知らない知識や技術の習得にも余念がなく、教えた事を次々に吸収していった。

 料理はその最たるもので、教え始めて一週間が経つ頃には家の厨房を任せられるようになった。

 

 イリスは綺麗で可愛くて、すごく愛嬌がある。

 

 その優れた容姿と髪と目の色から、黙っていても人の目を引く存在だというのに、

 人懐っこい性格と、偶に見せるぶっ飛んだ言動の数々で、出会った人を立ちどころに魅了していった。

 きっと天性の愛されキャラとは、この子の事をいうのだろう。

 

 イリスは見た目にそぐわない力を秘めている。

 

 最初は思ったより体が丈夫な子だなと、軽く考えていた。

 とんでもなく足が速かったり、助走無しで2アージュのジャンプしたり、片手で自身の倍近くある家具を持ち上げたり・・・

 一緒に生活していると、彼女の身体能力がおかしい事に誰でも気付く。

 前に住んでいた所では戦闘訓練も受けていたらしく、戦闘技能や武器についての知識も有していた。

 試しに組み手をしてみたら、思った以上に奮戦したので驚いた。

 さすがに負けるような事はなかったけど、イリスの歳を考えれば十分過ぎる戦力だ。

 このまま鍛錬を続け大人になったら、どうなるのか見たいような、怖いような。

 他にもまだ何か、切り札を隠している気がするんだけど?

 本当に底の見えない子である。

 

 ◇

 

 イリスは鏡を見て引きつった笑みを浮かべ、床に崩れ落ちた。

 予想どおりの髪と目だったのがショックらしい。

 

「この髪、今すぐに染めたいです。茶色が恋しい…」

「そんな!勿体ないわよ」

「そうよ。こんなに綺麗なのに」

「剃刀持ってませんか?いっそのことスキンヘッドでもいいです」

「「やめなさい!!」」

 

 イリスは自分の美容に興味がない子だ。

 容姿を褒められた経験はほぼ無いと言っていた。

 まだ幼いとはいえ、この整った顔でそんな事があり得るのか?

 こういうちょっとした言動でも、彼女の置かれていた環境の闇を覗いた気がしてしまう。

 私とレンが必死に止めたので事なきを得たが、放っておけば自分で頭を剃りかねない。

 

「髪も目も、とっても素敵よ」

「でも、無駄に目立ってしまいます。きっと笑われてます(´Д`)」

「そんな事ないわ。もしそんな奴がいたら、私がぶっ飛ばす!」

「……わかりました。ちょっと色を抑える努力をしてみます。エステルたちも協力してください」

「「???」」

 

 最初、イリスが何を言っているのかわからなかった。

 彼女は髪と目の色を調整できるのだと言う。

 いやいやいやwさすがにそれはでき・・・できるんかい!?!?

 目の前で唸りながら、色を濃くしたり薄くしたりするイリス。

 なんだこの子、もう何でもアリか?

 何日か試行錯誤して納得できる色味を見つけたイリスは満足気だった。

 

 淡い七色の髪は毛先に向かうに連れ色が濃くなり、色彩の移り行きは言葉にならないほど美しい。

 瞳の色も最初よりは落ち着いたが、宝石のような輝きは損なわれていない。

 どちらもイリスの感情の起伏により変化するみたいだが、そこがまた何とも言えない味わいがあるのだ。

 町の人たちにも好評だったようで、イリスのことを【虹の娘】と呼ぶ人もいるのだとか。

 

 ◇

 

 下着を身に着けていない時点でわかっていたが、イリスは服装にも無頓着だった。

 美容にファッションとその他いろいろ、女の子として大事な部分が丸っと抜け落ちている。

 これは年長者として、同じ女として『淑女』の何たるかを教えなければならない。

 私は燃え上がった。ついでにレンもやる気十分だった。

 まずは、イリスに見合った服を一式用意しなくっちゃね!

 

 洋服店で何度も試着して、私とレンのお古をアレでもないコレでもないと着せ替える事数時間・・・

 可愛さと機能性を両立した服装にたどり着いた。

 なんだか私の服に似ているので嬉しくなってしまう。

 イリス本人は疲れて放心状態になっていたが、私とレンは大満足だった。

 まだまだ『淑女』としての道は遠く険しいが、これに懲りず精進してほしい。

 

 ◇

 

 イリスが私たちに稽古をつけてほしいとお願いして来た。

 私たちの強さに感服したというイリスは、目をキラキラさせながら頼み込んで来る。

 くっ!そんな風に上目遣いでお願いされたら、断れないでしょ!!

