勝利の余韻に浸りながら、私は故人となった主任との会話を思い出していた。
『イリス、君は今日何をやったか覚えているかい?』
『格闘戦の訓練で大勝利を収めました。褒めて下さい!』
『うん。頑張ったのはいい事だ。でもね、君がとった方法が、その…』
『人体の急所を狙うのは理にかなった行為です。体格差で劣る私なら尚の事ですよ』
『それで8名の検体が股間に深刻なダメージを負ったわけだけど、アレはやり過ぎだ』
自分は医学書や格闘術の本で学んだのだ。
金的は人体の急所であり、飛び出した内蔵でもあると。
そんな危なっかしい構造をしている男たちが本気で理解できない。
理解できないけど、狙ってくれと言わんばかりにぶら下がっているなら、攻撃してもいいよね?
自分は何も悪い事はしていない。
学んだ知識を実践しただけだ。
『あのね。男にとってアソコを攻撃されるのは、悪逆非道以外の何物でもないんだよ。それぐらい痛い!』
『いや、女でも痛いと思いますよ』
『まあこれは、竿と玉を持っていない君にはわからないか…』
『急に下品な単語を出さないでください。私の教育に悪いです』
竿と玉・・・医学書の図解を見て『変なのぶら下がってんなぁ』としみじみ思ったアレとコレだ。
『今後金的への攻撃は禁止する。これは僕との約束だ』
『えぇ…これ以上ないぐらい楽に男を始末する方法なのに…もっといっぱい折ったり潰したりしたいのに!』
『世の全ての男性のため、君を処分すべきか真剣に悩むよ』
『だ、ダメです。野郎どものチンチン破壊したぐらいで死ぬのは御免です』
『女の子が恥ずかし気もなくチンチン言わない!とにかく禁止だからね』
『その禁則事項が解除される場合はありますか?』
『君が暴漢に襲われてピンチになった場合は許可しよう。その時は思う存分やっていい』
『了解しました。主任、ちょっと私に襲い掛かってくれません?』
『フフフ、思いついたら即実行は君の長所であり短所だね』
金的への攻撃を禁止された次の日、自分に不名誉な仇名がつけられていた。
『種を奪う者』『ボールクラッシャー』『チン狩り族』とか言われたなぁ。
今となっては懐かしい思い出だ。
思う存分やって勝ちましたよ主任・・・
●
戦いは終わった。
進路を妨害していた炎の壁も消え失せた今、私は先を目指すべきだ。
べきなんだけどなぁ。倒れている放火魔が気になる。
私のせいで倒れているんだけど、なんだか可哀想になって来た。
「あ、あの~」
一声かけると男は痙攣を中止し、何事もなかったかのようにすっくと立ち上がった。
「えーっと、ですね。大丈夫ですか?」
「問題ねぇ…あの程度何も問題ねぇよ…」
「思いっ切り『ぐほぉっ!?』って言ってましたけど?」
「ちょっとむせただけだ。別にお前の正拳がクリティカルしたわけじゃねぇよ」
「本当に大丈夫ですか?なんか脂汗かいてますし、足も生まれたての小鹿みたいですよ?」
「ほっとけ!頼むから、今はそっとしておいてくれ」
「あ、はい」
大人には子供の私にはわからない苦労とか見栄があるんだろうな。
空気を読んだ私はそれ以上の追及をやめた。
その場でジャンプしたり私に背を向けて何かを確認する事しばらく、男はようやく元の傲岸不遜な態度を取り戻した。
「やってくれたな、ガキ」
「折れてましたか?それとも潰れてました?」
「なめんな!俺の股間はそんなにヤワじゃねーよ」
ホントに~?やせ我慢しているようにしか見えないぞ。
仕方ない、ここは私が一肌脱いでやりますか。
「よろしければ、私がチンチンを『よしよし』してあげましょうか?」
「急に何言ってんだクソガキ!?これ以上俺の股間に手を出すんじゃねえ!」
後退る男、その目には明らかな怯えが見えた。
ん?私は善意で提案したつもりなのだけど、この反応は何だ?
