【ベヘモット34柱師団】お嬢様剣士ティリエルの憂鬱 作:Nera上等兵
歴戦の猛者たちが女悪魔と対峙して交戦する気満々であった。
その強敵3人を相手して勝てるなどティリエルは思っていない。
なので話術で時間を稼ぎながら周囲を伺う事にした。
「あらあら皆さま、そんな殺気立たれたら素敵なお顔が台無しですわよ」
スリッパを床に置いてティリエルはゆっくりと双剣を鞘から抜剣し、構えた。
和服を纏う剣士の近くには大きな給水タンクが1つ、他に障害物は見受けられない。
さっきまでベヘモットの傍に居たので出口に辿り着くまでに攻撃を受けるだろう。
柵を乗り越えて落下すれば、空中戦を得意とする
「…っ!?これは…“
「ほう?良く勉強していることで」
「こう見えても王立士官学校を首席で卒業してましてよ。この程度なら分かりますわ」
いざ、動こうとするがティリエルは一切動く事ができなかった。
初めての出来事で衝撃を受けるが、何が起こったかは予想は付いた。
「紋章使い相手に
彼女は技名を述べると早乙女禅十郎から褒められたが全然嬉しくなかった。
「で?情報を吐く気は?」
「そんな容易く情報を吐くなら“柱将”の地位に就いておりませんわ」
早乙女禅十郎としてもこの程度で情報を吐くとは思っていない。
ベヘモットを護衛する女悪魔たちと違って彼女だけ可笑しな点が見受けられる。
どちらかというと、彼はそっちの方が気になっていた。
「お前、なんで魔力を放出しない」
「逆に居場所を感知される無様な真似を私がすると思いまして?」
悪魔の戦闘は魔力が高い方が勝つ。
もちろん、体術や剣技なども重要だが魔力が多いほど強くなるのが悪魔の特徴だ。
しかし、ティリエルは一切魔力を放っておらず人間の気配しか感じられなかった。
さきほどの問答で魔力を放たない理由が判明したが、まだ疑問点があった。
『何故、追い詰められたのに魔力を解放しない?なんかあるのか?』
あくまで魔力を放出すれば居場所がバレるのであってここでは使うべき状況だ。
縛紋を抜けようとするならば、必ず魔力を使用しないといけない。
なのに技を把握してもなお、魔力を使う気が無い斥候に早乙女は違和感を覚えていた。
「禅十郎、ベヘモットの気配が消えた。追跡は不可能じゃ」
「クソッタレ!そういう事か!!」
邦枝爺さんの報告を聴いてようやく早乙女は、斥候に嵌められたと知った。
すぐさまドラゴンに乗り込んだ男鹿を追うつもりが何故か取り残された斥候に注意を引かれた。
その結果、全員が彼女に釘付けされている間に敵主力は戦線離脱をできたというわけだ。
「嬢ちゃん大人しくしろよ!」
「うっせぇわ!!」
「うおっ!?」
急いで彼女を拘束しようと接近すると魔力も使わずに女斥候は縛紋から抜け出して双剣を振るう。
その原因が脳内に浮かんだ次回予告風死亡フラグのせいだと理解できるわけがなかった。
しかも、魔力を使用せずに縛紋を脱出できたので明らかに隠し玉がある。
さっきと違って殺意剥き出しの彼女を見て警戒するしかない。
「しゃあねぇ、ちょっと痛い目に遭ってもらうか “
目の前に5個の紋章、最後は斥候の後ろに出現させて早乙女は紋章を潜り抜けた。
すると一瞬で彼女の後方に回った彼は押し倒して拘束しようとと両手を伸ばすと…。
むにゅ…と弾力性がある柔らかな双丘に触れてしまった。
「……す、すま「きゃあああああ変態!!」ほげえええ!!」
これではおっぱい大好きなセクハラ教師になってしまうという考えがあったのか。
素直に謝った禅十郎であるが、ティリエルの裏拳が左頬を直撃しぶっ飛んだ。
「じ、爺さん、なんで…」
「今のはおぬしが悪い」
「同感じゃ」
左頬が凹んだ早乙女は涙目で仲間が自分を助けなかった理由を問うが…。
聖石矢魔学園の学園長、石動源磨はさすがに今のは早乙女が悪いと告げる。
それに邦枝一刀斎に同調した。
「日頃の行ないって大事だよねー」というのを再認識する事故であった。
もちろん、この事故はティリエルが仕込んだものである。
絶対に拘束しに接近すると理解しているのでわざとセクハラを受ける体勢にしていたのだ。
「“
「む!?」
セクハラ親父と化した早乙女に呆れた邦枝であったが、すぐさま不意打ちに対応した。
