渾身の力を込めた一撃をクミコにお見舞いした。
虹の斬撃はクミコの背を深く傷つける。
ついでとばかりに、禍々しい翼も切り落とすことにも成功した。
堪らず苦悶の声を上げるクミコ。
一刀両断とまではいかなかったが、結構なダメージを与えたことだろう。
翼を失い墜落したクミコは地に倒れ伏す。
全力を出した私も無傷とはいかず、不格好な受け身を取りながら着地した。
息が苦しい、心臓が早鐘のように脈打ってうるさい。
あーしんど・・・あー疲れた・・・
なんで私がこんな目に合わないとイカンのじゃい!
人生ハードモードは未だ継続中なの?
あ、ダメだ。
膝に力が入らない。
肩でゼイゼイ息をしながらペタンとその場に座り込んでしまう。
少し、休ませて。
「へっ……くちんっ!!」
なんか鼻のムズムズがぶり返して来た。
喉の奥もなんだか違和感があるし、お腹もポカポカ?グツグツ?してる?
これって、やっぱ風邪なのかなぁ。
「イリス!無事なの?生きてる?」
「あ、リースさん。お怪我はないみたいですね。よかったぁ…」
「私は全然平気。それよりイリス、血だらけ…ごめん、いっぱい無茶させて」
駆け寄って来たリースさんとお互いの無事を確かめ合う。
激戦をくぐり抜けた私たちの服は、汚れてほつれてボロボロになってしまっていた。
クミコニードルを受け傷を負った私は体の各所から出血もしている。
痛々しいものを見たリースさんの表情が曇った。
「見た目ほど痛くはないです。今、自前の回復アーツをかけますので」
「いい、私に任せて。傷の手当ぐらいできる」
リースさんが何事かを呟くと彼女の手に純白の光が集まり出した。
彼女はオーブメントを駆動させてはいない、これは導力ではない力による現象だ。
「それが法術ってヤツですか?」
「そんなところ。法剣を飛ばしていたのもこれの応用」
アーツとは異なる古の力、主に七耀教会の関係者が使用する"法術"という神秘。
女神から授与された恩恵だの、信仰心が呼び起こした奇跡だのと言われているが、詳細は秘密とされている。
まあ、この世界は魔力や霊力、他にも気の力とか、不思議パワーで溢れているので今更だ。
私の使う虹霊子だってその一つなのだから、そういうものがあると思うしかない。
「ほわぁ~、なんだかじんわりします」
「動かないで。こんなに怪我して、痛かったでしょう?」
「大したことはありませんってば」
これぐらいの傷、一晩寝れば翌朝には全快だ。
本当に大した事は無いよ。
クミコを相手にして、この程度で済んだことは幸運だった。
偉そうで自尊心の高い奴だったけど、口先だけではない実力があった。
クミコ、あなたは確かに強い悪魔でしたよ。
「くしゅんっ!」
「くしゃみが復活してる。風邪?」
「かもしれません。放っておけば治りますよ」
「風邪は万病のもと、甘く見ちゃダメ。今日はしっかり休んだ方がいい」
ここから脱出したら是非そうさせてもらおう。
いい宿に泊まってフカフカのベッドで泥のように眠りたい。
リースさんの法術により、私の出血は止まり傷口も塞がった。
呼吸も整って来たので、もう動いても大丈夫だろう。
それではお楽しみのお時間です。
「では、敗者から素材をはぎ取りましょうか?」
「悪魔肉来た!」
クミコを食べる気満々のリースさんがちょっと怖い。
腹壊してもしりませんよ?
私も魔獣の肉を食べたりするけど、会話が成立していた相手を食するのは気が引けるなあ。
悪魔肉はともかく、クミコの骸から角や爪、貴重な素材を採取できれば高値で売れるかもしれない。
ああでも、星杯騎士団の人たちが来たら機密保持とか言って、クミコの全身ごと回収していきそうだ。
私の取り分とか交渉してもいいのかな?
苦労して倒したのだから、それなりの見返りはあってしかるべきだよね。
まあいいや、今の内にちゃっちゃと解体を済ませてしまおう。
さて、クミコのご遺体は・・・って!?
