さて、今日からいよいよ新学期が始まる。
文音は早朝、食事を済ますと教科書を開いて授業の予習に取り組んでいた。
ダイアゴン横丁から帰ってきてからというもの、文音は周囲の教員たちに頭を下げては魔法の練習の付き添いを頼んだ。久しく魔法を使ってなかったせいで大分腕が鈍っている事実を、嫌という程に痛感させられたのである。
自分の時間を割かれる不便さもあっただろう。しかし身体をくの字に折り曲げる少女のつむじを見下ろしながら、多くの教員は付き添いを承知してくれた。そのおかげで、何とか英語も以前より話せるようになり、新しい杖にも慣れてきた。とは言え、まだまだ未熟な部分も多かったが。
生来の文音は勤勉さとは対極にあるものぐさな生徒である。しかし落ちこぼれて同級生から置いてけぼりにされること、そしてダンブルドアから失望されかねないという危惧が彼女を駆り立てた。
そして午後。
ホグワーツの地下にある船着場で手頃な大きさの岩に座りながら、文音はまだ見ぬ新入生たちの到着を待った。夏休み期間もずっとホグワーツで過ごしている文音が特殊なだけで、彼らには家族と生活する家がある。今日、そこから巣立った少年少女らは、昼前に出発した汽車に揺られながら此処へやって来る予定だ。
「おまえさんは、どこの寮に組み分けられるんだろうなあ」
文音の横で、大柄な男――ハグリッドが髭を撫でながら呟いた。巨人族の血を引く彼が腰かける岩は、文音の腰かけている岩よりもずっと大きい。
ちらりと巨大なシルエットに目をやりながら、文音は口を開いた。
「うーん、そうだな……やっぱり、優しい人が多いって言うし、できればハッフルパフだと嬉しいです。まぁ、それだけが理由じゃないけど……。ハグリッドサンはグリフィンドール生だったんですよね」
「そうだとも。ダンブルドア校長もマクゴナガル教授もグリフィンドール出身だ」
「はぇーすごい。私、絶対にグリフィンドールとレイブンクローにだけは選ばれない自信があります、モゴ」
「なんじゃ、そりゃあ」
気の抜けた返事とは裏腹に、文音の顔は険しい。しかしそれは話に聞くグリフィンドール寮やらレイブンクロー寮やらへの嫌悪ではなく、単に話者の飴を口に含んでいるせいだった。英語は少しずつ分かるようになってきたものの、今日は大事な日なので念には念を入れ瓶から飴を取り出したのである。
はじめて話者の飴を舐めながら頭を下げる文音に会った際、何を思ったのかハグリッドは虫下しの薬を贈った。しかし今ではすっかり渋い顔をする文音に慣れ、「おまえさん、珍妙な食べ物に免疫があるなら、今度ファイア・クラブの尻火で蒸したハギスの味見をせんか?」と頼んでくる始末だ。その言葉にとりあえずダハハと愛想笑いをみせた文音だったが、ハグリッドは彼女の反応に首を傾げた。彼は本気らしい。
ハグリッドはホグワーツの森で番人を務める男である。正式には教師ではないものの、文音の事情をダンブルドアから教えられている人間の一人であった。粗野な言動が目立つが、問題児の経歴を知っても特に邪険に扱わず、頼めば自主練習の付き添いを引き受けてくれる人物だ。
文音もはじめは彼の容貌や豪快な振る舞いに恐怖を抱いた。それでもある程度慣れてしまえば、いちいち皮肉を言わないと死んでしまう病に侵されているスネイプに比べ、遥かに親しみやすい。
ふと、ハグリッドは憂うような表情で言った。
「ハリーはどの寮になるのか……」
見たことも会ったこともない少年の名前に、文音は以前ダンブルドアやハグリッドとの会話を思い出す。
確か十年前、イギリスの魔法界で闇の魔法使いの力が著しく強かった頃。その親玉と言われる男がある日、なんと一歳の男の子によって倒されたのだと教えられた。その子どもの名前こそ、ハリー・ポッターである。
マホウトコロに在籍していた時、魔法史の授業にてイギリス魔法界の騒動については少しだけ耳にしたことがある。しかしハリーの存在について文音は聞き覚えがなかった。
ハリー・ポッターは、文音と同じく今年からホグワーツの生徒となる。
偉大な英雄であるにも関わらず、その少年は両親を亡くし親族に冷遇されて暮らしていると言う。
なんて言葉を返したらベストなのか。
考えあぐねている文音が口を開くよりも早く、ハグリッドは立ち上がり「さて、そろそろイッチ年生を迎えに駅まで行かなきゃならん」と黒い湖の向こうを見つめた。
◆◇◆◇
ホグワーツ近くの駅まで出発したハグリッドを見送って暫く経った頃、船着場の少し先に多くの小船の姿が見えた。
