何者かに名前を呼ばれた。
確かに、文音の耳はそのかすかな声を聞いた。しかし、どのような声音だったかまでは思い出せない。
幼子の如くあどけないものだったかもしれないし、あるいは冷淡なテノールだったかもしれない。文音はまだらとなった意識の中で、声について考えていた。
「……、フミネ」
もう一度、声が聞こえた。あのときに聞こえたものと一緒なのだろうか。
文音の耳は、先程よりもずっと鮮明にその音を捉える。
「フミネ」
老人のしわがれた声だった。凪いだ海のように穏やかで、聞く者を落ち着かせる。
この声の持ち主を、文音は知っていた。
目を開けると、まず最初に白い天井が視界いっぱいに広がった。同時に消毒薬のような、特徴的なにおいが鼻孔に押し寄せる。
もぞもぞと首を動かすと、次に白いベッドシーツと柵が目に入った。
この光景と匂いに、文音は心覚えがある。度々社会奉仕活動の一環で清掃を任されている、医務室の雰囲気とまったく同じなのだ。
だがいつもと違い、今回は清掃員としてではなく、利用者として此処にいるらしい。自身の体動で生まれたベッドシーツの皺をぼんやりと眺めながら、文音はもう一度目を閉じようとした。
しかし、またしても耳に入ってきた声に二度寝が遮られる。
「ああ、目が覚めたようじゃ」
「あ……?どうも……」
横たわったままの身体がピクリと反応し、視線がきょろきょろと彷徨う。すると今度は、長い髭を蓄えた老人の姿を捉える。
老人――ダンブルドアは文音と目が合うと、その声に負けないぐらいの穏やかな笑みを浮かべた。
未だぼんやりとした心地の中で、文音は彼に会釈をした。
――そういえば、どうして自分は医務室のベッドで横たわっているのだろう。そして、何故ダンブルドアがいるのか。
霧のようにおぼろげな意識から一転、徐々に頭が冴えていく。
後れて、これまでの出来事を思い出した文音は、慌てて身体を起こしダンブルドアに詰め寄った。
「あッ……!クィリナス・クィレル!ダンブルドア先生、禁じられた森のユニコーンを殺したのはクィリナス・クィレルです!奴のハンカチにユニコーンの血が、それだけじゃない、あいつは頭に得体の知れない化け物の魂を、痛っ!!」
「大丈夫じゃ。もう全て解決した。だから落ち着きなさい」
「……え……?」
安静を破り勢いよく動き出したせいか、身体の節々が悲鳴をあげる。
告発と痛みの訴えを同時にこなした文音を優しく手で制し、ダンブルドアは彼女を諭した。
「クィレルに……いや、ヴォルデモートに襲われたのじゃ。マダム・ポンフリーの尽力があったとて、簡単に癒える傷ではない」
「ヴォル……え?」
今しがた、あまり耳にしない言葉が出てきた気がする。
文音は大人しくベッドに戻りながらも、ダンブルドアの言葉に記憶を振り返った。
(ヴォルデ、モート……変わった名前だな。いかにも強そうな響き。でもどっかで聞いた覚えがある……どこだっけ)
思考することわずか。
ホグワーツに足を踏み入れて間もない頃に聞いた、イギリス魔法界の騒動の話が文音の頭に蘇った。
何故か周囲は首謀者の名を口にすることを恐れており、「例のあの人」だの「名前を言ってはいけないあの人」だのと呼称していた。
だからこそ、思い出すのに時間を要してしまったのである。
ヴォルデモート。それこそ、約十年前にイギリス魔法界を震えあがらせた中心人物の名前であった。
「あの、すみません……。どうしてその名前が出てきたのか、そもそもどうしてクィレルがユニコーンの血を飲んでいたのかが全く分かりません……」
未だに痛む身体を摩りながら、文音は正直に打ち明ける。
自分は試験が終わった後、掃除を言いつけられたからクィレルのもとへ出向いただけなのに。それがどうして過去の悪人の名前が出てくるのか。
