【ベヘモット34柱師団】お嬢様剣士ティリエルの憂鬱 作:Nera上等兵
名誉会長がとんでもない爆弾発言で部下を振り回すのは、悪魔も同じだ。
昨晩、酷い目に遭ったティリエルは定期連絡で想像を絶する事態を知る。
《わし、団長を引退する》
「はい?」
定期通信中にベヘモット団長がいきなり団長を辞任すると発言した。
昨晩、「人間の学校に挨拶に行くから手続きよろしくな」と発言したばかりである。
あまりにも現実離れした状況にティリエル柱将は思わず不敬な返答をしてしまった。
「またまた御冗談を…」
《いや、わしは本気だぞ。ティリエルちゃん!!》
「いきなり団長を辞任されても困りますわ」
人間界で活動している間に魔界で何かあったようだ。
だからといっていきなり辞任を告げられても反応に困る。
これから聖石矢魔学園の連中と打ち合わせしないといけない多忙な時期。
更なる面倒事があると分かってしまいティリエルは任務を放棄したくなった。
《大丈夫じゃ!わしの息子が代わりに団長に就任するからのー》
「お待ちください!!あのジャバウォック…様が戻られたというのですの!?」
“狂竜”の異名を持つジャバウォックは、【大虐殺者】と王国から恐れられるほどの存在だった。
あまりにも残虐で凶暴である彼は父親であるベヘモットすら手に余ったほどだ。
故にベヘモット34柱師団を事実上永久追放されていたはずであった。
そんな彼に団長を継がれれば、公国再興を夢見るティリエルの計画が大きく狂ってしまう。
《長き放浪の末、少し落ち着いたようでな。実力以上に知見を広げたようじゃ》
「恐れ入りますが、その異名故に彼の復帰を認めない勢力や派閥が居るかと…」
《大魔王様が認めてくれたので何も心配はいらんぞ》
ここでいう大魔王が「認めた」というのは、団長就任を認めたというだけではない。
ジャバウォックに害する勢力を徹底的に叩き潰すという意味を含んでいる。
当然、ティリエルの様に不満をもつベヘモット34柱師団の構成員であったとしてもだ。
『どんな手を使ったのよこのクソジジイ!!』
ついに団長への忠誠心が0を通り越してマイナスになった彼女は憎しみすらあった。
さすがに面に向かって発言はできないので心の中だけで済ませたが。
《そうそう、わし!今日人間界に到着するからな》
「それはまたお早いお着きですわね。明らかに後任に譲る気が無いアグレッシブさですわ」
《そんな訳で出迎えをよろしく》
好き勝手言いやがってこのクソジジイ。
私の目当ては大勢が所属する邪竜族であってあんたに忠誠などないのよ。
ただでさえゴタゴタしてるのに無理難題を重ねて振って来るな!!
……と頭がどうにかなりそうな彼女は笑みを浮かべるしか…。
「お待ちください。いつ、どこで人間界に到着される予定なのでしょうか?」
そもそも、ベヘモット元団長が本日、人間界にやってくるなど初耳である。
先行で人間界に到着した34柱師団の構成員が活動しているのは分かっている。
しかし、あまりにも情報を伏せられたせいで転送先がさっぱり分からなかった。
《石矢魔高校跡地に13時頃到着する予定じゃ》
「…承知いたしましたわ」
既に聖石矢魔学園に架電しており、本日の放課後に打ち合わせをする予定であった。
なのに到着時刻ですら曖昧なせいで準備時間が大幅に削れてしまう。
大魔王は好き勝手に動くが、この元団長も好き勝手に動き過ぎる。
「……通信を切られた」
そしてまたしても通信を切られて残ったのは、疲労感と苛立ちだけであった。
『これは将来の為の下積み期間なの。信用獲得する為に必要なの』
彼女は自己暗示でこれは必要な事だと錯覚させるしかなかった。
手鏡を取り出して自分の顔を見るとかなり疲れている様子に見える。
『人間界に来てから良い事ってあったっけ』
グラフェルとヘカドスを柱将の席から蹴落とす為にティリエルは人間界にやってきた。
