涸れ井戸に雫   作:るりつばき荘

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【11】フンだりケツたり

 クリスマス休暇の終わりが近くなると、帰省していた生徒たちも少しずつ学び舎に戻ってきた。

 皆、家族団らんの時間が名残り惜しいのだろう。同寮生との再会に笑顔をみせる生徒がいる一方、少しだけ目の潤んだ子供の姿もあった。

 早めにホグワーツに戻った生徒が、後からやってきた生徒を迎えてクリスマスの思い出話に花を咲かせる。やれ巨大な雪だるまと鬼ごっこをして遊んだだの、フォーチュンクッキーにゲロ味の百味ビーンズが詰め込まれて最悪だっただの、話が途切れる気配はない。

 そしてホグワーツに残った文音も、スリザリンの同胞に語れる思い出ができたのだった。

 

「まあ、この仔はフミネのペット?」

「うん。実家で飼っていたんだけど、こっちに連れてきてもらった」

「へ~!可愛い~!」

 

 ダフネ・グリーングラスとトレイシー・デイビスから褒められたトンコツは、満更でもない様子でチュピチュピと鳴いている。

 幼鳥の頃から人間に飼われているせいか、人懐っこい性格に育った。それ故、はじめて出会う生徒たちにも怯える様子はない。

  

 とは言え、本来ホグワーツで飼うことが許可されている動物はフクロウ、猫、ヒキガエルの三種類だけである(中には、こっそり別の動物を飼っている生徒もいるが)。

 ただでさえ、通学用として飼われている特別なペットだ。その巨大さに批判こそはしないものの、一部の生徒は指摘した。

 

「……それ、フクロウじゃないでしょ」

「フクロウです」

「フクロウはそんなにデカくならないでしょ」

「うちじゃオーガニックフードを餌として与えているから、すくすくと大きくなったんだよ。日本じゃよくある事だよ」

 

 ミリセント・ブルストロードの言及に、文音はすらすらと嘘を並べて誤魔化した。

 この数か月間で、どれだけ嘘をついたのだろう。嘘つきの大会があれば、自分はきっとメダルが貰える程度のスコアを残せるに違いない。

 文音は、嘘をつく事にすっかり慣れてしまった己に思うところができてしまった。

 

 

 最高のクリスマス・プレゼントを受け取ってから、文音は常にご機嫌であった。

 福木夫妻からの手紙を毎日読み直しては、二人が夢に出てくるように手紙を枕の下に置いて眠っている。うさぎのぬいぐるみも一緒にベッドに迎え入れた。そして晩になると魔法のヘアブラシで何回も髪を梳いて、長時間寮の鏡を占領した。

 

 そう、文音は常にご機嫌であった。

 休暇明けの社会奉仕活動の内容が「スネイプが審判を務めるクィディッチ試合のサポート」である事も、気にならない程に。

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 

 

 その日は、グリフィンドールとハッフルパフのクィディッチ試合を控えていた。

 文音は選手や観客の生徒が集まるよりも早くグラウンドに到着し、黙々と掃除やスニッチ・ブラッジャーの手入れをしていた。

 今日の試合でグリフィンドールが勝てば、クィディッチの寮対抗杯の首位が決まる。赤いユニフォームを身に着けた生徒たちは数年ぶりの勝機に息巻いていた。

 その一方、対抗杯を奪われかねないスリザリン生たちはハッフルパフの勝利を祈っていた。文音も勝敗にさして興味はないが、ハッフルパフには知り合いのセドリック・ディゴリーがいる。そのため、内心はハッフルパフを応援していたのである。

 そして、ハッフルパフを応援しているのは、なにもスリザリンの生徒だけではない。

 

「……砂が落ちているようだが?」

「すみません、ここも掃除します」

 

 審判側のエリアに立つ鉤鼻の男が、自身の足元に視線を落とし口を開いた。

 その声に、文音は密かに溜息をついて整備用具を手に男のもとへと近づく。

 少し前のクリスマス・プレゼントの楽しい記憶もあるので、今はこの男の行動にも「やれやれ」という感想を持つだけに留まっている。

 

 本日の試合の審判を、我が寮監であるセブルス・スネイプが引き受けたことを知った際には、文音は大層驚いた。

 生徒たちの間でまことしやかに噂された情報には、「グリフィンドールがハッフルパフに勝たないようにスネイプが強硬手段をとった」という説も含まれている。スリザリン贔屓で有名なスネイプだ、その説が支持されるのも仕方ない。

 しかし、文音は何か別の理由もあるようにもみえた。

 上級生の話によると、スネイプがクィディッチの審判を務めた経験は過去にはないと言う。

 それに――――。

 

(どう考えてもこのおじさん、クィディッチをするような人じゃないでしょ)

 

 真っ黒なローブとマントを靡かせる姿をちらりと見やり、文音は改めて思った。

 ねっとりした黒髪は、彼のネチネチと陰湿な性格によく映えている。

 クィディッチは、大怪我さえ風物詩と謳われる程の危険性を伴っているスポーツだ。故にチームメンバー間の協力も重要視される。

 だがあの男の気性じゃ、たとえ味方でも密な連携をとるのは難しいだろう。トレーニングを始めれば、5秒後には練習の方針で仲間と口論しているタイプだ。

 あと、単純に運動神経が良さそうにも見えない。

 文音は心の中で、俊敏に動くスネイプを想像してつい笑い声を漏らしそうになった。

 

 文音が道具の掃除を終えると、スネイプは道具を一つ手に取り、人差し指でなぞった。

 そして人差し指の腹をじっと見つめ、わざとらしい溜息を零す。

 

(うえぇ~、どこの姑?)