困惑が顔に出ていたのだろう。ダンブルドアは文音に茶を勧めながら、これまでの経緯をゆっくりと語りだした。
クィレルがヴォルデモートの魂に憑依されていたこと。
そしてクィレルを傀儡にしたヴォルデモートが、ホグワーツに保管されていた”賢者の石”というものを奪おうとしていたこと。
潜伏中、肉体を維持し続けるためにユニコーンを殺し血液を貪っていたこと。
そして文音がたまたまその証拠を発見してしまい、口封じに襲われたこと。
最後に、ハリー・ポッターが四階の廊下を突破し其処でクィレルを討ち取ったことを聞かされると、あまりの情報の多さに文音は却って混乱した。
「え、いや、え?」
「なに、驚くのも無理はない」
いまいち状況を把握しきれていない文音の様子に、ダンブルドアは頷きながら宥める。
――なんだかすごく壮大な話を聞いてしまった気がする。
ホグワーツにとんでもない危険人物が潜んでいたことや、大いなる宝が眠っていたことも上手く呑み込めないまま、「うわ~」という感想だけが浮かんでくる。
ダンブルドアの話にぎこちない相槌を打ちながら、文音は自身が横たわるベッドの向こう、パーテーションに仕切られた隣のスペースに目をやった。
一定のリズムを繰り返す寝息が聞こえる。向こう側の景色は見えないが、自分たち以外にも誰かがいるらしい。
文音が他者の存在に気付くと、ダンブルドアが口を開いた。
「君が目を覚ます少し前にハリーも意識が回復してな。今はもう一度眠っておる」
「そうだったんですか。彼も、色々と大変だったんですね」
噂によれば、確かハリー・ポッターはヴォルデモートに親を殺され自分の出自も知らないままマグル界で育ったようだった。
しかし此処へ来てからというものトロールと戦う羽目になったり、人気から一転して嫌われ者になったり。挙句の果てにはヴォルデモートと対峙するなど、平穏とは程遠い時間を送っていたのだ。
この一年間の文音とは違って、非常に忙しい毎日だったに違いない。そんな彼にとって、貴重な休息の時間である。
文音は彼を起こさないように声を潜めた。
「……それじゃ、あのクィレルの頭に巣食っていた化け物がヴォルデモートだったんですよね。私、そいつの存在も知ってしまったのに、よく生き残れたなって自分でも驚いています」
「本当に無事でよかった」
勧められたハーブティーに手をつけながら、ぽつりと呟く。
ちなみに文音がこうして治療を受けていられるのは、スリザリンの監督生たちのおかげだとダンブルドアから伝えられた。夜になっても彼女が戻っていない事に気付いた監督生は異変を報告し、すぐさま教師陣の面々と共に捜索を始めたらしい。そして、「闇の魔術に対する防衛術」の研究室の床に転がされていた文音を発見したのだと言う。
命まで奪われずに済んだのは、かの極悪人の気まぐれな温情だったのか。
それとも――。
「あの……ダンブルドア先生に、聞きたいことがあります」
「ほう。言ってみなさい」
「……ポッターサンたちの罰則に、私も付き添うように指示したのは、どうしてですか」
恐る恐る、文音は言葉を詰まらせながら彼に尋ねる。
一週間前、マクゴナガルから伝えられた例の社会奉仕活動は、他の誰でもないダンブルドアからの命令であった。
ホグワーツは千を超える数の生徒が在籍している。したがって従事する教師の数も多く、ハグリッド以外にも引率に相応しい大人たちは沢山いた。それなのに、普段は禁止している杖の使用すら認めてまで、自分を向かわせたのはどういう料簡だったのだろう。
ダンブルドアと二人で話すまたとない機会だ。今のうちに彼の真意を確かめておきたい。
文音は勇気を振り絞って、目の前の魔法使いに問いかけた。
対するダンブルドアは、静かに文音から視線を外し壁に置かれた薬品棚を見つめた。そして、ゆっくりと説明する。
「クリスマスの際に、わしが日本に旅行していたことは話したじゃろう?」