汚名返上できなかった2人は、柱将に戻ることは無いが、それ以上に彼女は疲弊した。
人間界にやってきて2週間ほど潜入生活を送っているが、良い事などあった事がない。
『いえ、人間との契約の経験は大きいはず』
魔力測定はしていないが、人間界で生活を送っているだけなのに魔力が上がった実感がある。
これは、悪魔が暮らしにくい人間界で暮らして負荷をかけたおかげかもしれない。
あの侍女悪魔ヒルデガルダがヘカドス柱将を圧倒したのもこの影響があると推測はできる。
『そして強化方法も明確になったわ』
悪魔が見下している人間と契約するのは、相応の利点があるからだ。
ティリエルの場合は、人間界で生活を送る為の知識と住所、人間のスパイが欲しかった。
しかし、契約者である革瀬が誤ってグラフェル柱将とも契約してしまった。
最初は困惑したが、彼のおかげで自身の強化方法を理解した。
『そう!これよ!!私が人間界で得たものは!!』
ティリエルという女悪魔は、幼少期から挫折とは無縁だった。
さすがに大魔王やその配下には実力は劣るが、それに喰らい付ける前向きさを持っている。
憂鬱な気分を吹っ飛ばした彼女は、手帳に今後の予定を記していく。
「もう、こんな時間ね」
今後の予定を記し終えて目覚まし時計を確認すると短針が10時を示している。
ストレスが大きいせいか、何かをしないと気が済まない。
『ねえ、何かご褒美は無いの?可哀そうな私に何か労わってよ』
『学校生活を送っている間は何もできん。下校後でいいか?』
『やだ、今なんかやってよ』
よってティリエルは、念波会話で授業を受けている契約者に無理難題を押し付ける。
というか、ベヘモット元団長の会話の時から彼にやり取りを聴かせていた。
『どうしろって言うんだよ…』
難題を振られた革瀬 円泰は頭がどうにかなりそうだった。
まず、学校生活で席に着いて授業を受講している。
それと同時にティリエルと元団長のやり取りを聴かせられた。
更にティリエルの心境を随時、彼の頭に直接聴かせられるというおまけ付き。
聖徳太子ではないので過剰な情報を捌ききれず頭が痛くなってしょうがない。
『聡明で美人でとっても可哀そうな境遇の私に何かご褒美は無いの?』
『戸棚に追加で買った菓子がいくつかあるので今回もそれで勘弁してください』
『しょうがないわねー。それで満足してあげるわ』
キッチンにある複数の収容棚の1つに菓子専用の戸棚がある。
本来は非常食置き場だったが、ティリエルがやって来た時からお菓子置き場になった。
餌付けだけで同居する女悪魔がストレスを勝手に発散させるならと…作られた場所。
今回もその用途を満たす事となった。
「スルメ、エビせんべい、チョコレート、ガム、のど飴、ポテトチップスか」
上機嫌で戸棚を開くと彼女のストレスを発散させる菓子群が待ち構えていた。
残念ながら上司や教師との面会予定があるので軍服に匂いが付くのは食えない。
よって彼女は、1口サイズのチョコを3個ほど口に含んで満足する事となった。
「はい次、身支度を整えて出発ね」
気分転換をしたティリエルは、歯を磨いて金髪をクシで梳かして身支度を整える。
手鏡を見て魅力的な笑顔の練習も欠かさない。
こうして外観だけならどこに出しても恥ずかしくない名家のお嬢様が完成する。
「忘れてた」
あくまで保険ではあるが、着替えを持っていく事にする。
中継地点に仕込んでおき、いざという時に変装するようにする為だ。
なにせ
それほど彼女は味方であるはずのジャバウォックを警戒していた。
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かつて全壊した石矢魔高校の校舎は8割以上完成していた。
以前と違って洋風な外観からは、不良が通う学校とは思えないほどだ。
