ヘスティア・ファミリアのエセシスター   作:カラスガラス

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 前話のゴライアスにベルがとどめを刺すという展開について賛否がありましたが、ベルがとどめを刺す必要性についてはアポロンに目を付けられるためとなります。
 いずれ春姫を使ってやりたい展開があり、そのために春姫を助ける必要があるのですが、それには命がヘスティア・ファミリアに入る必要があり、命の改宗(コンバージョン)戦争遊戯(ウォーゲーム)が起こるぐらいの事がないと起こらないと思っています。
 ただ、今作のヘスティア・ファミリアには主人公がいる都合上、よほどの事がない限りアポロンも仕掛けないため、美味しいところを持っていっただけとはいえ、主人公とアリーゼでさえ苦戦したモンスターにとどめを刺すという実績が必要でした。
 また、このような理由からアニメ2期にあたる部分では多少ご都合主義的と感じるかもしれませんが、原作と同じような展開になってしまうのでご了承ください。
 普通に戦争遊戯(ウォーゲーム)を仕掛けても主人公1人に蹂躙されるという点に関してはアポロンに頑張ってもらいます。

 しかし、主人公とアリーゼ2人の活躍が見たかったという読者の皆さんの期待に応えられなかった事には反省しています。なので、過去編ではありますが、2人の戦いを楽しんで頂けたらと思います。




過去編(5年前) 異常事態(イレギュラー):ジャガーノート

 

 

 最盛期に比べれば随分と規模を縮小しているとはいえ、未だに闇派閥(イヴィルス)の存在が消える事はない。【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】を筆頭とした最上位ファミリアも闇派閥(イヴィルス)壊滅のために動いているが、根絶にはもう少し時間がかかるだろう。

 今もアリーゼを含めた【アストレア・ファミリア】は闇派閥(イヴィルス)の動向を探るために深層へ向かっており、私は【ガネーシャ・ファミリア】の団員と共に奴らの目撃証言のあったダイダロス通りを巡回していた。ただの闇派閥(イヴィルス)であれは【ガネーシャ・ファミリア】の団員だけで問題ないのだが、『殺帝(アラクニア)』の二つ名を持ち第一級冒険者並みの身体能力を備えた人物に似た目撃証言があったため、協力している。

 

「どうでした?」

「こちらは何も」

「私の方もです。闇派閥(イヴィルス)の気配すらない」

 

【ガネーシャ・ファミリア】の団員と情報交換を試みるが、先ほどから全くそれらしい情報が入ってこない。

 最初の情報は冒険者が網を張った結果見つけたのではなく、一般人が見つけたというものだ。一般人に見つかって警戒したという事かもしれないが、それにしても見つからなさすぎる。

 闇派閥(イヴィルス)は1人見かければ10人はいるというのが経験上分かっている。幹部格である『殺帝(アラクニア)』がいたならもっと多いだろう。それが【ガネーシャ・ファミリア】の数の力を以てしても全く見つからない。いくらなんでも不自然だ。

 

「すみません、私の捜索範囲を誰かに変わってもらってもいいですか?」

「え? 分かりました」

 

 高めの建物に飛び乗って、ダイダロス通りを見渡す。

 何らかの罠を警戒する必要があるかもしれない。しかし、罠だとしたらどのような罠だろうか。私たちがここに来てから結構な時間が経過している事を考えると、私たちの事はただ呼び寄せるだけ呼び寄せて、例えば他の場所と戦力を分散させる目的があるとか。

 けれど、言っては悪いがここにいる【ガネーシャ・ファミリア】の団員はどちらかというと末端の方の団員で、分散させたところで、という感じになる。ホームにはここにいる以上の団員がまだ多数待機しているはずだし、その中には第二級冒険者もいる。

 これから何か動きがありそうな感じもしない。何かがあるとすれば、むしろ……。

 

「アリーゼ」

 

 今朝、アリーゼと話したときに何かあるかもしれないと感じたのだ。私の勘はスキルにも現れている通り馬鹿に出来ない。その前にこの目撃証言の話を聞いていたから、こっちで何かあるのではないかと思っていた。

 違った。何かあるのはアリーゼの方だ。

 その思考を肯定するように、アリーゼたちに何かが起こるような、嫌な予感が私を襲う。

 

