キヴォトス公道208号線はDU南区中央から南区西川町、南区
そんな道路を暴走する現金輸送車はやはり南へ突っ走っていた。向かう先はアビドス自治区、ヴァルキューレ警察学校では通常手が出せない領域である。そこまで逃げ切れば、少なくとも今追いかけてきているシイナ達のパトカーは振り切れると考えたのだろう。
シイナはアクセルを踏み込み現金輸送車を追いかける。2週間前と同じような構図、そして奇しくも現金輸送車の車種は2週間前と全く同じ、何なら書いてあるロゴも同じカイザーバンクという会社のロゴだ。
違うのは走る道と乗る車、そして同乗者と肩書き。だがやるべきことは変わらない。
「追い付いて止めて捕まえる。お前さんの得意分野だろ?元高速隊のドラテク見せてもらうぜ」
相変わらずふざけた顔でそう言うコイに一つ拳骨を落としたくなったがそんな余裕はない。それに、言っていることは間違いでもなかった。
そんなコイは先程から銀行がどうとか言っている無線のマイクを取り、本部に通報する。
「この車何号車だっけ?あーシラトリ12より本部、シラトリ12より本部。暴走事件発生、カイザーバンクの現金輸送車が、えー時速100kmオーバーで208号線を南に走行中、現在南区遠近町4丁目付近、なお南区遠近2丁目交差点で一般乗用車1台と激突している。応援を要請、どうぞー」
早口で通報を済ませて、コイは次に車載仕様の9号ショットガンを拾い上げてハンドグリップを引く。先程までシイナが突き付けていたが、逃走車を見て咄嗟に投げ出したものだ。
窓から身を乗り出して射撃を試みる。が、相手のサブマシンガンによる銃撃に阻まれて断念し、コイは車内に引っ込んできた。
さらに現金輸送車を回避した一般車が半ば障害物になって行く手を阻むせいで、パトカーはどんどん離されてしまう。
「生駒さん、あの逃走車が来るってわかってたんですか?だからあの交差点で停めさせた?」
焦りを覚えつつも、シイナは先程から気になっていたことを聞いた。しかしコイはそれに素直に答えず、逆に聞き返してくる。あちらも興味本位の質問だろう。
「その前にお前さんはなんで言われた通り停まったんだ?無視することもできたろ」
「勘です」
「勘かよ。異常なエンジン音とでも言ってくれるかと思ったんだが」
「それもあります」
「本当かぁ?」
シイナの即答に苦笑しつつ、コイはカーナビを弄る。そうして地図を表示させると、それを見ながらコイもシイナの質問に答えた。
「まああれが来るのはわかってたよ」
「何故です?」
「
「はあ!?」
予想外の答えに、シイナは思わず素っ頓狂な声を出してしまった。もし本人の言う通りここに現金輸送車が逃げ込むよう仕向けたというのなら、一体どこからどこまでがコイの思惑なのだろう。
輸送車が暴走してからか、暴走
「どういうことか教えろって顔してんな」
「追い付くまでに説明していただけますか?」
「2週間前、ある犯罪集団が摘発を受けた。『ギリギリヘルメット団』という連中だ。
そいつらはでかい銀行に強盗に入ったものの逃走に使った現金輸送車が高速隊に押さえられ、実行犯がアジトの場所をゲロったお陰で組対の餌食になった」
「それってまさか――!」
コイの話から、それが自分が捕まえた現金輸送車のことだとシイナは確信した。
答えを聞くように、シイナは驚いたような顔で一瞬コイを見る。コイもまたそれに答えるようにニヤリと笑って頷いた。
「2週間前にお前さんが検挙した現金輸送車だな。逃走車に乗ってた奴らとアジトにいた奴ら、総員14名のギリギリヘルメット団はほとんどが捕まったが、アジトから2名が逃げ出し行方を眩ませていた。
今目の前走ってるあの現金輸送車に乗ってるのがその2人。ちょうど銀行強盗の帰りだ」
「何故その2名だと断言できるんです?」
「だから言ったろ?そうなるように仕向けたからさ。逃げ延びたあいつらが遠近町にあるカイザーバンクの支店に強盗に入ることも、逃走にあの現金輸送車を使うことも、この道通ってアビドスに逃げ込もうとすることも、
