〖メルカバ〗
古代遺物【天の車】を基盤に、七耀教会がエプスタイン財団の協力のもと建造した高速巡洋艦。
一般的な飛行船とは比較にならない速度と航続距離を持つのは当然として、各種装備類も充実している。
最新の導力端末と、外装には光学迷彩まで備えているので、高度な情報収集と伝達、騎士団員の迅速かつ秘密裏な輸送が可能だ。
各守護騎士ごとに1機ずつ支給されており、メルカバの乗員に選ばれることは大変名誉なのだとか。
そのメルカバに乗って、アルテリア法国・七耀教会の総本山に向かっている最中です。
予定外すぎて現実味がない。
はて?私はクロスベルを目指していたはずなのに、どうしてこうなった?
ケビンさんと一戦交えた後、現れたトマスさんによって私はアルテリア法国へと招待された。
教会の一番偉い人、法王様が私に会いたいんだってさ。
私を虹霊子の力を使う異能者と判断し、封印指定する気かと思いきや違ったみたい。
法王様は私を賓客として法国に招いていると、トマスさんは教えてくれた。
ケビンさんとは行き違いがあっただけで、星杯騎士団には私を害することを禁ずる旨が伝えられていたらしい。
因みに、仮に封印指定されたとしても瓶詰にはならないとのことだ。
空の女神に誓って私に酷い事をしないと言う、トマスさんをひとまずは信じることにした。
「瓶詰にされると思っていたのですか、それはそれは……ぷぷっ」
「それであんなに抵抗しよったんか?ぷっ……ガセネタに踊らされすぎやw」
「こっちは真剣だったんです!教会の黒い噂を山ほど聞いていたんですから」
何笑ってるんだ、この野郎ども?
私は本気で焦ったんだぞ。
それもこれも、アンタら騎士団の評判が悪いからだろ!
「悪い噂を流しているのは敵対組織の連中でしょうね。子供相手にそういうデマを吹き込む輩も少なくありません」
「出る杭は打たれるちゅーやつやな。遺物や技術の独占、金や権力、思想や教義の違い、その他諸々…七耀教会を目障りに思う奴らはごまんとおるわ」
「敵が多いんですね。お仕事大変そう…」
「はは、まあ、楽な仕事ではありませんね」
「ブラックやで、ホンマ真っ黒くろすけや。キミはこんなところに就職したらアカンよ…」
守護騎士の二人が遠い目をしている。
騎士団の仕事は相当過酷らしい。お疲れ様です。
「もう一度確認しますが、私は本当に瓶詰にされないんですよね?」
「ないない。そんなグロいことさせるかいな」
「ああでも、何年か前に似たような事件がありましたよ?古代遺物を盗み出そうとした邪教徒が扱いを間違えて、生きたまま瓶の中に圧縮されたとか……記録では数時間意識があったらしいです」
「「こっっわッッ!!」」
瓶詰には元ネタとなる事件があった。
危険な古代遺物の取り扱いには、くれぐれも注意したい。
「安心して、もしイリスが瓶詰になっても私がちゃんとお世話する。快適な生活を約束するよ」
「瓶に詰まった時点で快適とは無縁なんですが」
ずれた発言をするリースさん。彼女はメルカバの倉庫に備蓄されていた携帯食料をモグモグしている。
異世界のカロリーメイトに似た携帯食、私もさっき1本頂いたが味がイマイチだった。
リースさんは既に10本以上食べている。
「とにかく、イリスは私が面倒見る。最悪ケビンが全部まとめて何とかするから任せて」
「他力本願が極まってますね」
「こういう女や。ワイはもう諦めとる」
「みんな仲良しでいいですね~」
目的地までメルカバの艦内を見学させてもらったり、これまでの経緯を話したりして過ごした。
誤解があったケビンさんにも謝られ、雑談できるぐらいには仲良くなった。
「この艦はケビンさんのメルカバなんですよね。トマスさんの艦は?」
「私は徒歩で来ましたので」
「アンタまた自分の艦おいて来たんか。弐番艦が物置になっとる言うて整備班が愚痴ってますよ」
どこから?まさか法国から歩いて来たとか言わないよね?
