【ベヘモット34柱師団】お嬢様剣士ティリエルの憂鬱   作:Nera上等兵

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17話 嘘も方便、愛も方便

とっても暗くて何も見えない。

それが第一印象だった。

 

 

「なんだよこれ」

 

 

男鹿辰巳は自分が今いる空間が真っ暗で何も見えず動く事ができなかった。

明らかに夢だと理解したが、いつもと違う光景で戸惑っていた。

 

 

「おいドブ男」

「なんだよヒルダも居るのかよ」

 

 

すると聴き慣れた女の声がして言葉とは裏腹に彼は安心した。

しかも、太陽の光が窓から入ってきたように部屋が明るくなりつつあった。

良く見れば自室であり、意外とあっさりした悪夢に感じられる。

 

 

「お前に坊っちゃまを預ける。頑張って育ててほしい」

「ん?今なんっつった?」

「私に代わって坊っちゃまを魔王になるように育成しろと言ったのだ」

 

 

ところが、ヒルダはまるでベル坊の育成を放棄するような発言をした。

彼女にとってベル坊に仕えるのは、至高の喜びと表現したので男鹿は違和感を覚える。

まるで…消えるのを察して自分に子育てを頼んできたような感覚だった。

なによりヒルダは自分に背を向けて闇の中に消えていく状況である。

 

 

「おいヒルダ!!」

 

 

手を伸ばして彼女の名を叫んだ男鹿は、ようやく目覚めた。

目覚めると腹が痛くてエレベーターのワイヤーが切れて落下するような感覚がする。

そして揺らぐ視界になれようとじっとしていると金髪の女が見えた。

 

 

「ヒルダ…じゃない?」

「残念、ティターニアちゃんでしたー!もしかしてちょっぴり期待したりした?」

「…うるせよ」

 

 

一瞬、ヒルダと思ったが、彼女はジャージを着ないのですぐに別人と分かった。

そしてあざとく質問してきた女に対して男鹿は一言だけ返答をして準備運動を開始した。

ここでアホみたいに伸びている場合ではないのだ。

 

 

「そんなあなたにお届け物よ!」

「ああん!?」

「この子に向かってその態度は何よ!!」

「す、すみません」

 

 

わざわざ絡んでくる面倒くさそうな女に男鹿は苛立って威圧した。

するとベル坊を抱えた女が不機嫌になり苛立ちを隠さなくなった。

さきほどの状況を考えるとベル坊の世話をしたのは彼女と錯覚した男鹿は素直に謝る。

 

 

「で?何があったの?」

「お前には関係ないだろ!!」

 

 

しかし、ベル坊の世話をしてくれたとはいえ人の過去を掘り返す女に気を許さなかった。

男鹿辰巳という男は自分1人で悩みを抱えるのが癖であり、なにより誰かに知られたくなかった。

なので過去に介入しようとする女を拒絶した。

 

 

「侍女悪魔のヒルデガルダから話を伺ってるわ」

「ヒルダから?」

「えぇ、もし自分に何かあったら知らせるから現場に急行して欲しいってね!」

 

 

もちろん、これはティリエルの捏造である。

ただ、何かあったのは間違いではないので男鹿も否定しきれないのがポイントだ。

 

 

「お前に話したところで…」

「言ったでしょ。侍女悪魔ヒルデガルダは私に事情を話してるのよ。相談くらい乗ってあげるわ」

 

 

人間界ではヒルダと名乗っているが、正式名称はヒルデガルダである。

なので目の前に居る金髪の子が魔界の事情を知っていると判断した男鹿は…。

 

 

「ああ、分かった。覚えてる分だけだが話してやるよ」

 

 

ティターニアと名乗った女にさきほどの出来事を説明する事となった。

 

 

-----

 

 

ティリエルが男鹿を発見する5時間前の石矢魔上空で巨大なドラゴンが飛行していた。

そこには、ドラゴンの主であるジャバウォックとその父親と取り巻きが乗っている。

 

 

「どうじゃった?男鹿辰巳の第一印象は?」

「話にならねーな。禅十郎の弟子というくらいしか期待する点がねぇ」

「辛辣じゃのう。一応ナーガ班の幹部をボコボコにする実力はあるはずじゃ」

「あいつらが力に慢心した馬鹿だっただけだろ」

 

