ついに宿敵の犬っころと相まみえた。
青と白の体毛に覆われた四足獣が目の前にいる。
街の人たちはこいつのことを『大きな警察犬』としか思っていない。
しかし、その実態は私を殺害しようとしたマッドドッグなのだ。
犬ではなく狼らしいのだが、そんな細かいことはどうでもいい。
待ちわびた獲物を前にして私の戦意はぐんぐん上昇中。
ツァイトだ!!
ツァイトだろう!?
なあ、ツァイトって言うんだろうおまえ
首置いてけ!!なあ!!!
私の中の『妖怪首置いてけ』も猛り狂っている。
さあ存分に死合おうぞ。
「場所を変える。ついて来い」
はあ?
なんでお前が命令しているんですかねぇ?
イラッとした気持ちを何とか抑える。
今ここで戦ったら街の人に通報され警察を呼ばれてしまう。
そんな事態は避けたいので、渋々奴の提案に従うことにする。
案内してもらおうか、お前の死に場所になあ!
あ、待て!いきなり走り出すな。
・・・・・・・・・
人気のない山奥へと連れてこられた。
こんな寂しいところで死にたいのか?墓標は建ててやらねえぞ。
周囲には魔獣の気配もないので、ここなら邪魔が入る心配がない。
距離を保ったまま、一触即発の空気が辺りに満ちていく。
「どうして私を襲ったのですか?」
やり合う前に聞いておきたかった。
面識のない私を攻撃した理由は何だ?
「あなたに恨まれる覚えがありません」
「遺恨の念など最初から持っておらぬ」
だったらなんで?
「深い理由はない。これはただの作業だ」
「作業?」
「人間たちは害虫を見つけたら駆除するだろう?それと同じことをしたまでよ」
ははは、こやつめw言ってくれるわ。
調子に乗るなよ犬畜生がっ!!
「つまり、たまたま発見した私を『とりあえず
「そうだ」
「おかげさまで、私は死にかけた上に警察に逮捕されましたよ」
「それは我の知るところではない」
何様だこいつ?
やむを得ない事情があったなら命乞いぐらいはさせてやろうと思っていたのに、その必要はなかったみたいだ。
人様を勝手に害虫と決めつけたのならば、自分も害獣認定される覚悟があるんだよな?
もういいや、早く殺そう。
「殺処分決定です」
「できるものなら、やってみろ」
戦闘開始のゴングが鳴った。
ツァイトの言葉が終わると同時、私は白と黒の二丁拳銃を抜き放ち即座に発砲。
しかし、撃ち出された弾丸は奴に命中せず地面へと着弾する。
ちぃ!やっぱり速いな。
私の手が銃にかかる前に奴はもう動いていた。
ブラスターの連続砲撃を避けて見せた、こいつのスピードは本当に厄介だ。
「時間をかける気はない。最初から全力でいかせてもらう」
なにおう!
私だってそのつもりだ。
お前なんかサッサと片付けて、クロスベル観光を満喫してやるぞ。
当たれ!と願いながら引き金を何度も引く。
乱発射された弾丸の先にいるツァイト、どういうつもりか今度は動こうとしない。
その余裕たっぷりな態度に何か来ると察したのは正解だった。
「オオオオオオオオオッ!」
「うおっまぶしっ!?」
雄叫びと共にツァイトの体が青白い光に包まれた。
あまりの輝きに目が眩み銃を撃つ手を止めて下がる。
光が収まった後、そこにいた狼の姿を見て驚いた。
「でっか!?成長期ですかコノヤロウ」
「これが我の真の姿だ」
ツァイトの姿は民家の屋根を優に超える巨躯へと変貌を遂げていた。
いやいやいや、急成長にも程があるでしょ!
威圧感が半端ないんですけどぉ!
巨大なイヌ科というだけでも足がすくみそうなのに、奴の纏う空気というかオーラが先程までとは全然違う。
ちょっと神々しいとか思ってしまいそうになる。
この感じ、どこかで・・・?
『クロスベルの地へ赴くがいい、そこに我と同じ至宝を見守る存在が…』
レグナート!
