【ベヘモット34柱師団】お嬢様剣士ティリエルの憂鬱 作:Nera上等兵
天は二物を与えずというが、実際はそんな事は無い。
生まれながらにして頂点に立つ存在とは確かに存在していた。
人間であれば、努力すれば報われるかもしれないが、悪魔はそうではない。
ミジンコが宇宙に勝てるか?と問えば、誰もが無理だと返答するだろう。
下級悪魔と大魔王には、それほどの実力差が存在しているのだ。
「ティリエル!!最近、調子に乗ってないか?」
「乗るも何も私は、ただ忠実に命令を遂行しているだけですわ」
【第3の柱】ケモル柱将が同格であるティリエル柱将に喧嘩を売ってきた。
同じ魔族で同格の階級があったとしても、いがみ合うのは悪魔も同じである。
『優秀な私はこいつを完全にスルーできる。いや、してみせる!』
闘争心があるのは結構だが、ここで喧嘩を買ったところで利点は一切ない。
当然の事ながらティリエルは華麗にスルーして任務を遂行するつもりだ。
「貴様、どんな手を使った?」
「どんな手とは?」
「とぼけるな、お前が暗躍しているのは分かっているんだぞ?」
「ああ、よろしければどんな手を示しているか、ご教示くださいませんか?」
残念ながらティリエルには読心術の心得がない為、この仮面男が何を言いたいのか分からない。
ただし、どうしてこいつが喧嘩を売って来たのかは分かっている。
「ベヘモット様に何度も勅令を受けるとは明らかにおかしくないか?」
「先行して人間界に参りましたので尖兵として工作、交渉などを命じられておりますが何か?」
要するにケモル柱将は、ティリエルが元団長からの勅令を承るのが気に食わないらしい。
彼女からしてみれば、だったら代わりに「任務を遂行して頂戴」と発言したい。
しかし、それは淑女のやる事では無いので建前を述べて彼を牽制した。
「でしゃばって牢番であるオレの部下を恐喝したのは何故だ?」
「あら?貴方の部下の任務は、次元転送悪魔の護送及び見張りでしょ?」
「何が言いたい?」
「暴力という越権行為を目撃したので忠告しましたのにここまで責められるとは思わなかったわ」
兵士が任務以外の行動を起こせば、それこそ大問題となる。
ましてや、下っ端が越権行為で暴れているならば対処するのが柱将の仕事だ。
意訳すると「お前の管理が悪いせいだろうが!」と述べる女にケモルは苛立ちを募らせる。
「
「構いませんわ、どうぞご勝手に詮索なされてくださいまし」
そもそもベヘモット元団長は無能に仕事を振らないタイプである。
つまり、『お前が無能のせいだ』と受け取ったケモルはティリエルに宣戦布告した。
が、悪魔野学園から一歩も出られない彼がどうやって彼女の悪事を暴くか疑問である。
せいぜい言いがかりで柱将を蹴落とそうとするのであろうが、それで達成するなら苦労しない。
『アホくさ!まだ感情的に行動する不良の方がマシだわ』
だからこそティリエルは、ヘカドスとグラフェルの失態を示す証拠を探しに来たのである。
足の引っ張り合いではあるが、少なくともナーガ班が独断で動いたという直接証拠が大きい。
彼は嫉妬で動いているせいで正当性がないどころか、間接的にベヘモットの足を引っ張っている。
『とはいえ、ここまで露骨に対応させれれば、こちらにも考えがあります』
ここまで侮辱されれば、同格であろうとも対策を打たなければならない。
舐められたら終わりと考えるのは、人間だけではないのだ。
「…余裕そうだな、どうやら相当、面が厚そうに見える」
「えぇ、ベヘモット様からの勅令を遂行しているだけでやましい事はしておりません…それに」
「それに?」
「これ以上、勅令を妨害するのであれば…一度、武技で決着をつけませんこと?」
「本性を現したな野蛮な女狐め!!絶対に尻尾を掴んでやるからな」
柱将同士の戦闘は禁じられているが、公認された決闘であれば、やる事ができる。
柱将という地位に慢心し、ぬるま湯に浸かって努力を怠った奴には脅迫が一番であった。
現に女柱将が双剣を見せつけただけでケモルは負け惜しみもできず逃亡する様に去っていた。
『…ったく、だから目立ちたくなかったのよね』
少しでも目立つと無能が全力で足を引っ張って来るから困る。
質の悪いのは、あれでも柱将になれるほどの実力はあるという事だ。
つまり、同格である以上、彼女が取れる選択肢は限られる。
そして独り言を言葉に出さなかったのは、大物に目撃されているからだ。
「災難だったなティリエル柱将」
「バジリスク柱爵様、お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」
さきほどのやり取りをバジリスク柱爵に目撃された以上、ケモル柱将は動きにくくなるだろう。
喧嘩を売っておきながら決闘を恐れて尻尾を巻いて逃走した柱将を武人の彼が見逃すはずがない。
「さきほどの件は、ケマル柱将も含めて内密にお願い致します」
「よいのか?せめて上官だけでも…」
「今回の件は説明不足による不手際となりますのでこちらで対応しておきますわ」
なお、ティリエルはこの武人がレイミア副団長に気があるのは知っている。
むしろ彼女に会う口実が欲しくて進んで絡んできたように見える。
でなければ、彼の性格上、すぐにでも仲裁して双方に事情聴取していたはずだ。
「…うーむ、貴公がそれでいいとなれば、わしの出番はないか」
「柱爵が直々に動く事態など緊急時に他なりませんので…」
「そうか、何か相談事があればいつでも受け付けてるぞ!」
「はい、ありがとうございました」
会釈してバジリスク柱爵の背が見えなくなった瞬間、ティリエルは笑顔を止めた。
『どいつもこいつも!!くだらねぇ事でウジウジ言っちゃってさ!!ホント最悪!!』
何が武人だよ!!何が相談に乗るだよ!!何がわしの出番だよ!!