 

さきほど遭遇した男鹿について父親と語り合ったジャバウォックは期待外れと判断した。

一応、ベヘモットは追加情報を伝えるが、歯牙にもかけない返答を受けて黙り込む。

 

 

「勝手な事言ってるんじゃねぇよ。逃がすかボケが…!」

「ほう?」

 

 

そしたら当の本人がドラゴンに乗り込んでおり、やる気満々でこちらを睨みつけて来た。

わざわざ奇襲を無駄にする行為であるが、そもそも運良く乗り込めた可能性もある。

試練と称してジャバウォックは第二王子の契約者の実力を推し測る事にした。

 

 

「そんなに女が大事か?男鹿辰巳」

「そうだよボケナスが!!」

 

 

殺意剥き出しで笑うジャバウォックはそれに怯まなかった男鹿に及第点を与える。

自分と敵対していないグランドバハムートが震えるほどの恐怖に打ち勝ったのは高評価である。

それが蛮勇だとしてもだ。

 

 

「良い事を教えてやろう」

「ああん?」

「うちの主君に仕える侍女悪魔たちを首にしてな。新しい侍女悪魔を確保する必要があった」

「何抜かしてんだてめぇ!!ヒルダはベル坊専用に決まってるだろ!!」

「ダーー!!」

 

 

男鹿辰巳はヒルダが攫われた理由を知ったが、それで諦める男では無かった。

むしろ、ベル坊をお世話するのが至高の喜びとする女の意志を踏み躙る行為に激怒した。

ベル坊もそんな勝手な真似など許さない!

 

 

「いくぞベル坊!!こいつにおれたちの力を見せてやれ!!」

「ダブッ」

 

 

ベル坊に合図を送った男鹿はミルクが入った水筒の蓋を開けた。

口に付けてミルクを30ccほど飲んで放出する魔力を増幅させる。

明らかにパワーアップしたのを見た悪魔御一行様は、ようやく彼を敵と認識する。

 

 

スーパーミルクタイム “30CC”

 

 

走り出したと同時に男鹿は、ジャバウォックの顔面前に紋章を3つ出現させた!

あとは殴るだけで大爆発が起きてぶっ飛ばす事ができる…はずだった。

 

 

紋章破壊(スペルブレイク)!」

「…マジかよ!?」

 

 

取り巻きの1人である中華風のお団子ヘアーをした女が蹴りで3つの紋章を即座に破壊した。

さすがに紋章を破壊されると思わなかった男鹿は急いで再度紋章を作ろうと試みる。

が、その前にアナンタ柱爵が彼の首を右手で鷲掴みして持ち上げてしまった。

 

 

「ベルゼバブの家の力を使ってこの程度?団長が出る幕でもない」

「アナンタ、手加減しないと第二王子が怪我するよ」

「んな事、分かってる」

 

 

アナンタがすぐさま男鹿の首をへし折ろうとしたが、ヴリトラ柱爵の発言に気が逸れた。

そのおかげで間一髪助かった男鹿ではあるが、長くはもたないだろう。

 

 

『取り巻きでこれかよ!?』

 

 

ボスと行動を共にする女雑魚と思っていたら普通に強かった。

なんとか抜け出そうとするが、息ができず抵抗もままならない。

 

 

「アナンタ、放してやれ」

「しかし、団長…」

「ご指名はオレだ。手を出すなよ」

 

 

ジャバウォック団長の発言によって男鹿は解放される事となった。

もちろん、彼は同情したのではなく本気で戦ってみたくなったからだ。

アナンタ柱爵は不服ながらも右手を放してベヘモット元団長を守る様に待機した。

当然、意図が分からない男鹿にとっては屈辱的な行動であった。

 

 

「……何の真似だ?」

「それを全部飲んじまえ。じゃねぇとお前に勝ち目はねぇぞ?」

「ぐっ!」

 

 

男鹿辰巳には焦りがあった。

最初から本能で勝ち目がないのは理解していたが、プライドと信念のせいで退けなかった。

ジャバウォックとベヘモットを相手にして勝てるなど楽観視できるわけがないと分かっている。

皮肉にも自分の手口を知られているので時間稼ぎができている…そんな状況だった。

 

 