今頃北砂尾支所に強盗の通報が殺到してんじゃねえの、コイはけらけらと笑いそう言うと、今度は前方の現金輸送車を面白そうに眺めながら話を続けた。
「まず奴らの居場所を掴んでその生活範囲を探る。これは知り合いに手伝ってもらったな」
そこからコイはぺらぺらと自身が仕組んだことを語った。
まず生活範囲が絞り込めたらその範囲の至る所にカイザーローンを連想させるものを散りばめておく。チラシ、広告、ニュース、新聞記事、通行人の襟バッジ、壁に描かれた子供の落書き等々にカイザーバンクの社章を入れ、ラジオ、携帯の着信音、人の噂話、店のBGM等々にカイザーバンクという
「すると奴らは生活の中で何度も何度も、異常な頻度でカイザーバンクのロゴを目にし、カイザーバンクの名を耳にする。思い出せはしなくても見て聞いて、脳にそれは刷り込まれるわけだ」
同時に銀行強盗を起こさせるために物価を上げる。といっても市場を操作するとか、そういった七面倒くさい真似をするわけではない。近所のスーパーとコンビニを回って値札を貼り替えるだけでいい。
ヘルメット団とはいえ人間、生きるためには食糧を調達しなければならない。が、その先々で値札の値段が上がっていたら、『あぁ物価上がったな』と錯覚するようになる。
「無論レジを弄るわけじゃないから代金は1円たりとも変わらない、真面目にレシートを見るような奴には通じんだろうがね」
そうは言っても、コイはこれが失敗するとは思っていなかった。レシートを真面目に見るような人間なら不良になってヘルメット団に入ったりしない。それは手の込んだ社会的自殺と同義だ。
「十分な貯蓄があるならまだしもアジトの摘発から這う這うの体で逃れてきた奴らだ、金なんぞ持ってるわけがない。物価高騰を看過できるような余裕は、少なくとも心理的にはないだろうさ」
そうして追い詰めていくことで、犯罪行為によって食い扶持を稼ごうという発想に持っていく。ヘルメット団が違法な犯罪集団である以上公的機関に保護を申し出ることもできないから、あの2人に残された途は犯罪で手っ取り早く金を稼ぐかブラックマーケットで雇ってくれるところを探して回るか、そうでなければ死ぬしかない。
ブラックマーケットで働き口を探して見つかる保障もないし、見つかったとして給与が支払われるとも限らない。となれば確実に金を手にするためには犯罪しかないだろう。
「ここでもう一捻りだ。この2人の隠れ家のポストに特製の
キヴォトスにおける授業は基本的にBDによる映像学習――BDの映像をヘイローを通して直接脳にインプットすることで高効率な学習を行うというものであり、各種犯罪集団においても新人を育成するためにこのBDが用いられることがある。そういった層向けのBDを販売する店がブラックマーケットにあるぐらいだ。
コイが作ったのはカイザーバンク遠近支店の
「ここでさっき言った手法が活きてくる。普通ポストに入ってた差出人不明のBDなんて見ないし、見たとしてこの遠近支店に強盗に入ろうとは思わない。
だが普段からカイザーバンクというキーワードを強烈に刻み込まれた脳はBD表面に書かれた『カイザーバンク遠近支店』の名前を見て直感的に強盗に入ろうと決意するわけだ。『罠かもしれないが、やるしかない』なんて息巻いてな」
そして適当な日時に強盗しやすくなるような隙、設備点検であるとかそういった旨の広告を適当に撒いておけば、その日、その時間に彼女達は強盗を敢行するというわけである。
「で、金持ってトンズラしてきたところを捕まえて、その金をそっくり頂戴しようって寸法よ。
後はどうやってとっ捕まえるかだが、ちょうど都合よく高速隊から飛ばされたヤロウがいるって聞いてさ、ちょいと身元を調べて利用させてもらおうと思ったってワケ」
「じ、じゃあさっき保管室に来た時にはもう――!?」
