虹色イリス   作:青紫

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知の庭園

 人身売買された私は購入者の怪しい男と二人っきりになった。

 男が出て来た廃墟へ誘導されたのでビクビクしながらお宅訪問開始だ。

 お、お邪魔しまーす・・・

 

「うへぇ、中もすんごいオンボロ」

 

 外観は残念でも内部は綺麗にリフォームされていたらいいな。

 そんな淡い期待はものの見事に打ち砕かれた。

 外も中もこれでもかっていうぐらいのボロボロだ。

 積もりに積もった埃だらけの部屋は私の来訪を歓迎しているようには思えない。

 

「掃除が行き届いていなくて悪いね」

「いえ。雨露しのげるだけマシだと思うことにします」

 

 新生活のスタートは大掃除から始めるのかな?

 ヤレヤレ、いきなり私の有用性をアピールするチャンスが到来してしまったな。

 今は服とか汚れちゃってるけど、こう見えて私は綺麗好きだ。

 掃除が得意というより、いろんな所や物を綺麗にしていく過程を楽しめる人種なのだよ。

 これも家事全般無能力者だったババアを反面教師にした結果である。

 

 よっしゃ!お掃除開始だ。

 やってやろうじゃないの。

 

「まずは窓を開けて換気をしたいのですが、よろしいですか?」

「ああ、そういうのはいい。君をメイド扱いする気はないからね」

 

 掃除ではなくボロ家の解体をご希望か?私1人じゃどう考えても無理だぞ。

 そういうのは専門の業者に依頼した方がいいと思う。

 メイドさんか…ちょっと憧れちゃうなあ。

 前に読んだ小説に、家事を完璧にこなしつつ主人の補佐や護衛に悪漢との戦闘までこなすパーフェクトメイドが登場していたな。

 そんな感じの『できる女』ってヤツになってみたかったよ。

 

 『ついておいで』と言う男に従い最奥の部屋へ。

 ありゃ?この部屋だけ妙に明るいと思ったら導力灯がついている。

 

「この壁にあるスイッチを押すと」ポチッ

「わっ!?ゆ、床が」

 

 男が壁のスイッチを押すと機械の駆動音と共に揺れを感じた。

 すると私たちのいる床が下がって、下に落ちていってるだと!?

 

「罠だ!これ罠だ!」

「エレベーターだよ。今時珍しくもない設備だけど」

「昇降機!本で読んだ事ならあります。へぇーこれが」

 

 私たちを乗せたエレベーターは結構な速度で地下へと下っていく。

 エレベーター初体験に興奮した私は飛んだり跳ねたり男の尻を軽くビンタしたりした。

 『あふん///』という男の悲鳴が実に不快だった。こいつMか?

 そんな事をしている内にエレベーターは停止した。

 目的の場所へ到着したらしい。

 

 機械仕掛けの扉が横にスライドして新たな道が姿を現す。

 天井と舗装された床には導力灯の照明が設置されていて足元も安心。

 壁は所々岩や土がむき出しの箇所もあって、元々あった洞窟をそのまま利用しているようだ。

 むむ、先程のエレベーターといい、かなり高度な技術が使われているぞ。

 地上にあった廃墟は地下にある本命を隠すためのカモフラージュだったのね。

 

 地下深くへと繋がるエレベーターに天然の洞窟を利用したと思われる通路。

 『地底人来襲』という小説の中に登場する地底人類軍の前線基地はきっとこんな感じだろう。

 日光浴という文化に感銘を受けた地底人穏健派が味方になってくれる終盤の展開が熱い!

 

「地上は狙われている!?」

「残念。ここを作ったのは地底人ではないさ」

「でしょうね!事実は小説よりも奇なり」

 

 長い通路の突き当りはまたしても機械仕掛けの大扉。

 だけど、今度の物は大きさが先程の比ではない。

 巨大かつ無機質な金属扉が侵入者を拒むように道を塞いでいた。

 

「戻ったよ。新入りの子も一緒だ」

『生体認証……該当データあり、未登録新規一名仮認証……お帰りなさい、主任』

「扉が喋ってる!?」

「驚いたかい?完全な機械知性とまではいかないが、ここの制御システムは簡単な会話でやり取りできるのさ」

「ビックリです。んで、『シュニン』というのがあなたの名前ですか?」

「ただの肩書だね。ここでは誰も本名を名乗らないし興味もない」

 

 そいつは勿体ない。

 ちゃんとした名前があるなら使えばいいのに。

 私なんて名無しだぞ。

 そろそろキツいんだぞ。

 

『ロック解除、隔壁開きます』

 

 機械音声が開錠を告げる。

 ゴゴゴゴ・・・と重厚な音を立てて扉が開いていく。

 さあ、この先は一体何が待っている事やら・・・

 

「…………ほぇ?」

 

 数秒間、口を開けたまま呆けてしまった。

 

 ここは本当に地下なのだろうか?

 広い!とにかく大な空間がどこまでも広がっていたのだ。

、異様なほど高い天井、高度な文明を感じさせる金属壁、所狭しと並ぶ用途不明の導力機器類、形も大きさも様々な機械人形が忙しなく動き回っているのにも驚いた。

 そして人が多い!

 人、人、人だ!どこもかしこも人がいっぱいいる。

 まさに『人がゴミのようだ』状態、故郷の貧民街よりもこちらの方が賑やかだ。

 白衣、作業着、装甲服、スーツ、いろんな格好の大人がいてガヤガヤ騒々しい。

 おー、私みたいな子供もいるな。

 何となくだけど、大人より子供の人数が多い気がする。

 

「これは一体?」

「君にはここで生活してもらう」

「マジかぁ……」

 

 私もあの連中の仲間入りか、半数以上の目が死んでいるガキ共の仲間入りか!