「さっきは部下が失礼した。お詫びと言ってはなんだが一発殴らせてやるよ」

「いいのか?」

「フェアじゃねぇからな、オレの気分が変わる前にささっとやれ。」

 

 

戦闘狂にしか見えないジャバウォックに挑発された男鹿はベル坊を見る。

親指を突き立てて「いつでもOK」という意志が感じられたのでミルクを飲んだ。

 

 

「おいおい、一気飲みしろよ。赤子の食欲にも劣るのかお前は…!?」

 

 

またしても契約者が少量しか飲まなかったのに呆れたジャバウォックは更に挑発する。

…と彼の動体視力をもってしてもいつ仕込まれたか分からない紋章が5個、眼前に出現した。

 

 

「ふむ、それで?」

50CC!魔王の烙印(ゼブルエンブレム) 5連鎖”!!』

 

 

既に意識が朦朧とするまで強化された男鹿の動きは今までの比ではない。

一瞬で彼の元に辿り着いた彼は、全力で紋章を殴り大爆発を引き起こした。

衝撃波はドラゴンをも揺らし、取り巻きも魔力で爆風を防ぐほどの大爆発が発生した。

 

 

『なんだ?何が起こっている?』

 

 

その衝撃はドラゴンの牙の隙間に収まっているヒルダも感じる事ができた。

一瞬、何が起こったか分からなかったが、すぐに男鹿が助けに来たのだと理解する。

 

 

「ふぅん、中々の威力だ。さすがにこれは柱将程度じゃ相手にならんな」

 

 

大爆発が直撃したが、すぐに黒煙から手を伸ばしたジャバウォックは男鹿の胸ぐらを掴む。

またしても持ち上げられた彼は、両手両足で足掻くが全然ダメージが入った気がしない。

 

 

「残念だが時間切れだ。お前の勇気に敬意を示してせめて苦しまずに殺してやるよ!」

「ベ、ベル坊!!」

「ダ!!」

 

 

苦し紛れにベル坊がジャバウォックに電撃を放ち感電と閃光で男鹿の首を解放する事に成功する。

だからといってここでケリをつけないと取り巻きの参戦を招く。

一か八か男鹿はミルクを飲み干そうと口を付けようとした時、聴き慣れた女の声がした。

 

 

「ドブ男!!私の事は捨てておけ!!これは王国の問題だ!!」

「貴様は坊っちゃまを連れて帰ってラミアやアランドロンに相談しろ!!」

「未だに先の闘いで疲弊している貴様がここで戦うメリットなどないであろう!?」

 

 

自分が拉致されるのは何かしらの根拠があると考えたヒルダは男鹿に伝える。

貴様が死んだら誰が残された坊っちゃまを育てるのかと!

しかし、それで退く男ではないのは知っているので撤退する利点を簡潔に伝えた。

 

 

「確かにな、ここでズラからせてもらうぜ!!ヒルダを返せ!!クソドラゴン!!」

 

 

ヒルダさえ奪還すれば逃げに徹すれば良いと考えた男鹿の行動を早かった。

ドラゴンの背にある甲殻に紋章を5個出現させた男鹿はそれを殴り掛かろうとする。

 

 

「ぐはっ!?」

 

 

その蛮行を許すわけがないジャバウォックは男鹿の腹に魔力を纏った拳を減り込ませる。

激痛と衝撃で意識が飛びかけた男鹿はあっさりと空中に放り出されて街へと落下した。

 

 

「しゃあねぇな。今度は殺し合いできるようにしとけよ。まあ、生きていればの話だが…」

「良いのかジャバウォック?さすがにこの高度だとベルゼバブ4世でもきついぞ?」

「さすがにあの猛者共は対策してるだろ。じゃなかったら馬鹿を乗り込ませる訳がねぇ」

 

 

意識が朦朧としたが、何故かベヘモットとジャバウォックの会話がしっかりと聴き取れた。

ここでようやく男鹿は純粋に力勝負で負けたと悟った。

ヒルダは攫われて自分は無様に足掻く事もできず落下するという現実で敗北を知る。

そして意識が深淵に呑まれた後、再浮上した時に男鹿は自分が置かれた状況を知った。

 

 

「静粛に!!今から【第2回男鹿ボロ負け裁判】を行ないます!」

 

