タクティカル祓魔師 -境界対策課 作戦記録-   作:ヴォーパルのっち

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第一話:「非定常業務」

「うわ、デカいな……」

 率直な感想が口から漏れると同時に、私はそれを恥じた。まるで素人の反応だ。

 私は耳が赤くなる感覚を頭から追い出しつつ、改めてそれ(、、)に注目する。

 

 オフィスビルの外壁に張り付く、馬鹿でかい百足(ムカデ)。言葉に表すなら、それが率直な表現になる。ビルのフロアと比較し、目測で全長約三十(メートル)。身体の幅は六(メートル)程で、歩脚の先まで含めれば倍の数字になるだろう。

 その全身は一切の光を反射しない影のような何かで象られていた。身体の前端には目も口も触角も無く、蚯蚓(ミミズ)がのたうったような紋様が暗赤色の光を放っている。取材で赴いた寺院で目にした梵字というやつを思い出した。

 

 今から私は、アレの退治記録を映像に納める。左腕に付けた〝報道〟の腕章を確かめ、私はカメラを構えた。指先が微かに痺れ、乾いた口内に粘り気を覚えた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ――境界異常(、、、、)、通称〝界異〟。

 古来、霊障とか祟りだとか様々な名称で呼ばれていた非知覚領域の存在を、神祇庁はそう定義している。

 著しくバランスを欠いた一極集中的都市発展がそれを招き寄せたのか、ここ数十年の間で非物理科学的事象に纏わる人的・物的被害は急増した。その影には、数々の異常な現象と異常な存在が関与していた。

 神祇庁に曰く、それらは「向こう側(、、、、)より顕現する、常ならざるもの」である。

 神祇庁に曰く、それらは「人の世の理を書き換えてしまうもの」である。

 

 発生し続ける境界異常に対し、神祇庁が用意した回答は「境界対策課」――通称〝境対〟と呼ばれる組織の設立であった。

 古来より日本全国の寺社仏閣に継承されてきた祓魔の儀式、民間に口伝で遺された魔除けのノウハウ、洋の東西を問わぬ加護のまじない。彼らはそういったものを体系的に編纂研究し、汎用性と再現性を伴った境界対策理論を構築した。

 また、その理論に基づいて数々の民間企業が効率的な儀式の遂行や祓魔を可能とする道具、即ち祭具(ギア)を作り上げた。界異に対する人類の防衛戦は、企業にとって新たな経済市場となったのだ。

 神官学校で訓練を受けた上級神官達は大規模戦略や組織戦力運用についての卓越した見識を持つに到り、組織の大部分を構成する一般神職達は祭具の取扱や市街地戦の術を叩き込まれた。

 この国における武装神職達は〝祓魔師〟の名で呼ばれ、危険な業務に従事する公務員として認知されている。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ――以上が、この現場に移動するまでの間に車中で聞いた話である。現環境庁の公式発表とほぼ同じだ。

 報道機関から派遣された私を現場の職員達は歓迎しなかったが、蔵尽(くらづくし)という女性職員が偶然にも私と同郷であることがわかり、その(よしみ)で親身に接してくれた。元来親切な性格なのだろう。

 

 〝境界〟が何なのかとか、何故これらの祭具や儀式が界異に効くのかなどは知らない。その辺りのことは神学院の学者達が研究していることであり、自分達は祭具の取扱と作戦行動の成功だけ考えていれば良い。

 蔵尽は学のない自身の経歴を笑い飛ばしつつ、そのように語った。

 私たち報道機関が誌面で活躍させる〝祓魔師〟が血の通う人間であることを再認識し、私は取材への意気込みを改める。

 

 向かっている現場には、比較的対処が容易だとされる低位境界異常が出現している。蔵尽をはじめとする若手職員達で構成された実働係第一班と第二班に招集がかかり、祓滅作戦が決行されようとしていた。

 最先端技術を用いた祭具と現代的歩兵戦術、そして汎用化された組織によって境界異常に抗う者達――タクティカル祓魔師の仕事の時間だ。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「確かに大きいです。今年度では一番かも……」

