涸れ井戸に雫   作:るりつばき荘

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【8】王子様の来襲

 まだ陽が昇らない早朝。

 文音は目をこすりながら、温室で育てられている植物に水やりをしていた。

 温室の隅に置いたランプの光はか細く、依然として視界は薄暗い。足元に気を付けないとすぐに鉢にぶつかり転んでしまいそうだ。

 如雨露の口から伝った水が、少女の細い指を濡らした。

 霜が景色を彩るこの時期だ。ただ少量の水でも、肌に触れれば鋭い針が刺さったと錯覚する程の刺激をもたらす。

 それでも文音は温室を去らず、黙々と鉢植えに水をかけ続けた。

 

 

 

『とにかく、もうこれ以上屋敷しもべ妖精じみたみっともない真似はするな。スリザリンの、いや……同じ純血の家に生まれた者としての忠告さ』

 

 

 マルフォイから注意を受けた文音は、その後どうすれば彼に怒られず社会奉仕活動を行えるかを考えた。

 馬鹿正直に経緯を話すなどもっての外だ。元から在りもしない自分の居場所が、今度こそ本当に失われてしまう。

 

 ――では、人に見つからないようひっそりと行えば良いのではないか?

 

 これまで、文音は授業の終わった放課後に活動に取り組んでいたが、故にその姿は度々他の生徒にも目撃されていた。先日の双子の揶揄いも、何度か雑事に取り組む文音の背中を見たからこその態度だろう。

 表面上は社会奉仕活動をやめた振りをして、大人しく過ごす。その裏でひっそりと続ければ、きっとマルフォイに怒られないで済む。

 

 こうして考え抜いた文音が出した結論は、社会奉仕活動を放課後ではなく早朝に行うことであった。

 早朝となると、生徒の殆どはベッドの中で過ごしているため遭遇する機会もぐっと減る。

 幸い、マクゴナガルも特に活動に取り組む為の時間帯を指定していない。あくまで、その日の間で決められた時間をかけ、決められた作業をこなす事だけがルールだ。

 ならば最早、これしか安全な方法はなかったのである。

 

 結論を下してからというもの、文音の起床時間は変化した。

 陽が昇る前、気合を入れて暖かいベッドから離れ、簡単な身支度をした後に作業現場へと向かう。

 寝室を出る直前、気持ちよさそうに眠るダフネ・グリーングラスやトレイシー・デイビスの寝顔を見るとつい自分もベッドに戻りたくなる。そんな気持ちに蓋をして、音を立てないようドアを開けた。

 

 本日の社会奉仕活動の内容は、温室の植物の世話であった。

 薬草学を教えるスプラウトが管理する温室には、生徒たちが授業で使う魔法植物も育てられている。

 事前に社会奉仕活動を何時に行うか伝えていたので、すんなりと温室に入れた。

 

 昼間でさえ冷気が漂うホグワーツだが、早朝となれば過酷さも増してくる。か細い光を放つだけのランプも、杖の所持を制限された文音にとっては暖もとれる道具として重宝された。

 温室は多少暖かいが、如雨露の水を注ぎに室外へ出るたびに、白い息が口から漏れる。

 

 部屋に籠ること暫く。最後のアビシニア無花果の剪定を終えた文音は、鋏を所定の場所に戻し寮の談話室へ帰ることにした。

 そろそろ目を覚ます寮生も出てくるだろう。そんな中で、自分一人だけ姿を見せずに怪しまれてはいけない。

 通りすがりに見上げた空の色から現在の時刻を推測すると、せかせかと足を動かした。

 その姿に、例の厄介者が声をかけるまでは。

 

 

「カサカサ、コソコソ。カサカサ、コソコソ!ああビックリ、屋敷しもべ妖精の朝は早い!」

「!」

 

 突如響いた声に、文音は足を止め振り返る。

 後方には、ホグワーツお抱えのポルターガイスト・ビーブズが宙を浮かんでいた。

 生きている人間を発見次第、片っ端からいたずらを働くビーブズは、朝から格好の玩具と出くわして大いに喜んでいるようだった。

 にたにたと意地の悪い笑みを浮かべ、標的の周りを踊るように飛ぶ。

 

(ウゲェ~、朝からこいつと出くわすなんて。私、もしかしてまだベッドの中にいて悪夢でも見てんの?)