 いいわ、お姉さんたちに任せなさい。

 

「イリス…お前さん、どうして強くなりたい?」

「生きるためです」

 

 父さんの質問に即答するイリス。

 それ以外に何がある?とでも言いたげな顔だ。

 勝ちたいとか、守りたいではなく、生きるために強くなる必要がある。

 そうしなければ、生きられない環境で育った来たのだと、察してしまった。

 内に秘めた強さへの渇望と、生きようとする執念を感じて、あの父さんすらすぐに言葉を返せなかった。

 

「……そうか」

「そうです!カシウスおじさまぐらい強くなりたいです」

 

 朗らかに笑いながら告げるイリス。

 笑っているけど、その目は本気だ。

 しかし、父さんレベルが目標か・・・大きく出たわね。

 それがどんなに遠い道かはイリスも理解しているだろう。

 必要ならばそこまで登り詰めてみせると、彼女の瞳が訴えていた。

 

 私たちは手分けをして、イリスに自分の得意分野を教える事にした。

 素直で飲み込みが早い彼女は大変教え甲斐がある。

 私は夢中になってイリスを特訓した。

 A級ともなれば、後輩の遊撃士を指導する事もあるが、こんなにも熱を入れたのは初めてだ。

 ヨシュアとレンも少なからず、私と同様だったみたい。

 父さんだって、私に教えた時よりも熱心だった気がするぞ。

 

 こうして皆でイリスに英才教育を施していった。

 

 ◇

 

「こちらをお納めください」

 

 イリスが恭しく封筒を差し出して来た。

 中身は・・・お金!?

 子供が稼いだにしては、かなりの金額だ。

 

「少ないですけど、家賃と生活費です」

「いや、多いってば!こんなの受け取れないよ」

「カシウスおじさまもそう言ったので、エステルに頼んでます。受け取ってください」

「でも…」

「受け取ってくれないなら、酒場で飲んだくれている野郎どもに奢って来ますが?」

「どんな金の使い方よ!?」

「じゃあ、ロレントの町にカシウスおじさまの銅像を建てる資金にします!」

「うわぁ…すっごく要らない!」

 

 ろくでもない散財方法を提示されたので、仕方なく受け取ってしまった。

 これはイリスのため大切に貯金しておこう。

 間違っても父さんの銅像になんか使ってはいけない。

 

「そういえば私、カシウスおじさまの隠し子だって噂されてます」

「ほっといていいわよ。レンの時も同じだったからw」

「おじさまカッコイイからモテますよね~。今、恋人とかいるんですかね?」

「さあ?そういう話は聞いていないわね」

 

 母さん一筋だと言っていたら、恋人はいないと思う。

 仕事も忙しいみたいだし、そんな暇もないんじゃないかな?

 父さんが幸せになるなら、誰か他に良い人を見つけるのもアリだ。

 天国の母さんも許してくれるよね。

 まあ、その時は、娘として応援してあげてもいい。

 

「はい!私がおじさまの恋人に立候補してもいいですか?」

「それは応援できないわ!?」

「何でですか?私、エステルのママになる覚悟ありますよ?」

「そんな覚悟しなくていい!!」

 

 この子、本気か?いや、正気か?

 私、イリスの事が時々わからなくなるよ。

 

 やれやれ、この場に父さんがいなくてよか・・・

 はっ!いつの間にか、何食わぬ顔でソファに座り一連のやり取りを見ているヒゲおやじがいる!?

 家の中で気配遮断するの禁止だって言ってるのに!

 

「カシウスおじさま。私と再婚しますか?」

「はっはっはっ!イリス、そういう事は大人になってから言うんだぞ」

「なら、大人になった時、私がまだフリーだったら考えてくださいね」

「聞いたか、エステル?俺もまだまだ、捨てたもんじゃないだろ、な?」

「きめぇ……(´Д`)」

 

 おい、顔が緩んでるぞ!デレデレすんなオッサン!

 

 ◇

 

「ヨシュアさん。お風呂ご一緒してもいいですか?」

「いいよ~」

「よくないわよ!?」

「「えぇ……」」

 

 イリスはともかく、ヨシュアまで不満気なのはどうして?

 

「イリスはまだ小さいんだし、いいじゃない?」

「私はおそらく、まだ10年生きていません。ガキンチョの私は男性と混浴しても合法です」

「ブライト家では違法なのよ!」

「この間は、大丈夫でしたけど?」

 

 まさかヨシュアの入浴中にコッソリ忍び込むとは、私が気付いたときには二人は仲良くお風呂に浸かった後だった。

 まったくもう!ヨシュアも少しは気にしなさいよね。

 いくら小さいからって、イリスは途轍もなく可愛い女の子なのよ?

