虹色イリス   作:青紫

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プッピガン!

 ひとつの町に滞在して三日が経過した。

 手配魔獣の討伐は順調そのもの、私とアガットさんにかかればお茶の子さいさいってね。

 片手間に町人たちからの依頼を受けて、トラブルを解決していく日々は充実している。

 この町を拠点に活動している遊撃士たちとも交流を深め、町人や宿のオーナー夫婦とも、すっかり顔なじみになった。

 

「あら、イリスちゃん。こんな時間からお出かけかい?」

「はい、ちょっと素振りでもしてきます」

 

 宵の口を過ぎ、あたりが暗くなった頃。

 外出しようとしたところで宿の女将さんに声をかけられた。

 私が身の丈に合わない大剣を担いでいても、特に驚いた様子もない。

 近辺に出没する魔獣程度なら瞬殺可能な実力が私にあると、彼女は既に理解しているからだ。

 

「アンタが強いのは知っているけど、気を付けるんだよ」

「お気遣いどうも、行ってきます」

 

 町はずれの空き地までやって来た。

 ここは遊撃士たちの訓練場でもある。武器を振り回しても大丈夫な場所だ。

 遅い時間のためか、私以外の人はいなかったけど、ひとりの方が集中できるので好都合だ。

 外灯と持参した導力ランプの光が灯る中、私は練習用の大剣を構えた。

 

「ふっ!…ふっ!…ふんっ!」

 

 一日一万回、感謝の素振り!

 とまではいかないが、一振り一振り集中しながら素振りを続ける。

 手足の動きが連動するように、一連の流れが反射で行えるように、何度も何度も繰り返し、体に刻みつけるようにして覚えさせる。

 何事も反復練習が大事なのだ。

 

 一心不乱に素振りをしていると、精神が研ぎ澄まされていく。

 アガットさんに混浴を拒否されてショックだったこと。

 宿の男湯に先回りして女将さんに見つかり、お説教されたこと。

 ちょうど今、アガットさんが入浴中で、私は大変悶々とした気持ちを抱えていること。

 そういう雑念がスッキリ晴れ・・・全然晴れてねぇなコレ!

 アガットさん、今どこを洗ってるんだろう?

 あ~大きな背中をゴシゴシしたいんじゃぁ~。

 

「いけない…妄想が捗り過ぎました」

 

 満足できるまで素振りを行い、頬を伝う汗を拭う。

 お次は実戦的な動きの訓練だ。

 戦闘中のアガットさんを思い浮かべ、その動きをトレースする。

 振り、薙ぎ、切り上げ、打ち下ろし……数々の技を再現していく。

 ほんの少しでも、あの力強い背中に追いつけるように。

 もっと速く、もっと強く!足りない、こんなのじゃ全然足りない。

 

 今度は目の前に魔獣がいると想定して剣を振るう。

 イメージトレーニングも本気でやるよ。

 今回の相手は大きなカマキリ型魔獣だ。

 うはっwwきめぇ!

 しゃあ!かかって来いやぁ!

 

 ・・・ヤバい、このエアカマキリ超つぇぇ!!

 強さの設定間違えたぁ!想像上のカマキリに負けそうだ!

 ああ、鎌が、鎌が私の前髪をぱっつんに!?

 

 エンチャントを発動して大剣を強化、カマキリの頭を叩き潰すところまで想像した。

 勝ったけど、武器は壊れてしまい、私も結構な手傷を負ってしまった。

 全部イメージなんだけど、悔しいな。

 もし今のが実戦だったなら、無様極まりない結果だ。

 無傷で武器も消費しない、スマートな完全勝利を目指さなくては。

 

 相棒からの警告が頭から離れない。

 もし【騎神】とかいう超兵器とやり合うことになってしまったら、今の私では絶対に勝てない。

 生き残るために、強くなる必要がある。

 私の命を狙う不届き者は誰であろうと、ぶっ飛ばしてやるんだから!

 そう心に決めて私は訓練を続けた。

 

 ・・・・・・・・・・・・・

 

 ふぅ…こんなところかな。

 自主訓練はこの辺にして、そろそろ宿に戻ろう。

 風呂上りのアガットさんをマッサージする任務が待っているからね。

 その前に私もひとっ風呂あびておくか。

 

 戦闘終了後のアガットさんのように、大剣を背に収納する仕草を真似する。

 『フッ、やれやれだぜ』ってな感じで片手で器用に剣を収める姿がカッコイイんだな、これが。

 今は無理でも身長が伸びたら私もあんな風に・・・

 

 プッピガン!