「私、なんか間違えてます?男の人は女の子にチンチンを『よしよし』されると、立ちどころに元気になると教えられたのですが?」
「お前にそれを教えた奴は今世紀最大のクズだな。死ねばいいのに」
「もう死んでますw」
言われてますよ、主任www
どうやら主任から受けたレクチャーに不備があったらしい。
死んでなお、私に恥をかかせるとは、厄介な人だよアンタは・・・
『調子狂うな…』とぼやきながら男は頭を乱暴にかく。
何やらお疲れのご様子。やっぱりよしよししてあげた方がいいのかな?
「おいガキ、てめぇ何者んだ?」
「それはこちらのセリフです。あなた、ただの放火魔ではありませんね?」
そういえば互いに自己紹介もせず戦闘になってしまった。
それもこれも、この放火魔さんがいきなり攻撃して来たからだ。
仕方ない、ここは年少者の私から名乗ってやろう。
自分に敗北を刻んだ者の名をしっかり覚えなさいよ。
「私は知の庭園の検体番号【5364】で名前をい…」
大地が震えた!?!?
私の自己紹介は、聞いた事のないような轟音と衝撃で中断を余儀なくされる。
揺れた、今メッチャ揺れた。
庭園の敷地全体に響く大きな揺れによって、尻もちをつきそうになるのを何とか堪える。
「あー、もうそんな時間か」
「今のが何か、知っているんですか?」
「上から何かやべぇもん落として綺麗にするって話だったような…何だったかな?」
やべぇもん?・・・それって主任が言っていたヤツでは?
「地中貫通爆弾…」
「それだ。確かそんな感じのヤツだった気がする。あのマッドが用意した新型弾頭だとよ」
地下施設の破壊を目的とした爆弾。
知の庭園を灰燼に帰すため、襲撃者たちが撃って来ると主任は言っていた。
遂にそれが現実となったようだ。
今ので主要施設のある上の階層は全て吹き飛んだのでは?
そう思えるぐらいの凄まじい音と衝撃がしたぞ。
「マズいです。ここもいつまで持つか」
「そうだな。もう一発撃たれたら、下層フロアのここも一巻の終わりってな訳だw」
「笑い事じゃないですよ。早く脱出しないと」
「もう遅ぇみたいだけどな」
「ふぇ?」
男が上を見上げた、つられて私も上を見上げる。
そこは岩肌に金属板と何かのケーブル類が取付られた天井があるだけで、特に異常は・・・
また震えた!?今度はさっきよりも大きい揺れだ。
2発目の地中貫通爆弾!もう撃って来やがった!
これってヤバいんじゃ・・・
「に、逃げましょう!」
「無駄だ。来るぞ来るぞwよく見とけww」
「何が……て!?うぃいいいぃぃぃ!?!?」
何が来るのか理解した瞬間、変な叫び声が出た。
断末魔だとしても可愛くない。
それは破壊の波だった。
凄まじい威力の爆弾から生まれた衝撃と熱と膨大な圧力。
それらが庭園の瓦礫を飲み込んで膨れ上がり、庭園内のあらゆる場所を蹂躙しているのだ。
私のいる現在位置は庭園でも下層に位置し、強固な隔壁によって守られたはずの場所だった。
地中貫通爆弾はその性能を遺憾なく発揮して、1発目で主要施設を破壊、2発目で庭園の隅々まで消し飛ばす気だ。
怒涛の勢いで破壊の波が迫る。
これはもう走って逃げても間に合わんぞ。
今度こそ終わったか?
ヤダーッ!こんな所で死んでたまるかぁぁ!!
私は『ヒュー♪』とか言ってニヤついている男の手を引っ張る。
お前何しとんねん!早く逃げるんだよ。
間に合わないとか、全て無駄とか、そういう事を考える時間すら惜しいんだ。
早く動かんかい!
棒立ちのまま死ぬような真似だけはしたくない。
私は最後の最後まで藻掻いて足掻いて徹底抗戦する!
今までずっとそうして来たんだ。
人生の最先端にいる私が諦めるわけにはいかない。
私は、私を裏切らない!
ここまで頑張って来た、過去の自分を裏切ったりなんかしたくない!!
ええいクソったれ!
正体不明の放火魔が動きやしねぇ!
ジ・O、動け!ジ・O、なぜ動かんッ……!
隠し腕(チンチン)もがれたくなかったら動けや!!