 ここは身寄りのない大勢の子供たちを無条件で保護してくれる博愛巨大施設?

 それはないと断言する。その考えはさすがにポジティブすぎるだろ。

 ましてや私は金で買われた身だ。

 今更まともな環境で暮らせるわきゃねーだろ。

 

「衣食住の心配はしなくていい。十分な教育に可能な限りの娯楽だって用意しよう」

 

 それはいいな。とってもいい。

 でも、タダではないんでしょ?

 上手い話には裏があることを知っているんだからね。

 

「対価に何を差し出せば?ご存知でしょうが、私は何も持っていません」

「いいや、君はまだ持っているよ。君自身という唯一無二の財産をね」

「あちゃ~やっぱりそう来ますか」

 

 メガネの男…主任さんが二ヤリと笑う。気味の悪い笑顔だ。

 なるほど~。

 生活を保障する代わりに、私の存在そのもの"命"を提供しろと言うんだね。

 想定済みの回答だったけど、いざ事実を突き付けられると頭を抱えたくなる。

 きっと、ここにいる子供は死んじゃう事だってあるんだよね、それも割と日常茶飯事で・・・

 理解したくないけど理解した。

 

 しかし、ものは考えようだ。ポジティブシンキングでいこう。

 ババアとひとつ屋根の下で暮らしていても死ぬ危険はあったし、実際何度も死にかけた。

 むしろババアがいない分、私の生存率は上がったと思えばいい。

 

「大人たちの指示に従って生活すること。あまりにも反抗的だと廃棄処分の可能性もある」

「はい」

「難しく考えなくていい、与えられた課題をこなし結果を出すことに集中するんだ」

「はい」

「主観だが、君は中々見所があると思う。すぐにでも適応するはずだ」

「はい」

 

 歩きながら男はここで生活するための心構えを説いてくれた。

 私は周囲を見渡しながら上の空で相槌を返す。

 集団生活か・・・不安だ、そして面倒だ。

 友達はいたことがないし、同年代の子供と遊ぶどころか話したこともない。

 大人よりもどう対処していいかわからない。

 

「同じ境遇の子は沢山いるよ。友達100人計画も夢じゃない」

「いらないです。人間より本に囲まれて暮らしたい」

「君は読書家か……いいだろう。頑張ってくれたら図書館の利用許可を出そう」

「なんと魅力的な!アドルは?『赤毛のアドル』シリーズありますよね、ね?」

「さあ?探せばあるんじゃないかな」

 

 図書館!知識の泉と言われる本だらけの楽園だと聞いている。

 司祭様の書斎より凄いんだろうな、ワクワクする。

 ここでの生活がちょっと楽しみになって来た。

 

 主任さんと連れ立って歩く私には多くの視線が突き刺さる。

 他人の蔑むような視線には慣れっこなので、平気ヘッチャラだ。

 興味2、憐れみ3、侮蔑嘲笑5、てな感じの割合だろうと察する。

 そんなに見ちゃイヤン////

 どうか私の事は空気だとでも思ってスルーしてください。

 下手に触るとストレスで禿げます。私が!

 

「主任さん。この施設には名前とかあるんでしょうか?」

「あるよ。楽園だの農場だのと名前を変えて来たが、今では皆《庭園(ガーデン)》と呼んでいる」

「ガーデン…」

「そう。ここは五つ存在するが庭園のひとつ『【知】の庭園』だ」

「まあ、うちは他の庭園に比べてかなりマシな方だと思うよ。【剣】や【棘】に配属されなかっただけ、君はまだ幸運さ」

 

 フーン、庭園ねえ・・・

 子供を集めてろくでもない事を企む秘密組織か、今日から私もそこの構成員(奴隷)だね!

 しかも、ここと似たような庭が他にも存在しているらしい。世も末か!

 

「私、お金持ちのご主人様に買われて悠々自適な奴隷ライフを送りたかったんですけど?」

「望まぬ進路で足掻く事も時には必要さ。将来の夢とやらは庭園を卒業してからまた考えるといい」

「生きて卒業…できるんですかね?」

「それは君次第さw」

 

 立ち止まった主任さんは眼鏡を指でクイッと持ち上げて、意地悪な笑み浮かべた。

 こいつ楽しんでやがる!

 

「ここでは子供たちに高度な教育を施している。お察しの通り非人道的な行為も含めてね」

「マジやばくね」

「無価値で終わるはずだった君が、価値あるモノに変わることを期待してるよ」

「マジ怖くね」

「希望の原石たる君を《知の庭園》は歓迎する。死なない程度に頑張ってくれたまえ」

「が、がんばり…まーす…」

 

 こうして《知の庭園》での生活がスタートしたのであった。

 

 〇

 

 広大な地下空間に人知れず存在する巨大建造物がある。

 通称《知の庭園》と呼ばれる施設では多くの人間たちが生活し、日夜怪しげな研究が行われている。

 そんなヤバい場所で暮らす、とても健気で素直な子供がいましたとさ。

 私だよ。まだ生きてるよ。

 

 施設内を主任に案内されたあと、全身の洗浄と長時間に及ぶ身体検査をされた。

 苦い薬を飲んだり、血を抜かれたり、変な機械から伸びる線に繋がれたり、注射されたりした。

 初めての注射は怖くて痛くて、ちょっぴり泣ちゃった。

 検査の最後に金属で作られた輪っかをプレゼントされる。

 これは首輪であり装着を義務付けられている。勝手に外すことは出来ないし許されない。

 着けている事を忘れるぐらい軽くて動きの邪魔にならない。これなら入浴中でも寝るときにも気にならないだろう。

 首輪にはセンサーが内蔵されていて24時間居場所を特定される。

 大人たちが持つリモコンで電気ショックもできるんだってさ。

 ヤダ~こわい~。

 