それを目で捉えた文音はさっと立ち上がり、岩陰に身を隠す。先頭を進む小船が桟橋に辿り着くと、船から黒いローブを身に着けた子どもたちが岩場へと降り立った。彼らが文音の同級生となるホグワーツの1年生だ。
先陣の到着を皮切りに、桟橋には後続からやって来た小船の群れがひしめき合う。数十人程度の生徒達が船から降りたタイミングで、文音は岩陰からそろそろと歩き出し彼らの中に紛れ込んだ。そして、あたかも「私は最初から皆と一緒に行動してましたよ」と言う素振りでまだ到着していない小船を待った。
「さぁイッチ年生、ついてこい!」
一番最後にやってきた小船から生徒が降り立つと、戻ってきたハグリッドが一人の男の子にヒキガエルを渡しながら声をあげた――道中、ペットとはぐれてしまった子どもがいたのだろうか。
ひそひそと囁き合いながら、1年生は岩の道を進む大男の後ろをついていく。
イギリスで育ったと言えど、此処にいる新入生たちが実際にホグワーツに足を踏み入れるのは初めてらしい。不安そうに身を寄せ合い、玄関ホールで待ち構えていた副校長・マクゴナガルの言葉を聞き入れたり魔法のかけられた調度品に驚いた反応を示している。
彼らと違い、多少ホグワーツ城内を把握している文音は「分かるよ、最初は怖いわな」とひとり先達ぶって頷いていたが、途中でマクゴナガルが発した言葉によってすぐさま周りと同じただの一年生に戻された。
「新入生の歓迎会がまもなく始まりますが、大広間の席につく前に、皆さんが入る寮を決めなくてはなりません」
「全校列席の前で組分けの儀式が始まります。待っている間、できるだけ身なりを整えておきなさい」
そういえば、組分けってどうやって決められるのだろう。
夏季休暇の時期からホグワーツの一区間で生活していたものの、文音はいざ組分けがどのように行われているかを聞かされていなかったのである。
――マクゴナガル副校長は全校列席の前で行うと言った。つまり衆人環視のもとで面接でもやるのか。
数年前、卒業を間近に控えた兄がマグル向けの面接マニュアルビデオを見ていた記憶がある。
文音は大いに悩んだ。
「あなたはご希望されているハッフルパフ寮に入れた場合、ご自身がどのように活躍できると考えていますか?」なんて質問された場合、文音は「反面教師として皆の気を引き締めることができます」程度の答えしか言えない。とんだ公開処刑である。
通りすがりざま、自分の姿を見つけ手を振るゴーストにも気付かないまま、文音は空を仰いだ。これではハッフルパフに入る資格はない。
やがて組分けの儀式の準備が済み、新入生は大広間へと通された。
大広間には既に四寮の上級生がテーブルに座り、その先の上座には教員が座り1年生の集団を見据えている。
周囲では宙をゆらめく蝋燭や星空のような天井に感嘆する声が聞こえるが、以前から「社会奉仕活動」の一環として大広間の掃除を経験している文音にはさして真新しい光景でもない。
マクゴナガルが、一年生の前に四本足のスツールを置いた。そしてその上にぼろぼろのとんがり帽子が乗せられる。
何だあれ。疑問を声に出すよりも早く、帽子のつばのへりにある破れ目が大きく開き、歌声が響いた。
「私はきれいじゃないけれど、人は見かけによらぬもの……」
破れ目の隙間から、奇妙な歌を披露する帽子に文音は目を丸くする。
リサイクルショップでも引き取ってもらえなさそうな古びた被り物は、周囲に構うことなくグリフィンドールは勇気ある者だの、レイブンクローは古くて賢いだの各寮の特徴を称えていた。
歌が終わると、方々から拍手が沸き起こった。文音も周りに合わせて控えめに拍手を送る。
「僕たちはただ帽子を被ればいいんだ!フレッドのやつ、やっつけてやる。トロールと取っ組み合いをさせられるなんて言って」
どこかで声が聞こえた。なるほど、組分けの儀式とは新入生にあの帽子を被らせ、その子の人となりを見抜きそれぞれに合った寮へ組分けるようだ。
マクゴナガルが長い羊皮紙の巻紙を取り出し、アルファベット順に生徒の名を呼んだ。
生徒が一人ずつ寮に組分けられていくのを呆然と眺める文音の額を、一筋の汗が流れ落ちた。
たった今、新たな懸念が生まれたのである。
面接形式じゃなくて良かった、なんて安心している場合ではない。あの帽子を被らされ、自分の人となりを見抜かれるということは――流れによってはマホウトコロを退学処分になった経歴を皆の前で暴露されてしまうのではないか?
