虹色イリス   作:青紫

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大番狂わせ

 庭園からの脱出を急ぐ道中、ダウナー系のイケメンに遭遇した。

 その正体は、いたいけな少女を火あぶりする超危険人物でした。

 『ウホッ!イイ男///』なんて照れていた、ちょっと前の自分をぶん殴りたい。

 

 イケメンは両手に生み出した火の玉を乱暴に投げつけて来た。

 私の顔より大きい炎の塊は見るからに熱々で陽炎が激しく揺らめいている。

 ヤダヤダヤダ!黒焦げイリスになっちゃうよ。

 

「やめてください死んでしまいます!やめ、やめてぇぇぇッ!?」

「そらっ!どんどん行くぞ」

「ひょわぁぁぁッ!?」

 

 無慈悲な投擲は一発では終わらない。

 イケメンが嬉々として火球を追加していき、逃げ回る私に向けて次から次へと炎の剛速球を放って来る。

 

 うひぃ!逃げろ逃げろ逃げろ!脇目も振らず全力で逃げろ!

 あんなの食らったら死ぬ!焼け死ぬ。当たった瞬間に私の終わりが確定する!

 うぅ、ちくしょう私が一体何をしたと言うんだ。

 

「逃げてるだけじゃつまんねぇだろ?オラッ、反撃して来いよ!」

 

 反撃できるならやっとるわい!

 こっちは回避と逃走に忙しいんだ。

 ちょっとでも気を抜いたらバーベキューになっちゃうんだぞ!

 回避した火の玉がすぐそばの地面に着弾してはじけ飛んだ。

 火の粉と高熱が私に降りかかり、顔が苦痛に歪む。

 あっっちぃなもう!余波だけでコレかよ。

 

 わかったから、お兄さんが強いのはもう十分理解したから!

 弱い者いじめは止めましょうや。いじめかっこ悪い!

 

 足を止めたら死ぬ!

 とにかく今は道なりに下へ下へと逃げるしかない、脱出用の古代遺物(アーティファクト)のある所まで行けば何とか・・・

 

「ほわぁぁぁ!?」

 

 進行方向にいきなり炎の壁が出現した。

 突っ込んで行きそうになった自分に急制動をかけ、たたらを踏みながら停止する。

 前髪ちょっとジュッ!てなったわ。

 この壁もあの男の仕業か?中々芸達者なようで、悲しくなるね。

 

「鬼ごっこをする気はねぇよ」

「くぅ…」

 

 イケメン改め、放火魔がオラついた足取りで追いついて来た。

 怖い、すごく怖い、怖くて怖くてどうにかなってしまいそうだ。

 

「どうした終わりか?」

「……ぁ……っ」

「終わりかって聞いてんだよ?お前はここで終わって、それで満足か?」

 

 後退したくても炎の壁がそれを許さない。

 完全に追い詰められた。

 もう何処にも逃げ場はない。詰んだ。

 

 ここに至るまで私は多くの理不尽と脅威に晒され続けて来た。

 その度に抑え込んでいた『恐怖』と『絶望』が私の心を埋め尽くしていく。

 とっくに限界だった私の感情、その波は遂に決壊した。

 

「う……ぁぁ……ああああああああっ!!」

 

 私はその場にうずくまり頭を抱えて泣き叫ぶ。

 

「もうヤダ、もうヤダよぉ。こ、殺さないで……お願いします、お願いします」

 

 心の底からお願いする。もうこれぐらいしかできない。

 私の殺害を想い止まってくれるなら、靴を舐めるぐらいは造作もない。

 

「ぐすっ……なんで?なんで私が、私ばっかりこんな目にあうの……ひっく……うぅ…誰か、助けてよぉ」

 

 イリスちゃんマジ不憫!

 優しいイケメンが手を差し伸べてくれてもいいのよ。チラッ

 

 みっともなく泣いていると、男が深いため息をつく。

 そこに込められた感情は失望と苛立ちだ。

 

「ハァ……興覚めだぜ。無駄な時間使わせやがって」

 

 男が一歩近づく、私に終わりを告げるために。

 私は身を縮こまらせて怯えるだけだ。

 

「見た目がアレなだけで、中身はただのガキ。チッ!…ああもういい」

 

 アレって何やねん?