 

真っ暗な空間でスポットライトを浴びる裁判長の格好をした古市が木槌を叩いて発言した。

久しぶりに出番のせいかいつもより調子を乗っているようである。

 

 

「被告人、敗北敗北敗北者!ヘタレビチビチビチグッソは前へ」

 

 

何故かラップ風に発言した古市の前には被告人席がある。

そして冒頭の台詞を言い終えるとスポットライトが照らされ被告人の姿が観客席に映る。

そこには、『LOSER』のタスキを纏った男鹿辰巳が俯いて席に立っていた。

相変わらず敗北すると開催される裁判に男鹿は本気でうんざりしている。

 

 

「まーたこれか。進歩がねぇ野郎共だ」

「黙れカスッ!!進歩がねぇのはてめぇの頭だ!!」

 

 

古市の発言は間違っていない。

傍聴人という名の観客たちがざわつくが、男鹿本人は進歩がないのは否定できなかった。

そもそも、この光景を創り出したのは男鹿、つまり男鹿が見ている夢なのだから。

そして「ちょっと良い?」とティターニアもといティリエルが男鹿の回想にツッコミを入れた。

 

 

「努力が報われずヒルデガルダを攫われたのは分かったわ。でもコレ居る?」

 

 

侍女悪魔ヒルデガルダを誘拐した勢力に所属するティリエルは男鹿の発言に困惑した。

自分でも事情が分かっていないので赤の他人の振りをして情報を引き出そうとしていた。

事の顛末は分かったが、明らかに蛇足のシーンを入れられたのでツッコミを入れざるを得ない。

男鹿も自分の発言がおかしいと理解しているのかウンウンと頷いている。

 

 

「ああ、よく分かるぞ。でも、せっかくここまで来たんだから最後まで聴いてくれ」

「えぇ…とりあえず事情は分かったから一度、情報を整理させて頂戴」

「マジで聴いてくれ…」

「そこまで言うなら…」

「ダ?」

 

 

明らかに冒頭に繋がらない回想だが、話が続けばそこに至るだろう。

しかし、そこまで聴くメリットが無くティリエルとベル坊は顔を見合わせて首を傾げた。

とりあえず、第二王子の契約者の精神に異常があり、なにかしらの闇を抱えているのだろう。

いずれ彼と対立した際、精神攻撃に役に立つと思った彼女は、大人しく回想を聴く事にした。

 

 

「お前、邦枝先輩になんつったか覚えているよな!!」

「ぐっ!それは…!」

 

 

話を戻して古市裁判長の発言に男鹿は焦った。

ベヘモット34柱師団の刺客に襲撃されたあの日の晩!

チャリの後ろキャリアーに邦枝を乗せて実家まで送迎した男鹿は独白と同時に決意を述べていた。

 

 

『今は守り切れなかった事がムカツク』

『強くならなきゃなんねぇ…全員まとめて黙らせるくらいに』

 

 

これはヒルダを守れず他者の介入がなかったら死んでいた自分を許せない発言だった。

いわば三刀流の剣士が「二度と敗けねェから!!!」と誓った名シーンみたいなものである。

その場に居なかった古市がそれを知る術はないはずだが、ここは男鹿が創り出した空間。

夢というのは自分の記憶と想いで構成されるので言及されてもおかしくはない。

なので男鹿はそれに言及されると思って唇を噛み締めた。

 

 

「『不確かな僕達の未来にポツダム宣言』て言ったじゃねぇか!!」

「言ってねぇよそんな事!!異議あり!!」

 

 

何故か台詞を捏造された男鹿は即座に異議を申し立てる。

 

 

「その異議を棄却します!!」

「てめぇふざけんな!!それでも裁判長か!!」

 

 

刑事訴訟法309条

検察官、被告人又は弁護人は、証拠調に関し異議を申し立てることができる。

検察官、被告人又は弁護人は、前項に規定する場合の外、裁判長の処分に対して異議を申し立てることができる。

裁判所は、前二項の申立について決定をしなければならない。

 

 

ここでは、週刊少年ジャンプ及びべるぜバブ10巻【バブ88 ムカつく】でのシーンが捏造された。

古市裁判長の行動は、刑事訴訟法309条1項及び2項に反するので男鹿の反論は正しい。

 

