BAD COP   作:ノキシタ

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 昔に比べて語彙力落ちたなと思うなどする今日この頃。()



 お気に入り登録ありがとうございます。励みになります。
 スランプ気味のエターナル寸前な作品ですがお楽しみいただければ幸いです。


一時帰隊

「コーヒー飲む?」

 

 公園までやってきた先生とヒナ、マヤの3人。自販機で缶コーヒーを3つ買ってきた先生が、ヒナとマヤに差し出す。

 

「ありがとう。頂くわ」

「マヤは?」

「職務中なんで貰えないんですよ、お気持ちだけ」

「そっか」

 

 余ったコーヒーをポケットに入れて、「とりあえず座ろっか」と言い手近なベンチを指す先生。

 ヒナが誘いを受けてベンチに座ると、先生も隣に座った。マヤがヒナの傍に立ったままでいるのは仕事だから、先生もそこは理解している。

 

「それで、私に用事があるんだったよね?」

「ええ。カイザーコーポレーションのこと、知ってる?」

「多少は」

 

 カイザーローンとかの親企業だっけ、などとぼんやり思いながら答える先生に、ヒナは続けた。

 

「アビドスの砂漠、あそこでカイザーが何かを企んでいた可能性がある」

「企んで()()?」

 

 妙な言い回しに鸚鵡返しする先生。単に過ぎたことであればわざわざここまで来て伝える必要はない。

 

「砂漠に大量のPMC部隊と物資が投入されたこと、継続的に活動していることは確認できてた。けど最近、カイザーコーポレーション経由でカイザーセキュリティの部隊が入ったのを最後に、人員、物資の供給が一切停止している」

「何か目的があったけど、諦めたとか?」

「普通に考えるなら、そう。だけど現地にいるPMC部隊は撤収していない」

「……本社が現場を切り捨てたか、現場が本社に楯突いた」

「そう見ることもできる。どうするかは、先生に任せる」

 

 そう言ってコーヒーを啜るヒナ。そんなヒナに先生は尋ねた。

 

「でもどうしてそれを私に?」

「ひとつは、キヴォトスで大きな事件が起きてほしくないから。細かいことは伏せるけれど、今はあまり事態対応のリソースを分散させたくないの」

 

 それだけ大事なことを今進めているのか、と理解する先生に、もうひとつヒナは理由を付け加える。

 

「もうひとつは、偶然先生に用件があったから、そのついで」

「今のが本題じゃないんだ?」

「ええ。先生に聞きたいことがある」

 

 ヒナは懐から1枚の写真を先生に手渡す。

 暗い通路、窓の外も暗いので夜なのだろうが、照明すらついていない場所で撮られたのであろう。

 通路の床には数名の風紀委員が倒れ込み、中には赤い水溜まりに突っ伏している者もいる。

 その通路を、隊列を組んで進んでいると思しき6人の人物。装具はバラバラだが総じて黒色のミリタリーな装備をし、見たところ全員が5.56x45mm弾を使用するアサルトライフルと9x19mm弾を使用するハンドガンを装備している。

 そして全員、ヘイローのない男だった。

 

「1週間前、風紀委員会の本部が何者かに襲撃された。これはその時の監視カメラ映像の一部。私や幹部は温泉開発部の鎮圧に出ていて不在だったけど、当時本部にいた委員は全員助からなかった」

「助からなかったって?」

「……死んだの」

「えっ!?」

 

 先生は驚愕して写真を見直す。キヴォトスの生徒なら、普通銃に撃たれたぐらいで死ぬことはない。人によるが、5.56mmフルメタルジャケットを30発至近で連射してようやく気絶、という生徒もいるぐらいだ。

 写真を見直す。赤い水溜まりの正体は血だったのだ。

 

「彼女達から摘出された弾丸はうちの情報部が持ってるデータベースでは弾種、製造所の判別が出来なかった。今はミレニアムのエンジニア部に解析を依頼しているところ」

 

 そう言って差し出したもう1枚の写真には、回収された弾丸や薬莢が定規と並べて映っていた。見たところ特殊な弾丸には見えないが、だからこそ風紀委員会の情報部も苦戦したのだろう。

 

「そして先生。ヘイローのない大人の男性という属性は、あなたにも共通している」

 

 ヒナの言葉に、先生も頷く。キヴォトスで大人の男性の人間など自分1人だと思っていたし、そう思っている生徒も実際多いだろう。この黒ずくめの男達以外で同じ属性を持つのは先生だけだ。