 

「すぐ終わらせてやる。じっとしてろ」

 

 男が手に炎の塊を生み出した。

 アレで私を灰も残さず焼き尽くすつもりだ。

 

 男の足がすぐ眼前まで来た。

 わー足長いなぁ。

 最後通告に私は首をブンブン振りながら拒否の姿勢を貫く。

 

「嫌だ、嫌だ、嫌だ、死にたくない、死にたくない、死にたくないよ。やめて……お願い…」

 

 男の足に縋りついて慈悲を乞う。

 だが、男は鬱陶しそうに一瞥をくれただけだった。

 

「じゃあなクソガキ、お前はとことん期待外れだったぜ」

 

 炎を纏った腕が振り下ろされる。

 それは私の命を刈り取る一撃だ。

 

 泣いてる女の子が、必死にお願いしているんだぞ?

 少しは聞く耳もってよ。

 そして、人の話は最後まで聞いた方がいいと思う。

 

「お願いします。お願いします。どうか、お願い…だから……っ」

 

 死になくない、死にたくない、まだ死にたくない。

 死にたくないの。

 だから・・・

 だからさぁ・・・私じゃなくて・・・

 

お前が死ねよォォ!!!!

 

 紙一重で炎の腕を避けて飛び上がる。

 私はスピードもだけど、ジャンプ力にも自信がある。

 庭園の訓練では体格が倍以上の相手とだって格闘戦をやっていたのだ。

 虹の雫でパワーアップした今の私なら、炎使いの高身長イケメンだってぶん殴ってみせらぁ!

 

 はい?さっきまで無様に泣いてた?

 

 そんなん嘘泣きに決まってますやんwww

 オホホホ、涙は女の武器でしてよ。

 誰しも勝利を確信した瞬間は隙が生まれるものだと知っている。

 効果はイマイチだったみたいだが、ノコノコと近づいて来てくれただけで良しとする。

 

 とった!

 虹色パワーで強化された私の鉄拳をお見舞いしてやる!

 火あぶりにされかけた恨み!思い知るがいい!

 

「……だよな」

 

 ・・・・・・スカっ!

 

 んな!?何ィィィぃ!?外れただとぉ!

 

 これ以上ない完璧なタイミングの不意打ちだったはず。

 それなのに、こんな簡単に余裕をもって躱されるとは・・・

 こ、この野郎…最初から私の嘘泣きに気付いてやがったな!

 

「やっぱ、そう来るよなw」 

「なんで…」

 

 私と男の間に生まれた炎が爆ぜる。

 ほぎゃっ!?

 空中で身を捻った私は爆風の勢いを利用して後退、男と距離を取る。

 元虐待児童なめんなよ!体のダメージコントロールは得意分野だっての。

 痛いのは我慢できるし、直撃さえしなければ、どうとでもなる。

 虹の光が私の耐久性を上げてくれるから、多少無茶しても平気なはずだ。

 地面を転がりながら立ち上がり、目下最大の障害を睨みつける。

 

「バレバレなんだよ。ひでぇ演技だったぜ」

 

 演技だなんて誠に心外である。

 命乞は本心からの行いでしたけど?

 あそこで私に慈悲をかけてくれたら、殴りかかったりしなかったよ。

 敵意はギリギリまで隠していたのに何故バレたのだろう?

 後学のために、私の何がいけなかったのかご教授願いたい。

 

「心が折れた人間ってのはな。お前みたいにギラついていないんだよ」

「どういうこと?」

「お前、俺に会った瞬間考えただろ?今もずっと考えてんだろ?なあ?」

 

 ん~?何の事やら、わかりませんなぁ。

 

「どうやったら俺を殺せるか、答えは見つかったかぁ!クソガキぃ!」

 

 あらヤダ、女の子の深層心理を覗くなんて無礼極まるぞ♪

 というか、何でちょっと嬉しそうなんだよ。

 Sかと思いきやMか?

 『早く私を殺しにいらっしゃーい』とか言っちゃう、複雑な男心か?

