【ベヘモット34柱師団】お嬢様剣士ティリエルの憂鬱 作:Nera上等兵
「なんでオレの家に来るんだ!?」
「しょうがねぇだろ!!アランドロンの居場所つったらここしかねぇし!!」
古市貴之もうじき16歳、絶賛彼女募集中は、家にやって来た男鹿辰巳にキレた。
ノコノコと夜中にやってきてお菓子とお茶を要求したのは言わずもがな。
「毎回、負ける度に夢に出て来てオレに裁判するのやめろや!!」
「てめぇの夢なんか知るか!!」
「なんだと!?」
「なんだとじゃねーよ!!お前、オレの事なんだと思ってんだ!!」
男鹿が夢の内容を話したかと思ったら何故か自分に文句言ってきたのだ。
本人曰く毎回、裁判長のお前が変な事言うから文句を言いに来たというのだが…。
古市からすれば知った事じゃないし、文句があるならてめぇの頭にしろと反論した。
「そもそも何でヒルダさんが攫われているんだよ!?強くなったんじゃねぇのか!?」
古市の鋭い質問に対して男鹿はなんて返答するか迷った。
なので視線をティターニアに向けて「なんか言ってくれ」と目配せをする。
「まあ仕方ないんじゃない?禅十郎先生すら出し抜かれたなら無理だったと思うわ」
とティリエルは話すが、彼女自身は侍女悪魔を拉致する計画など全く知らなかった。
アドリブというか、ちょうどヒルデガルダが居たのでついでに攫ったような感じがしている。
むしろ、
『さて、どうやってこいつらを上手い事誘導しようかしら』
ベヘモット34柱師団の本隊と別に独自に動いているティリエルは策略を練っていた。
彼女としては、自分の野望達成をする為の駒として男鹿辰巳を動かしたい。
ただ、どうすればそうなるのか分からないのですぐに答えは見つからなかった。
「ねえ男鹿!!ヒルダ姐さまが攫われたって!!ホント!?ねぇ!?」
「すまねぇラミア…」
そんな中、ピンクの髪と縞模様の靴下が印象的なラミアが駆けつけて来た。
彼女は慕っている姐御が攫われたと聴いて慌てて駆けつけてきたのだろう。
白衣が乱れて泣きそうになっている顔を見て男鹿が素直に謝るほどだった。
「私、…私のせいだ!焔王に向き合わなかったからヒルダ姐さまが…」
目の前に負傷者が居るにも関わらず、目にくれずラミアは後悔で押し潰れそうになった。
焔王は自分に好意があるのは知っていたので強かに利用すればこうなる事はなかったはずだ。
今になって自分の対応を後悔する彼女を見てられなかったのか1人の男が立ち上がった。
「アー」
しゃがみこんでポロポロと涙を流す彼女の額を優しく撫でたのはベル坊だった。
これには男鹿も「いつもは真っ先に泣く癖に…」とベル坊の優しさを評価する。
赤の他人であるティリエルも『焔王よりも男らしいわね』と第二王子を讃えた。
「アーウィー…ダブ!」
元気づけるように少しだけ踊ったベル坊は決めポーズをした。
「大丈夫だオレに任せろ!」と言わんばかりの行動に男鹿と古市は動く。
「安心しろ!オレたちがなんとかする!」
「泣くな!まだやれる事がある!」
男鹿は勇気づける様に椅子から立ち上がり学ランを担いで歩き出す。
古市も珍しく知将らしく策があるのか男鹿に並列する形で歩いていた。
その後ろ姿は、頼れる男たちという感じがしてラミアの心に強く響いた。
「さすがね、そうこなくっちゃ」
両手を軽く叩いたティリエルは彼らの奮闘を祝う。
『あははは!恰好付けちゃってさ!!マジウケるんですけど!』
もちろん、敵対悪魔のティリエルは内心で彼らを見下していた。
泣いている少女の対応は100点かもしれないが、それはそれとしてアホらしかった。
少なくとも彼女は、蛮勇で動いて全滅する未来しか見えない野郎共を貶していた。
なによりこの展開だと…。
「で?これからどうするの?」
ティリエルはラミアを勇気づけた英雄たちに今後の動きを聴いた。
「あいつらを1匹残らずぶっ飛ばす!!」