怪しく微笑んだままのトマスさん。その真意は不明だ。
「副長、乗り物酔いするからあまりメルカバに乗らなんだって」
「ブリッジの空気がどうも苦手で、こうやってお喋りしていると平気なんですけどね」
和やかな雰囲気のまま、空の旅は続く。
●
数時間後、目的地である七耀教会総本山へ到着した。
軽くお腹に食料を入れ、仮眠もとったので体力がそこそこ回復した。
クミコ、そしてケビンさんとの戦闘で負った傷はトマスさんの法術で既に治療済みだ。
ボロボロになった服は、なんとケビンさんが繕ってくれた。
意外なことに、彼は裁縫が得意なんだってさ。
懐から自分用のソーイングセットを出したと思ったら、ものの数分で綺麗に直しちゃうから感心したよ。
服の細かい損傷はこれでOK、あとは子供用のマントで隠すことにした。
汚れも落として、一応髪も整えて、身なりはこれで何とかなったかな。
偉い人にあっても無礼だと思われないよにしないとね。
メルカバは街ではなく、大聖堂の裏手にある発着場に着陸した。
艦内からも見えたけど大聖堂マジで半端ない。
白を基調とした美しく荘厳な建物は、世界の絶景コレクション殿堂入り間違いのない風格だ。
そしてでかい、とにかく大きい。
敷地面積からして広すぎる。超巨大要塞だよコレ。
マクロスかな?
「さあ行きましょう。猊下も首を長くして待っておられるはず」
「は、はい」
トマスさんに先導されて謁見の間へ。
おのぼりさんな私はキョロキョロと周囲を見渡しながら歩く。
高そうな彫刻や絵画、導力カメラの配置、すれ違う人たちの練度、万が一の逃走ルート。
見るべき所や、記憶しておく事柄は数えきれないほどある。
「緊張してる?」
「ちょっとだけしてます」
「心配ない。イリスはお客さんだから、ドーンと構えておけばいい」
「最低限の礼儀は必要やけどな」
「猊下はとても寛大な方です。細かい言動に一々目くじら立てたりしないでしょう」
「私がいきなりビーム撃っても、笑って許してくれるんですね。さすが法王様」
「それは絶対やったらアカン!!」
ビームはアカンのか・・・(´・ω・`)
注意事項を説明されながら歩くことしばらく、ついに謁見の間までたどり着いた。
大きな扉の前で深呼吸する。
大丈夫だ、リラックスしてリラックス~。
扉の両側に待機している門番に許可を取り開けてもらう。
謁見の間はここまでに見たどの通路や部屋とも豪華さが段違いだった。
広い室内に高い天井、眩しい導力灯と煌びやかな装飾品の数々、天使や妖精などをモデルにした像も多数見受けられる。
長く赤い絨毯の敷かれた先に、その人物はいた。
七耀教会の第27代法王・オレスティス2世。
長きにわたり教会を指導し、結社《身喰らう蛇》の動きやゼムリア大陸の異変に対して星杯騎士団を派遣するなど、教会側の重鎮として活動している偉大な人物だ。
因みに女性である。
豪奢な法衣に身を包んでいる、超偉いお婆ちゃんである。
「守護騎士・第二位、トマス・ライサンダー」
「同じく守護騎士・第五位、ケビン・グラハム」
「第五位の従騎士、リース・アルジェント」
跪いて礼の姿勢を取るトマスさんたちにならって、私も同じように礼をする。
トマスさんが『只今参上致しました』と告げた後、一拍置いて『顔を上げなさい』と厳かな声がかけられた。
穏やかだが威厳のある声、教会という巨大組織を束ねる長に相応しい。
「皆よく戻りました。無事の帰還嬉しく思います」
「勿体ないお言葉」
「諸々の報告は後ほど、さっそくですが…そちらが?」
「はい。この娘が猊下のおっしゃられた『虹の御使い』に相違ありません」
うわわ『御使い』と、トマスさんが言った瞬間に室内の空気がピリピリした。
護衛として控えている騎士の人数よりも、明らかに多くの気配が私に集中した気がする。
この広い室内に一体何人が潜んでいるんだ?