 

 彼の仕草は、文音の道具の手入れに不満があることを物語っている。

 直接何か言う事はなかったものの、遠回しな意思表示に文音はうんざりとして何も見なかったことにした。

 

 ただ単に、グリフィンドールいびりだけが目的ではないだろう。しかし、試合中ハリー・ポッターが嫌な思いをする羽目になるのは目に見えている。ただでさえ、今でも魔法薬学で合同授業になる度に、文音をダシにして彼を減点しているのだから。

 文音はこれからポッターに待ち受ける苦難を想像して少年に同情した。

 試合中、「えー、審判のスネイプである。ポッターの顔が侮辱だと感じたから退場」と、滅茶苦茶なジャッジで彼が苦しまなければ良いのだが。

 

 

 

 

 そして試合が始まると、文音はスタンド席に移動し見回りを行った。

 主な目的は、スタンドに落ちたごみの片づけである。

 マルフォイに叱られて以降、文音は人前で社会奉仕活動を行っていない。しかし、今日は寮対抗杯の首位が決まる重要な試合でもある。故に観客の目はグラウンドを飛び回る選手たちに釘付けで、スタンドの付近をうろちょろと徘徊する少女の様子など歯牙にもかけなかった。

 この状況ならば、掃除をしたって気付かれないだろう。

 試合に夢中になるあまり、観客の生徒は騒ぎ回り、手にしていた飲み物や菓子が床に落ちている。

 

 足元を見下ろしながら、文音はスタンドの惨状に苦笑いをした。今でもこうやってコツコツと細かなごみを搔き集めているが、綺麗に掃除が終わるのは夕方になるかもしれない。

 

 しかしそれでも尚、文音にとって大した苦でもなかった。

 彼女の胸には、未だクリスマスのほの暖かい余韻が残っているのだ。

 

(あーあ、フケツだよフケツ。でも、今日の私は手強いぞ。寮に帰ればトンコツもプレゼントもあるもんね)

 

 グラウンドのほうでは、丁度スネイプがハッフルパフにペナルティー・シュートを与えている。グリフィンドールの観客は、大きなブーイングを奏でていた。

 文音はすぐさまグラウンドから目を離した。日本にいた頃でもそうだが、何故か自分が観戦をすると、応援しているチームが負けてしまうことが多いのだ。

 気のせい、と言われてしまえばそうなのだが、自分の中で一種のジンクスとなってしまったこの状況をなるべく回避したい。

 セドリック率いるハッフルパフの勝利を願う文音は、彼らが負けないようにと心の中で祈った。

 次に、グラウンドから上方の教員用のスタンドに目を移す。スネイプが審判を務めることを生徒たちは珍しがっていたが、それ以外にも稀な光景が映っている。

 

 何と、今日の試合にはダンブルドアも観客として臨んでいたのだ。

 豊かな髭をたくわえた偉大なる魔法使いは、グラウンドを飛び回る選手たちの雄姿を見守っている。スタンドで目立たないよう、ひっそりとごみ拾いに勤しむ文音には気付いていない。

 文音は、少しだけ離れた場所にいるダンブルドアの姿に向かって会釈をした。

 おそらく、福木夫妻からのクリスマス・プレゼントやトンコツとの再会は、彼の厚意によって叶えられたものに違いない。

 あの邂逅以来、多忙を極める彼と二人きりで会う機会はなかった。まだちゃんとした礼も言えていない。

 ならばせめて、こうやって彼の姿が見えている間だけでも、感謝の姿勢を示そうと文音は考えたのである――例え、彼が文音の存在に気付いていなくとも。

 

 遠くのほうにあるダンブルドアのシルエットは、文音のすぐ近くで腕を突き出し興奮する生徒に遮られ、やがて見えなくなった。

 それにしても、今日の観客は特に昂っている。学内の試合などろくに見物してこなかった文音にも、この試合がいつもと違う喧噪に包まれていることが分かった。

 

 上方を向いていた首を動かし下を向くと、やはりそこには幾つかのごみが散らかっている。

 

 ――カップから零れたであろう飲み物の液体、袋、応援用のグッズ。

 ――そして、団子のように床上でもつれ合う男子生徒の身体。

 

(……ん?)