 あと数年もすれば、誰もが放っておかなくなるに違いない。

 そんな美貌の持ち主だって、自覚が足りなさすぎる。

 

「なるほど、エステルがヨシュアさんと混浴したかったのですね」

「エステル////」

 

 そ、そりゃあね////

 私たち恋人ですし、偶にはそういう事をしたくなる事だって・・・

 ウェホッン!!今そういうのは置いといてよ。

 

 イリスは大人びているが、年相応に子供らしい一面もある。

 人肌が恋しいのか、スキンシップをたくさん求めて来るのだ。

 誰かと一緒に入浴したり、同じベッドに眠りに就くことをとても喜ぶ。

 大抵は私かレンが相手をしているんだけど、父さんやヨシュアにも結構ベッタリだ。

 

「私は女ですので、素敵な殿方に好意を寄せてしまうのは至極当然なのです」

「凄いわね。男好きだと自分で公言したわよ」

「感心している場合か!私はこの子の将来が心配よ」

「きっと、魔性の女が誕生するわw」

「そうなりつつある、アンタが言うとゾッとするわ!」

 

 レンもイリスも勘弁してよ。

 本当にどこで教育を間違えたのやら。

 私の妹分たちが、これからいろんな人の人生を狂わせていく姿を想像して眩暈がする。

 

「そういう事なので、ヨシュアさん。私と二股恋愛しませんか?」

「ちょっとイリス!?何言っちゃってるの!」

「気持ちは嬉しいけど、ごめんね。僕はエステル一筋だから…」

「愛人枠でもいいんですよ////」

「イ~リ~ス~!さすがに怒るわよ?」 

 

 私が睨むとイリスは『正妻怖い~』と言ってレンの背中に隠れてしまう。

 揶揄われているのがわかるけど、これは注意すべき案件だ。

 将来、イリスの冗談を真に受けて勘違いする奴が出て来そうで怖い。

 もちろん、ヨシュアはそんな風にならないと信じているけどね。

 

「フラれてしまいました。私は誰と入浴したら…」

「じゃあ、俺と入るか?」

「わーい!カシウスおじさまとお風呂だ~」

 

 父さんの提案にイリスは飛びついた。

 イリス、悪い事は言わない、そのオッサンだけはやめておきなさい。

 

「エステルは今のイリスと同じぐらいの頃、俺との風呂は嫌がってなぁ……アレはショックだった」

「おじさま可哀想です。私がその分、癒して差し上げます」

「嬉しいこと言ってくれるじゃないの」

 

 イリスの言葉に気を良くした父さんは、おもむろに上着とシャツを脱ぎ捨てた。

 なぜここで脱ぐ!?脱衣所まで我慢しろや!

 上半身裸のオッサンが鍛え上げた己の体を見せつけ、血管の浮いた大きな力こぶを作る。

 何やってんだ?サッサと風呂に行けよ。

 

「イリス、俺の上腕二頭筋を見てくれ。こいつをどう思う?」

「すごく…大きいです……////」

 

 イイ顔でポーズを決めるオヤジと照れながら頬を染める少女。

 バカだ。バカがいる。

 こいつら今、リベール王国随一のバカだ。

 やりきった表情の二人を見るに、何かの様式美を達成したのだろう。

 何が何だかサッパリわからない。

 わかってはいけないと思う。

 

 イリスは突発的に不可思議な行動をしたり、妙な言葉を口走る癖がある。

 それを面白がった父さんが影響を受けて、気付けば今のようなやり取りをするようになっていた。

 家の外ではやるなと言っているが、あの分だと外でもやらかしていそうで頭が痛い。

 

 謎のやり取りを終えた二人は仲良く風呂場へ向かって行った。

 

「なんだったの?」

「さあ?僕らというか、人類には早すぎる何かだった気がする」

「楽しそうでいいじゃないw」

「イリスって頭がいいはずなのに、時々ものすごくおバカになるわよね」

「それも含めて、あの子の魅力よ」

 

 風呂場から父さんとイリスの楽しそうな声が聞こえて来た。

 いいなぁ。明日は私がイリスと一緒に入ろう。

 

 ◇

 

 イリスを遊撃士の仕事に同行させてみた。

 父さんが遊撃士協会(ブレイサーギルド)に掛け合って、特例を認めてもらったのだ。

 王国軍に復帰しても、元S級遊撃士のネームバリューは健在だったわね。

 本来なら小さな子供を連れて行けるはずもないが、彼女の戦闘力は並みの準遊撃士よりも遥かに高い。

 それにA級の私とヨシュアもいるし、心配はないはずだ。

 イリスが遊撃士に興味を持ってくれたら嬉しいな。

 将来有望間違いなしの後輩が増えたら、ギルド全体の利益にも繋がるだろう。

 レンは今のところ遊撃士になる気はなさそうなので、イリスにはちょっとだけ期待していたりする。

 さあ、職業体験を始めましょうか!

 

 今回の依頼は簡単なものにした。

 定期的に現れる迷惑な魔獣『畑あらし』の討伐である。

 何度追い払っても懲りずにやって来るので、農家の人たちにとって悩みの種である。

 畑あらし自体はそんなに強い魔物ではないが、数が多くて、とにかくずる賢い。

 人を挑発するのが大好きで、泥や木の実をぶつけたり、落とし穴を掘ったりするから厄介だ。

 更に群れのリーダーである個体は大型化して、そいつは一般人には対処しきれない。

 それで遊撃士に依頼が来るのだ。

 今となっては雑魚だけど、私も正遊撃士になる前は苦労させられた。

 イリスも見ているし、手早く片付けてしまおう。

 

 まさか、あんな事になるとは・・・私もヨシュアも想定していなかった。

 

 畑あらしの一匹がイリスに向かって泥団子を投げた。

 アレぐらいイリスなら余裕で躱すと思っていたのだが、何故か避けようとしない!?

