虹色イリス   作:青紫

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お利口さん

 【虹の御使い】イリスちゃんが家で暮らすようになってしばらく経った。

 

 最初はどうなることかと思ったが、イリスちゃんとの生活は悪いもんやない。

 むしろ、快適そのものやった。

 

 類まれなる家事スキルで家中ピカピカにしたのを皮切りに、

 炊事洗濯、ご近所への挨拶回りから来客の応対まで何でもござれやった。

 なんやこのパーフェクトメイドは?能力が高過ぎてちょっと引くわ。

 同日押しかけて来たリースがぐうたらしているので、イリスちゃんの有能差が余計に際立っている。

 

「イリスちゃんと結婚する男は幸せもんやね」

「結婚!?そんなの許さない。イリスはずっと私の専属メイド」

 

 専属シェフでは飽き足らずメイドに昇格させおった。

 家の雑務全てを丸投げしようとするリースにほとほと呆れる。

 おまえそれでええんか?

 女子力では完膚なきまでに敗北しとるで?

 

「ケビンとイリスが養ってくれれば、何も問題ない。ここが私の楽園…」

「ニートを飼う趣味はないで」

「自宅警備は任せて」キリッ

 

 ダメやこいつ。

 すまん姉さん、リースはもう手遅れかもしれん。

 

「スコーン焼き上がりましたよ」

「わーい!今日もイリス最高!」

「またそうやって甘やかすから…」

「まあまあ、リースさんはやる時はやる人ですよ。ケビンさんも一服しましょう」

 

 自宅で事務処理を片付けていると、絶妙のタイミングでお茶と菓子が運ばれてくる。

 完璧な気遣い…ホンマに至れり尽くせりや。

 このままだと、自分もリースのように堕落してしまうんやろうか?

 それもいいかなんて考えそうになる自分が怖いわ。

 

「夕食は何が食べたいですか?」

「魔獣肉のステーキ!」

「それ昨日も食べたやろ。今日は魚の気分やね」

「では後で鮮魚市場に行ってみます。東方風に塩焼きと煮つけ、生魚が大丈夫でしたら刺身もご用意します」

「海鮮だぁー!ひゃっほう!」

「う…想像しただけで涎が出そうや」

 

 イリスちゃんの料理は本当にヤバいんや。

 珍味扱いされている魔獣肉を、ブランド牛レベルの肉に仕立て上げる腕前もさることながら、

 豊富なレパートリーを持っており様々な文化圏の料理を作ってみせる。

 更に、その日の材料や食べる人に合わせたメニューを即興で考えて提供することもざらにある。

 そのどれもが滅茶苦茶美味い。

 

 中毒性があるちゅーか舌が肥えてしゃーない。

 最近では外食しても、イリスちゃんの作った方が美味いと思ってしまう。

 あー、夕飯も楽しみやなあ。

 

 一家に一台イリスちゃん。

 その正体は、ダメ人間製造機やったかもしれん・・・

 

 ●

 

 イリスちゃん、対人スキルも達者やった。

 

 物腰丁寧で愛想がよく愛らしい容姿、これだけでも人に好かれ安いのだが、

 働きもので何事にも一生懸命、言動も愉快で面白く見ていて飽きないと評判や。

 

 その人気はうなぎ登りで、

 非公式ファンクラブ『イリスちゃんの成長を見守る会』が結成されとった。

 会員番号1番は枢機卿らしい。遊んでないで仕事せいや。

 

 天気の良い日、大聖堂の中庭で過ごすのがイリスちゃんのルーティンになりつつある。

 それを聞きつけたファンクラブ会員たちが彼女の姿を一目見ようと、中庭に殺到する事になった。

 楽しそうに読書する姿や、尊い寝顔を見ることができ、運が良ければイリスちゃんとお喋りできる可能性もある。

 そんな訳で中庭は連日大混雑、事態を重くみた法王猊下が中庭に入場制限を設けてしまった。

 七耀教会、アホしかおらんのか?