 私はダンジョンへ向かって走った。

 持ち場を離れた事で後から何か言われるかもしれないが、今行かなければ一生後悔するという確信があった。そして今さらではあるが、スキルから【ガネーシャ・ファミリア】の方に被害が出ないだろうという確信も得た。

 

 アリーゼたちが向かったのは深層39階層。深層で最初の安全階層だ。そこで闇派閥(イヴィルス)が何か企んでいるという情報を掴んだのだ。

【アストレア・ファミリア】は何度も深層まで下りているし、アリーゼに限ってはLv.5の第一級冒険者だ。39階層程度ではあまり危険に陥るような事もない。どちらかといえば闇派閥(イヴィルス)にとっての方が危険な気もするが、だからこそ安全地帯の39階層なのだろう。

 

 生まれるモンスターに目もくれずに駆ける。魔法で体力を回復させる事が出来るため、1度も休憩は挟まない。

 階層を下りるにつれて、嫌な予感がどんどん大きくなっていく。普段とは次元が違う。こんなに大きなものは2年前の大抗争以来だ。

 まさか、大抗争と同じくレベルの事が起こる? 

 

 不安を押し殺して、私はついに39階層にたどり着いた。

 

「アリーゼ! みんな! ……え?」

 

 そこには私が知っている39階層の光景とは随分違ったものが広がっていた。

 至る所から上がる煙に抉れた地面。意図的に何者かが破壊したとしか思えない光景だった。戦闘があったのだろうか。私は破壊の中心となっている場所に急いだ。

 

「こっちに来ては駄目ッ!!」

 

 そこにいたのは血塗れのアリーゼだった。他の【アストレア・ファミリア】のみんなの姿は見えない。

 その瞬間、視界の端で何かが動いた気がした。

 

「え……?」

 

 私の視界が回る。吹き飛ばされたのだと理解するのに時間はかからなかった。

 

「いっ、づ」

 

 ほとんど無意識で黒鍵を構えたが、その上から攻撃されたのだろう。黒鍵の刃にヒビが入っていた。

 反応出来なかった。直感が働いて防御こそ出来たが、それがなければ今頃どうなっていたか。

 

「ユイ!」

 

 アリーゼの叫び声に、意識がたった今の攻撃を繰り出した相手へ戻った。

 ソレは、未知のモンスターだった。実際に見た事もなく、ギルドから得たどの情報にも載っていなかった。

 紫色の恐竜の化石を思わせる身体に、攻撃に特化させたような爪を持っている。

 

強化(シュターク)雷光(ブリッツ)

 

 黒鍵を投擲。

 しかし、着弾の直前にモンスターの姿が掻き消えた。

 

「【ルクレエ】ッ」

 

 消えたと錯覚するほどの速度。

【ルクレエ】により複製した黒聖剣で攻撃を受け止めようとするが、重い。あれほどの速度だから当然だ。再び吹き飛ばされる。聖剣が肩に食い込み、痛みに顔を歪める。

 すれ違いざまの攻撃。反撃などする隙もない。

 

「アリーゼ、みんなは……」

 

 こちらの隙を伺っているのか、モンスターが動きを止めた。アリーゼのすぐ近くまで飛ばされた私は、この隙に合流した。

 

 アリーゼはファミリアの団員たちとここに来たはずだ。しかし、ここにいたのはアリーゼ1人だけ。

 アリーゼからの返答は無言、そして首をゆっくり左右に振った。

 分かってはいた。Lv.5の私の目でも捉えきれない速度だ。アリーゼ以外はLv.4以下である他の団員たちでは逃げる事すら出来なかったのだろう。

 

「【私が願う。響き渡れ、癒しの旋律】」

 

 詠唱する。第二詠唱式、第三詠唱式まで唱え、さらに詠唱を続ける。

 

「【私が告げる。私が願う。私が祈り、私が望む。我が手が届かぬ者は一人もいない。我が目が届かぬ者は一人もいない】」

「4つ目の詠唱……?」

 

 ヘスティア様しか知らない第四詠唱式。今こそ使うときだろう。

 しかし、モンスターもただ待ってくれるわけではない。モンスターが視界から消える。私はアリーゼを押し倒した。

 

「【安息を。声を忘れず、名を忘れず、理想を忘れず、私は背負う十字架を忘れない】」

 