上は好き勝手言って!!同僚には嫉妬や侮辱され!!部下には舐められたり馬鹿にされる!!
あんまりの扱いにティリエルは、ベヘモット34柱師団を退職したくなった。
『別に辞めてもいいけどさ!!まだ目立つわけにはいかないのよ!!』
そもそもティリエルの夢は、亡国になってしまったヴァッハムート公国の再興である。
上級魔族で一目置かれる邪竜族でも名家に生まれた彼女は傲慢極まりない存在だった。
自身の金髪は、同等の重量の金に匹敵し、完璧で究極のプロポーションと本気で思い込むほどに。
更に優秀だった初代公主の転生者と自負し、唯我独尊を地で行く彼女は、確かに優秀過ぎた。
「何か手を打たないとまずいわね」
ただし、大魔王や他の【七大罪】に比べるとあらゆる実力が遥かに劣る。
最大の武器である女体による魅了も生まれながらして覇者となる存在を振り向きはさせない。
今では、思春期を迎えた男子高校生の目の保養になる程度には落ちぶれていた。
ただし、その不遇さと逆境が皮肉にも彼女の傲慢さを矯正する事となった
「他の連中を出し抜くならやる事は1つね」
邪竜族は、プライドが高いせいで自分を強化する為に人間と契約するという概念はない。
だからこそ人間と契約しているティリエルは、その分野だけは誰よりも詳しい。
いや、詳しくならざるを得ない。
『人間との契約に関してしっかりと調べておかないとね』
事故とは言え姫川のマンションにおけるグラフェルの強化具合を目撃すれば尚更だ。
人間を使用制限がある強化アイテムと考えれば、少しは気が楽になる。
つまり、今やるべきことは契約者を利用して自分を強化する特訓であった。
「そうと決まれば、計画を立てて実行しましょう」
どうせ、契約者はバイトで悪魔野学園に来るのでこちらから向かう必要はない。
ついでに人間界で有利に立ち回る為にある一手を打っている。
なので、自分が何をしたいのか明確にする為に割り振られた個室に向かう事にした。
「ん?」
無駄に豪華な絨毯が敷いてある廊下を歩いていると緑髪が印象的な若い悪魔を目撃した。
その瞬間、ティリエルは回れ右して遭遇しないようにしようと試みる。
「おお!ティリエル!!」
しかし、ベルゼビュートの第一王子、通称“焔王さま”に見つかってしまった。
発見された以上、逃亡すれば不敬となるのでティリエルは大人しく彼の元に駆け付ける。
回れ右した時点で不敬だって?それはそう。
「焔王様、何かお探しになられていらっしゃるのですか?」
「なんと!?何故に余の考えている事を見抜いたのじゃ!?」
「いえ、なにやら悩まれていたご様子だったので…もしやと思いお訊きしましたわ」
いきなり自分の考えていた事を指摘されて驚く焔王の質問に対して彼女は無難な返答を述べた。
『どうせ焔王付き侍女悪魔でも探してるんでしょうね…』と思いつつ濁した表現をする事にする。
理由は、そこにツッコミを入れると「どこに居るのじゃ!?」と喚くのが目に見えたからだ。
「ヨルダたちが見当たらぬのじゃ!!今日はゲームで対戦する予定じゃったのに!!」
「だってクビにされたですもの。居るわけないでしょ」などと言えるはずも無かった。
しかも彼の反応からベヘモット34柱師団は主君に対して侍女悪魔をクビにしたと報告していない。
主君に黙って侍女悪魔を辞職させるのに首を傾げざるを得ないが更に厄介なのは…。
「なあ、皆に訊いてもどこに居るのか教えてくれないのじゃ、そなたは知っておるのかのう?」
主君の質問に対する返答にティリエルは本気で悩んだ。
別に無難に返答しても良いのだが、馬鹿だがアホではない王子は異変に気付いてしまっている。
今すぐにでも泣きそうなほど悲しそうな顔をなされているのでマジで何とかしないといけない。
そうしないと泣かれた瞬間、ティリエルは劫火に包まれて消し炭になりかねなかった。
「えーっと…それは」
「何故、皆!余の傍から離れてしまうのじゃ!!余は…余は…」
“ゲー魔王”と自称するほどゲーム好きの焔王ではあるが、深い闇を抱えている。
まず、母親であるアイリス様の愛を求めているのにそれが叶うことは無い。
むしろ、母親から捨てられたと自覚しており、それを隠す為にゲームに打ち込んでいた。