 

「黙れ小僧!!お前は懲役100年がお似合いだ!つうかそれに決定!」

「勝手に決めんな!!それに元ネタに従って『お前にヒルダが救えるか』くらいやれや!」

「判決を言い渡す!!懲役を1億年に引き上げました!!」

「引き上げましたってなんだ!?」

「終わり!閉廷!以上!」

「せめてオレの罪状を言ってから終われよ!!小学生の裁判ごっこ以下かよ!!」

 

 

真面目に裁判する気が無い古市は、裁判ごっこで男鹿をコケにするのが楽しいようだ。

藍染惣〇介に煽られて刑期を追加した四十六室よりも酷い判決を下した。

法と中立に基づく裁判などやる気はなく結論ありきで判決が出ている状態だった。

 

 

「ねえ、帰っていい?」

「ダウ…」

 

 

そんな夢の出来事を話されてもティリエルは反応に困る。

さっさと入浴したい彼女は本音を告げてベル坊も『だめだこりゃ』と肩を竦めている有様だった。

夢の中で無茶苦茶な裁判に振り回されていた当の本人が真面目に語っているので余計に質が悪い。

 

 

「ここで邦枝葵がおれを擁護する為に立ち上がったんだ」

「…へぇ、さすがに真面目な彼女は黙ってられなかったみたいね」

 

 

なお、男鹿は夢の続きを話したい様で勝手に話を進めていた。

その中で邦枝葵という人名を聴いたティリエルは少しだけ気になった。

 

 

『邦枝葵といえば寧々や千秋が慕う元烈怒帝瑠(レッドテイル)三代目総長さんよね』

 

 

ティリエル自身は葵と遭遇していないが、彼女の部下たちと仲良くなった際に事情を知った。

なんでも、好意を抱いてしまった男鹿との対決の末に『ケジメ』で総長を寧々に譲ったそうだ。

しかも、邦枝から男鹿の一方通行であり、好意が未だに伝わっていない状態である。

ここで上手くやれば、男鹿の弱みを握れると思ったティリエルは真剣に耳を傾けた。

 

 

「その時、邦枝が『裁判長よろしいでしょうか?』と言ったんだ。」

「それで?なんて弁護したの?」

「『ぶっちゃけ死刑で良いと思います』って言いやがったんだ!」

「えぇ!?」

 

 

今の流れからして被告人に弁護するかと思いきや、とんでもない方向に飛んでいった。

そのせいでティリエルは、『邦枝の恋は決して実る事は無いわね』と感じてしまうほどだ。

むしろ、邦枝と対峙した際に男鹿との関係を指摘する方がよっぽど効果的に見える。

そして女という武器を扱うティリエルは異性として見向きされない邦枝葵に少しだけ同情した。

 

 

「そしたらウルトラ検察官が出て来てよ!『オレの出番まだか!?』ってぬかしやがった!!」

「ウルトラ検察官ってなにー!?」

「お前、知らないのか?東条なんとかだよ!」

「知る訳ないでしょ!!」

 

 

夢の中では男鹿は自分の夢の内容に振り回されていた。

ところが、現実世界では彼の妄言によってティリエルが振り回されていた。

第三者から見れば、滑稽な話だが当事者にとっては大問題である。

 

 

『私、頑張った!頑張ったよね!?もうぶっ殺して差し上げてもいいわよね!?』

 

 

災難続きであったティリエルは妄言に付き合いきれずに男鹿の殺害を考え始めた。

しかし、双剣が先の戦闘で破壊されたのでまともに戦う事はできない。

なのでどうやったらこいつを殺せるか思考を巡らせて作戦を立てつつあった。

 

 

『ん?東条?』

 

 

ストレスで頭がおかしくなりつつあるティリエルに残った僅かな理性が東条の名に反応した。

契約者によれば、東条という男は、男鹿との対決まで石矢魔最強の座に君臨していたそうだ。

なので今までのやり取りは、いわば男鹿に破れた敗者たちが彼を煽っている状況と言える。

 

 

「つまり、負けたら変な夢を見るから二度と負けたくないって事ね!」

「そういう事だ!!」

 

 

