2年経って第1章終わらないとは……。(激遅更新)
※令和8年5月12日午前7時38分:地の文を修正しました。
ゲヘナ風紀委員会から派遣された1個歩兵大隊相当の部隊は、当初の計画通りキヴォトス公道510号線を南下、ゲヘナ領を出た後、一応連邦生徒会が管轄しているという緩衝地帯を通ってアビドス自治区進入を企図していた。
目的は指名手配犯、便利屋68の逮捕。しかしそれは表向きの目的にすぎない。それは風紀委員会のメンバーには、少なくとも派遣部隊の副長的立場にある
「あの規則違反者どもを捕まえるためとはいえ、アビドスに行くとはなぁ」
派遣部隊長、
「しかし公務とはいえアビドス側に無断で立ち入るわけですから、慎重に行動する必要があります」
「いやあ大丈夫でしょ、妨害するやつには容赦するなってアコちゃんも言ってたし」
と、自分で言っておいて、イオリの自信ありげな顔から威勢が段々抜けていく。
あのどこかズレた感性を持つ行政官があれだけ自信満々な時は、大抵何かトラブルが起きたりするということを、この2人はなんとなく経験から察していた。
「でもアコちゃんがそれだけ自信満々に言ってるってことは」
「何かありそうですよね」
「……まあ、何かあったらアコちゃんにケツモチしてもらおう。やれって言ったのアコちゃんだし」
苦笑いしながら手元の作戦資料に視線を落とした時、不意に乗車していたハーフトラックが停車する。
特に慌てる様子もなく、しかし訝しんだ様子でイオリが運転手に聞く。
「どうした?」
「わかりません、前方の車両が停車して……」
「何?」
天板のハッチを開けて上体を車外に出し、双眼鏡を取り出して車列の先頭を確認する。
足元ではチナツが無線機を取っていた。
「指揮車より先頭車、状況を知らせてください」
『こちら先頭車、前方でヴァルキューレが検問を敷いていて通行できません。現在交渉中』
「ヴァルキューレ……?」
「あっ見えた」
イオリも先頭車の先にいる集団を視認した。装甲化されたハンヴィーが3台、その傍に十数名の人員が確認できる。通常のヴァルキューレ警官と違いプレートキャリアとヘルメットを着用して、ライフルも7.62mmの6号ライフルを装備していた。
こうしてみると警察というより軍隊のようにも見える。
「変わった装備だけど確かにヴァルキューレだな。ちょっと話つけてくる」
「あっ、ちょっとイオリ!?」
チナツが止める間もなく、イオリは車を降りて先頭まで走った。
現場では壮絶な言い争い――とまではいかないが、平行線のまま話が進んでいない様子だった。
「ですから、こちらは風紀委員会の公務でして……」
「風紀委員会だろうが何だろうが、学園正規武装集団の8両以上の車両又は32名以上の人員の通行は監督官庁への事前の申請が必要です。ここを通すことはできません」
先頭車の車長が下車して交渉にあたっているようだが、ヴァルキューレ側の担当者は頑として通すつもりはないらしい。
「何事だ」
大まかな状況は掴んでいるが、一応確認のためにイオリはやや大きめの声量で声を掛けた。
慌てて振り向いた車長と、訝しんだヴァルキューレの担当者、2人の視線がイオリに向く。
「銀鏡隊長!現在ヴァルキューレ側の指揮官と交渉中ですが、規則を理由にここを通せないと……」
「ほーう」
愛銃である
「お前、名前は?」
「ヴァルキューレ警備局の
「我々の妨害をするということがどういう意味かわかっているのか?風紀委員会は公務執行を妨害する輩に容赦しないぞ」
睨みを利かせるイオリに、しかしアビドス監視班第2分隊長の殿木マヤは一切怯まず、むしろイオリに睨み返していた。
「それはこちらのセリフですよ。事前に通達なく大部隊、それも見たところ迫撃砲などの重火器まで持ち込んで、戦争でもおっぱじめる気ですか?」
「戦争なんか起こらないだろ、アビドスだし。それともヴァルキューレは学園自治の原則を破ろうっての?」
「学園自治原則を守ろうとすればこそ、尚更貴官らの横暴は容認できないと言っているのです。アビドスにだってアビドスの自治区を取り仕切る権利と義務があり、それを蔑ろにする権利は風紀委員会にもないはずだ」
