【ベヘモット34柱師団】お嬢様剣士ティリエルの憂鬱   作:Nera上等兵

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20話 利用する者、利用される者

いつからかベヘモット34柱師団は、焔王の遊び相手に成り下がった。

主君がゲームをやりたいと言えば、言われた通りゲームと対戦相手を用意する。

魔界屈指の武装組織が第一王子の鶴の一声で活動を左右されている。

これほど屈辱的な事はないだろう。

 

 

『あー、合法的にクソジジイと王子を誅殺できないかな』

 

 

ベヘモット34柱師団、第19の柱を冠するティリエル柱将に忠誠心など無いどころかマイナスだ。

というか、元団長と王子を誅殺する方法を考えるほどには追い詰められた。

今思えば、契約者を殺そうとしたほど怒り狂ったのが黒歴史に感じられる。

 

 

「あああああ!?この時間に!?緊急招集ですって!?」

 

 

いざ、就寝しようとすると突然、通信機を介して緊急招集の命が出された。

さっきまで革瀬の性欲を煽っていて少しだけ自己満足した気分など消し飛んだ!

深夜0時という時間帯に招集を受けた時のティリエルの機嫌は最悪であった。

 

 

「アイマスクとクッション、それとアロマセラピー用の香水、これくらいしか用意できなかった」

「で?」

「隙間時間でも楽しめるから適度に…グエ!?」

 

 

過去最悪でティリエルの機嫌が悪くなったせいで契約者は慌てて休憩用の道具を用意した。

隙間時間で休んでくれという計らいすらも、今の彼女にとって逆鱗に触れる行為であった。

女悪魔に首を絞められた革瀬は、マジで絞殺されるかと思うほどの恐怖を味わう羽目となる。

 

 

「良い?今のは悪手よ?次やったらホントに殺しちゃうから注意しなさい」

 

 

辛うじて残った理性によってティリエルは何とか契約者を生かす事に成功した。

それでも殺意が収まらない彼女は、男の首から両手を放しても未だに視線を逸らさない。

意識が朦朧とした革瀬は、とにかく状況を好転させる手段を考えていた。

 

 

「ゲホゲホ!!」

 

 

しかし、絞殺寸前まで至ったせいか、呼吸するので精一杯で彼女を気遣う事はできなかった。

 

 

「今から出かけて来るわ。着ぐるみと着替えの洗濯をよろしくね」

 

 

それでもいつまでも不機嫌で居られない彼女は、契約者に洗濯を頼んでアパートを出た。

自分の下着を男に洗わせるなど屈辱の極みであったが、洗う暇がないので頼むしかない。

軍服に身を包んでいたティリエルは、すぐに身支度して出撃した。

暴風雨が過ぎ去ったように静かになったアパートの1室で革瀬は意識を失って強制的に寝込んだ。

 

 

「最悪…!!」

 

 

さきほどの行動が悪手なのはティリエル本人が分かっていた事だ。

問題なのは、人間相手に私情剥き出しで八つ当たりするほど落ちぶれていた事である。

幸いにも相手は理解してくれているので大事にならなかったが、いつ爆発してもおかしくない。

上官や同僚の前でやらかせば今度こそ弁明の余地などない。

 

 

『どうせ碌でもない理由で招集されたんでしょうね!』

 

 

悪魔野学園に到着し、見張りを威圧しつつ校門を潜れば、そこは理不尽な世界だった。

焔王ファンクラブどころか焔王カルト教団の本拠地かとツッコミたくなるほど酷い有様である。

あちらこちらに焔王の銅像と石像が並び、まるで虚飾の象徴であった。

そして指定された4階にある校長室に向かった結果、理不尽な命令が待っていた。

 

 

「侍女悪魔ヒルデガルダを説得して焔王付きのメイドにして欲しい」

「はあ?」

 

 