「何事ですかアレ!?」
「わ、わからない、クミコの体から急に煙が」
倒れているクミコ、その体からモクモクと物凄い勢いで黒煙が立ち昇っている。
お前消えるのか?
消える前にドロップアイテムの一つぐらい落としていってよ!
もったいないなぁ!なんて思っていると黒煙の動きに変化が生まれた。
黒煙は空気中に霧散するでもなく宙を漂いながら集まって行き、やがて一つの大きな塊になった。
大きく黒く丸い球体、それが中心から『くぱぁ』と見開かれる。
・・・目玉ですやん。
手も足も翼も尻尾もなくなった大きな目玉が浮いてますやん。
「ありえない…」
「やれやれ。あー本当にやれやれですよ」
しっかり死亡確認!しなかった私が悪いんだけど、こんなのあんまりだ。
終わったと思うじゃん?アレは決まったと思うじゃない?
目玉のアンコールとか誰も望んでないんだよ。
トホホ、世の中本当に甘くないね。
「おのれ…」
ズシンと腹の底に響くような、怨嗟の声。
大きな目玉は充血を通り越して赤に染まる。
いやホント、白目の部分が真っ赤っ赤なのよ。
キモくて怖い。
「おのれ!おのれおのれおのれおのれぃぃぃ!!!!」
おのれ!を連呼する大目玉から極大の憎悪を感じる。
その悪感情が全て私に向けられていると思うと身がすくむ。
手も足も翼も尻尾もない、無駄をそぎ落としたシンプルな大目玉。
その状態で飛べるなら最初から翼は要らなかったね。
「よくもやってくれたな!クソガキィィーー!!」
地下遺跡全体を震わせる咆哮。
あまりの大音量に耳がキーンってなるわ。
「貴様ら如きに真の姿を晒すことになろうとは屈辱!なんという屈辱!」
ふーん、それがクミコの最終フォームなのか。
バックベアード様みたいだね。
「最早ただ殺すだけでは飽き足りぬ!我輩が受けた以上の辱めを与えてやるぞ!」
聞きましたリースさん?辱めですって!
きっと、私たちにエロいことする気ですよ?薄い本みたいに!
クミコさんのスケベェ・・・
「そうだな、石像にした後も意識を保ったままにしてやる。身動きできぬまま、永劫の時を悔やむがいい!」
うわっ、エグいこと思いついたな。
私まだ結婚も子作りもしていないんですけど?
成長した息子と娘とサンチョが助けに来るフラグ立てていないんですけど!
「クククッ!まだ終わりではないぞ。そこのシスターぁ!」
「え、わ、私?」
指はないがビシッとリースさんに視線を送るクミコ。
突然指名されたリースさんは体をビクッとさせる。
「貴様の石像は裸に剥いた挙句、卑猥なポーズを取らせて教会の大聖堂に安置してやるわ!」
「おおっ!クミコにしてはよい考えです」
「最低最悪すぎる!なんて罰当たりな……イリス、喜びすぎ!」
リースさんのエロい像、超見たい!
下心丸出しの信者が増えること間違いなし。
ポーズの監修、私がやらせてもらえないかな?
それにしても、石像の服をどう脱がすのか全くの謎である。
「その辺は悪魔の力で何とでもなる」
「すごいです!見直しましたよクミコ!」
「イリスはどっちの味方なの?」
この流れだと、私もエロい石像にされてしまうのか?
『エッチなイリス像』ゼムリア大陸中で空前絶後の大ヒット!
あまりの人気にリベール王国では全長50アージュの巨大イリス像の建造が決定・・・
なんてことになったらどうしよう。
いやーまいったなぁ。
皆に私の恥ずかしい姿見られちゃう!(/ω\)
「イリスとか言ったな…」
「はいです。やっと名前を呼んでくれましたね」
お、ここに来てクミコがデレた?
もしかして、リースさんのエロい像だけで勘弁してくれるのだろうか?
「喜べイリス!貴様は"ふんばった”状態の石像してやる」
「は?え、ちょっと、冗談……ですよね?」
「無論、我輩は本気だ!」
「ふんばるイリスwww」
リースさん!笑いすぎです!