 清潔な服、しっかり栄養が管理された食事、他の子と相部屋だけどちゃんとした寝床も用意しくれた。

 主任が言ったとおり衣食住は十分だ。

 で、その見返りに何をするのかというと・・・

  

 知識を蓄える『勉強』体を鍛える『訓練』

 施設の運営を補助したり、大人たちの仕事を手伝う『労働』

 定期的に行われる『試験』及び『検査』の5つに大別される。

 

 『勉強』は年齢ではなく各々の知識レベルに合わせて行われる。

 本の虫だった私は賢い子らしいので年長者に混じって学ぶことも多い。

 一般常識よりも少々内容が偏った分野を重点的に学ばされる。

 重火器の扱いとか、魔獣の生体と殺し方、導力器やアーツの種類にサバイバル関連・・・

 何を想定しての知識なんだろうか?

 導力ネットなるものを使ったときは感動したよ。

 世界中の情報が集まっていて、いつでも検索できるなんて素晴らしい。

 いろいろとヤバいだろ。

 こんな便利で凄いものを気軽に使える時代なのかと感心してしまった。

 最近の技術革新はスピードが速すぎて、なんだかちょっと不安になる。

 そのうち、自我に目覚めた機械に反乱されたりするのでは?

 うん、考え過ぎだ。さすがにSF小説の読み過ぎだなw

 

 『訓練』これには参った。本気で辛かった。

 元々不健康児だった上にチビな私はとにかく体力が無かったのだ。

 力も弱いので重い武器は持てず、走れば皆について行けず、戦闘訓練なんて秒で地べたに這いずる毎日だった。

 ババアに鍛えられた打たれ強さと、人並み外れた根性がなければ最初の三日を持たずに潰れていただろう。

 大人にも同じ境遇の子供にも、何度バカにされ、コケにされ、失望されたかわからない。

 

 でも、私は乗り切った。

 逆境をはねのけ、ただひたすらに頑張ったのだ。

 ババアで耐性ができているので人に見下されるのは案外平気、腹は立つけど耐えられる。

 医学書を中心に本を読み漁り、身体の構造や動かし方、強くて丈夫になるための方法をいっぱい学んだ。

 食事にはとにかく気を遣い、大人たちに無理を言って理想の栄養を摂取できるメニューに変えてもらった。

 健康さえ取り戻せは何とかなると信じて過酷な訓練も耐え忍んだ。

 三ヶ月も経つ頃には徐々に成果が出始め、日々の訓練でバテる事もほぼなくなった。

 更には、小さな体と身軽さ生かした動きで格闘戦も可能になると、体格差のある相手にも勝率が増えて来るようなる。

 相変わらず力は無いけど、体力と防御力とスピードは虐待児童だったときの何倍も上昇したと思う。

 戦わなければ生き残れない!

 相手は誰?何のために?とかは考えなくていい。

 生きるために戦え!

 

 『労働』これ好き。

 自分に役割が与えられるのは大変良い事だと思う。

 しかも、働いた分ちゃんと報酬がもらえるのだから嬉しい。

 労働の内容は多岐にわたる。

 簡単な雑用に肉体労働から、専門知識のいる機械操作や修理に整備。

 ネット端末のデータ処理や、研究員たちの実験に付きっきりでお手伝いすることもある。

 労働の難易度や成果に応じて庭園でのみ使えるミラ(お金)の額が増える。

 いい仕事をすれば大人たちに認められ、より良い仕事を回してもらえるのだ。

 働き者の私にはこのシステムが合っていたようで、今では貯蓄まで出来るようになっている。

 大人たちに顔も売って人脈も広がった。

 ここでの生活を豊かにするために今日も労働を頑張ろう。おー!

 

 『試験』と『検査』

 頻繁に行われるこの二つは合わせて"テスト"なんて呼ばれている。

 結果次第では自分の命運が決まるので要注意だ。

 何度も落第認定された子供は庭園から消えてしまうから。

 そう消える。冗談抜きで消えるてしまう。

 最初からいなかったのように、痕跡を残さず消えてしまうのだ。

 彼らがどうなったのかは、想像に難くない。

 

 ある日、同室の子がいきなり消え、それに誰もツッコまない恐怖体験をしたときは心底ゾッとした。

 主任の言った、破棄処分という言葉の意味を深く理解した瞬間だった。

 それなら全部の成績で一番を目指して頑張れだって?

 いやいや、話はそう簡単じゃないのよ。

 しばらくしてわかったことだが、なんと成績優秀者も消えているみたいなのだ。

 外の世界で活躍するために庭園を卒業したとか、栄転だとか言われているが、どうにも胡散臭い。

 一体どこにいったのでしょうか?

 全てを知ってしまったら、私は終わりだろうな。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・

 

 私は好成績を維持しながらも、決して一番にはならない様に気を付けた。

 体調を頻繁に崩したり、心を病んだ子も消えてしまうので、健康にも気を配る。 

 大人には従順に接して良い関係を構築することを目指す。

 私を使える奴だと認識してもらって、情も移してくれたら万々歳だ。

 

 子供は基本相手にしない。

 多少の同族意識はあるが仲を深めるような行動は極力慎む。

 ここの子供は全員ライバルだ。

 仲間も友達も作ってはいけない。

 自分を第一に考えないと生き残れない、庭園はそういう場所だ。

 顔を知っていて『何かあったとき利用できるかも』ぐらいの関係性が丁度いい。

 消えた友人を思って涙し、心を病んでしまった子もいたが、そいつも程なくして消えた。

 もう一度言う、仲間も友達も作ってはいけない。

 ルームメイトとして負の連鎖を実際に見てしまった私の結論がコレだ。

 誰かが消えても止まってはいけない。

 もちろん私という存在が消えても『止まるんじゃねぇぞ』だ。

 

 いつか、庭園を卒業して外に出る機会に恵まれたなら、その時は・・・

 私でも友達と呼べる人が・・・

 いつかなんて来るんですかね?