暴風雨のような斬撃の嵐を一閃の太刀筋だけで全て受け流す。
が、給水タンクに斬撃が命中し、亀裂が自重に耐え切れず破裂した。
「ぬおおおおっ!?」
その結果、自重で噴出した放水が邦枝一刀斎を襲い、彼を屋上から落とす結果となった。
すぐに石動学園長がティリエルを殴打しようと拳を振り上げるが早乙女の方が早かった。
復帰したと同時に紋章を右拳に出現し、彼女を殴り倒そうとした。
「いや!?やめてぇええ!!」
瞼を閉じて無防備になった彼女の悲鳴を聞いて一瞬だけ早乙女の動きが止まった。
その隙を見逃すわけも無くティリエルは彼の股間を蹴っ飛ばす。
あざとさと可憐な姿を武器にする狡猾な女悪魔にとって好都合すぎる相手過ぎたのだ。
「はう!!」
急所を蹴られた無精ひげのおっさんは、膝を床に付けて悶絶してしまった。
その背後に筋肉ムキムキマッチョマンの爺さんの拳が迫っているにも関わらず。
「ぐはっ!?」
ありったけの土砂を乗せたダンプカーが高速道路の遮音壁に激突する様な衝撃が早乙女を襲う。
急所を蹴られて両手を抑えて悶絶する無防備な状態では、さすがの“大戦の覇者”もきつかった。
ちゃっかりおっさんを盾にしたティリエルは、さっさと柵を越えて飛び降りた。
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「ねぇねぇ最近、男鹿さんと逢いに行ってないよね」
「うるせー」
黒髪のツインテールがチャームポイントの天然娘に指摘された金髪生徒は苦言を呈する。
かつて彼は、模範的な生徒であったが、いわゆる不良に憧れるという一過性状態の青年である。
いろいろあって石矢魔高校の頂点に上り詰めた男鹿辰巳の舎弟となったが、最近では接点がない。
それは、不良という生き方に憧れはあるが、感性は常人だったというのが大きい。
「だって、逢いに行こうとすると【六騎聖】や他の不良に邪魔されるし…」
「でも、無理やり逢いに行く事だってできるじゃないの?」
「なんで梓は、そこまで気にするんだよ…」
「最近、面白い事が起きてないから!!」
山村和也が不良になろうと決意したのは目の前に居る幼馴染を守りたいからだ。
模範的な生徒で居ても、理不尽な暴力や展開はいくらでもこの石矢魔では襲って来る。
なので石矢魔でトップの不良に弟子入りすれば、素人の自分でも強くなれると思った。
『男鹿さんによると舐められないのが一番の極意っていうけどな…』
ちょこちょこ特訓してもらって山村は少し強くなったと実感している。
なのでもう少し修行に手伝ってもらいたいのだが、男鹿本人がかなり忙しいのか逢えていない。
そのせいなのか、藤崎梓からの疑問に対して彼はあまり返答する気になれなかった。
『確かに…ちょっと刺激的な事が起きて欲しいな』
せっかく強くなったのに彼はそれを生かせないのに少しだけ憤りがあった。
もちろん、何事もないのが一番なのだが、その感性のままでは不良にはならない。
『そこの窓からテロリストが突入してこないかなー』
男子生徒なら一度は発病する【テロリストが学校を襲撃する光景】を思い浮かべた。
特殊部隊みたいに窓を蹴破って突入する不審者を前にして何とか場を切り抜ける自分の姿。
なんだかんだで丸く収まって梓と少しだけ仲良くなるという甘酸っぱいラブコメ展開。
昼休みという少しだけ長い休憩の合間に妄想するくらいなら誰にでもある事であった。
『ん?』
そんな妄想を現実するかのように山本の後方にあった窓ガラスが派手に割れた。
幸いにも昼休みという事もあり、人が少なかったおかげでガラスの破片で負傷者は出なかった。
その派手な事件を引き起こした本人は、そのまま教室内に侵入し、出口を目指して駆け出した。
「なんだ!?」
目の前に隕石が落下するようなあり得ない光景に山本はパニックになるが、更に事件は発生する。
「待たんかい!!」
すぐさま何故かびしょ濡れになった和服を纏う爺さんが乗り込んできた。
日本刀らしきものを構えて殺意剥き出して先行してきた突入者を睨む。
先客となった黒色のジャケットを羽織ったミニスカニーハイ女子は怒声で浴びながら退室した。
「おのれ!!」
放水のせいで校庭に落ちた邦枝一刀斎は跳んで屋上に戻る途中に敵が落下する姿を目撃!
