私はブライト家を出る事を決めた。
『思い立ったが吉日!今すぐ出発進行だ~!』なんて、勢い任せの行動はしない。
庭園を脱出した時は緊急事態だったので、着の身着のままだった。
今回は旅立つ前にしっかり準備を整えておこう。
家を出る宣言をした日、エステルが拗ねてしまったけれども、お布団内トークで理解を得た。
今ではブライト家の全員が私の旅立ちを応援してくれる。
ありがてぇありがてぇ!
本当にお世話になりっぱなしで感謝してもしきれない。
もう少しの間だけ、よろしくお願いします。
エステルたちとの稽古も佳境を迎えていた。
実戦を想定した訓練を何度も行い、私の切り札である【虹の雫】の力を使用した戦術も組み立てる。
でもね、三対一のというのは厳しすぎませんか?
「本気で行くわよ!根性見せなさい、イリス!」
やっ、手加減はして・・・あっぶなっ!?
「足を止めたらダメだ。頭も体も常に動かして勝機を見出すんだ」
ひょええぇ、そんな事言われてもぉ・・・はや、速すぎぃ!
「はいそこ、隙だらけ。狙い放題の当て放題ねw」
んぎゃぁぁ!?熱い!冷たい!痛ったぁい!もうヤダぁ!
『エステル、ヨシュアさん、レン姉さまチームVS私一人だけの模擬戦』
やるんじゃなかったと心底後悔した。
熟練の戦士たちが繰り出す、
・・・殺す気か?
もうただの集団リンチだろ?
家庭内暴力経験者でもコレは辛い!!
「頑張れ頑張れできるできる絶対出来る頑張れもっとやれるって!」
「やれる気持ちの問題だ頑張れ頑張れそこだ!」
「そこで諦めんな絶対に頑張れ積極的にポジティブに頑張る頑張る!」
三人がどこぞの熱血テニスプレイヤーみたいな声援を送って来る。
その間にも私への攻撃は止むどころか、更に激しさを増していった。
やwめwてwww
笑いそうになって、戦いに集中できないんだけどぉ!
特にレン姉さまのキャラが、いつもと違いすぎてww
ダメだw腹が痛いwww
腹筋崩壊しているところに、
・・・・・・・・
庭園の訓練より過酷な可愛がりを受け、心身ともにボロボロになった。
「ちょっとやりすぎたかしら?」
ちょっと?今のリンチがちょっとだと?
寄ってたかってフルボッコにしておいて、お三方の中ではちょっとした遊び気分?
地べたに倒れて痙攣している私が見えてないのかな?
優しさにあふれたブライト家、その実態は戦闘民族の集まりだった。
今更ながら、とんでもない家族に拾われたのだと気付いたよ。
「もう、エステルは加減を知らないんだから」
「いくらイリスが優秀でも、初日から飛ばし過ぎだったね」
何、自分たちはさも手加減しましたみたいな顔してんの?
レン姉さまもヨシュアさんも、ガンガンにボコってくれましたよね?
「イリスが思ったより攻撃を捌くから、つい力が入ってしまった」
「泣き喚きながらも、ちゃんと対応してくるから楽しくなっちゃうのよねw」
「これも愛のムチってやつよ。イリスためを思うからこそだって、わかってくれるわよ」
無茶苦茶言ってるよ。
愛のムチが痛すぎるんじゃあ!
もうここは、これ以上動けませんアピールのために倒れたままでいよう。
「さあ立ってイリス。続けるわよ」
嫌です。無理です。勘弁してください。
「動かない?まだ、傷が痛むのかい?」
「変ね、回復アーツはかけたのだけれど?」
「寝たふりをしているわ。時間がないってのに、何やってるのよ」
寝たふりではありませぬ。
死んだふりです。
「イリス起きなさい!旅立つ前にあなたを限界まで鍛え上げるんだから!」
「へんじがない。ただのしかばねのようだ」
「返事してるけどww」
「屍ってwww」
しかばねをツンツンするのはやめてください。
そんなことされても、私は起きませんよ。
私をやる気にさせたいなら、相応の誠意というものを見せてほしい。
要するにご褒美を要求します。
「イリス、訓練が終わったら僕と一緒にお風呂に入ろっか?今日はキミに背中を流してほしいな」
ヨシュアさんからのお誘い来たァァァ!!