「お前さんのことは知ってたよ。というかお前さんが目当てだったともいえる」
話を聞いているうちに、シイナの顔はどんどん青くなっていく。コイの話が本当であるなら、自分はとんでもない犯罪の片棒を担がされているということになる。
「待ってください、それって私はあなたの共犯者にされてるってことじゃないですか!?」
「今更気付いたの?鈍感だねェ」
「冗談じゃありませんよ!そんな馬鹿な事――」
「じゃこのまま逃がしてやるかい?他支所の応援はまず間に合わないが」
「まさか!追いますよ!」
シイナは即答し、アクセルを踏み続ける。このまま現金輸送車を止めればコイは中の金に手を付けるだろうし、そうなればシイナはコイの共犯者となるが、生憎シイナは目の前の犯人を見逃すことができるような人間ではなかった。
それに現金輸送車からコイが現金を収奪しようとするなら、コイも取り押さえればいい。そもそもコイの話が全て本当なのかもわからないのだ。
「確かにあなたの共犯になるのは御免ですが、だからって目の前の犯人を見逃せるほど面の皮厚くないんですよ私!」
「即答かよ。ちょっとは迷うかと思ったんだが」
コイは素直な感想を述べた。見逃すにせよ見逃さないにせよ、いくらか迷ってくれてもいいはずだが、シイナはほとんど即答している。さすが元高速隊とだけあって判断は速いようだ。
「これでもちゃんと悩んで決めてますよ、っと!」
そう言い終える前に、シイナはハンドルを切っていた。現金輸送車の助手席からヘルメット団の片割れがロケットランチャーを発射したのだ。
すぐさま現金輸送車の右側に回り込む。一度は突き離されたものの、今やパトカーは現金輸送車のすぐ右後方を走っていた。やはり高速隊でパトカーを乗り回していたシイナとヘルメット団ではシイナの方が運転技能は上らしい。北砂尾町の南部に来て、障害物や遮蔽が全くない砂漠の道路に出たからというのもある。
「よぉしいいぞシナモン!そのまま食らいついとけ!」
再度助手席から身を乗り出し、コイは9号ショットガンを現金輸送車の右後輪めがけ発砲した。
「オラァ止まれ止まれ!ぶっ殺すぞ止まれェ!」
「物騒過ぎません!?」
「どうでもいいんだよンなもん!」
常識的な質問をするシイナに怒鳴り返しつつ、コイは
すぐさまショットガンにシェルを装填する。チューブ内にシェルを装填するタイプのショットガンにおいて、ソードオフされた短銃身型はその分装填数も少なくなってしまうのが欠点だ。
現金輸送車の右後輪をパンクさせることには成功したものの、暴走を止めるには至っていない。速度は多少落ちたかもしれないが、運転が不安定になった分近寄りにくくはなっているだろう。
そんな時、道路の脇の標識がいくつかコイとシイナの視界に入る。
『またどうぞ、北砂尾町』
『城森町まで300m』
『この先、アビドス自治区』
自治区分そのものの切り替わりを示す標識が意味するところは『この先はヴァルキューレの預かるところではない』ということである。普通ならヴァルキューレ学生による追跡はここで打ち切られ、後はアビドス側に通報して終わりだ。
だが、この2人はその『普通』に該当しない。
「追っかけるか?」
「当たり前です!」
「今度は大目玉じゃ済まんかもしれんぜ?」
「処分が怖くて警察官が務まりますか!」
「言えてる」
大真面目なシイナと含み笑いをするコイ、理由こそ大きく違えど処分を恐れない警官という点で2人は共通していた。実際、パトカーは境界線を越えてもなお現金輸送車を追い続けた。
装填が済み次第、コイは窓から身を乗り出して現金輸送車のタイヤめがけ発砲。弾が切れたらまた引っ込んでリロード、これを繰り返す。
「グラップラーでも積んでりゃよかったんだがねェ」
00バックショットを装填しながらコイがにやにやと悪戯っぽい笑みで言う。