 

 嫌な気分になっても、努めて表情は崩さない。

 ホグワーツに来て最初に被害を被って以降、彼を完全に無視すると決めたのに、つい反応してしまった。後悔も束の間、一瞬だけ振り返った文音は、そのあとすぐ何事も無かったように前を向いて再び歩き出した。

 

 しかし、時は既に遅い。

 いつも自分をいないもののように扱う人間が、僅かでも反応を示した。

 その事実が火に油を注ぎ、ビーブズの悪戯心もさらに肥大したのである。

 

「ごきげんよう、しもべ妖精!今日も我らが出会えた記念にカンパーイ!!」

「……は――――っ!?」

 

 捲し立てるや否や、ビーブズは高く浮き上がり――そして真上から文音めがけて水を降らせたのである。

 文音は小さな悲鳴をあげた。

 ビーブズを無視して彼のほうを見なかったのが仇になり、次に何をしでかすか行動を把握できなかった。その結果、文音は避ける事もできずに水を被る羽目になってしまった。

 突如頭から降ってきたそれは、量も決して少なくはない。

 文音は全身水浸しになり、ビーブズは更に甲高い笑い声を轟かせる。

 そしてひとしきり笑いとばした後、お邪魔虫のポルターガイストは宙を舞いながら去っていった。

 

「…………はぁ、はぁ……」

 

 ひとり残された文音は、寒さと胸に湧きあがる怒りに苛まれ、苦悶の息を吐く。

 ――いま露骨に怒っても、彼に餌をあげるだけだ。だからこそ、いつもの何も無かったような態度を貫かなければならない。

 ――いや……そんなの知るか!あいつはもう何処か遠くに飛んで行って、ここには誰もいない。

 

 

「……ばかたれェー!いつかあんたを消滅させて、便所に墓を立ててやる!」

 

 文音は叫んだ。万が一他者に見つかると大変なので、少し控え目に。

 日頃の鬱憤が、少しだけ晴れたような気がした。

 一回だけ叫びぜえぜえと呼吸した後、文音は小走りでスリザリン寮を目指した。この時間、杖は持っていないため魔法でさっさと服を乾かすこともできない。故に、今の文音にできることは寮に戻り着替えることだけであった。

 全身が水浸しになったせいでどんどんと身体が冷たくなっていく。やがて本格的に冬を迎えるのだから、その鋭さもひとしおだ。頼みの綱であったランプの灯も、水に濡れたせいで火が消えてしまっている。ビーブズへの怒りがさめやらぬ間も、文音は花火の如くくしゃみを打ち上げた。

 水をたっぷりを吸い上げてぐしょぐしょに濡れた服は重く、寮へ急ぐ彼女の妨げとなっている。だが足を休ませれば冷たさに震える時間が長くなるだけだ。

 

 苛々と足を交互に繰り出し、地下にあるスリザリン寮を目指す。

 どうか人目につきませんように。

 周囲の様子に気を配っていたが、地下への階段を降り曲がり角にさしかかった途端、文音は何かと衝突し尻餅をついた。

 

「うわっ!」

「イダッ!」

 

 転んだ拍子に手に持っていたランプが音を立てて床に放り投げられた。

 寒さと身体の重さ、そして新たに追加された臀部の痛みに苦しみながら文音は正面を見上げる。

 自分以外の何者かの悲鳴も聞こえた。つまり、人にぶつかったのだ。

 

「お……驚いたな。大丈夫かい?」

「すみません!怪我はありませんか?」

「それは僕の台詞だよ。ほら、立てる?」

 

 幸いにも、相手は転ばないで済んだようだ。腰を屈め、派手に後ろへ倒れこんだ文音に手を差し出してくる。

 文音は謝りながら、おずおずと差し出された手を取った。

 

 目の前の相手は、文音よりも背が高い男子生徒だった。灰色の目が、心配そうに彼女を覗き込んでいる。

 クィディッチ用のユニフォームに身を包み、階段を上がろうとしていた彼の姿を、スリザリン寮内で見かけたことがない。恐らく他寮の生徒だろう。

 少年の衣服から、彼がクィディッチのメンバーだと察した文音は更に頭を下げ謝罪を重ねた。

 