 

 《庭園(ガーデン)》ここは天国じゃない。

 だけど地獄でもないと思う。

 

 大変な事もあるけれど、やる事をやっていれば欲しい物は手に入る。

 肌ツヤだって以前とは大違い、今の私は心身ともに健康体になったのだ。

 苦い薬も注射も慣れてしまえば全然平気だ。

 理不尽に殴られたり怒鳴られたりするほうがよっぽど辛かったわ。

 

 超最高ッッ!とは言えないけれど、私はそれなりに幸せを謳歌して過ごしていた。

 住めば都とはよく言ったものだ。

 そんなこんなで、庭園での生活も1年を過ぎました。

 

 〇

 

「検体番号5364」

「はい」

「ふむ、今回の結果も良好だが、お前ならもう少し上に行けたんじゃないか?」

「ケアレスミスが目立ったようです、お恥ずかしい。次こそは、ご期待に応えてみせます」

「まあいい、この調子なら今後も問題なかろう」

「これも指導者が優秀だからですね」

「みんなお前のように扱いやすければ楽なんだが」

 

 テストの結果が発表され教師役の大人からコメントを頂く。

 あからさまな世辞に、教師は気を良くしたようで私の頭に軽く手を置く。

 クラスメイト、他の検体たちはきっと面白くない顔をしていることだろう。

 

 子供たちは皆、被検体(ひけんたい)もしくは検体と呼ばれている。

 庭園に来たその日に番号を割り振られ、それが個人を表す記号となる。

 元々あった名前は剥奪され使われることはまず無い。

 嫌がる子もいるらしいが、最初から名無しの私は番号をすんなり受け入れた。

 代名詞で呼ばれないだけでも嬉しいと思ってしまうのよね。

 『5364』が私の番号だ。

 『ゴミムシ』とか思った?

 私も思ったwちょっと傷ついたwww

 

「他の者も5364に負けないよう努めるように、今日は以上だ」

「起立!礼!」

 

 級長の号令で授業終了だ。

 教師が退出すると教室は途端に騒がしくなる。

 さて、移動だ移動。

 成績優秀者で大人たちのお気に入りである私は他の検体から妬まれている。

 くだらない奴らのターゲットになる前に教室から脱出あるのみ。

 

「おい!」

「すいません、ごめんなさい。私面食いなので顔面偏差値の低い殿方はちょっと無理ですぅ」

「誰が顔面偏差値低いだ!て、待てチビ!」

「おさらばでございます」

「くっ、なんて逃げ足だ」

 

 大人たちに媚を売り、他の検体を見下す生意気なクソチビ。

 それがクラス内での私の評価である。

 今では他クラスや庭園全体でも私がクソチビなのは周知の事実らしいよ。

 知らんけどww

 

 いわゆる『いじめ』の対象にされているみたいなのだが、

 ババア流の躾に比べたら甘っちょろくて可愛いさすら覚える。

 やられた事は全部チクってやるし、大人は私の味方なので何も問題ありませんな!

 それでも何かしてくるなら・・・ま、消えてもらうしかないよね。

 思いつく方法はいくらでもあるんだなこれが、やらないけど。

 

 絡んできた検体、私よりも年上の男(番号は知らん)を振り切って休憩所へ行く。

 貴重な休み時間は好きな事をして過ごしたいのでね。

 明るい照明と心地よい空調で管理された休憩所は快適に過ごせるお気に入りの癒しスポットだ。

 でも、不思議と利用者は多くない。休憩所を毛嫌いしている検体も多いという。

 全面強化ガラス張りで、全方位から大人に観察されるのがそんなに気になるかね?

 リラックス状態の検体を観察するための部屋、主任曰く"スケルトンルーム"の利用者は少ないのだ。

 風呂やトイレのプライバシーは守られているんだから、これぐらい許容してやれよと思う。

 大人の目がある事で私に絡んで来る検体はいないし、愛嬌を振りまけば菓子類をもらえる事だってある。

 ここで顔を覚えてもらい仲良くなった大人も大勢いるのだ。

 私的には良いことずくめ場所なので、これからもスケルトンルームを利用させてもらおう。

 

 いつもの場所に大きなビーズクッションをセットして腰を下ろす。

 スケルトンルーム内の備品は自由に使っていいのも嬉しい。

 鞄からいそいそとお気に入りの本を取り出し、準備完了。

 読書タイムと参りますか。

 

 『赤毛のアドル冒険譚"セルスタの樹海"』

 

 記憶喪失になっても現地妻を作る赤毛の暴走に樹海のモンスターもドン引きだ!

 ドギは?私の推しドギが出てこない!?代わりに変なマッチョがいるー!

 この読み応えたまらんな。ふぅ、やっぱりアドルの冒険譚は面白れぇわ。

 一つの冒険が終わる度に強さがリセットされる。それでもめげないアドルさんが大好きです。

 

 本に夢中になっていると視線を感じたので顔を上げる。

 いつも私を見に来る研究員とガラス越しに目が合う。

 無精ひげの生えたぼさぼさ頭の男、コーヒーの入ったマグカップを片手にじっと私を見ている。

 そんなに見られるとさすがに、恥ずかしい////

 何なんだよう。惚れたか?私に惚れたんか?このロリコン!

