FOX小隊実装してくれよな~頼むよ~(届かぬ想い)
序章ではシイナちゃんが免許返納班に配属されるまでを書いていくゾ。
※令和6年4月21日 15時18分:一部セリフを変更しました。
プロローグ
それは2月の終わり頃、土砂降りの雨の日のことであった。ある路地裏は血の海と化していた。
泥と血で酷く濁った雨水は水たまりを作っており、その中心には学校の制服とトレンチコートを着た18歳の少女が仰向けに倒れている。既に瀕死の状態で、もはや助かる見込みはない。
彼女の頭上にある『ヘイロー』もまた、ひび割れ、崩れかけて霞んでいる。
雨音と血の匂いとぼやけた灰色の空、身体に力を入れることすらままならない今、知覚できるのはそれぐらいだった。もはや痛みも感じない。
だが、そんな時足音が聞こえた。自分を瀕死にまで追い込んできた犯人達が戻ってきたのではない、相棒が駆け付けてくれたのだろうか。
「ユイちゃん……そこにいるの……?」
何とか力を振り絞って、そう問いかける。足音は近くなり、すぐ傍でしゃがみ込んだ。応急処置をしてももはや無意味であることは、この足音の主もすぐに分かったらしい。
「ねえ……ユイちゃん……私……もう、ダメみたい……ごめんね……」
掠れた声で何とかそう告げる。言われずともわかるだろうが、それでもこの相棒には別れを告げなければならないと思った。自分の
「お願い……『あの子』を……助けて……あげ、て……」
そう言い残すのが限界だった。瀕死の少女はそう遺言を遺すと、息を引き取った。
ヘイローがさらさらと粒子となって消えて、呼吸も脈拍も止まる。生を受けてたった18年で、この少女はこの世を去ったのだ。
足音の主は少女を看取ると、立ち上がって天を仰ぎ、ため息をつく。そしてまた亡骸を見下ろして、まとまりの悪い黒髪をわしゃわしゃと雑に撫でまわした。
「あの子って誰だよ」
足音の主は、少女の相棒ではなかった。
「私は、警察学生たるの責務を自覚し、連邦生徒会条例及び法律を忠実に擁護し、命令を遵守し、何ものにもとらわれず、何ものをも恐れず、何ものをも憎まず、良心のみに従い、不偏不党かつ公平中正に警察職務の遂行にあたることを固く誓います」
「交通局高速隊第4警ら隊、
殺風景な会議室で少女はそう宣告された。2週間前、少女が謹慎を命じられた時と同じである。
少女の名は仲仁田シイナ。ヴァルキューレ警察学校の生徒で、学年としては1年生だ。
「何か質問は?」
「……いえ、ありません」
シイナはただそう答えるのみで、その顔は俯いたままである。質問したいことはもう2週間前に出し尽くした。
なぜ自分が処分を受けなければならないのか。
なぜ捕らえた犯人の身柄が翌日にはゲヘナ学園に引き渡されているのか。
なぜ監察を行う監察官の隣にゲヘナ学園の人間がいるのか。
全てに答えが出ている今、改めて質問することなどシイナにはなかった。
「ではこれで本件は落着とする」
監察官の宣言により、シイナの処分を告げる会議は閉幕する。
会議室に1人残されたシイナは手元に残った1枚の辞令書をくしゃくしゃに丸め、天を仰いで深くため息をついた。
学園都市キヴォトス。数千の学園からなるこの広大な都市の警察活動を担う法執行機関として、ヴァルキューレ警察学校は存在する。
ヴァルキューレに所属する学生は警察学生と呼ばれ、警察官としての活動を行っている。学生の本分たる学業は入学から1か月程度の期間に行われる新入生研修で修了し、それからは警察学生である限りキヴォトスの平和の維持のため警察活動に従事するのが通例だ。
とはいえ、キヴォトス全域でその権限を執行する、あるいは執行できるわけではない。各学園は高度な自治権を有しており、自らの自治区においては自らの有する独自治安維持組織によって警察権を行使している。
実務上ヴァルキューレが担うのは、キヴォトスにあって各学園が自治警察権を行使しない領域であり、なおかつキヴォトス全体の行政を担う連邦生徒会の関知する領域における警察活動だ。