大勢の作業員が課せられた業務をし、班長や監督者がそれを見守る。
その作業場の熱意は、騒音や落下物を防ぐ養生シートが取り外される日は近い事を知らせている。
「なるほど。木を隠すなら森の中、兵力と装備を隠すならぴったりね」
大規模な工事現場では、班だけ数十個も存在している。
ましてや人海戦術で急ピッチに建設をするなら尚更だ。
なので現場監督より上が【黒】なら人員が増えても気付かれないというわけだ。
ついでに過剰な積み荷や資材があっても部外者では絶対に違和感に気付けない。
「というか私の部下も居るし」
警備員や車両誘導員の顔ぶれに知り合いがチラホラ居た。
というよりティリエルの存在に気付いているがあえて無視されていた。
「はいそこ!工事の邪魔だからさっさと死んでくれない?」
「直属の上官に向かって発言する事じゃないわね、エレシュキガル」
ロングヘアーの銀髪に赤眼の美少女、エレシュキガル。
なお、これは彼女がこの名で呼べというので呼んでいるに過ぎない。
ヘルメットを着用した車両誘導員に化けておりティリエルの顔を見た瞬間、喧嘩を売った。
ここで内輪揉めをするのは得策ではないと判断したティリエルは軽い叱責に留めたが…。
「はあ?あんたの席なんてないってば!私が奪ってやったんだからね!」
「そうね、代行を頼んだけどここまで増長するとは予想外だわ」
調子に乗りまくる部下を見て青筋を立てたくなるティリエルは必死に堪える。
“冥界の女王”の名を騙るこいつは、事務処理なら部下で一番の能力がある。
自分が不在の間、散々お世話になったという事もあり、黙って無礼を見逃した。
「ケケッ!部下に舐められるようじゃお終いだね」
「出る杭を打たせないのが私の教育方針なのですわー」
「てめぇに用があってきたんだ。聴いてくれるよな?」
赤髪の前髪だけ金色に染めたパンク系ファッションを身に包むファバスが同僚を馬鹿にする。
同じく双剣の使い手でタッグを組む時もあるが、職務以外での関係は冷え込んでいる。
幸いにも【第6の柱】とはすぐに別れられる算段があるので、すかさずティリエルは返答をする。
「ファバス柱将、潜入工作中にベヘモット元団長の指示を受けて参りました」
「この後、
「手短に要件をお伝えして頂けると幸いです」
要約すると「忙しいから要件があるなら早くしろ」とティリエルは告げた。
「くせェんだよ!」
「え?」
「お前から人間の匂いがプンプンするんだよ!!」
そしたら同格の女から臭いと言われた。
美貌や女らしさに気を遣っているティリエルは衝撃を受けた。
確かに人間界に来た時は、悪臭に鼻が曲がりそうだった。
だが、今では慣れてしまったのかそこまで気にする事はなくなった。
『なんてこと……人間界に居すぎたせいで鼻の感覚が可笑しくなったの!?』
当然、体臭も気にしてたが、ここまで露骨に指摘されるほど匂っていたという事実。
これには彼女は内心で動揺して何とか誤魔化そうと口を開く。
「人間界に潜伏する為に人間界の石鹸や洗剤を使用しましたので…」
「おめぇの身体から人間のオスの匂いがプンプンすんだよ!!」
「は?」
「人間のオス相手に股開いて腰でも振ってたのかケケケ!!」
アニメオリジナルキャラとしてデザインされた癖に扱いが雑だったファバス。
原作でも登場しても、けばけばしい化粧と格好のせいで冷遇されていた。
ここぞとばかりに存在感を発揮するが…それがティリエルの逆鱗に触れた。
ついでに口元を抑えて笑っているエレシュキガルも同罪と言わんばりに双剣を…。
「2人共、そこまでにしなさい。それとも私の魔眼の餌食になりたいの?」
ヒートアップした応酬に待ったをかけたのは、【第23の柱】ユシエルである。
魔眼を理由に左目に眼帯を着けている美女だが、その魔眼の効果はティリエルも知らない。
ただ、本人の自信から不毛の応酬を止める事には成功した。