「はい。……あっ!あのときは本当にありがとうございました。トンコツにも会えたし、福木さんたちからの手紙も、すごく嬉しかったです」
「はて、何のことかな?」
話の途中、文音はクリスマスプレゼントの礼を言っていないことを思い出し、深々と頭を下げた。
だが、ダンブルドアはあくまでも知らないふりを通すつもりのようで、彼女の謝意にもとぼけた様子をみせている。
彼の首を傾げる姿に、文音は少しだけ笑みを零した。
ダンブルドアがさらに言葉を続ける。
「その時に、君の……君が以前まとめていた記録を読ませてもらったのじゃ。君の親族は殆どの記録を消していたようじゃが、確認されずに残っていた物もあったらしい。試しに見せてほしいと頼んだら、すごく愉快な表情をしておったよ」
きっと、話者の飴を舐めている時の文音に負けないほど渋い顔をしていたのだろう。彼女の親族の顔色を、ダンブルドアは冗談めかして表現した。
「わしが少しだけ目を通した後、その記録はすみやかに燃やされた」
「それって、」
「君はユニコーンについても色々と研究をしていたようじゃのう。ほんの数ページしか読ませてもらえなかったのに、それでも非常に多くのことがまとめられていて驚いたものだ」
「……だからこそ、ダンブルドア先生は私に罰則の同行をさせたんですね。私がユニコーンの生態に詳しいから、すぐに痕跡を見つけられると」
「そのとおり」
やはりそうだったのか。
命令が下されたときから、文音の中には既に答えがあったのだ。
改めてダンブルドアから理由を聞いた文音は、納得したと言わんばかりに息を吐いた。
だが、依然として胸にひっかかるものが残っている。
「でも、これで……これで本当に終わりなんですか?」
「どういう意味かね?まだわしに伝えたいことがあるようじゃな」
含みのある言葉に、ダンブルドアの視線は再び文音のもとへ向いた。
半月形の眼鏡の奥、知性を湛えた瞳が言い淀む少女のつむじを見下ろしている。
パーテーションの向こうは静かで、音など何も聞こえない。
文音はやがて顔をあげ、口を開いた。
「クィレルが……ヴォルデモートが私を襲った時、聞いてきたんです。『ウシミ』について、知ってることを話せと」
「……」
文音の告白に、ダンブルドアは口を開かなかった。
顎を引き、真摯な眼差しで少女の顔を見つめ続けている。しかし、その表情の裏にどのような感情が隠されているのか、文音には結論が下せなかった。
驚愕。疑念。警戒。
全てを孕んでいるようにも見えるが、何も抱いていないようにも見える。
「あやつに、喋ったのかね」
「いいえ。何のことか知らないふりを続けました。そもそも、私の口からは語れませんから」
「……そうじゃったか」
文音の話に、ダンブルドアがふうと溜息をついた。
彼のもう一拍置いて呼吸をするのを見届けた後、文音が「それと」と重ねる。
「賢者の石って、あのニコラス・フラメルが造ったと言われているものですよね。本で読んだことがあります」
「左様。もっとも、あれはもう壊したからどこにもないがの」
「え、こわし……壊した!?」
――あの、あらゆるものを黄金に変え、不老長生の霊薬を生み出すと言われる伝説の石を壊したというのか。
文音の問いに、ダンブルドアは事も無げに答えた。
不老不死、あるいは不老長生の魔法の研究は、なにもヨーロッパの魔法使いたちだけが行っていた訳ではない。
錬丹術、人魚の肉、月の稀人が帝へ授けたと伝えられる薬。不老不死の伝説は、東洋の至る地にも残っている。
そして賢者の石と言えば、そんな尽きぬ命を追い求めた東洋の魔法使いの間にも知れ渡るほどに有名な宝だったのだ。
一部の人間にとっては喉から手が出る程に欲しい秘宝である。現にヴォルデモートだって、それが第一の狙いだったのだから。
