庭園生活、一年とちょっと。
私は検体の中でもエリートが集まる適合者クラスに参加することになった。
全然嬉しくない。
だって、このクラス…入れ替わりが激しい事で有名なんだもん。
私を含め30人前後の検体がいるのだが、だいたい半月に2、3人消えてまた新しい検体がメンバーインするのが通例となっている。
検体の消耗率ではが適合者クラスが群を抜いているのだ。
だから私は、このクラスだけには選抜されないよう気を付けていたのに。
それなのに…結果はご覧の有様だよ。
この恨み、私をハメやがった主任にいつか倍返ししてやろうと思う。
嘆いていても仕方ないので、これまで通り頑張る。
それなりに結果を出し、それなりに媚を売り、それなりの評価を得るのだ。
検体の友人はもちろん作らない。
このクラス、自分たちがエリートだという選民意識の強い子が多いらしく、どいつもこいつも他者を見下す傾向にある。
新参者である私にも散々マウント取って来てたけど、全てガン無視してやった。
明日をも知れぬ身の上なのはお互い様なのだから、せめて不愉快にならない態度で接してほしい。
バカに何を言っても無駄なので言わないけど。
●
すっかり忘れられていたかと思ったけど、研究助手にはなる事ができた。
適合者クラスに入って意気消沈していた私は助手に選ばれたことが嬉しくて、めっちゃテンション上がった。
いつもは力を温存している対人戦闘訓練で、ウッカリ相手を撃沈するぐらいには元気になったよ。
私が助手を務めるのは、例のお部屋住人のロリコンレイパー博士である。
「ロリコンでもレイパーでもないと言っている!」
「では、なんとお呼びすれば?」
「ただの博士でいいだろ」
「庭園に博士が何人いると思っているんですか?個体が識別できる名称を設定してくださいよ」
前に廊下で『博士』と呼んだら、付近にいた白衣の大人が一斉に振り返って来たのでビビったわ。
「じゃあ……ドクター…とか?」
「おお、いいじゃないですか!これからはドクターと呼ばせて頂きますね」
「もう決定か」
「決定ですよ。ドクターの名前考えるのめんどくさいですもん」
「お前なぁ…」
「嫌なら、ロリコンレイパー博士になりますけど?」
「ドクターで頼む!」
私の直属上司はドクターになりました。
主任にこの事を話すと『僕もチーフと呼んでいいんだよ』だってさ。
主任はシュニンで十分だと思うから、そのままでいく。
・・・・・・・・・
ドクターの研究を手伝うのはとても有意義でした。
訓練課程では学べない知識を得る事ができたし、何よりもお給金がいい!
今までの2倍以上の給金をもらってるので懐があったけぇ・・・
節約のため購入を控えていた、嗜好品の類を衝動買いできるのって素晴らしい!
「お茶を頼む」
「自分で淹れてくださいよ。こっちもレポートのまとめで忙しいんですから」
「お茶くみも助手の仕事だ。つべこべ言わずやれ」
「はいはい、ドクターの言う通り~」
ドクターは私を家政婦のように扱う事も多々ある。
掃除はもとより、お茶くみや食事の手配まで全部私に丸投げだ。
普通ならキレていいと思うが、私にとって家事はそれほど苦ではない。
むしろ家事をすることでストレス解消になっているんだよね。
庭園の殺伐とした環境でする家事は、私に心の余裕と落ち着きを与えてくれる。
「ドクター?紅茶でいいですか?」
「今は緑茶の気分だ。前にカルバートから持ち込んだ茶葉があったはず」
「うわっ!これ最高品質の玉露じゃないですか、ドクターの癖に贅沢な!」
「別にいいだろう『わびさび』には金がかかるんだよ」
「上手く淹れないと茶葉に申し訳ない。これは私の力量が試される」
導力ネットで検索して、美味しいお茶の淹れ方を調べる。
なんでもすぐ調べられるって便利だな。
あまり待たせるとドクターが文句を言うので、手早くかつ大胆に・・・
ドクター、どうせ味なんてわかんねぇんだからテキトーやってもいいかな?
私の分はしっかり美味しく淹れてやろうっと。
・・・・・・・・・
ドクターは例の石ころ、虹の雫について研究しているようだ。
アレは結局、どういう代物でどんな力を持っているんだろう?
「大いなる力を秘めているのは確かだ。そのエネルギーを自由に扱えるようになれば御の字だ」
「よくわからない物を、よくわからないままで使うのは危険が過ぎません?」
「一理ある。だが、安全に配慮してばかりでは研究なんぞ進まんよ」
「そのための知の庭園ですもんね」
「ああそうだ。虹の雫の力を引き出すなら、ここが一番手っ取り早い」
私を含めた検体はいっぱいいるし、違法な人体実験をできますもんねー。
それを咎めるまともな博士は庭園ではやっていけない。
知の庭園は地上での研究に限界を覚えた有識者たちの楽園なのかもしれない・・・
「では、今日もよろしく頼む」
「はーい。出ておいで~」
今日も張り切って助手兼、実験動物の役割を全うします。
私の呼びかけに、机の中央に置かれた箱から虹色の石が浮かび上がる。
そのまま私の近くまで浮遊して来た石はプカプカと空中に浮かんだ状態をキープしている。
物言わぬ石ころは私の動きに会わせてついて来る。
動いてほしい方向へ指示すると概ね正解の動きをしてくれるのもなんか楽しい。
あとは手で握ったり、頬ずりしたり、そうだ味もみておこう!