 『危ない!』と注意する間もなく、イリスの顔面に泥団子が命中した。

 畑あらしの嘲笑する声が響く中、ゆっくりと泥を払ったイリスの顔は・・・

 修羅と化していた。

 

駆逐してやる!……一匹残らず!

 

 怒りの声を発したイリスの髪と目が輝きを増した。

 そう思った直後、一番大きな畑あらしがブッ飛ばされていた。

 誰に?決まっている、イリスだ。

 

 イリスが()()()畑あらしのボスを殴り飛ばしたのだ。

 

 そこからはもう一方的な蹂躙だった。

 イリスは一撃ノックアウトしたボスの尻尾を乱暴に掴むと勢いよく振り回す。

 ボスの巨体そのものを武器にして、他の畑あらしにぶつけていったのだ。

 悲鳴を上げる事も出来ず、潰され、殴打され、叩き伏せられていく畑あらしたち。

 ・・・不憫だ。

 

くたばりやがれぇぇーーーッ!!

 

 逃げ惑う畑あらしたちが次々に倒されていく光景に、私とヨシュアは唖然として立ちすくむ。

 

「これはひどい!」

「もう全部あの子一人でいいんじゃないかな」

 

 何なの?イリスってばこんなに強かったの?

 眩いぐらいに輝く髪と目、七色の光はそこだけに止まらず彼女の全身を覆っている。

 やっぱり切り札を隠していたか、きっとあの状態がイリスの本気なのね。

 

 イリスは本当に一人で全部片づけてしまった。

 泥団子に顔と服を汚された事が相当頭に来たみたいで、動かなくなったボスの体に今も蹴りを入れ続けている。

 コラコラ、死体蹴りはやめなさい。

 

 私が声をかけるとイリスは涙目で抱き着いて来た。

 あぁ~私まで泥んこになっちゃうわ。けど、まあいいか。

 

「畑あらし嫌いです!全然可愛くない!あいつらマジで滅んだらいいのに~」

「あーもう、よしよし。泣かない泣かない」

 

 アレだけ大暴れしたのに、今は年相応の幼さを見せてぐずっている。

 大人びた思考と桁外れの力を持ちながら、子供らしい一面もしっかりあるんだよね。

 しばらく不機嫌だったイリスは、ヨシュアに頭を撫でられるとすぐにいつもの調子に戻った。

 まったくこの子は・・・そんなに男が好きなのかしら?

 

「ただの男には興味ありません。私はイケメンが好きなのです」

「イケメン?」

「イケている(メンズ)、略してイケメン!カッコイイ男性という意味ですよ」

「イリス、僕はイケメンなのかい?」

「はい。ヨシュアさんは、どこに出しても恥ずかしくないイケメンであります!エステルがうらやましいです」

「そ、そうなんだ////」

 

 イリスはハッキリと好意を伝えてくれるので、さすがのヨシュアも照れてしまっている。

 おーい、彼女の前で他の女の子にタジタジするなー。

 イリス、やはり恐ろしい子!

 

 ・・・・・・・・・

 

 イリスのあの不思議な力、持て余しているだけではいけないと思った。

 強すぎる力に飲みこまれないよう、力を活かし制御する術を学ぶべきだ。

 その機会を与えてあげたい。

 手配魔獣の討伐依頼を中心に仕事を受けて、イリスを同行させる日々が続いた。

 この子、大型魔獣を嬉々として殴り飛ばすんだよねw

 ちょっと危なっかしいけど、将来が楽しみである。

 

 ◇

 

 ヨシュアとレンがイリスから話を聞く事ができたらしい。

 二人も自分たちが結社に所属していたことを暴露したそうだ。

 戻って来たイリスは私と父さんにも、秘密を打ち明けてくれた。

 事前にレンから『覚悟した方がいい』と言われ、イリスが話している間、ヨシュアがずっと手を握ってくれていた。

 

「……と、いう訳です。しょーもない話を、ご清聴ありがとうございました」

 

 話し終えたイリスはペコリと頭を下げる。

 

「レン姉さま、こんな感じで良かったですか?」

「ええ、十分よ。辛い事を話させて悪かったわね」

「全然平気です。もう済んだ事ですから」

 

 イリスがレンにじゃれ付いている。

 レンのイリスを見る目はとても優しくて、少しだけ悲しい。

 最初からレンはイリスに感情移入していたようだけど、それもそのはずだ。

 彼女たちはある意味同類だったのだから、それを出会った瞬間に感じ取っていたのだ。

 

 それはあまりに酷い話だった・・・

 