「ユシエル、久しぶりね。以前より魅力的になって…その美貌に嫉妬してしまうわ」
「お世辞は結構、話は聞いてる」
「さっそくで申し訳ないのですけれども案内を頼めないかしら?」
仲裁してくれたユシエルを立ててティリエルはさっさとこの場を後にしたかった。
例え彼女が中二病患者だとしても、部下と同格の双剣使いと接するよりマシだった。
「なんだティリエルも来ていたのか」
「わー!ティリエルだぁ!!ティリエル!!元気!!」
「えぇ…私は元気よ」
もたもたした結果、勤め所から軍服のコートを羽織った女柱将が出て来た。
レア度Nキャラの少女【第5の柱】エリムとバンダナを被った短剣使い【第15の柱】パミエル。
どっちも実力は未知数ではあるが、ティリエルからすればどうでもいい。
問題なのは…。
「へぇ、人間界で男を作ったんだ~。どんな男なの?アタシにも噛ませてくれないかな?」
インターバル回と言わんばかりに【第1の柱】アギエルも「男」と聞いて嗅ぎ付けて来た。
これには、話しかけられたティリエルはおろか他の女柱将もうんざりする。
もっとも嫌われている女柱将がアギエルで次点がティリエルであった。
それほどの問題児がウキウキとしてティリエルの彼氏を聞き出そうと纏わりつく。
「ティリエル!!ティリエル~?あんたみたいな女を受け入れる男ってどんな奴?」
「ティリエル、ティリエルうっさいわね!どれだけ私の名を出せば気が済むの!?」
ティリエルの名が出過ぎてゲシュタルト崩壊しかけた彼女は本音を述べる。
それが本性を暴露したと言わんばかりにアギエルは満面の笑みを浮かべた。
「ほらすぐに本性を出す。ホント、あんたを選ぶ男なんて信じられないなー」
「そうね、貴女は口説かれた事がないですものね」
「ピシッ」と亀裂が入る音と共に女柱将たちからの殺意が感じられた。
一番男受けするのはティリエルだが、その性格の悪さで損している。
しかし、ユシエルを除く女柱将は口説かれた事すらないのだ。
何気なく放ったティリエルの一言は、鋭利な刃物となって彼女達の急所を貫いた。
「お前たち、いつまで雑談しているつもりだ?私が短気なのは知っているだろ?」
工事現場の物音すら隠しきれない乱闘の発生を抑えたのはヴリトラ柱爵である。
無表情だが、意外とお茶目の彼女は、気分を害しそうな女柱将の喧嘩を仲裁した。
ユシエルも彼女の部下であり、その実力は女柱将が束になっても撃退できるほど。
なのでいつもと違って殺意を放つ柱爵によってひとまず波乱の火種は去った。
「ティリエル、ユシエル。私に付いてきな」
ヴリトラ柱爵の命令で女悪魔の2名は彼女の背後に付いて歩みを進めていく。
ようやく問題事から解放…されてないティリエルは対策を練ろうと計略を巡らせる。
『よっぽど私が手柄を挙げ続けるのが面白くないみたいね』
傲慢な彼女は自分に嫉妬していると勘違いし、どうやって白熱した関係を鎮静させるか。
契約者の存在を伏せたいのでどう誤魔化そうかと考えていた。
「ティリエル、前と変わったね」
「え?それは悪魔らしくないという事でしょうか?」
「大分丸くなったと感じる。私の気のせいかもしれないけど」
どうやらヴリトラ柱爵はティリエルに好印象をもちつつあるようだ。
この好機を逃す手はない。
「えぇ、人間と交渉したり共に行動する機会が多かったので…」
「それはきっと貴女の成長に繋がるはず、引き続き頑張りなさい」
「ありがとうございます。引き続き精進してまいりますわ」
無言で頷き上官の意見を肯定するユシエルを見たティリエル。
いっそ、この班に転属願いを出そうかと考えつつある。
部下は生意気、同格の女にはマークされる、名誉団長は事実上のパワハラ。
直属の上官であるレイミア副団長に至っては、明らかに自分に仕事を振り過ぎている。
故に隣の芝生は青く見える現象に引っ掛かりつつあった。