思わず「何言ってんのこのクソジジイ?」と言いたくなるほど理不尽な命令であった。

侍女悪魔というのは、仕える主君の成長が夢であり存在理由でもある。

なので途中で侍女悪魔の仕える主を変えるなど死んでも承諾する訳がないのだ。

 

 

「失礼ながらも侍女悪魔の主君を変更する事は決して叶いません」

「んー、分かっておるのだが、中々後任が見つからなくてな…」

 

 

ポリポリと頭を掻いたベヘモット団長は、侍女悪魔の後任が見つからず悩んでいるようだ。

ティリエルからすれば「当然でしょ!?」とツッコミを入れたくなるほどだった。

 

 

『焔王付き侍女悪魔なんかあれ以上居ると思ってるの!?』

 

 

かつて焔王付き侍女悪魔の役職は、イザベラ、ヨルダ、サテュラの3名が所属していた。

焔王を甘やかす事しかしなかった彼女たちだが、魔界でも屈指のエリートである。

まず、イザベラは“動く大図書館”という異名がありその知識量は、大賢者に匹敵するとされる。

王立士官学校を首席で卒業したティリエルですら同期だったら勝ち目がないと舌を巻くほどだ。

 

 

『一番格下のサテュラですら私たちより格上の存在なのよ?分かってるのクソジジイ!?』

 

 

勘違いされがちだが、【侍女悪魔】というのは、そういう名の種族ではない。

魔界でもトップクラスの名家の令嬢でも限られたエリートしか選抜されない存在である。

故にティリエルは、主君を堕落させる侍女悪魔を馬鹿にしてもその存在を否定できなかった。

なのにホイホイ拾ってこれる逸材だと護衛師団の長が考えていたなど信じられなかった。

 

 

「どうすればいい?」

「以前勤めていた侍女悪魔たちを招集し、条件付きで再雇用するべきだと存じ上げますわ」

「何故じゃ?」

「やはり、焔王様が信用されている存在というのは大きすぎます。他に後任など務まりませんわ」

 

 

ティリエルは遠回しに「無理だから諦めろ」とかつての組織の長を宥めていた。

しかし、そこで首を縦に振らないのがベヘモットである。

 

 

「でもティリエルちゃんなら何とかできそうじゃないか?」

 

 

まるで不可能を可能にするかのような評価にティリエルの顔が崩れかかる。

散々自分を振り回した挙句、無理難題を平気で押し付けようとするその根性!

そして、契約者のおかげで辛うじて成り立っている環境を崩そうとする上官の指令!

今まで放置した癖に深夜に緊急招集する魂胆と度胸!

忠誠心どころか冒頭の様に元凶の誅殺を画策してもおかしくないほど苛立った!

 

 

「さすがに私でもヒルデガルダの意志を曲げるほどの事はできませんわ」

「では、意志を曲げたらなんとかなるのだな?」

「え?」

 

 

暗に「洗脳したらどうにかなるよな?」とベヘモットから脅迫をされた。

彼の要求は、ヒルデガルダを焔王付き侍女悪魔にしたい。

つまり、目的を達成できるならあくどい手段を平気でやるという意志表示である。

あくまでもティリエルは、その計画をアシストする存在だとたった今、気付かされたのだ。

 

 

「もう一度、問おう!ヒルデガルダは焔王付きのメイドになる事は可能かのう?」

「不可能…ではありませんが、そういった術式では長続きはしませんわ」

「だからお主を呼んだ」

 

 

そうとなれば、命令に対してNOなど言えない。

さきほどまで老人の誅殺を考えていたティリエルは自分の浅はかな考えを恥じる。

彼が発する鶴の一声で物理的に首飛ぶ可能性を思い出して動けなくなってしまった。

 

 

「容姿と顔が似ている貴公は、ヒルデガルダの従妹として導いて欲しいのじゃ!」

「いくつか権限を与えて頂けるのであれば尽力致しますわ」

 

 

ウィンクをする老人を見たティリエルはさきほどの考えを捨てた。

やはりどっかで誅殺するべきと考えつつも彼の意見に同意する事となった。

もちろん、条件付きにしないとやってられなかったが!!