不穏な可能性の浮上に、文音は気が遠くなった。
その詳細について、文音は自ら語ることはできない。しかし、魔法を使わない限り他人の口に戸は立てられないのだ。
冗談じゃない。そんなことになればこの先の学校生活は地獄に等しい。
尤も、彼女を引き取ったダンブルドアだって、まさか文音の前科を露見させるような危ない橋は渡らせないだろう。
しかし、それでもまだ不安は拭えない。
こうしている間にも帽子は次々に新入生たちを寮へ組分けていく。上級生は新入生が自身の所属する寮へ組分けられる度に歓声をあげた。
そしてグレンジャー・ハーマイオニーという少女がグリフィンドール生の集うテーブルへ向かった後、マクゴナガルが文音の名を呼んだ。
「ハツノ・フミネ!」
ちらちらと未だ組分けされていない生徒や席に座る上級生の視線を感じながら、文音は処刑台をのぼる死刑囚になった心地でスツールのもとへ歩いた。
ただでさえ話者の飴を舐め苦々しい表情を浮かべていたこともあり、まるでこの世の全ての不幸を背負っているかのような悲壮感に溢れている。
帽子とマクゴナガルに会釈をして、そろそろと腰をかける。あまりひどいことを言われませんようにと祈る文音の頭に、組分け帽子がちょこんと乗せられた。
「(申し訳ありません、あの、どうか私の経歴は内密に)」
「……ものぐさだが基本的に従順、ある程度の良識も持ち合わせていゆ」
「(いやあの、本当に頼みます。後生ですから……)」
「ああ、らが……これは……」
焦りを覚えた文音の手が、つい組分け帽子のへりの破れ目に手を突っ込んだ。
しかしそれをまるっと無視し、呂律が回っていないにも構わず帽子はへにゃりと身体の先、とんがりの部分を折り曲げて考え込んだ。
「ミス・ハツノ。手を組分け帽子から離すように」
文音の挙動を訝しがるように、マクゴナガルが忠告する。
その言葉を受けてやむを得ず手を下ろす文音であったが、帽子が声を出そうとする気配があればその度に手が箝口令の舞を披露せんと震えてしまう。
既に三分以上経っている。これまでにどの寮へ組分けされるべきか逡巡された生徒だって、そんなに時間がかかかった者は少ない。ハーマイオニー・グレンジャーに続いて組分け帽子を悩ませる「大型新人」の登場に、ごく一部の上級生たちは次こそはハット・ストールが起こるかと面白そうに噂し始めた。
やがて集中する視線に恥ずかしさを覚えた文音が、急かすように帽子に「(ハッフルパフ、ああハッフルパフ、ハッフルパフ)」と俳句の如く吟じ、座ったまま身体をハッフルパフ席の方へ向けた。どさくさに紛れ、自身が希望する寮のアピールも忘れない。
にも関わらず、組分け帽子は彼女の意を汲まず、眼中にも無かった寮の名を告げたのである。
「スリザリン!!」
「……えぇ…………」
ハッフルパフでも、レイブンクローでも、グリフィンドールでもない寮の名前に文音は驚きのあまり口に含んでいた話者の飴を噛み砕いてしまった。
確かスリザリンって、純血主義者が多くて排他的な寮じゃなかっただろうか。
夏季休暇の間に耳にしていた各寮の特徴を思い出しながら、渋い顔が更に渋くなった。文音に対してごく普通に振舞うハグリッドですら、スリザリンをやたら刺々しく表現していたのだ。
その上、よりによって寮監はスネイプだった記憶がある。
表情はそのままに、文音は上座にいるスネイプを見上げる。
相も変わらず辛気臭い顔をしている。スネイプは一瞬文音と目が合ったものの、すぐに目を逸らし前を向いた。別にあの陰気な教師と見つめ合っていたい訳ではないが、先に視線を外された文音はまるで自分が一方的に振られたような気持ちになり複雑な心地で居住まいを正した。
よくよく観察すれば、他寮生のスリザリンに対する反応もあまり喜ばしいものではない気がする。
「またうちが貰っちゃったぜ、こりゃ大所帯になるかもな」
「馬鹿言うなよ」
他寮生たちの中には、新入生が自分の寮に来るたびに、隣のテーブルに座るこれまた別の他寮の生徒と軽口を叩き合う者がちらほらいた。マホウトコロに在学中、他クラスの友達とクィディッチごっこに興じていた同級生の男子と、他寮の上級生の姿が重なる。
しかし、スリザリンの生徒たちは身内だけで固まり、他寮と交流している様子がほとんど見られない。そんな光景が、どうしてもスリザリンが孤立しているように映ってしまう。
組分け早々、この先平穏にやっていけるのかと文音は胃のあたりが重くなった。