 

「は?……」

 

 今、私の体から奇妙な音がした。

 人体から出るはずのない金属同士がぶつかったような音だ。

 背中の辺りから聞こえた気がするが、気のせいだよね?

 幻聴だ、そうに違いない。

 きっと私は疲れているのだ。

 宿に戻ってアガットさんに癒してもらおう。

 大剣を肩に担ぎ直し・・・え?

 

「え?なんだコレ…嘘、と、取れない?…なんで?」

 

 取れない、外れない、何がどうなっている?

 今、私に異常事態が起こっている!

 

 背中に大剣がくっついて外れねぇ!?

 

 どいうこと?

 私は別に大剣収納用のベルトやホルスターなどの固定具を身に着けていないぞ?

 背中に接着剤やトリモチ、ネバネバのスライム系魔獣を付着させた覚えもない!

 だというのに、何なのだこれは?

 それに、大剣の重さを全然感じないのは何故だ?

 筋力を鍛えるために、あえて重いヤツを選んで購入したはずなのに・・・

 

《…アップデート終了……特殊機能追加…》

 

《〖吸着型機外兵装固定点(アドソーブハードポイント)〗解禁!!》

 

 やはり、お前の仕業かぁ!!

 

 私に融合した【虹霊子反応炉】つまり【虹の雫】が新たな力を呼び覚ましたらしい。

 吸着?固定点?

 えっと、つまり武器を体にくっつけられるようになったってことかい?

 

Exactly(そのとおりでございます)

 

 返答ウザッ!

 このシステムメッセージ、本当に相棒じゃないんだよね?

 状態通知だけではなく、自動応答も可能とかすごい。

 今後もお世話になるだろうし、敬意を込めて『システムさん』と呼ばせてもらおう。

 私と、相棒と、システムさん、小さな体に三つの人格が備わっている。

 三つの心がひとつになれば一つの正義は百万パワーだ!

 

 大剣を背中にくっつけたまま、いろんな動作をしてみる。

 走っても、ジャンプしても、前転や宙返りをしようとも、まるで外れる様子が無い。

 外す時は?いつものように念じて『はずれろ』・・・

 お?外れたぞ。

 手にはしっかりと大剣の重みが伝わって来る。

 へぇ、体から取り外すと本来の重さに戻るのか。

 再び背負い直して『くっつけ』と念じる。

 

 プッピガン!

 

 金属がぶつかるような音と共に、背中に大剣がくっついた。

 『プッピガン』は吸着する際の音だったのか・・・

 サンドロックがヒートショーテルを振るったのかと思ったよ。

 

 背中以外にも取り付けられるのかな?

 いろいろ試してみよう。

 

 プッピガン!プッピガン!プッピガン!プッピガン!

 

うるせぇーーー!!(゚Д゚)ノ

 

 くっつける度に『プッピガン!プッピガン!』やかましいわ!

 何なんだよコレ?外す時は静かなのに・・・

 この音、オフにできないのか?

 

《吸着時の音は仕様なので停止は不可能》

 

 マジかよ最低だな。

 

《ボリューム調整機能は次回以降のアップデートで実装予定》

 

 はいはい、今は無理ってことね。

 便利な力だと思ったけど、残念な欠点が付属していた。

 まあいい、戻ってアガットさんに自慢しよう。

 

 プッピガン!

 

 大剣を背負い直し、意気揚々と宿へ帰るのであった。

 

 ●

 

「ただいまです」

「おう、お疲れさん。自主練の調子はどうだ?」

「まあボチボチです」

 

 宿の部屋に戻ると、風呂上りでサッパリしたアガットさんがいた。

 首にタオルをかけフルーツ牛乳を飲んでいらっしゃる。

 無防備な姿にムラムラします!

 

「それより聞いてくださいアガットさん。私、新たな力に目覚めてしまったようです」

「そうか。とりあえず風呂入って来い」

「了解であります」

 

 アガットさん、反応薄ッッ!!

 出会った当初は私の虹パワーにいちいち驚いていたのにな。

 最近は『イリスだから仕方ない』という感じで、私が何をしてもあまり驚いてくれない。 

 これが倦怠期ってヤツなのかい?

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 

「いいお湯でした」

「おーう…」

 

 浴場で汗を流してリフレッシュした。

 部屋に戻る途中で買ったコーヒー牛乳を飲み干して『ぷはっ!』と一息つく。

 ベッドで早くも大の字になっているアガットさん、ちょっと眠そうだ。

 寝ちゃダメですって、報告があるんだから。

 

「揺らすな、わかったわかった……で、新たな力ってのはなんだ?」

「百聞は一見にしかず、まずはコレを見て下さい」

 

 壁に立てかけてある、アガットさんの大剣を手に取り背中にセット。

 

 プッピガン!