「おいガキ、俺はモビルスーツじゃねーぞ」
ツッコむ暇があるなら逃げましょうや!
ウェイブライダーよりやべぇのが突撃して来てるんだってば!
ドドドドドドドドドッッッ!!!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ!!!!
破壊の波が出す音は、滅びゆく庭園の悲鳴であり、ここで亡くなった者たちの怨嗟の声にも感じられた。
『5364何故だ何故…』
『お前だけが生きている』
『使い捨ての検体が…』
『お前も死ね!ここで死ね!5364』
うるせー!死人風情が、いちゃもんつけて来るんじゃねー!
今のは私の幻聴であり妄想だ。気にする価値すらない。
くぅ、最早これまでか!
虹色パワーを絞り出しても防ぎ切れるとは思えない。
名前も知らない男と地下深くで心中オチなんてサイテー!
クッソォォォォォォ!!
・・・・・・・・・・・
私は破壊の波に飲まれた・・・はずだった。
だが、まだ意識がある。
何だか知らんが、私はまだ生きている!
「やれやれだ…」
「え、ちょ、おま!?」
キョロキョロと辺りを見渡して私は唖然とする。
とんでもない勢いで迫っていた破壊の波が停止している。
正確には、たった一人の男によって、これ以上の進行を妨げられていた。
私を火あぶりにしかけた男、その手にはいつの間にか禍々しいオーラを放つ長剣が握られていた。
「黒い…炎…」
剣の切っ先からは闇色をした炎が噴き上がり、破壊の波を押し留めている。
物理法則とか常識とかを全部放り出した以上な光景に、私は目を見開く事しかできない。
あの剣も黒炎もそれを使う男も、全てが人知を超える規格外の存在。
絶対的な死すらも覆す理不尽なまでの圧倒的な力・・・
生唾を飲みこんだ喉がゴクリッと鳴る。
いいなぁ。ああいうの、私も欲しいな・・・
力がほしい、私にもアレだけの力があれば・・・
理不尽だらけのこの世界を、更なる理不尽でねじ伏せる。
そんな力が・・・私には必要だ。
全ては私が私である事を貫くために・・・
今度こそ、私に課せられた使命を全うするために!!
それにしても、本当に手加減していたんだな。
最初からあの剣や黒炎を出されていたら、抵抗する暇すらなく死んでいたわ。
「なんとかできます?」
「できないと思うか?」
「勿体ぶらずやっちゃってください。私にいいところ見せるチャンスですよ」
「イマイチやる気が出ねぇんだよな…」
いいから、早くしてしよ!
気が緩んで生き埋めとかになる前にな!
男は面倒臭そうに被りを振り。
剣を持つ手に力を込めた。
「しゃらくせぇんだよ!!」
おお!すっげー!
剣から放出された黒炎が破壊の波を逆に飲みこんでしまった。
黒炎の勢いはとどまる事を知らず。全てを喰らい焼き尽くしていく。
10秒にも満たない時間で、破壊の波(笑)は跡形もなくなってしまった。
もう言葉もない。
何なのアレ?焼いたというか消してるじゃん?
あれだけの膨大な質量が忽然と無くなるとか悪夢だろ。
呆気なく窮地を脱した安堵と、ヤバすぎる力を目の当たりにしたショックで、へたり込みそうになる。
気をしっかり持つんだ私、まだここからだぞ。
「上出来です!見直しましたよ」
「なんで上から目線なんだ、このガキ…」
「やっぱりチンチンよしよし、しましょうか?」
「やらんでいい!」
よしよしは不要だと言うので、私は拍手しながら男を褒め称えた。
キャー!放火魔さんカッコイイ!
私の賛辞に男は嫌そうな顔をするだけだった。
おや?あの剣どこへ行った?
どのように収納しているのか気になるなぁ。
「爆弾の3発目、ありますかね?」
「さあな。今ので俺がまだ戻ってない事に気付いたとは思うが」
「だからこそ撃って来る可能性は?」
「……ない、とは言い切れねぇ」
「ダメじゃないですかww」
自信なさげに言うなよ。
この人、組織内で嫌われているんだろうか?
ぼっち?ぼっちのなの?