「邦枝先輩や東条先輩も集めてボコボコにすれば良いと思います」
予想通りの回答でティリエルは満足すると共に軌道修正を迫られた。
そうしないと、短絡的な男鹿は悪魔の策略で自滅しかねない。
どうも悪魔野学園に仕掛けがあると予想した彼女は彼らにヒントを与える。
「それでもいいけどまず目標を考えた方が良いと思うの」
「んな面倒な事を考えてられるか!なぁ、ベル坊!」
「アーウ?」
ティリエルの提案を聴いた男鹿はすぐさま仕返しに行きたいのか反論した。
仕方がないので彼女は例を挙げていちいち説明する羽目になった。
「あんたはヒルダさんを助けたいんでしょ?」
「そうに決まってるだろ」
「でも、ジャバウォックやベヘモットもぶっ飛ばしたいんでしょ?」
「あいつらを倒さないとずっとこんな事が続くからな!当たり前だろ!?」
男鹿辰巳は、【ティーなんとか】という名の女の言いたい事が理解できなかった。
しかし、彼女はその心理を見抜いており、あえて遠回しな発言をした。
「じゃあ悪魔と戦っている間にヒルダさんが魔界に連れて行かれたらどうする気?」
「ん?」
「ダ?」
男鹿やベル坊は、ベヘモット34柱師団をやっつければヒルダが返って来ると思っている。
しかし、敵が律儀に戦うとは限らず、交戦中にヒルダが連れて行かれる可能性があった。
何故なら焔王付き侍女悪魔という役職に就かせる以上、重要人物を逃す訳ないからだ。
「ヒルダさんを焔王のメイドにするなら尚更、奪還させるヘマはしないと思うの」
「じゃあ、どうすればいいんだよ!?」
「だからあなたのやるべき事は、邪魔する悪魔だけぶっ飛ばしてヒルダさんを助ければいいの!」
「んな事言われてもヒルダの居る場所なんて分かんねェ!?」
「とりあえず、箇条書きでまとめるから少し待ってなさい」
頭の中では分かってるが、どうすればいいのか男鹿には分からない。
なのでとりあえず、場を仕切っている女に任せる事にした。
丸投げしてくるのを予想した彼女は、適当に置いてあったノートに箇条書きで情報をまとめた。
・石矢魔高校の校舎は、悪魔野学園という悪魔の巣窟になった
・侍女悪魔ヒルデガルダを攫った勢力が悪魔野学園
・石矢魔高校の学生の一部が悪魔に洗脳されて人質になっている
・校舎と学生を返して欲しければ、「ゲームをしろ」と焔王が言った
・ゲーム開催日は今日から1週間後
・悪魔野学園側の戦力がゲーム開催日までに集結する
「…ヒルダさんの居場所は分からないけど、おそらく悪魔野学園に囚われている…はず」
「あいつらがヒルダ様を監禁しないはずがないと思うし、多分そこに居ると思う」
本当に何も知らないティリエルの予想にラミアは同調した。
悪魔野学園がベヘモット34柱師団の駐屯地ならば、そこが人間界における最前線。
相応の戦力と兵器、そしてトラップが仕掛けられているのが予想される。
「で?ヒルダはどこにいるんだ?」
「簡単には脱獄できない場所にいるはずよ。あなただったらどこにヒルダさんを隠すの?」
話の流れが分からない男鹿はティリエルにヒルダの居場所を質問した。
それに対して少しは考えろと彼女は、彼の発言を促す。
「屋上とか?」
「そうかもね、地下牢以外だったら最上階か屋上くらいだと思うわ」
「やっぱそうか、どうだ古市?お前よりオレの方が智将に相応しいだろ!」
「アーイ!」
RPGのお約束で屋上に居ると思った男鹿の考えは否定できない。
そう考えた女から褒められた男鹿を胸を張って古市に向かってドヤァ顔をした。
ついでにベル坊も真似して腕を組んで古市を煽った。
「なら男鹿辰巳は、悪魔野学園に行った時、屋上を目指せば良い事になるわね」
「そりゃあ…そうだな」
自分が出した考えである以上、男鹿は屋上に行く事を否定しなかった。
これで男鹿が悪魔を全員ぶっ飛ばすより屋上に向かうのを優先させる事に成功した。
「あの…オレはどうするんですか?」
