涸れ井戸に雫   作:るりつばき荘

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【2】杖の気まぐれ魔法 大惨事を添えて

 夢をみていた。

 何故夢だと分かるのかと言うと、それは悟ったからに他ならない。文音にとっての現実は、問題を起こし遠路はるばるイギリスの魔法学校へ引き取られた生活のほうであった。決して、いま目の前に映る赤い炎とその中心に根をおろす一本の木では無い。

 パチパチと音が立つものの、炎に包まれる木はなかなか燃え尽きない。それが余計、木が熱に苛まれているように見えた。

 アーモンドの形をした目が、枝の先には生っている実を捉える。炎と同じ赤い色をした実だ。

 文音はすぐに燃やされているその木がナナカマドだと気付いた。

 魔法使いの扱う杖の素材としてとりわけ評判がいい木である。防衛魔法に優れ、優しく頭脳明晰な持ち主を選ぶナナカマドの杖は日本の闇祓いからステータスとみなされている。

 

 文音の最初の杖もナナカマドから作られた。

 マホウトコロ入学直前、店で杖を振り見事に魔法を放ったとき、付き添いの者が人目も憚らず大きな声で褒めちぎるものだから文音の鼻息もフガフガと大きくなった。

 しかし悪い気はしなかった。自分にも闇祓いの素質があるのだと証明されたように思えたから。

 

 炎はいまだ燃え盛り、ナナカマドも輪郭を保っている。

 あの日から数日後、治療を受けている間に文音の杖は燃やされた。まだ幼いとは言え、しでかした事の大きさを考えれば当然の処置である。二度と持ち主が魔法が使えないよう、わずか四年足らずで彼女の杖はこの世から失われた。

 

 悪夢にありがちな、化け物に追いかけられる訳でも殺人鬼に襲われる訳でもない。

 ただナナカマドが燃えるだけの起伏の無い夢の中で、文音にできることは立ち尽くすことのみであった。

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 燃えるナナカマドの次に目に映ったものは、昨夜も見た光景―――――星空の浮かぶべッドの天蓋だった。

 輝く星と星の間を直線が走っている。星座を模しているが寝起き直後の頭では何の星座か分からない。もとより、常々星座の図解を見てもこじつけにしか思えない人間にとっては尚更である。

 横になっている間に寝違えた首をさすりながら起き上がると文音は身支度を始めた。何せ、今日は学用品を揃えに行く予定がある。

 

 

 朝食を終え、支度を済ませた文音は昨夜ダンブルドアから受け取った飴をしげしげと見て考えあぐねていた。

 一時間ほど前に朝食を運んできた屋敷しもべ妖精から、「朝食の後、学用品を手に入れる為にダイアゴン横丁まで案内するとスネイプ様が仰っていました」という伝言を受けていたのである。

 目の前の「話者の飴」とやらは口に含んでいる間、様々な言葉の壁を越え意思疎通ができると言っていた。

 今から教材を揃えに行く予定もあるのだ。英語が理解できず指定外の教材を購入するミスは避けたい上に、ちぐはぐなコミュニケーションのせいでいずれ来る案内者を不快にさせるようなことがあっては堪らない。

 ためしに一粒だけ舐めてみようか。文音は包み紙をはがし、剥き出しになった話者の飴をつまむ。

 爽やかな青緑色と茶色のマーブル模様をしている。その色を確認するとついついチョコミントの味を想像した。

 チョコミント。文音からは世間で好き嫌いが別れそうな味だと考えられている。彼女本人もあまり好きではなかったが、好き嫌いをしている場合ではなかったのでひょいと口の中に放り込んだ。

 数秒後、不幸が訪れるとも知らずに。

 

「う゛っ……うげェェッ!!まっっっず!!!公園の鯉のほうがまだ美味いもん食べてる!!」

 

 口に含んだ瞬間、強烈なえぐみが口の中に広がる。チョコミント味とは程遠い、舌の痺れるような、ツンとした苦味と酸味にほんの少しの甘みを感じる。だが、却ってそれが不快感を助長させていた。