やだなぁ、怖いなぁ。
「顔を、見せてくれますか?」
法王様が私の顔を見たいと申しておられるぞ!?
実はメルカバを降りる前に頭と顔をスッポリ覆うフードを被らされたんだよね。
マントと合わせて、イリス・クロークドカスタム形態の完成です。
私の髪と目は何かと目立つので配慮してくれたらしい。
リースさんは『猊下ビックリする。サプライズ~』とか言っていた。
本当にフードとっちゃっていいのかなぁ。
私の顔を見て『不愉快、死刑!』とかにならないよね?
私は不細工ではないらしいのだが、正直未だに自信がない。
初対面の人がポカンとするのは相変わらず。
目が合うと逸らされたり、赤くなって逃げたり、指差されてヒソヒソされたり・・・
まあアレだよね『うわ、変なのいるキモ』っていう自然な反応だよね。
マジつれぇわ~へこむわ~。
そんな私の顔を見たいと?
後悔しても知らないよ?
お願いだから、死刑にはしないでください!
私の背中をリースさんがポンポンする。
『大丈夫』という意味だろう。
トマスさんとケビンさんも頷いてくれる。
笑われても、ガッカリされても、キモがられても、この三人が味方をしてくれる、ならいいよね。
勇気を出せ私、ええい!なるようになれだ!
私は意を決してフードを脱ぎ、虹色の髪と自信のない顔面を晒した。
ざわ・・・ざわ・・・
一瞬にして謁見の間がざわついた。
ほらぁ、やっぱり変な空気になったじゃんか。
部屋の中に潜伏している人たちの視線が絡みついて来て怖い。
あんまり見てると発狂しますよ?
私がな!
あびゃびゃびゃびゃ~。
「……まあ、これは…」
法王様が驚いている。
お見苦しいモノを見せてしまい大変申し訳ない。
「なんと可愛らしい」
「へ?あ、ありがとうござい、ます?」
『キモい』と言われる覚悟をしていたら『可愛らしい』なんて言われてしまった。
法王様はお世辞もご立派ですね。
「どうぞこちらへ、もっと近くで見せてください」
法王様が手招きしてる!?
これは『くるしゅうない、ちこうよれ』というヤツか。
いいの?行ってもいいの?
近づいたら『不敬!死刑!』とかやめてよね。
ケビンさんが目で『はよいけ』と言うので恐る恐る前へ。
手で触れられる距離まで近づいた。
法王様はとても優しい目をしたお婆ちゃんにしか見えない。
私に向けるあたたかい眼差しは、孫娘を前にした好々婆そのものである。
多少皺があるが血色よく張りのある肌ツヤ、若い頃はさぞやモテたであろうことが伺える顔立ち。
大層気品のある婆様だな~と思って見ていると、法王様も私をジッと見ていた。
発狂していいかな?
「髪も目もまるで宝石のよう。綺麗ね…」
「あ、はい。法王猊下も大変お綺麗でございます」
「お上手ですこと。触っても?」
「ご、ご自由に、噛みついたりしませんので、はい」
法王様は何故か私を気に入ったらしい。
髪に触られ、頭を撫でられ、頬っぺたをつまんでムニムニされてしまった。
私は一体何をされているのだろう?
「名前は?」
「イリスです。姓はありません」
「イリス……素敵な名前ね」
「ありがとうございます」
しばらくなすがままでいると、満足したのか法王様は『ふぅ…』と息を吐いた。
なんかツヤツヤしている気がする。
私を撫でくり回した直後のエステルも、こんな感じだったような。
椅子に座り直した法王様は『コホン』と小さな咳払いをした後、顔を引き締めて告げた。
「間違いありません。法王の名においてイリス、あなたを『虹の御使い』と認めます」
うわーい!ってコレ喜んでいいのか?
