涸れ井戸に雫   作:るりつばき荘

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【12】ジェットコースター・ナイト①

 初夏に入り、若葉が生い茂る時候となった。

 爽やかな季節の風を感じる一方、ホグワーツでは進級試験に向け、生徒たちは勉強に励んでいる。

 クィディッチ・シーズン真っ盛りのときはグラウンドやスタンド席に集まってばかりの子供たちも、いよいよ危機感を覚えたのだろう。進級試験の日が近づくにつれ、図書館を利用する生徒の数は多くなっていった。

 なにも、危機感を抱いているのは他の生徒だけじゃない。文音もホグワーツに来て初めての進級試験に不安を持っている。故に放課後は毎日のように図書室に通い、ノートや教科書を睨みつけたり、授業で出た単語を語呂合わせで覚えることに専念していた。

 試験の丁度一週間前となったその日も、文音は図書室にこもり復習をしていた。

 今日は魔法史の復習を兼ねて、ノートに年表を作ってみる。各年の出来事や流れを覚えるべく、文音はせっせと手を動かした。

 

 そんなとき、ふと囁き声が耳に入った。

 

「あーあ、かわいそう。今じゃすっかり浮いた存在ね」

「シーッ、言ってやるなよ」

 

 小さい声で囁かれる噂の内容に、文音はてっきり自分のことを話されているのかと眉を顰めた。

 しかし、どうやらその矛先は違ったらしい。

 

 顔をあげると、他寮生が数人身を寄せ合っているのが視界に映る。

 彼らが見つめる先には、かの有名人ことハリー・ポッターが勉強に集中している姿があった。

 いつも一緒にいるロン・ウィーズリーやハーマイオニー・グレンジャーらの姿が見当たらない。まあ、たまには彼も一人で校舎にいる事だってあるだろう。

 自分と同じように一人ぼっちで過ごす彼の様子に、特にこれといった感想を持たない文音だったが、噂話に興じる他寮生はまだ喋り続けていた。

 

「はぁ……折角、スリザリンから寮杯がもぎ取れると思ったのに」

「150点も寮の点数減らされるとか、マジで何したの?フィルチでもぶん殴ったとか?」

「んなもん減点どころか即退学だろ、バーカ。まあ……もしそれが本当なら、みんな偉大なる英雄様が退学しないように嘆願書を書くだろうさ」

 

 未だ囁かれる話の内容に、文音は「そう言えばそんなこともあったな」と少し前の出来事を思い出した。

 

 

 ある日の事。大広間にきた生徒たちは、目の前の光景に悲鳴をあげた。

 

 ――グリフィンドールの点数が150点も減っている!何があったんだ?

 

 ホグワーツの大広間には、寮ごとの点数が反映された4つの砂時計が掲げられている。そのうちの一つであるグリフィンドールの赤い砂時計の嵩が、突如として大きく減っていたのであった。

 このことはすぐに学内中に知れ渡り、犯人探しが始まった。

 今年こそようやくスリザリンから寮杯を奪える筈だったのに、誰が何をしでかしたのか。グリフィンドール生だけでなく、レイブンクローやハッフルパフの生徒たちも落胆した。

 そして、犯人はすぐに判明したのであった。

 

 ――ハリー・ポッターが、あの有名なハリー・ポッターが、クィディッチの試合で二回も続けてヒーローになったハリー・ポッターが、寮の点をこんなに減らしてしまったらしい。何人かのバカな一年生と一緒に。

 

 噂が事実だとわかると、あのセドリック・ディゴリーにも劣らない程に人気者だったハリー・ポッターは、瞬く間に嫌われ者になってしまったのだった。

 その日、スリザリン談話室は大いに湧いた。寮杯を争う相手として最も脅威だったグリフィンドールが自滅してくれたのだ。興奮しない訳がない。

 しかし、文音は大広間で砂時計を確認した際、ある事に気付いていた。

 

(スリザリンの点数も、20点減ってるけど。何があったんだ)

 

 「グリフィンドール自滅記念パーティー」の際、談話室で盛り上がるマルフォイがドラゴンがどうだのと言っていた気がする。しかし、文音はトンコツに餌をやるため部屋へ戻ったので、詳細は分からず仕舞いだ。もしかすると、その話と今回の件は関連があるのかもしれない。