「私も…」
古市とラミアもこれからどうすればいいか分からずティリエルに質問した。
「あなたたちは仲間を集めてゲームに参加するべきよ」
「仲間?」
「悪魔野学園に向かった不良たちを仲間に加えれば良いと思うの」
どうせ捨て駒になると思うが頭数は多い方が良い。
なのでティリエルは、ゲーム仲間を集めろと指示を下す。
「でもオレなんかがまとめられないですよ!?」
「ラミアならきっとまとめられるはずよ。古市は彼女に指示を出せばいい」
「えぇ!?私!?」
急に話題を振られてあたふたするラミアはとっても可愛らしい。
男鹿はなんとなく意味を理解したが、古市は納得できていない様子。
「でもあいつらが戦力になるとは思えませんが…せめて邦枝先輩じゃないと」
「いいえ、ラミアが主導になっているのが重要なの」
「と言いますと?」
「焔王がラミア嬢に好意を抱いている以上、嫌われる事はしないはずよ」
姫川のマンションでラミアに対する焔王の想いは男鹿以外知っている。
ならば、その想いを利用すれば、時間稼ぎができると踏んだ。
「例え古市が処刑されるとしても、ラミアが傍に居る限りは絶対にしないはず…」
「って!!ゲームに参加したらオレ死んじゃうじゃん!?マジで行きたくねえ!!」
古市は事故でラミアを押し倒してしまった現場を焔王に目撃された。
そのせいで「全軍率いて古市を殺す」と宣言されてしまったのだ。
その際に【取り巻き消失バグ】があれば、生還フラグが100%になるのだがそうはならなかった。
よって古市は、悪魔野学園に行きたくないと駄々を捏ね始めた。
「おう、頑張れよ古市!」
「ダブ!」
右手の親指を突き立てて応援する男鹿とベル坊はもはや他人事であった。
「とりあえず男鹿はヒルダさんを助ける事、古市は仲間を集めてゲームに参加するべきね」
問題はここからだ。
どうやって皮肉れている不良と自称智将の銀髪男を修行に誘導するかだ。
正直に修行しろと言っても、言う事を聴かないのは目に見えている。
自分を偽り野心の為ならプライドまで投げ捨てる事が出来るティリエルは決意した。
「目標は決まったわね。手段や方法に関しては明日、学校で考えればいいわ」
「学校?」
「ここで悩んだって仕方がないじゃない。まずはゆっくり休むのが先決よ」
「と言ってもな」
「ダブ……」
ゆっくり休めと言われた男鹿とベル坊は、納得できない態度を示した。
ノコノコと帰宅して「ヒルダが攫われた」とは家族には言えない。
だからといってヒルダが不在であれば、必ずツッコミが来るだろう。
『しょうがない、すぐに死んでも困るし、少しだけ手助けしてあげましょう』
男鹿の表情を見て譲れないプライドと信念が揺らいでいるのを悟ったティリエルは溜息を吐いた。
そして彼に提言しようと思った矢先、先手を古市に取られた。
「ところで、ティターニアさんはどうするんスか?手伝ってくれるなら…」
「ごめんなさい、いきなり悪魔たちと全面戦争って言われても困るわ」
「そうですか、でもせめて連絡先を教えてください!!」
「陰湿なストーカー野郎として警察に通報して欲しいなら教えて差し上げますわ」
「ぐあああああ!!クソ!さすがに無理があったか!」
何気に古市は、不良ではない貴重な女性であるティターニアに気にかけていた。
あわよくば『仲良くなって恋人になってくれるのかな』と思ったが即座に撃沈した。
なお、現時点で古市は、ティターニアが革瀬の彼女になっているのを知らない。
知っていたら、こんな恥ずかしい事をしなかったであろう。
「プププ、見ろよベル坊、あいつ女が欲しくてあんな事言ってるぞ」
「アウー!」
「まあ、エア彼女作ってた時もあるし、あの必死さはしょうがねぇか!」
「キャキャキャ!」
なお、さきほどまで悩んでいた男鹿とベル坊はその様子を見て笑っていた。