仕方ねぇ!釣られてやろうじゃないのさ。
気力を取り戻した私はシャキーン!と即行で跳び起きた!
「続きをお願いします!ビシバシしごいて下さって結構です!!」
ふへへ、終わったらヨシュアさんとお風呂~。
魅惑の洗いっこタイムが私を待ってるぞぉ!!
「わかりやすいわねぇw」
「この子ってば、本当に……ヨシュア、安請け合いしてよかったの?」
「僕は全然構わないよ。ご褒美ぐらいは必要だと思う。それに…ここからが本番だからね」
「あら、ヨシュアがSッ気のある顔をしているわ」
「イリス…お風呂を楽しむ元気が残ればいいわね」
ご褒美に目が眩んだ私は、とにかく必死に頑張った。
頑張りすぎて燃え尽きてしまい魂の抜けた私は、せっかくのお風呂も満足に楽しめなかった。
茫然自失状態で気付いた時には入浴終わってたわ。
ちくしょーめ!
つ、次こそは、ヨシュアさんとの洗いっこを堪能してやる!
適度にご褒美をチラつかせながら、エステルたちは私を鍛えていくのであった。
・・・・・・・
虹の雫と融合した事で私の身体能力は劇的にパワーアップした。
特に力の上昇は著しく、低身長かつ華奢な体からは想像もできない怪力を有している。
日常生活に支障が出ないよう、リミッターがかかっているので無駄に物を壊す事はしない。
戦闘中や気持ちが高ぶった時は、髪と目が輝きを増し更なる力が引き出される。
この通称《虹パワー》は私に絶大な強化をもたらすが、時間に制限があり、使用後の反動も中々に辛い。
思いのほか疲れるし、お腹が空くし、眠たくなるのだ。
ひどい時にはしばらくダウンして動けなくなったりもする。
したがって、使いどころを見極める必要がある。
よくわからない力に頼り切りなのは不安だ。
《虹パワー》の活用については今後も検証が必要となる。
使用時間の延長、発動と停止をスムーズに、防御力も向上しているので、耐えられるダメージの限界値も知っておきたいな。
後は、ビーム撃てるようになりたい!
食らえ!イリスビィィーム!相手は死ぬ!
なんてのは、さすがに無理か?
・・・・・・・・・
戦闘訓練以外にも独り立ちに必要な知識や情報を学んだ。
『私の全てをイリスに伝授する』と息巻いた、エステルを筆頭にブライト家の全員から薫陶を受ける。
私に教えるのが楽しいらしく、皆すっかり教育ママ&パパと化してしまった。
周辺地理、出没する魔獣の生体、リベールの各地の観光スポット、おすすめの郷土料理、釣りのやり方、賢い買い物、人との交渉術、女の子として気を付ける事・・・等々。
今までの生活では知り得なかった事を、たくさん教えてもらえて私も大満足だ。
「詰め込み教育になってしまったわね」
「まだまだイリスに教えたい事がいっぱいあるのに…」
「十分ですよ。皆さんからの教え胸に、この先も精進いたします」
後は実際にこの目で見て触れて経験することで、知識を確かなものにしていこう。
訓練で体を鍛え、必要な情報を学び、持ち物と装備類を揃えて厳選していく、
忙しくも充実した日々は瞬く間に過ぎて行った。
そして・・・
●
エステル、ヨシュアさん、レン姉さま、三人が見守る中、私は1人の男と対峙していた。
相手はブライト家の主、カシウスおじさまである。
これまでの訓練の集大成として、私はカシウスおじさまに戦いを挑んだのだ。
無謀なのは承知している。
エステルたちは私がとち狂ったと思ったようだけど、私の覚悟を理解してくれた、おじさまは快く引き受けてくれた。
もちろんハンデありの勝負だ、なかったら秒殺されるからね!