何この悪魔的発想?・・・ガチの悪魔でしたね!!
ふんばった私の像とか一体誰が得するんだよ。
アガットさんが買ってくれ・・・そんなわけあるかーい!
「貴様の無様な像を、人の往来が激しい大都市の駅前に設置してやろう。名前入りでな!」
「や、やめたげてよぉ(´;ω;`)」
「絶好の待ち合わせスポットww」
ひぃぃ!そんなハチ公前広場みたいな扱い恥ずかしい。
『明日遊びに行こうぜ?』
『いいよ。どこで待ち合わせする?』
『『ふんばるイリス』の前でいいんじゃね』
『OK『ふんばるイリス』の前に集合な』
『それにしてもあの像、いつもふんばってるよなw』
『だな。モデルになった奴は便秘だったんだろうw』
こんな会話が繰り広げられたら、もうお嫁に行けない。
これは罰なのだろうか?
フンバルスキーを見殺しにしてしまった、私への罰・・・
クソが!なんてはた迷惑なのだろう。
10ミラで買ったあの像、実は呪いのアイテムだったんじゃね?
「クミコ!私より『ふんばるリース』像の方が人気が出ると思いませんか?」
「あ、こいつ!とんでもない提案を!?」
「エロ担当は私が、私がやるので、ふんばるポーズはリースさんに譲ってあげて」
「イリスは悪魔に魂を売った。ここで成敗する」
「できますかぁ?腹ペコシスターの癖にぃ」
ふんばるポーズを回避するため醜い争いを始める私たち。
その様子をクミコが満足気に見つめていた。
「よかろう。見苦しい貴様らに免じて、二人ともふんばる像に決定だ!」
「「ヤダぁぁーー!!」」
等身大『ふんばるイリス』&『ふんばるリース』発売決定!
ただいま予約受付中!数量限定販売のためご予約はお早めに・・・
売れるかぁ!!
買う奴がいたとしたら相当のド変態だよ。
敗北後のバッドエンドを想像した私とリースさんは青ざめる。
へっくち!(>_<)こんな時でもくしゃみが・・・
●
「これで最後だ。我輩の奥義で始末してくれる」
「…っ、まだここまでの力を」
「うぁ…なんてパワー」
宙に浮かぶ目玉に凄まじい力が集まっていく。
洒落にならない膨大なエネルギーをクミコがチャージしている。
これはマズい。とんでもなくマズい。
奥義と言うからには、クミコ自慢の必殺技を準備しているのだろう。
「周囲一帯の生きとし生ける者を石化させる呪奥義イシニナッルーノ」
「全方位石化ビーム?」
「そうとも言う!」
「素直か!」
私とリースさん、もうヘロヘロで普通の石化ビームで十分始末できるはずなんだけど。
最後に大技を使ってオーバーキルしてやりたい気持ち、わからんでもない。
逃げる?どこに?疲労の蓄積した体で走れる?無理だ?
回復までの時間がない、リースさんだけでも、いやそれは彼女が絶対に拒否する。
虹霊子、上手く出せない。ガス欠か?使い過ぎた…
「石になる覚悟はいいかぁ!イリスゥゥ―ーーッ!!」
「いいわけないでしょ!」
どうする?どうしたらいい?
今の私に何ができる。
「イリス、私たち頑張ったよね…」
「リースさん…」
「もう、ゴールしてもいいよね」
「いや、ちょっと、何諦めてるんですか」
「生まれ変わったらチーズ蒸しパンになりたい」
「その前に永劫のふんばる刑が待ってますよ」
絶望したリースさんが蒸しパンへの転生を望み始めた。
壊れた大人を前にして、ちょっと冷静になる自分がいる。
ヘックション!