 

「殺す方法、見つかりませんでした。今の私には…」

「今のねえ…クク…いずれは殺せるとでも言いたげだなw」

「ここで逃がしてくれたら、出世払いするかもですよ?」

「あいにく、信用できない投資はしない主義だ」

「信用を得るにはまず対話からです。じっくりお話でもどうですか?」

「その前に遊んでくれよ。俺ぁ退屈してんだ」

「わぉ!人生初ナンパです!でも、初手でDVかましてくる男はノーサンキュー」

「なら、無理やりにでも付き合ってもらうぜ!」

「強引ですね///女の扱いがなっていません!」

 

 軽口をぶつけながら同時に走り出す。

 参ったなぁ、結局戦闘になっちゃったぞ。

 身の安全のため平和的な解決を望んでいたのに、この始末。

 

 逃げている最中、自分の状態確認をしてわかった事がある。

 何だか知らんが体から妙な虹色の光が出ている。

 力を込めた部位ほどその輝きは強くなる傾向がある。

 きっと体の中にある虹の雫が私を守ってくれているんだ。

 この力を使わない手はない、というか使わないと死ぬ。

 炎ごとあの男を薙ぎ払う破壊光線、ゲッタービーム的な何かをぶっぱなしてやりたいけれど、今のところは無理そうだ。

 ゲッター?頼もしくも恐ろしい何かよくわからん力だと、唐突な異世界情報が教えてくれた。

 

「ハンデをください」

「もう十分手加減してるつもりだがな」

「とりあえず炎出すのやめません?」 

「嫌だね」

「息するのもやめてくれたら、私とっても嬉しいです」

「言うじゃねえかw実は結構余裕あんのか?」

「カラ元気に決まってます!」

 

 余裕なんかあるわけない。こちとら最初から必死じゃ!

 繰り出される炎を搔い潜りながら、なんとか攻撃を当てようとするが、これがマジで難しい。

 体格差もあるけど実戦経験の差が圧倒的に違い過ぎる。

 この男、暴力を行使するのに慣れ過ぎだろ。

 一体、今まで何人殺して来たんですかねぇ?

 戦闘訓練を始めて1年とちょっとの私では、この危険人物を相手取るには早すぎるのだ。

 手加減はしてくれているらしいけど、その手を抜いた弱攻撃の一発でさえ私は簡単に死んでしまうのである。

 

 焦る気持ちとは裏腹に、私の頭はドンドン冷えていった。

 誰かさんが生み出す炎が熱すぎるせいだと思う。

 この場を切り抜けるためにやるべき事を、もう一度整理しよう。

 前提として、私にはこの男を殺す力はないと断言する。

 でも、この戦いに勝つ方法は相手の命を奪う事ではない。ここが重要だ。

 勝利条件はただ一つ、私を認めさせるのだ。

 

 ()()()()()()()()だと思ってもらえるように、自分の存在をアピールしなくてはならい。

 

 庭園での生活と何も変わらない、今まで散々やって来た事をまたやるだけだ。

 そう思うと幾分か気が楽になった。

 降りかかる火の粉というには凶悪すぎる相手を前に私は己を鼓舞する。

 

 頑張れイリス頑張れ!!

 私は今までよくやってきた!!

 私はできる奴だ!!

 

 そして今日も!!

 これからも!!

 折れていても!!

 

 私が挫けることは絶対にない!!

 

 炭次郎は本当にいいこと言うなあ。

 セリフをちょっとばかし引用させてもらったよ。

 脳裏に浮かぶ偏った異世界情報も私の勇気を後押ししてくれる。

 そうだ、頑張れ私!この迷惑極まる放火魔に・・・

 

 私の価値を見せつけろ!!!!

 

 ●

 

 放火魔ことマクバーンは初見でイリスの異常性を見抜いていた。

 目を奪われる色の髪と瞳ではなく、少女の在り方が普通ではなかったらだ。

 自分と相対した人間から生じる感情は様々だが『恐怖』『絶望』『警戒』『諦観』『焦燥』といったネガティブなものが殆どだろう。

 ある程度の実力を有する者ほど、それは顕著になる。

 ところが、このガキはどうだ?