一度、屋上に辿り着いて柵を蹴って戻ると窓を蹴り破って女悪魔が校舎に侵入する姿が見えた!
空気を蹴って割れた窓から突入すると後ろ姿がチラリと見えたが、すぐに姿をくらました。
ベヘモット配下でも最精鋭と思われる斥候に翻弄される自分に苛立ちつつ追跡を開始する。
「な、なんだったんだ…」
そんな事情など露知らない山本は呆然と金髪女と爺さんを見送るしかできなかった。
他に居たクラスメートは机の下に隠れたり、教室に隅に寄ったりしていた。
そんな中で天然な女の子がこんな面白い出来事を見逃すわけがなかった。
「おもしろそー!待ってー!!」
「おい梓!戻ってこい!!…クソ!!」
事件の匂いしかしない2人に興味を持った藤崎梓はすぐに後を追うように退室した。
幼馴染の制止の声さえ聞こえないほど夢中だったようで動きに迷いはない。
とっさに行動できなかった山村和也は、急いで彼女の後を追いかけた。
「ああああ!!退きなさい!!退けえええ!!」
必死の逃走をするティリエルだったが、後者に突入して1分も経たずに捕まりそうになっていた。
100m走で8秒切るほどの実力である彼女は、人間の老人に追いつかれるなど想像してなかった。
そのせいで必死に大声を出して障害物をできるだけ事前に排除するしか手がなかった。
「うお!?」
お坊ちゃんやお嬢ちゃん学園と称される聖石矢魔学園で廊下を走る者は居ない。
いつも通りにプリントを抱えて教師が教室から出てきたのを目撃したティリエルに迷いはない。
双剣を真上に放り投げたと同時に勢いよく床を踏んで教師の両肩に着手!
身体を捻り教師の頭との衝突を回避してパンチラも気にせずに脚を伸ばしてそのまま側転した。
いわゆる、跳び箱の技の1つである側方倒立回転を披露したが、それで終わるわけがない。
『“
『心月流抜刀術 壱式――“破岩菊一文字”』
視界を覆い尽くすようにプリント、驚愕する教師、殺意剥き出しの剣客。
両肩から手を離した同時に双剣の柄を掴んだ彼女は踵を返して死角から2つの斬撃を繰り出した!