 実母からは毎日のように殴られて、名前すら与えられなかった。

 その親も目の前で撃ち殺され、売り飛ばされる。

 

 売られた先は【庭園】という謎の地下施設で、過酷な訓練と人体実験を強制された。

 結果を出せない者はすぐに処分されてしまったという。

 

 何とか生き残っていたある日、暴走した魔獣の群れに襲われ瀕死の重傷を負ってしまう。

 胸を貫かれ、全身に傷だらけになり、肉も骨も砕かれ潰された。

 臓器が破裂し、腕や足が千切れかけた感触を今も覚えているらしい。

 

 目覚めた時【虹の雫】と呼ばれる古代遺物と融合させられていた。

 普通の人間ではなくなった。

 自分の体に起こった事を考える暇もなかった。

 【結社】が率いる人形兵器や猟兵団たちが【庭園】を襲撃していたからだ。

 

 瓦礫と炎と黒煙、そして無数に転がる死体の山の中を逃げ回った。

 交流のあった大人たちも死んでしまった。

 一人だけになった後も【結社】執行者に殺されかけ、施設全体の破壊を目的とした爆弾を撃ち込まれたりもした。

 

 執行者に見逃してくれるよう交渉したら許可され、脱出用の古代遺物を使って転移して来た。

 転移先が川の中で滝から落ちた・・・

 

 以上が、父さんに拾われるまでのイリスである。

 

 耳を塞ぎたくなるような痛ましい経験談。

 私には想像もできない、地獄のような日々。

 

 なんでよ。

 なんでなの?

 なんでイリスは笑っていられるの?

 

 こんな理不尽を強いられて、どうしてそこまで明るくなれるの?

 

 そうか、そう・・・なのね。

 賢いイリスはずっと前に悟ってしまったんだ。

 泣いても状況は変わらないと、自分を救うのは自分だと早い段階で理解した。

 仕方のない事だと割り切ってしまえば、そうしなければ、生き残れなかった。

 

 彼女の持つ社交性や愛嬌、仕事の処理能力、言動の一挙手一投足に至るまで、必要に迫られて身に着けた処世術。

 全ては己が生き残るための武器だったのだ。

 

 それが解った瞬間、私は眩暈と不快感に襲われた。

 ヨシュアが支えてくれなかったら、倒れていたかもしれない。

 ダメだ。それはダメだ。

 当事者のイリスが普通にしているのに、話を聞いただけの私がみっともない姿を晒してどうする。

 

 イリスは笑っている。

 今しがた話した内容が特に何でもない事のように・・・

 父さんは苦い顔をしていたが、想定していたらしく、そこまでショックは受けていないようだ。

 私も覚悟をしていた、はずだった。

 イリスには何かあると、訳アリだとわかっていたのに、明るい彼女を見て勝手に安心して・・・

 きっと大丈夫だと、イリスの過去に大した事件はなかったと思い込もうとしていた。

 

 私はなんて浅はかなのだろう?

 家族の中で私だけが、現実を直視できていなかった。

 ヨシュアとレンの事で、私は学んだはずではなかったのか?

 本当に能天気な自分が嫌になる。

 

「面白くない話でしたよね。大丈夫ですか?」

「ああ、問題ない。イリス、お前は強いな…」

「おお!カシウスおじさまにも褒められました」

 

 イリスが父さんを気遣っている。

 撫でられて嬉しそうだ。

 本当にこの子は強い、私なんかよりずっと強い。

 

「エステルは?」

「……ぁ…うん、平気よ。心配しないで」

「平気そうには見えません。気を悪くしたのなら謝ります。ごめんなさい」

 

 謝らないでよ!

 アンタは何も悪くない。謝る必要はこれっぽっちもない!

 悪いのは、この理不尽な世界だ。

 

「闇堕ちするのはやめてください。そんなエステル見たくありません」

「しないわよ。して堪るもんですか」

 

 イリスを抱きしめる。

 小さい、とても小さい・・・

 

 この小さな体をどれだけ酷使して来たのか?

 たった一人でどれだけの血と涙を流して来たのか?

 世界を恨み絶望して、全てを投げ出そうとは思わなかったのか?

 

 そうならなかったのは、きっと、イリスの心が強かったからだ。

 虹色の髪も目も、あの綺麗な輝きも、戦う力も全部、イリスの心あってこそのものだ。

 

「エステル?なんで泣いてるんですか?何か悲しい事でもありましたか?」

アンタが泣かないからよ!

「??…私の代わりに泣いてくれてます?よくわからないけど、エステルはいい人ですね」

「バカ!イリスのバカぁ!」

「えぇ…(´Д`)なんか急に罵倒され……ぐぇぇぇ、締め付けが、く、くるしぃ…」

 

 私は無力だ。

 力いっぱいイリスを抱きしめる事しかできない。

 アンタはもっと怒って泣いて悲しんでいいのだと、過去の自分に縛られなくていいのだと、

 あなたは自由になったんだと伝えたかった。

 

 力を入れ過ぎてイリスが窒息しかけたのは失敗だった。

 

 ◇

 

 イリスの過去を聞いてから皆の過保護っぷりが上がった。

 

 ヨシュアはイリスを結社の刺客だと疑った事を恥じている。

 イリスからのお願いは可能な限り叶えてあげたいと言っていた。

 だからといって、しょっちゅう同衾するのは如何なものか?