とは言え、肝心のスリザリン生は自寮に組分けの決まった文音を笑顔と拍手で出迎え席へと促している。
――偏見はよくない。とりあえず身内には面倒見が良さそうだし、シンボルカラーである緑色も好きだからまあ良しとしよう。
結果がどうなったにせよ学業に励むことに違いはない。気を取り直した文音は、かの有名なハリー少年がグリフィンドールに組分けされるのを尻目に、まだ残っている生徒たちの中にあと何人のスリザリン生が出てくるかぼんやり考えていた。
◆◇◆◇
最後の生徒であるブレーズ・ザビニの組分けが終わると、ようやく歓迎会が始まった。
「おめでとう!ホグワーツの新入生、おめでとう!歓迎会を始める前に、二言、三言、言わせて頂きたい。そーれ!わっしょい!こらしょい!どっこらしょい!以上!」
ホグワーツ校長・ダンブルドアの合図によりテーブルの上には様々な料理が並ぶ。へんてこな挨拶に文音が首を傾げるよりも早く、生徒たちのわっと驚く声が方々からあがった。
皿に盛られたポークチョップやローストチキンといった料理の数々は、厨房にいる屋敷しもべ妖精たちが作っている。そして、その横にあるビーフシチューは昨日はじめて厨房作業の手伝いで文音が煮込んだ一品だ。
屋敷しもべ妖精たちは、特定の魔法使いに仕え、大量の役目を無給でこなすことを誇りとする生物である。
故にホグワーツ内の一部の屋敷しもべ妖精にとって、突如社会奉仕活動だのと言って作業場に足を踏み入れる文音は、仕事を奪う死神のような存在とみなされていた。
事実、厨房にいるしもべ妖精たちは文音が自分たちと同じ作業場で「仕事」を行うことに恐縮しており、手伝おうかと声をかけるとマンドラゴラの如く叫んで地に伏してしまう。そして、人参を切ろうと包丁を持てば大声で制止され、じゃがいもの皮を剥こうとすると涙ながらに何かを訴えた(あまりの震え声に、文音は内容を聞き取れなかった)。
結局、その日は既に火にくべられたビーフシチューの鍋を時々かき混ぜる仕事だけが与えられたのである。
文音としても教師陣から作業を言いつけられたから赴いたのに、いざ動くと悪者の如く扱われ納得のいかない思いで胸が埋め尽くされたが、彼等の生態を考えたら致し方ない。
これ以上不満を言っても無意味だ。何にせよ、卒業までにダンブルドアから受け取ったトーテムの底を雫で満たさなければならないので、今後もしもべ妖精には怯えられる日々は続くだろう。
彼らに良く思われていないことに落ち込みはしたものの、文音は切り替えておたまを握った。
……と、いう経緯を持って出来上がったのが、いま目の前に置かれたビーフシチューである。
折角なので食べてみよう。
しかし、文音が手元の皿にビーフシチューを取り分けようとしたところで横から手が伸びた。
「えっ」
驚いて横を向くと、文音の隣の席にいた大柄な男子生徒がビーフシチューの入った器をまるごと、さらに隣に座る金髪の生徒のほうへ寄せたのである。
彼等は、自分たちと同じように小皿に取り分けようとした文音と目が合うと――彼女の思い込みもあるが――まるで田舎の不良のような眼光で横にいる少女を射抜いた。
世は弱肉強食。強者は力のもとに専横を極め、弱者は蹂躙されるのが理である。
弱者こと文音は、ものの3秒で「アッ、スミマセン…………」と降伏の姿勢を見せ、すぐさま別の皿から料理を取り分けた。
こうして文音が居た堪れない気持ちでグリルポテトを咀嚼していると、少年たちはフンと鼻を鳴らしながらビーフシチューを口に運ぶ。最早文音という弱者の存在など歯牙にもかけない。
だが、一口味わったところですぐ、少年たちのリーダー格――ドラコ・マルフォイが口を開いた。
「安っぽい味だな」
組分けの儀の際に噛み砕いてしまった話者の飴は、既に溶けきって文音の口の中には残っていない。しかし、それでも文音の耳にはしっかりとマルフォイの感想が聞き取れた。
グリルポテトを口に運ぶ彼女手がぴたりと止まる。
かのビーフシチューは、昨日文音がしもべ妖精たちと気まずい空気になりながら完成させた料理だ。
それを「安っぽい味」と表現されれば、当然面白くない気持ちが湧いてくる。
文音は苛立ちを表すかのようにポテトにフォークを突き刺し、内心で悪態をついた。
(――何言ってんだこいつ。私が作ったビーフシチューにそんな感想しか言えないなんて。野菜の皮でも食べてろよ!)