 

 

「ほう?何を望む?」

「まずは、ヒルデガルダの牢番及び管理責任者の任命権を頂きたいのですわ」

「何故だ?」

「閣下のご期待に沿える為には必要な手順と手続きになるからです」

 

 

部下がやる気を出したと喜ぶ老人にティリエルはいくつか条件を加えた。

まずは、ヒルデガルダの扱いを変える為に責任者の任命権を求めた。

何が楽しくてボランティアで牢番の目を気にしながらヒルデガルダに挨拶しなきゃならんのだ。

せめて自分に都合が良い兵士を配置しないとヒルデガルダと交渉する気も起きなかった。

 

 

「それと捕虜及び囚人に対する取り決めの任命権も頂きたいですわ」

「それは必要なのか?」

「えぇ、あくまでもヒルデガルダは捕囚であって客人ではありませんので」

 

 

むしろ、こっちが本題だった。

任命権だけではなく処遇の口出しもできなければ意味がない。

責任者として名だけを使われるのを阻止するべく彼女は念を押した。

 

 

「良かろう!ティリエルちゃんに任せれば大丈夫そうだし!」

「では、契約書にサインを頂けますでしょうか?」

「やっぱりやるべきかのう?」

「昼頃の様に勝手に動かれても困りますのでー」

 

 

悪魔は契約を厳守するが、口約束は守らない事が多い。

それは自分だけを有利にする狡猾さと相手に従属を強要する本能が大きいせいだ。

よって、ティリエルは第三者にも効力を発揮する契約書の作成を欠かさなかった。

聖石矢魔学園からの帰投手段を台無しにされた過去による私情も混ざっているが…。

 

 

「これでいいか?」

「血印も頂けないと任務を遂行できませんわ」

「やっぱりレイミア副団長みたいじゃ!もっとわしを信じてくれても良いのじゃよ?」

「信用と信頼は別物です。第三者に示すなら物証が不可欠となります」

 

 

ベヘモットは、ティリエルのお堅いところがレイミア副団長そっくりと評した。

それを聴いてティリエルは、『副団長も苦労しているのね』と少しだけ同情をした。

ともあれ、契約を結ばれた以上、彼女は任務を遂行する以外に道は無い。

 

 

『とはいえ保険はしっかりとしたけどね』

 

 

あくまでも契約内容は、ティリエルが指定した権限の付与に関する事に抑えていた。

なので、ヒルデガルダを焔王付き侍女悪魔にできなかったとしても契約違反ではない。

しかし、それは第三者の証言と物証で示さなければベヘモットは納得しないだろう。

 

 

「はぁー、どうしようかな…」

 

 

溜息を吐いたティリエルは、道中でもらった【しおり】を見て悪魔野学園を確認した。

 

 

『マジでしおりなの?』

 

 

手渡されたのは、林間学校とかの学校行事で配布されるしおり以外に他ならない。

文字通り、焔王の為の学校であるのでルールも彼の知能に準じていた。

 

 

『柱将、辞めようかな…』

 

 

あれほど魔界に帰還したがっていたティリエルだが、今だから言える。

契約者のアパートは狭かったが、少なくとも精神が擦り減る事はなかったな…と。

少なくとも小学生低学年に渡される物より低レベルの本を暗記した彼女はそう思った。

 

 

『さて、ヘカドスとグラフェルの無様な顔でも見てやろうかしらね』

 

 

なお、真面目にヒルデガルダに対応する気はないティリエル。

汚名返上を果たせずに牢獄送りにされた2人を煽りに行こうとした。

むしろ、面倒な役職に対してのご褒美がこれくらいしかなかった。

 

 

『ふふふ、愉しみだわ』

 

 

そもそもティリエルが人間界に向かった理由は、2人を貶める証拠集めだった。

なんやかんやあって2人は失脚して牢獄送りになった。

となれば、やる事は1つである。

 