 気付いて!イリスの邪悪な笑みに気付いてヨシュア!

 もう!私とヨシュアの間に挟んであげるから、コレで我慢しなさい。

 

 レンとイリスは本当に仲がいい。

 どちらかというと、レンの方がベッタリしている気がする。

 態度には出さないようにしているけど、イリスに情が移っているのは明白だ。

 末っ子だった自分に妹ができて嬉しいのだろう。

 二人とも可愛い。ああ尊いわねぇ~。

 でも、私がいることも忘れないで!お姉ちゃん嫉妬しちゃうぞ!

 

 父さんが頻繁に家へ帰って来るようになった。

 以前は半月ぐらい帰って来ない日も多々あったが、今では三日に一回は帰って来る。

 不良オヤジがイリスのおかげでマイホームパパになってしまった。

 私とヨシュアが小さい時よりも家族サービス多くない?

 イリスの事は私たちに任せて、王国のためにキリキリ働いてほしい。

 

 もちろん三人に負けないよう、私もイリスに構う頻度を増やした。

 本当に可愛くて仕方がない。

 

 いつの間にかイリスは欠かせない存在になっていた。

 私たち全員、スッカリ彼女に骨抜きにされてしまったらしい。

 

 私はずっと考えていた計画を実行に移す事を決めた。

 イリスを本格的に我が家へ迎え入れるのだ。

 父さんと養子縁組してもらって、彼女を《イリス・ブライト》にする。

 とてもいい考えだと思う。

 

 皆に話してみると特に反対はされなかった。

 私がそんな風に考えていた事は筒抜けだったらしい。

 

「全員が同じ気持ちということでいいのね?」

「いいけど、最終的にどうするか決めるのはイリスだ」

「そうね。無理強いはよくないわ」

「それなら大丈夫よ。イリスならきっと二つ返事で了承してくれるわ」

「だと、いいんだがな…」

 

 反対はされなかったけど、煮え切らない態度なのはどういうこと?

 まさか、イリスが断ると思ってる?

 

 大丈夫よ。

 イリスはここが大好きだと、私たちが大好きだと、言ってくれるのだ。

 断る理由はない、はずだ。

 

 私が今まで当たり前のように享受して来た幸せ。

 それがイリスにはなかった。

 過去は変えられないけれど、今のイリスには幸せになってほしい。

 そうなる権利が彼女にはある。

 

 私が、私たちが、イリスを幸せにしてあげる。

 

 ◇

 

 養子縁組の話を切り出すタイミグ伺っていたある日。

 皆でお茶を飲みながら団欒している時、それは起こった。

 イリスが急にポロポロと涙を零したのだ。

 誰もが驚く中、イリス自身も驚いていた。

 そして、彼女は言ったのだ『ここにはいられない』と・・・

 訳も分からず混乱している私を置き去りにして、イリスは覚悟を決めてしまった。

 

「お願いします。私が独り立ちするために、どうか力を貸してください」

 

 どうして?

 どうしてそうなるの?

 一緒にいたいと思っていたのは私だけだったの?

 

 わからない。わからないよ。

 あなたのことがわからないよ、イリス・・・

 

 止めないと、絶対に阻止しないといけない。

 今のイリスの顔を私は知っている。

 やめてよ・・・その顔は嫌い。嫌いだ。

 泣きそうなのを我慢して、無理に取り繕った不自然な笑顔。

 

 私の下から去ろうとした、ヨシュアとレンも同じ顔をしていた!!

 

 

ダメよ!!絶対にダメなんだから!!

「うわっと!?急にどうしました?」

 

 私は叫んでいた。

 イリスを手放すだなんて考えたくなかった。

 

「イリスはずっとここにいるの!ここにいればいいじゃない!」

「エステル……」

 

 皆どうして何も言わないの?

 おかしいわよこんなの・・・

 ヨシュアもレンも父さんも、イリスの事が好きなくせに、思い止まるよう説得してよ!

 今更イリスを一人にするだなんて、そんなの、そんなの許さないんだからぁ!

 

「イリス!!」

「ひゃい!な、なんですか?」

「イリスは父さんの娘で、私たちの大事な妹なの、だからずっと一緒、一緒にいなくちゃダメ!」

「…あぅ……」

「…エステル」

「コレは決定事項なの、もう覆らないから」

エステル!!そこまでだ!