 

 枢機卿が法王猊下から厳しい折檻を受けたらしい。

 罪状は『子供の教育に悪い』からだそうだ。

 何をやらかしたんやろ?

 

 ●

 

「ケビンさん、お体は大丈夫ですか?」

「何や急に?至って健康やけど?」

 

 イリスちゃんが心配そうに声をかけて来た。

 どないしたん?

 

「相反する二つの聖痕がケビンさんの中で争ってます」

「わかるんかいな。さすがやね」

 

 ワイに宿る聖痕は表と裏の二面性を持つ。

 表の【聖槍ウル】裏の【魔槍ロア】

 イリスちゃんはそれを見抜いたんか・・・

 

「なるほど、光りと闇の力を持つ聖痕…カッコイイですね」

「そう言われると照れくさいなあ」

「ですが、このままだといずれ……パーンッ!てなります」

「何がや!?」

 

 パーンッ!というが何かわからんが、嫌な予感しかしない。

 破裂か?破裂すんのか?

 

「そうならないために、私がいます。ちょっと抱きしめてもらっていいですか」

「何をする気や?」

 

 困惑しつつイリスちゃんの指示に従う。

 しばらく抱き合っていると、イリスちゃんが首を傾げ出した。

 

「なんか違います…ケビンさんお疲れですよね?少し横になりましょうか」

「???」

「ソファの上に寝転がって下さい。枕は私です」

「どういうことや?」

 

 イリスちゃん曰く、彼女の虹色の力を使って聖痕を調整することが可能らしい。

 聖痕を調整?まったく前例のない提案に驚きが隠せない。

 しかし、彼女は冗談で言っているわけではなさそう。

 多少不安もあるが、そこまで言うのならばとやってもらう事に・・・

 

 そして何故か今、自分はイリスちゃんに膝枕してもらっている。 

 なんでやねん!

 

 太ももの柔らかさと体温に少しドギマギしてしまう。

 うわ~、この枕気持ちええなぁ~。

 なんだかええ匂いもするし、気のせいかひどく懐かしい気持ちになる。

 アカン!違う違う!ワイはロリコンやない。

 アガット君やないんやで!!

 

「ロリ退散ロリ退散ロリ退散ロリ退散…」

「ケビンさん、緊張しないでリラックスしてくだい。はい、りら~っくす~」

 

 この子、人の気も知らんと。

 

 至近距離で目が合うと、柔らかく微笑んでくれるイリスちゃん。

 それをボーっと眺めてしまう。

 

 吸い込まれそうなほど美しい虹色の瞳、煌めく虹色の髪。

 将来有望であることが決定しているであろう、恵まれた容姿。

 今の段階でこれなら、成長した彼女はどれだけの男を振り回すのか想像もできない。

 

「ホンマにべっぴんやな…」

「私が膝枕しているというのに、リースさんへの惚気ですかコンチクショウ」

「イリスちゃんを褒めたんやけど?」

「……??ありがとう、ございます?」

 

 疑問形で礼を言われた。

 この子、自分の容姿を客観視できへん言うてたな。

 心の病気らしいけど、そんな風になってしまうような環境におったんやね。

 

 彼女の過去は酷いものだった。

 庭園という最低最悪の組織で実験体とした扱われていたのだ。

 それ以前も碌でもない生活をしていたと笑いながら説明してくれた。

 

 彼女は親の話を一切しない。

 こんなに小さい子が、まったく親を恋しがらない?

 明らかに異常だ。

 彼女の高い能力は、単身で生きていくため必要だった。

 親などというモノに期待しない、してはいけない、頼れるのは自分だけ。

 

 きっと、この子は実の親から・・・

 

 やめや。

 ここから先はおいそれと踏み込んでいい領域やない。

 下手な同情や憐れみはこの子を侮辱することになる。

 それだけはやったらアカン。

 

 イリスちゃんが頭を撫でて来た。

 母親が我が子にそうするような、優しい手つきだ。

 うっわっ!めっちゃ落ち着く。

 

 アカーン!おぎゃりそうになるやろがい!