 

『めちゃくちゃ煽りたい!!』

 

 

「ねえ、どんな気持ち?」と煽りたい気持ちが大きかった。

自分の出世に邪魔となる2名の柱将を排除するだけでとんでもなく苦労したのだ。

だったら、その成果を見て煽るのが彼女の溜まったストレス解消に効果的だった。

だってこの結末を見たくてここまで苦労したのだから。

 

 

『ん?』

 

 

しかし、軽い足取りだった彼女は、すぐさま嫌な予感がした。

近頃のベヘモット34柱師団は、少年漫画におけるザ・悪役の立ち回りをしている。

良く考えれば牢番や牢獄の管理者が存在しない時点で可笑しいと疑わなければならなかった。

何故なら本来ならば、前任者に確認を取るべき案件のはずなのにあっさりと役職につけたのだ。

すなわちティリエルが要望した役職は、さきほどまで存在しなかったという事になる。

 

 

『……絶対、侍女悪魔の扱いは酷い有様よね…』

 

 

唯一の楽しみを我慢してまでティリエルは、予想される最悪の展開に備えようと試みる。

管理責任者になった以上、牢獄で何かあれば自分に全責任が被せられるからである。

すぐさま彼女は動いた。

 

 

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例え血を分けた姉妹だとしても、譲れない物がある

自分の同情は彼女にとって屈辱的な物であるので無視をするしかできない。

侍女悪魔ヒルデガルダは、姉のヨルダが弱っていく様子を黙って見る事しかできなかった。

 

 

「なーにへばってんだ?まだまだ活用させてもらうつもりだったんだがな?」

「ううっ…」

 

 

ベヘモット34柱師団と言えば、過激ではあったがここまで暴行を加える集団ではなかった。

少なくとも弱り切った侍女悪魔に対して能動的に暴行する組織では無かった。

 

 

「何見てんだ?このアマが!!」

 

 

石矢魔に生息する不良と大差なさそうな軍人がヒルダの視線に気づいた。

すぐさま見下してくるまで人間の不良にそっくりである。

いや、人間に失礼かと感じるほどにはそいつらは、堕落していた。

 

 

「おい、そこの女に手を出すとただじゃ済まんぞ」

「チッ!!生意気そうな面見せやがって」

 

 

同僚から窘められたせいか、不機嫌ながらもヒルダを見逃す男はヨルダに向き合う。

そして腹に蹴りを加えてストレスを発散させていた。

 

 

「うぐっ!!」

「ケッ!!使えないカスが!!お前のせいで転送が遅れてるんだぞ?分かってんのか?」

 

 

もちろん、次元転送悪魔のヨルダは理不尽な暴力のせいで弱っている。

ただでさえ主君である焔王様と引き離された上に重労働を強いられているのだ。

未だに立っている事が奇跡であった。

 

 

「おいおい、見えない所を蹴っとけよ。さすがに目立つところだと指摘されるぞ」

「大丈夫さ!こんなカスが怪我をしてても気遣う奴は居ねーよ」

 

 

焔王付き侍女悪魔に関して、ベヘモット34柱師団からの評判は著しく悪い。

原因は、主君を堕落させたのもあるが、勝手に護衛師団から引き離したのが大きい。

なので、暴行を楽しんでいる男は、多少手荒な真似をしても問題ないと発言した。

今後もヨルダは暴行を加えられる事になるだろう。

 

 

「何をしてるの?」

「なんだよ新入りか?メイドをいたぶってるに決まってるだろ?」

 

 

だが、今回は理不尽な暴行をヨルダはこれ以上受けなくて済みそうだ。

 

 

「「て、ティリエル柱将!?」」

 

 

今まで威張り腐っていた男共が新たに出現した女将校に驚愕していた。

彼らと違って士官学校を首席で卒業しているので文字通り、格が違うのだ。

特に女柱将の中でも、レイミア副団長の直属の配下となれば相応の実力者となる。

 