そもそも『虹の御使い』とは一体?
「ろくな説明もせず連れて来られて、さぞや混乱したことでしょうね」
「はい。恐れながら、何故私が猊下とお会いすることになったのか、今もなお皆目見検討がつきません」
「私の口から説明したいのだけど、よろしいかしら?」
「ご随意に」
法王様はこみ入った話がしたいと言って、護衛たちを下がらせた。
私に絡みついていた視線も次々と遠ざかって行く。
隠れていた人たちも部屋を出て行ったみたいだ。
残ったのは法王様、私、トマスさんとケビンさん、残念ながらリースさんはお外で待機だ。
あと一人、紹介されていない人が残っている気がするけど、誰もツッコまないので指摘してはいけないのだろう。
トマスさんが指パッチンすると、青く光る立方体が私たちを囲んだ。
匣というトマスさんの異能、四角い結界を張ることで様々な効果を発揮するんだってさ。
今回の匣は盗聴防止用らしい、匣の内側で行われた会話は決して外に漏れることはない。
「事の起こりは半年以上前、女神様より
「神託…女神様からのお告げですか?」
「はい、その内容は…」
『まもなくゼムリアの大地に"虹の御使い"が顕現する』
『彼の者の力、世界に波紋を呼び起こす』
『"
こんな感じのお告げがあったそうだ。
それが私とどう関係がある?
「神託を賜った者はこう言いました。虹色の髪と目を持つ子供が御使いであると…」
誰だそんな変な奴は!私か!私しかおらんのか!!
「あの~、それは人違いという事はないですか?」
「ビーム吐いて悪魔消し飛ばしたんやろw」
「まさしく、世界に波紋を呼ぶ力ですねぇw」
ちくしょう!男二人でニヤニヤしやがって!
御使いとやらが私で決定なのが、そんなに嬉しいか?
違うんです。思ったよりクミコが手強かったから、全部クミコが悪いんですぅ!
「御使いの存在が世界にどう影響するのか、終焉とは如何なるものか、私たちは頭を悩ませました」
そして七耀教会のお偉方が討論を重ね出た結論が・・・
『なんかよくわからないけど、とりあえずどんな奴か会ってみよう』
『法王様が気に入ったら、いい奴ってことでよろ』
だったそうだ・・・教会のお偉いさんたち軽いなあ。
こんな人たちが世界を秩序を管理しているなんて、一般人は夢にも思わないだろう。
まあ、それはそれで面白からいいや。
●
「次はイリス、あなたの話を聞かせてくれますか?」
「少々、聞き苦しいエピソードがあるのですが…」
「構いません。あなたのこれまでの歩みを教えて下さい」
法王様たちに私の来歴を語る。
七耀教会の最高権力者、そんなお方に下手な嘘は通用しないだろう。
私は包み隠さず情報を開示した。
『庭園』『虹の雫』そして虹霊子の力を手に入れた経緯を身振り手振りを交え、わかりやすく話すよう努めたつもりだ。
プライバシーに配慮して恩人たちの個人名はなるべく出さないよう注意もしたよ。
いろいろ大変な思いはしたけど、今はそれなりに幸せだと付け加えてもおこう。
法王様もケビンさんもトマスさんも、黙って私の話を聞いてくれた。
『庭園』や『結社』が関わっていると話したら、少し表情が硬くなったけど、私のせいではない。
庭園も結社も七耀教会と明確な敵対関係にあるので、この反応は至極当然だ。
ケビンさんから殺気漏れてるよ・・・しらんぷりしよ。
まだ大して生きていないけど、中々に濃い人生だと思う。
アニメ2クール分の脚本は余裕で書けるぞ。
クミコのくだりはぜひ劇場版で派手にやってほしい。
「苦労したのですね。多くの闇に触れてなお、善性を保ったあなたに心からの敬意を表します」
「身に余るお言葉をいただき恐縮です」
おお!教会のトップに褒められた。
これは自慢してもいいよね。
法王様も一目置いた、できる女イリスです。
また頭を撫でてもらった。
法王様は私の頭をお気に召したらしい。
頭部を瓶詰にして飾りたいとか思っていたらどうしよう・・・
「ライサンダー卿、あなたは彼女をどう見ます?」
「彼女は悪魔を退け、従騎士リースを守りました。私の目には正しい心を持った存在に思えます」
キャッ!照れる~。
トマスさんから高評価をもらって嬉しいよ。
「グラハム卿はどうです?」
「変な子やと思います」
おいコラネギ!