「本当にごめんなさい。痛いところはないですか?箒には乗れそう?」

「大丈夫だよ。そんなにヤワじゃ、そもそも箒になんて乗れないよ」

 

 首を横に振って、少年はにこやかに笑った。すると今度は文音の格好について尋ねてくる。

 

「君のほうが大変じゃないか。どうして全身濡れているんだ」

「……エット、たまたま早くに目覚めたから散歩していたんですけど、そしたらビーブズに、ウン」

「それは災難だったな――杖はどこに?」

「寮に忘れました、ファ……ブエックション!あの、本当にすみませんでした。それじゃ失礼します……」

「ちょっと待って」

 

 文音は事の一部を誤魔化して彼に説明した。

 そして最後に頭を下げ別れを切り出し、すぐ目前まで差し迫ったスリザリン寮へと再び歩き出す。すると、再び彼から制止の声がかかった。

 ――どうしよう、ぶつかった拍子にユニフォームが汚れたなんて言われたら。

 先程の優しい印象から一転、悪い方向へ想像を膨らませ恐る恐る振り向くと、少年は懐から杖を取り出し文音めがけて振った。

 たちまちに、文音の濡れそぼった身体を暖かい風が包み、不快な水気が消えていく。

 しばらくすると、文音の髪からつま先まで、全身くまなく綺麗に乾いていた。

 

「テ……テンキューベリマッチ!」

「どういたしまして。それと、これ忘れてるよ」

 

 驚いた文音のうわずった謝意に応えるように、もう一度彼は笑った。

 そして床に落ちていたランプを拾うと、彼女に差し出したのであった。

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 

 

 セドリック・ディゴリー。

 あの衝突事件の後、文音はすぐ彼の正体を知った。

 ハッフルパフ寮の三年生で成績優秀。寮のクィディッチ・チームに選ばれるほどに箒の扱いに長けていて、整った顔立ちをしている。そして、いきなりぶつかってきた自分に対して、親切にしてくれる優しさ。まるで王子様のようだった。

 ハッフルパフだけじゃない、寮を超えホグワーツ中の人気者であるのも頷ける。彼との出会いは、毎日社会奉仕活動をこなすだけの文音の日常に、ほんの僅かな彩りを添えた。

 あの日、朝早くからクィディッチの自己練習に向かっていた彼と衝突事故を起こしたのは僥倖だった。おかげで服も乾かせたのだ。

 

 暫く経った日の放課後。

 校庭を通り過ぎると、多くの友人に囲まれるディゴリーとすれ違った。その際に、人気者から受けた厚意を思い出し、文音はほんの少しの優越を感じていた。

 とは言え、イケてないグループに身を置く文音は彼と立場は全く違う上、それ以上の接触もない。

 

 ディゴリーとの交流はこれで終わり――そう思う文音とは裏腹に、予想外なことが起きたのである。

 

 

「おはよう」

「エッ?あ、オハヨウゴザイマス」

 

 数日後、またしてもディゴリーと愉快な仲間たちと廊下ですれ違うと、彼は文音に気さくに挨拶をしたのである。

 はじめは、誰に向けられた言葉か理解できなかった。キョロキョロと周囲を見回した後、漸くその挨拶が自分に対するものだと知った文音は、戸惑いながらも挨拶を返した。

 二人の行動に、彼のすぐ傍にいた友人たちが面白そうな顔をする。

 文音と目が合うと、ディゴリーはあの日と同じ穏やかな笑みを浮かべ、友人と去っていった。

 立ち止まったまま、彼らの後ろ姿がどんどん小さくなるのを見つめながら、文音はつい感動した。

 

(え……エエ奴!!)

 

 一部の他寮生の間で嘲られる文音にとって、ディゴリーは貴重な存在となった。

 同じスリザリン生同士なら、当然普通に挨拶や会話もする。しかしスリザリン生である以上、他寮の人間とは隔たりもあるため接触する機会は殆ど無かったのだ。ましてや、入学以降人間関係の構築をなるべく避けてきた文音にとっては尚更である。

 そして彼は、この日以降も文音とすれ違うと「やあ、おはよう」と短いながらも律儀に挨拶をした。

 

 ――だが何故、自分に声をかけるのだろう?