 

「は?」

「音は気にしないでください」

「いや、無理だろ。なんだ今の異音は?お前からしたぞ」

 

 アガットさん、今は音より私の背中に注目です。

 あなたの愛剣が私の背中にピッタリくっついてますけど?

 

「何してんだ!?……え、なんだ、どうなって?」

「取れないでしょ?不思議でしょう?」 

「ふざけるのはやめろ。何の手品だよ、意味わかんねぇ」

 

 ご自慢の愛剣がどんなに力を込めても外れない。

 それに気付いたアガットさんは驚きよりも呆れていた。

 

「剣を返してほしかったら、無様にお願いしてみてください。ほら、さんはい!」

返せ!返してくれよぉぉ~、俺の剣···

「ぶほっwww」

 

 アガットさん渾身の演技に思わず吹き出す。

 ザビーゼクター没収された人みたいだったwww

 弱々しく泣きつく姿がものすごく哀れだったので剣を返してあげた。

 

「今のはどんなトリックだ?」

「それがですね…」

 

 自主訓練後に目覚めた能力について解説した。

 アガットさんは半信半疑のようだったけど、実際に見てしまったので信じざるを得ないという感じだ。

 

「付けるも剥がすも私次第です」ドヤァ

「それが本当なら便利ではあるが、なんでもって訳じゃないんだろう?」

「はい。それをこれから検証しようと思います」

 

 女将さんから借り受けた、カトラリーや食器類、燻製肉や野菜にお菓子などの食糧品、部屋にある家具と備品類。

 これらを使って、新たな力〖吸着型機外兵装固定点(アドソーブハードポイント)〗の使用条件を確かめて行こう。

 

「というわけで、ご協力をお願いします」

「やれやれ、めんどうだな」

 

 面倒そうにしながらも付き合ってくれるみたい。

 そんなアガットさんがしゅき!

 

 オーナー夫妻のご厚意で宿の中でも一番広くて上等な部屋を使わせてもらっている。

 完全防音ではないが壁の造りはしっかりしていて、隣室は物置だったはずだ。

 これなら多少『プッピガン』しても大丈夫だろう。

 

 それでは、検証実験いってみよー!

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

プッピガン!プッピガン!プッピガン!プッピガン!

 

「見て下さい、ベッドが!?ベッドが私の頭に」

「なんだこの絵面は、首は大丈夫かって…危ねっ!?バカ!急に振り向くな」

「す、すみません」

「うわぁ!頭を下げるな!」

 

 大きな家具も楽々吸着固定可能だった。

 腕にタンス、肩にクローゼット、足に椅子、頭にベッドの家具人間イリス誕生!

 固定物の大きさを考えて動かないと非常に危ない。

 この能力で遊ぶときは、人や物にぶつからないよう、周囲に気を配らないといけないな。

 

「チッ!アガットさんがくっつきません」

「俺をくっつけてどうする?」

「四六時中どこでも一緒、離れられない一心同体な関係に////」

「ストレスで死ぬわ」

 

 イケメンと物理的にくっついて、そのまま生涯のパートナーになる計画は頓挫した。

 

「これもあの虹色の力のせいか?」

「そうらしいです。虹霊子に不可能はないんですかね?」

「俺に聞かれてもな。一度、どこかで調べてもらった方がいいんじゃないか?」

「ですよねー」

 

 よーく目を凝らして見ると、固定物と体の境目が薄っすらと光っている。

 私が何も言わなくても、虹霊子が仕事をしてくれているのだ。

 未だに謎多き力虹霊子・・・

 事情を理解してくれる人に会えたら、調べてくれるように頼もうかな?

 でもなぁ、実験動物扱いに戻るのも気が引けるなあ。

 

プッピガン!

 

「いちいち音がうるせぇんだよ」

「我慢してくださいよ。私だって嫌なんですから」

「この音、事情を知らない奴にどう説明するつもりだ?」

「屁が出たとでも言っておきます」

「品性の欠片もねぇな。腹が鳴ったぐらいにしておけよ」

 

 腹の音だろうと、放屁の音だろうと『プッピガン!』は、ないわー。

 不審に思われても『気にしたら負け』で押し通そうと思う。

 

プッピガン!プッピガン!プッピガン!プッピガン!