そうだ、リベールで友達になった竜が教えてくれたではないか。
『クソでかい犬っころだけど、平気なの?』
相棒と対話した時、あいつが私を揶揄うように言った言葉も思い出した。
そもそも、私がクロスベルを行こうとしたのは・・・
今更になって全てが繋がる。
おとぎ話に出て来る神狼は実在したのだ。
こいつは、こいつの正体は!
「幻の聖獣だとぉ!」
「いかにも、我は【幻の聖獣】と謳われし者なり」
マジかよ!
そうならそうと早く言ってよね。
普段の冷静な私ならすぐにツァイトの正体に気付いていたはずだ。
撃ち落とされた恨みで頭に血が上り視野が狭くなっていたらしい、反省。
まあいい、殺す前に正体がわかってよかった。
構えていた銃を収め、私は両手を上げて見せた。
戦う意思がない事をアピールだ。
「タイムですタイム!お互いに誤解があるみたいなので、一旦落ち着きませ…」
「問答無用」
巨躯の狼が私目掛けて飛び込んで来た。
え?ちょ、まっ!
「うぇぇあ!?」
タイムって言ったのにー!!(>_<)
慌てふためきながら横っ飛びに緊急回避した。
「待って待って!話を聞いてください」
「話す事などない」
寸前まで私が立っていた地面が崩壊している。
ツァイトの巨大な顎が地面を抉り噛み砕いたのだ。
地面ごとパクリって、行儀が悪いにも程がある。
「レグナートから話を聞いていないんですか?私は聖獣と戦う気はありません」
「ならば死ぬがいい」
話が通じねぇ!
これだから犬は嫌いなんだよ。
レグナートはツァイトと連絡を取ってないのか?
私が会いに行くよって一言だけでも伝えてくれたらよかったのに。
向こうがやる気満々なので、もはや戦闘は不可避。
当初の予定通りに戦うしかない。
話をするためにも、ツァイトを大人しくさせなくては。
「半殺しにて生け捕りにします!」
再び銃を構えて発砲する。
的が大きくなった分、当てやすくなっているはずだ。
狙い撃つぜ!
「今、何かしたか」
「効いてない!?」
星杯騎士団で採用している殺傷力高めの弾丸をツァイトは意にも介さない。
確かに命中はしているが、奴の体全体を覆う防御障壁が硬くて攻撃が通っていないのだ。
あのモフモフの体毛が防御力を上げているとみた。
武装チェンジ!銃に代わり私は対装甲刀を抜いて構える。
接近戦で切り刻んでやる!やはりこの手に限るね。
虹霊子で刀を強化しつつ、私はツァイトの巨体へと疾走する。
「ちょっと痛い目みてもらいますよ【幻の聖獣】」
「来るがいい【虹の厄災】よ」
厄災だって?
レグナートは私を断罪者とか言っていたけど・・・
ていうか、こいつ、やっぱ私のこと知ってるんじゃねーか!
意味もなく気まぐれで私を殺そうとしたという話は、嘘だ。
ツァイトは虹霊子の力を使う私の存在を知った上で戦うつもりなのだ。
理由はわからないが、黙ってやられるつもりはない。
「幻影の剣よ」
「あれは?」
ツァイトの周囲に銀色の輝きを放つ大剣が生み出された。
私のポッドを撃ち落とした例の攻撃だ。
その数、10…20…30…まだ増えていく。
「貫け!」
数十本を超える数の大剣が私に向けて撃ち出された。
ふはははは!雑種ごときが
誰かー!エルキドゥ呼んで来てー!
「当たらなければどうということはない!」
などと言ってみたものの、内心はかなり焦っている私だ。
私へと殺到する銀色の大剣群、その追尾性能がエグいのなんの。
四方八方から降り注ぐ剣の雨、その一発でも食らえばただでは済まない。
落ち着くんだ私。
この程度、守護騎士たちとの訓練に比べたら全然楽勝だ。
聖痕Sクラ耐久テストとか、今にしてみれば手の込んだ自殺にしか思えない。
体を逸らし、飛び跳ね、時には無様に転がりながらも何とか躱し続ける。
アクロバティックなイリスです。
回避しきれなかった分はエンチャントを施した刀で必死に弾いていく。
最後の一本を弾き飛ばし、銀の雨は終わりを告げた。
「しのぎ…切った?…」
「いや、まだだ」
「づっ!?」
いつの間にかツァイトの巨体がすぐ傍まで来ていた。
気付くのが遅れた私は奴の攻撃を諸に食らってしまう。
猫パンチならぬ、犬パンチ!