いわば、これは私の卒業試験みたいなものだ。
断じて『手の込んだ自殺』ではない。
ブライト家の皆に私は大丈夫なのだと、守られるだけの子供ではないと、この戦いで証明する。
これまで身に着けて来た私の全て、カシウスおじさまにぶつけてやるんだ。
家の近くにある稽古場、ここが決戦の舞台となる。
私とおじさまの間にある真剣な空気を察して、エステルたちも今は静かだ。
「今から俺はイリスの命を狙う悪党だ」
「ロールプレイですか?」
「ああそうだ。この戦いの最中は優しくて素敵なパパはいないと思え」
「了解しました。おじさまは私の敵です」
「それでいい」
エステルの『自分で言うな!』という、ツッコミをスルーしたおじさまは私を見つめる。
いつもの優しい雰囲気はなく、歴戦の猛者たる武人がそこにいた。
「いくぞ…イリス」
模擬戦用の棍を構えたおじさまが一歩踏み出す。
たったそれだけの動作で、心臓を握りつぶされるような感覚が私を襲う。
これが、リベール王国最強と言われる男の威圧・・・
うぁ、大型魔獣の数百倍怖い。今すぐにでも逃げ出してしまいたい。
だが、これは自分がお願いして始めた事だ。
おじさまも、私がこの戦いを乗り切れると信じたから引き受けてくれたのだ。
エステルたちも固唾を呑んで見守っている。
皆が私を信じている、その信頼に私は応えなくてはならない!
「はい!胸をお借りします」
声と共に私は駆け出す、使用するのは刃を潰した二振りの
リーチの短さは問題だが、スピード重視の私には最適な武器である。
ヨシュアさん直伝の双剣技を活かせる点でも今はこれが一番だろう。
やる事はシンプルだ。
目標に素早く接近して攻撃あるのみ!
「たぁぁぁ!」
「ふんっ!」
私の動きを予測していたおじさまの突きが繰り出される。
額を打ち抜こうとしたそれを回避し、接近を試みるが、その時にはもうおじさまは元の位置にはいない。
ダガーを空振りした隙を狙い、棍の一撃が私を打ち据えようと襲いかかる。
片手で繰り出された軽い一撃、私の防御も十分間に合った、だというのに・・・押される!?
たった一撃で私は数アージュも後退させられてしまう。
驚いている暇はない、おじさまの攻撃はまだ始まったばかりだぞ。
勝利条件はおじさまに私が一撃当てること。
敗北条件は私が意識を失うことだ。
おじさまとの戦闘が始まって数分経過した。
嘘だろ、まだ数分しかたっていないだと?
私はもう肩で息をしていて、冷汗なのか脂汗なのかわからない液体が体中からダラダラ出ているのに・・・
涼しい顔のおじさまに、一撃当てるどころか防戦一方を強いられている。
次元が違う、違い過ぎる。
開きすぎた実力差に今更ながら背筋が凍る。
隙なんてどこにもない、パワーもスピードも何もかも圧倒的に向こうが上だ。
これが実戦であったならば、この数分間に、私は50回以上は死んでいるはず。
手加減に手加減を重ねられてなお、ここまでの差か・・・
本当に泣けてくる。
虹パワー?とっくの昔に使っているよ!
最初から使ってコレなんだよ!!
自慢の怪力もおじさまにとっては『アリンコ』が『ちょっとでかいアリンコ』になったぐらいにしか感じていないみたいだよ。
攻撃をもらう回数が増えて来た、私の動きが鈍くなっている。
おじさまの攻撃はかすっただけで、衝撃がビリビリと伝わって来た。
虹パワーの防御層すらものともしない威力に汗が止まらない。
クリティカルヒットした場合、意識を刈り取られて
「そこまでか!?お前の力など、そこまでのものに過ぎんのか!? それでも
くっ、おじさまの勢いが増した。
一気に私を叩き潰す気だ。
何とかしないと、このまま負けてしまう。
「足を踏ん張り、腰を入れんか!! そんな事では悪党の俺一人倒せんぞ!この馬鹿娘がぁ!!」
しまっ・・・がぁっ!?!?