「だが土地のほとんどはアビドスではなくカイザーコンストラクションが所有している。土地所有者としての権利を有しない以上、そこで戦闘を行ってもアビドスに訴える権利はない」
「
「じゃあその行政機関とやらは本当に機能しているのか?アビドスでいけば生徒会だが、現に在籍人員は1名のみで、その1名も対策委員会とやらにかかりきりだと聞くぞ。有名無実化した自治区の実効性など甚だ疑問だな」
「有名無実だったとしても無効になったわけではありませんよ。それに不当な武力侵略行為に対しては我々ヴァルキューレの強制介入も連邦生徒会条例で定められています」
「裏を返せば私達が発砲しない限り、お前達は小銃弾1発撃つことができない。そうだな?ヴァルキューレの強制介入が認められるのは
「それでもここを強行突破すればこちらは貴官らを公務執行妨害で逮捕しますし、そのためなら武器使用も許容されますよ」
「そうまでしてでも風紀委員会を敵に回したいのか?」
「そちら次第ですよ。我々ヴァルキューレは市民と平和と正義の味方で、不法と暴力と悪の敵です。貴官らがどちらの側なのかは貴官ら自身で決めてください」
マヤと舌戦を繰り広げていたイオリだが、もはやこの警官を相手に押し問答を続けてもしょうがないと判断、フラッグセーフティを解除する。
その手元の動きは風紀委員会の委員達にも、ヴァルキューレの警官達にも気付かれていた。委員達もセーフティを外して臨戦態勢を取り、分隊員達も切り替えレバーを『タ』に向ける。安全装置をかけていたのは最後まで対話による解決の意思を見せるため解除しなかったマヤだけだ。
「正義の定義は立場によって変わる、そうは思わないか?私達にとってはゲヘナの規律を維持し規則違反者どもを捕えるのが正義だ。例えヴァルキューレが邪魔をしようとな」
「だとしても、超えてはならない
「……そうか。じゃあ――」
ため息をつき、クラックショットを構えるイオリ。マヤを睨み、一言告げる。
「話はここまでだ」
「……そうですか」
一瞬顔に残念そうな感情が滲むマヤだったが、しかしそれは一瞬。自身も6号ライフルの安全装置を解く。
「風紀委員会、戦闘準備!」
「2分隊、着剣!構え!」
風紀委員会の歩兵委員がハーフトラックから下車して戦闘態勢を取る。
アビドス監視班の班員がライフルに銃剣を着剣して、構え銃またはそれに準じた戦闘姿勢で応じる。
一瞬のような、数分のような、緊張と静寂が支配する時間が流れて、2人の指揮官が同時に号令を下した。
「「公務の妨害を排除するッ!!」」
それが開戦の合図だった。言い終えるが早いか引き金を引くのが早いか、イオリはマヤの頭めがけ発砲。しかしそれはマヤの銃剣に弾かれる。
そのまま銃剣をライフルに着剣して、マヤは大音声を張り上げた。
「突っ込めぇッ!」
「ヤアアアアァァァァッ!!」
ヴァルキューレの隊員達も負けじと大声で突っ込んでいく。銃で撃ってくる敵に格闘戦を挑むなど本来なら自殺行為だ。
だが今回は違った。検問で止まった風紀委員会との戦闘、一番先頭の委員達との距離は精々10mあるかないか。そして銃身長も刀身の長さも長い6号ライフルで突撃して切り結べば、後ろの風紀委員会は同士討ちを恐れて発砲できない。
振り下ろされた6号ライフルを委員達が得物で受け止める。しかし咄嗟の防御は上手くいっても、そこから格闘戦を戦い抜く術を風紀委員達は訓練していない。アビドス監視班は違った。
銃床で殴る、弾倉で突く、銃剣で切る、頭突きする、片手を離して殴る、膝蹴りする、足を刈る、胸倉を掴み投げる、踵で踏みつける、等々。
次々と、数で勝る風紀委員が力でねじ伏せられていく。
「うわぁっ!」
「往生せいやぁー!」
「撃ち続けろ!近付けるな!」
「なにくそー!」
「来るな!来るなぁ!」
「死に晒せやオラァ!」
アサルトライフルを、ショットガンを、マシンガンを、スナイパーライフルを、とにかく撃ってアビドス監視班員を近付けまいとする風紀委員達と、そんな銃弾をヘルメットやプレートキャリアの防護力任せに無理やり押し切って殴り掛かるアビドス監視班員達。敵味方入り乱れる乱戦と化した戦場で、イオリとマヤは1対1の格闘戦にかかりきりだった。