 顔見知りの女性研究員に口パクで『彼はロリコンですか?』と聞いてみた。

 メッチャ笑いながら『そうかもねw』と返された。

 ヤダ、私ってば貞操の危機!?

 

 次の定期検査にあの男がいたら、担当を変えてもらおうと心に誓った。

 

 〇

 

「やあ、久しぶりだね。いつ以来だったかな?」

「約半年ぶりです。主任さん」

 

 久しぶりに主任さんと会った。

 この人は結構偉い立場らしく検体の教育現場に出て来る事は滅多にない。

 庭園に連れてこられた時と、半年前に図書館で軽く挨拶した時、そして今回が3回目の遭遇になる。

 

「評判は聞いているよ。正直、君が生き残るかは半信半疑だったが、うまくやっているようで安心した」

「どうもです。お陰様で何とか生きてます」

 

 主任の怪しさと底知れなさは出会った当初と変わらない。

 今後のために彼から情報を引き出したいところではあるが、薮蛇になりそうで怖いんだよなあ。

 庭園の全体像や、人員の配置と交代時間、取り入るべき権力保持者、いざという時の脱出ルート、生き残るために聞きたい事は山ほどある。

 無理に聞き出そうとして廃棄リスト入りするのは嫌だし、どうせ主任は私の問いをのらりくらりの躱すだろう。

 こいつはそういう男だ。

 私を評価している分、警戒もしていると思った方がいい。

 そして、私に何かを期待している・・・

 

「実は、折り入って君に仕事を頼みたい」

「主任直々とは珍しい。新型の改造魔獣をテストしろとかは()ーですよ。隣のクラスから死傷者が出たの知ってますもん」 

「うん。あれはレベル調整を間違えたこちらに比がある。貴重な検体を5人も失うとは嘆かわしい」

 

 ちっとも悲しんでいないくせに目頭を押さえる主任。

 お亡くなりになった検体たちは気の毒である。

 

「失敗から学ぶのは良い事です。私の番に失敗しないことを切に願います。では、さようなら」 

「待って待って、仕事を頼みたいんだよ。内容はただの掃除だ」

 

 『君、掃除得意なんだろ?』と言う主任。

 庭園の入口である偽装廃墟を掃除しようとした事を覚えていたらしい。

 掃除なんかやらなくていいと言ったのは何処の誰でしたっけ?

 

「掃除なら機械人形にやらせたらどうですか?あるでしょ便利なのが」 

「人形には任せられない。その汚部屋……んん、研究室は高価な器具だらけでね。人の手で慎重に掃除してもらいたいんだ」

 

 箱庭にはいろんな雑務を行う機械人形が沢山いる。

 床をチョロチョロ移動してゴミを吸い込む丸い人形は最もポピュラーな人形だ。

 確か名前は『ルンルンバー?』だったかな。

 一度踏んずけて壊したら、私が乗ってもビクともしない耐久性を持つ新型にバージョンアップされていたっけ。

 あのルンバーども、複数機で私に向かって来るから苦手だ。

 もしかして、私をゴミだと認識してる?今度貯水槽にぶん投げてやろうかしら?

 

「だからってなんで私が、力仕事には不向きですし高い所には手が届きません。他を当たって━━」

「引き受けてくれたら、君を研究助手として推挙しよう」

「やります!!」

 

 私は快諾した。ほんの少し前まで断ろうとしていた自分は忘れる事にする。

 だって、提示された報酬が魅力的過ぎたからね。

 

 研究助手とは、その名の通り研究員の仕事を補助し働く者を差す。

 『助手』は検体の中から選ばれる。

 大人たちが実験動物として使い捨てるのが惜しいと判断した、選ばれた奴だけが助手になれるのだ。

 その権限は検体であった頃よりも遥かに優れている。

 ある程度の訓練は免除され、危険な人体実験に参加しなくてよくなる。

 監視付きではあるが外界に赴く事さえあるという。

 助手になれば生き残る確率は飛躍的に向上し、生活水準も更に上昇することだろう。

 大人たちに極めて従順であった成果がここに来て実ったということだ。

 いいだろう、掃除でも何でもやってやろうじゃないか。

 助手としての地位をゲットしてやる。

 

「じゃあ、頼んだよ」

「はい、お任せください」

「そうだ。部屋の中央にある物体には触らないように」

「はい。了解です」 

「絶対に、ぜぇぇぇっったいに触らないように!」

「は、はい?」

「触るなよ、触ったら、もし触ってしまったら!ああそんなマーベラスッッ!!」

「うるさいです!わかった、わかりましたから邪魔!」

 

 くねくねしながら悶える主任(キモい)を追い払った。

 作業前に余計な体力使わせてくれる。

 『触るな』と何度も言われると前フリみたいに聞こえるんだよ。

 

 ・・・・・・・・

 

「おおぅ、これは酷い」

 

 部屋の中は酷い有様だった。

 机にも床にもいろんな本が乱雑に置かれ積み上げられている。

 司祭様の書斎も本が散らばっていたが、ここまで酷くはなかったぞ。

 なぜ本で今にも崩れそうなタワーを作るのか理解できない。本に対する敬意が感じられん。

 食べかけのまま放置されたピザらしき物体、カビの生えた穀物だった何か、使った食器も洗わずにそのままだ。

 紙屑とお菓子の袋にチリ紙も四方八方に散乱している。

 つけっぱなしの導力端末、汚い字の書きかけメモ、白衣とその他の衣服は脱ぎっぱなしで洗濯は…しているはずもない。

 もうツッコミどころを探せばキリがない。どう見ても汚部屋だ。

 黒光りする例の奴らが大喜びするパラダイスだよ!