 再びモンスターの攻撃。膝立ちの状態で迎撃しようとした私の左腕が宙を舞った。

 並行詠唱をしている事に加え、直感頼りの防御。そう何度も凌げるものではなかった。

 

「ッ!! 【古の我が真名を以って告げる──救われぬ者に救いの手を】──【ラヴィ・ルミエール】!!」

 

 泣き叫びそうになるほどの激痛に思考を乱されながら、私は全ての詠唱式を唱え切った。

 蘇生の効果を持つ第四詠唱式。効果範囲は許す限り大きく。【アストレア・ファミリア】のみんなを覆えるように。

 

 第四詠唱式は魂を元に身体を生きている状態に作り直す。遺体がバラバラになっていようと、燃え尽きて灰になっていようと関係ない。

 ポツリポツリと光の球が現れ、その中からは死んだはずのみんなが生きた状態で現れた。

 

「リオン! ライラ! 輝夜!」

 

 アリーゼが驚いている。それは驚くだろう。なんといっても蘇生魔法だ。実際に使ったのは初めてで私自身も驚いているが、今は呆けている暇はない。

 

「みんな逃げて!!」

 

 副次効果として左腕が元に戻った私は叫んだ。

 何があったのか理解出来ないみんなもモンスターから逃げなければならない事は分かっているのだろう。みんな駆け出した。

 

雷光(ブリッツ)!」

 

 モンスターの意識が私から離れないように、雷を纏った黒鍵を投擲する。

 モンスターは一瞬で天井まで跳躍し、黒鍵は外れたが、その目は私の方を向いている。

 

「アリーゼも逃げて」

「ユイも逃げて」

 

 目線をモンスターに合わせたまま、私とアリーゼは同時に言葉を発した。

 

「アレの攻撃は、私の直感がないと」

「大丈夫よ。目が慣れてきたもの」

「でも逃げて」

「ユイが逃げるのよ。みんなを任せたわ」

 

 他のみんなが逃げてくれているのに、アリーゼだけが逃げてくれない。アリーゼにこそ、逃げてほしいのに。

 

 あのモンスターは倒さなければならない存在ではない。もし放置すればオラリオの住民に被害が出るというなら他のみんなも一緒になんとしても倒そうとするだろうが、アレは違うだろう。命を懸けて戦う意味などない。

 

「行ってユイ! アストレア様には、ごめんなさいって言っておいて!」

「嫌! アリーゼを置いていくなんて出来ない! アリーゼが逃げて! お願いだから!」

「私だってユイを置いていくなんて事出来ないわ!」

 

 これが普通のモンスターなら、こんな事は言わなかった。けれど、このモンスターには勝てるビジョンが浮かばなかった。

 これまでに戦ったどの相手よりも速い。

 最速の雷光(ブリッツ)を付与した黒鍵が当たらない時点で私の投擲は通じない。遠距離攻撃でも聖剣のビームなら当たるかもしれないが、私の勘がそれをするのはマズいと告げている。理由は分からないが、最大級の警鐘を鳴らしているのだ。過去に何度かあったが、それを無視したときは死にかけた。

 そうなると近接戦しかないわけだが、今までの様子で分かる通り攻撃を凌ぐのが精一杯。あの速度だと至近距離では攻撃を凌ぐ事すら出来るか分からない。

 それに多分、あのモンスターは本気を出していない。

 

 普通、ダンジョンで勝てないモンスターに遭遇したら逃げるのが鉄則。しかし、あの速度では全員が背を向けて逃げるのは不可能。

 だから、私が残って適度に距離を保ちつつあのモンスターをここに釘付けにする。アリーゼたちが逃げ延びられるまで。あのモンスターに背を向けて無事でいられるかは分からないため、私は生き延びられないかもしれないが、アリーゼたちは助かる。

 

「待て! あの2人を置いていくなど……!」

「状況を考えろ、馬鹿妖精! 私たちではあの怪物に手も足も出ないだろう! 足止めすら出来ないお荷物だ!」

「だからといって……!」

「アタシたちがいるのといないの、あの2人はどっちの方が戦いやすい。冷静になれ、リオン。もとから選択肢なんてねぇんだよ。アタシたちがいたんじゃ逃げる事も出来ねぇ!」