斜め下から振られた銃床をイオリが上半身を逸らして躱す。そのままマヤが振り下ろした銃床をクラックショットで受け止めながらその勢いを逆に利用してスライディングするようにマヤの足元に潜り込み銃身でマヤの足を刈ろうとする。
しかしそれを跳んで躱すと空中で回転して着地、背後に回ったイオリに再び切りかかる。
「くそっ、乱戦に持ち込まれちゃ迫撃砲も使えない……!」
クラックショットで6号ライフルを受け止めながら歯嚙みするイオリ。そんな時、戦場にゲヘナの通信用ドローンが飛来、ホログラムを投影した。
『ちょっとちょっとちょっと!?どうして
ホログラムで映し出されたのは、風紀委員会のナンバーツー、行政官
「あっ、ごめんアコちゃん、ちょっと今手離せない」
『いやまずちゃんと状況を説明してくださいよ!?』
「ヴァルキューレがアビドス自治区に入れてくれないから言われた通り実力行使で――」
『ちょっと目を離した隙になんてことしてるんですかー!?』
顎が外れるんじゃないかと思うぐらいに口を開いて叫ぶアコ。
それもそのはず。彼女としては妨害など精々現地の不良とか対策委員会とかぐらいを想定していたのであって、よもやアビドス境界にヴァルキューレが配置されていると思わなかった。
なればこそ「妨害する者には容赦はいらない」と申し渡していたのであって、相手がヴァルキューレとなれば話は全く変わってくる。何せ連邦生徒会直下の警察組織に対して実際に発砲を伴う武力行動に出ているのだ、下手をすれば他学園全てと全面戦争になりかねない。
『い、いや、今すぐ防衛室やヴァルキューレ本校に根回しをすればまだワンチャン――』
急いで電話を取ったのであろう、アコのホログラムに受話器が映り込む。
だがその時、戦場に鳴り響いた1つの銃声が、戦闘を停止させた。風紀委員達のものとも、アビドス監視班の6号ライフルとも違う銃声に、アコも思わず動きを止めてそちらをドローンのカメラ越しに見る。
小柄な体格ながら自身と同じぐらいの長大な武器を持ち、風紀委員会の、それも
「風紀委員会、攻撃を中止して。ヴァルキューレの方も武器を下ろしてもらえると助かる」
疲労が溜まっていることが伺える隈の濃い目元に、気怠そうな声音。しかしその言葉には風紀委員長としての確たる威厳があった。
言葉通り風紀委員達は攻撃をやめて武器を下ろした。ヴァルキューレも安全装置こそかけないものの、銃口は下ろしている。
『ひ、ヒナ委員長!?出張に行かれていたはずでは』
「急いで飛んできた。ヴァルキューレから直接抗議の電話があったから」
その言葉にアコは血の気が引いていくのを感じた。ヴァルキューレから抗議があったということは、この状況について、少なくともヴァルキューレ側が認識している状況はすでに伝わっている、ということである。
『えっえっとその、い、委員長、これには事情がありまして――』
「いや、いい。大体察した」
ヒナはそれだけ告げる。便利屋68がただの名目に過ぎないことは、ヴァルキューレから提供された情報である程度察しが付いていた。
狙いはシャーレの先生。厳密には政治上の不安の払拭といったところだろう。
本来なら便利屋ごときに他の自治区まで1個大隊を差し向ける理由がないし、それ以外にアビドスに滞在している部外者といえばカイザーかシャーレしかない。とすれば、やることなすこと目的がある程度明確なカイザーより、目的も組織実態も不明なシャーレを危険視するのは当然だろう。
……先生がアビドスにいることをどうやって知ったのかはわからないが。
「アコ」
『はい』
「原稿用紙とペンを用意しておきなさい」
『……はい』
ヒナの一言で、アコは観念したらしい。反省文の準備をしようと通信を切り、ドローンを帰投させた。
「イオリ、部隊を率いて先に帰っていて」
「わ、わかった……って、委員長は?」
「用事、後で帰る」
イオリに委員達を任せて帰らせると、ヒナはポケットから通話状態のままのスマホを取り出した。
「今帰らせた。うちの行政官には後できつく言っておく」
『いやぁどうもすみませんね、お忙しい中来てもらっちゃって』
電話の相手は抗議をしてきたヴァルキューレの警察官――アビドス監視班長のリコだった。