その動きすら敵に読まれていたが、それは想定内である。
絶対に勝ち目がないのはティリエル本人が一番分かっている。
「む!?」
すれ違いで発生した戦闘でティリエルの双剣は一瞬で粉砕され刃の破片が辺りに散らばった。
それらは空中に舞うプリントに混ざって無関係の教師に降り注ごうとする。
急いで邦枝は棟で破片を弾き返すが、その隙にティリエルはそのまま逃走した。
たった5秒間の戦闘であったが、圧倒的な実力差を垣間見える状況だった。
『
邦枝一刀斎は、女斥候の動きに激怒し再び追撃を開始した。
しかし、これこそ彼女の思うつぼだとはこの時点で理解できていなかった。
「助けてくださいませ!!日本刀を振り回すストーカー爺さんに追われているんですわ!!」
同じ不審者でも凄い形相で逃走する女と日本刀を振り回す爺さんでは扱いが変わる。
「集団ストーカーに襲われてます」と妄想を告げる統合失調症患者と違って現実なら尚更である。
あっさりと得物を捨てたティリエルは、自分が被害者のように振舞って逃走をしていた。
さきほどやらなかったのは、わざと挑発させて相手の動きを過激化する為であった。
「ティリエルさん探しましたヨ!一体何を…」
「ストーカージジイに襲われてます!!助けて!!」
この騒動で駆けつけて来た【六騎聖】の3名を見てティリエルは素直に助けを求めた。
榊光輝や三木久也はともかくアレックス生徒会長は短時間とはいえ交流した縁が大きいのだろう。
「ご老人を止めまショウ!!」
「ああ、あの爺さんやべーぞ!!」
「萌えを守る」
校長先生との面会予定を交渉した女性が傷害事件に巻き込まれる異常事態だと判断!
同じ客人でも殺意剥き出しの邦枝一刀斎を見て双拳を構えて立ち塞がった。
竹光を構える剣道部主将と空手部のエースもそれに従った。
「退かんかい!!」
「「「ぎゃああああああ!!」」」
なお、悪魔に蹴散らされる程度の実力では足止めは役不足であった。
あっさりと瞬殺された3人は、床に転がり邦枝はティリエルの後を追う。
「手加減なしなの!?」
少しは大人しくなるかと思ったティリエルの目論見は外れた。
が、これは彼女の予想してなかった事態を招く事になる。
「きゃああああああああああ!!!」
「逃げろおおお!!」
六騎聖というのは、学園内の治安と模範を守る6名の実力者を指す。
なので彼らに危害を与えたとなれば学園にとって【敵】である。
六騎聖の3名が瞬殺をされてパニックになった生徒たちは悲鳴をあげたり教室に逃げ込み始めた。
「くっ、ここまでか!」
さすがに学園の生徒に手を出したとなれば言い訳はできない。
ガラケーで自分を通報する生徒を目撃した邦枝一刀斎は、刃を鞘に納めて立ち止まった。
またしても斥候の目論見に引っ掛かったと分かった彼は大人しくするしかできない。
『急に追ってこなくなった?これって罠?』
そしてティリエルも急に追って来なくなったせいで逆に疑心暗鬼となった。
このまま進めば、紋章使いの仕掛けた罠に引っ掛かると考えてしまうほどには…。
学園サイドは意図していなかったが、その考えは当たる事となる。
「ちょっと待ちい」
「はい、なんでしょうか?」
六騎聖最強にして空手部部長兼生徒会長
無害なフリをして返答するティリエルは彼と面識自体はなかったが、存在は知っている。
『グラフェルにボコられていた奴じゃない…ああ、そういう事ね』
気配は隠しているが、微かな魔力が放つ彼を見てティリエルは思い出した。
人間界に来た時にグラフェル柱将にボコられていた下級悪魔の混血種がそこに居る。
つまり、悪魔という存在に気付いており、そしてどんな奴らか知っているという事だ。
「君、悪魔やろ?」
「そうね、だからどうしたの?」
「ここを通すわけにはいかんのや!」
当然、ベヘモット34柱師団の軍服を知っているわけで彼女はあっさりと正体をバラした。
それと同時に湧き上がる魔力を見て以前より強くなっていると分かる。
少なくとも人間界で展開する柱将未満の兵士では束になっても勝てないように感じられた。