 こいつは俺を視界に捉えた瞬間『面倒』だと思いやがった。そして・・・

 『コレどうやってたら殺せるの?』『めんどくさいなぁ』『ニコチン中毒』

 『あ、顔が良い!』『イケメンキマシタワー!』『好きかも///』

 と、ふざけた感情を立て続けに漏らしたのだ。

 

 だから少し興味を持った。

 軽く脅してみると、取り繕うように『恐怖』を滲ませたが。今更過ぎた。

 その裏でずっと隙を伺っていたのは見え見えだ。

 仕方ないので一応乗ってやったが、本当にグーで殴りかかって来るとは笑える。 

 相手が俺でなければ、今のは当たっていたかもしれない。 

 

 こいつの瞬発力どうなってんだ?

 地面に伏していたかと思えば一瞬で俺の眼前まで飛んだ上に、炎を最低限の動きで回避した。

 10にも満たないであろうガキができるような芸当ではない。

 そして今も俺の炎から逃れるよう足を止めることなく機敏に動きながら、果敢に攻めて来る。

 なんだよ、覚悟決めるの早すぎだろ。

 結社(うち)の強化兵どもより、よっぽど気合い入ってんじゃねーかww

 

「その()ぜる炎ウザいです。使用禁止にしてください」

「だったら自分に言えよ」

「はぁ?意味が解りません」

 

 俺は別に爆ぜる炎弾など撃ってはいない。

 ガキに直撃しそうになった炎弾が俺の意に反し、勝手にはじけ飛んでいるのである。

 ガキが全身に纏うオーラと、その体から溢れる鱗光(りんこう)とも呼ぶべき小さな光の粒。

 原理は不明だが、虹色に輝くそれらが炎弾を自動で無力化しているように思える。

 さながら対艦ミサイルを撃ち落とす近接防空システム。

 なんだそりゃ?しかも自覚なしかよww

 おそらく、こいつは力の使い方をまだよく理解していないのだろう。

 

「オラッ!そっちも撃って来い。ビームぐらいなら出せんだろうが!」

「出したいけど出ません!大体、ビームの撃ち方なんて庭園でも教わってませんよ」

「ああ?そんなん適当にやったらいいんだよ」

「適当にやって尻から出たらどうするんですか!必殺技が尻から出たらビジュアル的にマズいでしょう!」

「知るかよwww」

「お手本が見たいです。そっちが先に尻からファイア!してください」

「絶対やらねー」

「できないとは言わないんですねw」

 

 できてもやらんわ!やろうと思った事もないわ!

 ふざけた応答をして来るガキ。

 その間にも俺とガキの攻防は続いている。

 

 気のせいじゃない、このガキ・・・どんどん速くなってやがる。

 ギリギリで躱していたはずの炎弾を簡単に避けるようになり、俺の死角に回り込むこと既に3回目。

 あの妙な力が徐々に馴染んで来ているのは明白だ。

 地面を割るほどの勢いで踏み込み、懐に何度も飛び込んでは鋭い拳や蹴りを打ち込んで来た。

 その一発一発が小さな見た目からは信じられないぐらい、激しく、そして重い。

 大型魔獣にどつかれたような衝撃、まともに食らえばさすがの俺でも多少の痛みぐらいは感じるかもな。

 今、この瞬間にもガキは成長している。それもあり得ないぐらいの急成長。

 こいつはまだまだクソザコだ。その事実は天地がひっくり返っても変わらない。

 だが、もし、もしもだ。

 この先、十分な経験を積んで自分の力を十全に引き出す事ができたのなら、

 こいつの牙は、俺に届くかもしれない。

 

 ヤバいな。楽しくなって来た。

 

 トールズのⅦ組だったか?

 あいつらとやり合った時にも感じた、僅かな期待に口角が上がる。

 燃やし甲斐のある奴らは何人いてもいい。

 育ちきるまで待てるかどうかは、俺の気分次第だがな。

 

 認めるぜ。

 お前は稀に見る掘り出し物だ。

 クソガキ、てめぇは間違いなくこちら側の存在。

 

 人の理から大きく外れた化物!!