私と一緒ですね!ちょっと親近感湧くじゃない。
「先に進みましょう。一番奥に脱出用の古代遺物があるはずです」
「なるほど、それであの野郎は先行したのか」
「え?まさか、あなたの様な規格外が他にも来ていらっしゃる?」
「いけ好かねぇピエロだがな」
ピエロ?あのなんかメイクが怖い奴か?
知識としてしかしらないけど、うぅ、ちょっと苦手かもしれない。
●
成り行きで放火魔と一緒に奥を目指す事になった。
殺されそうになったけど、さっきは命を救ってもらった。
良い人とは思わないけど、悪い人だと決めつけるのも違う気がする。
清濁併せ吞む度量を持つ私としては、単純な善悪で人を判断しないのだ。
重要なのは私が気に入るか、気に入らないかだ。
その点で言えば、彼の事は気に入っている。
だって顔が良いからね!
赤い外套に胸元のはだけたセクシーインナーを着こなすイケメン。
鮮やかな浅葱色の髪は無造作に伸ばしており、その毛先は薄っすら赤くなっていて素敵。
獰猛な光を宿す赤い目、洒落たサングラスも良く似合っていてカッコイイ。
好きかも////
庭園には勘違いイケメンや、なんちゃってイケメンしかいなかった。
こういう本物のイイ男は目の保養になりますなぁ。うへへ・・・
おっと、自己紹介が中断したままだった。
邪魔が入らない内に名前を教えてあげよう。
「私、イリスです。魂に刻んで覚えて下さい」
「あっそう」
「お兄さんのお名前は?」
「名乗るほどの者じゃねーよ」
「いいから教えて下さい。知らないと、いろいろ不便です」
「好きに呼べよ」
「ダークフレイムマスターですね。決め台詞は『闇の炎に抱かれて消えろ!』恐ろしいほど、ピッタリじゃないですか!!」
「俺は中二病じゃねぇ!」
闇の炎を出していた癖に、何故嫌がるのか理解に苦しむ。
大丈夫、中二病でも恋はできますよ?
「炎を出す男、燃えるお兄さん、燃え上がる兄貴……モエニキ?」
「却下だ」
せっかく考えたのに文句が多いな。
「じゃあもう!
「最低な二択を迫るな!」
ワガママな男だ。
嫌なら本当の名前を教えなさいよ。
それとも何?真名がバレたらマズいの?
グランドオーダーなサーヴァントだったりするの?
「……マクバーンだ」
「マックイーン?」
「そりゃ競走馬だ!」
「違います。ウマ娘の方ですよw」
「パクパクですわ~……って!余計おかしいだろうが!!」
お、ノリツッコミだw
やってくれるとは思わなかったので、なんか嬉しい。
はいはい、あなたの名前はマクバーン君ですね。
イリス覚えた!
それより、私は今のノリツッコミで確信した。
ちょっと前から会話の節々に違和感があったけど、そういうことか・・・
「ねえ、マクバーン君」
「君って……チッ!なんだよ?」
「マクバーン君も、頭の中に
「……はぁ?何言っちゃってんのお前?」
今、間があったな。
「隠さなくていいです。私も同じなんで」
「勝手に一緒にするな」
「わかってます、わかってますよ。黒い炎を出した時、本当は『炎殺黒龍波』と叫びたかったんですよねw」
「そ、そそそ、そんなわけあるか…俺は別に…飛影、そんなに好きじゃないし…」
誰も飛影とは言ってないんだが、照れなくてもいいのに。
自分と同じ炎属性キャラを愛する気持ちはよくわかる。
「立派にできましたよ…」
「やめろ!煉獄さんの最期を穢すな!」
『さん』付けなんだww
まあ、煉獄さんはカッコイイから仕方ないね。
「やっぱり私と同じじゃないですか!」
「くそっ、まさかお前もだったとは…」
観念したのか、マクバーン君は私と同じ症状を抱えていると白状した。
異世界の物語、その名シーンやキャラクターの情報が唐突に頭に浮かび、気付けばそれを既に知っていた事にされている。
例えるなら、いろんなジャンルの小説全巻を頭に押し込まれたような感覚。
いつ何が頭に浮かぶかはランダムで、時々情報は更新されたりもする。
今のところ特に害はないが、原因が不明なのは少し怖い。
この偏った知識が頭を埋め尽くして、精神崩壊とかしたら・・・そうならない事を祈る。
「なんなんですかね、コレ?」
「知らね。気付いた時にはこうだったからな。何度か脳みそ、ほじくりかけたぜ…」
「いつからですか?私は今日、目が覚めてからです」
「いつだったかな。忘れちまったよ」
あなた何歳ですか?