ツァイトの大きな前足が私を思いっきり殴りつけた。
体を強烈な衝撃が襲う。
可愛い悲鳴を上げる暇もなく、ぶっ飛んだ私は後方の樹木へと激突した。
嘘っ?止まらないぃぃ!!
相当強い力で殴られたらしく、私の体は何本もの木々をなぎ倒しながらぶっ飛び続ける。
痛っったいなぁ畜生!私が頑丈でなかったら死んでるぞ!
「な・め・る・なぁぁッ!!」
左腕に装着された手甲、そこに仕込まれた仕掛けを作動させる。
〖ハーケンファウスト〗射出。
かぎ爪の有線式ロケットアンカーがツァイトのいる方向に撃ち出される。
ハーケンファウストを取るに足らない物だと判断したツァイトは避ける素振りすら見せない。
私だって、こいつでダメージを与えられるとは最初から思っていない。
案の定ダメージは入らなかったが、かぎ爪はツァイトの体毛を巻き込み体に食い込んだ。
よし行けそうだ!油断したな犬っころめ!
手甲に仕込まれた機構、小型だが強力な導力モーターがワイヤーを一気に巻き取る。
私の体は逆再生するようにツァイトのもとまで戻る事に成功した。
まるで心臓を捧げた調査兵団のような動き、私じゃなかったら腕が千切れちゃってるね☆
「何っ!?」
ワイヤーの跳ね戻りを利用して飛んだ私は空中に身を躍らせた。
上を取ったぞコノヤロウ!
二振りの刀を手に回転しながら斬撃を繰り出す。
「獲物を屠る、イェェーガァァー!!」
「ギャンッ!?!?」
うなじを狙った私の攻撃がヒットする。
飛び散る血飛沫、犬のような悲鳴を上げるツァイト、今のは効いたみたいだ。
ツァイトの背に降りた私は追撃のため更に刀を突き立てようと試みるが・・・
「させぬ!」
「のわぁー!!」
こいつ、駄々をこねる犬みたいに地面を転がりやがった。
潰されるわけにはいかないので慌てて飛び退く。
マズいな、距離が空いたらまた幻影の大剣による砲撃が始まってしまう。
「それ!それ!そぉーれいっと!!」
腰にくっつけた鞄から苦無を取り出して投擲する。
この苦無は投げるとロケット推進器が作動して標的に向かう、そして命中してからもしばらく推進器は止まらず相手の防御を貫こうとする特製がある。貫通力だけなら銃よりも上だ。
そいつを投擲、投擲、投擲じゃい!えーい、もってけドロボウ!
十数本以上の苦無に狙われたツァイト。
自慢のスピードで躱そうとするものの、巨体が仇となり何本か命中してしまう。
先程、うなじに受けたダメージも奴の動きを鈍らせた要因だろう。
「ぐっ!うううっ!これしきのことで…」
「サッサと降参しなさい。今ならまだ許してあげますよ?」
「まだだ、まだ、終わるわけには」
「……聞き分けの無いワンちゃんです、ね!」
私は苦無を投擲する手を休めず、もう片方の手に刀を握り駆け抜ける。
このまま苦無と銃でチクチクダメージを与え続けて、隙あらば刀の一撃をお見舞いする。
ツァイトも負けじと応戦し、幻影の大剣や鋭い爪牙の攻撃を加えようと暴れ回った。
上等だ。ここからは我慢比べといこうじゃないか!
街から離れた山奥で、一人と一匹は激しい戦いを繰り広げるのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……ふぅ…あー、疲れたぁ…(´Д`)」
私は肩で息をしながら汗を拭った。
どれぐらい戦っていたのだろう?