誤解を招くような発言はやめろ。
もうちょっと言い方ってもんがあるでしょうが。
「変な子やけど悪い奴やない。敵に回すと厄介やけど味方になれば頼もしい思います。何より、おもろいわw」
おもろいって重要か?
法王様、ケビンさんの言葉は無視していいですからね!
「ふむ…大体わかりました」
一通りの話を終え、守護騎士二人の意見も聞いた法王様は思案するよう顎に手を当てる。
私の処遇をどうするか、考えているみたいだ。
『やっぱ虹色うぜぇ、死刑!』とか思われていたら、泣く。
法王様の決定に私の人生がかかっている
そう思うと落ち着かない。
待っているだけの時間がもどかしい。
●
私の力は封印指定に該当する。
瓶詰が回避できたとしても、このまま野放しとはいかないのでは?
七耀教会は私という存在にどう折り合いをつける気なのだろう?
不安が顔に出ていたのか、私の表情を見た法王様は穏やかな口調で話し始めた。
「私個人としては、これまで通り、あなたの好きにさせてあげたいです」
「え?それは……よろしいのですか?」
「あなたはようやく自分の人生を歩み始めたばかり、その自由を奪う権利は我々にも、例え女神様にもないと私は思います」
法王様めっちゃイイ人やんけ!
マジ尊敬します!もう足を向けて眠れません。
「ですが、あなたを危険視する意見も上がっています」
「そのお気持ちは解ります」
そりゃあ怖いよね。
変な色の変な子供が変な力で変な悪魔ぶっ殺したんだもん。
その力の矛先が自分たちに向いたらと思うと、気が気じゃないよね。
サッサと処分するか、一生牢屋にぶち込んどけよって思われても仕方ない。
私は…存在するだけで迷惑なの?
「アホやなあ、迷惑なわけないやろ」
「ケビンさん…」
「大体そんなこと言い出したら、ワイら守護騎士も全員まとめて牢屋行きやんか」
「ですねー。S級遊撃士や各組織の二つ名持ちも化物揃いですから」
ケビンさんたちの言葉にハッとする。
あ、そっか。失念していた。
この世界、私より強い人なんてゴロゴロいるのだ。
ビーム吐いたぐらいで調子に乗っていたら怒られるよね。
世界中の猛者たちを差し置いて、私だけ封印指定というのは納得できない。
そういう風に思っていいんだ。
「許されるなら、私は自由でありたいです」
「あなたの気持ちは理解できますとも、後は枢機卿たちがどのような決断を下すかですが…」
「おや、ちょうど結論が出たみたいですよ」
トマスさんの匣をすり抜け、小さな何かがヒラヒラと飛んで来た。
蝶々?白く光っている蝶のようなモノを目で追っていると、そいつは私の頭にとまった。
なんだてめぇ?
「な、なんですかコレ?当たったら爆発する系の何かですか?」
「暗号通信用の法術ですよ。危険はありません」
トマスさんが指先で蝶に触れる。
蝶を形作っていた光が解け、空中に文字のらしきモノを描いていった。
私には読めないが、トマスさんはその内容を理解しているらしく『ふむふむ』と頷いている。
光の文字列は数秒で消えた。
今のが暗号?何と書いてあったのだろうか?