 ――――不味い。疑問の余地もない程に、不味い。

 てっきり市販の菓子にありがちなフレーバーを想像していただけに、衝撃も大きくなる。

 思わず咳き込んだ拍子に飴が口から零れそうになるが、文音は慌てて手で口を押さえ耐え忍んだ。自国にいた頃にも聞き覚えのない魔法道具だ。貴重な一品やもしれぬ贈り物を無駄にするのは申し訳ない。

 ダンブルドアの厚意と、それはそれとして不味い食べ物を寄越された事実に文音の心はない交ぜとなった。飴を含んだまま、率直な感想を漏らす。きっと、白雪姫が毒林檎の代わりにこれを口にしたら、眠るどころか魔女を張り倒したに違いない。

 

 刺激的な味に反応して、口内ではますます唾液が分泌されていく。

 苦しむこと暫く、のちに文音は歯茎と左頬の間に飴を押し込むことが最も風味を感じられずにいられるスポットだと学んだ。

 とは言え、完全に味覚を遮断することは難しい。鏡に映る己の顔に、文音は実家で飼っていたウミツバメを思い出した。以前、燕の巣のスープに舌鼓をうつ飼い主を、丁度こんな顔で見つめていたのである。

 鏡に向かい愛想笑いをしてみる。ホグワーツに入って何度行ったか数え切れない。愛想笑いに階級があれば既に八段はとれているだろう文音であったが、さすがに劇物を口に含んだまま作った笑顔は下手なコラージュ画像のようなものであった。

 

「フミネ・ハツノ。支度は済んでいるかね」

 

 不意に、扉の向こうから声が聞こえてくる。すこし前に朝食を運んできた屋敷しもべ妖精ではない、男の声だ。

 文音は慌てて扉を開け、訪ねてきた人物を迎え入れた――とりあえず謝っておけ精神によるソーリーの言葉と、下手なコラージュ画像を添えて。

 扉という隔たりを取り除き、目の前に立つ男の姿を確認する。

 真っ黒な髪と同じ色のマントとローブを身に纏い、如何にも気難しそうな雰囲気を漂わせている。

 年齢は三十代ほどだろうか。しかし、土気色の肌に辛気臭い顔つきをしているせいか四十代、果ては五十代にも見えた。

 きっとこの男がスネイプだ。

 学用品を揃える為にわざわざ用意された案内人に対して、文音は深々と頭を下げた。

 

「モゴ……は、はじめまして。フミネ・ハツノと申します」

「知っている」

「ス……スネイプサン、でいらっしゃいますか。本日は宜しく、お願いします」

「支度を長引かせず終えられたようで何より。これ以上、我輩の貴重な時間を無駄にしなくて済む」

 

 話者の飴を口にしているお陰で、スネイプの言葉がすらすらと頭に入ってくる。なるほど、ダンブルドアの言葉に偽りはないようだ。だが、それが幸いなのか定かではない。

 この男、やたら言葉がきつい。短いやりとりだけで既に文音の胸中はざわついていた。

 これまで面と向かって皮肉を言われる機会が少なかった少女にとって、スネイプの言動は不安を覚えさせるのに十分であった。

 顔にはりつけたコラージュ画像にますます粗が出てくる。

 何とかギギギと壊れた機械のようにぎこちない動作で頭を上げ、スネイプと目を合わせずに姿勢を正す。

 その様子を見下ろしたスネイプは口を開くこともなく足早に進み始めた。そして文音もまた、ギギギとぎこちない二足歩行で彼の後に続いた。

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 ダイアゴン横丁の通りは、様々な店がぎゅうぎゅうに並んでいた。

 まだ八月の上旬である為か、文音と同じように学用品を揃えに来た子供の姿はあまり見かけない。

 目的となる店を探しながら、通りすがりに見つけたサンドイッチ屋や菓子屋のショーウィンドウを眺めていると、スネイプのほうから「それらがレポートを書き留めるペンやインクになり得ると思うかね?たとえ鯉の餌よりましな味であったとしても」と海栗よりも棘を含んだ皮肉がとんできた。