ティリエルは、男の発言と限られた情報で結論を述べると本人はあっさりとそれを認めて頷いた。

小説にすると1万以上の文字数がある駄文を何とかここまで抑えたのは快挙と言える。

 

 

「だから今からあいつをぶっ飛ばしに行く!!」

 

 

だからこそ、この馬鹿と真面目に向き合うのは無駄と言える。

言えるのだが、意外と真面目な彼女は丁寧に対応をしてしまった。

 

 

「あんた馬鹿!?」

「なにを!?なんか文句あるのか!?」

「ヒルデガルダを(さら)った奴らの居場所って分かってるの?」

 

 

こういうタイプは何を言っても考えを曲げようとしないのは知っていた。

なので逆にどうやってそれをやるのか問えばいい。

どうせ、こういうタイプは短慮で思い付きのままに行動する輩である。

 

 

「わ、分からん…」

「あんた、本当に馬鹿過ぎてヒルデガルダに同情するわ」

 

 

よくもまあ、こんな奴を上手い事、誘導して第二王子の子育てをさせてきたものだ。

彼女の苦悩と努力の成果が見える惨状にティリエルは次の問答に備えた。

 

 

「ヒルダの事、何も知らねぇ癖に好き勝手に言うな!!」

「でも、私にもわかるヒントをたくさん残してるじゃない」

「ああん?何言ってんだてめぇ!!そんなワケねぇだろ!!」

 

 

男鹿辰巳は目の前に居る女と相性は最悪だと理解した。

しかし、他に頼れる人物が居ないので仕方なく彼女に質問するしなかった。

 

 

「例えばどこだよ!?」

「彼女は『王国の問題』って言ってたわ。つまり王国でトラブルが起こったいう事になるわね」

「意味分かんねえ!!何が言いたいんだ!?」

「だからヒルデガルダが拉致されたのは、王国に問題があったのよ」

 

 

ティリエルだって男鹿からの話から推測するしかない。

しかし、一言一句忘れずにメモをした彼女には答えが見えていた。

問題なのは、どうやって目の前に居る喧嘩馬鹿に伝えるかというだけだ。

 

 

「ヒルダが攫われる問題ってなんだよ!?」

「焔王、つまりベルゼ様のお兄様に仕える侍女悪魔が首になったって事よ」

 

 

幸いにも男鹿の口から答えは出ていた。

焔王に仕える侍女悪魔が首になった上に次男の侍女悪魔が誘拐された。

たったそれだけの情報だが、答えは導き出せる。

男鹿もそれに気づいたのか、ようやく真面目に彼女の顔を見た。

 

 

「ま、まさかヒルダがえんおーの子供になるのか!?」

「違うでしょ!!むりやり焔王のお世話をさせられる事になったのよ!!」

 

 

もはや頓珍漢な発言に驚かないティリエルはすかさずに答えを述べた。

侍女悪魔が不在になった以上、どこからか人員を補充しなければならない。

しかし、大魔王のご子息に仕えられる侍女悪魔などすぐに用意できるわけがない。

なので、次男に仕える侍女悪魔を後釜にしようと動いたのだとティリエルは分析した。

 

 

「どういう事だ?ベル坊分かるか?」

「ダ?」

「やっぱそうだよな!分からねぇよ!」

 

 

ここまで答えを言っているのに男鹿とベル坊は未だに分かっていなかった。

赤子はともかくそれと同レベルの青年を見てティリエルは、更に分かりやすく発言した。

 

 

「焔王をお世話させる為にヒルダを攫ったんじゃない?ベル坊のお世話はできなくなるわね」

「なん…だと!?」

「ダ…ダダ!?」

 

 

そんな馬鹿な…と驚く2人を見てティリエルは何で真面目にこいつらの相手をしているのか。

そもそも、回想シーンで「ヒルダはベル坊専用に決まってるだろ!!」と発言していたじゃない!

なんでここで始めて気付いた感出してるのよー!!

