BAD COP   作:ノキシタ

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序章最終話だゾ


免許返納班

「生活安全局押収品係本班、仲仁田シイナ。交通局免許係免許返納班への異動を命ずる」

 

 シイナは開いた口が塞がらなかった。翌朝登庁してきたら押収品保管庫にいきなり総務局人事係の係員がきて、そう告げたのである。

 

「――という辞令が出ましたんで、本日中に異動の方をお願いします」

 

 やる気のなさそうな係員は辞令書を置き、それだけ言って帰ろうとする。そんな係員をシイナは慌てて引き留めた。突然すぎてどういうことか、全く理解が追い付かない。

 

「えっ待ってください、本日中ですか!?」

「本日付での辞令ですので。朝一番に直接届けろとの命令でしたし」

 

 それを聞いてシイナは愕然とした。一昨日異動してきたばかりだというのに、もう異動しろというのか。

 しかも異動先はよりにもよってあの免許返納班である。自分が一体何をしたというのだ。

 

「(気は確かか人事係長!?)」

 

 シイナは内心叫ぶ。もう帰っていいすかと眠そうな顔で係員が言うので、シイナは我に返りようやく係員を解放した。

 

「し、シイナちゃん!?今度は一体何しでかしたの!?」

 

 話を聞いていたツグミが驚いた顔でシイナの肩を掴み聞いてきた。押収品係に来てこの早さで異動していくというのはいくら何でも経験がないのだろう。

 

「何もしでかしてませんよ!」

「じゃ、じゃあやっぱり昨日の件で――」

 

 シイナとツグミが騒いでいるところ、シイナのスマホに着信が入る。番号は覚えのないものだ。

 とりあえず出てみると、今一番聞きたくない声が飛んできた。

 

『おはようシナモン。辞令は受けたな?』

「生駒さん……あなたの仕業ですね?」

 

 怒気をはらんだ声でシイナが聞く。するとコイはげらげらと愉快そうに笑った。

 

『元気そうで何よりだ。窓から外の駐車場見てみろ』

「はぁ?」

 

 シイナは言われた通り外を見てみる。押収品保管庫の窓は1つしかなく、その窓からはシラトリ支所の正面駐車場が見えた。

 そんな駐車場に、シラトリ支所のものではないパトカーが1台停まっている。すぐ傍にはスマホで通話しながらこちらを見る人物がいた。まとまりの悪い黒髪を一本結びにし、メガネをかけ、長袖・ズボンタイプの制服を着た歩く不祥事である。

 

『3分で支度してこい。上官命令』

 

 それだけ一方的に告げるとコイは通話を終了してしまった。

 シイナは青筋を立てるが、とはいえ手元にあるのは正式に発行された辞令書である。どう見ても、何度見ても不備がない。であれば辞令通り異動しなければならない。

 

「シイナちゃん、コイの奴はなんて?」

「3分で支度してこいと」

 

 スマホをポケットにしまい、大きくため息をつく。思うところはいろいろとあるが、正規の辞令書には逆らえないので、シイナはすぐさま私物をまとめた。

 異動して間もなかったので、荷物が多くならなかったのが不幸中の幸いだろうか。

 

「では村上係長、大変短い間ですが、お世話になりました」

「う、うん。あっちに行っても元気でね、シイナちゃん。何かあったら連絡してね、私でよければ相談に乗るからさ」

「ありがとうございます。行ってきます」

 

 戸惑いつつも、結局ツグミは笑って見送ってくれた。一番戸惑っているのはシイナだろう、であれば自分が迷った顔をしていては仕方がない、そう思ったのだ。

 もっとも、最初はシイナと一緒に驚き騒いでいたので、手遅れと言われればそれまでだが。

 リュックサックを背負ってパトカーまで駆け付けたシイナは、コイを睨みつけながら敬礼した。

 

「申告します!生活安全局押収品係本班仲仁田シイナは、交通局免許係免許返納班への異動を命ぜられました!」

「はいはいお疲れちゃん。2分遅刻してるがね」

 

 昨日と変わらない軽薄な顔でコイはだらしない形だけの敬礼をしながら言う。この問題児をぶん殴ってやりたい衝動が一瞬湧いたシイナだったが、そこはさすがに理性で抑えた。

 

「じゃ、運転して」

「私が?」

「免許持ちが先任に運転させる気か?」

 