 有難がると同時に、文音には一つの疑問が浮かんだ。

 相手は文武両道の人気者。対するこちら側は名誉しもべ妖精だのウンコ婦人だの笑い者にされている一年生だ。

 喜びから一転、またしても物事を悪い方向に捉える癖が文音を悩ませた。

 

 ――もしかして、集団の隅で浮いている人間に声をかけて面白がっているのではないだろうか。そして、裏で仲間と笑っていたらどうしよう。

 

 

 

(いや別に……例えそうだったとしても、そもそもあの人と友達でもないし、傷つく必要はないな)

 

 イケてない考え方を振り払うように、文音はデッキブラシを持ち直した。

 本日の社会奉仕活動の内容は、女子トイレの清掃である。

 とは言っても、以前ハーマイオニー・グレンジャーと出会った場所とは違う。

 教室棟にあるトイレなので、通りかかる生徒の姿も全くない。

 今は放課後であるが、この場所ならば普通に掃除をしていても、マルフォイの目につくことはないだろう。安心しきった文音は、口笛を拭きながらトイレ入り口前に置いた洗剤を取りに戻った。

 そのとき、最近になって聞き鳴れた声が耳に届いた。

 

「やあ、こんにちは」

「オワァッ!!」

 

 声に驚き正面を向くと、そこにはまたしてもセドリック・ディゴリーの姿があった。

 一瞬、マルフォイに見つかったと勘違いして声をあげたが、視界に映る人物は純血一族の坊ちゃんでなく例の優しい上級生だ。

 しかしほっと安堵したのも束の間、今度は別のことが気になり始める。

 

「アー、こんにちは。どうかしたんですか?」

「ええっと、ちょっと用事があってね」

「ここ女子トイレですけど……」

 

 ――もしかして王子様じゃなくて、お姫様だったのか。

 頭上にクエスチョンマークを浮かべる文音の前で、ディゴリーは慌てて「先生に用事があったんだ!授業のことで質問があって」と誤解を訂正した。

 その発言に、文音は訝しむ。

 学内では未だクィディッチ・シーズンは続いており、選手たちは授業が終わるとすぐさまグラウンドへ移動し練習に明け暮れている。そうじゃない者たちは、一部の至って真面目な生徒を除き、速やかに大広間か寮へ帰っていく。

 学業に優れていると評判の彼だ。優等生らしく放課後も教師のもとに通っているとて、何らおかしい事はない。

 しかし、人の少ない場所での偶然の出会いに、文音は疑いの混じった思いを抱いてしまったのであった。

 

 ――もしかして、集団の隅で浮いている人間に声をかけて面白がっているのではないだろうか。そして裏で仲間と笑っていたらどうしよう。

 

 少し前に湧いた嫌な想像が再び蘇る。

 本当は自分を一時の暇つぶしにするために、ここへやって来た可能性がないか。

 彼はばつが悪そうに笑っている――もしかするとばつが悪いのではなく、揶揄いの念が込められているのかもしれない。

 文音は言葉を選ぶよう、慎重に口を開いた。

 

「……なんか、友達に言われたんですか?」

「え?」

「最近、よく挨拶をしてくれていた。前に服も乾かしてくれたし感謝してます」

「うん?」

「でも、あの――罰ゲームは、やめたほうがいいんじゃないですかね……。私からは何も言わないでおくけど、万が一スリザリンの監督生あたりにバレたら、色々と面倒になると思います」

「ちょっと待ってくれ、きみは誤解している」

 

 他寮と隔たりがある一方、スリザリンの上級生は身内に対してよく目を配っている。

 文音の言葉に首を傾げていたディゴリーは、彼女が最後に呟いた発言を聞くとすかさず口を挟んだ。

 少年の言葉を聞きながら、周囲を見回す。彼の友人らしき存在はどこにもいない。

 それでもまだ完全には信用していない文音に、ディゴリーは続けた。

 