あくまでティリエル基準で考えればの話ではあるが。
「ご立派ですこと、その熱意を勉学や受験に費やしては如何かしら?」
「それが君らのせいでできん言っとるやないか!」
「安心しなさい。私たちの狙いは男鹿辰巳、それと古市っていう青年くらいよ」
「ああ、だから譲れんのや!」
「あっそ」
さすがにここまで魔力を放出されれば異変に気付かれる。
必死にティリエルは敵意が無い事を示すが無駄足だった。
「前のワイとは違うで!今度「だから人間は馬鹿なのよ」ぐはっ!?」
真面目そうな空手部部長が発言に専念している隙にデコピンでぶっ飛ばした。
人間の血のおかげで本来の実力を発揮できるとはいえ所詮、人間よりの存在。
哀れな生徒会長は壁に減り込んでそのままオブジェの1つとなった。
「ここか!!出馬君!?大丈夫かね!?」
魔力で居場所を感知した石動学園長は現場に急行するとそこに被害者が居た。
無謀な勝負に挑むと判断し、六騎聖には事情を伝えなかった弊害がここで出てしまった。
聖石矢魔学園で最強の生徒が歯が立たないのであれば、他のメンバーは噛ませにもならない。
なので校長自体の判断を責める事はできないだろう。
「おのれベヘモット」
悔やむ暇も無く急いで出馬要を壁から引き抜こうと力を入れる。
あまりにもあっさりと瞬殺された彼だが弱くない。
人間と混血しているので人間界で本気を出せる数少ない悪魔の1人であるのだ。
ただ、いくら本気を出せると言っても少しだけレベリングした低種族値では荷が重い。
200族のポ〇モンのレベルを50にしてもレベル40の600族に勝てないと同じ理屈である。
『どうやって逃げよう…』
一方、ティリエルも女子トイレに籠って動けない状態となった。
男子が女子トイレに侵入すると犯罪理論によりひとまず安全が確保された。
だからといって長居もできずに状況を打開する案を考えていた。
『どれもダメね』
ティリエルはいくつか作戦を練ったが即座に否定した。
人質作戦はまず上手くいかない。
入れ替わり作戦も替え玉が用意できない。
協力者もこの場に居ないし、居ても役に立たない。
救援が来る見込みもなく個室トイレに籠城するのも無理がある。
「ん?」
両手で頭を抱えているティリエルの元に足音が近づいて来ていた。
一瞬敵だと思ったが、自分相手ではあの3人しか相手にならない。
なので女子トイレに侵入するはずないし、教師という都合上、生徒を囮にするわけがない。
「おっかしいなーこの辺に逃げたんだと思ったんだけど」
前言撤回、完全に女子生徒が自分を捜索している。
あまりの間抜けさにティリエルはずっこけそうになるが、何とか堪えた。
「ああ、ここだ!おーい!居るんでしょ!!」
ティリエルが女子トイレに逃げ込むのを偶然見かけた藤崎梓は臆さずに進んだ。
そして一室だけ鍵が閉まっているのを見て普通に挨拶をした。
「不審者相手に何してるの?あんた馬鹿?」
「なんか面白そうだと思ってここに来たのー!」
「普通は、先生に報告するのが先でしょ」
「でも面白そうだから」
「はぁー、親御さんや先生方は何を考えているのかしら」
あまりにも天然過ぎる発言に思わず扉を開けたティリエルは女子生徒に叱責した。
見下す事が大好きな彼女であっても、さすがにこのアホを馬鹿にする事はできなかった。
それほど無防備過ぎて他人であるはずの彼女の未来に不安を覚えたのだ。
「ねぇ、逃げたいんでしょ?」
「それはそう。でも逃げ切れる手段がないわ」
「私が手伝ってあげるよ」
「あんた馬鹿?」
追われている立場を忘れて素直にツッコミを入れるティリエルは脱力しつつある。
冗談抜きでこいつを教師に向かって放り込んでお説教したくらいに感じていた。
…とここまで考えて『何で私がこいつの心配しないといけないのよ』と無限ループしていた。
「着ぐるみを持ってきたんだ!これで逃げられるよ」
「貴女の気持ちはありがたく受け取っておくわ。でも、これは目立ちすぎるわよ」
梓が出したのは、ドラえ○んのパクリキャラであるラリえもんの着ぐるみであった。