 

「……私も被疑者、ってことだね」

「そう。だから聞きにきた。これが本題」

「私が聞くことじゃないかもしれないけど、直接聞きに来るのは危ないとは思わなかったの?」

 

 そう聞くと、ヒナは首を横に振る。

 

「あなたがキヴォトスに来たという報告が来てから、情報部がずっとあなたを監視していた。電話や通信も含めて。お風呂に入る時、トイレに入ってる時、寝てる時も。この1か月、あなたが不穏な行動をしたことも、そんなやり取りをしたこともないのはわかってる」

 

 理解不能なことはまあまああったけど。そう言われて先生は苦笑するしかなかった。そっちなら心当たりはそれなりにある。

 

「す、すごいね。そこまで見てるんだ?」

「別に、大したことじゃない。見てるのは私達(ゲヘナ)だけでもないようだし」

「なんだかすごいこと聞いちゃったぞ?」

 

 さらりととんでもない暴露があったが、「それだけじゃない」とヒナはさらに語った。

 

「うちの子達も先生に助けられたという報告もあったわ。とても親身になってくれたと。そして今回は誰もが見捨てたアビドスに救いの手を差し伸べている。少なくとも、悪人とは思えない」

 

 ヒナのその言葉に、先生は苦笑した。別にそこまで大したことはできていないつもりだ。

 ともあれ、先生は正直に答えた。

 

「ありがとう。でもごめん。私はこの人達のことは全く分からない。もしかしたら私と同じところ(世界)から来たのかもしれないけど」

「……そう。わかった。その写真は渡しておく。何かわかったら、風紀委員会にも情報を共有して欲しい」

「もちろん。連邦生徒会にも伝えておくね」

「ありがとう。そうしてくれると助かる」

 

 ヒナはコーヒーを飲み切ってベンチを立つ。ちょうどラーメンを食べ終えたアビドス監視班員達がハンヴィーで迎えに来ていた。

 じゃあこれで、そう言ってマヤと共にハンヴィーに向かおうとして、ヒナは何を思ったか一度止まって振り向く。

 

「先生はヴァルキューレの生徒も手伝ってるのよね?」

「うん。そうだよ」

「生駒コイという生徒、知ってる?」

「知ってるよ」

「元気?」

「元気そうだったよ」

「そう……」

 

 それを聞くと、ふっと口元を緩めてヒナは言った。

 

「できればでいいのだけど、時々気にかけてあげて。あの子、いろいろあったみたいだから」

「うん、わかった」

 

 先生は微笑んで答えた。何があったのかは知らないが、そう頼まれて首を縦に振る以外の選択肢を先生は持ち合わせていない。

 

「コーヒー、ごちそうさま」

 

 最後にそう礼を述べて、ヒナはヴァルキューレのハンヴィーの乗って公園を後にしていった。

 

「カイザーに、砂漠か。……アロナ」

『はい先生!どんな御用でしょうか?』

 

 常用するタブレット端末『シッテムの箱』に常駐するAIを呼び出し、先生は端的に指示を出した。

 

「カイザー、アビドス、砂漠。このキーワードで連邦生徒会の文書データベースを検索して」

『わかりました!少々お待ちください……出ました!砂漠地域での資源採掘申請、名義はカイザーマイニングです!』

 

 画面に表示された申請書を見て、先生は数秒考えこみ、すぐにアロナに次の指示を出す。

 

「カイザーの採掘事業担当だったね。その座標の衛星写真を取得、兵力情報を分析してくれる?」

『お安い御用です!……と言いたいところなんですが』

 

 先程まで元気いっぱいだった声音が、途端に落ち込んでいく。

 さしものスーパーAI、アロナといえど解決できない問題はある。例えば、ハードウェア的なもの。

 

『すみません、近くに空撮可能な衛星が来てないみたいです』

「次の飛来は?」

『3時間後ですね、SRTの偵察衛星が通過します』

「じゃあ3時間後に撮影。それまでにアビドスのフォーマットで捜索令状を作っておいて」

『わかりました!容疑内容と場所はどうしましょう?』

「内容は無許可の軍用施設建造、場所はさっきの申請場所で」

『りょーかいです!』

 

 少女のアバターに相応しい元気な声が戻り、アロナは早速令状作成に取り掛かる。あとは出来上がったものにホシノの署名捺印がもらえれば、アビドス自治区内における正当な権限を有した捜索令状の出来上がりだ。