 蔵尽が長大な界異を睨み付け、目を細める。

 数名の班員の表情には不安の色が滲んでいる。皆年若く、装備は真新しい。

 ビルの壁面に張り付いた界異は、周期的に体躯を波打たせている。界異は現象そのものとも称されるため有り得ない話だが、まるで深呼吸しているようだ。

 

 境界異常は様々な形態を取るが、〝一号〟のコードで総称されるものは「現実への浸蝕能力が乏しく、個体として独立した境界異常」として定義されている。その多くは長い身体に複数の歩脚を有した姿を持ち、特別な能力は持たないとされている――あくまで、その多く(、、、、)は。

 私は手にしたメインカメラの機構を操作し、焦点を合わせつつ素朴な疑問を口にする。

 

「あんなに大きくて、どうやって壁に張り付いていられるんだ……?」

「今の奴には重量が無いんですよ。ついでに言うなら触ることもできません」

「重量が無い……!?」

 非物理的存在に対して物理的観点からの困惑を抱く私に向き直り、蔵尽が人差し指を立てる。訓練学校の教員の真似だろうか。

 

「神学院によると、あの手の界異にはそもそも質量がないそうです。まぁ、奴らは現世(うつしよ)に存在していませんからね。ずっとあのままで居てくれれば、使う弾の数もずっと少なくて済むんですが」

「あの状態は祓うのが楽なのか」

「一発入れれば〝顕現〟して、攻撃が通りにくくなります」

「活発に活動する際を除いては自分を存在しない(、、、、、)ことにして、君達祓魔師の目を欺いているのか?」

「さぁ。そこまで知性的な存在ではないようなので真意は図りかねます。少なくとも、占術班の霊視()は欺けなかったようですね……あの個体は」

 

 私は手早く残りの仕事道具(カメラ)を準備する。手に持った親機と連動し、背負ったバックパックから伸びる四本のアームに付いたカメラが対象を記録する映像記録装置〝Hasarius(ハエトリグモ)〟。長時間の使用は私の腰に甚大な負荷を与えかねない、大型機材である。しかし、ドイツの老舗企業ハイエンドモデルが齎す、詳細で美麗な映像は、社内での私の立場を確実なものにしてくれた。

 

「すごいカメラですね? はじめて見ましたよ」

「かなり重たい上に自費購入だ。良い絵を撮らせてくれると助かりますよ」

「ふうむ……しかし、界異は一般機材に映らないのでは?」

「知人に回してもらった専用フィルタを入れてる。かなり細部まで撮れるぜ」

「一般に出回っちゃいけないやつじゃないですか、それ? 詳しくは聞かないでおきますけども」

 

 私と蔵尽が輸送車の近くから観察している間にも、界異は緩やかな疑似呼吸を続けていた。そうこうしているうちに、周囲に散開した第二班が戻って来る。周辺に対する結界の構築と該当区域の避難誘導が済んだらしい。

 ――注連鋼縄(ワイヤー)。彼らタクティカル祓魔師の扱う中で、汎用性と応用性は随一の祭具である。

 外見的には距離測定用テープメジャーに似るが、巻かれているのは鋼線を内部に編み込んだFRP樹脂で作られた平紐だ。ちなみに一定間隔ごとに強化プラスチック製の〝紙垂(しで)〟が取り付けられているため、距離測定も可能である。

 古来より注連縄(しめなわ)とは神道における祭神具であり、縄に「糸」の象形たる型紙の紙垂を取り付けたものである。その用途は「神域と現世を隔てる結界」とされ、神祇庁は簡易結界発生装置としての効果に着目して注連鋼縄を開発した。

 今、半径一(キロ)の範囲で注連鋼縄による結界が張られ、界異を外に逃がさないようになっていた。

 

「結界の構築、感謝します。では、本作戦の概要を改めて確認します」

 いつのまにか班員達が集まってきていた。どうやら、この集団においては蔵尽がリーダーを務めているらしい。

 ――車中では、まだ二年目だと言っていなかったか?