「彼女居ない歴人生です」と力説する古市は、【エア彼女】を作った事もあった。
孤独な子供が【
中二病以上に痛々しい行動を見て2人は古市を馬鹿にするように笑った。
「うわ…キモ」
「そうね、エア彼女はさすがに気持ち悪いわ」
ついでに珍しくラミア嬢と意見が合ったティリエルは本気で古市にドン引きした。
「大丈夫です!彼女が居なくても私がおります!安心してくだされ古市殿!!」
ラミアを人間界に連れて来た次元転送悪魔のアランドロンだけは古市の味方だった。
台詞だけなら可愛いヒロイン枠だが、実際はトランクスを履いた既婚おっさんが発言している。
「なんでオレだけこうなるんだよ!!どっかに運命の人は転がってないのか!?」
成人と学生の3年間は違う。
女子高校生と唯一合法的に付き合えるのは高校時代の3年間だけだ。
もうじきその貴重な1年が終わろうとしている古市は必死である。
その必死さが却って女性陣を遠ざけているとは知らずに愛を叫んだ。
せめて世界の中心で愛を叫ぶほど彼女を愛せるなら…少しは評価されたかもしれない。
「こいつについて真面目に考えた私が馬鹿だったわ」
「キモ市はいつも通りよ、気にしちゃダメ」
呆れたティリエルは思わず本音が飛び出したが良い事もあった。
さきほどと違って男鹿とベルゼバブ4世は古市の事で頭が一杯になった。
シングルタスクしかできないお馬鹿さんの気を逸らしたのは評価して良いだろう。
「とにかく明日は学校に行って相談してきなさい。私は帰らせてもらうわ」
そもそも臭い着ぐるみを着たティリエルはさっさと入浴がしたいのだ。
着替えの香りで誤魔化されているとはいえ長居はしたくなかった。
なのでバックを持って帰る仕草を見せると男鹿も帰り支度を始めた。
「じゃあな古市!明日は良い事あるって!」
「ダブ!」
「うわ…こいつらに気遣われると本気でムカつくな」
またしても親指を突き立てて爽やかな笑顔を見せる2人に古市は本気で腹が立った。
しかし、ここで激怒すると女の子たちに本気で見下される為、必死に我慢していた。
その様子は、誰にも気づかれないという末路をもって終演を迎える事になった。
「……で?なんで私に付いてくるの?」
「なんかオレに言いたい事があるだろ?明らかに視線がおかしかったよな?」
これで一段落がついたと思ったが、ティリエルは後ろに居る男鹿辰巳が気になってしょうがない。
理由を問えば、少年漫画の主人公のような勘の良さで自分の真意を探っていると知る。
「そうね、あえて言うならあんたに迷いが見えるわ」
「迷い?」
「あんたの夢やドラゴンの上での闘いの話を聴いてそう思ったの」
こういうタイプに話をはぐらかすと碌な目に遭わないのは身をもって経験している。
なのでティリエルは単刀直入に彼についての評価を伝えた。
「何が言いたい?」
「あんた、ミルクを全部飲み干したらどうなるか恐れているんじゃない?」
「チッ!」
男鹿辰巳は無精ひげのおっさんとの修行で“スーパーミルクタイム”という技を作った。
だが、それはあくまでオリジナル技なのでそこからどう発展させればいいか分からない。
しかも、飲み過ぎるとベル坊に意識を取られるどころか、身体が入れ替わるという後遺症がある。
そのせいで初見であるはずのジャバウォックに弱点を見抜かれて煽られる有様だった。
なにより不良特有の意地っ張りのせいで誰かに頼ろうとするのができないほど追い込まれていた。
「……どうした?」
「あんたのせいでトラブルに巻き込まれちゃったじゃない…」
急に立ち止まったティリエルに質問した男鹿であったがすぐに理由が分かった。
「見つけたぞ男鹿辰巳!今日は絶好のリベンジ、び、よ、り、だよなぁ~?」
「しかもボロボロじゃねぇか!これはチャンスか!?」
「おめぇの連れに恥をかかされたこの恨み!ここで晴らしてもらうぜぇ!!」
犬が歩けば棒に当たるならぬ、男鹿が歩けば不良に遭遇する現象!