 

「あと、対策委員会にも集合のメールを出しておいて。今日は忙しくなるぞぉ」

『そう言うと思って送信済みです!』

「さっすがアロナ!ありがとう」

 

 言いながら先生は飲み切ったコーヒー缶をゴミ箱に捨てて、アビドス高校へと向かうことにした。

 今のアビドスを取り巻く状況の謎、その解明にまた1歩近付くために。

 

 

 

 コイとシイナが覆面パトカーで帰ってきた時には、すでに夕方の16時になろうかという時刻だった。

 流石に睡魔が襲来したのであろう、眉間にしわを寄せながら運転するシイナだが、隣ではコイがすでに爆睡している。

 

全ては虚しい。どこまで行(Vanitas vanitatum)こうとも全ては虚しいものだ(,et omnia vanitas.)……」

 

 嫌というほど聞いて今でも耳から離れないフレーズを、ほぼ無意識にシイナは諳んじる。元々の意味なぞ知らないが、少なくとも今のシイナのように愚痴に使うのが本来の意味合いではないのだろう。

 呪詛を吐きながら対アビドス対策方面本部跡地に辿り着いたシイナ。前哨の警衛と二、三言葉を交わして通過して、キヴォトス運転免許センターに帰ってくることができた。

 

「生駒班長、起きてください。着きましたよ」

「むにゃぁ……あと8時間」

「8時間と言わず青天井で寝させてもいいんですよ?」

「待て待て起きる、起きるって」

 

 猛烈に不穏な予感がして飛び起きたコイを引き連れ、シイナは免許センターに入っていく。もう今日はさっさと終礼して休務にしてほしい。

 しかしシイナの願いは免許返納班の部屋に入った時点で打ち砕かれた。いや、そもそも駐車場に停まっていた見慣れない()()()()()()()()()()()()を見た時点で察するべきだったのだ。

 

「おや、随分遅かったじゃないですか」

 

 特徴的なピンク髪と細い目。不知火カヤ本人がコーヒーを嗜みながら、名ばかりの応接スペースにあるソファに当然のように腰掛けていた。

 

「ああ、仲仁田さんは初対面でしたね。初めまして、防衛室長の不知火カヤです」

 

 律儀に立ち上がって右手を差し出すカヤに、未だ現実を受け止められないでいるシイナは握手で返した。

 

「……え、っとー。ど、どのようなご用件で?」

 

 ようやく状況を飲み込めたシイナが絞り出した言葉に、カヤは微笑みながらコイを見る。

 

「その前に、報告したいことがあるんじゃないですか、生駒班長?」

「うっす。カイザー絡みでとんでもねェことが判明しまして」

「PMCの離反ならもう知ってますよ」

 

 ソファに戻って、ため息をついてそう言うカヤ。髪をわしゃわしゃとかき回して、コイは対面に座った。

 

「……プレジデントから連絡でもありましたか」

「無様に泣きついてきましたよ。まあ軍事部門であるPMCが離反したとなれば残る手札はカイザーセキュリティぐらいなものですからね」

「そうは言ったってアビドスにいるのは精々増強1個師団でしょう?」

「他地域のPMC所属部隊もカイザー本体への離反を始めたそうです。大方、理事が根回ししていたのでしょう」

 

 こういうところは仕事が早いですね。呆れ気味にカヤはコーヒーを啜る。

 肩をすくめながら、コイは背もたれに体を委ねてぼやくように言う。

 

「小鳥遊ホシノの神秘とやらに目が眩んで離反したらしいっすよ」

「神秘?」

「協力者を騙る何者かの情報工作の可能性があります。ま、実際カイザーを分裂させれたんだからこの情報工作は成功してますわな」

「アビドスや先生辺りの仕業ですか?」

「かもしれませんが、にしてはやることの毛色が違いすぎる。第三者の可能性もあるでしょう」

「面倒ですね……」

 

 こめかみを揉むカヤ。ただ手下の不手際の尻拭いだけならまだいいが、これが第三者まで本格的に介入してくれば流石に面倒事は避けられない。

 

「で、どうすんです?我々お役御免っすか」

「いえ、仕事はまだありますよ。こんな状況になった以上、こちらが本格的に介入する必要があります」

「だが大義名分がない」

「その通り。それを探してくるのが次の仕事です」

「やっぱりね」

 

 予想通りの展開だが、あまり嬉しくはない。仕事の難易度は跳ね上がっている。

 一旦天を仰ぎ、向き直って聞いた。

 