というか『情報を得たのだからさっさと帰ればいいじゃない!』という複雑な思考に陥った。

 

 

「どうすればいいんだ!?」

「ダー!?」

「その件についてもヒルデガルダはヒントを出してるわ」

 

 

このままではヒルダはベル坊の元から去ってしまう。

焦った2人は、知らないとはいえヒルダを誘拐した勢力に所属する女に質問をした。

律儀に返答をした彼女は、自身に振り掛かる火の粉を払うように念を押して説明をする。

 

 

「ラミアやアランドロンに相談しろって言ったでしょ!まずそこからよ」

「でも!!」

「落ち着きなさい。もしかしたら戦わずにヒルデガルダを取り返せるかもしれないわ」

 

 

もちろん、あり得ないのはティリエルも分かっている。

しかし、あまりにも蛮行過ぎて王国が立案した作戦では無いのは明白だった。

おそらく焔王か、焔王万歳状態になったアホ共の仕業に違いないだろう。

 

 

 

「なんでそれが言える!?」

「だって人間を滅ぼしたいのに悪魔同士で戦争しちゃ意味ないじゃない」

 

 

ベル坊もといカイゼル・デ・エンペラーナ・ベルゼバブ4世が人間界に来たのは人類を滅ぼす為!

焔王及びその護衛師団が人間界に来たのも人類を滅ぼす為!

なので第一王子の家臣と第二王子の家臣が戦争するなど本来ならあってはならない。

なにより赤子から侍女悪魔を引き抜くという行為は、大魔王ですら躊躇う行為である。

ところが、その暗黙の了解を破ってまで手を出したとなれば、相当な落ち度となる。

 

 

「ラミアやアランドロンっていう人が王国に苦情を入れれば何とかなるかもしれない」

「かもしれないだろ!?」

「でも時間は稼げるし、居場所も分かるわ。同じ王国に仕える以上、秘密にする必要はないもの」

 

 

柱将であるティリエルすら知らなかった情報なので相当、急いで決行したのは間違いないだろう。

もしかしたら、彼女がわざと情報を漏らすのを警戒したベヘモットの策略すらあるかもしれない。

少なくともティリエルは、ベヘモット34柱師団や焔王そのものには忠誠を誓っていない。

むしろ、男鹿がある程度暴れてくれた方が動きやすくなるまであった。

 

 

「一度、ラミアたちと合流して今日の出来事を話した方がいいわ」

「……なんでだ?」

「信頼できるからよ。それともお母様やお父様、警察に相談するつもりなの?」

「そうか、信頼できるから…か」

 

 

ティリエルが敵である第二王子の契約者と親しく接しているのは同情だけではない。

主君や団長に囚われて停滞した組織に変革を促す為、彼女はあえて敵に塩を送っている。

 

 

「男鹿辰巳、あなたは1人で何でも抱え込む癖があると思うの。別にそれは悪い事じゃないわ」

「でも、相手が組織ぐるみで動いている以上、せめて信頼できる人物に相談しておきなさい」

「少なくともあなたにできない事をやってくれると思うわ」

 

 

そう、邪竜族の公国を再建するには、ベヘモット34柱師団が変わってもらわないと困る。

その為なら、自分を偽ってまでして努力をいくらでも惜しまないのが彼女の本性だった。

 

 

「そうだな、ここで悩んでも仕方がねぇ!!古市の家に行くぞ!!」

 

 

男鹿は信頼できる人物に相談し行くと断言した時、ティリエルの口元が少しだけ動いた。

それは、男鹿の成長を喜んでいる訳でもようやく解放されたという達成感でもない。

 

 

『せいぜい足掻きなさい人間風情が。柱爵クラスを何名か道連れにできれば上出来よ』

 

 

魔界でも屈指とされる武装集団を貶めるには下等な人間にやられたと公言するのがてっとり早い。

それも第二王子の契約者に因縁や恨みを押し付けられるおまけ付きである。

ベヘモット34柱師団で最も腹黒いと自負するティリエルは新たな一手を思いついて笑っていた。

 

 

「すまねぇが、オレじゃ上手く説明できねぇ!ちょっと手伝ってくれないか?」

「しょうがないわね、事情くらいは説明してあげるわ」

 

 

そうとも知らず男鹿は、内心で自分を嘲笑っている女に頼った。

そうすれば、自分が古市にガツンと言った後に簡潔に説明してくれると思ったからだ。

すぐにでも入浴がしたかった彼女であるが、男鹿辰巳を利用する為にあえてお願いを承諾した。

恩を売っておけば、いざという時に役に立つと思ったからだ。

 

――この決断が、更にティリエルを苦しめると知らずに…。

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