「君は僕が友達と賭けをしたから話しかけてくると思っているのか?前に君に魔法をかけたのも、挨拶をしたのも僕個人の意思で決めたことだ。どうして僕の友人が出てくる?」

「スリザリンの人間に話しかけてくる人、あまりいない。しかも私、他の寮の人から、変なあだ名で呼ばれてる」

「気に障るような行動をしていたなら謝るよ。でも、本当に違うんだ」

 

 説明をする彼の顔に、哀愁の色が混じっていく。

 その様子に機嫌を損ねてしまったと焦った文音は、弁解の言葉を繰り出した。

 

「ごめんなさい、私が勘違いしていました。だったら何か他に目的があるとか?ハッフルパフ寮の近くの廊下が汚れているとか?」

「スリザリンじゃ目的もなく人に挨拶したら駄目な規則でもあるのかい?」

 

 ディゴリーの表情に、さらに困惑が混じる。

 皮肉でも何でもなく、本当にそういう規則があるのか危惧している様子だった。 

 文音が否定すると、彼が安心したように笑う。

 文音自身も彼に酷い思い込みをしていたが、怒ってはいないらしい。ディゴリーと同じように、文音も安堵した。

 そうしていると、ディゴリーが「でも」と言葉を続けた。

 

「目的があるのは間違いないよ。きみに聞きたいことがあったから」

「はい?」

「きみはアキラ・ハツノの親戚かい?」

「……どうして私の兄の名前を知ってる?」

 

 突如出された身内の名前に、文音は息を呑む。

 その反応をみながら、ディゴリーはやっぱりと言わんばかりに会話を続けた。

 

「昔、ハッフルパフに少しの間だけ、君のお兄さんが留学していたんだ。僕が入学する前のことだから会ったことはないけどね。でも、うちの寮に彼が授業で描いた自画像が残っているから、顔は知っているよ」

「優秀な生徒じゃなきゃ、まずホグワーツに留学生として来れる機会はないんだ。だからこそ、うちに来れたアキラはすごく優秀だったんだろう?」

 

 ディゴリーは予想が当たって喜んでいる。

 その様子に、彼が兄に悪い印象を持っていないと察し、文音も少しだけ微笑んだ。

 

「組み分けで君の名前を聞いて驚いた。きっとアキラ・ハツノの親戚に違いないって確信したよ。それに、彼の自画像と君の顔はよく似ている。特に目元とかね」

「えっ、それは嫌だな。なんか……なんかやだ」

「どうして?素敵じゃないか」

 

 多感な時期ゆえに、面と向かってきょうだいに似ていると言われるのは少々気恥ずかしい。

 文音が照れていると、ディゴリーは更に続けた。

 

「だから、ずっと君にアキラのことを聞いてみたかったんだ。それに、日本の魔法界やマホウトコロのことも。アキラは今、どうしてるんだ?」

「今はもういないよ」

「え?」

「数年前に死んだ」

 

 

 その言葉を聞くと、途端にディゴリーは笑顔を消した。

 少し前に見た哀愁の色が、再び彼の顔に浮き上がる。彼に配慮し、文音は軽い調子で告げた。

 

「兄ちゃんさ、マホウトコロ卒業と同時に、闇祓いになったんだ。でもその年に殉職しちゃったんだよね」

「……ごめん、そんなことになっていたなんて、知らなかった。ご冥福をお祈りするよ」

「ううん、知らなくて当然だから気にしないで下さい。闇祓いになった以上、危険は避けられないって言われていたし。それに日本から遠いイギリスでも、こうして自分のことを知ってくれる人がいて、喜んでると思う。ありがとうございます」

 

 文音はディゴリーに深々と頭を下げた。

 

 さて、そろそろ掃除に取り組まなければならない。文音だけでなく、彼もクィディッチの練習があるはずだ。

 デッキブラシの柄を弄りながら言外に予定があることを伝えると、ディゴリーは最後にこう言ったのである。

 

 

「次からは、目的がなくても挨拶していいかな」

「!」

 

 

 その一言に、文音は目を丸くする。

 そして、はにかみながら首を縦に振ったのであった。

 

 

 

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