 

 一瞬、やけに大きいごみが転がされていると勘違いしたが、改めて確認すると前方で複数の男子が取っ組み合う姿がみえる。

 はじめは男子特有のじゃれ合いにも思えた。しかし、文音は生徒たちの衣服を確認すると、それが間違いであると悟った。

 取っ組み合う男子生徒たちの装いには、それぞれ赤色と緑色が添えられている。

 

 ――グリフィンドール生とスリザリン生が、喧嘩しているじゃないか!

 

 不倶戴天の敵同士である二寮の男子生徒が、「デュクシ!」「プロテゴ!」などと抜かして、ふざけたプロレスごっこに興じる訳がない。

 本日の社会奉仕活動はあくまで、「スネイプが審判を務めるクィディッチ試合のサポート」である。決して掃除だけではない。

 こんな騒動が起きたとなったら。きっとスネイプは、文音にまたしてもわざとらしい溜息をつくだろう。

 ――早いうちに止めなければ。

 明らかに良くない争いを繰り広げる前方のギャラリーを目指し、文音は駆け出した。

 

「ちょっと、やめなって!何してるのさ!」

「うぐっ、むぐ……っ!」

「先生に見つかったら減点されるよ、やり合いたいなら禁じられた森がおススメです!お願いだからここで喧嘩しないでよ、ごみも増える!」

「うわあ……ッ。うわーん!」

 

 文音の制止も空しく、男子生徒たちはお互い攻撃の手を止めなかった。それどころか、彼女の話を聞いているのかさえ怪しい。

 文音の声に返ってきたのは、了承の返事ではなく痛みに呻く男子の悲鳴だった。

 よくよく見ると、グリフィンドール側の生徒たちの中にはネビル・ロングボトムとロン・ウィーズリーらがまざっている。そしてスリザリン側はグラッブとゴイル、そしてマルフォイまで喧嘩の輪に加わっていた。

 

 ――グラッブとゴイルはともかく、マルフォイも荒事に参加しているなんて。少し前に人に純血がどうだのと説いていた癖に。

 

 意外な人物の参戦に驚いたものの、文音は喧嘩を仲裁するべく説得を続けた。

 

「観客同士が争ったって、クィディッチの得点に反映される訳じゃないんだからさ!落ち着いてよ、もう!」

「うるさいな、ウンコ婦人は引っ込んでろよ!」

「そうだ、さっきから外野が出しゃばるな!」

 

 殴り合いをやめないまま、ウィーズリーとマルフォイが文音に言い放った。

 二人とも完全に頭に血がのぼっている。文音が制止するもどこ吹く風だ。

 ついでに、あまり持ち出されたくない例の蔑称が耳に入った気がする。だが、聞こえなかったことにして文音は再び仲裁を試みた。

 

 しかし、この判断がいけなかった。

 激高したロン・ウィーズリーを後ろから止めようと文音は少年に近づいた。すると、丁度マルフォイめがけて振り上げられた拳が、文音の身体に衝突したのである。

 不意の衝撃に、文音はよろめき後ろへ尻餅をついて倒れた。その拍子に、彼女が手にしていたごみ袋の中身が辺りいっぱいに広がっていく。

 付近のスタンド席は、まるで放置された廃品回収工場のような惨状と化した。

 

「うわあっ、なんだこれ!変な液が顔にかかったぞ!」

「やだ、臭い!フケツよ、服が汚れたじゃない!」

 

 あっという間に、周囲では阿鼻叫喚の地獄が展開される。

 不幸にも、近くで応援していた生徒たちは、飛び散ったごみによる被害を受けることとなった。

 不幸中の幸いと言うべきなのか、彼らは自分たちの周りに散乱するごみに気をとられており、ごみ袋の中身を零したのが文音とは気付いていない様子だ。そのおかげで、誰も文音を責める者はいなかった。

 

 それでも。

 

「……」

 

 尻餅をついたまま、文音は改めて周囲を見回した。

 前方には未だに喧嘩に励む男子生徒、後方にはごみで散乱したスタンド席。この後の掃除は大いに苦労することだろう。

 ウィーズリーとマルフォイのお互いを罵り合う声が、文音の耳を苛んだ。ロン・ウィーズリーも、己の拳が少女に当たったことに、まったく気付いていない様子である。

 そしていつの間にか、グラウンドではハリー・ポッターが金のスニッチを獲得し、グリフィンドールの勝利の歓声が響き渡っている。残念なことに、文音の応援していたハッフルパフは敗北してしまったようであった。

 

(……でも、今日の私は、手強いぞ。りょ、寮に帰れば、トンコツもいるし、プレゼントもあるもんね………)

 

 もう一度、心の拠り所を思い出し、波立つ心情を落ち着かせようと試みる。

 だが、胸に燻る炎を鎮めたとて、薄汚い景色はそのままなのだ。

 

 

 

 一時間後。

 文音は誰もいなくなったスタンド席で、大きな地団太をフンだのであった。

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