 

「貴重な次元転送悪魔に何してるの?」

「いえ、反抗の余地を取らせないように躾けただけです!!」

「へぇ、よっぽど躾け甲斐があるのね。これだけやってまだ反抗心があるなんてね?」

 

 

見かけは純情可憐な金髪の美女だからこそ、彼らは恐れるのだ。

明らかに自分達を処刑する気満々で尻尾を出すのを待っているのだと…。

自分が牢獄の責任者に任命されました的な書類を見せつけている様子を見れば一目瞭然である。

 

 

「用事を思い出しました!!」

「おれも!!」

 

 

ボロが出るのを恐れた警備兵の2名は、競うように牢屋から退室した。

牢番ですらない彼らは長居すれば自分たちが追及されるのを恐れたのだ。

その情けない逃亡劇を最後まで見届けたヒルデガルダは一言呟いた。

 

 

「今までの相手とは違うな」

 

 

それは的を得ていた。

まず初対面であるはずなのに自分を見透かされているような不思議な感覚。

そして自分を説得しにきた割には、明らかに人の話を聴くような態度ではなかった。

むしろ、ヨルダに暴行を加える警備兵たちに敵意があるように見える。

 

 

「あら、お初にお目にかかりますわ。第19の柱、ティリエルと申します」

「何の用だ?」

「取引しませんこと?」

 

 

いきなり本題に入られて驚くヒルダだが、目の前の女悪魔は想定内のようだ。

ミニスカートの裾を摘まんで軽く会釈したティリエルはヒルデガルダに取引の提案をする。

 

 

『妙だ、私が取引に応じるわけがないのを知っているはず…』

 

 

悪魔の取引など基本的に碌でもないので承諾する可能性などほとんどない。

それを分かってて取引を提案してくるのでヒルダは鎌をかける事にした。

 

 

「何をだ?」

「貴女方が入れ替わるのを黙認する代わりに血を少量頂きたいのですわ」

「ん?」

 

 

目の前の女が予想外の要求をしてきてヒルダは困惑した。

てっきり、焔王専属の侍女悪魔になれと言いに来たのかと思った。

悪魔が別の悪魔の血を欲する事態などあり得ない為、本気で意図が分からなかった。

 

 

「血を?」

「これを使えば、偽装して貴女の親愛なるベルゼ様にメッセージが届けられますわよ?」

「……上手過ぎる話だ。何か裏があるのだろう?」

 

 

魔界には電話や電子メールが存在しない為、遠距離による連絡手段が限られる。

よって贈り物や手紙で自分の安否を示すのが一般的であった。

ティリエルが見せつけたのは、【赤色の誕生日祝い(ブラッディ・バースデーカード)】と呼ばれる紙切れだった。

これは、遠縁の親戚が自分たちの安否と健康状態を示す為の物である。

 

 

「これは魔力探知にも引っ掛かりませんのでこっそり連絡するのにはピッタリではなくて?」

「貴様に利点はないだろ?」

 

 

このカードは、環境ではなく血を垂らした者の健康状態によって変化する。

老化ならしわくちゃになるなど肉体の変化が直に影響を及ぼすので健康が分かりやすい。

故に上級悪魔同士の文通に使用されており、大魔王も愛用するほど貴重な物であった。

しかし、ヒルダはあまりにも上手い話なので一蹴し、提案を断った。

 

 

「実はベルゼバブ4世にお会いしましてね。誘拐されたヒルデガルダを心配なされてましたわ」

 

 

ここでティリエルはあえて隣の牢に居るヨルダに聴かせるようにヒルダに話しかけた。

 

 

「主君に心配されるなど侍女悪魔の恥、いえ、むしろ主君から愛されて羨ましい限りですわね」

 

 

暗にヨルダは愛されていないと告げるが、これはヒルダとヨルダの仲を裂く為である。

同じ侍女悪魔で主君に尽くしたのに明らかな格差はヨルダのプライドをズタズタに切り裂く。

 