プッピガン!プッピガン!プッピガン!プッピガン!

 

 ・・・・・・・・・・・・・・

 

 検証実験は深夜まで続いた。

 長い時間付き合ってくれたアガットさんに感謝。

 おかげでハードポイントの特性が大まかに理解できた。

 忘れないうちに整理しておこう。

 

 ・物体を固定可能な箇所は全身にある。

  その気になれば頭や腹、尻や足の裏にも可能だったりする。

  尻に武器を固定するような状況には陥りたくない。

 

 ・固定した物体の重量を私は感じなくなる。

  とっても楽チンなのでコレは嬉しい。

 

 ・固定した物は手を振れずに簡単な操作が行える。

  ハサミをチョキチョキ動かせたり、箱の蓋を開け閉めできた。

  オーブメントを整備をしたり、導力端末の複雑な操作等は不可能。

  

 ・衣服や靴を着込んでいても吸着固定は可能。

  固定ヵ所の素肌をわざわざ晒す必要がない。

 

 ・髪の毛や指の先端には固定不可。

  ある程度の接触面積が必要だと思われる。

 

 ・生物、液体、気体、食材、床、壁、建物は吸着固定できない。

  大きすぎる物は基本的に不可能。

 

 ・プッピガン!マジでうるさい。

 

「物体の重量より、私自身の認識が関係しているみたい…」

 

 物の境界が曖昧だったり、私が『これは無理だ』と思ったものは不可能に分類されている。

 今よりもっとレベルアップして認識を改めれば、導力自動車ぐらいなら普通に固定できそう。

 それより先にプッピガン!の音量を下げたい。

 

「どんどん人間離れしていくなぁ……はぁ」

 

 検証結果をまとめ終えると、小さなため息がこぼれた。

 また一つ、まともな人間から遠ざかってしまったことが、少し切ない。

 

 まあいいや、切り替えて行こう。

 せっかく手に入れた便利な力、これからの旅に役立てみせる。

 

「ふぁ……そろそろ寝ないと…」

 

 さて、これ以上の夜更かしは明日のコンディションに影響する。

 導力ランプの灯りを消して、抜き足差し足、慎重かつ大胆に・・・

 焦るな、ゆっくり、そーっと、そーっとだぞ。

 よっしゃ!成功だ。

 一足先に自分用のベッドで寝息を立てていた、アガットさんの隣にするりと潜り込んだ。

 このまま抱き着いて眠ってしまおう。

 ムフフ、あったかいなぁ。

 今夜もいい夢が見れますように・・・

 

 ●

 

 翌日、若干寝不足だが普段通りの時間に起床した。

 今日はアガットさんも何だか眠そうである。

 

 手早く支度を整え、アガットさんに『先に行く』と告げて宿の一階へ下りた。

 この宿屋は大衆側道兼酒場も営業している。

 朝はお手頃価格でモーニングが頂けるので、一階のテーブル席には宿泊客以外のご近所さんの姿もチラホラ見える。

 定位置となった席に座ると、女将さんが注文を取りに来てくれた。

 

「おはようございます」

「ああ、イリスちゃん。おはよう」

「いつものモーニングセットをお願いします。ゆで卵は半熟で」

「あいよ、いつのヤツだね。それより、昨夜は大丈夫だったかい?」

「ん?何かありましたか?」

 

 女将さんが私を心配している。

 心当たりがない私は首を傾げた。

 

「イリスちゃんたちの部屋から、その、奇妙な音がしていただろ?」

 

 なんだ、検証実験中の音が聞こえてしまったのか。

 

「騒がしくしてすみません。ご迷惑でしたか?」

「いやいや、全然構わないんだよ。でも、あまりに聞きなれない音だったから、気になってね…」

 

 そりゃあ、あんな音が聞こえたら普通に気になるよね。

 部屋に突撃されてもおかしくなかったと思う。

 女将さん、よく我慢したな。

 

 ハードポイントのことは伏せた上で、一応説明をしておいた方が良さそうだ。

 

「昨夜は彼と遅くまで『プッピガン!』していました」

「そ、そうかい。プッピガン!を……年齢的にアウトじゃ…」

「思いのほか盛り上がってしまい。アレコレいろいろ試して興奮しました」

「全く、最近の子は進んでるってレベルじゃないわ!私も若い頃は…」

 

 運ばれて来たモーニングを食べている最中、女将さんの男性遍歴や情事の話がBGMとなる。

 『へぇー』と、適当な相槌を打っていると、アガットさんが欠伸をしながらやって来た。

 

「アガットさん、おはようございます」

「おう…あぁ、まだ眠ぃ……女将、俺にもこいつと同じ物を頼むわ」

 

 眠そうなアガットさんを女将さんはキッと睨みつけた。

 

「アンタ!いくらロリコンでも、こんな小さい子に真夜中までプッピガン!してんじゃないよ!」

「何の話だ!?」

 

 アガットさん、何故か朝食前に女将さんから説教される。

 何か怒らせるような事をしたのかな?