若者の薬物乱用を阻止する為に教育テレビで放映された番組のキャラなのだが…。
「小○館に謝れよ」と誰もが思ったのか、あっさりと新キャラに出番を奪われた存在だった。
「というか、どっから持ってきたのそれ?」
「畑山先輩の持ち物です!」
「その畑山先輩に返してきなさいよ。下手すれば窃盗罪に問われるわよ?」
「大丈夫、後で返して謝れば許してくれると思うよ」
何故か胸を張って窃盗をしたと自白した梓にティリエルは頭が痛くなった。
もう、逃げるのは止めて「お宅の学校の教育はどうなってるの?」と説教したいくらいだ。
「そもそもそんな着ぐるみを着て歩いていたら目立つでしょ!」
「畑山先輩はいつもコレを着て登校しているよ」
段々、畑山先輩について問いたくなるがティリエルは必死に我慢した。
余談であるが、畑山先輩は元バレー部の部長である。
彼自身は、3年間インターハイで優秀な成績を収めた優等生であった。
しかし、石矢魔高校とのバレー対決となった六騎聖の練習試合に参加したのが運の尽きだった。
「燃え尽きたぜ…真っ白にな…」
大敗した結果、何故か若きボクサーが死闘の果てに呟いた発言を引用し、撃沈。
精神的に追い詰められた彼は人生を思い返して自分を強者と偽り続けたと自覚。
その傲慢さが大敗をした原因だと判断し、彼は着ぐるみを着るようになった。
彼曰く、「新しい自分と向き合う事で前に進もうと思った」とのことである。
古市がこの話を聴いたら「この展開、居る?」とツッコミが入るが、ここでは必要である。
「じゃあ、なんで脱いでるのよ」
「だって5時間目は体育だから!」
「ああ、分かったわよ着ればいいんでしょ!着れば!!」
そんな事情など知らないが、ティリエルは承諾するしかなかった。
そうしないとこの天然娘がどんな事をやらかすのか不安だったからだ。
なにより自分が着る事で窃盗したのは「自分」と話せる根拠が出来るのは大きい。
「くっさ!!」
思春期の男子生徒が着ていた着ぐるみはめっちゃ臭かった。
「教えはどうなってんだ。教えは!」ならぬ「校則はどうなってんだ。校則は!」じゃなかった。
一応、優等生を輩出する学園がこんな着ぐるみを着用する生徒を放置して良いのか疑問だった。
だが、学校説明を受けたティリエルは【六騎聖】の組織が設立された経緯自体が異常と判断。
不良がいくらでも獲れる石矢魔では、特に意味など考えない事にした。
「おー!似合ってるよラリえもん!!」
「ホントにこれでバレないの?」
「大丈夫、大丈夫!!」
「どこでこれを返せばいいの?」
「学校に郵送すれば良いと思うよ」
そう、深く考えない事にした。
そうしないと自分も頭がおかしくなりそうだから。
『うー最悪…』
皆さまは3Kという言葉をご存じだろうか。
「きつい・汚い・危険」の頭文字を表現した言葉である。
肉体的にきつい、汚れが避けられない、人体に危険な環境と…。
一般的なイメージ通り、労働環境が悪いと表現される時に使うものだ。
『いっそ捕まった方がマシだったかも…』
ティリエルの場合は更に3つのKがくっつく事となった。
「臭い、苦しい、痒い」と追加された為、彼女は投降した方がましだと考え出すほどだった。
現に息苦しいのに臭くて死にそうなのに身体中が痒くてしょうがないのだ。
しかし、さきほどの戦闘で絶対に許されないのは確定しているので最後まで足掻く事にした。
「おい、学園長!不審な着ぐるみが校門を出ようとしているぞ」
当然、監視をしていた早乙女禅十郎に気付かれる事となった。
「あれは畑山じゃの。害はないからほっとけばいい」
「おいおい、明らかに不審者だろ?一度確認した方がいいだろ」
ところが、石矢魔学園の石動学園長は放置するように命じた。
これには早乙女が納得できずに反論をする。
「じゃあ、あの生徒はなんじゃ?ごはんくんの着ぐるみを着ているようじゃが?」
「あの馬鹿!!なんでバイト先の着ぐるみ着て登校してるんだ!?」
しかし、『ごはんくん』というヒーローの着ぐるみで登校している人物が目に入った。
こんな事するのは、バイト大好きでお馴染みの東条英虎くらいしかいない。