 何にせよ、この減点に文音は関わりのない人間だ。

 どうやら大きな問題を起こしたとは言え、周りから掌を返され孤立するハリー・ポッターに同情するところはある。それでも、よそ者が介入したところで何の救いにもなりはしないのだ。

 

 

 文音は年表をまとめ終えると、荷物を整理して図書室をあとにした。寮に戻ったら、年表を見ながら時系列を覚えなければならない。

 そのとき。

 

「探しましたよ、ミス・ハツノ。試験勉強をしていたのですか」

「マ、マクゴナガル先生。こんにちは」

 

 廊下を歩き地下へ向かっていると、彼女に声をかける人物が現れた。

 とんがり帽を被った魔女の声に、文音は頭を下げて一礼する。

 目の前には、ミネルバ・マクゴナガルの姿があった。

 変身術の教師である彼女は、グリフィンドールの寮監、さらにはホグワーツの副校長も兼ねている。

 ダンブルドア同様に忙しく過ごすマクゴナガルは、日々の業務に加えて文音の社会奉仕活動のスケジュールも毎週立てていた。

 ――そういえば、今週の予定をまだ教えられていなかったな。試験勉強前だから活動は無いと早合点していたのだが。

 文音が思い出すと同時に、マクゴナガルは周囲に人がいないことを確認して、再び口を開いた。

 

「今後の社会奉仕活動の予定について、説明したいことがあります。しかし、ここで話すよりも場所を変えたほうがよいでしょう。ついてきなさい」

 

 その言葉に、文音は首を傾げた。

 いつもは、毎週の初めにマクゴナガルが予定を書いた紙を文音に渡して用件は終わる。だが今回はどうも違うようだ。

 一体、何の話があるというのか。

 文音が質問するよりも早く、マクゴナガルはすたすたと歩き出す。

 彼女を追いかけるように、文音は慌てて駆け寄っていった。

 

 

 

 彼女に案内され辿り着いたのは、中庭の近くに位置する1B教室であった。

 普段、この場所で彼女の変身術の授業も行われている。言うならば、ミネルバ・マクゴナガルのお膝元でもある。

 扉を開き中に入ると、当然だが誰もいない教室は静寂に包まれていた。変身術の授業中も、厳格な彼女を恐れて、生徒たちは私語を慎み話を聞いている。

 マクゴナガルが「こちらへ」と声をかけ文音を席に促す。彼女が着席すると、マクゴナガルが早速本題を切り出した。

 

「明日、あなたに社会奉仕活動を行ってもらいたいのです。しかし、これまでのような掃除や教員の諸事の手伝いではありません。いつもと違うことを行ってもらう予定です」

「いつもと違うこと、ですか……?」

 

 改まって切り出された話題に、文音は緊張しながらも耳を傾けた。

 入学して以降、様々な用事を言いつけられたものの、そういった類の仕事とも違うらしい。

 一体、どんな内容なのだろう。

 文音がマクゴナガルの言葉を待つと、厳格な副校長は彼女から視線を外しとある方向へ目を向けた。

 その先は、禁じられた森のある方角である。

 

「……禁じられた森には、さまざまな魔法生物が生息しております。中にはM.O.M分類で危険とみなされるような生き物も」

「……禁じられた森で、何かあったんですか?」

「最近になって、禁じられた森の中でユニコーンの死体が発見されているのです」

 

 マクゴナガルの話に、文音は目を見開いた。

 ユニコーンは数ある魔法生物の中でも有名な種類の一つだ。馬のような体と、額にある一本の角が特徴であるが、人間に対して特に危険性もない。

 俊敏な動きで容易には捉えられないため、大きな天敵もいない。それなのに、何故襲われるようなことになるのか。

 

「密猟者ですか?」

「それはまだ分かっていません」

 

 文音が尋ねるも、明確な答えは得られなかった。

 もしも密猟者がホグワーツの敷地に紛れ込んでいては大変だ。

 きっと教師たちが近々捜索をするのだろう。事の動向を予想していると、マクゴナガルは「ところで」と違う件を持ち出してきたのである。

 