時間の感覚が曖昧だけど、かれこれ30分以上は戦闘していた気がする。
もう本当に疲れた。
銃弾は撃ちつくし、苦無も残り数本で在庫切れだ。
装甲刀の一本は戦闘中にあらぬ方向へぶっ飛んでから行方不明だ。
私自身も打ち身やすり傷でボロボロ、無茶な動きを連発したせいで全身の筋肉が『もう無理っス』と悲鳴を上げている。
虹霊子の防御障壁とケビンさんから貰った戦闘用コートを着ていなければ、もっと大怪我をしていただろう。
ツァイトの方も満身創痍の様子。
体中に傷を負い血まみれになった狼は、ふらつきながら何とか立っている状態だ。
至る所に苦無が刺さったままで、だらりと舌を伸ばした口からは荒い呼吸と血が滴っていた。
「も、もうやめませんか?このままだと二人とも死にますよ?」
「……」
「聞いてますか、パトラッシュ?」
「ツァイトだ…」
パト…ツァイトの体が光に包まれる。
まさか、更なる変身を残していた!?・・・とかではなかった。
光が収まった後、そこには最初に会った時のサイズに戻ったツァイトがいた。
戦闘を止める意思を見せたと理解していいのかな。
「降参しよう。我の…敗北だ…」
「よかったぁ。これでお話できますね」
武器を収納してホッと胸をなでおろす。
ツァイトは立っているのが辛いらしく、そのまま地面に伏せってしまった。
「回復アーツかけますか?」
「不要だ…それより、頼みがある」
むむ、敗者の癖に頼み事とは図々しいな。
生憎と今日はジャーキーを持って来ていないよ?
「我を、このまま殺してほしい」
●
ツァイトに殺してくれと頼まれてしまった。
戦闘前の私なら喜んで殺処分をしていたけど、彼が【幻の聖獣】と判明した今はそういうわけにもいかない。
「これまでの非礼を詫びよう。どうか、我の頼みを聞いてはくれまいか?」
「あなた…自分を殺してもらうため、わざと私を怒らせたのですね」
「そうだ、すまないことをした…」
ポッドを撃ち落としたのも、話を聞かず襲い掛かったのも全部、自分が死ぬためにやったのか。
うわ、もう絶対訳アリじゃん。
「あの虹色の光線ならば、我の霊核ごと滅ぼせるはずだ…避けたりはせぬ、一思いにやってくれ…」
「何覚悟決めちゃってるんですか」
半殺しで留めるためにブラスターを使わなかったのに、今更撃ってほしいとか何なの?
そもそも、死にたいのなら最初に会った時のブラスター二連発を躱すなっての。
「あの時は、お前が【虹の厄災】だと確信が持てなかった」
「空の聖獣より『心身共に屈強な人間の姿をしている』と聞いていたが…」
「白い球体から出て来たのが、キーアより小さな子供だった故に動揺してしまったのだ」
一応、レグナートと連絡は取り合っていたみたいだ。
私の姿を誤解させるような情報を与えた竜には一言いってやりたい。
なるほど、空中で目が合った時の驚いた顔はそういうことだったのね。
ビックリしてその場から逃げてしまったツァイトは、私がレグナートの言う【虹】だと確証が持てず、数日間私の動向を観察していたらしい。
そして今日、一戦交えてから判断する結論に至ったそうだ。
「こうして戦ってみてわかった。お前の力は虹霊子に相違ない。至宝を脅かす虹色の災い……我を使役した、幻の一族たちはお前を【虹の厄災】と呼称していた…」
厄災だってさ。
相棒の奴め、一体全体何をやらかしたのやら?
「それ、止めてもらっていいですか?私のことはイリスと呼んでください」
「イリス……ああ、そうだったな、■■■■■■■■…」
出たよ。私に聞き取れない〖ほにゃらら〗言語が。
これは相棒のフルネームを言っているらしいのだが、私には認識できない仕様になっている。
変なところで恥ずかしがる相棒が、私の脳に何らかのブロックをかけているのだと思う。
本当に私の体でやりたい放題してくれる。
気軽に脳みそいじるのやめてくれませんかねぇ?