グラップラーとは正確には『グラップラー・ポリスバンパー』という装備であり、その名の通りパトカーのフロント部分に搭載される。前方車両の左右どちらかの後輪にテープを巻き付け、減速、停車させるというものであるが、全てのパトカーに搭載されているわけではない。
シイナが借りてきたのは、そのグラップラーのないタイプだった。
「カーチェイスするとは思ってなかったんですよ!」
「想定してない犯人が現れないとも限らんのだぜ?詰めが甘いよ詰めが」
笑い飛ばしながらコイは現金輸送車のタイヤに射撃を続ける。
すると現金輸送車は三叉路に差し掛かった。Yの字になっており、右に行けば小山を貫くトンネルに入り大回りする形で城森町市街に出る。
左は河にかかる橋を渡るとそのまま市街地中心に出る形だが、修繕工事中に放棄されたのか一部が骨組みのみの状態で放置されている。まかり間違っても自動車で渡れる状態ではない。
やはり現金輸送車はトンネルに入り、助手席に乗っていたヘルメット団がロケットランチャーでトンネル入口を砲撃、入口の天井を崩落させた。これではトンネルに入って追うことはできない。
「おっと塞がれたか。シナモン止まれ、回れ右して迂回しよう。時間はかかるがしょうがない」
そうコイは言う。この辺りの地形をコイは把握しており、故に一度戻らない限りここから追跡はできないということもわかっていた。
だが、シイナはそれに従わない。
「……シナモン?話聞いてた?」
「聞いてましたよ。で、あのトンネルは城森町市街地に出るんですよね?」
「あ、ああ」
「じゃあそれより早く対岸に着けばいいわけですよね?」
「だから戻れっつってんのよ?」
「どうして戻る必要なんかあるんですか?」
シイナはそのままアクセル全開で簡素なバリケードを突破して橋に突入する。
どう見ても車両通行のできない橋にそのまま最高速度で突っ込むなど正気の沙汰ではない。コイは初めてここで必死な顔をシイナに見せた。
「おい待てシナモン止まれ落ちる!」
「落ちませんよ!私が運転してるんですよ!」
「何言ってんだ仲仁田止まれ
「生駒さん3秒黙って!」
「何ィ!?」
橋上の障害物を避け、時には轢き倒して突破しながらシイナの運転するパトカーは遂に骨組みがむき出しになった部分を目前にする。
シイナは資材が斜めに置かれちょっとした坂になっているのを見つけると、それに左前輪だけ走らせ、右前輪はそのまま橋を走らせた。後輪もそれぞれの前輪に続く。
坂が途切れたところと橋そのものが途切れたところは偶然にもほぼ同じだった。そのままシイナは右輪をむき出しになった骨組みの上に走らせ、左輪が持ち上がり車体が傾斜した状態で鉄骨の上を走り抜ける。
車体が元の水平に戻った時には、鉄骨を渡り切って対岸に着いていた。
「おっ?おほぉっ!?や、やりやがったこの大馬鹿野郎!?」
「だから言ったでしょう、落ちませんよって」
何度も首を振って前後を確認しながら、信じられないといった表情でコイが笑う。
正直自分でも成功するとは思っていなかったシイナも、小さく安堵のため息を吐いた。
「で、あの現金輸送車はどこから出てくるんです?」
「次の交差点を右に曲がってそのまま真っ直ぐ行くとトンネルの出口がある。そこだ」
「了解、先回りしましょう」
コイの言う通りに交差点を曲がり、サイレンを鳴らしながらパトカーは城森町の街中を疾走する。全く車が見えないのは、この街もまたアビドスの他市街に同じく住民が多くないことを示唆していた。
信号を含めてあらゆるものを無視し直進すること数分、やがてトンネルの出口が見えると、同時に現金輸送車もトンネルから出てきた。
真正面から全速力で突っ込んでくるヴァルキューレのパトカーに驚いたのだろう、2人のヘルメット団員の慌てふためく様がフロントガラス越しに見える。
そのままシイナはアクセルを緩めず現金輸送車に突撃する。トンネル出口からは次の交差点まで一本道で、パトカーを回避するには自分から道路沿いの建物に突っ込むしかない。