「議論は殴り合い寸前まで白熱したようですが、なんとかまとまったようです」
「あのオッサン連中、何やっとんねん」
「それだけ真剣に考えてくれたのでしょう。して枢機卿はなんと?」
法王様は味方になってくれる。
だけど、私の処遇を一存では決められない。
枢機卿や他の教会幹部たちが『イリス危険!ダメ絶対!』という意見ならば、
私の自由は奪われてしまう。
頼む、なるべくいい子にするから、どうか温情ある措置を!
「結果を報告します……『可愛いは正義!』だそうです」
思わずズッコケてしまった。
同じようにズッコケたケビンさんが『なんでやねーん』とツッコンでいる。
法王様の御前なのでツッコミが若干小声だ。
「なるほど、枢機卿たちもイリスを善良だと判断したようですね」
えぇ…今のそういう意味だったの?
身なりのいいおじさん連中が、笑顔でサムズアップしている姿が脳裏に浮かんだ。
七耀教会、大丈夫なんだろうか?
法王様もトマスさんも『あー良かった良かった』みたいな顔をしている。
ケビンさんは『アホや、どいつもこいつもアホばっかや』とブツブツ言っていた。
複雑だけど喜んでいい場面みたい。
佇まいを直した法王様が私に向き直る。
空気を読んだ私は自然と跪いて礼をとっていた。
「『虹の御使い』イリスよ」
「あなたは数奇な運命から強大な力を手にしました」
「その力に驕ることなく、一人の人間として正しい道を歩むと誓えますか?」
こんな私を一人の人間として認めてくれる。
それだけで十二分にありがたい。
「はい、誓います」
法王様の目を見て元気よく応答する。
誰に恥じる事もない、真っ当な人生を送ってみせますとも。
「ムカついたからという理由で人を殺めたり、癇癪を起してビームを吐いたり、むやみやたらに建造物を破壊しないと誓えますか?」
「………善処いたします」
私はTPOは弁えた行動のできる女。
行き過ぎた殺戮や破壊活動はしないよ・・・たぶんね。
「不安になる間がありましたね」
「善処って、必要ならやるって事やろ。ええんかそれで?」
今は法王様に誓いを立てている最中です。
守護騎士の野郎どもは黙っていてください。
「好みの殿方にセクハラを働いたり、しつこく交際や結婚を迫ったり、過度なスキンシップを求めたりしないと誓えますか?」
あ、無理です。
「お言葉ですが、女としての本能を捨て去れとはあまりに酷ではありませんか?素敵な殿方との胸キュンときめきラブストーリーを求めることが罪ならば、私は喜んでその罪を背負いましょう」
「迷いのない澄んだ瞳…これが若さですか」
「私の清く正しい求愛行動は誰にも止められません!」
七耀教会を敵に回そうとも、この私を止めることはできぬぅ!!
「不退転の決意、確かに受け取りました……ならば犯罪にならない程度に、今後も己が愛を貫くと誓いなさい!」
「はい誓います。我が命にかえましても!」
フッ、法王様ならきっとわかってくれると思いましたよ。
「今のくだり必要ないやろ。ワイらは何を見せられとんのや」
「勢いで猊下の賛同を得ましたよ。やりますねぇ」
守護騎士たちも私の純愛に激しく感動している模様。
七耀教会のトップが味方に付いたので、私のセクハラは晴れて合法になりました。
きゃっほう!(≧▽≦)
・・・・・・
その後も法王様の前でいくつか宣誓をした。
まとめると『いい子にしてなさいよ』ということだった。
私レベルのお利口さんはゼムリア中探しても、なかなか見つからないと思う。
法王様のご期待に沿えるよう、これからも一層いい子であり続けよう。
宣誓が終わると、トマスさんたちも交えて今後の処遇について説明を受けた。
私は監禁も瓶詰も、命を狙われることもない。
封印指定というのは悪意のある者に対して行われる強制措置であり、いい子の私には適用されないらしい。
セーフ!バッドエンド回避!