 

 同じ化物の俺が言うのだから間違いない。

 いいぞ、俺の同類にして俺の敵!

 生き残りたいんだろ?だったらもっと気張れや。

 次は何をする?何を見せくれる?

 精々俺を楽しませろよ?

 

 ●

 

 私がギアを上げる度に、放火魔もギアを上げていく。

 マジ勘弁してくれ。

 もうさっきから体中が悲鳴を上げているのに、全然勝機が見えない。

 

 そろそろいいんじゃない?

 これだけやったらもう十分でしょ?

 後はお互いの健闘を称えて握手して解散しよ?ダメ?

 

 もう何なんだよコイツ!

 どうやったら満足してくれんの?

 まさか私が尻からビーム撃つの待ってるの?

 それ期待されても無理っス。

 

 もう限界なんだよ。

 これ以上私にどうしろと?

 素手でこんな化物と戦ってるだけでも凄くない?

 

 私は疲労困憊だった。

 今すぐ抵抗を諦めて、地に倒れ伏してしまいたいぐらいには疲れていた。

 なんだか自分の体が光って見えるが、それを考察する余裕はない。

 この虹色の光は私の命綱であり、それがもうすぐ使えなくなる事だけがわかっていた。

 そうなったら終わりだ。

 

 一撃、せめてあと一撃・・・

 あの慢心しきった様子の放火魔に、私の思いとか、恨みつらみとかをぶつけてやらねば、死んでも死に切れん!

 私は最後の勝負に出る。

 放火魔の死角に回り込んでの背後からの奇襲だ。

 これを何度もやっていたら、向こうも飽きたとばかりに炎で迎撃して来た。

 男の背中から炎の翼が生えたかと思うと、それが私を絡めとるように伸びたのだ。

 本当に芸達者、でもそれは読んでいた!

 虹光を足に出して加速、スライディングの姿勢で男の股座を潜り抜ける。

 フフフ、無駄に長い足は閉じておくべきだったな。

 小さい私だからこそできた動き、もしここで放火魔が尻から炎を出していたら失敗していたw

 指を地面にめり込ませてブレーキ!

 すぐにスライディングを解除し、超至近距離から男をボコる!

 

「甘めぇよ!」

「っ!ぁああ!?!?」 

 

 んぎゃぁぁぁ!!!!熱い熱い熱いあっっつぃぃぃ!?

 

 私の体を地獄の炎が焼いた。

 精一杯の小細工は簡単に破られてしまったのだ。

 ゼロ距離から攻撃しようとした私により先に、逆にゼロ距離から炎を浴びせかけられた。

 直撃、このまま私は燃え尽きて・・・たまるかぁぁぁ!!!!

 

 気が狂いそうなほどの痛みと体を焼かれている恐怖に涙が出る。

 だけど、まだ私は生きてるぞコラ!

 炎に包まれながらも私は戦闘態勢を維持する。

 どうせ終わるなら、一矢報いてから終わってやろう。

 放火魔の記憶に私の存在を刻んでやるわ!トラウマという形でなぁ!

 

「へぇ…」

 

 燃え尽きなかった私に、どこか感心したような息を漏らす男。

 その腹立つ余裕を今崩してやるぞ。

 

 握り込んだ拳に力を集中する。

 全部だ、私の持てる力の全てをここに・・・

 力の使い方は正直まだよくわからない、だけど私の思いに虹の雫は応えくれる!

 信じるぞ。もうひとりの(イリス)

 

 さあ、無駄にイケメンな放火魔よ。

 私が恐怖を教えてやろう・・・

 

ちぇりあああぁァァァーーッ!!!!