 一瞬、実母(かーちゃん)を思い出しそうになってもうたけど、そんな胸の痛みも吹っ飛んだわい! 

 このままではアガット君の同類になってしまう。

 くっ!イリスちゃん、なんて恐ろしい子なんや。

 枢機卿たちが『マイエンジェル☆』とか、アホ抜かしとった意味がわかったで。

 

「ふぁ~…あ、悪いな」

 

 リラックスしてつい欠伸が出てしまった。

 

「そのまま眠っていいですよ。終わったら起こしますので」

「そうか、じゃあお言葉に甘えて」

「せっかくなので子守歌を歌いましょう。これで安眠間違いなしです」

 

 子守歌など少々恥ずかしいが、イリスちゃんがどんな歌を歌うのか興味がある。

 きっと、穏やかで優しい旋律を口ずさんでくれるんやろなあ。

 

熱き怒りの嵐を抱いて!戦うために飛び出せゲッター!!

 

 眠れるかぁ!!

 

「血が滾って眠るどころやないわ!そもそもゲッターって何?」

「ゲッターを理解してしまうと、エンペラー様が迎えに来ますよ?」

「わけわからん!選曲ミスしとるから、別のにしたってや」

「仕方ありませんね」

 

 イリスちゃんが別の歌を歌い始めた。

 今度こそ眠ろうと目を閉じる。

 

熱くなれ夢見た彼方へ!焼け付くほどに手を伸ばせ!

 

 だから熱くなったらアカン!

 

駆け上がれ瞳をそらさず!生きてることを確かめろ!

 

 もうコレ絶対子守歌やないやろ?

 決戦に赴く前に聞いたらええ歌やろ?

 こんなの聞きながら眠る奴おらへんってば。

 

「リースさんはゲッターメドレーで爆睡してくれましたよ?」

「あいつの感性を基準にしたらダメや!」

「じゃあ、どのゲッターならいいんです?新ゲですか?アークですか?」

「とりあえずゲッターから離れてくれるか」

「えぇ……(´Д`)」

 

 次にイリスちゃんが歌ったのは『まじんがー』とか言う、これまた謎の歌だ。

 結局これも熱い歌やった・・・もう諦めて無理やり目を閉じた。

 

 ・・・・・・・

 

 熱い歌を聞きながら眠ってしまっていたらしい。

 リースの感性に近づいた自分が悲しいわ。

 

 特に何の変化もないように思われたが、

 『さっそく試してみましょう』というイリスちゃんと共に騎士団の訓練場へ。

 人払いをしてから、聖痕【聖槍ウル】を発動させてみる。

 なんか、いつもより調子がええ。

 

「ケビンさん、その状態を維持したまま裏の聖痕も出してください」

「そんなの無理や」

「できます!今のケビンさんなら!」

 

 なんでそんなに…ええい、こうなったらやったるわい!

 裏の聖痕【魔槍ロア】を発動させてみる。

 ぐぅ!これはキッツイわ。

 でも、イリスちゃんの前やからな、かっこ悪いところは見せられへん。

 

 我が身に宿りし聖痕よ。その力を示したまえ!

 

 頭の中がクリアになっていき全身の余分な力が抜ける。

 相反する表と裏が重なり、本来のあるべき姿を取り戻した。

 

「できた…ホンマに出来てもうた」

「おお!凄いです。光と闇の融合、いいですね~」

 

 今、自分は【聖槍ウル】と【魔槍ロア】を同時に発現させている。

 体から今までにない力が溢れて来るようや。

 イリスちゃんが『すごい、カッコいい』と、目をキラキラさせながら拍手をしている。

 ははは、ホンマに凄いのはキミの方や。

 

 表と裏の聖痕を同時に発動可能になり二乗の掛け合わせを持つ事が可能になった。

 

 この新たな力で俺は、あいつと善良な人々を守っていくからな。

 だから見ててや、姉さん・・・

 

 聖痕を調整する・・・イリスちゃんホンマに何者なんや?

 一応上に報告したが『またか』みたいな反応やった。

 

 【虹の御使い】は人の常識に縛られない存在なのかもな。

 

 ●

 

 イリスちゃんがヤンキーに絡まれとる!?