「え?誰こいつ?」
だが、男鹿はこいつらの事を全く覚えてなかった。
真夏日の市民プールに古市を誘った時に襲撃されたが、男鹿本人は無関係だった。
古市が絡まれて勝手に感電事故で事件が終結したので本当に無関係なのだからしょうがない。
一応、中学の同級生という設定なのだが、あっ、こいつ居たなの反応すら示す事ができなかった。
それは、ポ〇モンを始めて二番目のトレーナーの名前を思い出せと言うくらい無理難題であった。
「オイ、そいつはオレらの獲物だぜ!!」
「ん?」
「あ、あれは…!!」
ところが更に新手が湧いたようで『邪魔』だと感じた西校の不良たちが振り向くと衝撃が奔る。
「「「
「サインください!リベンジ!」
「「誰?」」
サイン用の色紙を持った不審者とその取り巻き、その正体は…!
初めてベヘモット34柱師団の襲撃を受けた日の翌日、男鹿が遭遇した不良たちであった。
西校の高島が驚くのも無理はない。
編入してきた石矢魔高校勢に泣かされて土下座した事件で再起不能のはずである。
なお、高島も同じように編入組にボコボコにされて全裸で土下座していた。
では、何故今頃になって彼らが出て来たというと…。
『『石矢魔高校の連中が居なくなった今が復活のチャンス!!』』
単純に理不尽に暴行してくる石矢魔高校の不良たちが悪魔野学園に囚われているせいだ。
そのおかげで「先の時代の“敗北者”じゃけェ…!」と言われる彼らは引退を撤回した。
だが、リベンジマッチを男鹿に挑もうとしている時点で敗北は確定している。
「雑魚が引っ込んでろ!」
「「「「なんだとてめぇ!!?」」」」
しかし更に事態を悪化させる男が居た。
明らかに自分たちに喧嘩を売られたと感じた西校と東校の不良たちが後ろを振り返る。
「「「「あ、アシッド・鈴木!?【チームカラス】は解散したんじゃ!?」」」」
「あ?昔の話をいつまでも言ってるんじゃねぇぞ!!死にてェのか!!?」
「「「「す、すみません!」」」」
黒ずくめの格好にフードを被った男を見て不良達は戦慄した。
奇襲上等で暴れ回り、石矢魔高校以外の不良たちを恐怖のどん底に突き落とした存在。
それは、西校と東校の不良たちが束に掛かっても蹴散らせるほどの実力者であった。
『『誰こいつ?』』
さきほどから蚊帳の外になっている男鹿とティリエルは本気で誰なのか分からない。
簡潔に説明すると異名通り、酸のようにじわじわと他者を虐げるのが大好きな不良である。
だが、【東邦神姫】姫川の噛ませ犬の彼は、仲間を5万円で1人残らず買収された過去がある。
そのせいで姫川に奇襲をしたつもりが、逆に全員にボコボコにされて逆にパシリになった。
その結果?お察しください。
ただ、その影響で彼にはある感情が芽生えた!
『こんなに苦しいのなら悲しいのなら……仲間などいらねぇよ!!』
やーい!お前の友情!5万円未満!!と自宅をお化け屋敷と馬鹿にされるより酷い現実!
その結果、仲間という概念を捨てた彼は、悪魔野学園の歯牙から逃れるという幸運を得た。
つまり、ぼっちであるが、そのおかげで石矢魔高校生が不在の今、大きな顔が出来ている。
「全く…ホント臭いわね。気持ち悪くて反吐が出るわ…」
「「「「あ、あれは…!!」」」」
あっ!オカマの美破がとびだしてきた!みたいなポ〇モンのノリで出て来た彼女?であるが…。
その正体は、石矢魔高校の男子生徒の大半から畏怖される自称女王を名乗る猛者だった!