結局ヘルメット団員は怖気づいて早々にハンドルを切り、ビルの1つに激突して停止した。
ややドリフトしながら、シイナもパトカーを停車させる。
「よおし車は止められたな!さて犯人逮捕と行きますかァ!」
「穏便にお願いしますよ、下手な真似したら撃ちますからね」
気分上々といった様子でシイナに9号ショットガンを返すコイに、シイナは対照的に緊張した面持ちで釘を刺す。この後この3年生がどう出るかで、シイナの敵が2人になるか3人になるかが決まるのだ。
「つれねェこと言うなよ。運転席の奴頼むわ」
「了解」
コイの指示に一応了解して、シイナはコイと共にパトカーを降りる。
シイナは9号ショットガンを構えながら教範通り敵の銃撃を警戒しつつ前進しようとするが、その前にコイが堂々と現金輸送車に向かって歩いて行った。
「ちょっ、逆襲されるかもしれないのに……」
シイナはそう呟くが、しかし現金輸送車から銃撃がないのを見て自分も前に出ることにした。
そこでシイナはふとコイが手にしている拳銃を見た。グレーのフレームに黒のスライドとグリップパネル、そしてアンダーレールに
「生駒さん、その拳銃――」
「やらんぞ」
「いりませんよ」
早々に話の腰を折られ、シイナもそれ以上話を続けようとはしなかった。気になりはするが、今はそんな話をしている場合ではない。
運転席に回り、ドアを開けてショットガンを突きつける。エアバッグとヘルメットのお陰で、運転手は軽傷で済んだようだ。
「動くな!車を降りて両手を挙げろ!」
「くそっ、わ、わかったよ……」
運転手は両手を挙げて、丸腰のまま出てきた。どうやら持っていた銃は激突した際に破損して使い物にならなくなっていたらしい。
運転手を現金輸送車に向かい合わせ、手を現金輸送車につかせる。そしてボディチェックをしながら、警官が容疑者に告げるべきことを告げた。いわゆるミランダ警告というものだ。
「お前には黙秘権がある。お前の供述は法廷で不利な証拠として用いられる場合がある。お前には弁護士の立ち会いを求める権利がある。あと自分で弁護士を依頼する経済力がなければ、公選弁護人をつけてもらう権利がある」
「うわっ映画とかで見たけどホントに言うんだそれ」
「規則だからね。お前みたいな銀行強盗にも同じく告げなきゃいけないんだよ」
「銀行強盗?何のことだ?」
シイナの言葉に、運転手は首を傾げた。そんな仕草に、シイナも違和感を覚える。
「銀行を襲ったんじゃないのか?カイザーバンク遠近支店を……」
「まさか!私らはただ電話で呼び出されて、この車で208号線を暴走してパトカーを振り切れって言われただけだ、銀行なんて襲ってない」
「噓をついても自分のためにならないぞ」
「噓じゃない!何ならカーナンバーを見てくれ、シラトリ陸運局で登録された現金輸送車がなんでその遠近支店とやらにあるんだ!?」
「……」
必死に答える運転手を見て、シイナは疑念を確信に変えた。追っていた車のナンバーなど忘れようもない、確かにシラトリ区で登録されたナンバーだった。
やはりコイの言っていることは出鱈目なのだろう。問題は何故そんなことをほざいたか。
「ぎゃぁっ!痛い、痛いぃ!」
「おいおい暴れんなよ、暴れんな」
車体を挟んで反対から、ヘルメット団員の悲鳴が聞こえた。
あの3年生が何かしでかしたのだろう、シイナは運転手に手錠をかけるとすぐさま反対へ回る。
案の定、手錠をかけられたヘルメット団員の腕を折っているコイがいた。すでに団員の右肩から下がだらりと力なく垂れ下がっている。
「何してんですか!」
「何ってインタビューだよ、金はどこだって聞いてんの」
「こいつらは銀行強盗なんかしてませんよ!」
「知ってるよそれぐらい。財布の中以外に隠し持ってる金はないのか聞いてる」
「あなたって人は!」
シイナは激怒して、ショットガンの銃口をコイに向けた。