 

『性格悪いなこいつ…』

 

 

侍女悪魔ヒルデガルダは、目の前に居る女の性格が最悪だとすぐに分かった。

言葉選びは丁寧だが、口先だけで的確に精神を傷付けるやり方は悪魔でも珍しい。

そしてわざわざ体調と精神状態が不安定なヨルダに聴かせるとは嫌がらせにもほどがある。

 

 

「さて、本日をもちまして私はここの責任者となりましたわ」

「出来る範囲ではありますが待遇改善をしますのでなんなりとお申し付けくださいませ」

 

 

口ではそう言っているがヒルダもヨルダも相手がやる気がないのは分かっている。

だからこそ彼女達は無言でいたが、それはティリエルも想定済みだ。

 

 

「あら、悪魔の口約束は信用されませんか?そうですわよね、私も口約束は信用しておりません」

「何を…」

「例えば、何かを餌にして頑張らせても、あっさりと約束を反故にする輩は多いものですわね」

 

 

侍女悪魔ヨルダは、ベヘモット34柱師団構成員を全員、人間界に転送する約束をしている。

それをやり遂げれば、自分たちの罪状は取り消されて焔王様に再び仕えられるというものだ。

 

 

「おう、考えてやるよ!1週間以内に全員を転送できなかったら分かっているな?」

 

 

だが、実際にそれを守るとは誰も言っていなかった。

検討する、考える、まず貴様の仕事が完了してからの話だ、念を押す度に話をはぐらかされた。

 

 

「だから悪魔は契約を欠かさないのですよ、私も上官を信用できず契約書を作るくらいにはね…」

「約束…してくれたの……焔王様に逢わせてくれる…って」

「誰がそれを保障してくれるの?ベヘモット?ジャバウォック団長?それとも大魔王様?」

「私は……みんなの罪を背負って…」

 

 

疲労困憊で会話するのも辛そうにしているヨルダは、約束が反故にされるのを恐れていた。

そもそも悪化するこの体調では、悪魔や装備を人間界に転送するのも一苦労となっている。

もし、守る気がないのに約束したのであれば、それは裏切りに他ならない。

だが、それを信じるしかヨルダには道がなかったのだ。

 

 

「まあ、根拠がない事で討論しても仕方がないですわね」

 

 

煽るのを止めたティリエルは通信機を取り出して合図を送る。

すると、彼女の配下である兵士たちがゾロゾロと入室してきた。

 

 

「何の真似だ?」

「言ったでしょ?ここは私の管轄になったの。だから改善させるのよ」

 

 

どうせヒルダやヨルダを収容する牢獄の環境は最悪だと思ったティリエル。

事前に夜勤していた部下を招集し、必要最低限の物資と設備を用意させていた。

困惑する侍女悪魔を放置して兵士たちはベッドや鏡などを持ち込んだ。

 

 

「さすが私の部下、仕事が早いわね」

 

 

しっかりとその仕事を見届けたティリエルはご満悦である。

牢の戸締りしたのを確認した彼女は部下達に合図を送り兵士達を退室させた。

これで彼らの仕事は終わりだが、彼女にはまだ仕事が残っている。

 

 

「これで少しはマシになったでしょ?まあ、待遇の格差は仕方ありませんけど…」

 

 

ヨルダとヒルダではどうしても差が出てしまった。

保健室にあるベッド、体育に使うマット、そして毛布と鏡と髪を梳かすクシ。

これくらいしかヨルダの牢屋に持ち込めなかった。

それでも大量の藁が敷いてあるだけの石畳で寝るよりは大分扱いは改善された。

 

 

「そして貴女にはまだ働いてもらわないと困るのよ」

「同情のつもり?」

「そうね、エリートに対する待遇が許せなかっただけよ。ただそれだけ」

 

 