これのせいで早乙女も強く言えず、先に彼を叱る必要が出てきた。
「……パトカーが来たぞ」
「やれやれ、一刀斎の擁護をしないといけないのう…」
「じゃあ、オレはどうする?」
「そこで見張ってくれ。異常があればすぐに駆けつけるからのう」
こうして石動学園長は、抜刀して暴れ回った邦枝一刀斎を警察に擁護する為に席を外した。
そして校内に存在しない女悪魔を警戒し、早乙女禅十郎はずっと監視を続けるのであった。
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「これでよし」
路地裏にあるごみ収集箱の隙間にバックが隠されている。
この中には、姫川のマンションで着用していたスポーティファンションの服が入っていた。
事前にティリエルは仕込んでおいた着替えをし、着ぐるみをバックに仕舞った。
「うえー。やっぱ臭い…」
いくら着替えの香りで誤魔化されているとはいえ少しだけに匂っている現状は彼女を苦しめた。
ジャージのフードを羽織って頭髪に着いた匂いを誤魔化すが、それでも限度がある。
さっさと入浴して着替えたいティリエルは警戒しつつも帰路に着いた。
『警察の目を掻い潜った自信はあるけどもう一回手を打とうかしらね』
既に停電させて防犯カメラを機能停止したとはいえ油断できない。
真っ先にあの日本刀を持った爺さんが警察にマークされるとはいえ自分も例外ではない。
姫川マンション爆発事件で警察の有能さを理解したティリエルには念入りに証拠を消していた。
さきほど枯れかかった大木が電線に倒れるように仕向けた彼女は再度細工する事にした。
「え?」
近くにあった変電所の敷地に入ろうとすると彼女は予期せぬ存在と遭遇する。
『第二王子!?うそ、なんでこんな所に!?』
緑の短髪でオチンチン丸出しの全裸が印象的な赤子。
カイゼル・デ・エンペラーナ・ベルゼバブ4世、略してベル坊が柵の手前に居た。
目元に泣いた痕が見えるが、それよりも何だか切羽詰まった顔をしていた。
「ダー!ダー!!」
そんな時、ティリエルの姿を目撃したベル坊が彼女の気を惹こうと大声を出す。
なんだか大変な事が起きたと告げているが、言葉が分からない彼女は判断に困った。
『え?どうすればいいのコレ?』
男鹿辰巳と敵対する組織に所属する以上、彼らに関与する必要はない。
ただ、侍女悪魔ヒルデガルダにより説明を受けたティリエルは事情は少し分かっている。
第二王子が居るという事は、15m以上離れられない男鹿辰巳も近くに居るだろう。
組織に従うか、第二王子の呼びかけに従うか一瞬迷ったティリエルだったが…。
「案内してくれない?」
「ダー!!」
侍女悪魔ヒルデガルダが攫われているので彼が頼れるのは育て親だけである。
しかし、その育て親の姿が見えない以上、異常と判断。
このまま放置して王子を死なせる訳にもいかず、彼女は王子を抱っこして案内されるまま歩く。
「…地面が焦げた跡、散乱した瓦礫。そしてボロボロな姿…なるほどね」
案内された先には、ボロボロになった男鹿辰巳が地面に伏せていた。
周囲が焦げている痕跡からドラゴンから落下した彼は第二王子に助けられたのは明白。
おそらくジャバウォック団長に瞬殺されてこうなったのだろう。
彼の団長就任に不服があるティリエルは、少しだけ男鹿を哀れんだ。
「ダ?ダー?」
「大丈夫よ、疲れて眠っているみたいね」
心配そうに男鹿の身体を揺すりつつベル坊はティリエルに涙ぐんだ目を見せた。
そんな彼を優しく撫でた彼女は、安心させるようにゆっくりと言葉をかける。
さすがにここで悪役ムーブをすれば、大惨事になるのはティリエルも理解していた。
「ううっ…」
どうやら第二王子の揺すりによって男鹿は目覚めるようだ。
ここまで来たら何があったのか事情聴取しようとティリエルは彼が目覚めるのを待つ。
ふと、空を見上げると夕暮れを知らせるように赤く染まりつつあった。
もうじき太陽が地平線に沈もうとする不思議な時間は長い一日を終わらせるような感じがした。