 さも当然といった顔で助手席に乗り込みながら言うコイにさらなる怒りを覚えるシイナだったが、しかしこればかりは正論だ。仕方なく荷物を後部座席に放り込み、運転席に座る。

 そこでシイナは、天井のドライブレコーダーに気付いた。

 

「このパトカー、ドラレコついてるんですね」

「何ならグラップラーも付いてるし車体も窓も防弾仕様だぜ。すごいだろ」

「どこから持って来たんですかコレ?」

「免許センターに決まってんだろ」

「なんで免許センターにこんなパトカーが配備されてるんですか……」

 

 エンジンをかけながら、呆れと驚きが混じった声でシイナは言う。どう見ても運転免許に関する業務を行う免許センターには不要、というか過剰な装備だ。

 ともあれカーナビに目的地を入力する。今度の目的地は免許センター、タクシーに乗って行ったことはあるが、まだ自分で運転して行ったことはない。

 

「それじゃあ、出発しますよ」

「はいはいよろしくぅ」

 

 コイの適当な返事を聞きながら、シイナはアクセルを踏んだ。

 

 

 

 カーナビに従って走ること2時間。DUとアビドス自治区の境界ぎりぎりの砂漠、まともに道も通っていないようなところにキヴォトス運転免許センターは存在する。

 正確には、境界ぎりぎりに在る対アビドス対策方面本部跡地の敷地内に免許センターが置かれている形だ。

 対アビドス対策方面本部は数十年前、まだアビドスが強豪校だった頃に設置された施設であり、ブラックマーケットの治安維持を巡りアビドスと高度な緊張状態にあったヴァルキューレ警察学校にとっては最前線の基地であった。

 しかし砂塵災害によりアビドスの勢力が急速に衰退、存在意義がなくなり対アビドス対策方面本部は解散、堅牢な要塞だけがそこに残ったのである。

 後は所在に困る施設を適当に放り込む敷地として使われた。免許センターもそうして放り込まれた施設の1つである。

 故に交通の便はすこぶる悪い。当然こんな僻地に公共交通機関など通っていないものだから、車の運転免許を取るためには車か徒歩で来なければならない。無論免許の更新も同様である。そのため車に関わる人々からは『存在自体が行政処分』とまで言われていた。

 

「いつ見てもクソ立地だなぁ」

 

 ようやく見えてきた対アビドス対策方面本部跡地の外壁を眺めてシイナは呟く。これは無免許運転がなくならないわけだと1人ため息をついていた。

 やがて方面本部跡地の車両ゲート前に着くと、警衛と思しき生徒に止められた。

 

「はーい停まって停まってー」

 

 鉄帽を被りプレートキャリアを着用したその警衛に、シイナは警察手帳を見せながら名乗る。

 

「免許返納班に配属になりました、仲仁田シイナと申します」

「おっ、生駒ちゃんとこの新人ちゃんか!生駒ちゃんはどした?」

「隣に乗ってますが……」

 

 シイナが助手席を見ると、コイはすでに腕を組んで爆睡していた。

 頭に拳骨を落とし、シイナはさっさとコイを叩き起こす。

 

「痛っ、なんだよ殴らんでもいいだろう!」

「ははっ、生駒ちゃん相当嫌われてるなぁ」

「笑ってねェでリコピーも何とか言ってやってよ」

「どうせ配属前からいろいろ意地悪してたんだろ?自業自得だよ」

 

 憮然とするコイをからかい、警衛は今度はシイナに話しかけた。

 

「おっと自己紹介がまだだったな、私は守屋(もりや)リコ。アビドス監視班の班長やってる」

「アビドス監視班?」

 

 リコの自己紹介にシイナは首を傾げた。対アビドス対策方面本部が解散して久しいのに、今に至って何を監視する必要があるのか。

 そんなシイナにリコはざっくりとアビドス監視班について説明した。

 

「警備局の特別部署でな、アビドス方面からくる砂塵災害の監視が仕事なんだ」

「その砂塵災害というのは?」

「文字通りだよ、アビドスが衰退した理由でもある。大規模な砂嵐と砂漠化だな」

 

 見てみろよ、リコは方面本部跡地の正面、アビドス自治区の方角を指す。

 遠くにビル群が見える以外はほぼ全て砂漠に吞まれてしまっていた。

 