コラ、顔を背けて口笛吹いてんじゃねーですよ!
年齢は断固として教えてくれない、マクバーン君であった。
同じ悩みを抱えた者同士、話が合うのは必然である。
「五等分では三女が最高ですよ。異論は認めません。歴女カワイイ~」
「は?次女が最強だろうが、料理上手だぞコノヤロウ」
「いやいや、あれだけボロクソ言っていた女が急に告って来たら恐怖ですよ!」
「そのギャップがいいんじゃねーか『この女、ついに落ちやがった』てな達成感と征服感はいろいろヤベェぞ」
「うわっ!ゲスい男です!でも、すごくよくわかる!」
素直じゃないマクバーン君も、共通の話題ができる相手に飢えていたようで、渋々ながら会話に応じてくれた。
めっちゃ盛り上がった。
●
庭園の最下層に到着した。
ここに、脱出用の古代遺物が保管されているという。
出入口には見覚えのある隔壁扉がまたもや設置されている。
この奥で間違いないらしい。
主任みたいに開けられるかな?
「俺だ、開けろ。開けなきゃ扉ごと燃やすぞ!」
乱暴者のマクバーン君が扉をヤクザキックしながら騒いでいる。
チンピラか!ほんとガラが悪いなぁ・・・
「中に誰かいるんですか?」
「ピエロがいるって言ったろ。たぶんこの中にいるぜ」
チンピラは放置して私は操作盤にあるインターホンのスイッチを入れる。
背が足らない私はぴょんぴょんジャンプしながら、マイクに向かって声を出す。
「ごめんくださーい。誰かいらっしゃいませんか?」
「アホか、そんなんで出てて来るかよ」
「はーい。待っててね、今行きまーす」
「……」
「出て来るみたいですねw」
場違いに明るい声で返答があった。
隔壁扉のロックが解除され、中からひとりの人物が姿を現す。
「やあやあ、よく来たね。待っていたよ、虹のお嬢さん♪」
マクバーン君がピエロと言っていたので、かなり怖いジョーカーみたいな奴を想像していたけど、全然違った。
出て来たのは変わったスーツを纏った、中世的な顔立ちの美少年?もしくは美少女?
どっちだろう?わからん!
黄緑の髪に赤い目、年は10代半ばぐらいかな?
きっと、この人も只者じゃない。ある意味マクバーン君より厄介な相手だと思う。
「初めまして。僕は【結社】《身喰らう蛇》の《執行者》No.0。《道化師》カンパネルラ、以後お見知りおきを」
「これはご丁寧にどうも。私はイリスと言います。知の庭園で検体をやっていました」
「そっかぁ、苦労したんだねー」
「いえいえ、それほどでも」
いきなり攻撃されたりしない。会話は普通に成立する。
それだけでちょっと安心した。
マクバーン君の対応が如何に非常識だったかも理解した。
結社、今ハッキリ結社《身喰らう蛇》って言った。
薄々感づいていたけど、やっぱりそうだったか。
マクバーン君もそうなんですね。
「説明してないの?マクバーンは《執行者》No.Ⅰ。《劫炎》の異名を持つ男だよ」
「どうでもいいだろ。そんなことは」
ちっともよくありませんが!
この二人、知の庭園を襲った奴らの一味というか、そいつらのボス的存在だろ。
最悪じゃないか!
脱出用の古代遺物はもう目の前なのに、庭園掃除(皆殺し)の責任者がここにいるなんて・・・
またかよ。またピンチかよ。もうお腹いっぱいだよ。
今更ジタバタしても無駄だ。ここは真っ向勝負でいくしかない。
「カンパネルラさん。折り入ってお願いしたい事があります」
「ん?なんだい?」
私は深呼吸する。
頼む、通じてくれ私の誠心誠意。
「どうが見逃してください!私はまだ死にたくありません!」
「うん。いいよ」
「やっぱダメですかチクショウ!こうなったらマクバーン君のキンタマを……いいんですか!?」
「いいよ。最初からそのつもりだし」
「おい、俺の金玉をどうする気だった!?」
マクバーン君うるさい。
私は今、感動に打ち震えているのだ。
お願いを聞いてもらえた。私は助かる。助かるのだ!