抗議とは思えないような軽い口調を崩さないリコだったが、内容だけでヒナにはかなりの重大事案だということが伝わっている。余計なプレッシャーをかけないように配慮したのかもしれない。
「謝るのはこちらの方。今回のヴァルキューレに対する武力行使については、私が風紀委員長として謝罪する。公式な謝罪はあとで直接そちらに伺うわ」
『いやいや、別にいいですよ。委員長にその気がなかったのは確認してます。今後同じような衝突はないものだと認識してよろしいですね?』
「ええ。約束するわ」
『なら結構です』
それじゃ、と言ってリコが電話を切ろうとした時、ヒナが呼び留めた。
「別件で申し訳ないけれど、アビドス自治区に入らせてもらいたい。ちょっと用事があって」
『委員長おひとりで?』
「ええ。道案内もつけてくれると助かる」
道案内、とはいいつつもその実態は監視の方が近いだろう。
風紀委員会が問題を起こした直後にその長がアビドス自治区に単身進入するとなれば、何が起こるかわかったものではない。そう見られる可能性は十分にあったし、だからこそヒナも自身に監視を付けさせることでトラブルを起こすつもりはないという意思表示をしたかったのだ。
その意図はリコも理解していた。
『いいでしょう。そこにいるうちの班員に話をつけときます。お気を付けて』
「ありがとう」
今度こそ通話を終え、ヒナは現地にいるアビドス監視班第2分隊に目を向ける。
マヤが無線で話しているところが見えた。リコと通話しているのだろう。
「はい了……検問解除!検問解除!」
部下達に検問解除を指示して撤収準備をさせ、マヤはヒナに歩み寄る。
「話は聞いています。どちらまで?」
「先生に会いたい。話がある」
「ご案内します。こちらへ」
「ありがとう」
マヤの案内で先頭のハンヴィーの後部座席に乗る。左右に分隊員が詰め、運転席にドライバー、助手席にマヤが座る。
「22こちら21、分隊を率いて先に帰投しといて」
『22了』
「
「りょす」
幹戸というドライバーがエンジンをかけ、アクセルを踏んだ。柴関というのがどこのことなのかはわからないが、おそらくはそこに先生がいるのだろう。
Uターンして、アビドス方向へ走っていくハンヴィー。車窓から見える砂漠がどんどん後ろへと流れていくのを見ながら、ヒナは考えを巡らす。
「(守屋リコ……ヴァルキューレの
その疑問に答えてくれる人物は、少なくともハンヴィーの車内にはいなかった。
便利屋68とは、ゲヘナ学園の生徒、
メンバーは社長のアル含めて4名という極少数ながら、その実力は折り紙付きであり、風紀委員会がいつまで経っても逮捕できていない指名手配犯である。
ヒナほど強力ではないもののヒナの存在を察知すれば恐るべき手際で撤退するし、そうでないなら応戦して委員達を撃退するぐらいには実力派であり、裏社会においてもその名前はそれなりに知れていた。
その甲斐あってカイザーPMCという大手から依頼を受けることができたわけであるが、財政状況は全くよろしくなく、食事を抜くなどは日常茶飯。
だからこそ柴関ラーメンで1人1杯ラーメンを食べられるよう格安で――というかタダで提供してもらった時には感動せずにはいられなかったわけである。
「ひ、ひとりにつき一杯……そんなに贅沢してもいいんですか?」
「おうよ、子供達に腹一杯食わせてやるのも大人の務めだからな」
好きなの選びな。そう言ってくれるのはこの柴関ラーメンの店主、柴大将。
1人1杯を贅沢と言ってしまうような平社員の
「ホントにそれだけ?裏があるんじゃ……」
「大丈夫だよ、カヨコ。今日のお代は私が持つからさ」
疑うカヨコにそう声をかけながら、厨房裏のスタッフルームから先生が出てきた。
何故かこの店の制服を着ている。
「あれっ先生!どしたのその格好、なんかめっちゃ似合ってるし!」
「これかい?暇な時はちょくちょくここで働かせてもらってるんだ」
副業禁止だから給料はもらってないけどね。そう言う先生に、ますます疑問が深まるカヨコ。
「無給ならなんで働いてるの?」
「いやぁ、なんていうか
「
先生の言い回しに違和感を覚えたカヨコだが、直後ムツキが相槌を打った。
「あー、先生記憶喪失なんだっけ?」
「うん。気付いたら先生だった」
「ムツキ、なんでそんなこと知ってるのよ?」