「この辺りも昔は幹線道路が通ってたらしいんだが、今じゃ見る影もない。こっちも」

 

 今度は方面本部跡地の後背、DU側を指す。そちらも砂漠化が進んでおり、方面本部跡地は砂漠の上にぽつんと立つ要塞といった形になっていた。

 

「この砂漠化や砂嵐を監視、異常があれば上級部隊に報告する、それが私達アビドス監視班の仕事ってワケ。

 あとはこの跡地の保全維持や警備もやってる」

「要するにここの何でも屋だ」

「そういうこと」

 

 コイがあくびをしながらそう締めくくり、リコは苦笑して頷いた。

 シイナにしてみれば免許返納班よりもずっと真面目に職務に勤しむ素敵な部署に見えたが、悲しいかな、シイナの配属先はアビドス監視班ではない。

 

「ここが東ゲートな。で、こっから真っ直ぐすすんで突き当りを右に行くと第4ゲート。そこから左に曲がってしばらく行くと免許センターがある。詳しい道はそこの班長に教えてもらってな。

 それじゃこれからよろしくな、新人ちゃん」

「ありがとうございます、よろしくお願いします」

 

 ゲートが開き次第、シイナはリコに敬礼してから車を発進させ、方面本部跡地に入っていった。

 そこから先は教えられたとおりのルートを進めば苦も無く免許センターに辿り着けた。途中の第4ゲートは開きっぱなしで警衛もおらず、素通りできた。

 そうして到着した免許センターも、特に他の支所と大差ない見た目をしていた。強いて言えば試験場が併設されて、運転免許の技能試験ができるというぐらいか。

 

「生駒班長、着きましたよ」

「あいお疲れ」

 

 駐車場にパトカーを停め、シイナはエンジンを切ってさっさと降り、荷物を降ろす。

 少し遅れて降りてきたコイはあくびをしながら体を伸ばし、次いで腕時計を見た。

 

「10時18分、まあ予想通りだな」

「班長、パトカーのキーは――」

「ああ、持ってて。このパトカーお前さん専用だから」

「えっ専用?それってどういう?」

「そのまんまの意味だよ」

 

 ほら行くぞ、そう言ってコイは免許センターに入っていった。

 入ってすぐのところには受付があり、カウンターの奥には免許係免許事務班があった。

 

「でねー、佐藤さんちの旦那さんがうっかり騙されて壺を200万だかで買っちゃったらしくてぇ」

「あっ聞いた聞いたー。クーリングオフしたら業者が家に押しかけてきたんでしょぉ?」

「怖いわねー。警察呼んでもすぐにはいけないしねぇ」

911(警察に通報)するぐらいなら1911(銃で応戦)する方が早いってやっぱり真理よねぇ」

「「「ねー」」」

 

 事務室で何やら班員達が物騒な話をしているように聞こえたが、何も聞かなかったことにしてコイに続き素通りする。

 次に通りかかったのは学科試験班。覗いてみると、勤務時間中にもかかわらず全員がだらけてゲームをしているかスマホを弄っていた。

 続いて技能試験班の班室前を通りかかる。外からでもわかるほどの熱気の違いに、シイナはここが真面目な部署なのだと思って班室を覗いた。

 

「992っ!993っ!994っ!」

「頑張れ頑張れ!もうちょっとだぞ!」

「ラストスパート!気合い入れろ!」

「995ぉ!996ぅ!ぅあー997っ!」

「いいぞいいぞ!」

「あと3回!あと3回!」

「998っ!999ぅーっ!いーっ1000ッ!!」

「うぉーっ!」

「やったな浜田!100kg重り付き懸垂1000回達成だ!」

「こりゃ赤飯炊かねぇとな!」

「ほら水飲め浜田、よく頑張ったなぁ」

「……」

 

 シイナは扉をそっと閉じた。確かに警察学生たるもの筋力は重要だが、職務時間中にやることではない。

 背後から見ていたコイが、そっとシイナに耳打ちした。

 

「あの懸垂してた奴、今週入ってきたばかりの1年生な」

「うわっ、新人にあれやらせるんですか」

「やらなかったら配属中ずっとサンドバッグだから。技能班じゃなくてよかったな」

 