 

 そんなやり取りが聞こえてきた。

 そのままアリーゼも一緒に逃げてくれれば良いのに。この様子ではそれは叶わないだろう。

 時間稼ぎではなく、一か八か攻めに出るしかない。

 

「アリーゼ!」

 

 化石のようなモンスターがアリーゼに向かって跳ぶ。

 まともに食らえばひとたまりもない破爪を、アリーゼは正面から受け止めていた。しかし、次の瞬間モンスターはアリーゼの背後に回り込んだ。

 私は咄嗟に手に持った剣に精神力(マインド)を込めた。嫌な予感はしたが、そんな事よりもアリーゼを助けるのが先だ。

 

 全開ではないものの、牽制にはなるレベルの魔力の塊を放出する。比較的至近距離だったからか、モンスターは回避しなかった。

 

「なんッ!?」

 

 直後、私は黒い魔力の塊に包まれた。

 

「づうぅぅッ……!」

 

 吹き飛ばされ、アリーゼと離される。

 何が起こったのか、一瞬理解出来なかった。黒聖剣の魔力が跳ね返された? 

 露出していた左腕は焼けたが、本気ではなかったのと、修道服型の戦闘衣を魔法耐性が高くなるように作っていたおかげで助かった。

 

【ラヴィ・ルミエール】で傷を癒し、精神力(マインド)を回復させようとポーチに手を伸ばすが、その手は空を切った。恐らく先ほどの跳ね返された魔力によって焼けたか、どこかに落とした。

 

「【ルクレエ】」

 

 胃の中に直接完全精神力回復薬(フル・マジック・ポーション)を、空いている右手に赤い槍を生成した。

 アリーゼはモンスターの尻尾による薙ぎ払いを受け、吹き飛ばされた。一瞬で沸騰しそうになる頭を、なんとか落ち着かせる。

 やっぱり、いくらアリーゼといえどもアレを倒すのは難しいのだろう。

 だから今、倒す。

 

 紅槍の魔力の高まりを感じたのか、モンスターの目は私の方に向いた。

 そうだ、それで良い。

 

 また飛び込んでくるつもりだろう。私は槍引き、少し腰を落として構えた。

 狙うは必殺。あらゆるモンスターの弱点たる魔石。

 他の武器では速度が足りない。故に、何よりも早く弱点を射抜くこの槍で仕留める。

 この槍の使用条件は、両足を地面に付けた状態であること、対象の弱点部分がその状態で間合いに入っていること。四足歩行型で胸部に当たる場所が地面に近く、間合いに収める事は可能だろう。

 

刺し穿つ(ゲイ)──」

 

 モンスターが動く。

 五感も直感も、ただそのタイミングを見計らう事に全力を注ぐ。

 

「──死棘の槍(ボルク)ッ!!」

 

 槍の間合いに入るという事は相手の破爪の間合いに入るという事でもある。本来であれば、私の方が先に攻撃を受け、私の攻撃は届かないだろう。

 しかし、刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)は因果を逆転させる。発動した瞬間、敵の弱点に槍が命中したという結果を作るのだ。例え直後に私が死んだとしても、既に発動した因果逆転の呪いはなくならない。

 

 タイミング良く発動出来るかどうかが鍵だった。けれど、しっかりと完璧に発動した。

 もちろん、ただ死ぬつもりはない。左手に持った黒聖剣には精神力(マインド)をありったけ込めて魔力放出によるパワーアシストを最大にして防御に回す。

 

 モンスターが私の背後に回る。しかし、紅槍は逃がさない。

 迫る破爪へ振り向きながら、聖剣を振る。体勢の崩れた一撃だ。二撃目には対応出来ないだろう。

 一瞬の拮抗の後、黒聖剣は弾かれ私の手を離れたが、その一撃は防いだ。直後、紅槍がモンスターの胸部を貫いた。

 

「……え?」

 

 魔石を破壊されたモンスターは灰となって消滅する。それは階層主のような強力なモンスターであっても変わらない、絶対不変の摂理だ。

 なのに。

 

「ユイッ!! 逃げ──」

 