 

 ・・・・・・・・・・

 

 三日間滞在した宿とも今日でおさらばだ。

 お世話になった女将さんと、その夫のオーナーに挨拶をしてチェックアウトする。

 お喋りな女将さんと違い寡黙なオーナーがもじもじしながら、アガットさんに何事かを告げた。

 

「ゆうべはプッピガン!でしたね////」

「だから何の話だ!?」

 

 ●

 

 町を出発する前に遊撃士協会に寄ったのだが、同業者たちのアガットさんを見る目がやたらと冷たかった。

 どうやら宿屋での朝のやり取りが、あっという間に町中に広まってしまったらしい。

 モーニングを食べに来ていた客の中に、噂話が大好物の奥様方がいたのが原因だ。

 

 噂には尾ひれが付き、アガットさんが私に一晩中エロい事をしていた。

 激しいプレイに宿を揺るがすような異音が響いていた等々、事実無根の誇張がなされていた。

 

 ざわ・・・ざわ・・・

 ヒソヒソ・・・ヒソヒソ・・・

 

 『おい、聞いたか?』

 『ああ、プッピガン!したらしいぜ』

 『あんな小さい子と一晩中…』

 『やだぁ、ケダモノじゃない』

 『うらや…ゲフンッ!誠にけしからんな!!』

 『さすがに犯罪だろ?』

 『手配魔獣の前にあいつを討伐しろよ』

 

 遊撃士たちの視線が痛い。

 本当に討伐依頼が出されかねない雰囲気に、アガットさんの表情が引きつっている。

 簡単な諸手続きを終えた後、長居は無用と判断した私たちは逃げるように町を後にしたのだった。

 

 ・・・・・・・・・・・・・

 

「もうあの町には行けねぇ…」

「散々な言われようでしたねw」

 

 アガットさんが本気で落ち込んでいる。

 これ私のせい?

 だとしたら、悪いことをしたなぁ。

 

「私が説明して誤解を解くべきだったのでは?」

「もういい…どうせ、お前の余計な発言で更に状況が悪化しただけだ」

 

 確かに!それはあると思う。

 私ってば意図せず不用意な発言をする癖があるみたいなんだよね。

 いやホント、マジでごめんなさい!

 項垂れるアガットさんの肩、には手が届かないので尻をポンポンと叩いておく。

 

「元気出してください。私はアガットさんのいいところを、いっぱい知ってますからね」

「元凶に慰められてもなあ…」

 

 いつものようにアガットさんと街道を歩く。

 もうすっかり当たり前になった光景だ。

 遊撃士(仮)として数々の依頼を颯爽と解決して来た。

 ずっとこんな日々が続いても悪くないと思っている。

 

「あー、そのなんだ、イリス…急な話だが、お前に言っておかないといけないことが」

「お別れですか?」

「……気付いていたのか?」

「コンビ組んで長いですからね」

 

 相方の事情なんてとっくに見抜いていますとも。

 

 アガットさんは国内有数のA級遊撃士だ。

 本来ならば、私のような遊撃士(仮)の半端者に長期間付き添っていられるほど暇ではない。

 彼の力を必要としている人は他にも大勢いるのだから。

 

 半月ほど前、遊撃士協会から上位遊撃士たちに向けて通達があった。

 昨今の国際情勢を鑑みて、国外での活動も視野に入れたグローバルな人材を育成したいとの事だ。

 ようするに、外国で動ける優秀な駒を増やしたいのだろう。

 その選抜メンバーにアガットさんが推挙されたらしい。

 

 いい話だと思う。

 アガットさんの実力が認められ、更なる立身出世が見込める、これは彼にとって大きなチャンスなのだ。

 

「アガットさん、ついに世界市場への進出!私も嬉しいです」

「出世なんて興味なかったんだがな…」

「心変わりしたと?」

(ちい)せぇのが遮二無二なってるのを見て、俺も自分の可能性ってヤツを試したくなったんだよ」

「フフ、人間いくつになっても日々是精進ですね」

 