「一応確認しますけど――()()()()()()使()()()()()()んで?」

 

 難易度の高い、しかも他学園への介入というデリケートな案件となれば、手段上の制約は外してくれないと困る。

 そこはカヤももちろん理解していた。カップをおいて、一言。

 

「そのためにあなたに頼んでいるんですよ」

「……なるほど」

 

 そこまで言われれば断る理由はない。コイはニヤリと笑う。

 だがシイナは違った。とんでもないことを相談する2人に目を白黒させる。

 

「ちょっと待ってください、本格的に介入って何する気ですか?ましてや大義名分を探す、しかもどんな手段もって――!?」

「一気にいくつも聞くんじゃないよ、そのまんま。増強1個師団を潰すにはブーツオンザグラウンド(部隊地上展開)しかない。で、アビドス自治区内にそんな大それた真似がしたけりゃ相当の理由が要るんだ」

「そう難しい話ではありませんよ。別に捏造したって構いません。暴露するような下手さえ打たなければ」

「いや難しくはあるんすけどね?」

 

 カヤの注釈につっこみを入れつつ説明するコイ。シイナも納得できない様子ではあるが、ともあれ引き下がりはした。

 

「というわけで、内容は了解です。んで、ERMINEとPANTHERはこのままQRFにつけてくれるんすか?」

「もちろん。本校オペレーションルームのバックアップ付きで」

「了解です。どうにかしてみましょう」

「お願いしますよ。それでは」

 

 カヤは席を立って、そのままシイナがまた口を開かないうちにさっさと部屋を後にした。

 しばし部屋を沈黙が支配し、やがてソファから立ち上がったコイが先に口を開いた。

 

「ま、聞いた通りだ。仕事は続く」

「マジですか。ちょっと寝かして欲しいんですけど……」

「部屋出て左の突き当りに仮眠室があるからそこ使え」

 

 コイの言葉に、シイナは意外そうに、ちょっと驚いて聞いた。

 

「寝ていいんですか?」

「構わんさ、あたしはさっき寝させてもらったしな。ちょっと休んどけ」

「ありがとうございます」

 

 それを聞いたシイナの動きは大変素早かった。ライフルを下ろしてデスク横のガンラックにかけるや直ちに部屋を出て左に曲がって走っていった。

 

「元気だねェ……」

 

 欠伸をしながら呟いて自身のデスクに戻る。すると見計らったかのように机上の内線電話が鳴り響いた。

 

「はい免許返納班」

『やっぱり帰ってきてた。どうも鹿篭(かご)です』

 

 電話の相手、鹿篭サトミは、思った通りと言わんがばかりの口調でそう名乗る。

 彼女の所属は情報通信局、電波部。キヴォトス全域の違法電波の取り締まりを表向き主たる任務とする部署である。

 ヴァルキューレの中でも一、二を争うほどの秘密部署で、実はコイですらサトミや他の電波部員と直接会ったことはない。もしかしたら、鹿篭サトミという名前すら本名ではないかもしれない。

 

「何かわかった?」

『まあそれなりに。何から聞きます?』

「シェフのおすすめで」

『じゃオードブルは例の黒服さんの消息から』

 

 なんで知ってる、なんて疑問を持つことにはもう飽きた。どういう仕組みか知らないが、電波部はキヴォトス中全ての電子システムに侵入できるのだそう。

 本当に全て侵入できるのかはさておき、少なくとも彼女達の腕前ならアビドス市街の防犯カメラぐらい容易にジャックできるだろう。

 

『黒服さんですが、捜索の後カイザーPMCの目を潜って脱走、プレジデントの息がかかったカイザーセキュリティ回収部隊と合流しました。今頃新しい拠点でも拵えてるんじゃないですかね』

「よくもまああの警備が張り付く中で」

『トイレの窓から脱走したそうですよ。あっ、生駒さんが話した後に彼が入ってったのもトイレでしたね』

「お前さんもまあ、よくもそう色々調べられるもんだな」

『私らだって万能じゃありませんよ』

 

 次はポワソンと行きましょうか、笑いながらサトミがそう言って、紙をめくる音がする。

 電波部でも紙媒体を使うんだなと思いつつコイも耳を傾ける。

 