本物の女王が邦枝葵だった為、自称になっているが、実力は未だ未知数で現在進行形で成長中!
もし、西暦2008年ではなく2020年代の虹色バッジが飛び交う世界だったら最強と言える存在!
そんな事情を知らない男鹿とティリエルは首を傾げる程度で済んだが、他はそうもいかない。
さきほど大騒ぎしていた不良達が怯えて逃げ出そうとするほどの存在感を放っていった。
「夏の時は!良くも私の完璧な顔と歯を無茶苦茶にしてくれたわねぇ!!?今度はぁkうぁ!?」
知略で他者を争わせ自分だけを讃えるナルシストのオカマは最後まで台詞が言えなかった。
「うぼぉぁーっ!?」
無言になったティリエルはバックで美破を殴打し、ゴミ捨て場に飛ばしたせいである。
不良たちは視線を動かして暴力を振るった女の表情を目撃した瞬間、固まってしまった。
「あはははダッサ、たかが見せしめに1人ぶっ飛ばしただけでこの有様?ホント、無様」
そこに居たのは、まさしく人の皮を被った異形者であった。
金髪の美女ではあるが、整い過ぎて却って人外だと分かってしまうような存在。
例えるならターミネ〇ター3に出て来た金髪美女ロボットと遭遇したような感覚である。
「どうしたの?私を倒せないなら男鹿辰巳には絶対に勝てないわよ?」
「クッ!う、うおおおおおお!!」
ティリエルに挑発されたアシッド鈴木は金属バットを彼女目掛けて振り下ろす!
が、右手の小指と親指だけで容易く受け止められてしまった。
「あらあら、さすが石矢魔高校の生徒、他と比べれば中々やるわね」
「あっ?え?」
あっさりと金属バットを奪った彼女は両手でバットを捻ると異音と同時にへし折って見せた。
「でも、所詮格下。聖石矢魔学園組の足元にも及ばない…ほら返すわ」
そして、くの字のように折れ曲がったバットを唖然とする持ち主の足元に返すように投げつけた。
するとアシッド鈴木はボーリングのピンのようにぶっ飛んで遥か上空に消えてしまった。
「「「「ひ、ひいいい!!」」」」
もはや、戦意を無くした不良たちは土下座をするが、ティリエルは許すはずもない。
彼らの口からリベンジという話を聴いた以上、殺すかそれに準じる処置をとるつもりである。
「ねえ、男鹿辰巳。強さの秘訣って何か分かる?」
「急にどうした?」
男鹿も目の前の女がヒルダ並、いや魔力を使わない分、更に強いと感じて素直に質問に答える。
「それは、“自分の強さを疑わない”ことよ」
土下座する男共から振り返って男鹿を見たティリエルは笑って話を続ける。
「恐れて挑戦しないなら何も変わらないの。学力、喧嘩、友情、受験、仕事、交際、結婚…」
「迷いがあれば、隙が生まれ、大失敗し、いつまでも引き摺り、臨終まで後悔するのがお約束」
「だから、あんたはベヘモットとジャバウォック以外の悪魔は一撃で倒せないといけないの」
「だってそうでしょ?雑魚を一撃で倒せなきゃボスを倒せるわけないでしょ?」
それは、ティリエルなりの男鹿へのアドバイスであった。
いつも頂点になる事を強いられたからこそ、迷いで挑戦しない輩ほど腹立たしいものはなかった。
男鹿は、この時の話を聴いてずっと印象に残る事となるのだが、事態はまだ収束していない。
ティリエルが男鹿を見ている間、土下座していた男共は立ち上がり不意打ちを仕掛けようとした。
「「「「ぐはっ!?」」」」
しかし、彼らの目論見は夜空から落ちて来たアシッド鈴木の激突によって終止符を打たれた。
残ったのは、重傷になった鈴木とその他不良の皆さまが再び地面に転がる哀れな姿だった。
すかさずティリエルは地べたに張り付く汚物をゴミ捨て場に向けて1人残らず蹴り飛ばした。
先客は激痛に耐えながら一目散に逃走を図ったが、間に合わずゴミの山に埋もれる事となった。