おじさまの棍が遂に私を捉え強く打ち据える。
とっさにダガーをクロスさせて防御したものの、あえなく吹き飛ばされてしまった。
い、今のは効いた~。
すぐに体勢を整えないといけないのに、膝が笑って上手く立てない・・・
「何をしている!自ら膝を付くなど、勝負を捨てた者のする事ぞ!立て! 立ってみせい!!」
カシウスおじさまの叱咤激励が胸に響く。
さっきから一体どこの東方不敗ですか?
おじさまではなく『師匠!』と呼びたくなってしまうぞ。
「くぉらぁ!この暴力オヤジ!私のイリスをいじめるなぁぁ!」
「ちょっと、エステル!?落ち着きなってば、父さんだって手加減してるんだし」
「このままじゃエステルが乱入するわよ。何とかなさい、イリス!」
外野がうるさくなって来た。
青筋浮かべたエステルが暴れながら、おじさまに向かって咆えている。
ヨシュアさんが必死に羽交い絞めにしているが、あの様子だと本当に乱入しそうだ。
「イリスは負けないの!あんなに一生懸命な子が、髭オヤジなんかに負けるもんですか!」
エステル・・・私の憧れ、太陽みたいにあったかい人。
苦しくて、泣きたくて、今にも挫けそうだけど、あなたが信じてくれるなら、
私は、戦える!何度だって立ち上がってみせる!
相手が例え、カシウス・ブライトだったとしてもだ!
「信じてるよイリス!キミならやれるはずだ!」
「遠慮する事ないわ、思いっ切りやっちゃいなさい!」
ヨシュアさんもレン姉さまも、ありがとう。
「さあ、どうするイリス?もうお終いか?」
カシウスおじさま・・・
心を鬼にして私と戦ってくれている、あなたにも感謝しています。
皆ありがとう、本当にありがとう。
だから、見せます!私の今できる全てを!
面を上げて前を見ろ、力を見せたい人が、褒めてほしい人が、そこにいるだろぉ!
カッコ悪いままで終わってたまるか!
「ここからですよ!カシウスおじさまァァッ!!」
自分の奥底に意識を集中する。
おい、いるんだろ?
力を貸せ。
虹の雫と呼ばれた超危険遺物なんだろ?
まさか、この程度で終わりじゃないよな?
無視してんじゃねーよ。聞いているんだろ、なあ?
《虹……霊子…接続…認…》
何かが繋がった。
瞬間、私の髪と目が眩い輝きを放つ。
それだけに止まらず、全身から虹色のキラメキが粒子となって周囲に拡散されていく。
「何の光ぃ!?」
「うわっ、まぶし」
「なんてキレイなの…」
《
《本躯体の戦闘経験値が一定数を超過したため特殊機構を限定解除》
《〖
頭の中にお知らせのような言葉が浮かんでは消えていった。
いつもの異世界情報ではない!?
今のは?もう一人の私?
なんだっていい、要するに力をくれたってことだよなぁ!
虹色の光が私の手に集まって来る。
そして両手に握ったダガーの刃が虹色の輝きをおびはじめた。
これなら、いける!
「せぇぇぇい!!」
声と共にダガーを振りかぶる。
虹色の弧を描く斬撃がおじさまを襲った。
最初、棍で受けようとしたおじさまは、ここに来て初めて明確な回避行動をとった。
未知数である虹の斬撃を警戒したからだ。
それで正解です。
もし今のをガードしていたら、棍ごとおじさまを切り裂いていただろうから。
棍をくるりと回したおじさまは、楽しそうな笑みを浮かべる。
「それが奥の手か?なんとも絢爛なものだ」
「こういうのはお嫌いでしたか?」
「いいや、久しぶりに心が躍るよう、だ!」
おじさまが踏み込んで来る。
私もそれに合わせるように飛び込む!