 

「対象は一号級境界異常、以降界異一号と呼称。作戦の用件は対象の祓滅を確認すること」

「応ッ」

「続いて部隊運用について。第一班はPDWで地上射撃、第二班は周辺のビル屋上や歩道橋に散開して狙撃をお願いします。基本的なガイドラインに沿って、対象の浄化許容を超えるまで杭を打ち込む方針で」

「誘導は第一班が行いますか?」

「基本的にそうします。が、仔細は個人の判断に委ねます。他に質問は? ……ありませんね。では形代点検」

「形代残数(しち)枚。確認ヨシ」

「確認ヨシ」

「では各自、行動を開始してください」

 

 蔵尽の指示に従い、班員達が行動を開始した。

 私は内心驚いていた。彼女の表情と身に纏う雰囲気が、車中のものと随分異なっていたためである。

 故郷に残してきた弟や予算不足の現状を冗談交じりに憂う田舎出身の少女ではなく、今の彼女は相応の場数を踏んだプロフェッショナルの顔をしている。

 程なくして、魔を退けると言うにはあまりにも現実的な儀式が幕を開けた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 壁に張り付いていた界異の背に、遠くから飛んできた何かが衝突する。狙撃班が射出した祓串(ペグ)だ。存在していないはずの界異に干渉できるのは、結界と祓串に施された加護――神祇庁によって体系化された祓魔技術――による効果である。

 それを皮切りに、界異が動き始めた。

 バランスを崩した芋虫のようにビルの壁面から捲れ上がり、緩やかな動きで四車線道路へと落ちていく。重量が無いというのは本当のようで、落下速度はその巨体に反して異様なまでに緩やかだ。奴は生意気にも、空中で身体を捻じって歩脚が下になるように着地してのけた。

 

 その瞬間。轟音と共にアスファルトが砕け、衝撃が私の足裏から背中に突き上げる。耳の奥が痺れる感覚。

 取材前の調査によって知っていたつもりではあったが、目にすると理解が追い付かない。あの巨体を誇る界異は、着地の瞬間に存在し始めた(、、、、、、)のだ。密度がどれくらいあるのかは知らないが、その仮想質量は一(トン)は下るまい。

 

 地上の祓魔師達は怯むことなく、両手持ちの銃器のような祭具を構えた。

 ――〝カラビナO R Z 90(オーアールツェット ノインツィヒ)〟。神祇庁の開発したPersonalDispelWeapon(個人携行祓魔武器)である。銃身部に備えた巻金(コイル)に高圧電流を流し、金属殻に包んだ対境界異常存在用弾体である〝杭〟をローレンツ力作用で射出する遠隔祓戦用祭具。度重なるモデルチェンジによって銃身と巻金の小型化に成功し、市街地戦適性を高めた第四世代型遠隔祭具の傑作モデルだ。

 

 数名の祓魔師が杭の弾幕を張る。注連鋼縄の結界内部は限定的に境界が曖昧となり、界異に対して物理的なダメージが期待できる他、祭具の効力も底上げされる。飛翔弾体の運動エネルギーと施された加護の作用で、界異が浄化されるまで攻撃を続けるのがこの作戦の基本方針だ。

 複雑な儀式や祝詞(スペル)を使いこなせる上級神職は数が少なく、対境界効果を個人に有する霊能力者はなお少ない。規格化された祭具と理論化された戦術による物量作戦こそ、行政機関としての境界対策課が重用する活動方針ということか。

 

 界異一号はゆっくりと上体をもたげ、三節分の歩脚を地面から離した。芋虫と百足と蟷螂の中間のような格好だ。

 絶え間なく浴びせられる弾幕に対し、細長い歩脚しか持たないこの界異は面制圧手段を持たない。計六本の歩脚が振り下ろされるが、周囲を取り囲んだ祓魔師達は鈍重な攻撃の範囲外に退避する。四車線道路の中央に降りてきた巨体は良い的だ。まるで蟻に狩られる蟷螂を見ているようだった。

 