「さてゴミは片付いたわ」
ゴミはゴミ箱に!当然の様に不良をゴミ扱いした女悪魔は本性がバレつつあるのに気付かない。
パンパンと手を叩いて一仕事を終えたと言わんばかりの感想を述べた彼女は男鹿を見る。
「古市から聞いたわ。男鹿という男は不良を返り討ちにして魔王みたいに高笑いする性格ってね」
「あの…野郎、無関係な奴に何、教えてるんだよ…!」
事実を述べたティリエルだったが、今の男鹿にはそれに該当する女を目撃している。
自分を殺しに来た悪魔の兵士や魔獣ですら、ここまで人間を汚物のように見る奴は居なかった。
返り討ちした不良を川で水攻めした過去がある男鹿ですらも戦慄するほどの悪魔の様な女。
ベル坊も「オオ!?」と驚くほど異質な存在だからこそ男鹿は惹かれた。
「どうすれば、あいつらを1人残らずぶっ飛ばせる?」
「まず自信をつけなさい。幸いにもまだ練習相手は残っているわよ?」
「はははは、ベル坊!いっちょやっちまうか!!」
「ダブー!」
こうして今夜の石矢魔は善良な一般市民以外は恐怖のどん底に突き落とされたそうじゃ。
どうせ、勝手に不良がエンカウントするし、殺さなければ何度でも復活するサンドバック!
殴る、蹴る、減り込ませる、野球のボール、水攻め、お前がミキプルーンの苗木になるだよ!
…と様々な攻撃を不良に仕掛けて一行は、ストレスを発散させた。
疲労と対称的に男鹿とベル坊は自信を取り戻しており、彼女の計略は成功する。
これでめでたし、めでたしと、そうは問屋が卸さない。
「やべぇ…どうやって説得しよう」
「
「違う!!ヒルダが居ない言い訳に決まってるだろ!?」
無事に自宅前まで戻れた男鹿一行であったが、またしてもトラブルが発生した。
最後まで単独で粘った不良を河川敷でミキプルーンの苗木を植えるように首より下を埋めて来た。
のではなくて、石矢魔の不良で最強である男鹿辰巳の天敵が家で待っているからだ。
姉である男鹿美咲をどうにかしなければ、いつまで経っても男鹿辰巳は家に帰れないのだ。
「何やってるの?さっさと帰りなさい」
「でもヒルダが居ないと姉ちゃんが…」
「この玉無しがぁ、物理的に家に入れて欲しいのなら手を貸してあげるわよ?」
「う、分かったよ、帰ればいいんだろ?帰れば!」
「3、2…」
「お袋!親父!帰ったぞ!!」
「ダー!?」
ウジウジと悩む第二王子の契約者にティリエルは堪忍袋の緒が切れる寸前だった。
思えば、悪魔野学園から聖石矢魔学園に要人案内、戦闘、逃走、男鹿の夢の話を聴かせられる。
古市宅における茶番劇、殺人できないからこそ手加減するのにストレスが溜まるゴミ共。
もはや、無垢な女を演じきれなくなっていた彼女は、ストレートに男鹿を脅迫していた。
そして、カウントダウンが始まった瞬間、男鹿は鍵を差して解錠しドアノブを回して挨拶をした。
「ぼげええ!?」
「たつみー!!この深夜まで何やってんの!!」
台詞よりも先に左頬に攻撃を受けた男鹿はティリエルに向かってぶっ飛んだ。
もちろんぶっ飛ばしたのは、男鹿の唯一の天敵にして大学生の姉、美咲である。
変身ヒーローでお馴染の変身中に攻撃を仕掛ける様な奇襲に男鹿は成す術もなかった。
まあ、玄関前で大騒ぎだけしていつまで経っても帰って来ないならキレてもおかしくはない。
だが、不運にも男鹿の災難はそれだけでは終わらなかった。
「ぶごっ!?」
「きゃあああああ!!こっちこないでぇ!!」
当然、ティリエルも自分に向かって飛んでくる男鹿を扉に向かって蹴り飛ばした。
可愛い悲鳴とあざとい仕草と裏腹に繰り出した蹴りは相当の威力だったのだろう。
哀れな子育てをこなす男子高校生は扉に激突してギャグ漫画の様に目をバッテンにして気絶した。