「うーん多分雑誌かなんかで見た」
「へぇ……」
そんな感じで他のメンバーと和気藹々とした様子で話す先生を見て、カヨコもひとまずは警戒を緩めた。
最初に来た時も厚意でサービスしてくれたし、この店の店主といい先生といい、悪意のある大人ではないのだろう。少なくとも、今の段階では表に出してくることはない。
「まあ調理とかはできないから、主にホール担当だけどね。さ、ご注文をどうぞ!」
「じゃ私特製柴関ラーメン超特盛具材マシマシ麵硬め!」
「ちょっと、先生が奢ってくれるからって高いもの頼んで!?え、ええっと私は……」
「アル様、この『お得な餃子セット』ならアル様のラーメンに+50円するだけで私の餃子も賄えます!」
「ハルカは安すぎ!今日はちゃんとラーメン頼みなさい!」
とりあえず人数分のラーメン、ついでに餃子も頼んで待つこと数分、便利屋の面々に提供されたラーメンは、以前と変わらずごちそうと言うべき見かけをしていたし、味も実際ハイレベルな代物だった。
朝から何かに引っかかっていた様子のアルも、先生と話して、そして柴関ラーメンを食べて悩みはそれなりに晴れたようだ。
便利屋68がラーメンに釘付けになっていたそんな時、店に新しい客が入ってきた。
「いらっしゃい。おっ、ヴァルキューレの子達じゃないか!」
「やあどうも大将、先生もお元気そうで……あっ便利屋もいる」
柴大将が声を掛ける。入店したのはアビドス監視班第2分隊のマヤ達4人と、そしてもう1人。
「……本当にここに先生がいるの?」
空崎ヒナである。
怪訝そうに首を傾げるヒナを見て、便利屋68の面々は愕然とした。アルに至ってはむせる始末である。
「そ、空崎ヒナ!?どうしてここに」
「そんなのいいから!とにかく逃げないと!」
ヒナの突然の登場に慌てる便利屋。そこをマヤが呼び留める。
「あー待った待った。空崎委員長は君達を逮捕しに来たわけじゃないんだ。ですよね?」
マヤがヒナに振り向いて同意を求める。
ここで同意しなければ、つまりヒナからの実力行使をちらつかせればマヤは即座にヒナを拘束しにかかるのだろう。実際、ヒナの隣に1名、後ろに2名の隊員達が張り付いて、下手な真似をすればすぐにでも取り押さえられる態勢を取っていた。
「ええ。自首する場合は別にして、今回は私からあなた達を逮捕することはないわ」
「……どういうつもり?」
アル達は啞然としていたが、カヨコだけは疑いの目を向けたままだ。
「何か裏があるんでしょ」
「あるというか、
「それはどういう……」
「まあそこは話すと長くなるんで。とにかく手を出すことはないから、落ち着いてラーメン食っててください。一流ですよ、ここのは」
「そうね、私もあなた達目当てで来たわけではないから。食事の邪魔はしない」
「……そう」
疑問が晴れたわけではないようだが、第三者であるヴァルキューレのマヤがそう言うのだから少なくともこの場で戦闘を起こすことはないのだろう。そう判断してカヨコも席に座り直した。
「……食べよう、ラーメン伸びちゃう」
「そ、そうね」
落ち着かない様子ではあるもののラーメンを再度食べ始めた便利屋にひとまず安堵するマヤ。ようやくここに来た目的に移ることが出来る。
「それで、先生に用件があってきたんですが……」
「ああ、私かい?」
指名されてきょとんとした顔で先生は答える。
これが初対面となるヒナにとっては、まさか店員が先生だったとは思わなかったらしく、少し驚いていたようだ。
「あなたが先生?」
「うん、私がシャーレの先生だよ。初めまして」
「そう……初めまして。空崎ヒナ、ゲヘナ学園風紀委員長をしているわ」
やや戸惑いながら右手を差し出すヒナに、先生は握手で返した。
先に手を出してこないあたり、少なくともマナーに無頓着な人間ではないらしい。
「ゲヘナというとアル達の学校だよね?」
「ええ。いろいろあって、今みたいな関係だけど」
「そっか、頑張ってるんだね。ところで用件っていうのは?」
先生に早速用件を切り出そうとしたヒナ。だが、それは食事をしている便利屋を見て思いとどまった。
「場所を変えてもいい?」
「……なるほど。わかった、ちょっと待っててね」
いつまでもヒナがいると便利屋も気まずいだろうというのは先生も察してくれたらしい。