イヤッッホォォォオオオウ!
やった!やったぞ!やったんですよ!
カンパネルラさん…いや、カンパネルラ様!
結社という外道組織に貴方様がいてくれた事、感謝いたします。
「本当にいいのか?庭園の痕跡は全部消せって話じゃなかったか?」
「いいもなにも、盟主様のお言葉だからね『虹の少女に会ったら、好きにさせてあげなさい』って仰っていただろう?」
「なんだ『好きにしていい』じゃなかったのか?」
おい、今聞き捨てならん発言があったぞ。
盟主様とやらは私を最初から見逃す気だったのに、マクバーン君はその命令を間違って受け取っていたのか?
私はマクバーン君のうっかりミスで殺されかけたと、へぇー・・・
キンタマ潰しておけばよかった(# ゚Д゚)
「まさか…イリスと戦ったの?一体何を考えてるのさ!これは重大な命令違反になるよ」
「生きているんだからいいだろ。その後、ちゃんと助けてやったし」
「まったくキミって奴は、それで彼女の服がボロボロなのか。ごめんね~怖かったでしょ」
「はい。死ぬかと思いました」
カンパネルラ様は私に向かって指先を振った。
すると、なんということでしょう!
焼け焦げてボロボロだった私の検査着が一瞬で新品同然になったではありませんか。
何だ今の?魔法?魔法なのか?
衣服の修復が出来る魔法とかすんごい便利なんですけど!
やっぱりすごい人だった。もう私、一気にファンになったよ。
「半端ねぇお方……パネ様とお呼びしてもいいですか?」
「ははは、変な子だなぁ。いいよ、好きに呼んで」
「パネ様。マジでリスペクトします」
「なんで俺は『君』なんだよ?」
「は?いきなり襲いかかって来た暴漢は『君』で十分です」
「だよね~。日頃の行いから来る結果だねw」
「チッ!手加減してやったのによ…」
ちょっと拗ねたマクバーン君は放置して、私はパネ様のお傍に近づく。
頭を撫でてくれるのが嬉しい。
「この色、この輝き……まさに『虹の少女』だね」
「だろ?変わってるよなコイツw」
また私の髪と目を見て笑っている。
そんなにおかしいのかな?早く鏡が見たい。
「ここに脱出用の古代遺物があるはずなんですが?」
「足元を見てごらん。キミの求めるものはそこにある」
足元?
下を見ると床に不思議な幾何学模様が描かれているのに気付いた。
なるほど、この部屋の床そのものが古代遺物なのか。
パネ様はこの部屋で古代遺物の調査をしていたらしい。
そこでわかったのは、この古代遺物が人を含む物体を長距離転移させるものだという事だった。
おお、脱出にはまさに打って付けの代物。これこそが私の求めていたものだ。
「でも、残念ながら動かないんだよね」
「な!?ここまで来てそれはないですよ」
「鍵が必要みたいなんだけど、イリスは何か知らない?」
そう言われましても。
鍵か…主任は何も言ってなかったけど。
その時、私の首からピピッ!と小さな電子音がした。
そのままピピッ!ピピッ!と断続的に音が鳴り続けている。
何?改造手術のついでに目覚し時計を組み込まれたのか、何故首につけた!?
「首輪が鳴ってんぞ」
マクバーン君が私の首を指差す。
あ、そっか。検体番号が刻まれた首輪をまだしていたのか。
装着感があまりないので、着けている事を忘れていたわ。
「見て、あそこにある台座にそれがハマりそうだよ」
パネ様の言う通りだ。
明かりに照らされた台座に窪みがあり、そこに私の首輪がちょうどセットできそうだ。
これ見よがしにな仕掛けに辟易しつつも、首輪を外して台座に置く。
うん、ピッタリだ。
私の首輪が古代遺物を起動させる鍵だった。
最初からこうなるよう仕組まれていた。
ドクターと主任は、いつから私を外に出そうとしていたのだろう?