 

 私は渾身の力を込めた正拳を突き出した。

 

 ●

 

 全てを込めた一撃を放つイリスの一挙手一投足をマクバーンは見つめていた。

 躱す事は容易い、もう一度炎を使えば、今度こそイリスの命は燃え尽きただろう。

 だが、そうはしなかった。

 マクバーンの心にあるのは純粋な感嘆だ。

 極限状況にありながら何度も隙を伺い、それが失敗に終わっても屈せず攻撃を続行した。

 それだけでも称賛に値するが、尚且つイリスは炎の直撃を耐え切ったのだ。

 マクバーンの炎は自他共に認める地獄の業火である。

 手加減ありとはいえ、常人ならば形も残らず消し炭になって然るべき火力を誇るのだ。

 それをちょっと泣くだけで我慢したとか、意味が分からない。

 見れば火傷を負った箇所がすでに回復し始めている。

 戦いの最中、イリスに見込みがあると判断した時点で勝敗は決していたのだ。

 

 ま、最後ぐらいは素直に食らってやるよ。

 

 頑張った子供にご褒美を上げるぐらいの感覚で、マクバーンはイリスの一撃を受ける事にした。

 自分ぐらいの化物になると、溢れ出た力が常時自らの体を覆う不可視の障壁(バリヤ)となっている。

 極薄の皮膜のようでありながらその耐久性は折り紙付きで、並みの銃弾や剣撃では傷ひとつ付かない。

 同じ化物であるイリスなら、その障壁も少しは崩せるだろうが、少し崩した程度では何も変わらない。

 腹にちょっとコツンと来るぐらいだろう、そう思っていた。

 

 その判断が、油断が、完全に誤りだったとマクバーンは後悔する事になる。

 

 後にマクバーンは自らの愚かさを語る。

 『本当はちょっと嫌な予感がしていた。直感に従うって大事だよな』と・・・

 

 イリスの虹光は未知の力である。

 それがまさか、予想以上の力を発揮してマクバーンの障壁を中和からの侵食までするとは、思わなかったのである。

 そしてイリスの狙った先が腹ではなく、全世界の男性諸君というかオスという生命共通の急所!

 金的を的確に殴打するものだったとは、夢にも思わなかったのである。

 

 ドムンッ!とかズドンッ!とかいう鈍い衝撃音が響いた。

 だがあえてここは、シンプルかつ解りやすい表現を用いたい。

 

 チーンッ!!!!・・・・・・

 

ぐほぉっ!?!?

 

 効いた。

 今のは確かに効いた。

 マクバーンが《劫炎》やら《火炎魔人》だのと畏怖されるようになってから、ここまで肉体的及び精神的ダメージを負ったのは初めての事である。

 それだけの快挙をイリスは成したのだ。

 

 短い叫びと共に体をくの字に曲げ股間を抑えるマクバーンなど、結社の同僚はおろか、それらを束ねる最高権力者である盟主(グランドマスター)でさえも見たことがない姿だ。

 そんな非常に珍しい姿を晒してしまった当の本人は、目の前の小さな悪魔を睨みつけた。

 

 よくもやってくれたなこのクソボケチビガキ!男の敵め!

 やっていい事と悪い事があるだろうが!!

 そうか、そんな最低限の暗黙の了解すらこの悪魔には通用しないのか・・・

 これは罰だ。相手をガキだと侮りすぎた愚かな自分への罰だ。

 まったく《執行者》No.Ⅰが聞いて呆れる。

 ここに結社のメンバーがいなくて本当に良かった。それだけが唯一の救いだ。

 自分にもクソガキにも言いたい事がありすぎて頭がどうにかなりそうだ。

 

 とにかくてめぇの顔は覚えたからなこの借りは絶対に返すそれまで死ぬんじゃねーぞコノヤロバカヤロー!

 

てめ……なんてこと……しや、がる……

 

 震える声で、それだけ告げるとマクバーンは前のめりに倒れるのであった。

 

 その様子に一番驚いたのは、ジャイアントキリングを成し遂げたイリスである。

 無我夢中で放った最後の一撃、それがこんなにも効果抜群だとちょっと、いやかなり引く。

 

 倒れた敗者におっかなびっくり近づき、その体をそっとツンツンしてみる。

 先程まで偉そうに炎をまき散らしていた男の姿は見る影もない。

 今はただ、やや内股で股間を押さえ痙攣している変な奴である。変態である。

 安全を確認してからイリスはホッと胸をなでおろす。

 

 「勝った!イリスの冒険【序章】完!」

 

 イリスは拳を天に突き上げ勝利宣言をするのであった。

 

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