 シイナの技能試験班を見る目は、もはや信じられないものを見る目に変わっていた。

 気を取り直して次の部屋は反則金徴収班だった。ここは扉の中から何やら怒声が聞こえる。ここもまた少し覗いてみることにした。

 

「さっさと金出せってんだよおいゴルァ!あくしろよ」

「かっ、勘弁してください!そんなお金なんて――」

「ハァ!?オメェ状況分かってんのかオイ!停止措置義務違反、安全不確認ドア開放等違反、泥はね運転違反、警音器吹鳴義務違反、合図不履行違反、減光等義務違反、緊急車妨害等違反、無灯火違反、交差点優先車妨害違反、交差点右左折等合図車妨害違反、割込み等違反、追いつかれた車両の義務違反、車間距離不保持違反、道路外出右左折合図車妨害違反、指定場所一時不停止等違反、何より幼児等通行妨害違反で11万6千円の罰金だっつってんだよォ!」

「ひい!おっ、お慈悲!お慈悲を!」

「じゃあお前刑事にするかお前オォンアォン!?」

「ひっひいぃ!」

 

 シイナは絶句した。中央の椅子に生徒1人が縛り付けられ、3人の警察学生に怒鳴られ続けている。どう見ても恐喝の現場である。

 

「あなた達!何やってるんですか!」

 

 シイナは即座に止めに入る。すると部屋にいた4人は途端に静まり返ってしまった。

 椅子に縛られていた生徒が戸惑いながらに言う。

 

「えっと、撮影の練習ですけど……?」

「……はい?」

 

 するとコイがやってきてシイナの首根っこを掴み、4人に頭を下げながら部屋を出た。

 廊下で、コイはにやにやと笑いながら事情を説明する。

 

「あいつらな、今度交通安全の啓発ビデオ取るのよ。その練習で気合入ってるわけ」

「啓発ビデオにあるまじきシーンだと思うんですけど」

「そこを判断するのはあたしらじゃないさ。ほら行くぞ」

 

 コイに連れられて、今度こそシイナは免許返納班の班室に辿り着いた。

 他の部屋と同じくこざっぱりとした内装で、仕事に必要な最低限の設備が揃えられていた。

 

「お前のデスクそこな」

 

 指示されたのは入口に近い方のデスクだった。やや離れてもう1つのデスクが直角に置かれており、そこがコイのデスクらしい。

 自分のデスクに荷物を降ろし、シイナは部屋を見回す。見ると出入口とは別の扉が1つあった。

 

「生駒班長、あそこは?」

「武器庫」

「はぁ武器庫ですか」

 

 シイナは特に驚くでもなく納得した。銃社会キヴォトスにおいて武器庫など大抵の建物にある。

 ……なぜ武器庫に入るのにいちいち免許返納班を通らなければならないレイアウトにしたのかは疑問だが。

 

「さて、ここでの仕事を説明しようか、シナモン」

「はぁ……はい、お願いします」

 

 仕事なんかあるんですかと言いそうになった口を押さえ、代わりに別の台詞を用意して吐き出す。そんなシイナに、コイはさらりととんでもないことを抜かした。

 

「我々免許返納班の任務は、防衛室長の実働戦力としてあらゆる汚れ仕事を行うことである」

「確かに班長そういう陰謀系ドラマ好きそうですよね」

 

 私物をデスクに並べつつ、シイナはそう流す。もはや真面目に聞いてすらいなかった。

 

「待てフィクションの話はしていない。ノンフィクション」

「冗談も休み休み言ってください。こんなしけた部署が防衛室長の実働戦力なわけないじゃないですか」

 

 正論で返されコイは唸る。確かに普通ならあり得ないことだ。

 もっとも、出鱈目なことを言いすぎて信用を失ったコイの自業自得でもあるのだが。

 

「……まあそうだな、後々教えりゃいいか」

 

 やがて今の状態ではシイナに信じさせるのは無理だと判断し、コイはデスクに座った。

 

「ま、何はともあれ免許返納班にようこそ。ゆるーく気長にやってこうや、()()()

「そうします。仕事もないみたいですしね」

 

 相変わらず不貞腐れ気味のシイナに、コイは肩をすくめて苦笑した。

 

 斯くして、生駒コイと仲仁田シイナの免許返納班コンビは結成したのであった。




次章

第1章『奪ったもの、押し付けたもの』

更新年月日未定
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