「勝負です、おじさま!」
「来い、イリス!」
達人の域を超えた男の棒術と、己の武器すら虹色に染めた少女の斬撃が激突する。
いけ!止まるな!もっと速く、もっと強く、もっと鋭く!
限界を突破しろ!今がその時だ!
目にも止まらぬ攻撃の応酬が続く。
虹パワーが強化され、私の各種ステータスも目に見えて強くなった。
今はダガーも私の一部となった気がする。
この虹色の刃なら、分厚い装甲版ですら斬ってやれる自信もある。
だが、それでも、カシウスおじさまには届かない。
驚いたのは最初だけで、すぐに対応されてしまった。
このままではまた同じことの繰り返しだ。
早く勝負を決めないと、この状態もいつまで続くかわからない。
勝利条件を改めて確認する。
おじさまを倒さなくていい、攻撃を当てればいい、ただそれだけなんだ。
それだけの事が、こんなに難しいないんて・・・
考えろ、頭を回せ、打開策を導き出せ。
ピシッ!
へ?今の音は?
「なっ!?ダガーがぶっ壊れた」
手持ち武器であるダガーがひび割れたかと思うと、亀裂が刃の全体に広がっていき、あっという間に砕け散ってしまった。
武器が内側から崩壊?この感じ、どこかで見たような?
チィッ!なんでこんな時に!
ダガーを失った私は丸腰になってしまったぞ。
「今の武器破壊、おじさまの技ですか!?」
「俺は何もやっとらんぞ。それより、徒手空拳になったが続行するか?」
「つ、続けますよ。私の心はまだ折れてませんから!」
虚勢を張ってみたが、私の負けが色濃くなって来た。
武器を持った相手に素手で挑むというのは、格闘技によっぽどの自信がない限りやってはいけない。
武器、武器、何か武器になるものは・・・
「背を向けて逃げるとは、臆したか!」
おじさまから距離を取るため走る。
逃げたのではない、これは戦術的撤退である。
戦闘フィールドは稽古場内に限定していなかったので、見える範囲なら大丈夫だよね。
うひゃぁ!衝撃波飛ばして来るの怖っ!
おじさまの攻撃を搔い潜り、大岩の影に滑り込んだ。
「それで隠れたつもりか!」
いえ、違います。
武器を拾いたかったんです。
おじさまが追いかけて来るぞ。
急げ!早くしないとやられる!
「ぅ……わぁぁぁぁッッ!!」
虹パワーの全力を出し切る!
私は身を隠した大岩に手をかけて、自分の10倍はあろうそれを持ち上げてみせた。
「嘘でしょ!?!?」
「あり得ない……」
「まさかここまでなんてねww」
エステルたちが唖然とし、向かって来ていたおじさまも目を見開いて驚愕している。
受け取ってください、カシウスおじさま!
これが、私からのプレゼントですッ!!!!!
私は大岩をおじさま目掛けて勢いよく投げつけた。
投げる前、岩全体を虹の光でコーティングしてみたので虹色岩石になっている。
硬さとかが多少なりとも上がっていたら嬉しいんだけど、効果はよくわからない。
大岩は真っ直ぐにおじさまへと飛んでいった。
てっきり、回避するのかと思ったのに、おじさまはなんとその場に停止し、棍を構えた。
あ、これは何か来るヤツだ。
「ぬるいぞぉ!そりゃ!そりゃ!そりゃ!そりゃ!そぉりゃぁぁぁぁッ!!」
おじさまは棍を使った怒涛の連続突きを大岩に叩き込み、巨大な岩石を破壊した。
岩をも穿つとは聞いていたけど、本当にやるとは・・・この人マジで化物ですやん。
ここまで
おじさまなら、そう来ると思ってましたとも!