 どうやら出発前、文音の話者の飴に対する感想を扉越しに聞いていたらしい。またしても向けられた皮肉に、文音は「スミマセン、モゴ……」と拙い苦笑いを返すのがやっとであった。

 余談だが、後日スネイプのファーストネームを知った文音は、彼こそが話者の飴の製作者――セブルス・スネイプだと察し、大きな呻き声をあげることとなる。

 これ以上スネイプの機嫌を悪くしないよう、文音は学用品のメモを睨みつけながら学校指定の薬瓶や大鍋、教科書を素早く揃えていった。

 こうしてマダム・マルキンの洋装店でローブの採寸も終え(ウエストを測る際、見栄を張って腹を引っ込めていたらマルキン婦人に『お嬢さん、ありのままで許されるのが若い人の特権でございますよ』とやんわり窘められた)、まだ揃えていないのは杖のみとなった。

 

「あの……本当に、私が杖を持って良いんでしょうか」

「……」

 

 スネイプから早く解放されたいが故に迅速な行動をしてきたものの、杖店を前にして文音の腰が引け始める。

 ぼそっと呟かれた声に、スネイプはピクリと眉を動かした。

 彼もマホウトコロ在学中の文音の所業をダンブルドアから聞かされている人間の一人である。

 だが、彼女を引き取りホグワーツの一生徒として過ごさせるよう決めたダンブルドアの意向は、最早覆らない。

 

「……教師同士で会議を行った結果、授業中や課題、自習時間、または教員が同席しているときを除いてきみの杖は所属寮の寮監が預かることとなっている。君が杖を手に入れた暁にどんな悪巧みを企てるか想像するだけで頭が痛くなるが、まずは存分に『丁寧な暮らし』を満喫したまえ」

「そ、そうだったんですね。……それはよかったです」

 

 相変わらず隣の男からとばされた皮肉が槍のように突き刺さるものの、それらをかわし、文音の顔には安堵の色が浮かんだ。これまでの不自然なぎこちなさとは違い、本心からあらわれた表情だった。

 通常、生活の多くの場面で魔法に頼っているのが魔法族である。本来は杖の所有に制限をかけられるということは、それこそ多くの営みに支障が出るのと同義の筈である。

 しかしその制限は、文音の罪悪感を幾許か薄めたようであった。

 スネイプは文音の返事を追及することなく杖店の扉を開け、入りなさいと彼女を中へ促した。

 

 

 店の中は、入ってすぐの場所に古い椅子が置かれており、その先には細長い箱がまるで塔のように天井付近まで積み重ねられている。

 ぶつかった拍子に塔が崩れないよう慎重に進むと、チリンチリンというベルの音と同時に奥から一人の老人が現れた。

 老人はスネイプと、その横で所在無く周囲を見回す文音の姿に「おや」という表情をつくった。

 

「ごきげんよう、スネイプ先生――と、そちらのお嬢さんは初めましてかな?」

「左様。今年度からホグワーツへ入学する生徒です。所用にて保護者が同席できない為、代わりに我輩が付き添いを行っています」

「はじめまして。フミネ・ハツノと申します」

「オリバンダーの店へようこそ。店主のギャリック・オリバンダーです」

 

 スネイプと会った時よりも幾分円滑に自己紹介をすると、店主――ギャリック・オリバンダーもにこやかに名乗り返す。

 オリバンダーは文音の容姿をちらりと確認し、顎に手を置いた。

 

「失礼ながら、ハツノさんは東洋の生まれですかな?なに、わしも60年程前に東洋の杖職人を訪ねたことがありましてね。ウメにユズリハ、キンモクセイ……いやぁ、国が違えば杖材も違うとは知っていたが実際にみて感心しましたよ。……おっといけない、杖腕はどちらかな?」

「み、右です」

 