 更に、展開した第二班による狙撃が始まった。

 彼らの得物は〝カラビナL W 2000(エルヴィー ツヴァイタウゼント)〟。有効射程約八百(メートル)の狙撃型祭具であり、長大な銃身と大型化したバッテリーパックによる高威力長射程を実現したモデルである。射出するのは全金属製の祓串(ペグ)であり、対象への攻撃狙撃の他には注連鋼縄を括り付けた祓串を射出することで遠隔結界の発動にも使用される。

 運動エネルギーと加護容量の観点から祓串の威力は高い。対象の仮想全長が巨大なのも追い風だ。

 私は油断なくカメラを構え、地上の班員による弾幕を浴びながら頭部に狙撃を受ける界異の姿を記録に収めた。

 

 最初は巨大な界異の姿に面食らっていた新米祓魔師達も落ち着きを取り戻したようで、その表情には高揚が感じられる。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 順調に祓滅が行われる、誰もがそう信じていた時だった。

 界異一号が(おもむろ)に上体を伏せ、その身体を道路の進行方向に合わせる。

 姿勢を維持できなくなったのだ。私はそう判断し、更なるシャッターチャンスを求めて輸送車両の屋上へとよじ登った。

 カメラを構えなおした瞬間、空港で耳にするような轟音が響いた。界異の姿はファインダーから消え、祓魔師達の包囲を喰い破っていた。

 

 路面が砕け、約五十(メートル)もの帯状破壊痕。その先に界異がいた。

 その傍らには数名の第一班隊員。まるで大型車両に撥ね飛ばされたように血塗れだ。タクティカル狩衣(ジャケット)によって致命傷は免れているが、戦闘を続行できる状態ではない。この界異、何らかの手段で急加速して突進したのか。

 界異の足元に、数枚の紙片が散らばっている。〝形代〟と呼ばれる、破滅を肩代わりする祭具であり祓魔師の生命線。

 ――まずい。

 

「再包囲! 攻撃再開してください!」

 

 蔵尽が慌てて声を上げるも、班員達の動きには躊躇いと怖れが見て取れる。作戦通りの定常業務が、未知の相手を討伐する()定常業務へと切り替わったのだ。

 汎用化された理論で運用される凡人達の戦いにとって、不測の事態は極めて相性が悪い。

 

 必死に這いずって戦線離脱しようとする男性班員の身体を、背中側から界異の歩脚が貫く。市街地に響く絶叫。

 仲間の悲鳴は班員達に二つの効果を齎す。即ち、竦みと怒り。

 奮い立った班員達が祭具を構えなおし、包囲と射撃を再開する。蔵尽は懐から、発煙筒のような祭具を取り出していた。

 蔵尽が手にした祭具から、界異と似たような質感の黒い煙が立ち昇る。彼女はそれを前方へと投擲した。

 

 疑似穢(ぎじえ)と呼ばれる、界異を惹きつける誘導祭具の一種である。一瞬で自身の体長以上の距離を移動した界異一号は、歩脚をせわしなく動かし百足のように道路を這い進んだかと思うと疑似穢に頭部を押し当てた。そこが口なのか。

 

 再び、隊員達による包囲銃撃と狙撃が再開される。

 しかし、班員が数名減っていることによる火力低下は無視できず、界異一号の攻撃頻度は上昇していた。加えて、また再び突進攻撃があるかもしれないという懸念が祓魔師達の攻撃を鈍らせている。

 蔵尽は指揮を続けながら自身も銃撃に参加し、打開策を探しているようだ。

 界異は声一つ上げないが、その頭部に光る梵字は人類を嘲笑っているように見えた。さっきまで壁で深呼吸してた芋虫風情が、調子に乗りやがる。

 ――深呼吸?