 助けに入ろうと思ったが、ヤンキーが顔見知りだったので慌てて身を隠した。

 うわ、オルテンシア卿とバルタザール卿やん。

 二人ともイリスちゃんに何の用やろ?

 

 夕飯時、イリスちゃんに何があったか聞いてみたらアッサリ喋った。

 明日、守護騎士の新入りと接触して、聖痕をチェックするのだそうだ。

 なんやガイウス君のことかいな。

 

 〖ガイウス・ウォーゼル〗はこの度、新たな守護騎士第八位となった青年である。

 前任者の〖グンター・バルクホルン〗はガイウスの故郷ノルドで起こった国境紛争にて死亡。

 その際、彼の弟子であったガイウスが聖痕を受け継いだという経緯がある。

 

 バルクホルン卿は師父と呼ばれ、教会の内外問わず多くの者に慕われており、自分も世話になったことがある人格者だ。

 ガイウスは、その師父が自分を庇って死亡したことに負い目を感じている。

 聖痕という強大な力を自分のような人間が扱っていいのか?と、悩んでいるようだ。

 

 師父を失った衝撃は星杯騎士団内を混乱させ、未だにその悲しみが癒えぬ者も多い。

 従って、ガイウスに対しどう接すれば良いのか、自分たちも困っているのが現状だ。

 本来なら先輩としてサポートすべきなんやけどな・・・

 

 副長が面倒を見る言うとったが、どうも状況は芳しくないみたいやな。

 守護騎士の中でも師父を尊敬しとった二人、オルテンシア卿とバルタザール卿が動いたのは意外やったけど。

 面倒見がええのも師父譲りかいな。

 

 イリスちゃんと会って状況が好転すればええけど、果たしてどうなるか・・・

 

 ・・・・・・・・・・

 

 展望台でイリスちゃんとガイウス君が話をしとる。

 

 たまたま散歩の途中で二人を見かけた自分は木の陰に身を隠して様子を伺う。

 

「おいコラネギ、なんでお前がいるんだよ?」

「たまたまや。二人こそ覗き見なんて趣味が悪いで」

「無茶な依頼した手前、見守るぐらいはしますよ。イリスさんのお手並み拝見ですね」

 

 先客にオルテンシア卿とバルタザール卿がおった。

 暇なんか?

 今騒ぐとバレかねないので、三人で息を殺しながらイリスちゃんたちに注目する。

 準備のええバルタザール卿が離れた位置の音を拾う法術を使用した。

 サラッと盗聴するやん・・・

 

「把握しました。ガイウスさんは自分が聖痕に相応しくないと、そうお考えなのですね」

「ああ、あの時師父が俺を庇ってなければと…今でも思う」

 

 ガイウス君そんなに思い詰めとったんか。

 

「俺は弱い…故郷を、家族を守る事ができず、師と仰いだ人をむざむざ死なせてしまった。こんな自分に守護騎士など務まるはずがない」

「……」

「師父が生きていれば、これからもっと多くの人を救えた。生き残るべきはあの人だったのに…」

 

 ああ、同じや。

 状況は違えど、自分が初めて聖痕の力を使った時と一緒だ。

 あの時自分は大切な人を、姉さんを失った。

 姉さんはその身を犠牲にして俺なんかを助けてくれた。

 どうして?どうして?どうして?姉さんが死ななくてはならなかったのだろう。

 本当に死ぬべきだったのは・・・

 

「俺が死ねばよか…」

「それ以上いけません!ガイウス君!」

 

 力強いイリスちゃんの声が、ガイウス君の声を中断させる。

 その先は言わせないという確固たる意志を感じさせる声だ。

 その声は、ガイウスと同じ暗闇に沈みかけた自分をも引っ張り上げた。

 

「自分が死ねば良かっただなんて馬鹿げています。あなたは師父さんの頑張りを全部なかった事にする気ですか?」

 