「私に手を汚させるより、自害した方が早かったのでは?」
「それではダメなのだ。虹霊子の力により我の存在を完全に消し去らなければいけない」
「さっき言っていた。霊核というのが残ってしまうのは不都合だと?」
「そうだ、理解が早くて助かる」
ついでだと、聖獣の誕生秘話というか輪廻転生みたいな話を聞かされた。
聖獣のコアに当たる部分、霊核は肉体が滅びても地上に残り続けるのだそうだ。
長い時間をかけて霊核は肉体を再構築し、それが新たな聖獣となる。
その際、以前の記憶はダウンロードされるが、新しい肉体の人格などは別個体となる。
一応名前は創造当初からの世襲制であるが、改名などは特に禁じられていない。
『ツァイト』という呼称は数百年前にクロスベルいた聖女が命名してくれたらしい。
ふむふむ、とても興味深い話だ。
「お前にしか頼めないのだ、イリス。どうか我を…」
「ちゃんと説明してください。理由も知らぬまま、殺しの片棒を担ぐ気はありません」
「少々長くなるが、よいか?」
「構いません」
どっこらしょっと、ツァイトの傍に腰を下ろす。
不要だと言われたけど、痛々しいのでツァイトには回復アーツをかけてやろう。
私の言葉を受け、観念したようにツァイトは話し出した。
ツァイトは1200年前の大崩壊の時に女神から遣わされた聖獣の一頭で【幻の至宝】を見守るのがその役目だったという。
しかし、なんやかんやで【幻の至宝】は自らの意思で消滅してしまう。
これを受け入れられなかった当時のクロスベルの民の中で、クロイス家の祖先が錬金術を用いて至宝の復活・そしてそれを上回る【零の至宝】を作り上げるべく暗躍していくことになる。
そして今から500年程前【零の至宝】の核たる存在【キーア】が誕生した。
「キーアさんは作られた存在だったのですか!?めっちゃ長生きです」
「肉体が完成したのが500年前という話だ。外で活動を始めてからはまだ日が浅い」
ご、500歳…ロリババア……ゴクリッ
いやいや、キーアさんはピチピチお肌の可愛い子なので、ババアなんて言ったら失礼だ。
あ、すみません。続きをどうぞ。
ツァイトの役目は【幻の至宝】の消滅をもって終えたことになるが、その後のクロイス家一族の長きに渡る暴挙を目にしたことや、クロスベルの新たな風となり得るロイドたち特務支援課や【零の至宝】の依り代たるキーアの姿を見て、自身も力を貸すことにしたのである。
【零の至宝】を巡る一連の事柄はクロスベル全土を巻き込む大事件へと発展。
激闘の果てにキーアはロイドら特務支援課により救出され、現実世界へと戻ってきた。
これが『クロスベル事変』真相である。
「ほぇー、とんでもない事があったのですね」
「キーアの力を悪用する者はいなくなり、平和な時が訪れたはず、だった…」
一時的にではあるが【零の至宝】として覚醒してしまったキーア。
その体には未だに至宝の力が残っている。
しかも『幻』の至宝《虚ろなる神(デミウルゴス)》はその機能を暴走させ、自身の再構成を試みようと蠢きだした。
いち早くその事を知ったツァイトは聖獣の力をもって、キーアの体からデミウルゴスの残滓を取り除き自分の体へと移すことに成功する。
「そんなことをして、大丈夫なのですか!?」
「大丈夫ではない。今は抑えているが、奴に心身を乗っ取られるのは時間の問題だ」
「そんな…」
残りカスとはいえ至宝の力はあまりに強大だった。
ツァイトの霊核に潜んだ虚ろなる神は、今この瞬間も表舞台へ出るため虎視眈々と機会を窺っている。
「奴が復活すれば、キーアはその命ごと力を吸い尽くされてしまう」
「その後は、クロスベルに住む者たちも、この世界もただでは済むまい」
ツァイトは肉体を乗っ取られ、キーアさんも殺されてしまう。
そして、復活した至宝は世界にとって大きな災いとなる。
それこそ、1200年前の大崩壊のような事態に・・・
「これでわかっただろう?」
「我が新たなデミウルゴスに『幻の厄災』と成り果てる前に、どうか…」
「どうか、我を殺してくれ。頼む、イリス」
予想以上にスケールの大きな話をされて軽く混乱してしまう。
殺してくれと懇願するツァイト、その目は人々を守らんとする聖獣の決意に満ちていた。
この気高い狼の頼みを断る事など、私にはできない。
気は進まないけど、私にしかできないというのなら、やるしかない!