 雑談の気配にスネイプがゴホンとわざとらしく咳払いをした。その音に反応してオリバンダーが巻尺を取り出し文音の腕や指の長さを測っていく。

 そうしてひとしきり測定を終えると、店主は積まれた箱の中から一つの杖を取り出した。

 

「東洋からのお客様なら、まずはこれから試してみよう。桜の杖、不死鳥の羽根。25センチ、堅め。さぁ、振ってごらんなさい」

 

 オリバンダーから桜の杖を渡された文音は、恐る恐る杖を握った。

 日本の魔法使いにとって、桜の杖はかなり人気の高い杖の一つである。

 かく言う文音も新しい杖の入手に消極的であったが、それとは裏腹に鼻の穴を膨らませていた。

 渡されるまま、控えめに杖を振ってみる。

 しかし、杖先から魔法の反応はあらわれず――代わりに後ろに立つスネイプの足元で風が起こり、長いローブの裾が勢い良く捲り上げられた。

 

「ひぃっ、ご、ごめんなさい……!」

「……」

 

 さながらマリリン・モンローのスカートの如く扇情的に舞い上がるローブの裾に、文音は顔を青くしながらスネイプに謝罪した。肝心のスネイプは無言のまま、しかし何かを言いたそうな顔で文音を見下ろしている。

 そのやりとりを尻目にオリバンダーは、「これは違うようじゃのう」と呑気に桜の杖をしまい、新たに杖を取り出した。

 

「カラマツの木、ドラゴンの心臓の琴線。21センチ、良くしなる。…………うーむ、合わないか」

「リンゴの木、ユニコーンのたてがみ。31センチ、良質でしなやか。…………これも違うようじゃ」

 

 矢継ぎ早に様々な杖を振らせていくオリバンダーであったが、どれもこれも正しく魔法は放たれず、何故かスネイプのローブだけを時には控えめに、時には大胆に捲りあげていく。やがて文音はスネイプの方に顔を向けることさえ出来なくなっていた。

 あれも駄目、これも駄目と合わなかった杖が箱に戻され、積み重ねられていく。

 積み重ねられた箱が文音の背丈を越えた頃、オリバンダーは一度店の奥に戻り、また新たに細長い箱を持って来た。

 

「中々に難しいお客様じゃ――――だが、これならどうじゃろう。イチイの木、ドラゴンの心臓の琴線。24センチ、堅い」

 

 目の前に用意された杖を手に取り、これまでと同じように振ってみる。

 するとイチイの杖は今までの杖とは違う反応を示してみせた。

 杖を振った指先から、得体の知れない何かが入り込み身体全体を巡っているような感覚を覚える。そしてたちまち杖の先から黒いもやが浮かび上がり、人のシルエットを為した。

 

「ほほう!イチイの杖か!」

 

 オリバンダーが感嘆の声を漏らした――――どうやら文音の新しい杖が決まったらしい。

 

「なるほど、なるほど。イチイの杖に選ばれるとは……。ハツノさん、あなたには優れた魔女の素質が秘められているのだろう。ただし、強い力とは絶えず人を誘惑し破滅をもたらそうとする――くれぐれもホグワーツで正しさを学ぶと良い」

 

 オリバンダーが、幼い子どもを労わる穏やかな顔で語りかける。

 文音は感謝しながらも複雑な心境に陥った。彼女にその言葉をかけるには些か時期が遅すぎたが、事情を知らない老人にわざわざ説明することではない。

 再び、ゴホンと咳払いの声が店内に響く。

 二人が振り向くとそこには、やはり自身のローブを捲り上げようとする黒いもやにエバネスコを唱えるスネイプが立っていた。

 消えていくもやを虫けらを見るように一瞥したその目は、次に文音のほうへ向き「用が済んだのなら早く出ろ」と訴えたのである。

 

 

 

「ホグワーツに着いたらその杖は預からせてもらう」

 