先生は柴大将に断りを入れてスタッフルームに入り、すばやく着替えて出てきた。
「お待たせ。近くに公園があるから、そこで話そうか」
「ええ。助かる」
そうして出ていくヒナと先生。マヤも後を追おうとして、部下に振り向く。
「ああ幹戸、お前らはラーメン食ってて。監視は私が付くから」
「いいんすか?」
「店に来てまで何も食わないで帰るのは大将に失礼でしょ。金出すから私の分まで食っといて」
「よっしゃ!ゴチになります!」
「レシートとっといてよ」
それだけ言い残してマヤもすぐにヒナ達の後を追って店を出た。
残された隊員達は一瞬店内を見回して、結局便利屋の隣に座った。
「お隣失礼しますよ」
「え?ええ、いいけど」
思い出したかのように後からそう言って、メニューをさらっと眺めて結局特製柴関ラーメンを4人分注文した隊員。
ラーメンが来るまでの間に、アルに話しかけていた。
「ここは初めてっすか?」
「いえ、2回目ね」
「おっ、ここのラーメンの味にハマり始めた感じっすね」
「そうね。確かにここのラーメンはそこらじゃお目にかかれないぐらい美味しいわ」
「しかも安いし多いしサービスしてくれるし。
「えっ?」
アルが思わず振り向く。ハードボイルドなアウトローを目指しているのは確かだが、果たしてこの警官にそんなこと言っただろうか。
「私こう見えてゲヘナの出身なんすよ。便利屋68のことも多少は聞いててっすね」
「そう……って、だったらここがアウトローの行きつけにふさわしくない事もわかるんじゃないかしら?」
言いながら、今朝から感じていた違和感の正体に気付くアル。この店の和気藹々とした雰囲気がハードボイルドな空気を削いでしまっているのだとアルは思った。
「
「そ、そうね?」
「そんな時、どんなに心が荒んで疲れててもそれを無理やりでも癒してくれるような存在が必要なんすよ」
「で、でも、どんなに辛いことがあっても決して表に出さないのがハードボイルドじゃない?」
「そいつは1人で心のしこりにケリつけてるんすよ。もしそういうのもないなら、そいつはハードボイルドじゃなくてターミネーターっす」
届いたラーメンを前に割り箸を割りながら、とにかく、と言ってその隊員は説いた。
「ここに来てつい心が和んでしまうなら、そういうのは大事にした方がいいすよ。1人でケリ付けるのも結構ですがそれだって限界がある。自分の限界に自分で気付かないなんてこともありますし。つまり……」
「つまり……?」
まず最初にメンマを頬張った隊員は、アルに振り向いてニヤリと笑った。
「この店は最高ってことっす」
「……まあ、そうね」
アルは首を傾げつつも、しかしその隊員、幹戸とかいう警官が言いたいことはなんとなく理解できた。
「ってか食わないんすか?隣からチャーシュー取られてますよ」
「え?あっちょっとムツキ!」
「あはっ、バレちゃった?」
いたずらっぽく笑う室長に怒り、しかしこうしてふざけられる空気の居心地のよさというのも、アルは感じていた。
・
ヴァルキューレ警察学校:3年生
警備局アビドス監視班第2分隊長
警備局第5機動隊、同第7機動隊、同第16機動隊長、同独立特殊警備中隊第3小隊長を経て現職。
固有武器:なし(使用武器:第6号ヴァルキューレ制式ライフル改)
アビドス監視班の分隊長の1人。円の中に菱形の四角形を十字に4つ並べたヘイロー。
最古参であり、最先任分隊長と呼ばれることもしばしば。
警備畑一筋の叩き上げであるが、前職にて任務より市民の安全を優先した結果命令違反と見なされ処分待ちとなっていたところ、リコの根回しによりアビドス監視班へと配置された。
・
ヴァルキューレ警察学校:2年生
警備局アビドス監視班第2分隊分隊長ドライバー
警備局第7機動隊、同第16機動隊隊長ドライバー、同局長ドライバーを経て現職。
固有武器:なし(使用武器:第6号ヴァルキューレ制式ライフル改)
アビドス監視班第2分隊の隊員。モブヘイロー。
マヤとは第7機動隊、第16機動隊でも同じ部隊の上司と部下だった仲。
ドライバーとしてはそれなりに優秀だが警備局長の愚痴に聞き飽きて異動を希望、リコの目に留まりアビドス監視班に配置された。