 

 綺麗好きの私には到底許せない光景。こんなとこ絶対に住みたくない。

 部屋の汚れは心の汚れを表しているという。

 ここを使ってる奴は精神的に未熟というか、脳に障害でもあるんだろう。

 ババアも片付けられないやつだったなぁ・・・

 

「しゃーない。始めますか」

 

 用意されたマスクと掃除道具一式を手に私は掃除を開始する。

 フンスッ!鼻息荒く気合を入れないとやってられない。

 

 確かに、この散らかりようでは機械人形には荷が重い。

 障害物が多すぎてルンルンバーではまともに動く事ができないよ。

 ここは手動の導力掃除機に頼りますか。

 保管庫から掃除道具一式を借りて来て正解だったな。

 お、この掃除機最新型じゃん。

 ダイソーン?って言うのか、なんか無駄にカラフルだね。

 

 掃除するための掃除から始めなければならないのには少々苦労した。

 ゴミを集めて捨て、埃を払い、本や道具を規定の場所に戻す、床に掃除機をかけ、汚れの酷い箇所はぞうきんでしっかり拭く、洗濯物は全部まとめて清掃係の検体にパスしちゃえ。

 あのー、できれば食器とかの洗い物もお願いしたい。ダメ?

 次のテスト範囲を予想した自作の問題集と交換でどう?

 いいの?よし交渉成立だ!頼んだぞ~。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「ふぅ、だいぶ片付いた」

 

 半日かかってやっと人が住める環境になった。

 改めて部屋を見渡す。見慣れない物が多い部屋だ。

 実験器具だけではなく、陶器で作られた珍妙なオブジェや、毛筆で漢字の書かれたオブジェ(掛け軸というらしい)もある。

 この部屋の住人は共和国方面の東方文化、それも『和』の心を重んじた物品が好きなようだ。

 ニンジャ、サムライ、カタナ、ハラキリ、キリステゴメン!とかは、小説にもよく登場するので私も割と好きだよ。

 

 まあ、そんな物よりですね。

 一番気になるのは部屋の中央に鎮座するアレだ。

 ずっと気になってはいたけど、頼まれた仕事(掃除)を優先するために、あえてスルーしていたのだ。

 これが主任の言っていた、触ってはいけない物みたい。

 

「何だろうこれ、すごく綺麗…」

 

 導力端末の繋がれた祭壇のような場所。

 透明な円筒形のケースがある。その中で、どういう理屈なのか小さな物体が宙にプカプカ浮いていた。

 私の小さな手の平にスッポリ治まるぐらいのサイズの宝石?

 端末には物体の名称が表示されていた。

 

「なになに…虹の、しずく?」

 

 綺麗な謎物体の名称は《虹の雫》だってさ。

 どこかの城へ行くための橋を架けるアイテム?ではなさそうだ。

 

 光を反射して七色に輝く美しい物体。

 図鑑で見た貝殻も似たような色合いだけど、それよりずっと色鮮やかだ。

 見るからに高そうな宝石。きっと、かなりの値打ち物だろう。

 その形は雫型(ティアドロップ)でなんだか可愛らしくも見える。

 虹の鼻水じゃなくて良かった。

 

「本当に虹から造ったみたい」

 

 この宝石には虹という言葉がしっくりくる。

 空に現れる虹をどうにか採取して加工したと言われても納得しそう。

 本当に綺麗、ずっとこのまま時間を忘れて眺めていたい。

 ババアの所持していた貴金属には一切興味が湧かなかった私だけれど、こいつは別だ。

 

 コレ、欲しいな・・・

 

 自然と手が伸びる。あの輝きに直接触れてみたい衝動に突き動かされた。

 

「……はっ!?私は何を!」

 

 あっぶな!

 伸ばしかけていた手を慌てて引っ込める。

 主任から『触るな』と厳命されていたのをすっかり失念していた。

 石ころの分際で、私を惑わすとはやってくれるじゃないか。

 残念だったな。私はババアと違って自制の利く人間だ。

 一時の感情で言いつけを破るようなマヌケではないのだよ。

 さあて、掃除の続き続き、ここまで来たら部屋中ピカピカにしてやろう。

 私は虹の輝きからそっと目を離した。

 

 ピシッ・・・

 

 うん?

 今、何かひび割れるような音がしなかった?

 

 ピシッ、ビキッ・・・パキ・・・

 

 気のせいじゃないね。確かに聞こえるね。

 あれれーおかっしーぞぉー???

 虹の雫を保護している円筒形のクリアケースに無数の亀裂が!?

 あわわ!現在進行形でどんどん割れていっとるがな!

 一体何が起こっている?誓って私は何もしてないぞ。

 綺麗だな~と思って眺めていただけで、どこにも弄ったり触ったりしていない。

 動揺する私を尻目にケースは最後に『バリンッ!』大きな音を立て粉々に割れてしまった。

 ひぃぃぃ!コレ絶対ヤバいじゃん。

 私のせいになるヤツだ。

 

「あ!中身は?虹の雫は何処へ行った?」

 

 まさか一緒に割れちゃった、なんてことないよな?

 いやいやいやいや!だ、大丈夫でしょ。

 なんか硬そうだったし簡単に割れたり砕けたりなんてしないはず。

 きっと床に落ちてしまったんだ。

 早く探さないと・・・ん?

 

「なに……て、あいたっーーー!!?

 

 キラリと光る虹色が見えたと思ったら額に激痛が走った!