「ミス・ハツノ。私が寮監を務めるグリフィンドールが、大きな減点をされたことはご存じですか?」

「え?あ、はい。……誰の行いで減点になったかも、何となく噂で知っています」

「でしたら話が早くて助かります」

 

 ――何故、ユニコーンの話とハリー・ポッターが不祥事を起こした話をするのだろう。

 嫌な考えが文音の脳裏をよぎった。すぐさま、その予想は間違いだと己の中に湧き出た可能性を否定する。

 しかし、悪い予想は当たりやすいとはよく言ったものだ。文音の考えは、無情にも的中してしまったのである。

 

「ミスター・ポッター、ミス・グレンジャー、ミスター・ロングボトム、そしてミスター・マルフォイ。彼らには、明日の夜11時に処罰を行います」

「処罰、ですか。どういう内容ですか」

「死んでしまったユニコーン以外にも、傷つけられたり殺されたユニコーンがいないかを確認しに行くのです」

「ウ、ウーン……。それは、大変そうですね。でも、どうしてマクゴナガル先生はその話を私にしたんですか?」

 

 1年生が受ける処罰にしては中々に重たい内容だった。それ程までにハリー・ポッターは大きな過ちを犯してしまったのだろう。とは言え退学にならなかったのだから、文音の罪に比べたらまだ可愛いものに違いない。

 ついでに、どさくさに紛れて出てきたマルフォイの名前に呆れていると、マクゴナガルはここで漸く話の核に触れたのであった。

 

「ミス・ハツノ。彼らの処罰に帯同して、ユニコーンの捜索を行ってください。それがあなたの、明日の社会奉仕活動の予定です」

 

 その言葉に、文音は驚いて固まった。

 どうして自分も一緒に行かねばならないのか。

 ――ああ、まさか。そういうことか。

 

 石のように動かない文音の姿にも構うことなく、マクゴナガルは付け足した。

 

「これはダンブルドア校長の指示でもあります。今回は特別に、杖の使用を許可されました。明日の夜、忘れずに持ってくるように」

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 

 

 マクゴナガルから予定を告げられた後、時間はあっという間に過ぎていった。

 一夜が明けても文音の頭の中では、マクゴナガルが言っていた「ダンブルドアの指示」という言葉がぐるぐると渦巻いていた。

 何故、ダンブルドアは帯同を命令したのだろう。

 その問いの答えの一つは、既に文音の胸の中にある。しかし、それでもまだ腑に落ちない。

 

(……問題児の罰則に問題児を帯同させるって、どうなんだ?)

 

 マグル界へ追いやられていた自分に更生の機会を与えてくれた。さらにクリスマスの一件もある。

 文音は彼に感謝しているし、その慈悲深さを目の当たりにしてきた。しかし、それはほんの一面にしか過ぎない。

 偉大なる魔法使いの真意を掴めず、わだかまりが残る。

 すっきりしない心地のまま、文音は鳥笛を首に提げ身支度を行った。何かあった時のために、愛鳥のトンコツも待機させておく予定だ。

 これまで殆どの時間、所持の制限をされてきた杖も、今回だけは特別に使用を認められている。禁じられた森の中を捜索するのだ、丸腰で挑む訳にはいかない。

 

 ――帯同を命じられたと言うことは、きっと彼らのお守りも任せられたと言うことに違いない。

 文音も彼らと同じく未熟な一年生だが、役目を言いつけられた以上、責任は果たすつもりであった。

 

 疑問や責任へのプレッシャー、捜索に対する恐怖と不安。

 様々な感情が、ジェットコースターのように駆け巡っていた。

 

 

 

 

 文音が指定時間よりも早めに森へ行くと、既にハグリッドとファングが待ち構えていた。

 

「ああ、フミネか。思ったよりも早くに来たな」

「ハグリッドサン!それにファングもいる。……ハグリッドサンたちも、ポッターサンの罰則についていくんですか?」

 

 見知った人物と一匹を発見した文音は安堵した。てっきり子どもたちだけで森を歩く羽目になると思っていたが、巨人族の血を引く彼も一緒なのは心強い。魔法にも物理的なダメージにも耐性がある巨人族がいてくれるならば、危険な存在が襲ってきたときも対処しやすくなる。