 役目を終えた紅槍が砕ける。

 それを、何もなかったかのように。

 私の目の前には。

 無手の私へ、破爪が。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 鮮血が舞う。

 仲間たちを斬り裂いた破爪が、その光景を再現した。違うのは、まだ身体が原型を留めているということ。

 

「はあぁぁぁッ!!」

 

 あらん限りの力で剣を投擲する。

 親友には到底及ばないが、それでも怪物が血に濡れた身体を喰らおうとするのは阻止する事が出来た。敵がこちらの攻撃を回避しようとする知恵を持っていたが故の事だ。

 絶望の権化のようなモンスターが天井へ跳んだ隙に、地面に赤い染みを作っている身体を抱き上げる。

 

「ユイ……お願い、しっかりして」

「ァ……ゼ……」

「大丈夫、大丈夫よ。絶対助けるから」

 

 すぐ近くの、階層が破壊された際に生じた瓦礫の陰に入った。

 闇派閥(イヴィルス)に属する【ルドラ・ファミリア】が【アストレア・ファミリア】を生き埋めにするために行った階層の破壊跡であるが、今はありがたく利用させてもらう事にしたのだ。

 

 ユイの身体を地面に下ろしたアリーゼは、所持していた試験管の中身を飲ませようとした。

 一般に出回っていない秘薬、高等万能薬(ハイ・エリクサー)だ。ユイが調合したそれを、アリーゼは供試品あるいは『調合』のアビリティの練習で出た廃棄物というていで定期的に無料で譲り受けていた。

 万能薬(エリクサー)を上回る効果を持った薬だ。内臓まで切り裂かれたであろう傷にも、完治とは言わずともある程度の効力はあるはずだ。

 

「ゴボッ……」

 

 しかし、ユイは咳き込んで血と一緒に吐き出してしまった。

 それを見たアリーゼは、高等万能薬(ハイ・エリクサー)を自らの口に含む。

 そして、自身の唇とユイの唇を重ねた。

 

 ある程度回復出来れば、詠唱が出来る程度まで回復出来れば、魔法も使って治療出来るだろう。アリーゼはもう1本の高等万能薬(ハイ・エリクサー)を傷口に直接かけて、ユイの身体を抱き締めた。

 

「好きよ、ユイ。私も、あなたのことが。この世界の誰よりも」

 

 そういえば、とアリーゼは思い出す。

 初めて会ったときにも同じような事をしたのだった。

 明らかに冷静ではない様子でモンスターに突っ込み、返り討ちにされて死にかける。そんな場面に遭遇したアリーゼは助けに入ったのだ。

 危なげなく助ける事の出来たアリーゼだったが、次の瞬間には困惑した。自分の身体を抱くように座り込んでしまったのだ。話を聞いてみれば、「こんな世界は嫌」「何も悪い事してない」「帰りたい」と。最終的には抱き締めて落ち着かせ、帰りたいと言うので本拠地という名の【ヘファイストス・ファミリア】ホームまで送り届けたが、服はびちゃびちゃにされたし第一印象は市民と同じ守るべき対象でしかなかった。

 それが変わったのは、戦い方を教えてほしいと直談判されたとき。

 最初は師匠と弟子、あるいは姉と妹のように。やがて対等な戦友。そして今では唯一無二の親友。否、親友という言葉ですら足りないかもしれない。

 それが嫌だったわけではない。けれど、ファミリアの団長としての立場や正義の眷族としての振る舞いを忘れて接する事の出来る相手。一緒にふざけ合える相手。そして背中も、命すらも、自分の全てを預けられる相手。

 

 ああ、そうだ。

 もしも世界で1人だけを選べと言われたなら、敬愛する主神には申し訳ないと思いつつも、共に正義を背負う団員たちに申し訳ないと思いつつも、ユイを選ぶと。

 アリーゼ・ローヴェルはそれほどまでにユイ・レグリースのことが。

 

「だから、絶対に守ってみせる。たとえ刺し違えてでも」

 

 背に回した腕を解いてユイの身体を地面に下ろし、アリーゼは瓦礫の陰から歩み出す。

 

「ユイ、借りるわね」

 

 先ほど投擲した剣に代わり、アリーゼは地面に落ちた黒い剣を拾い上げた。

 

「【花開け(アルガ)】──【アガリス・アルヴェシンス】」

 