あたかも一から自分が料理を仕上げたかのように言っているが、文音が手伝ったのは時々鍋をかき混ぜる工程だけである。しかし調理に一番時間のかかった煮込みの手順に携わった以上、ビーフシチューを作ったのは自分であるという呆れた論理思考のもとに怒りを覚えた。
ある意味、人の褌で相撲を取ろうとするその狡猾さはスリザリンの特性と合致している。
文音は空いた手で、スカートのポケットにしまい込んだ話者の飴の予備に触れた。
「あなたには鯉の餌がお似合いですよ」
「え?」
突然、後ろから声が聞こえ、振り向いたマルフォイの顔に何かが触れる感覚がした。驚いて目を合わせると、そこには一人の見知らぬ少女が立っていた。
背丈は自分と殆ど変わらない。髪や目の色、顔立ちからして東洋人だろうか。
彼女は無表情でマルフォイの顎を掴んでいる。少女の人差し指が唇にあたり、そして力づくでマルフォイの口をこじ開けたのだ。
抵抗するよりも早く、彼女の力に負けた口に隙間が生まれ、そのあいだから何かが放り込まれる。
コロン、という音を聞いてそれが飴だと察すると同時に、とてつもない刺激がマルフォイを襲った。
「むぐッ!な……なんだ、これは!!!うぐっ、ま、不味すぎる!!うわああっ!」
飴から放たれる凄まじい風味に、マルフォイはたまらず飴を吐き出し地に這いつくばった。世の中に食べ物は数多くあれど、こんなに酷い食べ物があるとは。
僕にこんな思いをさせるなんて。何処の誰だが知らないがただじゃおかないぞ。
マルフォイの意を汲み取るように、お供の大柄な少年・クラッブとゴイルが少女に殴りかかる。自分よりもずっと体格の優れた男子の暴力など、普通の少女じゃ一溜まりもないだろう。
しかし、彼女は怯むどころか素早く二人の拳をかわし、背後に回って手刀を叩き込んだ。
「「グエーッ!!」」」
少女の手刀を後ろ首に喰らい、クラッブとゴイルがあっけなく地面に倒れる。
どさりという鈍い音を背後に、少女はマルフォイを見据え口を開いた。
「次はお前がこうなる番だ」
「エヘン――全員よく食べ、よく飲んだことじゃろうから、また二言、三言。新学期を迎えるにあたり、いくつかお知らせがある」
ダンブルドアの声が大広間に響き渡る。文音はその話を聞きながら、一方で妄想のディテールを練っていた。
――現実で彼ら相手に啖呵を切る根性など毛の先ほども無いが、妄想でなら幾らでも溜飲がさげられる。
話者の飴を口に突っ込むのは外せないとして、大男の拳をかわして華麗に抑えこむ自分というのもアリだ。理由は格好いいから。
それに手下達を倒した後、ボスに向かって「次はお前がこうなる番だ」という台詞も絶対に必要だ。理由は勿論格好いいから。
「――最後ですが、とても痛い死に方をしたくない人は、今年いっぱい四階の右側の廊下に入ってはいけません」
ホグワーツの校長による有り難い忠告が漸く終わる。
文音は、こうしてダンブルドアの説明を最後まで神妙な顔で聞きながらも妄想に耽り続け、歓迎会を終えたのであった。