 文音が胸を撫でおろすと、ハグリッドとファングは彼女に歩み寄った。真っ暗な闇の中、空に浮かぶ月の光に照らされ、彼らのシルエットがくっきりと浮かんでいる。

 

「おまえさん、杖以外にも何か持ってきちょるな。そりゃ何だ?」

「え?ああ、これは東洋の魔法使いの間でよく使われるお守りです。ちょっと歪な出来だけど、無いよりはマシかと思って作りました、モゴ」

 

 よくもこの暗闇の中で、こんな小さい持ち物に気付いたものだ。

 文音はハグリッドの目敏さに感心しながら、手にしていたお守り袋を彼に見せた。

 紫色の袋の中には、東洋由来の魔法で編まれた紐飾りが入っている。

 日本魔法界では、護身に関する魔法や道具が重要視されており、とりわけ闇祓いやドラゴン・キーパーの家系に生まれた人間は、幼少期から防衛術の教育を受けて育つ。

 文音も同様に、小さい頃から家庭教師をつけられ指導されてきた人間であった。しかし本来の彼女はものぐさな性格故に、これといって熱意も器用さも持ち合わせいない。

 いま手にしているお守り袋も、文音本来の大雑把さが発揮され、縫い目がところどころ歪んでいる。それでも使えれば何でもいいという、やはり大雑把な思考のもと、お守り袋は不格好な姿のままお披露目となったのである。

 ハグリッドはお守り袋をしげしげと見つめている。横にいるファングは餌と勘違いしたのか、お守り袋をべろんと大きな舌で舐めていた。

 念のため杖と紐飾り、鳥笛やクレプシドラ以外にも、あと一つだけ持ち物を用意している。

 

 文音がファングの口からお守り袋を取り出していると、校舎のほうからランプの明かりが近づいてくるのが見えた。

 待つこと暫く、ようやくハリー・ポッターたちがやって来たのである。先頭にはフィルチもいる。

 嫌われ者の管理人に意地の悪い冗談を言われ続けたのだろう。後ろを歩いているマルフォイやロングボトムの顔は、恐怖のあまり生気が無くなっていた。

 

「もう時間だ。俺はもう三十分くらいも待ったぞ。ハリー、ハーマイオニー、大丈夫か?」

「こいつらは罰を受けに来たんだ。あんまり仲良くするわけにはいきませんよねぇ。ハグリッド」

 

 痺れを切らしたハグリッドが、ポッターたちを庇うようにフィルチに詰め寄る。対するフィルチはまだ彼らをいびり足りないようで、ハグリッドに釘を刺した。

 ホグワーツで働く者同士と言えど、仲は良くないらしい。

 ハグリッドにもネチネチと小言を吐き続けていたフィルチは、やがて横にいる文音の姿に気付くと露骨に顔を顰めた。

 

「何故貴様もいる?さては何か企んでいるんだろう?」

「いいえ」

「フミネはボランティアでついてきてくれるだけだ。ダンブルドア校長の依頼だぞ。これ以上おまえが口を挟むことじゃない」

 

 文音が否定すると、ハグリッドが擁護するように続いた。

 他の生徒たちのいる前で、自身の過去を匂わされるように嫌味をぶつけられるのは困る。故に、フィルチの新しい矛先となった文音は、ハグリッドの存在に改めて感謝した。

 ダンブルドアの名前を出された以上、とやかく言うのは難しいのだろう。フィルチは偉大なる校長の名前を聞くと、舌打ちをしながら文音を睨みつけた。

 そして最後に夜明けに戻ってくることを言い捨てると、城へ帰っていった。

 

「ハツノもついてくるの?校長の指示ってどういうこと?」

「……」

 

 フィルチが去っていった後、真っ先にハリー・ポッターが尋ねた。

 その顔には驚愕と、何故か警戒している様子もみてとれる。

 毎度スリザリン生に嫌がらせを受けてきたせいか、文音にも身構えているのだろうか。

 ポッターの後ろに控えるハーマイオニー・グレンジャーも、不安そうに彼と文音を見つめている。

 大した交流もしていない者から悪い印象を持たれるのは悲しいが、今はそれどころではない。これから行うユニコーンの探索を、無事に終わらせる事が最優先の目標である。

 文音はポッターの胡乱げな視線に反応を返さず、ハグリッドが彼らに処罰の内容を説明するのを待った。

 