 店を出てすぐ、スネイプから釘を刺された。

 ホグワーツへ戻る帰路の途中、文音は懐にしまったイチイの杖の感触を衣服越しに感じながら物思いに耽った。

 ――長い間魔法を使う機会がなかった為、新学期が始まるまで魔法の練習をしていたほうがよいだろう。

 書店で買った教材の目録にさっと目を通した際、マホウトコロとは異なるカリキュラムに文音は焦りを覚えていた。

 ダンブルドアから温情を受けておいて、もし授業に追いつけず悪い成績を残すのは情けない。

 懐にしまった杖を取り出し、ぎゅっと握る。

 ――せめてこうして帰るまでの間に、少しでも杖が手に馴染むように。

 

 往来では、ローブを着崩した如何にも軽薄そうな男が通行人の女に声をかけ行く手を遮っていた。国が違おうが、魔法族の住む地であろうが、どこにでもナンパ師は存在するらしい。

 

「やぁ、お嬢さん。あまりにも美しい人だったからつい声をかけてしまいました」

「そう、どうもありがとう」

 

 通りすがりざまにその光景を眺めながら、文音は手慰みに杖を握ったまま決闘の構えの練習を始めた。

 身体の正中線には弱点が集中しているから、狙われないように。今は歩いている途中だから出来ないけど、つま先の向きも――――。

 

「そういえば――」

「うおっ」

 

 そのとき、不意に前を歩いていたスネイプが後ろを振り向いた。何か言いかけたがすぐ後ろで、傍から見れば珍妙な踊りをしているような文音の動きに言葉が止まる。

 文音も前方の人物の様子に気付き慌てて構えを止め、間抜けな鳴き声と共にすぐさま挙げていた手を下ろす。

 なんでいきなり振り向くんだ。

 スネイプと目が合うや否や、文音は己の挙動を見られた恥ずかしさと、彼への理不尽な不満で顔を赤くした。

 

 しかし、そこへ更なる問題が起こった。

 文音が姿勢を戻し胸の上まであがっていた腕を降ろすのに伴い、手に握っていた杖も上から下へと振り下ろされる。

 まるで、魔法を使うときのように。

 

「あっ」

 

 瞬間、スネイプは素早くローブの裾を押さえた。その姿は男子生徒からのスカートめくり攻撃を警戒する女子そのものである。

 だが彼の予想に反して、杖は此処とは少し離れた場所で風を起こした。

 

「少しだけでいいんだ、あそこのパブで君と語る時間が欲しいんだ」

「静けさはお好きじゃないようね。ラッパ水仙を育てたらいかが?」

 

 後ろでは男が未だに女を引き止めている。

 そこへ、どこからともなく風が吹いた。

 二人の間を包む風は彼らの服の裾を揺らし、頬を撫で、そして髪を――――空高くまで舞い上げた。

 

 

 

「エッ!?あ、ま……待ってくれ――――ッ!!」

 

 先程の文音に負けない、間抜けな声が響いた。

 片手を頭頂部にあて、そこにあった筈の手触りを感じられなくなった男は呆然と空を眺めた。

 しかしそれも束の間。男はすぐさま熱心に口説いていた女を放り出し、先程まで己の頭に乗っていたもの――風に飛ばされたかつらを追って走り出す。慌てるあまり、魔法を使おうとする素振りすらない。

 ところが無情にも、宙に浮かぶかつらは偶然この辺りを飛行していたフクロウの脚に捕まり、さらに遠い世界へと旅立ってしまった。

 

「…………」

「…………」

 

 さながら喜劇じみた一部始終に賑わう往来をよそに、文音とスネイプの間には重たい沈黙が流れた。

 オリバンダーの店にいた時のように、目の前の男の顔が見れない。何も言い出せずに視線を右往左往させる少女は、暫くして聞こえたスネイプの言葉に頷くほかなかった。

 

「前言撤回しよう――フミネ・ハツノ、今すぐ杖を返せ」

「……はい。あの、本当に……すみませんでした……モゴ」

 

 

 

 その後、無事にホグワーツに帰れた文音が呻きながら頭を抱えたのは言うまでもない。

 

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