しかしこのアルバス・ダンブルドアという偉大なる魔法使いにとって、永遠の命などさほど魅力的には映らないのであろう。でなければ、石を捨てるなどどいう選択なんてとれやしない。
――もしも石が残っているなら、今後も良からぬ事を企む輩がホグワーツへ侵入するのではないか。
文音は懸念を抱いていたものの、杞憂だったようだ。
彼女の心情を知ってか知らずか、ダンブルドアは更に付け足した。
「安心しなさい、ヴォルデモートはいない。だから君の生活も、すぐに戻るはずじゃ――ホグワーツの一生徒としての生活が」
「……はい」
――そうか。もう、あんな危険な目には遭うおそれはないのか。
安心したせいか、彼の口から出た台詞を頭が理解すると、途端に文音は眠気に襲われた。
睡魔が思考を阻み、瞼は重くなっていく一方である。
そんな彼女の様子を察したのか、ダンブルドアは穏やかに笑いながら告げた。
「色々あって疲れたのだろう。わしもそろそろ退散しないとマダム・ポンフリーに怒られてしまうからのう……おやすみ、フミネ」
その台詞を聞いたのち、文音の意識はまたしてもぼやけていった。
◆◇◆◇
再び目を覚ますと、辺りは薄暗く床頭台のランプだけが光っていた。
ランプから視線を外し、壁側の窓へと目をやる。
窓の向こうには煌々と輝く月がのぞいていた。どうやら、今は真夜中であるらしい。
文音は寝返りを打ち、再び眠ろうとした。しかし、昼間から睡眠をとっていたせいか、中々眠気がやってこない。
やがて、文音は諦めて上体を起こした。
――眠くなるまで、暇を潰して過ごそう。
そう考るや否や、静かにベッドから降りて医務室に置かれていた本を漁り始める。
癒者は魔法薬学にも精通せねばならないからか、棚にある本のほとんどは魔法薬学の学術書であった。
適当に目についた一冊を取り出し、ぺらぺらとページを捲ってみる。途中、年度末試験に出題されたものと似た内容の練習問題が載っていた。
テストが返却されるまで、答え合わせはしたくない。漸く終わった試練をできるだけ思い出したくない文音は、正答を確認する前に本を元の場所へ戻した。
とは言っても、まだまだ眠気は訪れない。読書以外で、暇を潰せるものはあるだろうか。
文音は静まり返った医務室を見渡した。治療を受けるための場所なのだ、娯楽となるものなんて全くない。
退屈さに小さく欠伸を零しながら、窓の先にあるものを眺めてみる。
空は澄んでおり、月や星々がはっきりと映っていた。絵画のように綺麗な光景だった。
窓越しでさえ、あんなに美しいのだ。ならば、窓で隔てられていなければ、もっと――。
「アロホモラ」
文音が試しに開錠呪文を唱えると、カチリと音が鳴り窓が開いた。
現在、杖はスネイプのもとに預けられている。故に、今しがた唱えた魔法は杖なしで放ったものだ。
これまで杖を持たずに呪文を唱えた機会はあれど、はっきりと成功したのはこれが初めてである。
どうせ開かないだろうと踏んでいたが、まさか成功するとは。
自分で行動しておきながら、文音は驚いて己が掌を見つめた。
そんな彼女の背後から、ふと声がかかる。
「……なにをしてるの?」
「!……ごめんなさい、うるさかった?」
咄嗟に振り返ると、そこにはパジャマ姿のハリー・ポッターが立っていた。
文音と同じくクィレルと対峙して負傷していた彼も、まだ医務室で治療中の身であった。
しまった。音を立てて起こしてしまったのだろうか。
文音はポッターに謝罪したが、彼は気にも留めていない。それよりも、他のことに意識が向いている様子だった。
「さっき、杖を持たないで魔法を使ったの?君が杖なしで呪文が唱えられるなんて知らなかった」
「まさか!今のは完全なマグレだよ。……クィレルに襲われたときは、失敗して逃げられなかった」
「……」