『ご依頼の件、あの先生とやらの素性ですが、結論を言うとこっちで全部は洗えませんでした』

「何もわからなかったと?」

『なわけないでしょう、電波部ですよ?シャーレ、連邦生徒会、先生が関与したあらゆる場所の電子システムを洗ったらとんでもないのが出てきました』

「というと?」

『詳しいことはわかりませんがとにかく強力なセキュリティプログラムか何かです。

 シャーレはまず侵入不能、先生の携帯端末も同様です。連邦生徒会は侵入自体はできたんですが、先生絡みのところに入ろうとすると作動するトラップが置いてありました。今のところ侵入側の機器の中身を電子的に無差別破壊するタイプと見てます』

 

 そしてここからが本題ですが――そう告げて、サトミは一言決定的なことのように告げた。

 

『連邦生徒会はこのタイプの電子セキュリティシステムを装備していない』

「……装備してないってのは?」

『そのままの意味ですよ、調達記録にもサンクトゥムタワーの接続許可簿にも名前がない。誰かが勝手に作った最強のシステムが、連邦生徒会の最重要区画をほったらかして先生()()を守ってるんです』

「先生自身がシステムを組んだか、協力者がいると」

『そうなります。前者なのであれば相当なプログラマか何かだったでしょうし、後者ならそんな人材に当てがある立場にいた、そう考えることもできますね』

 

 それを聞いて、コイは髪を撫でまわしつつ唸る。

 正直に言うと、物足りない。

 

「電波部にしちゃ随分収穫が少ないんだな」

『そう言わないでくださいよ、こっちにとっては電波部以上の相手が現れたってだけで大発見です。これから毎日退屈せずに済みそうだ』

「そうかよ。……で、グラニテ飛ばして次はヴィアンドか?」

『世間一般の順番から逸脱しますが、そうしましょう』

 

 7つも話題なんてありませんしね。そう言いながらまたも紙をめくる音を立てたサトミ。

 

『アビドス生徒会の状況は生駒班長もご存知でしょう』

「小鳥遊ホシノしかいないな」

『そして対策委員会は非認可。小鳥遊ホシノが消えれば生徒会は消滅、アビドスの廃校は免れない』

「それがどうした、奴はテコでも動かんぞ」

『いいえ、動くでしょうね』

 

 妙に確信めいた口調でサトミは言う。どういうことだと聞く間もなく、理由を述べ始めた。

 

『先程、カイザーローン内におけるアビドスの信用ランクが最低レベルに落とされました。金利が3000%に跳ね上がり、さらに理事の鶴の一声で3億円の預託金まで発生してます』

「……致命的だな」

『ええ。どうも先生が対策委員会を引き連れて砂漠にあるPMC基地に向かったようでしてね。しかも自治区内の土地がカイザーに買い取られてるってことにも気付いたっぽいです』

「このタイミングでか」

 

 コイは深くため息を吐く。借金の返済に専念して、そのまま高校3年間をそれだけに費やしていれば、アビドスの6人の学生生活はただ借金返済という部活動に精を出す変わった形の青春で済んだ。

 しかし知ってしまった以上、彼女達は自治区というものを直視しなければならなくなる。政治というやつにすら、リソースを割かざるを得ない。

 

『遅すぎたぐらいですがね。あいつらホントは学校守る気なんかないんじゃないですか?』

 

 サトミは対照的に、あっけらかんと言い放った。

 確かに、暫定的とはいえ自治区を自治統括する立場にある対策委員会が今の今までカイザーの手が迫っていることに気付かなかったことを考えれば、そう思われる余地もあるかもしれない。

 

『自治市民連合会が自治業務を代行する現状、あいつらの存在意義も疑わしいですよ』

「……馬鹿話はいいから、本題に戻ってくれや」

『おっと気に障りました?まあいいや、とまれ奴らがメンタル的にも財政的にも追い詰められていることは確かです。そうしたら、あの小鳥遊ホシノはどうしますかね?』

「すぐ動くとは限らんだろう」

『そうとも言い切れませんよ。預託金3億の支払期限は1週間後です。今月の返済をしたばかりのアビドスに、それまでに3億用意する資力はない。となれば?』

「……まあ、な」

 

 そこまで揃っていれば反論も出来なかった。コイならともかく、ホシノなら間違いなく自らを差し出すだろう。無論躊躇なくとまではいかないだろうが、近々に期限が切られている以上冷静な判断も難しいはずだ。

 

『生駒班長、これってチャンスじゃないですか?防衛室長からの課題なんて、ただ待ってるだけでクリア出来ちゃいますよ。なんたって、生徒会がなくなれば現地の安定化にヴァルキューレを派遣しなきゃいけなくなるんだから』