「わかり、ました。あなたを殺して差し上げます」
「イリス……感謝する」
ツァイトは目を瞑り、眠るような姿勢を取った。
いつでもやってくれという合図だろう。
私は虹霊子を全開にして、ブラスターのチャージを始める。
最大出力で撃てば痛みを感じる事もなく、ツァイトを送ってやれるだろう。
「キーアさんたちにお別れは?」
「言わなくていい。聖獣の庇護などなくとも、彼らは生きて行ける、そう信じている」
ツァイトが潔い狼すぎて泣ける。
私がイヌ科として生まれていたら惚れていたかもしれない。
「誇り高き聖獣ツァイト、あなたのこと忘れません」
「フフ…お前とはもっと語り合いたかったぞ」
「私もです」
レグナートみたいに友達になってほしかった。
きっと、仲良くなれたはずだと思うから。
「長い間、お疲れ様でした。ゆっくり休んでくださいね」
「ああ、長かった…長く、苦しく、だが、よい人間たちに巡り合えた……満足だ」
チャージが完了し、心の中でカウントダウンを開始する。
5…4…3…
「ダメ!待って!」
ブラスター発射まで残り僅か、というところで乱入者が現れた。
普段の愛らしい表情は何処へやら、必死の形相で私たちの間に割り込んだのは、よく知った顔の少女だった。
「キーアさん?」
「邪魔をするな、キーア!我らは今取り込み中だ」
ツァイトの言葉を無視したキーアさんは、両手を広げ私の前に立ちはだかる。
何があっても引く気はないという顔だ。
参ったなぁ。
カウントダウンを中止した私は、虹霊子を霧散させる。
一応、説得してみようか。
「キーアさん、どいてください。ツァイトの覚悟を無駄にしてはいけません」
「い、嫌、絶対にどかない」
「ビーム撃ちますよ?塵も残さず消滅しますよ?」
「それでもどかない」
首をブンブン振って拒否するキーアさん。
おーい、どうすんのコレ?
ツァイトの表情を伺うと、彼も大層困った顔をしていた。
「お願いイリス。私に出来る事ならなんでもする、なんでもするから、殺さないで!」
ん?今なんでもするっていったよね?
キーアさんみたいな可愛い子が、そういうことを軽々しく言わないでほしい。
私がロリコンの汚いおっさんだったらひどい目にあってるよ。
「ツァイトは友達なの、特務支援課の仲間で、私の大切な家族なの!」
「だから殺さないで…殺さないでよぅ…お願い…」
ポロポロと大粒の涙を流しながら懇願してくるキーアさん。
ぐぁぁぁぁ!なんという罪悪感!
キーアさんからすれば、私完全に悪者じゃんか。
「キーア、イリスは悪くないのだ。これは我の望んだこと」
ツァイトは私にした説明をかいつまんでキーアさんに教えた。
これで私が悪者でないとわかってくれるだろう。
「そんな…私の…私のせいで、ツァイトが…う、うわぁぁぁぁぁぁぁんん!」
事情を知ったキーアさん。
今度はツァイトの首にしがみついて号泣し始めた。
余計に悪化しとるがな!
「死なないで、死なないでよ、ツァイト!」
「よいのだ。我はもう十分に生きた……キーア、お前のような心優しき者に会えて、幸せだったぞ」
「そんなこと言わないで…」
「さあ、もういいだろう。聖獣としての最後の使命を、我に果たさせてくれ」
「嫌だぁ、嫌ぁ…」
キーアさんはツァイトから離れる様子が無い。
自分が離れてしまったらツァイトが死んでしまうと思っているのだ。
介錯を頼まれた私は完全に置いてけぼりである。
これは困ったな。
無理やり引き剥がすこともできるけど、それをやったらキーアさんに一生恨まれるだろう。
余計な恨みは買いたくないし、ツァイトが幻の厄災になって世界が滅茶苦茶になるのも看過できない。
なんとかしてあげたいけど、私に何ができる?