 協会からの話を了承すれば、協会本部があるレマン自治州で研修を受けた後、外国に派遣されるらしい。

 そうなると、しばらくリベール王国には帰って来られないだろう。

 当然、私の子守をしている余裕なんてなくなる。

 

「中途半端で投げ出して、お前には悪いと思っている」

「問題ありません。元々期間限定の話でしたので」

 

 最初は一人旅のつもりだったのだ。

 アガットさんが離脱して一人になったとしても、何も問題がない。

 ないのだか・・・

 

「ちょっとだけ、寂しいですね」

 

 きっと私はうまく笑えていないのだろう、でも、笑顔を見せないとアガットさんを困らせてしまう。

 お世話になった恩人が更なる高みを目指そうとしているのだ。 

 笑って送り出してあげるのが、コンビを組んでいた私の役目だと思うから。

 

「俺のわがままで、すまねぇ…」

「なぁーに言ってるんですか?こんなの、わがままの内に入りませんよ」

 

 申し訳なさそうにしているアガットさん。

 気に病む必要は微塵もないのに、変なところでクソ真面目なんですから。

 仕方ない、わがままのお手本ってのを見せてあげよう

 

「とりあえず、おんぶしてください」

「なんでだ!?」

「最後ぐらいいいじゃないですか、ほらほら、私を丁重に背負ってください、はーやーくー、おーんーぶー」

「ったくよぉ…」

 

 ヤレヤレといった感じでアガットさんが背を向けてしゃがむ。

 そうやって結局、いつも私のわがままを聞いてくれる。

 そんなアガットさんが、大好きですよ。

 

 お背中に失礼します!

 アガットさんの大剣は私がプッピガン!しておきますので、ご安心ください。

 私を背負うとアガットさんはゆっくり立ち上がった。

 おお、目線が高い。

 これがアガットさんの見ている景色か。

 

「出発進行~」

「お前って奴は……ありがとよ」

 

 お礼を言われる筋合いはない。

 感謝したいのは私の方なのだから。

 

 これが最後になるであろう、二人旅の終点へと向かう。

 目的地は昨日のうちに話し合って決めていた。

 目指すは、工房都市ツァイス。

 リベール王国におけるオーブメント産業の中心都市だ。

 

「アガットさんの本命さん、紹介してくれますよね?」

「あいつは、そんなんじゃねぇよ」

「ムキになるところが怪しさ満点です。現地妻として挨拶せねば!」

「マジで勘弁してくれ…」

 

 私たちの間に湿っぽいのは似合わない。

 いつも通り私がバカをやって、アガットさんがツッコミを入れて・・・

 そんな風に最後まで笑っていられる、私たちでいたいと思った。

 

 ●

 

『クロード・エプスタイン』

 数十年前に導力機械の実用化に成功し、機械化・導力化による文明発展【導力革命】を築いた博士。

 彼直々の弟子3人は「三高弟」と呼ばれ、今も導力機械の権威として導力技術関連の世界で活躍している。

 

 その三高弟のひとり『アルバート・ラッセル』はエプスタイン博士の死後、祖国リベールで導力器の普及に努め、当時のリベール国王の支援を受けてツァイス中央工房通称”ZCF”の基礎を築く。

 その働きからリベールにおける《導力革命の父》と呼ばれ、王国中の技術者の尊敬を集めていた。

 

 ここまで聞けば、非常に優秀な技術者なのだが性格そのものは変人にして趣味人。

 とにかく発明自体が趣味と言っても過言ではなく、爆発騒ぎなどは日常茶飯事だったりする。

 その血は娘と孫にもしっかりと受け継がれているという。

 

 七耀歴1204年に起きたエレボニア帝国の内戦で登場した人型有人兵器【機甲兵(パンツァーゾルダ)

 導力戦車以上の機動力と凡用性を持ち、外見から人々に与える心理的衝撃も大きい。

 内戦が終了してからは帝国正規軍の兵器として扱われはじめ、近々新型機もロールアウト予定だとか。

 これからはこの人型兵器が戦場の主役になるのだろう。

 

 今では世界中の工房が機甲兵の解析と、それに対抗する手段の開発に躍起になっている。

 ZCFも例外ではなく、後手に回った分を取り戻そうと、多くの技術者たちが日夜奔走している状態だ。

 

 ・・・・・・・・

 

「……はぁ…」

 

 ZCFの開発室にて作業着姿の少女『ティータ・ラッセル』は深いため息をついた。

 彼女こそ『アルバート・ラッセル』の血を受け継いだ孫娘である。

 頬杖をつきながら導力端末の眺める瞳は憂いを帯びている。

 