「はーい!おかわりをどうぞ!!」
「何ィィィ!?!?」
岩を破壊してドヤ顔をしそうになったおじさまへ、第二弾の岩石投げを行った。
そう、大岩は二つ存在していたのだ。
第一弾は私が身を隠したヤツで、第二弾のコレはその隣にあった更に一回りでかいヤツだ。
これにはさすがのおじさまも動揺したのか、焦って逃げようとする。
ここしかない!いっくぞぉぉぉ!!
第二弾の岩石投げをした直後、私は走り出していた。
おじさまの回避ポイントを予測した上での行動だ。
私が来ているの、おじさまなら気付いてますよね?
そして、当然のように棍による反撃を行って来るはずだ。
・・・来た!
模擬戦用の棍は使い込まれており、傷だらけだ。
おじさまとエステルが、コレを使っていっぱい訓練したのがよくわかる。
思い出だってあるかもしれない。
でも、ごめんなさい。
今からコレ、ぶっ壊しますね!!
攻撃が飛んで来る位置、狙われる場所、速度もバッチリ思った通りだ。
予定調和の回避に成功し、突き出された棍の柄を力強く握る。
おじさまが棍を動かそうとするその前に、終わらせる!
《
私の手の平から虹色の光が棍へと浸透し、ベキリッ!と音を立て内側から崩壊した。
いくつも光る亀裂が入り砕け散る、自分の得物におじさまは目を丸くする。
ルミナスエンチャントとやらの特性は私が思った通りだ。
装備した武器を強化するが、その負荷が半端なく、力を入れれば入れるほど、装備の崩壊が早まる。
庭園で虹の雫を実験していた時、導力銃やオーブメントを壊した事があった。
アレと同じ現象が起こっているという、私の読みは正しかった。
私はおじさまの棍に無理やり力を送り込み、壊すことに成功したのだ。
崩れた!今だ!
拳を握りしめて私は跳ぶ。
狙うのはカシウスおじさまの顔面一択だ!
届け!届け!届け!届け!お願い、届いてよ!
私のこの想い、カシウスおじさまに・・・
とどけぇぇぇッッ!!!!
「よぉし…それでこそお前は、我が家の末っ子だな…」
おじさま?
守ったり、逃げようともしない。
優しく微笑んだまま私を見つめている。
私が大好きな、おじさまの『父親』としての顔だ。
末っ子?・・・私が、私なんかが・・・
そんな風に思ってくれて、嬉しくて泣いちゃいそうです。
ごめんなさい、おじさま。
私は・・・
『イリス・ブライト』にはなれませんでした。
おじさまの顔に届く直前、私は拳を開放する。
そして、おじさまの頬にゆっくりと掌を当てた。
ペチリ・・・と、軽い音がした。
なんのダメージも与えていない、触れただけの一発。
だけど、確かに私はカシウスおじさまに攻撃を当てたのだ。
「おじ…さ…ま……私…わたし、は…」
終わった。
終わってしまった。
私とカシウスおじさまの戦いが終わってしまった。
あんなに必死で大変な思いをしたのに、今はなんだか酷く寂しい気持ちだ。
苦しくて、怖くて、どうにかなりそうだったけど。
あの時間、私はおじさまとずっと一緒だった、ただ対等な武人として私たちは一緒だった。
ああ、嗚呼・・・なんてもったいない。
もっとこの人と、戦っていたかった。
もっと凄い自分を見てほしかった。
もっと凄いおじさまを直に感じていたかった。
生意気にも大それた考えをしてしまう。
アレだけ手加減されておきながら、対等とかw思い上がりも甚だしいわ!