自治権の侵害と見なされ武力紛争に発展する可能性もあることから、基本的に他学園自治区内で無断で戦闘行動に及ぶことはタブーであった。
「だからゲヘナからも監視役が来ていたと?」
「ま、そうなんだろうねぇ」
ヴァルキューレ警察学校シラトリ支所、警察署のような機能を有するその施設に、シイナの新たな勤務先である生活安全局押収品係の本班はあった。
シラトリ支所はキヴォトスの首都機能を有する
そんな押収品係の係室を兼ねる押収品保管庫で、シイナはここの係長にして新たな上司である
「上が問題視してたの、シイナちゃんがゲヘナ領でしでかしたことなんでしょ?」
「職務上致し方なかったんですよ。逃走車を捕まえるためには」
「でも
ツグミはインスタントコーヒーを淹れながらそう言い、壁に貼られたキヴォトスの広域図を眺めた。キヴォトス各地を繋ぐハイウェイの一部は、ゲヘナ学園という学園の自治区にも通じている。
ゲヘナ学園はキヴォトスでも1、2を争う規模のマンモス校であり、各学園から議員を選出している連邦生徒会においても強大な発言力を有している学園だ。
「ちなみに監視役には誰が来たの?」
「さあ名前までは。青い髪と瞳で終始偉そうな態度で、あと横乳が服の隙間から見えてました」
「大きかった?」
「大きかったです」
「あちゃー、風紀委員会の
この人でしょ、そう言われてシイナはツグミがスマホの画面に映して見せた人物を確認する。青い髪に瞳、横乳が露出した独特な服、高圧的な表情。監察官の隣にいたのと概ね同一人物と呼べる人間がその画面に映っていた。
「この人ですね、私が見た時は目の下に隈がありましたが」
「あっちもあっちで大変なんだねぇ」
そう言いながら、ツグミは淹れたてのコーヒーをシイナに差し出した。シイナもそれをありがたく受け取る。
「まあなんにせよ、あんまり気を落とさないことだね」
横からドーナツを差し出しつつ、ジャケットを羽織った2年生が励ましてくれる。シイナと交代で押収品係から捜査局強行犯係に異動することになった
「ありがとうございます。ところで板井多先輩、忘れ物はいいんですか?」
「ああ、うん。さっき回収した。捜査局に戻るのは……まあそんなに急がなくてもいいかなって」
ナオはそう言って、自身もツグミからコーヒーを受け取り、椅子に座った。異動初日であるにもかかわらず、ナオは余裕そうな様子を崩していない。
「古巣だもんねぇ、ナオちゃんの」
ナオの余裕を訝しんだシイナを察してか、ツグミはそう言いながら自身のマグカップを傾けた。
ツグミの言う通り、ナオは元々捜査局強行犯係の捜査官であったが、自治区を跨いだ越境捜査を無断で行い押収品係に飛ばされて来た。今回の人事で、晴れて捜査局に返り咲いたというわけである。
「まあちゃんと犯人は逮捕できたし、被害者遺族の方も喜んでたから、私はこれでよかったと思ってるけどね」
照れ笑いを交えつつも当時についてそう話すナオ。そんなナオが、シイナには羨ましかった。
シイナも自分は正しいことをしたと思っている。自分がやった――世間的にはしでかしたと言われる行動のおかげで犯人は逃げ場を失い逮捕に至った。
だがシイナには、人前で自らの正しさに胸を張れるだけの自信はない。
そんな時、不意に携帯の着信音が鳴る。どうやらナオの携帯からのようだ。
「はい板井多。……わかりました、すぐに臨場します」
「お?異動早々に事件?」
「ええ、鐘崎港でオートマタの変死体が揚がったみたいで」
「ありゃ。最近多いね、変死事件。今週も公安局の子が2人立て続けに死んじゃったらしいし」
「何でも連続殺人じゃないかって噂ですよ。じゃ私はこれで――あっ、そうだ」
バッグを背負い押収品保管庫を飛び出そうとしたナオは、何か思い出したように急に足を止め、シイナに早口で告げた。
「係長からも言われると思うけど、『免許係の悪魔』には気を付けて!それじゃ頑張ってね!」
それだけ告げると、ナオは今度こそ押収品保管庫を飛び出していった。
こんな時に急いで伝える辺り、押収品係はその免許係の悪魔と何かしら因縁があるのだろうか。とりあえずナオを見送ったシイナは、ツグミに振り向く。