石ころが私からそっと距離をとる、おやおや味のチェックは拒否ですか?
やっぱりコイツ意識がある?
隣室では私と石ころの状態を見守っているドクターと数名の研究員がいて、たまに主任も見学にやって来る。
スケルトンルームと同質の素材で作られたクリアな大窓からは向こうの様子も良く見えるからね。
私は石ころと遊んでいるだけなのだが、こんなので何がわかるのか疑問だ。
「何か感じるか?」
「いえ、別にこれと言ってないですね」
「わかった。次は雫を握ったまま
「いいですけど、期待しないでくださいよ」
支給されている自分用の戦術オーブメントを確認する。
私のオーブメントはかなり旧式のものだが、このレトロな感じが気に入っていたりする。
懐中時計にも似たそれは内部に複雑な機構を備え、クオーツと呼ばれる結晶回路をセットすることで様々な現象を起こせるのだ。
火を出したり、傷を癒したりとその用途は多岐にわたり、その力はまさにファンタジー世界の魔法の如く。
戦術オーブメントは最早戦場では当たり前のツール、使えない人間の方が珍しいぐらいだ。
オーブメントとアーツの利用、それらへの対策は生き残るための必須技能なので私も積極的に学ぶようにしている。
でも私、アーツって苦手なんだよな。
発動までの時間が他の検体よりもクッソ長いので、実戦ではまともに使えない。
才能がないというか、シンプルに下手くそなんだと思う。
だから最新式のオーブメントをもらっても使いこなせない可能性大だ。
道具が立派でも知識だけあってもダメなんだと実感する。
私はもう割り切って回復系を中心に初級アーツのみを使えるようクオーツをセットしている。
直接の大ダメージは狙えなくても、牽制や目くらましに役立てばそれで十分だ。
いいんだもん。戦いの基本はレベルを上げて物理で殴るだもん!
指示通りアーツを発動したけれども、やっぱり何も変化がない。
炎を飛ばしても風を起こしても回復しても、いつもと一緒だ。
威力が上がったとか、発動までの時間短縮になったとかは一切ない。
虹の雫を握っていれば何らかのブーストがかかると思った?残念でしたね。
その後もいろいろ実験したが、驚くような事は何もなかった。
元の箱に虹の雫を戻して実験終了~。
お腹が減ったのでご飯にしましょう。
今日の昼飯について考えている私と違い、ドクターは難しい顔をしていた。
ニヤニヤ顔の主任と何かを話していたようだが?
まあ、私が知らなくてもいい事か、今日も元気でメシが美味けりゃそれでいい。
●
「ドクター、名前が欲しいです」
ある日、私はドクターに名前をおねだりしてみた。
研究助手の中には上司から固有名詞を付けられている子がいるのを知った私は居ても立っても居られない。
「めんどくさい、5364でいいだろ」
「ゴミムシは嫌なんですよ。ちゃんとした名前をください」
「自分でつけたらいいだろ?俺が考えたら絶対文句言うだろ、お前?」
「そんなことないです。ドクターのネーミングセンスに期待大です」
「じゃあ、トンヌラで」
「ドクターのネーミングセンス、クソですね!自分で考えますので放っておいてください」
「だから言ったのに…」
ドクターに期待した私がバカだった。
自分の名前を自分で付けることにした私は頭を悩ます。
うーん、一生使えるの素敵で無敵な名前がいいなぁ。
命名のネタを探して部屋をうろついていると、ドクターの導力端末に見慣れない古代文字が表示されているのに気付いた。
「これは?」
「虹の雫を発見した遺跡の壁面に書かれていたとされる、文章らしきモノの一節だ」
「へぇー、その遺跡は何処にあるんですか?」
「既に失われているはずだ。虹の雫を回収した直後、地盤沈下が発生して全てが崩れ去ったと聞いたが、詳しいことは知らん」
それは勿体ない、歴史的価値のある遺跡を私もこの目で見たかった。
「他にも同種の文字が刻まれた金属板等も見つかったらしいが、現物は今どこにあるのか見当もつかない」
盗まれたか、ウッカリ紛失したか、まあそれについてはどうでもいい。
データとして残っているだけマシだと考えよう。
「で?何て書いてあるんです?」
「わからん。こういうのは俺の専門外だ」
わからんのかーい。
ドクターが無理なら私に解読は不可能だな。残念。
「辛うじて読めるのはこの単語か、文章中に何度も登場していることから、余程重要な何かを指していると思われる」
「どれです?ちょっと声に出して読んでください」
「えーっと、い……す…??いや、待てここは…り……す…か?」
イス?リス?
古代には椅子に座ったリスが存在しとか言うつもり?