あーちくしょう。鼻水は出ないのにムズムズが止まらん。
「あーもうなんか怠い、イリスおんぶ~」
「このシスター、もうダメみたいですね」
「ごめんね、ケビン。もし、ふんばる私を見つけたらサッサと壊して」
「遺言囁くのやめてください」
「姉さん、今そっちに行くよ。うん、イリスって変な子も一緒に」
座ったままの私に後ろから抱き着いたリースさんが、耳元で遺言を垂れ流している。
そうこうしている間にもクミコのチャージが進んでいく。
浮遊しているクミコには再び重斬刀の一撃を加えるのは難しい。
重突撃機銃(アサルトライフル)は弾切れの後石化、リースさんはぶっ壊れた。
私には攻撃する手段がない。
今ここにティータさんお手製の重火器類があればと思ってしまう。
毎回都合よくロケットランチャーを運んでくれる知り合いがほしい。
座して死を待つだけの絶体絶命。
手も足も出ない。
自分の無力さが悔しくて奥歯をギリリと噛み締める。
死を前にした私が縋る相手は空の女神ではない。
もっとも近くにいて一番頼りになるあいつ・・・
もう一人の自分に他ならない。
答えろ相棒!
何かないのか?
虹霊子、私に宿った虹の力の源よ。
教えてくれ。
本当に終わり?私はここまでなの?
お前はレグナートがビビるぐらいの凄いヤツなんだろ?
だったら、この状況もひっくり返せるんじゃないの?
いつになったら本気になるんだよ?今でしょ!
ここでクミコを止められなかったら大勢人が死ぬ、皆が不幸になって迷惑する。
復活を後押しした私には奴を止める責任があるんだって!
あいつを滅ぼせる何かを知っているなら、教えてよ。
高威力かつ長射程、悪魔の障壁や再生能力を無に帰す、絶大なる破壊の力。
そんなご都合主義で無茶苦茶な力、あるなら今すぐ寄こせ!!
・・・・・・・・
返答はない。
ないものねだりしても無理だと、現実を突き付けられた。
私は遂に相棒からも見捨てられてしまったらしい。
考えてみれば当然だ。
いつまでたっても弱いままの私なんてサッサと切り捨てて、次の宿主を探した方が・・・
《あるよ》
あるんかい!?
《ごめんごめん、シムテムと交代するのに手間取っちゃった》
この口調はシステムさんではなく相棒のものだ。
私と会話するために場所を譲ってもらったらしい。
《時間がないから手短に言うよ》
《イリスの求める力はちゃんと準備してある》
《後は試運転を兼ねた最終調整だけだったけど、ぶっつけ本番でやるしかない》
さすがだぜ相棒!頼りになる~。
《喜ぶのは早いよ。この力は本来の私、その主兵装(メインウェポン)だったの》
《人の身で扱うには過ぎた力、ましてやただでさえおチビなイリスには…》
皆まで言うな、体に途轍もない負荷がかかるってことなんでしょ。
別にいい、こちとら最初からノーリスクなんて期待していない。
クミコを倒し、この窮地を脱せるなら多少の無茶は承知の上だ。
《そう言うと思って、実はもう発射までのカウントダウンに入ってるんだよね!》
察しが良くて助かる。
仕事のできるパートナーに寄生されて私は幸せだよ。
《万が一失敗したら『パーンッ!』てなるけど許してね》
何が?何がパーンッ!するの?
《そりゃもちろん、イリスの体…いや、頭かな?》
どちらにしろ死ぬってことじゃん!
あのさぁ、本人の承諾なしで死のリスク負わせるのやめてくれる?
虹の雫と融合する時、成功確率3%とか抜かしてたけど、今回は何%なんだよ。
《聞かない方がいいよ☆》
クソが!
その反応だと高確率でパーンッ!なんだな畜生め!
《大丈夫大丈夫、今回もきっと成功するよ》
《イリスと私が組めばあんな目玉イチコロだって》
根拠のない自信ありがとう。
私たち一蓮托生なんだから、今後もしっかりやってよね。
んで?その力とやらはどうやって使うの?
《目玉のいる方へ顔を向けていればいいよ。細かい調整はこっちでやっとくから》
《じゃ、頑張って》
相棒とのやり取りは刹那の時間で終わった。
一応、勝利の方程式が完成したってことでOK?
私は何もしていないのだけど、勝てるならなんだって使わせてもらう。
クミコの方を向けって言ってたな。
改めてクミコを観察する。奴は余裕の眼差しで私を見下ろしていた。
おーおー、溜めてる溜めてる。
どうもチャージは最終段階に入ったようで、クミコから禍々しいオーラが溢れ空気を震わせている。
それでどうなるの?