 私は思わず手にした機器を操作し、映像記録を巻き戻し始めた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

『本当でしょうね、それ』

「予算不足のお宅らじゃ使えない機器で映像解析した結果だ。ある程度信頼してくれていい」

『根拠の一つにします。第一班、第二班、聞こえましたね? 先の話通りに誘導をお願いします』

 

 蔵尽の指揮する班員達が、銃撃と疑似穢で界異一号を誘導し始める。

 目標は四車線道路から伸びる二車線道で、両側になるべく高いビルが建っている区画。

 第二班狙撃手がビルに配置されたことを確認し、第一班が弾幕を張る。包囲網には意図的に穴が空けてあり、その方向に界異一号が誘導されていく。まるで、昆虫が本能に従って迷路を進むように。

 時折、界異一号は立ち止まって大きく深呼吸をしている。非生物学的存在である奴らに疲労も呼吸もあろうはずがない。であれば、そこには別の目的がある。

 

 体躯にしては細すぎる二車線道に界異一号が誘導される。

 距離にして四十(メートル)先に立つのは、囮役を自ら志願した蔵尽である。

 他の第一班は散開し、界異一号が入り込めない路地へと潜り込む。第二班は、両脇のビル中腹フロアに配置された二名を除いて屋上に展開済だ。

 盤面は、整った。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 蔵尽が疑似穢を掲げ、投げ放たずにそのまま保持する。放出される煙は人の心身に対し極めて有害で、狩衣(ジャケット)越しであってもその穢れは無視できない。蔵尽の表情が苦痛に歪む。

 界異一号は梵字の頭部を蔵尽の方に向け、上体をゆっくりと伏せた。突進攻撃の準備姿勢だ。

 穢れに冒される人間は、界異の興味を惹く。原理は知らないですけど、と言いながら蔵尽が車内で語っていた話だ。

 

 界異一号が突進の準備に入ったタイミングで、ビル中腹に配置された第二班は祓串(ペグ)を発射していた。目標は界異一号ではなく、道路を挟んだお互いのビルの壁面である。向かって右の建物の二階から七階に向かって。向かって左の建物の七階から、二階に向かって。注連鋼縄(ワイヤー)を結んだ祓串が放たれ、壁面へと突き刺さった。

 紙垂に埋め込まれたLEDが、注連鋼縄の軌跡を示すように赤色の光を放つ。

 真夜中の街路に、赤色の斜十字が浮かび上がる。

 

 轟音と共に、界異一号が突進を放つ。

 その巨体は、二本の注連鋼縄によって受け止められた。

 元来の注連縄は結界を区切る祭具。交差したそれは、界異に直接干渉する糸状の壁となる。

 飛行機のジェット噴射を思わせる嘶きを放ちながら、界異一号は蜘蛛の巣に掛かった蛾のように振動している。

 

 呼吸によって取り込んだ空気を体内で圧縮し、体側に開いた無数の気門から後方に噴射して加速する。

 それがこの界異一号が行う超高速突進の絡繰だ。

 しかし、如何に高圧の空気を噴出したとして、この巨体と重量を高速で動かせるものか? その正体はもう一つの仕掛けにあった。

 映像記録を遡った私は仮説を立てていた。この界異は、突進する間だけ(、、、、、、、)自身の仮想質量を調整しているのだ。スローモーションで突進中の挙動を確認した時、重量に似合わず僅かな路面の引っ掛かりで大きく浮き上がる様が記録されていた。

 仮想質量の希薄化は、界異にとって祓撃耐性の低下(、、、、、、、)に直結する。

 

『総員、攻撃!』

『応ッ!』

 

 蔵尽が無線越しに叫ぶ。

 班員達が咆哮を上げ、無防備な界異一号にありったけの杭と祓串を叩き込む。

 界異の身体を構成している黒い塊が次第に剥がれ、水に垂らした墨汁のように溶けていく。

 集中攻撃に晒された巨体は見る影もなく萎み、境界異常反応の消失――即ち、祓滅が確認された。

 

 祓清班が到着し、結界の解体と残留境界異常の処理が始まる。

 戦闘班は一応全員無事で、若手の男性職員一名が重傷を負ったものの命に別条はないそうだ。タクティカル狩衣(ジャケット)の物理防護に助けられた形になる。

 かくして、境界対策課の祓魔師達の目標は達成された。

 時刻は、既に夜明け前を迎えている。

 

 白くなり始めた夜空を背に歩いてくる蔵尽の表情が眩しくて、私は思わずシャッターを切った。

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