「……まあ、そうだな」

 

 コイはその一言しか言わなかった。確かに仕事というだけならその方が遥かに効率がいい。

 だがそれは、アビドスの生徒達を無視した行為だ。今更善人ぶろうなどというつもりはないが、小鳥遊ホシノには借りがある。

 

『……ま、どうするかはお任せしますよ。さあ、最後はデザートです』

「まだあるのか」

『むしろこっちがビッグニュースでしょうね。生駒班長達が私的に追ってる黒い連中いるでしょ?』

「あいつらの手がかりでも出たか?」

『手がかりというか本人達です、出たのは。ゲヘナ風紀委員会本部を襲撃、委員21名を殺害し委員長室を荒らしまわって撤収。やっぱり洗練された動きですね、どっかの軍隊経験者とかじゃないです?』

「ヒナのところか」

 

 表情をより一層険しくするコイに、サトミはけらけらと笑いながら言う。

 

『あーそっか、生駒班長はグレる前に空崎委員長と仕事した事あったんでしたね』

「グレる言うなし」

『事実でしょ。真面目一辺倒で成績優秀な石頭。絵に描いた委員長スタイルが、今やクスリ酒セックスなんでもござれの悪党だ。いやー人って結構落ちるとこまで落ちるもんですね』

「……」

 

 反論することはできなかった。サトミがその気になればコイの汚職や犯罪の証拠はいくらでも出てくるし、その気になれば告発することもできるだろう。

 それをしないのはカヤの根回しで電波部が免許返納班への無期限支援任務についていること、合法的な手段で取得した証拠ではないので告発しても棄却される可能性があること、そして本人曰く「泳がせた方が面白そうだから」である。いずれにしろ、弱点を握られていることは変わらない。

 

『さて、今回のコースはここまでです。私はこれからシャーレのセキュリティと対決してきますので、それじゃ』

 

 そう言ってコイの返答も待たずサトミは電話を切った。

 相変わらずのマイペースさにため息をついて受話器を置くと、コイは天を仰ぐ。

 

「……どうすっかなぁ」

 

 そう呟いた時、再び内線が鳴る。受話器を取ると間髪入れず、サトミの声が聞こえてきた。

 

『あー言い忘れてました。対策委員会に砂狼シロコっていたじゃないですか、あいつカイザーPMCにとっ捕まりましたよ。それじゃ』

 

 

 

 アビドス砂漠にあるカイザーPMC基地。その地下にある独房区画に、足音が響く。2人のオートマタ兵が、暴れる1人の生徒を半ば引きずって運んでいた。

 すでに通信器も銃も取り上げられ、丸腰となった今となっても、砂狼シロコは抵抗をあきらめない。

 房の前に着くと、オートマタはシロコを独房に押し込もうとする。だがシロコも房の扉に手足を引っ掛けて出てこようとする。

 

「離してっ……!離せっ……!」

 

 やがてしびれを切らしたオートマタの片割れが銃床でシロコの顔面を殴打した。

 PMCとはいえ軍事訓練を受けた戦闘員の銃床打撃。一瞬意識を飛ばしかけたシロコは手を離してしまい、独房に放り込まれてしまった。

 

「大人しくしてろってんだ、クソガキが」

 

 一言吐き捨てて、オートマタ兵は扉を閉めて施錠し、這いつくばるシロコを一瞥して独房を離れていく。

 シロコはすぐに鉄柵の扉に飛びつき、勢い良く揺さぶりながら叫んだ。

 

「出せっ!出せーっ!」

 

 しかし戦闘での傷が響いたのか、シロコは激痛に顔をゆがめてその場に蹲ってしまう。シロコの声を聞き届ける者はいなかった。

 ……ただ1人、PMC兵の目を搔い潜って独房まできた人物を除いて。




・ERMINE小隊
 SRT特殊学園第1作戦団第35小隊。
 小隊長、通信手、選抜射手、前衛戦闘員の4名編成。
 補給統制本部が定める予算配当基準にいうところのティア2部隊に区分され、標準的な作戦部隊として活動している。

・PANTHER小隊
 SRT特殊学園第1作戦団第316小隊。
 小隊長、通信手、軽機関銃手、統合終末攻撃管制官の4名編成。
 ティア2部隊に区分され、標準的な火力誘導部隊として活動。他学園治安維持組織における2個大隊規模の火力調整能力を有する。
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