そんな私の頭に、カシウスおじさまの大きな手が優しくポンッと置かれた。
「よくやったな、イリス」
「おじざまぁぁぁァァァ~~!!」
ニッコリ笑うおじさまに私の涙腺が崩壊した。
私の思いが届いたのだと、ちゃんと独り立ちできると認められたのだと、わかったから・・・
おじさまに飛びついてわんわん泣いた。
いろんな気持ちがごちゃ混ぜになって泣く事しかできなかった。
涙と鼻水でおじさまの服を汚してしまったけど、おじさまは『気にするな』と言ってくれた。
心の中で一回だけ、こう呼ぶことを許してね。
ありがとう・・・『お父さん』
一部始終を見守っていた、エステルたちが体当たりするように抱き着いて来た。
その衝撃でおじさまが跳ね飛ばされ『ぐぉっ!?こ、腰がぁ~』と唸っていたけど、
子供たちからはスルーされていた。
「イリずぅぅ~よぐやっだわよぉぉぉんんん~~!」
「えずでるぅぅぅぅ~~!!」
「ふ、二人とも、涙と鼻水がとんでもないことに!?」
「とか言いつつ、ヨシュアもちょっとウルッと来てるじゃないw」
「別にいいだろ。イリスが頑張ったんだからさ///」
「イリス、私にもハグしてちょうだいな?」
「レンねぇざまぁぁぁぁぁ~~!!」
「あらヤダ、鼻水の量が常軌を逸してるわね」
その日、ブライト家では盛大な宴が催された。
私の卒業試験クリアのお祝いと、送別会である。
いっぱい食べて飲んで、いっぱい話をして、お風呂も寝る時も一緒だった。
この幸せな時間を、私は生涯忘れない。
●
翌日、全ての準備を整えた私はロレントの正門にやって来ていた。
お世話になった町の人たちへ挨拶回りを終えたところである。
体調も万全、忘れ物はないし、そろそろ出発だな。
「イリス、本当に行っちゃうの?」
「この話何度目ですか?行きますよ、そう決めたんですから」
「やっぱりヤダぁ~!イリスとずっと一緒にいたい~」
エステルが昨日の夜からずっと駄々っ子だ。
今も私を抱きしめてイヤイヤを繰り返している。
「わかってください、エステル。私は行かなくてはならないのです」
旅に出て世界を巡り、いろんな事を経験して成長する。
それが、今の私には必要なんだと。そういう気持ちが湧き上がって来る。
きっとこれは、虹の雫もそう望んでいるからだと思う。
「そこまでだよ、エステル。イリスが困ってる」
「でもぉ~」
「しっかりしなさい。あなたは長女なんでしょ?」
「そうだけどぉ~」
「やれやれ、イリスの方がよっぽど大人だな」
皆に注意されて、ようやくエステルは私を解放した。
私だって寂しいんですから、そんな顔しないでください。
私はブライト家の皆へと最後の挨拶をする。
一人ずつ順番にやっていこう。
「カシウスおじさま、大変お世話になりました。どうか、いつまでもお元気で」
「ああ、イリスも壮健でな」
私を抱っこしてくれるおじさま、その胸に額を擦りつけ頬っぺたにキスをする。
おじさまはデレデレ顔で、とても喜んでくれた。
これは親愛のキスなので天国の奥様もノーカンにしてくれますよ。
「ヨシュアさん。エステルといつまでも仲良くしてください、次はお二人の子供が見たいですねぇ」
「気が早いなぁ。でも、ありがとう。キミに会えて良かった」
ヨシュアさんのほっぺにもチューします。
おじさまより念入りにブチューっと・・・あ、エステルに引き剝がされた。
「レン姉さま、私もレン姉さまみたいな、一人前の
「あなたならきっと成れるわ。自分が可愛い女の子だってこと忘れちゃダメよ?」
レン姉さま、私と似たような境遇の人。
あなたの心もまだ完全に癒えていないけれども、いつか解放される日を願ってますよ。
レン姉さまにもチューしたら、やり返してくれた。
ヤダッ!急な反撃に照れちゃう////
「エステルは、エステルのままでいいです」
「なによそれぇ!?」
「次に会った時も、ヨボヨボのお婆ちゃんになっても、エステルがエステルだったら私は嬉しいです」
「よくわからないけど、私は私のままが最高ってことよね!」
「そんな感じです」
エステルにはもうハグとスリスリとチューのフルコンボじゃーい。
この人の温もりを忘れないでおこうと思う。
名残惜しいけどもういいだろう。
これ以上は決心が鈍りそうだ。
よし!出発だ!