「『り』が真ん中に来るんじゃないですか?」
「たぶんそうだな。後ろの方は文字が掠れて判別不能だが前半は合っていると思う」
イスでもリスでもない。
何かの単語、私はゆっくりとそれを呼んでみた。
「い……り……す…」
なんだろう声に出した瞬間、頭の中がキュピーン!ってなった。
私の勘が告げている。これだ、これにしろと!
「いりす!?イリスって書いてあります!!」
「確かに、イリスと読めるな。イリス…果たしてこいつは一体何だ?」
「イリスにします!」
「何がだ?」
「名前です。私の名前コレがいい、コレにします!」
「古代文明の謎単語からもらった名前か、意味不明なお前にはピッタリかもしれんなw」
ドクターのお墨付きも頂いた。
もうコレに決定だ。異論は認めないっス。
「私の名前はイリスに決定です!!」
名無しの私はもういない。
5364の番号もいずれ必要なくなるだろう。
今日からは私はイリスとして生きていくんだ。
そいうわけで、
どうもイリスです。コンゴトモヨロシク。
・・・・・・・・・・
「聞いたよ。名前を決めたんだって?」
「そうですよ。これからはイリスと呼んでください」
嬉しさのあまり、食堂でバッタリ会った主任に名前を付けた事を話してしまった。
検体に情が移るのを気にする大人は、番号でしか認めないらしいけど、主任はそこら辺ゆるそうなのでイリスと呼んでくれるだろう。
「へぇー古代文字からイリス…どういう意味があるのか知っているのかい?」
「いえ、全然知りません」
「それはいけない。もしも、古代語でイリスがウ○コを指す言葉だったら大変だよ!」
「そんなわけあるかぁ!ないですよね?ないって言ってよ!!」
「古代人はウ○コについて造詣の深い人たちだったのかもしれないね」
「そんな文明滅べ!滅ぶべくして滅べ!」
「もう滅んでるよwww」
主任の冗談にヒートアップしてしまって反省。
後世にウ○コについての情報を残そうとする古代人嫌すぎるわ!
イリスはきっと『強靭!無敵!最強!』とか、そういう意味だと思いたい。
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適合クラスでの勉学と訓練、そしてドクターの研究助手として働く日々にも慣れて来た。
虹の雫は相変わらず、私に従順ではあるが、何か凄いパワーを見せてくれるとかはない。
こいつ、ただ浮かぶだけの石なんじゃ・・・
古代人が無駄に高度な技術作った玩具だったりしてww
そんな事を思い始めた私はきっと油断していたのだろう。
待望の名前を手に入れて浮かれていたのも良くなかった。
ここが、この庭園と言う施設が、とても命の軽い場所だと重々承知していたはずなのに・・・
研究棟で飼育されていた改造魔獣が脱走して庭園内に警報が鳴ったのは今朝の事だ。
まさか、暴走した改造魔獣が大挙して押し寄せて来るとは夢にも思わないじゃん?
定期検査前だった適合者クラスの検体は丸腰同然で魔獣に襲われ、なす術もなくその命を散らしていった。
現場に居合わせ圧倒的不利を悟った私は逃走を試みようとして…クラスメイトが襲われている状況に足が止まってしまった。
番号も顔も覚えていない、ただのクラスメイト、助ける義理も理由もない。
だけど、目の前で死なれたら胸糞悪いと思ってしまった。
結論から言えば、その考えは間違いだった。
ちょっとした気の迷いで英雄的行動を取ろうとしたバカの末路なんて決まっている。
自分が英雄などではないと、その命をもって思い知るのだ。
「何をやっているんです!早く逃げろ!」
防御や回避行動すらとれないクラスメイトを手助けして、なんとか数名を避難させることに成功した。
だがそこまで・・・
得物を横取りされた魔獣たちはターゲットを私に絞り突撃して来たのだ。
何体かの動きは躱せる、けど、数が多すぎる。
ちくしょう…避けきれ…ない。
気付いたとき、魔獣の鋭利な爪が私の胸に深く突き刺さっていた。
「……ごふっ…」
嫌な音と共に口から血が吐き出される。
血を吐いたのは何を隠そう、この私だ。
それを皮切りに複数体の魔獣の爪が牙が角が、私の全身を傷つけていく。
胸の傷はどう考えても致命傷、自分の血液と一緒に命が零れていくのが解ってしまう。
そうか、私……ここまで…か……
あーあ、本当に終わりの時ってヤツは突然やって来ちゃうんだな。
私はなんの覚悟も準備もできていない。
あんなに必死だったのに、あんなに頑張ったのに、それが全部、こんな簡単に、終わるだなんて・・・
クソッ、心残りが多過ぎて笑えねぇ。
最後の最後で笑ってみせたババアはマジもんのキチガイだったんだな。
空の女神様、お祈りをサボりまくって申し訳ありません。
どうかババアのいるであろう地獄送りだけは、ご勘弁くださいな。
名前、せっかく名前つけたのに…
私の、イリスの軌跡は、ここで終わりなの?
嗚呼、悔しいなぁ。
もっと…
もっと生きていたかった。
未練タラタラな私の意識はそこで途絶えた。