そもそもティリエルは、ここはおまけのつもりだった。

そう、彼女が牢の看守長になったのは、ヘカドスとグラフェルを煽りたかったのである。

 

 

『どうしてこうなったの…』

 

 

いざ、蓋を開けてみれば、次元転送悪魔の扱いが悪すぎた。

こんな体調で次元転送させれば、事故になりかねない。

どうせ次元転送の儀式を監視している兵士たちのストレス発散のはけ口になっているのだろう。

ヨルダの肉体には魔力欠乏症の症状以外にも痣や切り傷が残っていた。

 

 

「それに私はここの責任者なの!ここで死なれたら困るわ」

 

 

ぶっちゃけ本音は、ヨルダ自体は死んでもしょうがないとティリエルは思っている。

ただ、自分が管轄する牢獄で死なれると困るので扱いは良くした。

 

 

 

「ティリエルと言ったか?」

「はい、なんでしょうか?」

「魔力欠乏症の薬を手配してくれないか?」

「残念ながら貴女はともかく次元転送悪魔にはあげられないわ」

 

 

わざとらしく肩を竦めたティリエルはヒルダの提案を拒絶した。

しかし、その意図が読めたヒルダは歯を噛み締めた。

 

 

「……私がその薬が必要と言ったら?」

「あら、貴女に魔力欠乏症の薬など必要には見えませんけど?」

「ヘカドスの槍で刺された後遺症でな。未だに体内の魔力が拡散するので服用しているのだ」

 

 

ベヘモット34柱師団の刺客であるヘカドスにヒルダは槍で刺された事がある。

その槍は、傷口から魔力を拡散させる副作用があり、数日間も彼女は安静にする羽目となった。

既に傷と症状は完治しているが、ヒルダはあえて必要としない薬を要求した。

 

 

「なるほど、それは災難でしたわね」

「その割には手際が良いな?」

「既にヘカドスの報告書を確認しましたので、もしやと思って持参しましたわ」

 

 

すぐさま魔力欠乏症の特効薬である紛薬を取り出したティリエルを見たヒルダは皮肉で返す。

煽られてたら煽り返すのが流儀であるティリエルも負けじとお前の情報を掴んでいると脅迫した。

もちろん、あくまで建前であり、本命はさきほどから高熱を発している侍女悪魔用である。

ただ、ベヘモット34柱師団は、焔王付き侍女悪魔を敵視しているので彼女の為に薬は出せない。

 

 

『なるほど、わざわざ回りくどいやり方をしたな』

 

 

ようやく侍女悪魔ヒルデガルダは、目の前の悪魔の立ち回りを理解した。

どうやら彼女もヨルダを救いたいが、柱将であっても薬を直接手渡す事ができない。

なので自分を介して薬をヨルダに渡そうとしているのだと…。

 

 

『だが、それではダメだ』

 

 

ヒルダが頭を悩ましているのは、そんな単純な問題では無かった。

むしろ、それだけならティリエル以外でもできる事である。

では、何故ここまで悩んでいるかというと…。

 

 

「同情したつ…もり?私は、ヒルダの手なんて…借りないわよ」

 

 

侍女悪魔は主人に仕えるのが使命であると同時に他の主君に仕える侍女悪魔を敵視する。

血の繋がった姉妹であってもプライドや意地、主君への想いで仲が裂かれるのだ。

なのでヒルデガルダが薬を渡してもヨルダは決して服用しないと誰もが確信できる状況だった。

 

 

『……そういう事か』

 

 

ここで、目の前に居るティリエルが出した意味不明な提案が重要になってくる。

さきほど、彼女は「貴女方が入れ替わるのを黙認する」と告げて来た。

今になって分かる。

つまり、()()()()()()()()()()であれば、ティリエルが薬を飲ましてくれるという事だ。

次期焔王付き侍女悪魔が体調不良になったのであれば強制的に薬を服用させる義務が生じる為だ。

 

 