何も起こりませんけど?
「…けぷっ……」
あ、ゲップ出た。
なんかお腹があったかいというか熱い、胃腸炎?
「くしゅんっ!…へっくしゅんっ!」
今度はクシャミが・・・
体調がおかしい、体の奥に何かがつっかえていて、それが出そうで出な・・・
「カウントダウンってコレですかい!」
風邪なんかじゃなかった。
この一連の体調不良、原因は相棒が私の体をいじくり回していたからだった。
もう、許可取ってからやってよね!
「へっくしゅ!…くしゅん!…へぁ…けほっ…おぅぇ…くしゅっ!!」
ヤバい、もう時間がない。
出るわ。なんかでかいの出て来るわ。
本当に大丈夫なんだろうな?
パーンッ!したらあの世で相棒にドロップキックしてやろう。
「リ、リースさん…私に、掴まっていていて、ください」
「うん。蒸しパン同士、仲良くしよう」
ぶっ壊れたリースさんだが、大人しく私にギュッと抱き着いた。
それでいい。
あなたを蒸しパン転生させないためにも、頑張りますね。
「おおおおっ!魔力がみなぎる…溢れる…クフフ、待たせたな」
別に待ってないけど。嬉しそうで何より。
クミコと私の視線が交差する。
この悪魔とはいろいろあったが次の一撃で決着だ。
クミコもそれがわかっているのか、私の全身をじっくりと観察した。
変な奴だなぁ、とでも思っているのだろう。
数秒後、一度瞬きをしたクミコはカッ!と目を見開いた。
来る!
私は目を逸らさない、巨大な目玉を射殺さんばかりに睨み返す。
「終わりだ!無様極まる石像になってしまえーーー!!」
クミコの全身からオレンジの光が照射された。
生命体を石へと変える呪われし光は、地下遺跡内を照らす太陽のようであった。
その光に込められた力は今までの石化ビームとは比較にならない。
この光の前では、何人たりとも石くれに成り果ててしまう。
そのはずだった・・・
〖カウント0…最終安全装置解除!…〗
終わるのはお前だよ、クミコォォ!!
「ぶえっくしょぉぉおんッッ!!」
私史上、最大最高のクシャミが出た。
それと同時、体の奥底から熱い、熱すぎる何かがせり上がって来て・・・
あ、なんか出た。
〖『
虹色の光が全てを埋め尽くした。
●
悪魔ランキング935位。
イリスによってクミコと名付けられてしまった悪魔は信じられないモノを見た。
持ちうる魔力を限界まで使用した呪奥義、それが一瞬にして飲み込まれ消滅させられた!?
一発で町を滅ぼすことら可能な技を、たった一人、それもまだ幼女と言っていい体躯の持ち主が発射した"何か"によって消し飛んだのだ。
何だ?何をした?クシャミ?そんなバカな?
ありえない、ありえない、ありえない、ありえない!!
こんな、こんな理不尽な力、この世にあってはならない!!!!
間違えた。我輩はどこで間違えた?
あの史上稀にみる阿保が、イリスが話しかけて来た時、戦う以外の選択肢があったのではないか?
そうだ、イリス、奴は何だ?一体何だったのだ?
迫り来る虹色の光を前にして、クミコは高速で思考を巡らせた。
そして、イリスの危険性とその正体を知りたいと願う。
最後の魔力を振り絞り、クミコは己の本質的な力を使う事にした。
目玉の姿をした悪魔は伊達ではない、石化と石像操作の他にも、見つめた対象の隠された情報を読み取る力がクミコにはあった。
『見通す魔眼』いわゆるステータスを覗き見る行為なのだが、普段は情報が見えすぎて鬱陶しいため封印していた。
その力を解放してイリスを見る。
すぐに後悔した。
ふざけるな!ふざけるな!ふざけるぁーーー!!
どうして、どうしてお前が、お前の様な化物が、人間のフリをしている!
異常だろ?反則だろ?狂ってるだろ?