二人の真意はもうわからないけど、彼らの繋いでくれたこの命を大切にしようと思う。
首輪の電子音が止まると、こんどは部屋全体から機械の駆動する音が聞こえた。
床の紋様が青く発光していき、それは次第に大きく強くなっていく。
安全のため、少し距離を取って見ていた私たちの目の前で、それは起動した。
「これが大昔の長距離転移装置……溢れた導力光がまるで水の波紋みたいだね」
パネ様が古代遺物を興味深そうに眺めている。
青く美しい導力光が床から溢れ、中心に向かって渦巻く水流のように見える。
なんだか、水洗便所みたいだな。
たぶん、あの中心に飛び込めばいいんだろうけど・・・
そうすると、流されるウ○コみたいになっちゃうなw
「なんか見覚えあるな」
「水洗便所ですか?」
「それもだけどよ。アレだ…わかるだろ?」
「アレですね」
「二人だけで何を理解し合ってるのさ、仲間外れは酷いよ~」
パネ様にはわからないでしょうね。
私とマクバーン君の頭に浮かんだのは『旅の扉』という某有名ゲームのワープ装置だ。
似てるなぁ、そのまんまだなぁ。
「後は、あそこに飛び込めばいいんですね」
「1つだけ注意点があるよ。それは転移先の座標を指定できない事だ」
「何処に出るのかわからないってか?とんだ欠陥装置だなww」
「ゼムリア大陸内ではあると思うけど、こればっかりはやってみないと分からないね」
そんな事だろうと思ったよ!
出たとこ勝負の運任せ、これはかなり危険なギャンブルだ。
「*いしのなかにいる*」
「何で今それ言うんですか!!やめてくださいよ!!」
マクバーン君はの呟きに背筋がゾッとする。
そういう事故も十分あり得るのだ。
他にも、遥か上空に放り出されたらどうする?
風魔法が使えない私は墜落死だぞ!
それでも、このチャンスは逃せない。
危険が待っているとしても、私は進むしかないのだ。
「行くんだね」
「はい、行きます」
「死ぬかもしれねぇぞ?」
「それでも行きます」
覚悟はとうに決まっている。
運任せ上等じゃないか?
ここまで生き残って来た私の幸運をなめるなよ!
使い切ったとかは考えないようにする。
ふぅ・・・これで結社の二人とはお別れか。
礼儀として挨拶だけはしておこう。
「短い間でしたが、お世話になりました」
「サッサと行っちまえ」
「あはは、もっとお話ししたかったけど、それはまたの機会にしようかな」
お別れ、これでお別れだ。
一期一会という言葉がある。
この二人とは今生の別れになるかもしれない。
もう一度会える保証はどこにもないのだ。
故郷の司祭様にシスター、私を売り飛ばした二人組、
そして、ドクターと主任・・・
別れの時はいつも突然やって来る。
言いたい事も、伝えたい思いもたくさんあったのに・・・
『また』とか『いつか』と言い訳して、私はその機会を逃して来たのだ。
それはもうやめようと思う。
これからは自分の気持ちを少しづつでも、ハッキリと相手に伝える努力をしよう。
これはその一歩目だ。
今の私には何も無い。
だったら、この体の全身全霊で感謝の意を伝えるのみ!
「パネ様!」
「おっと、急にどうしだんだい?」
私はパネ様に飛びついた。
驚きながらも優しく抱き留めてくれるパネ様。
少し胡散臭いけど、とても優しい人だと思う。
高級なコロンの香りもして素敵です。
「ありがとうございます。パネ様がいてくれたから、ここからの脱出が容易になりました」
「うーん。恨まれこそすれ、感謝されるいわれはないんだけど。
「わかってます。それでも、私はパネ様に会えて良かったです」
「……キミ、やっぱり変な子だなぁww」
「あの首輪、良かったらもらってください。私の形見になるかもです」
「縁起でもない。わかった、もらっておくね」
パネ様の胸に頬ずりする。
ふむ、やはり男か女かわからないな。
下半身を触診すれば若しくは・・・さすがにそれは不敬すぎるから自重だ。
「マクバーン君!」
「うわっ!こっちくんな!」
「つれないですねぇ。殺し合いをした仲じゃないですか」
そして、頭にちょっとした問題を抱えた同士でもある。
パネ様とのスキンシップを終え、今度はマクバーン君の体にダイブ!