「おい、血を差し出すから()()()()()()()に薬を飲ませてくれないか?」

「分かりました。ならばさっさと飲みなさい」

「んぐっ!?」

 

 

ヒルダの要求に応えたティリエルはヨルダに薬を強制的に飲ませてベッドに寝かせた。

牢を解錠し、投薬からのベッドに寝かせるまでの早業にヒルダは素直に驚いた。

 

 

「まだ血を差し出してないのだが?」

「今、もらうわよ。牢の隙間から指を出しなさい」

 

 

口約束を信用できないと言った女悪魔が口約束を守ったからだ。

元からやるつもりなのは理解していたが、まさか先にそっちがやってくれるとは思わなかった。

そして先に相手が約束を果たしてくれた以上、ヒルダの行動は決まっていた。

 

 

「……はい、終了!それは貴女にあげるわ」

「回収しないのか?」

「何で白紙のまま届けないといけないのよ」

 

 

血を悪用するのかとヒルダは警戒していたが、約束通り【赤色の誕生日祝い(ブラッディ・バースデーカード)】を作成した。

そのせいで本気で何がしたいのか疑問に思ったヒルダは質問したが…。

ティリエルは無難な返答で済ませて会話を終了させた。

 

 

「そこまで貴様がやる事ではないだろう?何が目的だ?」

「私なりの気遣いと言ったところね。検問はする気はないから無難な内容に済ませておいてね」

「気遣い?」

「だって、今後ベルゼバブ4世はこの手紙でしかヒルデガルダを感じられなくなるからね」

 

 

納得できずに追及したヒルダは、ようやくヒントを得られた。

「この手紙でしか…」という言葉に彼女は戦慄をした。

つまり、主君とはこの形でしかやり取りが残せない。

いや、残せなくなるのだ。

二度と主君と面会できなくなる事態が発生する事を意味していた。

 

 

「……貴様の目的は何だ?」

「さっきも言ったでしょ?エリートに対する扱いが許せなかった私によるせめてもの気遣いよ」

 

 

執拗にしてくる質問を嫌々と返答をしたティリエルは持ち込んだベッドで寝転んだ。

囚人たちの前で就寝というのは変であるが、寝るスペースしかない契約者の部屋よりマシだった。

一応、押し入れとか収容スペースはあったものの囚人部屋に近い状態であったのだ。

 

 

「あー幸せ!!ここが牢獄じゃなかったら天国だわー!!」

 

 

なので思わず本音が飛び出してしまうが、ティリエルは気にしない。

ヒルデガルダは自分の末路を察してそれどころじゃないし、ヨルダは寝落ちした。

もし、発言がバレたとしても罰せられる事はないのでどうでもよかったのである。

あえて消灯せずにアイマスクを着用した彼女は、瞼を閉じた。

ようやく長い一日が終わったと実感し、あっという間に睡魔に呑まれていった。

たった今、柱に取り付けられた時計の針が示すのは午前2時半。

物流関係者と不審者とこの時間帯しか活動できない不良くらいしか外で活動しない時間帯だ。

 

 

『なるほど、いざという時に変わり身で逃がせという事か』

 

 

なお、唯一起きているヒルデガルダは拡大解釈をした。

それは、ヨルダの約束は絶対に守られないので全員転送したら変わり身で逃がせと受け取った。

 

 

『わざわざ私の前で寝たという事は、見てない所で逃がせという意志表示なのだな!』

 

 

そしてティリエルが管轄している牢獄以外で逃がせば対処しないとも受け取ってしまった。

当然の事だが、ティリエルはそんな事考えていないし、させる気はない。

だが、あまりにも彼女がお人好しだったのでヒルダは、彼女を最大限に利用する事にした。

 

 

「むにゃむにゃ…」

 

 

まさか囚人である侍女悪魔にすら利用される羽目になるとは思わなかったティリエル。

理不尽な上司と環境では発生しなかったはずの新たな頭痛の種を抱える羽目となる。

 

 

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