伝えねば、悪魔よりも恐ろしい存在が現世を闊歩していると、同胞たちに知らせねば・・・
イリスは、この虹の厄災は・・・
いずれ、ま・・・さま・・・に・・・とど・・・
「ほげぇぇぇぇーー!!」
クミコは虹色の光、その奔流に飲みこまれた。
抗いようのない力、断末魔の声を上げ消滅していく自分、激しい後悔。
意識が途絶える直前、クミコの脳裏をよぎったのは憎たらしい少女の顔だった。
●
星杯騎士団の従騎士、リース・アルジェントは正気を取り戻した。
視界を埋め尽くす虹色の輝き、暴風域に叩き込まれたような衝撃に目が覚めたのだ。
想像を絶する力、大きく太く眩い光線。
その出所は自分が抱きしめている少女、イリスの口なのだ・・・理解がまるで追いつかない。
吹き飛ばされそうになりながら、イリスの体にしがみつくのが精一杯。
彼女の小さな体は、柔らかで温かく、そして力強かった。
思えば初対面から不思議な子だった。
見た目は日曜学校へ入りたての子より小さく、それでいて考え方や受け答えは異様に大人びている。
物怖じせず、単純な戦闘能力は恐らく自分より上、虹色の光を放つ謎の力を行使する。
そしておバカだった。
今回私は、危険な悪魔を封印した古代遺物の所持を疑われる、邪教組織に潜入した。
遺物の回収したら即脱出が目的だったのに、復活した悪魔と戦うことになるとは想定外。
なんでこんなことになったのか?
そしてなぜ、イリスはビームを吐いているのだろう?
「ほげぇぇぇぇーー!!」
虹色のビームを食らったクミコが絶叫しながら消えていく。
恐ろしく強く、何度も死を覚悟した相手だけど、可哀想に思えて来た。
きっとイリスに敵対したことを後悔して逝ったのだろう。
『見てリース、空に虹が出ているわ』
『姉さん、虹好きだよね』
『だってキレイじゃない。見ているだけで心がウキウキしちゃう』
『別に…普通』
『反応薄いわね。そんなんじゃ虹の神様が拗ねちゃうわよ』
『虹の神様?空の女神(エイドス)様の他にも神様がいるの?』
『今私が考えた!』
『正騎士らしからぬ冒涜的発言?』
『東方には八百万信仰というのがあって、万物に神は宿るって考えがあるのよ』
『フーン、それで虹の神様は何をしてくれるの』
『皆を幸せにします』
『どうやって?』
『悪い奴らをぶっ飛ばします』
『武闘派か…』
不意に、今は亡き姉との会話を思い出した。
あの時の戯言は、あながち間違いではなかったのかもしれない。
ビームを吐き終えたイリスを見て、私はそう思うのだった。
「虹の…神様……」
●
「ケホッ!げほっ……けぷっ……ふぃ~」
うぁ~出した出した。
なんか超特大のすんごいのが出たわ。
まったく、とんでもねぇ力を隠していたもんだ。
若干喉がヒリヒリしているけど、身体機能に異常はなし。
頭も体も『パーンッ!』していないので、相棒の調整とやらは成功したのだろう。
体の奥でせき止められていたのがまさかのビームだとは、それも超極太の虹色ビームだよ。
メガ粒子砲かな?私みたいなチビが気軽に発射していいモノじゃないよコレ。
眩しいのと驚いたので視界不良だったけど、クミコがビームに飲まれ消えていく瞬間は確認できた。
クミコの奥義、全方位石化ビームも、私の虹ビームがかき消したようだし、私もリースさんもちゃんと生きている。
今度こそ悪魔との戦いは終わったのだ。
あー終わった終わった、じゃあ解散しましょうか。
「イリス…今の何?」
「正気に戻ったんですね。チーズ蒸しパンさん!」
「蒸しパンって誰!?私はリースだよ」
「えぇ…自分でなりたいって言ってたくせに」
私を背中から抱きしめていたチーズ蒸し…リースさんが私の肩を揺さぶって来る。
ちょっとぉ、出す物出したばっかりで疲れてるんだから揺らさないで~。
また吐いたらどうすんの?