「その代わりと言ってなんですが、あなたの体を調べさせてほしいのです」
七耀教会は遺物の管理を行うと共に、そのテクノロジーを研究利用している。
その技術水準は一般的な研究施設より遥かに進んでいるという。
メルカバや騎士団の特殊武装等もその恩恵によるものだ。
七耀教会は女神の教えを守る宗教組織であり、高度な技術力を備えた武装組織でもある。
これはゼムリアの常識だ。
研究者たちからすれば、未知の古代遺物【虹の雫】と融合した私は、非常に貴重で興味深い存在だ。
手元に置いて、あれやこれやと調べてみたいと思われいることだろう。
虹霊子の力を解析すれば、更なる文明の発展が望めるかもしれないね。
私を自由にしてくれた分、協力もやぶさかではないのだが。
でも、やはりちょっと抵抗がある。
実験動物扱いはなあ・・・うーん。
「あなたの嫌がることは絶対にしないと約束します」
「そう言って、私に重火器くっつけて爆発させた奴がいるんですよね…」
「誰やそのマッドサイエンティスト!?」
テヘペロしているティータさんの顔が浮かんで憎たらしい。
そういえば重突撃機銃をクミコに石化されたのまま放置して来ちゃった。
重斬刀もかなりの酷使しで刃こぼれしているし、アーマーシュナイダーは振動機能が壊れたまま。
新しい武器を用意しないと・・・そうだ。
交換条件を提示してみよう。
交渉は上手く行った。
教会の研究に協力する見返りとして、私用の装備を見繕ってくれることと、ツァイス中央工房への技術提供を約束してもらった。
これで新しい武装開発も進展があるだろう。ティータさん喜んでくれるといいな。
私の体を調べる際は細心の注意を払ってくれるらしい。
庭園で受けたトラウマ実験の再来はないようで一安心。
「研究中にもし無理を言う輩おったら、すぐに言うんやで。ワイが直々にどつきまわしたる」
「はい、その時はよろしくです」
私が酷い目にあわないよう守ろうとしてくれて嬉しい。
初対面はアレだったけど、ケビンさんは優しい人だ。
リースさん、男を見る目はあったみたい。
●
しばらくアルテリア法国へ滞在し、教会の技術研究部に協力することになった。
期間はだいたい一ヵ月ほどを考えている。
その後はまた旅を再開して、クロスベルを目指そうと思う。
今後の方針が決まった。
騎士団の宿舎に部屋を用意してくれるらしいので、今日からそこに寝泊りだ。
「悪魔との戦い。そして、ここまでの長旅で疲れたでしょう?」
目玉の悪魔とネギの悪魔の連戦でしたからね。
それなりに疲れてますよ。
「本日はゆっくり身体を休めなさい。いいですね」
法王様の優しいお言葉と眼差しに見送られ、謁見の間を後にしようとする。
その時だった。
「待ちなさい」
静かで、どこか非難の感情を含む声が私を引き留めた。
「やっと出て来ましたか。このまま顔を見せないつもりかと思いましたよ」
法王様がやれやれと首を振る。
その背後から若い女が姿を現した。
何アレ半透明に見えるんですが?幽霊とかそういうの?
あ、半透明じゃなくなった。
なるほど自分の姿を隠蔽する技を使っていたのね、アレも法術?
最初からずっと感じていた気配は彼女のものだったらしい。
とても綺麗な女性だ。
青い髪にスラリと伸びた手足、思わず見とれてしまいそうになる美貌の持ち主。
どこか儚げで清楚という言葉がピッタリの美人さんだ。
その美女が、私に厳しい目を向けていた。
お?反虹色団体の方ですかな?