 

 イリスに詰め寄っていた私を父さんが叱咤する。

 頭に血が上っていた私はハッ!として我に返った。

 イリスが困ったような表情で視線を彷徨わせている。

 その目には僅かな怯えが見えていた。

 ち、違う、違うの。

 私はイリスを怖がらせるつもりはなくて・・・

 

「少し頭を冷やせ、今のお前は正しくない」

 

 父さんにそう言われて、ガックリと項垂れる。

 何やっているんだろ私・・・

 

「ごめん…ちょっと外に出て来る。イリス、本当にごめん…」

「あ、エステル!」

 

 イリスの顔を見ていられない。

 私は逃げるように家を飛び出した。

 

 ◇

 

 探しに来てくれたヨシュアと共に家に戻った私は、すぐさま自室に引きこもった。

 ベッドにダイブして布団を頭から被りうずくまる。

 二十歳を前にした淑女の行動ではないと自分でも思う。

 

 イリスに合わせる顔がない。

 彼女に会ってしまったら、また余計な事を言ってしまいそうで・・・

 そんな自分が情けなくて堪らない。

 

 軽いノック音の後、ヨシュアが部屋に入って来た。

 トレーに乗せた食事を持って来てくれたのだろう。

 ごめん、今は食欲ないや・・・

 

 食事を机に置いたヨシュアはベッドに腰掛け、布団の上から私の背中を擦る。

 恋人の優しさが身に沁みるわ。

 

「いつまでそうしているつもり?」

「……ほっといて」

「イリスが心配していたよ?『私のせいでエステルが拗ねた!』って、今にも泣きそうだ」

 

 なんであの子は・・・自分のために泣きなさいよ。

 

「イリスは……どうして、あんな事を言ったの?」

「それはイリスにしかわからないよ。ただ…」

 

 ただ…何…?

 

「好きだからこそ、離れなければならない。そういう気持ち、僕にはよくわかる」

 

 なによそれ・・・ヨシュアもレンも、イリスの事を理解してるって顔してさ。

 ぬくぬくと暮らして来た私には、どうせあなたたちの苦しみを真に理解できないんだって、そんなの・・・

 そんなのわかってるわよ!

 だったら、どうすればいいの?どうすればよかったの?

 どうすればあの子は幸せになれるのよ?

 

「僕やレンはエステルや父さんが好きで一緒にいる。これは僕たちが望んだことだ」

 

 じゃあ、イリスは望んでないの?

 本当は私たちの事が嫌いだったとか?

 幸せにしてあげたいと思った、私は間違っていたの?

 

「イリスの幸せはイリスにしか決められない。他の誰かが決めてはいけないと思う」

 

 イリスの幸せ・・・私は本当に彼女の幸せを願ったのか?

 本当は、彼女と一緒にいたい、自分の幸せを優先したのではないか?

 

「イリスの人生はイリスのものだよ」

 

 ヨシュアはそれだけ言うと部屋を出て行った。

 

 ああ、その通りだ。

 

 幸せにしてあげるだなんて、おこがましいにも程がある。

 幸せは誰かに押し付けられるモノではない。

 自分で見つけて、選んで、努力して、掴み取るものだ。

 

 そんな簡単な事もわからなくなっていた。私ってホントバカ・・・

 

 結局、ブライト家で一番の子供(ガキ)は私だったのね。

 思い通りにならなかったから癇癪を起して、今は引きこもっている。

 情けなくて涙が出そう。

 イリスに謝らないといけないのに、彼女に会うのが怖い。

 

 ・・・・・・・・・

 

「エステル~いますよね?入りますよ?」

 

 控えなノックの後、イリスが部屋に入って来た。

 なんで来るのよ、今はまだ会いたくないのに・・・

 

「ご飯冷めちゃってます。今日はエステルの好物だったのに…」

 

 うう、ごめん。

 後で食べるから、冷めててもいいから。

 

「おーい、出て来てください。早くしないと、カシウスおじさまが『(ケツ)をブッ叩く』らしいですよ?ケツバットですww」

 

 布団を揺さぶりながらイリスが不穏な事を言った。

 ひぇ!父さんが棍棒を素振りしてる姿が浮かんでゾッとする。

 冗談だとは思うけど、あのオヤジならやりかねん。

 

「仕方ないですねぇ。失礼しまーす……うんしょっと…」

 

 え?ちょっと、何?

 イリスがモゾモゾと布団に潜り込んで来た!?

 そういえばこの子、人が寝ている布団に潜入するのが得意だと言っていたわね。

 

 イリスの顔が凄く近くにある。

 暗いはずの布団の中は虹色の光で満たされていた。

 彼女の髪と目がほのかに発光して、幻想的な証明代わりになっているのだ。

 お互いの表情がバッチリ確認できる距離、なんだかすごく照れる。

 最初に見た時と同じ、ううん、今はもっと美しい虹色だ。

 

「きれい……」

「ですね。エステルは美人さんです♪」

 

 私じゃなくてアンタが綺麗なのよ。

 こいつ、自分が美少女だってこと理解してないでしょ。

 

「あの時どうして、泣いたの?」

「許容量を超えた幸せが、あふれてしまいました。面目ないです」

 

 アレは嬉し泣きだったとイリスは教えてくれた。

 そして、ブライト家を出なければいけないと気付き、悲しくて泣いたとも。

 

「私ね、イリスに本当の家族になってほしかった」

「わぁ!それは大変光栄です」

「でも……ここを出て行くんだよね」

「はい。私は未熟者ですので、旅に出る必要があるのです」

 

 簡単に決めちゃって・・・どんだけ覚悟決まってるのよ。

 私がアンタぐらいの歳だった時は、虫取りと、ご飯の事しか考えてなかったぞ!