「免許係の悪魔って?」
「うーん、なんて言ったらいいか……交通局免許係の3年生でね、まあうちの常連さんなんだ。よくここに来るの」
「へぇ……で、気を付けてというのは?」
シイナは続けざまに聞く。常連だという説明だけでは彼女は納得できなかった。ただの常連であれば「気を付けて」と言われるのはどうも腑に落ちない。
「押収品を強請ってきたりするんだ。よくあるのは煙草で何なら銘柄まで指定してくるけど、たまに銃器の部品だとか、気になったものはくれって言ってくるね」
「あげるんですか?」
「まっさかー!そんなことしたら私ら本格的に矯正局送りだよ」
「ですよね」
笑い飛ばすツグミにつられて、シイナも笑った。とはいえツグミは冗談めかしていたが、実際押収品の横流しなどすれば退学もあり得る。
「ところでその免許係の悪魔さん、お名前は何ていうんですか?」
「名前?えっとね確か……あれ?」
シイナの質問に、今度は少し狼狽えるツグミ。どうしたのか尋ねようとしたが、ばつが悪そうにツグミが頭を掻いて答える方が早かった。
「あー、最近呼んでないからうろ覚えだな。なんだったっけなぁ、入間じゃなくて吉沼じゃなくて……あああったあった」
思い出そうとしながら、デスクの引き出しにしまってあったメモ帳を開くツグミは、ようやく正確な名前を思い出すことに成功した。
「こいつだこいつ。コイ――
「ぶえっくし!」
とある廃工場でくしゃみの音が響く。そのくしゃみの声すら、少女にとっては恐ろしかった。
少女は地面に倒れ伏していた。ヴァルキューレ警察学校の制服を着、交通局免許係の腕章を付けたこの少女は、今現在脇腹の銃創からどくどくと血を流している。
そんな少女は近付いてきた影を見てびくりと体を震わせ、這ったままでも逃げ出そうとする。瀕死の重傷を負っているが、そんなことはどうでもいいとばかりに少女は体を動かそうとした。
「へー、まだ動けんだ?いやぁ今時の若いコは元気でいいねェ」
ゆっくりと近寄る影は、半ば呆れながらそう言う。その所作すら、少女にとってはまるで弱り切った獲物を追い詰める殺人者のように思えた。まあ実際人殺しに変わりはないが。
数cm這いずったところで、少女の手元に硬い何かが当たる。
反撃しようと少女が拳銃を握る。しかし直後、影の主が右足で少女の手を踏み押さえ付けたために、その銃口が相手に向かうことはなかった。
そのまま影の主は少女の手から拳銃を奪い取ると、マガジンを抜きスライドを引いてスライドストップをかけ、内部を確認した。
「ほーん。制式拳銃を改造とは、随分思い切ったことするじゃん」
チャンバーやバレル周りを見ると、今度はマガジンを叩き込んでスライドを引き弾薬を装填、続けて左手を排莢口に被せてもう一度スライドを引き、出てきた弾薬を取る。
「9mmの
取り出した弾薬を眺めつつ、影の主が少女、
サチは答えようと顔を上げた。目の前にいる影の主はサチと同じでヴァルキューレの制服と交通局免許係の腕章を付けている。相手は他ならぬ自身の上司だ。
「ぶ、ブラックマーケットの露店です、生駒班長……」
「ふーん。まあ設計思想的にアリウス辺りから流れたんだろう。あそこはヘイローぶっ壊すのに躊躇いがない。んで……」
再びマガジンを取り出して抽出した弾薬を戻すと、サチを追い詰めた3年生、生駒コイはマガジンを拳銃に戻して少女に尋ねた。
「こいつを買うために証拠をでっちあげてあたしの
コイは気だるそうな顔をサチに向ける。力の抜けた顔はどこかへらへらと笑っているようにも見え、それでいて目は鋭く冷たかった。
サチが直属の上司たるコイにここまで追い詰められるには、それなりの理由がある。
「ちっ違います班長!私は――」
「ああ違うんだろうな、違うんだろうさ。目的はこんなちんけなオハジキ玉じゃねェやな。
アレだろ?彼氏の医療費――っつか修理費か」
コイにそう言われて、サチはその顔に驚愕の色を強めた。図星らしい。