「ヴリトラ柱爵、不敬ながらもお願いがございます」
「なに?」
「近々ベヘモット元団長が人間界の学校に訪問される予定なのですが…」
「が?」
「ヴリトラ柱爵も護衛として同行して頂きたいのですけどよろしいでしょうか?」
ベヘモット団長を1人で学校に行かせるわけにはいかない。
なので護衛を選定しないといけないが、柱将未満は足手まといだ。
だからと言って柱将以上は慢心しており、いちいち人間を馬鹿にするだろう。
なので比較的、穏健派のヴリトラ柱爵に護衛を頼み込んだ。
「ベヘモット様の為ならやるよ」
「心強いお言葉、感謝いたしますわ。これで
というのは建前でティリエルは柱爵を
明らかに彼は警戒していたし、相応の戦力を用意していると推測はできた。
なので自分に飛び火する前に盾となる存在が欲しかったのだ。
「着いたよ」
「ここは…体育館の建設現場?」
「そうだ、アレが来るから土台工事しかできなかった」
「アレ?」
案内された先は地盤を固めた工事現場だった。
「体育館建設予定地」と書かれた看板がなかったらこの場所を把握できなかった。
そう思えるほど何かを覆い隠す様な養生シートとそれを固定する土台くらいしかない。
事情を知る柱爵の言動から推測するに魔界から大型魔獣を連れてくるようである。
「それでもこの敷地では小さく見えますが…」
「入って見れば分かる」
しかし、体育館ほどの大きさは広いようで大型魔獣を飼育するには狭すぎる。
北海道とは言わないが、ホグ〇ーツ魔法魔術学校の敷地くらいは必要である。
その疑問は、建設中の建物に入ると解消される事となった。
「これは結界?いえ空間拡張!?」
明らかに外部に見えていた建造物の広さではない。
視線の先に壁があるはずなのだが、一切見えなかった。
結界で類似の空間を作れるが、そもそもこれは空間自体を弄っていると分かる。
「【転送玉】を使って空間を拡張した」
「そうですわよね。これほどの空間拡張は次元転送悪魔では不可能ですものね」
ヴリトラ柱爵が簡潔な説明をしただけでティリエルは理解した。
最初に彼女は、大魔王に匹敵する次元転送悪魔がこの空間を作ったのかと疑問に思っていた。
次元転送悪魔は、空間を弄れる力もあるがここまで空間は拡張できない。
次元転送悪魔でも別格な実力者であるヨルダですらマンションの一室を弄る事しかできなかった。
最低でも10平方㎞ありそうなこの空間は、転送玉を使ったと思えば合点は行くというもの。
「そろそろ次元転送されてくるよ。身支度は整えた?」
「お気遣いありがとうございますわ。問題ありません」
そして次元転送の時刻を迎えた時、空間に異変が発生した。
大規模な黒色の竜巻が発生したかと思うほどの魔力の流れ。
その中に上級悪魔であるティリエルすら怯えさせるほどの存在がそこに居た。
「きた」
「……って“グランドバハムート”じゃない!?こんなの連れて来たの!?」
魔力が晴れるとそこには、超巨大な魔獣が佇んでいた。
思わずティリエルは、そのドラゴンの名を出す。
“グランドバハムート”は、邪竜族と同じ先祖から派生したドラゴンである。
人間界で例えると哺乳類の先祖から人間とクジラに分岐した別種族となる。
しかし、ティリエルが驚いた理由は凶暴なドラゴンだからというわけではない。
『人間界で隠しきれないわよ!?』
さすがに全長50m級の翼竜など隠しきれない。
むしろどうやって無関係の工事作業者に隠そうと考えているのか疑問があるほどだ。
空間を弄ってるので居住空間は確保できているが、餌とか運動とか疑問点はいくらでもある。
また、体育館自体は建設されるのでいつまでもこの空間を確保できないのもある。
こんな巨大な魔獣が上空に羽ばたけば全世界に注目されるだろうし、発見された時点で…。
「大丈夫じゃ。結界魔法のおかげで存在を誤魔化せておる」
その疑問を解決する様に発言したのは、ドラゴンの背から降りたベヘモット元団長である。