 私のおでこ目掛けて一直線に突っ込んで来た物の正体は虹の雫である。

 

 いってぇぇ!くっそ、何が虹の雫じゃボケ!

 ちょっと綺麗な石ころだからって調子に乗りやがって。

 そもそも何故飛ぶ?何故私にぶつかる?全くもって普通じゃないな貴様!

 こいつただの石ころじゃねぇ!

 私は今、とても不気味な何かと対面しているのだ。

 

「いたた。何なんだよって……うぉわっ!」

 

 額を押さえて呻いていると私を攻撃した物体、虹色の石ころが目の前に浮遊していた。

 ビビるわぁ!近いわぁ!やろうってのかコンチクショウ?

 後退ると石ころも浮遊したままついて来る。

 あらヤダ、この子ってばちょっとカワイイ・・・なんて思うか!

 追尾して来るの普通に怖いわ、お前には最早恐怖しか感じないわ!

 

「えっと、どうしろと?私をどうしたいの?」

 

 石に話しかけても返事はなかった。

 こうしていても埒が明かない。

 掃除はまだ途中な上に割れてしまったクリアケースの残骸も片付けなければならないのだ。

 覚悟を決めた私は石ころを捕まえる事にした。

 主任の『触るな』という言葉は緊急事態につき無視をする。

 両手で水をすくうような形を作り、そっと差し出してみた。

 すると、石ころは一瞬だけキラッ輝き、私の両手にすっぽりと収まった。

 

「か、確保できた。頼むから大人しくしててよ、暴れんなよ絶対!」

 

 手がじんわりと温かい。これは体温なのか?無機物から体温?意味不明?

 あり得ないことだが、触れていると微かに鼓動のようなものまで感じる。

 近くでよく観察すると石はその時々で色や光り方を変化させていることに気付く。

 

 まさかこの石、生きてる?

 

 庭園の超技術は鉱物生命体を誕生させるに至ったというのか・・・恐ろしい。

 さすが、五つの庭園の中で最も探求心旺盛でマッドサイエンティストの盛り場と呼ばれる庭だな!

 この石が何の役に立つかわからないけど、ヤバい物には違いない。

 次の実戦訓練にこいつが敵として登場しないことを祈るばかりだ。

 

 えーと、まずはこいつを一旦どこかに隔離しないと。

 せっかく掃除したのに、ケースの破片が散らばってしまった事にゲンナリする。

 あーあ、床掃除やり直しだよ。

 

 おや、何だか部屋の外が騒がしい。

 この石をどうしようかと思案していると、白衣を着た男と武装した警備兵数名が出入口からなだれ込んで来た。

 

「何があった!この部屋には誰も入れるなと…な、お、お前は」

「あ、どうも。まだ掃除がまだ済んでいないので、もうしばらくお待ちください」

「ケースが割れ……無い!虹の雫が無い!?どこにいった」

「石ころならここにありますよ。ケースは勝手に割れました。嘘だと思うなら監視カメラを確認してください。とりあえず、この石ころを閉じ込める頑丈な箱か何かを用意して」

「………触ったのか?」

「え、あ、緊急事態でしたので仕方なく」

 

 私は両手をグイッと男に向け、虹色の石が無事であることを見せた。

 途端、男は顔色を青くして赤くして、わなわな震え出した。

 え?何この人、顔芸?

 

「さ、触ってる。素手で思いっ切り触れてる…だと…」

「指紋着いたらマズかったですか?言ってくれたら丁寧に磨いて━」

「お前、何ともないのか?」

「はぃ、ぐぇ!?」

 

 白衣の男は突然私の襟首を掴んで引き寄せると、顔をこれでもかと近づけて凝視して来た。

 近い近い近い近いぃぃ!

 鼻息が掛かる距離で見つめられてすごく怖い。

 

「質問に答えろ。自分が誰かわかるか?」

「検体番号5364です。この部屋には掃除に来ただけです」

「体の各部に損傷や不具合は?」

「特にないです。今日も至って健康体なので」

 

 矢継ぎ早に繰り出される質問にハキハキと答えていく。

 『そこで一回転しろ』『ジャンプ』『お手』とかにも問題なく行動してみせた。

 コレ一体何のテストなんだろうか?

 私が問題なく元気いっぱいだと証明すると、男は安心したように息を吐いた。

 

「……信じられん。こんなことがありえるとは」

「なんのこっちゃ?」

「なぜだ、なぜ生きている。こいつも適合者?いやそんな報告は上がっていない、偶然の産物だとでも?……」

「あのー、掃除どうしましょう?」

「そんな事どうでもいい!虹の雫を隔離せねば」

 

 あ、石ころまだ私が持ったままだったな。

 汚したり傷つけたりする前に返却しよう。

 

「はい、パスしまーす」

うおあぁぁぁぁぁ何やってんだぁ―ーーッ!!!

「うるさっ」

 

 私は石ころを男に放り投げた。

 すると男は絶叫と共にエビのように飛び退り、近くにあった実験器具棚に尻から激突した。

 あんたが何やってんだwww

 石ころは男に接触することなく、ほんの少しだけ放物線を描いた後また私の手に戻って来た。

 はい、おかえりー。

 あらあら、すっかり懐いちゃったみたいね・・・勘弁して。

 

「どうしましょう?」

「いや、俺たちに聞かれても」

「博士!起きて下さい博士ってば!」

 

 そばで見ていた警備兵たちも事態がよくわかってないようで、私と一緒に首を傾げた。

 博士と呼ばれた白衣の男は倒れたまま私を恨めしそうに睨んでいる。

 尻と腰を強打したようだが、断じて私のせいではない。

 しばらく見つめ合った後、胡坐をかいて座った博士はため息をひとつ吐き、警備員に支持を出す。

 

「大至急、霊子隔絶ケージの9番を持って来てくれ。防護服は必要ない、このチビに直接入れさせる」

「はっ!」

「ちっ、なんでこんな……」

「睨まないでくださいよ。私は主任に掃除を頼まれただけで、私もこの石ころの被害者なんですってば」

「主任?……ああクソッ!そういう事か、あのキチガイ眼鏡」

 

 忌々し気に主任に悪態をつく博士(仮)

 因縁がおありですかな?私には関係ないので潰し合うならご勝手に。

 

 今気付いたけど、この博士とやら休憩室で私をガン見してくる男じゃない?