「ポッターサンが、クィレルを……ヴォルデモートを倒したんでしょ。どうやったかは知らないけど、私にはそんなこと出来なかったよ」
例の一件を持ち出して話すと、ポッターは静かに頷いた。
ヴォルデモートについて問うのは、きっと彼の複雑な生い立ちの一部をも語らせてしまうだろう。文音は四階の廊下での事件にはそれ以上触れず、床頭台に置かれたグラスに水を注いだ。
ついでにポッターのグラスにも水を注いで渡すと、彼は「ありがとう」と礼を言って口をつけた。
「君がクィレルに襲われたことも、ダンブルドア先生から聞いたよ。あいつがユニコーンの血を飲んでいる証拠を見つけたからだって言ってた」
「うん。フリペンドを放たれて、壁まで吹き飛ばされた……死ぬかと思った」
文音が頭や背中を指差し怪我をした当時の状況を説明すると、ポッターは顔を顰めた。彼女が受けた痛みを想像したのだろう。
文音の話を聞いてばかりのポッターだったが、やがて自分からも話を切り出した。
「僕、最初は賢者の石を狙っているのはクィレルじゃなくてスネイプだと思ってた。それで……君のことも疑ってた」
「エッ!?スネイプはともかく、なんで私が?」
ポッターの告白に、文音は目を丸くして聞き返した。そういえば、これまで彼と対面した際にどことなく警戒されている気配があった覚えがある。
別にスネイプはいい。陰気だし何を考えてるか分からない男だ、疑われたって当然なのだから。
しかし自分まで怪しまれるのは納得がいかない。
彼女の不満な様子を察したのか、ポッターが弁解する。
「だって君、ホグワーツの色んな場所を“ボランティア”でうろついていただろ。禁じられた森に行くときも何故かついてきていたし。賢者の石の在処を調べるためにコソコソ動いているように見えたんだ。それに……」
「それに?」
「君はスネイプのお気に入りだから」
その言葉を聞いた瞬間、文音は凄まじい勢いで口から水を噴き出した。
喉元を通り過ぎるはずだった水が、霧となって宙を舞う。ポッターはうわっと小さく叫んで彼女から距離をとった。
噴き出した拍子に咽た文音は、次に大きく咳き込んだ。咳をする度に傷跡が疼いて痛む。
暫くして喉の調子が落ち着くと、文音はおぞましい物を見るかのようにポッターに顔を向けた。
「ゴホッ、ゴホッ。こっ……怖い冗談はやめてくんない……!なんで私がスネイプのお気に入りなんて考えに行き着くんだよ」
「だって……あいつ、授業の度に僕に質問をしてきて、答えられなかったら代わりに毎回君に聞いているじゃないか」
「そんなもん、私を気に入ってる訳じゃなくて、おたくの――」
――おたくのことが嫌いだからだよ。
そう言いかけたが、文音は最後まで口にするのやめ黙りこくった。
スネイプがハリー・ポッターを嫌っているのは周知の事実だが、幾らなんでも改めて本人に告げるのは酷な話である。
言い淀む文音を、ポッターは追及しなかった。まだ咽せ込みから回復していないと思ったのだろう。
「とにかく、私なんてスリザリン以外の寮にいたら、今頃あいつから300点ぐらい減点されてるよ」
「本当に?」
「大広間のキャロットケーキを賭けてもいい」
相手の揺るがない姿勢に気圧されたのか、ポッターはこわごわと頷く。
ここで漸く少年に事実を信じてもらえたのだと、文音は大きな溜息をついた。
窓を見ると、月が先程みたときとは違う位置に傾いている。どうやら、彼と話している間に幾分か時間が過ぎていったようだ。
時間の経過に気付くと、思い出したように身体にも眠気が湧いてきた。
それはハリー・ポッターも同じようで、目をこすりながら欠伸をしている。
「色々話してたら、眠くなってきた」
「僕も……」
やがて二人は程々に話を切り上げ、そろそろとベッドへ戻った。
――色々な謎や誤解が解けて良かった。
睡魔の中、安堵を覚える文音の心は、窓の向こうの夜空のように静まりかえっていた。