紅の正花(スカーレット・ハーネル)』という二つ名の由来にもなった魔法を発動する。ユイが綺麗だと言ってくれた魔法を。

 赤い目を向けてくるモンスターを視界に収め、アリーゼは残った1本の高等回復薬(ハイ・ポーション)を飲み干した。

 

 合図はなかった。しかし、両者が同時に動く。

 Lv.5の動体視力を以てしても捉えられない速度で動き回るモンスター。アリーゼはその破爪へ黒い魔力と紅い炎を纏った剣を合わせた。

 

 ユイに目が慣れてきたと言ったのは嘘ではない。

 戦闘時、逆境時、大敵交戦時にそれぞれアビリティに補正がかかるスキル。その3つの条件を満たしている今は『力』『耐久』『器用』『敏捷』『魔力』の全てに補正がかかっている。しかも、継続時間に比例して補正が大きくなる。

 そして、近接戦闘時のスキル効果増幅、魔法発動時の魔法効果増幅効果を持つ2つ目のスキル。

 加速など応用も効く高火力の付与魔法(エンチャント)

 さらにユイから借りた黒い剣。

 今は、アリーゼの能力が最高に発揮される状況だった。

 

 破爪を受け止め、続いて反撃を仕掛ける。

 しかし、赤と黒の残滓が空を切った。モンスターは天井へ。

 あのモンスターは素早さを見せつけるように一撃離脱の冒険者のような戦い方をする。故に、正面からただ突っ込んでくるような相手に比べて戦いにくい。ただし、戦い方に知性があるという事は、読む事も出来るという事だ。

 もちろん、あの速度についていけるだけの反射神経や敏捷、完璧にカウンターを合わせるだけの器用、あの破爪に押し負けないだけの力や魔力がある事が条件ではある。しかし、それらが揃っていれば。

 

「はあぁぁぁッ!!」

 

 振り向きざまの一閃。

 迫る破爪。一瞬の状況把握。

 極限の超集中状態における一撃は、一振りで命を刈り取る破爪を破壊した。

 

 よし、と心の中で呟く。

 あのモンスターはユイの赤い槍に胸部を貫かれても何も変わらなかった。それが意味する事は考えにくいが単純にユイのミス、あるいは魔石の位置が他のモンスターと違うなどが考えられる。元より未知のモンスター。アリーゼが魔石を狙うのは敵の懐に潜り込む事になり得策ではない。

 ならば、取るべき作戦は1つ。ひたすら身体を削ること。

 

 魔法の継続使用に加えて黒い剣に吸われる事による精神力(マインド)の消費は馬鹿にならない。時間経過条件のスキルがあるとはいえ、長期戦はむしろ不利だ。

 早々にもう片方の破爪を破壊しようと考えたアリーゼだったが、その瞬間。視界から赤い目が消えた。

 否、消えたのは目だけではない。人間の何倍もの大きさがある巨体が消えたのだ。それが意味するのは。

 

「まだ……速くなるの……!?」

 

 本気を出していなかったのか、それとも破爪を壊された事による火事場の馬鹿力か。それを知る術はないが、モンスターが先ほどまでよりも加速した事だけが確かだった。

 

 縦横無尽に階層中を飛び回るモンスター。

 かろうじて動きの軌道が追える程度のアリーゼに焦りが浮かび始める。

 直後。

 

「ぐうぅぅッ!」

 

 背後から。右から。頭上から。背後から。左から。頭上から。正面から。背後から。正面から。左から。右から。

 まるで死の嵐に晒されるようだ。

 地面から足が離れ、前後左右上下の三次元的にめちゃくちゃに吹き飛ばされ続ける。生きていられるのは、かろうじて致死の破爪を防げているからであり、一瞬でも気を抜くか武器を離せば命はないだろう。

 致命傷にならない程度の傷は加速度的に増えていき、骨も何本もやられている。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 攻撃が止み、地面に投げ出される。

 回復薬(ポーション)精神力回復薬(マジック・ポーション)も残っていない。つけられた傷は数えきれず、骨も筋肉もかなりやられている。体力も精神力(マインド)も心もとない。

 

「【燃え上がれ(アルガ)】……」

 

 このままではジリ貧だ。

 

「【燃え上がれ(アルガ)】……!」

 

 だから、次の一撃で。

 