「よーし、それじゃ、よーく聞いてくれ。なんせ、俺たちが今夜やろうとしていることは危険なんだ。みんな軽はずみなことをしちゃいかん。しばらくはわしについてきてくれ」

 

 ハグリッドは嫌がるマルフォイを一喝した後、子どもたちを先導し、銀色の液体がそこら中に飛び散った場所へと案内した。

 

「あそこを見ろ。地面に光った物が見えるか?銀色の物が見えるか?一角獣の血だ。何者かにひどく傷つけられたユニコーンがこの森の中にいる。今週になって二回目だ。水曜日に最初の死骸を見つけた」

「みんなでかわいそうなやつを見つけだすんだ。助からないなら、苦しまないようにしてやらねばならん」

 

 そこで漸く、処罰の内容を知らされたのでろう。ハグリッドの話を聞いた文音以外の子供たちは息を呑んだ。

 堪らず、マルフォイが震える声で森の番人に尋ねる。

 

「ユニコーンを襲ったやつが先に僕たちを見つけたらどうするんだい?」

「俺やファングと一緒におれば、この森に住むものは誰もおまえたちを傷つけはせん。道を外れるなよ」

 

 普段は偉そうにふんぞり返っているマルフォイ少年も、今回ばかりは恐怖心が勝ったようでしおらしい。

 

(あいつ、いつもこうだったら良いのに。どうせならこれから毎日森の中でマラソン大会に参加する羽目にでもなりますように)

 

 自分よりも恐怖心を抱えている人間がいると、多少心にゆとりが生まれるのだろうか。

 これから先の探索に不安を持っていた文音であったが、マルフォイの珍しい姿を見ていると次第に非道な希望を持つ余裕ができていた。

 しかし、その余裕もすぐに打ち消されることになる。

 

「よーし、では二組に分かれて別々の道を行こう」

「えっ」

 

 ハグリッドの声に、文音は耳を疑った。

 そしてもう一度、彼の言葉を聞き返す。

 

「あの、すみません。今、二組に分かれるって言葉が聞こえたような気がするんですが……」

「ああ、そうだが?」

「……エッ!?いや、あの、二手に分かれるってことは、つまり一方のグループはハグリッドサンのいない、子どもだけのグループになるってことですよね。それって色々と危険なんじゃ……」

「なあに、森の生き物たちは、下手に手を出さなきゃ大きな危険はないぞ」

「でも……」

「僕はファングとハツノと一緒に行く!」

 

 ――冗談じゃない。ハグリッドサンが一緒だと思って安心したのに。

 

 おろおろと困惑を隠しもせず、文音はハグリッドに言った。

 そんな中、二人の会話にマルフォイが割り込み要望を叩きつける。

 少年の声に、文音は「今は黙っててくれ」という気持ちを現すかのように苦々しい表情を浮かべた。

 極端な純血思想を持つ彼にとっては、たとえこの恐怖の中であっても、天敵であるグリフィンドールの生徒と一緒に行動するのは耐え難い苦行なのだろう。そう考えれば、消去法で同じスリザリン生である文音を選ぶのも納得が行く。

 だが、そもそも文音はグループを分けることに賛成していない。巨人族であるハグリッドと離れて行動するのは、安全面から見ても非常に心許ない。

 おまけに、同行する一年生の殆どが癖の強い生徒ばかりだ。監督する大人のいないチームに振り分けられたが最後、必然的に自分がむずかる同級生の宥め役という、貧乏くじを引く羽目になるのは想像に難くない。

 

「ハグリッドサン、やっぱり全員まとまって行動したほうが――」

「マルフォイの言う通りだ。ハツノとマルフォイは一緒に行動したほうがいいと思う。僕はハーマイオニーかネビルかハグリッドと一緒になるよ」

「なんでこんな時だけマルフォイサンに同調するの?」

 

 尚も食い下がる文音を制するようにポッターが口を挟んだ。どさくさに紛れて、自分も友達と組めるように話を誘導している。

 お互い憎み合う余り、今回ばかりは意見が一致したらしい。

 現場は、何故か既に二手に分かれて行動するのが決まったかのような空気となっていた。

 

(なんでみんな、グループを分けることに反対しないわけ?それにどうせなら、私だって一番まともそうなグレンジャーとハグリッドサンと組みたいよ!)