「うー…スランプだぁ…」

 

 『うーうー』唸りながら、机に突っ伏してしまうティータ。

 大好きな実験や発明にもイマイチ身が入らない。

 

 今はどこもかしこも機甲兵の話題で持ちきりだ。

 その煽りを受けて、自分が心血注いで来た案件、パワードスーツタイプの兵器【オーバルギア】の量産化も見送られてしまった。

 オーバルギアは戦闘以外にも使い道があるので、武装を排した作業用の機体を新たに設計中だ。

 まあ、その事はスランプの原因ではない。

 

 先日、王国軍向けの新型武装コンペティションに参加した。

 その結果、見事に落選してしまったのである。

 それなりに自信のあったティータは落ち込んだ、それが今でも尾を引いているのである。

 

 審査員たちとの会話が脳裏に蘇る。

 

『なるほど、大変素晴らしい性能ですね』

『はい!どれも私の自信作です』

『ただ…これを使える人間は限られるというか、本当に人間用か疑いたくなるというか』

『そ、そんなことありません。テストに協力してくれた()()()()()()はちゃんと使えて…』

『ティータさんの知り合いって、()()()()()()ですよね?』

『あの人たちは普通じゃないと言うか、国内でも有数の強者ですので…』

『そうなんです!エステルお姉ちゃんたちは本当に強くて頼りになるんです』

『うんうん。わかりますよ。ですが…今回のコンペでは普通の軍人が普通に使える武器を用意して頂きたく』

 

 ティータの自信作たちは、威力の面では基準値を大きく上回っていた。

 だが、その武装をまともに扱える者がコンペ当日にはいなかったのである。

 結果不採用となってしまったというわけだ。

 

「でもぉ…あれ以上性能落としたくなかったんだもん」 

 

 重すぎるだの、大きすぎるだの、複雑すぎて使いこなせないなど、あの人たち文句が多いと思う。

 軍人でしょ?戦闘のプロでしょ?

 だったらそれぐらい、気合でカバーしろよ?

 

 少なくとも、エステルお姉ちゃんや、アガットさんなら何とかしてくれたはずだ。

 テスト中に皆の手がプルプルしていたり、レンちゃんが逃げ出したり、

 アガットさんが『お前マジか?』って顔をしていたけど・・・問題はなかったと思う。

 

 何故かアレ以降、誰もテストに協力してくれなくなったけど、忙しいのかな?

 みんなのために用意した武器も『もったいなくて使えない』と言って受け取ってくれなかった。

 アレ?もしかして私の造る武器って・・・人気がない!?

 

「ダメダメだぁ……私って才能ないんだ‥‥」

 

 幼い頃から工房に入り浸っていたティータは、実験や開発が好きだ。

 中でも武器の製造にとても強い興味を引かれた。

 強くてカッコイイ武器を造りたい、それを使う人の助けになりたい。

 その気持ちは今も胸の奥で熱い火を灯している。

 だが、どうやら私の造る武器は万人受けしないらしい。

 

『面白い!とは思うがのう。こりゃあ無茶振りがすぎるわい』

『使い手に要求するスペックが高すぎるのよね』

『ティータ、普通の人間はね。重い物を持つと疲れるし、爆発に巻き込まれると大ケガをするんだよ?あと、自力で導力を超える力を生み出せる存在は、全然普通じゃないからね?わかってる?本当に?』

 

 おじいちゃんと両親の言葉を思い出す。

 彼らも私の造った武器の性能こそ褒めてくれたが『使い手のことを考えていない』と評価した。

 お父さんが狂人を見る目をしていたけど、おじいちゃんとお母さんにも似たような目線を向けているので、大丈夫だろう、たぶん。

 

 私はきっとまともな技術者ではないのだ。

 普通の人が使える、普通の武器では満足できない。

 私が造りたいものそれは・・・

 

 強い人のための、強い武器だ。

 

 エステルお姉ちゃんたちと立ち向かった『リベールの異変』

 あの時の戦いで、私は本物の()()というものに触れた。

 強者たちの繰り出す武技の数々は恐ろしく、美しかった・・・

 そして私は思ったのだ。

 いつか、私の造った武器で戦う誰かの・・・英雄の姿が見たいと!