「【燃え上がれ(アルガ)】ッ!!」

 

 アレの身体を粉砕する。

 

 モンスターが動く。

 赤い魔力が燃え上がる。

 

「はあぁぁぁッ!!」

 

 振り向き、踏み込みながらの、全身全霊の一撃。破爪は無視。背後へ回り込むモンスターの中心への最強最大の一撃を。

 

 どんな相手であろうと粉砕出来ると確信するほどのその一閃は、虚しくも空を切った。

 

「ッッッ!!!」

 

 しまった、と思ったときには手遅れだった。

 モンスターの動きは単純。背後に回り込み、アリーゼが振り向く直前に再び背後に回り込んだのだ。

 全神経を注いだ一撃は当たらず、がら空きの背中を晒しているこの状況。致命的。

 

 アリーゼは自身の命に死神の鎌が迫っているのを感じていた。

 容易く自身を切り裂く破爪に、アリーゼはなす術もなく。

 目を閉じた。

 その瞬間。

 

「アリーゼに、触るなあぁぁーッッ!!」

 

 その声に、目を見開く。

 直後、轟音。

 振り向けば、そこにはユイが。しかし、いつものシスターの服のような戦闘衣ではない。手には黒い剣を、全身は真っ黒なドレスアーマーに包まれている。さらにそのドレスアーマーはバチバチと黒い魔力を纏っている。

 

「ユイ……? 大丈夫なの?」

「大丈夫。でも、刺し違えるなんて許さないから」

 

 そう言ってユイは魔法を発動する。

 そして傷が癒やされたアリーゼへ試験管が渡される。精神力(マインド)を回復する回復薬(ポーション)だ。ありがたく飲ませてもらった。

 

「あのモンスター、速さも力も上がってるから注意」

「了解」

 

 それほど間を置かず、モンスターが動く。

 縦横無尽な動きから繰り出される突進。標的はアリーゼだ。

 なんとか身体と破爪の間に剣を差し込むが、力で押し負ける。再び足が地面から離れそうになった瞬間、背後から力を受けて留まる。

 

「ユイ……」

「2人分の力なら、押し負けない……!」

 

 アリーゼの背中を支えていたのはユイの背中だった。互いの背を合せて剣を構える。

 直後、モンスターはユイの正面へ。今度はアリーゼがユイの背中を支えた。

 

 再び訪れる攻撃の嵐。

 しかし、今度は防ぐ。ユイの言う通り2人分の力があれば、決して不可能ではない。

 

「どう、やって……攻める!?」

「隙を、見つけて……バーニングよ!」

 

 ただ防ぐだけではいつまでも攻められ続ける。ならば、どうするか。答えは簡単、隙を探してそこを突く。

 待っていても隙などない。だったら作るまで。

 

 今、アリーゼは1人ではない。

 1人で敵の攻撃を弾き、反撃までするのは容易ではないが、弾くだけならば出来る。

 

「今!!」

 

 アリーゼが叫ぶ。

 迫ったモンスターの破爪へ赤と黒の魔力を纏った剣を振るった。

 超速度の物体に対して、身体の正面に剣を構えて受けるのではなく、こちらも全力で振るった剣を合わせる。針に糸を通すような行為だが、失敗するわけにはいかない。

 

 アリーゼの声に反応し、意図を理解したユイが身体を反転させる。そして剣を引き、突きの準備姿勢で全身の魔力を解放した。

 アリーゼが破爪を弾くのを失敗すれば、2人纏めて撫で斬られてしまうだろう。それでも、迷いなく。

 

 信頼に応えたアリーゼは、右腕と引き換えに破爪を弾いた。

 直後、一瞬も間を空けることなく、ユイの突きがモンスターに突き刺さる。

 このモンスターには魔力を跳ね返す殻がある。ならば、内側から破壊すれば良いのだ。

 

 ユイの持った黒い剣の柄を、アリーゼも無事な左手で掴む。

 

「「はあぁぁぁッ!!」」

 

 2人分の魔力がモンスターの外殻を吹き飛ばした。

 

 魔力の反射能力がなくなればこちらのものだ。

 モンスターは飛び退くが、動きは鈍い。

 2人で握ったままの黒い剣を振るう。

 黒い魔力の斬撃は、速度の落ちたモンスターを容易く捉えた。

 黒い魔力に飲み込まれたモンスターは、先ほどまでの脅威が嘘のように、呆気なく消滅した。

 