 

 文音は縋る気持ちでポッターの後ろに控えているグレンジャーを見つめた。しかし、文音の視線に反応したのは彼女ではなく、その隣にいるネビル・ロングボトムだった。

 

「ぼ、ぼくもフミコと行きたい」

「…………マジで言ってる…………?」

 

 文音の目が自分に向けられていると勘違いしたのか、ロングボトムは目を潤ませながら告げた。

 初めての飛行訓練以降、彼と会話した記憶はない。しかし、彼にとってはあの時に己を慰めてくれた文音が英雄か何かに見えているのだろうか。彼女をいたく信用している様子であった。

 

 

 結局、文音の抵抗も虚しくグループは二つに分けられた。

 そして残念な事に、文音のチームにハグリッドはいない。その代わり、特に癖の強いドラコ・マルフォイ少年と、ネビル・ロングボトムが仲間に加わったのである。

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 

 

「……えー、どうぞよろしくお願いします……」

「ワン!」

「フン」

「グスッ……まだ、まだしにたくないよ」

 

 居た堪れない空気の中、文音が挨拶をするとファング、マルフォイ、ロングボトムの順に返事がきた。

 不幸中の幸いか、ハグリッドの愛犬であるファングも文音のグループの中にいる。とは言え、勇敢さを犠牲にして愛嬌に振り切ったファングは、常日頃から臆病な気質だ。いざという時に番犬らしさを発揮できるかは疑問が残る。

 振り返ると、もう片方の道を進んでいったハグリッドたちの姿は見えなくなっていた。

 捜索前から波乱の予感がする面々であったが、このまま同じ場所に留まるわけにもいかない。

 気を取り直して、文音はルーモスを唱え同行者たちに声をかけた。 

 

「えっと、じゃあ、私たちも出発しよう。ユニコーンは銀色の血液をしているから、それを目印にして進んでいけばいいんじゃない」

「も、もしユニコーンに襲われたらどうしよう」

「ユニコーンは人間なんか食べないし大丈夫だよ。まあ、手負いなら気が立っているかもしれないけど。もしも、樹皮が削れていたり傷のついた木が沢山あったら、赤い光を出してハグリッドサンたちと合流しよう。近くでユニコーンが興奮して暴れてる証拠かもしれないから」

 

 もしも自分が恐怖を露わにしていたら、気の弱いロングボトムやマルフォイは更に混乱しかねない。

 文音は不安を押し隠し、無理やり笑顔を浮かべて説明した。

 ――本当は、私だって一刻も早くこの場所から去りたいのに。

 銀色の液体が付着した土を掴み、見分しながらユニコーンが移動した先へと向かう。

 しかし、己の背中にロングボトムがしがみつくせいで、文音は思うように足が進められなかった。

 彼女はやんわりと臆病な少年に伝える。

 

「ご、ごめんロングボトムサン。そんなにくっつかれると、ちょっと歩きづらいかも……」

「やだ、置いてかないで、一人はいやだよ!」

「おい、もっと灯りを強くできないのか?」

 

 うるさい。

 愉快な仲間たちの遠慮もへったくれもない騒々しさに、文音は頭を抱えた。この時期にわあわあと喚き立てる存在などラッパ水仙だけで十分だ。ファングの甘えた鳴き声以外の雑音を、全て遮断したくて仕方ない。

 背中はロングボトムが圧しかかるせいで重たい上に、肩のあたりにひんやりとした冷たい感触がある。

 ――きっと、人のローブで零れた涙を拭っているのだろう。これは鼻水じゃない。絶対に、鼻水なんかじゃない。

 己の背にすがりついてくる直前の、鼻を啜りながら泣きじゃくっているロングボトムの姿を思い出しながら文音は前向きに考えた。あのとき、鼻からも液体が垂れていたが、あれも絶対に涙に違いない。

ついでに、傍らのファングもぼたぼたと涎を垂らしてくるので足先にも冷たい感触がする。

 

「そうだ、自分で歩けロングボトム。邪魔だ」

「そういうマルフォイサンは、何でずっと私の杖を掴んでるのさ……」

 

 ひっつき虫となり果てたロングボトムを睨みながら、横からマルフォイが批判した。

 しかし、彼もまた心細いらしい。その証拠に、先程からずっと文音が掲げた杖の先を掴んで離さない。直接異性の身体にしがみつく真似をしないあたり、良家の御曹司として躾けられた彼の、紳士としての一面が伺える。だが却って、杖が振りにくい。

 

(邪魔なのはあんたもだよ!)