ちなみにベル坊は、最初にぶっ飛んだ時の男鹿から離れてティリエルに優しくキャッチされた。
よって理不尽な暴力は男鹿のみ受ける事になって本日で一番の大ダメージを負う結末となった。
「ヒルダ…じゃない?もしかして親戚?つーかおっぱいでか!?」
冷静になった美咲は、目の前に居る金髪美人を見て本音を述べてしまうほど胸に注目した。
不甲斐ない出来損ないの弟には勿体ないほどできたヒルダに負けないほどの巨乳だったのだ。
金髪といい、立派な胸といい、すぐにヒルダの親戚だと勝手に納得するほどの説得力があった。
「こんばんは、ティターニアです!男鹿辰巳さんのお宅はこちらで間違いありませんよね?」
「えぇ、そうだけど…もしかしてヒルダの親戚?」
「遠い親戚みたいな関係ですわ。ヒルダさんが急用で長期間出国するので報告に参りました」
さきほどの出来事で男鹿家の上下関係を把握したティリエルは、姉に対しては下手に出た。
アドリブを交えつつ無垢な笑顔を見せる彼女は、言葉と裏腹にボロボロであった。
それでも、これで最後だと考えた彼女はボロを一切出さなかった。
「え?ヒルダになんかあったの?」
「いえ、親戚の結婚式に呼ばれたそうですが宗教の事情で皆様をお誘えできず残念がってました」
「そっか、でもいいじゃない。私たちなんてこの馬鹿の結婚式に呼ばれてないし…」
侍女悪魔ヒルデガルダが【男鹿の嫁】と石矢魔では認識されていること。
すぐには戻れない=少なくとも日本とかいう汚職と不良と天下り国家には居ないこと。
出国する理由と納得できる目的、現代日本における一般的常識に基づく説得力からの結論。
それらを会話中に閃いてティリエルは、ヒルダが不在の理由をでっち上げた。
どうせ、男鹿は分からなくても、馬鹿だしで済むので難しい方が都合が良いだろう。
「うん、教えてくれてありがとう!」
「それでは私はこれにて失礼します」
「せっかくだから食事をしていかない?」
「いえ、人を待たせているので申し訳ありませんけどご遠慮させていただきますわ」
『さっさと終わんないかな』とティリエルは思いつつ、なんとか表情を崩さずに会話を続ける。
「あ!なんかあったら私に相談してね!男鹿が失礼な事をしたら躾けておくからさ」
「そこまでしなくてもよろしいですわ…」
「女の子に危害を与える事はしないと思うけど、口や態度が悪かったらこっそり教えてよ?」
それを聴いてティリエルは、男鹿は女の子を殴れないヘタレだと認識した。
これを有効活用しない手は無い。
そう思っていたのだが、思わぬ発言を聴いて驚愕する事となる。
「女の子を激怒させない様に何千回もボコボコにして泣かせたせいか、隙を見せないのよねー」
慌ててティリエルは目の前の女の気配を探ると、普通に男鹿辰巳よりも彼女の方が強かった。
第二王子の魔力を省くという条件付きであるが、その時点で可笑しいとしか言いようがない。
「ベルゼ様をお返ししますわ」
「ダブー!」
美咲に第二王子を返したティリエルは、優雅に歩くように見せかけて全力で逃げ出した。
名残惜しそうにベル坊は、彼女に向かって手を伸ばすが…それだけで終わった。
『なるほど、男鹿美咲は弱点にならない…と」
考えれば分かる事だ。
わざわざ最強の男鹿を狙うよりその家族に手を出した方が報復がしやすい。
なのに誰も家族に手を出そうとする奴は居なかった。
ティリエルは、それを男特有の面倒くさいプライドの問題かと思ったが、そうではない。
男鹿より強い女なんか誰も狙うわけがない。
『一応、帰ってメモしないとね』
第二王子の契約者の秘密を更に入手したティリエルは、潜伏先のアパート目指して走り続けた。