「なんであなたを庇ったか?そんなの誰だってわかりますよ。あなたに死んでほしくなかったからに決まってるでしょ!」

 

「自分の命を懸けても惜しくないと思ったから、大切だからあなたを救ったんですよ!」

 

「深く考えた訳じゃない、体が動いただけかもしれない、亡くなる前に後悔しかかもしれない、それでも……」

 

「あなたに生きてほしいと願った。その思いだけは本物だった」

 

 だから・・・

 

「そんな悲しい事を言わないでくださいよ。じゃないと私、泣いてしまいます」

 

 一気にまくし立てたイリスがガイウスに懇願する。

 師父の意思を否定するなと、お前は生きていていいのだと、虹色の瞳がそう訴えている。

 

 イリスちゃんキミは・・・

 

 不覚にも涙腺が緩んでしまう。

 オルテンシア卿とバルタザール卿もそれぞれ目にハンカチを当てていたり、鼻をすすっている。

 ヤンキーの鼻をすする音がうるさい。

 

「師父は…こんな俺を許してくれるだろうか…」

 

 ガイウスの瞳から涙がこぼれる。

 

「許すもなにも『さっさと元気にならんかバカ弟子がぁ!』と、怒っているのでは?」

「はは…そうか……ああ、そうだな。師父ならきっとそう言って下さる」

「お、ようやく笑いましたね。イケメンは笑顔が一番です」

 

 泣きながら笑うガイウス、イリスもそれを見て笑顔になった。

 

「押し付けられるのは大変ですよね。でも、託されてしまったのなら、やるしかありません」

「イリス…キミも誰かに託されたのか?」

「いえいえ、私は好き勝手にやれって言われただけです。お気楽なものですよ」

「……キミは自由な風なのだな」

 

 胸のつかえが解消されたのか、ガイウスは心なしかスッキリした顔をしている。

 イリスの一喝が良い方向に作用したのだ。

 

「う…なんだか偉そうなことを言ってしまい申し訳ありません。今になって恥ずかしいです///」

「恥じる事は無い。キミの言葉、俺の胸に響いたぞ」

「できれば忘れて下さい。えっと、不躾なお願いがあるのですか?」

「いいぞ。俺にできる事ならばなんでも言ってくれ」

 

 イリスはガイウスの聖痕を調整したいと願い出た。

 ガイウスはそれを快諾し、イリスを抱き上げる。

 

「何してんだあいつら?」

「聖痕を調整中なんやろ」

「子供を抱っこしているパパにしか見えませんね」

 

 ガイウス君大人びとるからな。

 

 しばらくしてイリスは『終わりました』と告げ、抱っこを解除してもらっていた。

 聖痕自体に問題はなかったらしい。

 

「ガイウス君、師父さんのご遺体は確認しましたか?」

 

 イリスの言葉にガイウスだけでなく、見守っていた三人も『ハッ!』となる。

 何のつもりや?

 

「いや、あの後すぐ共和国軍の飛行船が、それで爆発があって、師父の遺体は…」

「確証はありませんが……師父さん、たぶん生きてますよ」

「なっ!?なにを、何を言っているんだ…俺は確かに、見た、はず」

 

 な、なんやてぇーー!!

 飛び出しそうになったヤンキーの頭を力づくで押さえつつ。

 ケビンは心の中で叫んだ。

 

「聖痕の履歴、ログが残ってました。師父さんは重傷を負っていたようですが、ガイウス君に聖痕の受け渡しを実行しつつ、自身に治療法術を施しています。これは生きる気力を無くした人間の行動ではありません」

「……そんな、それでは」

「必死にあがく強い意思を感じます。師父さんがガイウス君の言うような偉大な方でしたら、何としても生き残ろうとするのでは?」

「だとしたら、なぜ師父は姿を消した」 

「秘密裏にやりたい事ができたか、もしくは星杯騎士団を辞めたかった、とか?」

 

 ログ?バルクホルン師父の行動履歴やと?