 

 文音は二人に苛々しながらも尚、笑顔を崩さなかった。

 ひっつき虫と涎の雨に苛まれながらも、文音一行は森の中を進んでいく。ユニコーンの血液が付着していないか、周辺を見回しているがお目当てのものは中々見つからない。

 短い道のりであるが、ここまでで森の動物にも遭遇せず、特に大きな変化はない。

 やがて、はじめは怖がっていたロングボトムやマルフォイも、徐々に落ち着きを取り戻していった。

 

 

 そう、落ち着きを取り戻す。

 本来ならば喜ぶべき状況だが、それはかの者がいつもの調子に戻るということと同義である。

 もしも意地の悪い少年の胸に、本来の嗜虐心が蘇ったとしたら。それはまさしく、調子を戻してしまった例として挙げられるだろう。

 静かで何も起きない森を一歩ずつ進む度に、しおらしいマルフォイの輪郭はぼやけていった。そして更に時間が経つと、文音の横にはいつもの性格の悪い貴族のお坊ちゃんがふんぞり返っていた。

 

「ぐすっ、フミコ、もうこの辺りは十分に探し回ったよ。早く戻ろうよ、ハリーたちに会いたいよ」

「……ウーン、そうだね。ここにはあまりユニコーンの形跡が見当たらない。引き返してもいいかもしれない」

 

 文音の背中には未だにロングボトムがひっついている。相変わらず鼻を啜っているが、これでも多少は静かになったほうだ。

 だが、その静寂も束の間であった。

 文音が来た道を戻ろうと振り返った瞬間、あろう事かマルフォイが彼女の背にもたれているロングボトムに掴みかかり、揶揄い始めたのである。

 

「うわああっ!ば……化け物が!助けて、お願い、殺さないで!」

「うわっ!?へっ、なに、イダッ!」

 

 突如として掴みかかられた少年は、驚くあまり叫びながら赤い光を打ち出し、体勢を崩した。その拍子に、ロングボトムと接触していた文音も前へ転び、彼の下敷きになる。

 痛い。肘のあたりが、丁度大木の根元に当たってしまった。

 前から勢いよく転び、痛みと圧しかかる重みに呻く文音の耳に、マルフォイの笑い声が聞こえた。さもおかしそうに声をあげ、ロングボトムを嘲っている。

 

「プッ……!良い格好だな、ロングボトム。魔法に関しては可哀そうになる程の出来損ないだけど、ドミノになる才能はあったみたいで何よりだよ」

「う、うぅ……っ」

 

 漸くここでマルフォイから揶揄われたのだと気付いたロングボトムは、文音の上に乗っかったまま、再びさめざめと泣き出した。

 対照的に、その真下にいる文音は静かだった。

 

「………」

 

 マクゴナガルに本日の社会奉仕活動を命じられてからの記憶を振り返る。

 緊張感。不安。恐怖。疑念。そして彼らのお守りを任じられた責任感。

 あらゆる感情が渦巻いたものの、それを押し殺して準備し、彼らの先頭を歩いた。だが、その結果がこれだなんて。

 それだけじゃない。思い返せば、図書室の自習中にも、社会奉仕活動の時間にも嫌な出来事があった。

 文音はゆっくりと、深く呼吸を繰り返す。静けさとは裏腹に、心の奥底は炎のように燃え立っていた。

 

 もう抑えきれない。少女は我慢の限界を迎えていた。

 

 

 

「もう……もう、もういいわ!!この、ばかたれェーー!!」

 

 ロングボトムの泣き声をかき消すように、文音は突然叫んだ。

 同時にがばりと身体を起こし、険しい表情をマルフォイに向ける。

 

 そして――杖を持っていない空いた手で、スカートのポケットにしまい込んだ、ある道具を取り出した。

 

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