サチの目的を言い当てて見せると、コイはポケットから数枚の写真を取り出して適当にばら撒く。いずれもサチと恋人が一緒にいる写真、中には病室の中の写真まであった。
「オートマタなんだってな、動力部に不具合抱えてるんだそうで。
そんな病に苦しむ彼氏の手術代を稼ごうと懸命に奔走する恋人の少女、とここまでならクッソつまらんありふれた物語の世界だが、やり方が不味かったな」
「わっ、私はテロリストに武器や違法薬物を流していた売人を公安局に通報しただけです!警察官として当然のことをしただけなんですよ!」
「多額の報酬と引き換えに証拠を捏造してな。おかげでこちとら商売あがったりなんだよね。
しかも今回は事情があってな、黙って見逃す訳にもいかんのよ。お上の命令もあることだし。
なに損失分を補填しろとは言わんよ、そんな資力がねェことはよく知ってる。ただ黙って死んでくれればいいってそんだけの話さ、簡単だろ?」
言い終えるのも待たずに、コイはサチの脇腹の傷口に勢い良く蹴りを入れる。コイの言っていることもやっていることもサチにしてみれば理不尽極まりなかったが、そんな抗議はもはや意味を成さない。
激痛に悶え苦しむサチの手に手錠をかけて近くの柵に繋げると、コイはサチの髪を掴んで無理矢理顔を自らに向けさせ、特製RIP弾の装填された拳銃をサチの目の前に突き付けた。文字通り、
「いやぁ残念だよサッチー。銃の趣味に関しちゃ話が合うと思ったんだがねェ」
「こ、こんなっ、こんなことして、あなた本当に警察官ですかっ!」
「そうだよ。市民の平和を守る正義のおまわりさんだ。あんたとなんにも変わりゃしない」
「だったら――!」
「だったら何だ?今すぐ自首して罪を償えとでも?罪悪感にむせび泣いて腹切って詫びろとでも?
そりゃいい。じゃあまず君から『罪を償う』ってことを実践してみようか」
コイは愉快そうに笑うと、サチの眼球に躊躇いなくRIP弾を撃ち込んだ。
体内に侵入した弾頭が8つの破片に分かれてサチの体内を切り裂き、弾丸後部が穴を穿っていく。いくらヘイローを有するキヴォトスの生徒と言えど、超至近距離で眼球から殺傷能力の高い違法RIP弾を食らえば致命傷は免れない。
そして眼球から侵入したRIPは驚くべきことに1マガジンでサチを脳死に至らしめた。ヘイローはすでに割れて消え去っている。
「おっ死んだな。やー目ん玉からぶち込んだとはいえ17発で殺せるとは、アリウスも随分殺意高いもん作るねェ、アリウス製だとしたらだが」
マガジンを抜いて残弾がないのを確かめ、適当な感想と共にスライドストップのかかった拳銃を
「さてサッチーは今殺したし彼氏くんも昨日殺ったし、公安の係員ちゃん達も消したし、あたしの担当は終わりかね。
売人は矯正局の中だから手が出せねェが、まあそっちもなんとかなるっしょ。
さて煙草煙草……ん?んんっ……?」
ズボンの右ポケットの中を漁り、あるはずの煙草とマッチ箱を探すコイの手は、いつものポジションに目当てのものを見つけられないでいる。
反対のポケットも漁ってみると、煙草の箱とマッチ箱は見つかったが、煙草の方はもう空になっていた。
「ちぇっ、弾切れかよ。しょーがない、明日あたりツグミンから貰ってくるか」
わしゃわしゃとまとまりの悪い髪を雑に撫でまわしつつ、ため息をついて明日の予定を考える。
そのままコイは廃工場を後にしようとして――
「おっといけね、忘れるとこだったぜ」
拳銃を奪って最初にスライドを引いた時に排莢された1発を回収し忘れたことに気付き、コイはさっさと戻ってきて違法RIP弾を拾ってポケットに突っ込む。
ちょうどその時、コイのスマホが着信音を鳴らした。
「はい生駒。……ええ、明日には終わります。……宇見野の後任?気が早いことで」
電話をしながら、コイはサチの亡骸にちらと目を向ける。通話相手が切り出してきたのは、サチの後任――コイのバディについての話題だった。
およそ死体の傍でするには似つかわしくない、悪戯っぽい笑みを浮かべてコイは聞いてみた。
「で、その後任候補っていうのはどんな奴なんです?」