 イリスちゃんの言葉が真実なら、まだ死んでへんのか。

 死を偽装する理由は定かではないが、師父ほどの人が簡単に死ぬとは思えん。

 考えれば考えるほど、師父が未だ健在な気がして来た。

 

 今頃、名を変えて第二の人生を謳歌しとったりしてな。

 

「期待させるような事を言いましたが、あくまで私の推測ですからね」 

「いや、それでも師父が生きているかもしれない。それは俺にとって何よりの希望だ」

「死んでいるかもしれませんよ?」

「そうだとしても、俺はもう迷わない。師父から受け継いだこの力で、大事なものを守ってみせる」

「おー、ガイウス君やる気に満ちてます」

「イリス、感謝する。俺を奮い立たせてくれた恩は忘れない」

「元気が一番ですね」

 

 ガイウスの瞳に意思の炎が宿る。

 あの新人はもう大丈夫だろう。

 二人の気付かれないよう、覗いていた三人は展望台を後にするのであった。

 

 ・・・・・・・・・・・

 

「だだいまです。ふぅ…」

「お帰り、なんだかお疲れやね」

「セリスさんたちにバッタリあって、急に『やるじゃねぇか』『何でも買ってあげます』とか言い出したんですよ。怖くなって逃げて来ました」

「はははは、何ぞイリスちゃんに感謝したい事があったんかもな」

「そういうもんですかね」

 

 首を傾げているイリスの頭を撫でる。

 虹色に輝く髪は驚くほどのサラサラ加減だ。

 

「イリスちゃん。ようやったな、ホンマ偉いで」

「何がですか?」

「いつもありがとうってことや」

「???」

 

 わからんでもええよ。

 キミがすごい子なのは、周りのもんがわかっとればええんや。

 

 『?』を浮かべるイリスの頭をケビンは優しく撫で続けた。

 

 ●

 

 イリスちゃんの人気が留まる事を知らん。

 いつの間にかヘミスフィア卿までたらし込んどったわ。

 

 ヘミスフィア卿、オルテンシア卿、バルタザール卿とガイウス君がイリスちゃんを取り合っとる。

 それ以上はアカン、イリスちゃんが裂けてまうで!

 リース、お前まで行くな!?

 

 ついに聖女様も陥落した。

 リビングで仲良く映画見とる・・・

 最初は敵意むき出しだったのに、何があったんやろ?

 

 ・・・・・・・・・・

 

 イリスちゃんのいる日常が当たり前になった。

 今や教会内での人望は枢機卿より断然上らしい。

 彼女の星杯騎士団に入りを望む声も出ている。

 

 虹霊子という強力無比な神秘を使い戦闘能力は一級品。

 家事から事務作業まで幅広い仕事をテキパキこなし、嫌な顔ひとつしない。

 聖痕を調整するなど、前代未聞の事を難なくやってのける。

 そして、男女問わず魅了してやまない、愛くるしさ。

 

 【虹の御使い】は七耀教会で大切に育てるべきではないか?

 

 そんな意見が浸透するまで時間はかからなかった。

 しかし・・・

 

「お気持ちは嬉しいですが、私は旅を続けます」

 

 イリスの意見は一貫して変わらない。

 

 そうやろうな。

 ちょっと寂しい気もするけど、俺もそれがええと思うわ。

 

「イリスにとって七耀教会(ここ)は狭いんだよ」

 

「あの子はもっと世界を巡って、たくさんの人に会うの、たくさんの人を幸せにするの」

 

「そうしてイリス自身が幸せになっていくの…」

 

 珍しくリースがまともな事を言っとる。

 

「専属メイドにするんやなかったんか?」

「イリスがそれを望んだらね。そのためにケビンがもっと稼いで豪邸を建てて!」

「お前もちっとは働けや」

 

 三人暮らしは悪くなかった。

 だけど、もうすぐこの生活も終わりだろう。

 大人として、あの子の旅立ちを自分たちは応援しないといけないのだ。

 

「二人とも、ご飯できましたよ」

「はーい。今日は何かな~」

「今の内に腹いっぱい食べとくべきやな」

 

 三日後、イリスはアルテリア法国を旅立つのであった。

 

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