「行ってきます!みんな、またお会いしましょう!」
全員の姿をしっかり目に焼き付け、ペコリと一礼。
元気よく私は広い世界へと駆け出した。
●
「ああ、行っちゃう。イリスが、行っちゃうよぉ…」
虹色の髪を煌めかせ、小さな少女が駆け出す姿を見送る。
ダメだ、笑顔で送り出すつもりだったのに、全然ダメだった。
昨日からずっと涙が止まらない。
「元気でね!変なもの拾い食いしたらダメだよ!」
「絶対にまた会いましょう!絶対だから!約束よ」
「何があっても生き残れ!俺たちはずっとお前を応援しているからな!」
父さんたちも珍しく声を張り上げて、最後のエールを送っている。
なによ、皆だって寂しかったんじゃない・・・
「イリスーーッ!大好きだよぉーー!!」
私の声に反応したイリスが一度だけ振り返り、ピョンピョンと飛び跳ねながら手を振ってくれた。
そしてまた軽快に走り出す。
虹の輝きが見えなくなるまで、私たちはずっとその場を動かなかった。
「行っちゃったわね…」
「うん。不思議な子だった」
「あの子、これからどうなるのかしら?」
「さあな。だが、イリスなら大丈夫だろ。俺が認めたのだからな」
イリス・・・
いきなり家にやって来て、いろいろビックリさせてくれた不思議な子。
なんだか、彼女のいた時間の全てが夢のようだと思える。
それぐらい、イリスと過ごす時間は濃密で温かなものだった。
イリスは私たちに家族がいる幸いを、思い出させてくれたのだ。
きっと彼女は、幸せを運んで来る虹だったのだ。
なんて、ガラにもないポエミーな考えが浮かんで恥ずかしくなる。
「さあて、仕事が山積みだ。これからしばらく忙しいな」
父さんが首を鳴らしながら、家の中へと入っていった。
イリスと過ごす時間を捻出するため、無理をしていたもんね。
めちゃくちゃ可愛がっていたから、本気で寂しがっていると思う。
自室に入った瞬間に泣いたりして?
「いい刺激になったわね。私も、先の事をいろいろ考えようかしら?」
イリスの存在は、レンにとって新しい何かを考えさせるきっかけとなったようだ。
この子もいつか遠くへ旅立ってしまうのだろうか?
その時が来たら、ちゃんと送り出せるかな?
きっとまた、みっともなく泣いてしまう自分が想像できる。
「大丈夫、エステル?」
「大丈夫よ。いつまでもメソメソしてられないわ」
「イリスの怒られちゃうもんねw」
「そうそう。『コラァ!何やってるんですかぁ』って精一杯怖い顔してねww」
ヨシュアは普段と変わりないかな。
そうでもないか、彼は彼なりにイリスとの別れを惜しんでいるはずだ。
あんなに懐いていたもんね。
隣りで眠るイリスを見る時の顔、すっごく優しいの知ってるんだから・・・
ちょっと嫉妬しちゃったわよ!
「決めたわ。私、S級遊撃士を目指す!」
「これまた大きく出たね」
今よりもっとずっと強くなって活躍して、イリスが何処にいても、すぐに私だってわかる大きな存在になってやる!
あの子に恥じない、立派な私になってみせるわ!
「もちろんヨシュアも一緒よ。私たち二人でS級コンビになるのよ!」
「僕らは一蓮托生だからね。望むところだよ」
イリス・・・お姉ちゃんたち、頑張るからね!
だからアンタも、空にかかる虹のように、いつまでもキラキラしていなさいよ!
空の女神様・・・
ブライト家の最高に可愛い末っ子を、どうかよろしくお願いします。
虹は太陽に出会い、ぬくもりを知り、世界へと旅立つ。
この先に待ち受ける運命を、まだ誰も知らない。