 

「私のこと、嫌いになった?」

「あり得ません。私はブライト家の皆が大大大好きですよ」

「だったら…」

 

 なんで一緒にいてくれないのか?

 私では、私たちでは、イリスの心を救えないのか?

 またしても、みっともない問いかけが出そうになる。

 私の意図を察したイリスはニッコリと微笑んで、答えを返してくれた。

 

「エステルたちのおかげです。私、ここに来て新たな夢ができました」

「夢……?」

「はい。私、立派な大人になりたいです!」

 

 大人になんかならなくても、イリスはもう十分立派だよ。

 

「まだまだですよ。皆さんを見て自分の至らなさを痛感しました」

 

 イリスは少し恥ずかしそうに『内緒ですよ』と、前置きしてから夢を語る。

 

「カシウスおじさまみたいに強く、レン姉さまみたいに賢く、ヨシュアさんみたいにカッコよく」

 

 そして何より・・・

 

「エステル、あなたみたいにな素敵な女性になりたい!

 

 イリスの言葉が胸を打つ。

 

「皆を笑顔にしてあげられる。傍にいるだけで心も体もポカポカする。太陽みたいな人…」

 

あなたは私の憧れであり目標です!!

 

 だから、旅に出るのだと、

 広い世界で見分を積んで大きく成長したいと、

 自分にはそれが必要なのだと、イリスは語ってくれた。

 

 そんな、そんな風に思ってくれていたの?

 不甲斐ない私を、憧れだと、目標だと、言ってくれるのか。

 イリス・・・!!

 

「知ってますか?虹は空気中の水滴によって太陽の光が屈折・反射されることで見えるようになるんです」

 

 え?急に何の話?

 

「つまりですね。太陽が元気に輝いていないと、虹も困ると言いますか、えーっと、とにかく元気出してください、ね?」

 

 なるほど、私を太陽、イリスを虹に例えた話だったのね。

 太陽、太陽かぁ・・・そんな大それたもんじゃないんだけどねw

 

 ありがとうイリス、本当にありがとう。

 ちゃんと気持ちを伝えてくれて、私を見ていてくれてありがとう。

 

「アンタって子はもう…本当にもう!」

「わっ!?元気になってくれましたか?」

「ええ!もう大丈夫よ!」

「復ッ活ッ!エステル・ブライト復活ッ!エステル・ブライト復活ッ!エステル・ブライト復活ッ!エステル・ブライト復活ッ!エステル・ブライト復活ッ!エステル・ブライト復活ッ!」

「イリス、やかましいわww」

 

 私の復活を連呼するイリス、また頭がおかしくなったのねw

 今の声はヨシュアたちにも聞こえたはずだ。

 情けない私はお終いしよう。

 

 見てなさい、太陽は何度だって蘇るのよ!

 

「エステル、私を応援してくれますか?」

「当たり前じゃない。あなたがここを出るまでの間、ビシバシ鍛えてあげるから覚悟しなさい」

「望むところです」

 

 私はイリスの味方であり続けよう。

 旅立ってしまうのは寂しい、本当に寂しいけれど、邪魔をしてはダメなのだ。

 この子が成長したいと望むなら、それを応援するのが、姉の務めってもんでしょう!

 

 イリスの旅立ちが決定した。

 私たちは家族全員で彼女を、あの美しい虹を応援するのだ。

 

 ・・・・・・・・・・

 

「イリス、この書類にサインしてくれる?」

「いいですけど、何ですかコレ?」

「ちょっとした提出物よ。あ、そこは《イリス・ブライト》って書いてね」

「了解で……コレ、養子縁組届じゃないですかぁ!?!?

「チッ!バレたか」

「詐欺です!私文書偽造罪です!」

「父さんの娘になるのが嫌なのね。じゃあ、私とヨシュアの娘になる?」

「そういう問題じゃねーんですよ!?」

「レンの娘になりたいですってぇぇ~!それはさすがに許さないわよ!」

「駄目だこの太陽…早くなんとかしないと…」

 

 イリスがレンに泣きつき、私は『正気に戻れ』と妹たちから蔑まれた。

 くっ!やっぱりレンがいいのね。

 どっちがイリスの母として優れているか勝負よレン!

 困り果てたレンが父さんとヨシュアを召喚、私はしこたま説教されてしまうのであった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。