 『あの武器は私が造った』と後方職人面がしたいのである。

 傲慢で我儘で他人からは理解しがたい願望だ。

 でも、やってみたいと、そう思ってしまったのだから仕方がない。

 

 そうしてやってみた結果。

 不人気で使えない武器を生み出す、ポンコツマイスターに成り下がったのである。

 

 機甲兵絡みの仕事で今、工房の技術者はとても忙しそうだ。

 だから、私の趣味に付き合わせるのは気が引ける。

 そもそも断られるんだけどね!

 実験中に何度も爆発するから嫌なんだってさ。

 おじいちゃんたちだって、いつも爆発してるのになんで?

 え?私のは爆発の規模と回数が桁違い?・・・知らんわ!

 せっかく武器が完成しても、テストしてくれる人がいなのでは話にならない。

 

 はぁ・・・

 どこかにいないだろうか?

 都合のいい実験台…じゃなくて!

 私の思想に共感してくれる共同研究者さん、募集中だよ。

 募集してひと月以上経過したけど、みんなスルーだよ!

 ひどくない?

 もうアガットさんに泣きつくしかなくない?

 

 アガットさん、最近全然顔を見せてくれないなぁ。

 まさか他に好きな人でもできたんじゃ・・・

 そ、そんなことないよね。

 きっとお母さんが、意地悪しすぎたのがいけないんだ。

 

 アガットさん、会いたいな。

 私が造ったミサイルが発射できる剣、使ってほしいな。

 

 思考がアガットさん寄りになった頃、オーブメントに通信が入った。

 すぐさま応答のボタンを押すと、親友の顔が画面に表示される。

 

「ごきげんよう…って、なんだがやつれているわね?」

「レンちゃん~」

 

 親友であるレンちゃんとは頻繁にやり取りしている。

 他愛のないお喋りに興じる時間が、とても楽しくて安らげるのだ。

 

「レンちゃんは私のゼラムカプセルだね」

「人を完全蘇生薬で例えるのやめてw」

 

 急ぎの用件という訳でもないらしいので、今日も私の愚痴に付き合ってもらおう。

 

 ・・・・・・・・

 

「コンペ、落選したのは残念だったわね」

「みんな最初は褒めてくれるんだよ。でも、すぐに苦笑いされちゃってさ」

「どうせ趣味に走り過ぎたんでしょ?あなたの作品、人を選びすぎるのよ」

「お母さんたちと同じこと言わないでよ~」

 

 レンちゃんまで私を否定するの?

 天才なんだから、少しは私の気持ちを汲んでくれてもいいじゃない。

 あ、そうだ。

 レンちゃんが私の共同研究者(実験台)になってくれたら全部解決だ。 

 頭が良くて体も割と頑丈なレンちゃんなら、多少の無茶でも承知してくれるよね?

 

「お断りするわ」

「まだ何も言ってないよ!?」

お・こ・と・わ・り・するわ!!

「ひどい~」

 

 力強い拒否に私は肩を落とす。

 そんなに強く拒絶しなくてもいいじゃないか。

 前回、レンちゃん用に造ったビームサイズが誤作動して爆発した件は謝ったのに。

 髪がチリチリになったレンちゃんを見て笑ったの、まだ恨んでいるのかな?

 

「はぅ~…どこかにいないの?」

 

 私の理想とする実験台~。

 

「力持で元気が有り余っていて、至近距離で爆発が起こってもピンピンしているような人。既存導力以外の未知のパワーを持っていたらなおよし!」

「あのねぇ、そんな人間いるわけな……」

「レンちゃん?」

「いるわね、ひとりだけ心当たりがあるわ」

「へ?」

 

 い、いるの?本当に?

 私の理想とする都合のいい木偶・・・ゲフンッ!

 大事な共同研究者になってくれる人材が。

 

「誰!?レンちゃんの知り合い?しょ、紹介して!今すぐ!はよ!」

「落ち着きなさい。予想だと、ちょうど今そっちに向かっているはずよ。愛しのアガットさんと一緒にね♪」

ふえええぇーー!?アガットさんツァイスに来るの!こうしちゃいれない、レンちゃんまたね」

「あ、ちょっと待ちなさい。イリスのことをまだ話してな・・・」

 

 まだ何か言いかけたレンちゃんとの通話を終える。

 

 やった!久しぶりにアガットさんに会えるんだ。

 あーもうどうしよう。時間が足りないよぉ。

 まずはお風呂に入って着替えもしないと、もう!来るなら事前に連絡くれたらいいのに。

 テンションの上がり切った私は、共同研究者のことなどスッカリ忘れていた。

 

 この時のティータは知らなかった。

 想い人とやってくる虹の少女が、とんでもない逸材だということに・・・

 

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