続いてドラゴンの背から降りて来る一行にティリエルは着目する。
一目見てジャバウォックと推測できるほど凶暴な面をした赤髪の大男がいた。
なんならグランドバハムートより怖いまである。
「いえ、巨体を満足させる獲物など人間界に存在しないと思いまして…」
ドラゴンは強大であり知能も高く記憶を劣化させず不老に近い。
その中でもグランドバハムートは、ドラゴン族の中でひときわ存在感を放っていた。
同じご先祖を持つ邪竜族すら捕食し、同格のドラゴンを絶滅寸前に追い詰めたほどだ。
だが、力と知力を求めて進化したグランドバハムートが魔界で覇権を握ったのは1年もない。
『最終的に“ヴラドの魔境”の最深部に追い込まれたと聴いていたけど…』
何故、上級悪魔が人型が多いのかというと生存競争で有利だったからだ。
貯財する性質に目を付けた盗賊や傲慢と図体で無駄に作った挑戦者、敵対魔族。
それらを相手し続けたバハムートは絶滅寸前まで追い詰められた。
皮肉にも非力と馬鹿にしていた邪竜族は小柄の肉体と投擲と繁殖能力で成り上がった。
ついには、魔界の歴史上で初の建国をなり遂げて上級魔族の3割を占めるほどになる。
「ソドムの餌を気にするとは中々やるな」
「武力以外でそのようなお褒めに預かり光栄ですわ」
噂で聞いていたよりジャバウォックは友好的に見える。
しかし、油断はできない。
次元転送で疲れ切って座り込んでいる次元転送悪魔のヨルダを見れば明らかだ。
「この子がティリエルちゃんじゃ!!人間界で斥候をしている分、誰よりも人間界に詳しいぞ」
「ほう?
「もちろんじゃよ。分からない点は彼女に訊くと良いじゃろ」
好き放題発言するベヘモットにティリエルは本気で殴り倒したくなった。
何故かって?
答えは単純明快、火を見るよりも明らか、自然の摂理。
「って事は、こいつに付いて行けば
「グオオオオオオオオオ!!!」
「そうか、ソドムも行きたいか!!そうだよな!!こんな楽しい事なんてねぇしなァ!!」
指を鳴らして嬉しそうに発言するジャバウォックに対し、ティリエルの気分は最悪となった。
【全面戦争】の文字しか頭に浮かばず、聖石矢魔学園と交渉する時に使う問答が白紙となった。
『パトラッシュ…私、疲れたわ。もうゴールしてもいいわよね?』
聖石矢魔学園の視察団メンバー
ベヘモット元団長
ヴリトラ柱爵
ジャバウォック団長←NEW!
グランドバハムート←NEW!
問題しか起こらないようなメンバー構成を頭に思い浮かべた瞬間。
ティリエルの意識は、遥か上空にあるであろう天国に到着したような錯覚がした。
悪魔なのに天国を夢見るとは不思議ではあるが、ペットのパトラッシュと逢えた気がした。
「パトラッシュ!!私どうすればいいの!?」
「知らんがな。さっさと現世に帰れ」
天に召された人面犬のパトラッシュに質問を投げかけた所、無慈悲な返答が来た。
あまりにも理不尽過ぎてティリエルは…。
「さっそく行こうではないか!!」
ベヘモット元団長の発言を聴いて現世に意識を戻した。
「お待ちください!!まだ交渉の最中ですわ!!」
「あの禅十郎にドッキリを仕掛けたいのじゃ!驚く顔が目に見えるわい!」
「軽いノリで全面戦争を仕掛けるような真似は、おやめくださいませ!!」
「ハハハハッ!ちょうどいい!!やってやろうじゃねぇか!!」
「ちょっくらコンビニ行って来る」のノリで勤め先の重役が学校で暴れようとしている。
危機感を抱いたティリエルは卓越した弁舌で説得を試みて辛うじて大惨事が発生する事は免れた。
しかし、明日か明後日に聖石矢魔学園にお邪魔をするという惨事は避ける事はできなかった。
僅か2時間後に聖石矢魔高校の校長、石動 源磨という下級悪魔の混血と交渉する彼女の姿は…。
客先と勤め先で板挟みを喰らった哀れな中間管理職のように見えた。