「勝った……?」

 

 呟き、アリーゼは地面に座り込む。

 

「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」

 

 ユイは大の字になって地面に倒れ込んでいた。

 

「私も、死ぬかと思ったわね……」

 

 アリーゼも同じように地面に全身を投げ出す。

 

「あのね、アリーゼ。私、怖かった」

 

 ポツリとユイが呟いた。

 

「アリーゼが死んじゃうんじゃないかって。だから最初は逃げてほしかったし、そうじゃなくても1人で倒せるなら倒したかった」

「ユイ……」

「でも、出来なくて、同時に嬉しかった。アリーゼも私の事を想ってくれてるんだって分かって。けど、やっぱりアリーゼを喪うのは怖かった」

 

 起き上がり、ユイはアリーゼに覆い被さった。

 

「生きててくれて、本当に良かった……」

 

 アリーゼの身体が抱き締められる。

 

「好き。大好き。アリーゼがいない世界でなんて、生きられない」

「私もよ。だから、私も守りたかった。ユイがやられたときなんて、心臓が止まるかと思ったもの」

 

 アリーゼもユイの背中に無事な左手を回す。

 

「最初から一緒に戦っていれば良かった。もう刺し違えて、なんて言わないでね」

「そうね。これからは、一緒に戦いましょう。相手がどんなに強大で、勝てないと思っても」

「うん。約束。どんな相手でも、一緒に」

 

 その抱擁は、【アストレア・ファミリア】の団員たちが戻ってくるまで続いた。

 

 

 

「本当に、大好きなのね」

 

 地上に戻り、ステイタスの更新を済ませたアリーゼは主神から受け取った羊皮紙を手に、頬を掻いた。

 スキルや魔法には、その人物の意思が強く関係する。

 

君守誓約(リアンクトワ・オース)

・誓いの対象と共闘時、全能力高補正

・誓いの対象と共闘時、発展アビリティ『治力』の一時発現

・誓いの対象と共闘時、発展アビリティ『精癒』の一時発現

・誓いの対象と共闘時、発展アビリティ『騎士』の一時発現

・共闘者が少ないほど、効果増幅

・誓いを果たす時、全能力超高補正

 

 アリーゼは羊皮紙をそっと両手で胸に抱いた。

 

 

 

 




君守誓約(リアンクトワ・オース)
・大切な人を守るという誓いと約束
・主人公とアリーゼを2人だけで敵陣に突っ込ませるのが強い理由その2
・誓いを果たす時(主人公を守るために特攻する)

○主人公
・身体能力は黒鎧で補えるが、目も良くなるわけではないため、速過ぎる相手には弱い(直感で防御する事は出来るかもしれないが、攻められない)
・無茶はするが、生き残るために、勝てない判断をするのは早い

○アリーゼ
・主人公に付き合って無茶をする事が多い(逆も然り)ので、偉業も同じように溜まり、主人公と同じか少し遅れる程度でランクアップを繰り返している
・ただし、さすがにアビリティオールS999でのランクアップというわけではなく、ランクアップ時のアビリティの数値は常識の範囲内
・1人残って囮になる事に躊躇いがない

○舞台が39階層になった理由
・主人公と【アストレア・ファミリア】を分断する狙いがあった
・『殺帝(アラクニア)』は2年前(本編より7年前)に主人公にやられ、逃げ帰った事があった
・『殺帝(アラクニア)』は主人公が大切な人間を失い絶望した顔を見るために【ルドラ・ファミリア】の作戦に協力した(さすがにLv.5のアリーゼは死なないだろうが、何人か死んでくれれば御の字だと思っていた)
・舞台が原作よりも下の階層になったために、その分ジャガーノートも強い個体となっており、原作とは違いLv.5になっていたアリーゼを除いて一瞬で全滅した

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)
・因果逆転の呪いの槍
・対象の心臓または魔石を貫く(対象にそれらがなければ、本来ならそれらがあるはずの場所を貫く事になる)
・両足を地面に付けた状態であること、対象の弱点部分がその状態で間合いに入っていることが使用条件
・分類上は魔剣であり、1度使用すると役目を終えて砕ける

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