はたき落されそうになったけど、何とかその背にしがみついた。
子泣きジジイとか言わないで!
「殺さないでくれて、ありがとうございます」
「お前が勝手に生き残っただけだろ」
「爆弾から守ってくれたのも、嬉しかったですよ」
「ついでだ。別にお前を助けた訳じゃない」
本当に素直じゃないなあ。
そういうところも、嫌いじゃないわ。
いろいろあったけど、マクバーン君とここで会えて今は良かったと思う。
「次はデートしましょう!約束ですよ」
「するか!っておい何して…」
「……ん」チュッ
「へぇ、これは盟主様に報告かなw」
「おいバカヤメロ、お前も、いい加減離れろ!」
照れて怒ったマクバーン君は乱暴に私を放り投げた。
それは予測済みなので空中で回転して難なく着地する私である。
きゃっほう!
マクバーン君の頬に口付け…ほっぺにチューしてやったぜ!!
今のが私の初チューだ。喜んでくれたまえよ。
今までずっと避けていたけど、人との肉体的接触は思いの外心地よい。
これからはもっと積極的にスキンシップをとりたいな。
できれば、美男美女といっぱいイチャイチャしたい!!
やる事やって満足したので、私は転移装置『旅の扉』へと歩みを進める。
「そうだ!盟主様って人にも、お伝えください。イリスがとても感謝していたと!」
「うん。ちゃんと伝えるよ」
「ご縁があったら、またお会いしましょう」
「俺はもう会いたくねぇけどな」
よし、これで思い残す事は無い。
いよいよ、出発進行だ!
さらば、知の庭園よ・・・私は外の世界へ旅立ちます。
ここで過ごした日々を私は忘れない。
「イリス、いっきまーす!!」
未知なる世界への不安と、それ以上の期待を胸に走り出す。
私は軽い足取りで旅の扉へと飛び込んだ。
●
虹の少女、イリスが旅の扉を通り抜けた。
その直後、古代遺物はその役目を終えたように機能を停止した。
「行っちゃったね」
「疲れた…マジでふざけた奴だったぜ」
イリスの首輪を回収したカンパネルラは、ウンザリ顔のマクバーンを揶揄う事にした。
「キスされていたねwマクバーンがロリコンだったとは知らなかったよww」
「うるせぇ殺すぞ。アレはあのガキが勝手に」
「はいはい、そういう事にしておこうかな。フフ、盟主様に良い報告ができそう♪」
「余計な事は言うなよ。消し炭になりたくなかったらな!」
まさか、マクバーンを手玉に取る子供がいるとは驚きである。
自分にも懐いてくれたイリス、カンパネルラは久しく忘れていた不思議な感情を抱いた。
「また、会えるといいな」
「縁ってのがあれば、それも叶うだろうさ…」
「デートプラン、考えておきなよww」
「知るか!!」
しばらくは、このネタで揶揄われる。
そう思ったマクバーンは益々顔をしかめるのであった。
「そろそろ僕らもお暇しよう。地中貫通爆弾の3発目が落ちて来る前にね」
「ダメ押しするのかよ…」
《執行者》二人は自らの足元に転移陣を展開した。
結社独自の高度な技術力で構築された術式。
これにより、一気に地上まで安全に移動する事が可能なのだ。
その利便性は高く聖杯騎士団を始めとする、敵対組織の頭を悩ませている。
「なあ…今思ったんだけどよ」
「ん?」
「危ねぇ古代遺物はなんぞ使わなくても、俺たちが地上まで送ってやれば良かったんじゃね?」
「………」
「………」
沈黙が場を支配する。
そんな簡単な事に気付かなかった自分たちが信じられない。
きっと、虹の少女のおかしな雰囲気に毒されたのだろう。
『バカ』がうつったとも言う。
そうだ、そうに違いない。
「あはは、可愛い子には旅をさせよって言うよね♪」
「俺、しーらねww」
何も知らないイリスが不憫だ。
執行者たちは笑いながら転移していった。
その後、3発目の地中貫通爆弾が発射され、知の庭園と呼ばれた施設は、この世から完全に消えてなくなった。
かくして虹の少女は庭園の外に出た。
小さな少女が、世界にどのような波紋を起こすかは未知数である。