「虹の御使いへの措置、甘すぎです」
ほほう、やはり私のアンチだったか。
『やんのかコラ』という意思を込めて視線を合わす。
この女、なんて目をしてやがる。
私の内面を見通すかのような、不思議な力を感じる眼だ。
見られていると、心臓がキュッってなる。
「私の決定に異議があると?」
「あるからこうして出て来たのです。彼女に自由を与えるなど正気の沙汰とは思えません」
謎の女が法王様に『異議あり!』しやがった。
せっかくいい感じに話がまとまったのに、蒸し返すなよ。
「では、あなたはどうするべきだと思うのです?まさか『一生地下牢に閉じ込めておけ』とでも言う気なのですか、惨いことを…」
「そ、そこまでは言いません。常に監視を付けて道を踏み外さないよう、適切な教育を施すべきだと」
「結局、閉じ込めているではありませんか」
「必要ならば、そうすべきです」
24時間体制の監視、私のあんなところやこんなところ見られちゃう////
監視員はせめてイケメンにしてほしい。
「その結果、イリスが人を信じられなくなったら?蓄積した怒りと恨みが世界に牙をむく可能性を考えましたか?」
「そうならないよう、教育する必要があるんです。この子だいぶアレっぽいので、今の内に矯正しないと」
「口を半開きにして映画鑑賞している誰かさんも、かなりアレっぽいですがw」
「お婆様ッッッ!!勝手に部屋を覗くなとあれほど」
アレって何?
セクシーとかスケベェとか、そっち系の意味だと思いたい。
この女、法王様のことを『お婆様』って呼んだぞ。
孫?孫なの?
「血縁ではありませんが、孫娘のような存在ですよ」
「そうなのですね。えっと、何とお呼びしたらいいですか?」
「……私個人を表す名称はありません」
名前が無い。
それは親近感が湧いちゃうな。
「本当はあるんですよ。カッコつけているだけですので」
「お婆様は黙ってて!!」
顔を赤くした女は何故か私をキッと睨んだ。
恥ずかしいからって私のせいにしないでよ。
「私は【終わりの聖女】と呼ばれる者です」
何が終わりなの?
私の人生を終わらせに来たとか言わないでね。
しかし、聖女と来たか。
回復魔法や光魔法が得意だったりするの?
そんな役職が七耀教会に存在するとは知らなかった。
「終わりの聖女様…」
「ええ。聖女でも何でも、好きに呼べばいいと思います」
「では、オワリンコと呼ばせてもらいますね」
「アリンコみたいなので却下です!」
好きに呼べと言った癖に、ワガママだなこの人。
他の名前を思いつかなかったので、そのまま『聖女様』と呼ぶことにした。
「聖女様は私が嫌いなのですか?」
「嫌いなのではありません。あなたは非常に危ういと言っているのです」
聖女様は私を自由にするが・・・怖いのか。
残念だけど、信じてもらえてないんだなあ。
手っ取り早く信頼を勝ち取る方法はないものか?
言葉を尽くしてだめなら、行動で示すしかないよね。
「聖女様、私に何か仕事をください」
「突然何を?」
「仕事で証明します」
要は私が良い奴だと使える奴だと思わせればいいのだ。
庭園を脱出する時、マクバーン君と戦った時と今回も同じ。
虹霊子の力を『閉じ込めておくのは勿体ない』と、思わせられたなら私の勝ちだ。
私の考えを一生懸命説明した。
聖女様以外の大人たちは私の提案に『ほう…』と感心したような声を漏らす。
「……証明、つまり私があなたに試練を与えればいいのですか?」
「はい。クリアした暁には、私の自由を認めて下さい」
「……」
「お願いします聖女様、どうか私にチャンスをください!」
どうだ?乗って来るか?
来い、来い、乗って来い!
こういうイベント、中二の聖女様は好きなはずだろ?
「いいでしょう…虹の御使いイリス。あなたの案を採用します」
来た!やっぱり来た。
「私の与える試練を乗り越え、人類の敵でないことを証明してみせなさい!」
ビシッと私に指を突き付ける聖女様。
『決まった』と言いたげな顔をしている。
それに対し私は『望むところだ』と応えるのが正解なのだろう。
不敵に笑い睨み合う二人、非常に無礼だがこの瞬間、法王様たちは背景と化す。
よぉし!受けて立ってやるぞ。
「ぁ…はい…」
「なんで急にテンション下げたの!?私一人だけ熱くなってバカみたいでしょ!」
だって、ねえ、共感性羞恥が////