《今です!》
うわっビックリしたぁ!
今までだんまりを決め込んでいたシステムさんが脳内にメッセージを送って来た。
急に出て来るのはやめてと言ってるのに。
で?なんで孔明みたいになってるの?
《今です!【幻】の駄犬と依り代のガキ、まとめて始末するチャンス!》
《ブラスターで一網打尽にしてやりましょう。さあ、早く撃つのです!》
システムさん!?
ツァイトとキーアさんを殺す気満々だあ。
レグナートの時も思ったけど、システムさんは過去に何かされた恨みを根に持っているらしい。
相棒の方はそんなに気にしてないようだったけど・・・
システムさん、私は二人を殺したいんじゃなくて助けたいんだよ。
なんとかならない?
《こんなチャンス滅多にないですよ?》
うん。恩を売るチャンスだね。
ここで殺すより、生かして味方につけた方が絶対にいいと思うんだど、どうかな?
《……………チッ》
舌打ちwww
この子は私と相棒に次ぐ第三の人格だと思うのだけど、ちょっと性格悪いよね。
《あなたの甘さは、いずれ自分の首を絞めますよ……はぁ》
それ前にも似たような事を言われたなぁ。
でもいいんだ。その時はその時だよ。
呆れたようなため息をついたシステムさんであるが、ちゃんと私の望む回答を用意してくれた。
《トカゲに虹霊子を注入した時を覚えていますか?》
レグナートのことトカゲ呼ばわりするのやめたげてよ。
確か、空の霊子エネルギーをもらったお返しをした時だよね。
《それと同じことをすれば万事解決です》
《虚ろなる神(笑)とかいうクソボケを、虹霊子で洗い流してやりましょう》
《犬洗いなど気が進みませんが、メイン人格の頼みとあらば仕方ありません》
ツァイトに虹霊子を供給して霊核に潜んでいるクソボケ?を倒すことができるらしい。
虹霊子って本当に何でもありだな。
「朗報ですよ。ツァイトを助けることができます」
「本当!イリス、今の嘘じゃないよね?」
「そんなことが、まさか…」
驚く二人に私は力強く頷いて見せた。
●
《【七の至宝】補助管理機構により製造された永続型生体兵器》
《【
《個体名【ヴァルナガンド】改め『ツァイト』……排除しますか?》
しないってばよ!
私はツァイトの体に触れ虹霊子を供給した。
彼の体が破裂しないようシステムさんに出力調整を頼んだのだけれど、少々不安だ。
固唾を呑んで私たちを見守っている、キーアさんのためにも失敗するわけにはいかない。
《汚染ヵ所を割り出しました。洗浄します……》
《作業完了。クソボケの無様な消滅を確認。いい気味です》
《ついでに犬のメンテナンスもしておきました》
《これで駄犬とガキはあなたの奴隷。絶対服従です!》
《ボロ雑巾になるまでこき使ってやりましょう》
数分程度で全ての工程が終わった。
システムさんの戯言は聞き流すことにする。
「おお、なんと、なんという…」
「ツァイト?大丈夫なの?」
「デミウルゴスの残滓が消えた。それに、体が驚く程軽い!虹霊子が我の機能を全盛期以上に跳ね上げたのだ!」
ツァイトの体から虹色の粒子が零れる。
毛並みもツヤツヤのサラサラになり、体も若々しくなったように見える。
虹霊子はアンチエイジングの効能もあるらしい。
そういえば、レグナートも『1000年若返った』とか言ってた気がするなあ。
「心配をかけたな、キーア。我はもう大丈夫だ」
「本当?ツァイトはずっと一緒にいてくれる?」
「ああ、もちろんだ。やがて生まれるであろうキーアの子孫たちも、我が命が尽きるまでずっと見守り続けよう」
「ツァイト!よかったぁ、よかったよぉ~……」
「フッ…お前は泣き虫だな」
再びツァイトに抱き着いて泣き出してしまうキーアさん。
今度の涙は嬉しい時の涙だ。
それにしても、子孫って・・・何年生きる気だこの聖獣?