煙草を吸ってたり出鱈目なことを言ってシイナを混乱させたりと好き放題やってくれたが、容疑者を拷問して金を収奪しようなど、いくらなんでもやりすぎだ。
「両手を挙げてください、生駒さん」
「おいおいあたしまで容疑者扱いか?」
「少なくとも傷害事件の現行犯人です。銃を捨てて両手を挙げてください、撃ちますよ」
そこまで言ってようやくコイは拳銃を置いて両手を挙げた。そして後ろからショットガンを向けていたシイナに振り向く。
するとコイはショットガンの銃口を、そしてシイナの顔、目を観察した。
「なるほどな、殺気はない。が、殺すことに躊躇もなさそうだ」
そう独り言のように言うコイは、次の瞬間ショットガンに手刀を落とし銃口を外していた。
そして姿勢を低くし、地面を蹴って一気にシイナの懐に入り込む。だがそのコイを、シイナが咄嗟に左手で抜いた17号拳銃の銃口が睨んでいた。
頭突き同然に体当たりし、シイナをよろけさせる。が、そんなコイにシイナは右足で膝蹴りを放った。当たらなくてもよい、コイの動きを制限できれば上等だ。
コイの追撃を防ぎ、よろけた勢いで距離を取る。車載仕様の9号ショットガンの間合いまで距離を離すにはそれだけで十分だった。すぐさま1発発砲、しかしコイには命中しない。ギリギリまで体を落とし、コイはショットガンの射界から逃れる。
シイナはそこまで織り込み済みだった。左手の拳銃はすでにコイを捉えている。だが直ちに発砲、2発命中するもコイはそのまま突進し、シイナの左脇を通り抜けて側背に回る。
そこにショットガンによる殴打が入った。拳銃でコイを阻止できないとみるやシイナは体を右に回転させ、右手のショットガンでコイを殴ったのだ。
その勢いでコイとシイナは離れ、態勢を整える。
「今の動き、それにその構え。なるほど……」
コイはそれ以上攻撃してこなかった。何かを悟ったようで、その顔は今までのどの表情とも違っていた。
「『
「っ……!?」
コイが
何故ならそれは、世界から忘れられた者達が植え付けられた
それは、シイナの生まれ故郷では誰もが知っていることばだったから。
「なるほど、お前アリウスの出身か。メインアームとサイドアームを同時に活用し、速攻に重きを置く近接戦闘術はあそこの十八番だしな」
けらけらと笑いながらそう言うと、コイは戦闘態勢を解いた。そのままヘルメット団員の所へ行くと、動かないはずの右肩を戻した。右肩は脱臼しただけで、折れたわけではなかったのだ。
「ほら、これで動くだろ?後は冷やしときゃ何とかなる。さっきは悪かったな」
再び動くようになった右腕を不思議そうに見つめるヘルメット団員にそう告げ、その懐に口止め料の10万円を仕込むと、コイはシイナに振り向く。その顔はどこか意味ありげな笑みを浮かべていた。
「何ボサっとしてんだ。銃降ろせよ」
運転席にいたヘルメット団員にも同様に口止め料を渡し、ついでコイは自身の愛銃を拾ってヒップホルスターにしまう。しばらく呆然としていたシイナも、それを見てようやく拳銃をホルスターに収めた。
ショットガンは構えたままだったが。
「どういうことかわからねえって顔だな?」
「ええ。いきなり容疑者を拷問し、私に襲い掛かったと思ったら、今度は容疑者の肩を直して銃を収めて。一体何がしたいんです?」
「お前さんを試したかった。そんだけ」
身も蓋もない理由だった。何がコイの琴線に触れたか知らないが、自分を試すためだけにわざわざこの状況を作り出したとするなら、頭がおかしいどころではない。
怒りを通り越して呆れ果てるとはこのことかと、シイナはため息をついた。
「……あの一節はどこで知ったんです?」
「さあね、もう忘れちまったよ」
まただ、コイはまたしても自身のことについて口を閉ざした。
「ともあれ目的は達した。あとはこいつらしょっ引いて――」
話題を逸らそうとコイがヘルメット団の方を向いた時、カチャッと小銃を向ける音が聞こえた。
「ん、動かないで。2人とも武器を捨てて手を挙げて」