 見覚えのある無精ひげのぼさぼさ頭だから間違いない。

 声を聞いたんのは初めてだけど、まだ20代ぐらいなのかな?

 

「ロリコンレイパー博士?」

「誰がだ!」

「いや、あなたですよ。いつも私にいやらしい視線を飛ばしているじゃないですか。とぼけても無駄です」

「博士……」

「あなたという人は」

「違う!こいつの妄言を真に受けるな」

 

 お連れの警備兵さんがドン引きしていた。

 しかも、私の側に来て博士から守るように立ち塞がってくれる。

 フフッ、これでどちらが悪者かハッキリしましたね。

 でも安心してください。寛大な心を持つ私は性犯罪者(未遂)も許します。

 

「いきなり襲われては困ります。お付き合いしたいのなら、お友達から始めましょう」

「うるさい黙れチビ張り倒すぞ」

「首輪の電気ショックを選ばないところに愛を感じますね~」

「何だこいつは?聞いていた以上に頭おかしい」

 

 失礼ですね。石ころ尻にぶち込みますよ?

 

 〇

 

 あの後、警備兵が持って来た小箱の中に石ころを入れた。

 小箱はただの入れ物ではなく、石ころの力を無力化できる特殊な箱らしい。

 掃除を続けようと粘ってみたが、部屋を追い出された挙句に長時間の全身検査と取り調べを受ける羽目になった。

 解放されるまで『石ころが勝手に!』と何度も説明して疲れたよ。

 私が何をしたというのだろう?

 昼飯を食べ損ねてしまったじゃないか!

 う~、せめて夕飯は豪勢にしてやるんだから。

 

 午後からの訓練メニューを終え、食堂の隅っこで腹を満たしていると向かいの席に白衣姿が座った。

 相席は基本お断りなんだけど・・・

 

「なんだ、キチガイ眼鏡か」

「君、礼儀正しいと思ったら突然ブッ込んで来るよね?」

「人を見て使い分けてます。今日はおかげで酷い目に遭いましたよ、主任」

「いや~、中々面白い事になったみたいだねw」

「白々しい。私にあの石ころ見せるのが本来の目的だったんでしょうが」

「そうだね。何かしらの反応を期待していたけど、まさか向こうから接触するとは」

 

 機嫌良さそうな主任を見ているとムカムカしてくる。

 肉も野菜もたっぷりシチューを食べて怒りを鎮めよう。美味いぞぉー!

 

 博士のビビりようから推察するに、あの石は本当に『触ってはいけない』物だったのだろう。

 何の備えもなく人体に接触した場合、命の危険があるレベルの危険物だったのではないか?

 そんな物を素手で触ってしまった私ってなんやねん?

 

「あの石、何だったんですか?それぐらい教えてくれてもいいでしょ」

古代遺物(アーティファクト)

「それはまた、御大層な物を」

 

 主任の短い返答に食事の手が止まる。

 マジかぁ・・・ヤバいじゃんかぁ。

 

 古代遺物とは、

 七耀歴以前の古代ゼムリア文明の人々が有していたとされる超常的な力を持つ不思議アイテムの総称である。

 その中でも『空の女神』から授かったとされる《七の至宝(セプト=テリオン)》は世界をぶっ壊してしまう程の力を秘めていたとか。

 

 古代遺物は『不思議な力を持つ何かヤバい物』と覚えておけばいい。

 遺跡から発掘されたり、闇市場で取引されたり、やべぇ力を持つ遺物を巡って国家間で争ったことすらあるらしい。

 本来なら七耀教会や国が厳重に保管または封印すべき物であるが、回収しきれていない物や見逃されている物が後を絶たず、なんかポコポコ出て来ては事件事故を引き起こしてしまう。

 

 それでも古代遺物を人々が欲する理由は、その未知の力と技術に莫大な価値と可能性があるからだ。

 今では日常生活に欠かせない導力器(オーブメント)だって、元は古代遺物を解析して造ったものだ。

 人々が導力を使うようになってからどれだけ豊かになったか、どれだけ進歩したか、どれだけ富が生まれたのかは語るまでもないだろう。

 

 古代遺物とはこの世界に、危険と恩恵をもたらす素敵で厄介な物品なのである。

 

 あの石ころ《虹の雫》もそのひとつだったとはね。

 

「興味が出て来たかい?」

「いいえ」

「うんうん。わかるよ古代遺物のロマンにすっかりメロメロなんだよね」

「いいえ!」

「その熱意を買おうじゃないか。私の権限で君を適合者クラスに推薦しよう」

「いいえって言ってますよねぇ!おい、研究助手にしてくれる話はどこへいった?」

「おめでとう5364。今後もこの調子で頼むよ」

 

 次の日、私はクラス替えを余儀なくされた。

 そしてより過酷な教育を課される事になったのである。

 ちくしょう、あんな石ころに関わったばかりにこの始末だ。

 

 《知の庭園》の主目的が古代遺物を扱うことのできる人材、適合者の量産だと私が知るのはずっと後になってからであった。

 

 

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