【幻の至宝】と深い因縁のある二人、今後も仲良く暮らしていくことだろう。
めでたしめでたし、だよね?
いや~、いい事をした後は気分がいいなあ。
・・・・・・・・・・・・・・
「感謝するぞ、イリス。お前は命の恩人だ」
「私からもありがとう!ツァイトを助けてくれて、いっぱい、いっーぱい、ありがとうっ!!」
キーアさんが私を思いっきり抱きしめ、ツァイトにもじゃれ付かれてしまった。
ヤダっ!私のモテ期が始まっちゃたの。
二人から何度もお礼を言われて恐縮してしまう。
ツァイトのこと、殺さなくて本当によかったと今は思う。
「イリス、本当にすまなかった。お前を我の事情に巻き込んだこと、挑発のために攻撃したこと、深く謝罪する」
「私も謝る!だって、ツァイトは私のためにイリスに意地悪したんだもん」
「キーア、我の罪はそれだけではないのだ。我を含む【幻】の一族は、過去のイリスを裏切ったのだから…」
「過去のイリス??」
あー、ツァイトさん。
その辺の話題は私もよく理解してないので、気にしなくていいよ。
当事者である相棒も気にしていないからね。
システムさん?勝手にキレさせておけばいいんじゃね?
とにかく!感謝も謝罪も、もうお腹いっぱいなので勘弁して。
「そうか、これは心ばかりの礼だ。受け取ってくれ」
ツァイトが前足を差し出したので、私も釣られて手を出す。
ポンと手の平に狼の肉球が触れた。
わかった、これ『お手』という犬がやる伝統芸能だ!
《【ツァイト】より【幻】の霊子エネルギーが供給されました》
《アップデート開始・・・・・・》
《反応炉の出力向上、各種ステータス増加、特殊機能復元・・・追加・・・》
お、聖獣からのエネルギー頂きました。
これで私はもっと強くなった。やったね!
見返りを期待していた訳ではないが、これは嬉しいプレゼントだ。
「ありがとうございます」
「こんなものしかなくてすまぬな。他にも我に望むことがあれば言ってくれ」
「では、私の友達になってください」
レグナートにもしたお願いをしてみる。
これを機に『犬が苦手』という弱点を克服したいのだ。
ツァイトは狼だけど、彼と仲良くなって犬にもビビらない度胸をつけたい。
「散々迷惑をかけた、我を友だと言ってくれるのか?」
「それはお互い様ということで、ダメですか?」
「駄目なわけが無かろう。イリス、我が友よ。これからよろしく頼むぞ」
「はい。よろしくお願いします」
ツァイトがまたお手をしてくれたので、握手代わりにその前足を持つ。
わーい!肉球が思ったより硬い~。
「二人ともズルい!私も、私とも仲良くしてよ~」
放置されたキーアさんがむくれながら突っ込んで来た。
あの、タックルが私の鳩尾を的確に狙うのはなんで?
呼吸困難になりながらも、キーアさんを落ち着かせる。
「で、では、キーアさんも私の友達になってくれますか?」
「ひどいよイリス!私はとっくの昔に友達だと思っていたのに!イリスはずっと他人だと思ってたんだ…」
「え?いや、そんなことは…」
私たち既に友達だったのか!?
そういえばセルゲイさんに私を友達だと紹介していたような?
「ご、ごめんなさい。実は私、友達というものがまだよくわかってなくて」
「キーア、イリスは悪気があった訳ではない。我のようにこれから真の友になればよいのだ」
「むー、なんかツァイトに負けた気がする」
ツァイトと二人で宥めすかし、機嫌を直ししたキーアさんと改めて友達となった。
「キーアさん、ツァイトも、改めましてよろしくお願いします」
「うん!いっぱい遊ぼうね。イリスと友達になったって、ロイドや他の皆にも自慢しちゃう」
「うむ『コンゴトモヨロシク』というヤツだ」