「ビーム吐くとか聞いてない」
「アレはビームではありません。ゲロです」
「そんなわけあるか!」
「じゃあゲボです」
「言い方変えても意味一緒!」
説明が面倒臭いよぉ。
虹の雫の話をしたら、私のハード人生についても話さないといけないじゃない。
そしたらまた変な同情をかってしまうのが面倒だ。
私にとっては笑い話でも、一般人からすれば激重曇らせストーリーに感じるらしい。
エステルとか酷かったからなぁ。アレで私は反省したのだ。
アガットさんたちにも詳しくは話していない、まあ勘のいい人はなんとなく察していたようだけど・・・
申し訳ないが、過去を語る相手はこちらで選ばせてもらう。
だって、面倒なんだもん。
「上にどう報告したらいいの?これ絶対怒られるヤツだ…」
「私が吐瀉物でクミコを退治したと、正直に言えばいいと思います」
「誰が信じるの!?直接見た私だって信じられないのに」
「でも、それが事実ですから」
頭を抱えたリースさんをよそに、私は天井を見上げる。
そこにはポッカリと大穴が空いており、温かな陽光が地下遺跡を照らしていた。
私の発射した虹ビーム、ルミナスブラスターは天井をいとも簡単にぶち抜いてしまったようだ。
歴史的価値のある建造物を壊してしまったが、緊急事態なので許してほしい。
地上までの高さから推測するに、現在位置は地下三階ってところか。
「せっかく生き残ったんです。今は勝利の喜びを嚙み締めましょう」
「…そうだね。事後処理とかもう知らない。全部ケビンにやらせる」
私たち二人でクミコ、あの恐ろしい悪魔に勝利したのだ。
これは大金星と言っていいだろう。
七耀教会からご褒美の金一封ぐらいあってもいいのよ?
「とにかく完全勝利!というヤツです」
「うん。イリス頑張った。ホントもう意味不明なぐらいの活躍でドン引き」
「リースさんもお疲れ様でした」
リースさんと手を取り合い『あははは』『うふふふ』とぐるぐる回ってみたり。
生きてて良かった喜びの舞である。
目が回りそうになったところで中断し、今後のことを考える。
「そういえば、結局救援は来ませんでしたね?」
「おかしいな。さすがにもう来てもいいと思うのだけど」
首を傾げるリースさん。
もしかしたら、クミコの出す瘴気が発信機を妨害していたとか?
なんにせよ、ここに留まるよりは地上に出た方がいいだろう。
よっこらせ。
疲れた体に鞭打ち、移動を開始だ。
地上まで遺跡の通路を登っていくのしんどいな。
天井に空いた穴から誰か梯子でも降ろしてくれたらいいのに。
なんてことを思っていると、人影が・・・誰かいる?
え、飛んだ?飛び降りた!?この高さから?
「リースさん!誰か落ちて来ます」
「どういうこと?……あ…」
飛び降りた人影はなんと空中で一回転、綺麗な姿勢を維持したまま私のたちの前に着地した。
シュタッ!と華麗に着地したのは白いコートを羽織った長身の男性。
コートの下の服装は巡回神父のものに似ている。
着地の際に一瞬、法術の力を感じたことから彼が七耀教会の関係者だとわかった。
「ケビン!」
「おう、リース。生きとったんかいワレ」
リースさんのちょっと嬉しそうな声が彼の名を呼んだ。
ケビン?この人がリースさんの彼氏さん?
