スペードは小さなため息をつきながら帰船する。
仕事に失敗したわけではない。怪盗スペードと名乗るようになってから数ヶ月、順調過ぎて修業の方が何倍も大変だと思えた。
手にした絵画を見る。このお宝を持ち帰った姿を見たら、仲間たちはどんな反応をするだろうか。
『さっすがキング』
『まあ、そのくらい当然じゃな』
『オレなら、もっとカッコよくぬすみ出してやるぜ!』
独立した彼に今は向けられることのない言葉が浮かんだ。スペードはそれを追い出すように頭を振る。
もう一度ため息をつくと、リビングのドアを抜ける。
「お帰りなさいませ」
あるはずのない声が迎えた。
ジャキッ
コンマ1秒で銃を構える。その先には細身で長身のスーツの人物が立っていた。
頭を包帯で覆い、顔の部分にはスペードのマークに大きな目がひとつ描かれていた。
ふざけている。
「初めまして、ダークアイと申します」
銃を向けられているというのに、侵入者は胸に手を当てうやうやしく頭を下げた。
「スペードさまの助手にしていただきたく、参りました」
「なんの冗談だい」
「冗談ではございません、わたくし……」
「動くな!」
一歩踏み出そうとしたところを制し、銃を構え直す。
「コレが見えないのか」
「スペードさまが人の命を奪うはずがないですから」
侵入者は一つ目を細めて微笑んだ。
(……何者だ?)
確かにスペードの銃に鉛の弾は入っていない。命はお宝だという師匠の元で育った彼には不要のものだった。しかし、それを知っているはずがあるだろうか。
包帯の下の見えない表情を探る。
ドオン!
「うわっ!?」
「キョキョッ」
爆発音と同時に船体が大きく揺れた。
リビングを突っ切って操縦室に駆け込むと、一つ目もそれに続いた。
「追手か!?」
モニターに地上の様子が映し出される。
ジープにガラの悪い男たちが乗り込み、こちらにロケットランチャーが向けられている。
「危ない!」
操縦桿を倒して船体を傾ける。発射された弾は機体をかすめ、衝撃で船体が大きく揺れた。
「キョキョッ!」
体制を立て直し、飛行船を上昇させる。
続いて弾が向かってくるが、それは難なく避ける。
おかしい。警備も監視カメラもすべて把握し、誰にも姿は見せずに盗み出せたはずだ。出てくる時も気づかれた様子はなかった。
飛行船を操作しながら考えてみるが、落ち度があったとは思えない。
雲のなかに船体を隠しても、追手はついてくる。
「スペードさま! コレです!」
一つ目がお宝を差し出す。額の留め具をはずした絵画の裏には何かが張り付けられていた。
「発信機か! 初歩的なミスを!」
はがして窓から投げ捨てる。
雲の中で向きを変え、逆方向へ全速で戻る。
どうやら振り切ったようだ。
ふう、と息を吐き椅子に背をもたれると、目の前に紅茶が差し出される。カップを傾けると、ノドを通る紅茶がスペードの昂ぶった気持ちを落ち着かせた。
「!?」
スペードは紅茶を噴き出して差し出した人物を見上げる。
「大丈夫です、毒は入っていません」
一つ目はニッコリと笑って言った。
[newpage]
「お口に合うといいのですが」
テーブルにはたくさんの料理が並べられる。
「お好きなものが分からないので、一通り用意してみました」
しかしスペードはイスには着かず、無言で銃を構える。
「ですから、毒は入ってませんよ」
「この銃に殺傷能力はないけど、動けなくして放り出すぐらいは出来る。いったい何が狙いだい? ボクの命か、お宝か」
一つ目はゆっくりと首を振る。
「わたしが欲しいものは何もありません。先ほど言ったように助手にしてほしい、それだけです」
「トリックまで仕掛けてかい?」
「なんのことでしょう」
意味が分からない、と首をかしげる。
「発信機だよ。なぜ分かったんだ」
「勘、と言っても信用してもらえないでしょうね。しかし、わたしが発信機を取り付けにあの屋敷に行ったとでも言うのですか?そんな機会があったら、お宝を盗んでいます」
「なに、簡単なトリックさ。見つけた、と言いながら発信機をそこに付ければいいだけだからね。受信機だけあの屋敷に放り込んでおけばいいだけの話さ」
「キョキョキョキョ」
笑い声だろうか、一つ目は肩を揺らしながら妙な声を上げる。
「さすがスペードさまです。こんなにすぐ見破られるとは」
悪びれもせず、愉快そうに言った。
「何が目的だ」
鋭くにらみつけられても意に介することもなく、スペードに笑いかける。
「怪盗ジョーカー」
突然挙げられた名前に、スペードの眉がかすかに動く。
「近ごろ急にランキングを上げている怪盗ですよね。スペードさまとあまり歳は変わらないように見えます。しかし、わたしがお手伝いできれば怪盗ジョーカーにも負けない…いえ、もっと上に行くことも容易いはずです」
「キミにそんな力があるとでも?」
「とんでもない、わたしはサポートするだけです。お宝の下調べ、飛行船の操縦、掃除洗濯……スペードさまが雑事にお手を煩わせることなく怪盗に専念すれば、ランキング1位になるだけの実力がございましょう」
スペードはずっと構えていた銃を下す。
「キミのメリットはなんだい」
目をつぶり天井を仰ぐ。
「……先ほど、何も欲しくないといったのは間違いです。わたしは盗みにきたのです」
一つ目をゆっくりと開いて、スペードをまっすぐ見る。
「スペードさまの技術を」
ニヤリと笑う。
「怪盗としての一流の技術をそばで見て、自分のものにしたいのです。スペードさまは労働力を手に入れ、わたしは技術を手に入れる。悪い話ではないでしょう?」
今度はにっこりと笑いかける。スキのない笑顔だ。
「ボクが寝首をかかれるという可能性は?」
「おとなしくやられる方ではないはずです」
スペードは、ふう、と息を吐く。
「でもなぜボクなんだい?怪盗デビューしてから日は浅いしランキングは圏外だ。お宝を盗まれた相手でもなければ、ボクの名を知る事もないだろう」
一つ目はまっすぐスペードを見つめる。
「…実はわたし、むかしスぺードさまに……」
「ボクに……?」
ゴクリ、と息を飲む。やはり会ったことがあるのだろうか。
「むかし、スペードさまに助けられたテルテル坊主なのでございます」
一つ目はにっこり笑って言った。
ふざけている。
まともに聞いて損した、と肩を落とす。
「と言うのは冗談で、お宝の下調べに侵入した屋敷でスペードさまを見たのです。この方こそわたしの目標となるべき人だ、と」
一応は筋が通っている。
スペードはもう一度ため息をついた。
「いいだろう、助手見習いとしてなら」
「ありがとうございます!」
ダークアイは手を合わせて喜ぶ。初めて素の感情が顔をのぞかせた。
「使えないと判断したら、すぐに放り出すからね」
「必ずお役に立つと約束します」
胸に手を当てて、うやうやしく頭を下げた。
「改めて自己紹介を。わたしの名はダークアイ、我が家は代々怪盗の家系でして、これは家系図です。どうぞご査収ください」
「あ、ごていねいにどうも」
渡された資料を受け取る。
確かにしっかりした家系のようだ。書類上は。
「もっとも、これぐらいはいくらでも作れますけど」
スペードが思ったことを口にすると、一つ目はニコリと笑う。
「それに、わたしがどこの誰だろうと必要のないことですね」