緑の髪がツンツンしていて・・・ネギみたい。
「おまえなぁ、何勝手に単独行動しとんねん?厳重注意じゃすまされへんで?」
「だってケビン忙しそうだったし『グラハム卿のチームはお暇なんですねw』とか、言う奴らがウザかったんだもん」
「だからってお前が無茶する理由にはならんやろ?言いたい奴には言わせとけばええねん」
「ごめん反省…する。ていうか、もうした」
「こいつはホンマに、天国におる姉さんも呆れとるで」
「だからごめんって……怒った?」
「怒っとったけどな。なんかもうええわ……あんま心配させんな、ボケ」
「うん、ごめん。来てくれてありがとう」
うわーい!イリスまた蚊帳の外だよぉ。
この領域展開知ってる
アガットさんとティータさんが発動させたヤツだ。
二人の世界ですか、そうですか。
虹色のお邪魔虫は退散しますね。
「ちょい待ち、どこ行くんや?」
「お構いなく。後は若いお二人でごゆっくり」
イリスはそっと立ち去ろうとした、しかし回り込まれてしまった。
てっきり私には気付いていないと思ったのに、ケビンさんは一瞬で私に追いつき通せんぼをした。
今の足運び並みの技量ではない、この人・・・強い。
ケビンさんはジロジロと不躾な視線を向けて来る。
なんだろう、あまり友好的とは思えないな。
「どう見てもキミの方が若く見えるけどな。それとも…」
彼の手にはいつの間にかボウガンが握られていた。
見慣れない装飾の施されたそれは、恐らく星杯騎士団の特殊武装。
「子供の姿はフェイクか?」
ボウガンの矢は私に向けられている。
あらら、脳天直撃コースですね。
ケビンさん、どうやら私に何かの嫌疑をかけていらっしゃるご様子。
「ケビン!何してるの!イリスに矢を向けるなんて、血迷った?」
「あのなぁ、それはこっちセリフや!血迷っとんのはリース、お前の方や」
「そんな、イリスは私を助けてくれて…」
リースさん、彼氏の剣幕に飲まれてますね。
弁護してほしいけど、これは望み薄かな。
「ここを根城にしとった邪教徒は悪魔を復活させたんやろ?」
「うん、えっと、その悪魔に邪教徒は殺されて、私とイリスで倒した」
私が虹霊子を注いで復活させたと言わないでくれて感謝!
「倒した?おかしいやろ!」
クミコを倒したのは本当ですけど?
「デモンズソウルに封印されとった"石皇"は守護騎士が複数人おってようやく対処できる高位悪魔、それを従騎士と子供のたった二人で倒した?ジャイアントキリングってレベルやない」
「嘘は言ってない!イリスがいてくれたから勝てたの、私一人だったらきっと今頃…」
「その様子やと、石皇を直接倒したのはキミってことになるなあ。リースはサポートに回ったぐらいか」
「そうだよ。だから」
私は味方だと、リースさんは言おうとしたがその言葉は遮られる。
「だから危険なんや。この子は石皇より強いってことなんやで?まともな人間であるはずがない」
「……っ」
リースさん悲痛な顔で黙らないで。
そこは『だから何?』って開き直るところですよ!
「いや~ホンマにビックリしたで。いきなりぶっといビームが天を貫いたんやから。もう少しでメルカバの船体に当たるとこやったw」
ブラスターは空の彼方まで届いたらしい。射程距離エグいな!
「アレ、やったんはキミやろ?」
「ノーコメントで」
天井の大穴を見上げながら、ケビンさんは確信をもって問いかけて来た。
こういう時は何を喋っても裏目に出るので黙秘権を行使する。
逃げたいなぁ、逃げれるかな?
オロオロしているリースさんがちょっとカワイイ。
「何をどうやったらああなるん?アーツでも法術でもない、近いのは聖痕砲か?」
「ノーコメントで」
「名前と国籍それと年齢、所属組織とここにおる目的は?なんでリースに接触した?」
「聞いてばかりですね。あなたのことも教えてくれませんか?」
「真面目に答えてくれんか?」
「名前はイリス、あとはもう少し仲良くなってからですね☆」
ボウガンの先端は相変わらず私の眉間にロックオンされている。
警戒を解いてくれないと、仲良くなれないぞ。
「まどろっこしいのは無しにしようや」
コツンッと私の後頭部に硬い何かが当たった。
は?
今、何が起こった?
全然見えなかった・・・
正面に居たはずのケビンさん。
それが今は私の背後に立ちボウガンの先端を、私の頭に押し当てているだと!?
わけがわからない、ありのまま今起こったことを話さないとダメなの?
「もう一度、単刀直入に聞くで」
背後から冷徹な声が響く。
あ、ヤバいな。
この人は手慣れている。既に何回も人を殺してるわ。
目的のためなら子供でも殺せる人間の殺気だよ。
そういうのわかっちゃうんだよなコレが。
「キミ、何者や?」
いや、本当に何なんでしょうね。
近頃自分でもよくわかんなくなって来たところだよw