そして、名前も襲名された異名であり、本名では無かった。
適当で有名な大魔王の事だから「分かりやすい名前でいいよねー」と名付けたのだろう。
問題なのは、王子の本名は母君が名付けたのでそれを失うとなれば…。
「教えてくれティリエル!!余はまたしても捨てられたのか!?」
大魔王の長男となれば、畏れ多く友人となる存在は近づいて来ない。
友人になれそうな存在が居たとしても侍女悪魔や護衛師団に追い返されてしまう。
故に彼は孤独であり、普段の振る舞いとは裏腹に孤高になりきれない少年であった。
『ああ、めんどう……』
一応、護衛や侍女悪魔が相手をしてくれるが、接待されていると彼も気付いている。
だからこそ本気で相手をしてくれる石矢魔の不良との対戦ゲームにのめり込んだのだろう。
「いえ、そんな事はありませんわ」
「では、何故余の傍にいないのじゃ!」
とりあえずこの状態を放置するのは非常にまずい。
だからといって適当な事を言えば、後で問い詰められる。
ティリエルは主君に対して無言を貫くか、適当な建前で誤魔化すか、事実を話すか。
3つの選択肢に絞られた。
「それは焔王様を守るために修行をなされているからですわ」
「修行?」
「えぇ、焔王様は爆発事件に巻き込まれた事がございますよね?」
「ああ、あったな。それがどうかしたのか?」
噓も方便という事でティリエルは嘘をつく事にした。
しかも、ベヘモット34柱師団も侍女悪魔も問い質せないように上手い嘘を付く事にした。
「主君を見守る侍女悪魔が事件を予見できず主君を危険を晒したという事実が大きくて…」
「何が言いたいのじゃ?」
「このままだと…ヨルダたちは主君を守れない無能としてクビになってしまいます」
「なんだと!?」
どう足掻いても居場所を訊かれると勘付いたティリエルは、嘘をついた。
いっそ、クビという単語を出しておいた方が今後に良いと考えたのだ。
どうせ侍女悪魔を見下している誰かが「クビ」だと漏らす奴が居ると考えたのもある。
「余は認めないぞ!!」
「お気持ちは痛いほど分かります」
嘘に噓を重ねるほどバレた時がまずいとは理解している。
しかし、焔王付き侍女悪魔がクビにされたと知れば大惨事となる。
なので彼女は、次の一手を打つ事にした。
「ですので、ヨルダたちは焔王様に再び仕える資格と実績を得る為に修行しておりますわ」
「再び仕える」という単語を出せば、一時的に自分の元を離れたと錯覚させる事ができる。
これで一旦、焔王に仕える侍女悪魔が不在の理由を伝える事ができた。
「じゃあ、何故余の耳にその情報が入って来ないのじゃ!?当事者であるぞ!?」
当然の事ながら、護衛や従者が交代する報告を受けていないと焔王は抗議した。
「主君が露骨に侍女悪魔を支援すると焔王に仕えたい侍女悪魔候補生が抗議しますので…」
むしろ、焔王に仕える侍女悪魔が居ないので弟君の侍女悪魔を
こうやって無駄に焔王の質問に答えているティリエルすら焔王の中に眠る力を恐れているのだ。
「今すぐ呼び戻せ!これは命令だ!!」
「ヨルダたちの努力を無駄になされるおつもりですか?」
「え?」
「侍女悪魔にとって主君に心配をかけるのが一番の恥とされます」
分かって無理難題を振って来るベヘモットよりは、仕える主君としてはマシに見える。
だが、彼は現実を知らなさ過ぎる純粋な少年。
「恥…だと?」
「いずれ大魔王となられるお方に
「ん?」
「焔王様に愛されてズルいと嫉妬する輩がそれほど多いのですのよ。いや、本当に…多くて…」
あらゆる勢力から利用されるのが目に見えており、すぐにでも破滅しかねない危うさがある。
それほど危うい存在だからこそ、ベヘモット34柱師団は主君を外敵から守り続けたのだ。
野郎共を口先三寸で破滅させてきたティリエルは、その純粋さを利用する事にした。
「それに大魔王様は、焔王様に危険を晒す侍女悪魔をそのまま放置するお方ではありません」
「……え?」
「今は静観なされておりますが、いつ大魔王様の命で後任が配属されるか分かりません」
ここで焔王は、ヨルダたちの立場が相当まずい事に気付いた。
下手にここで口出せば、自分より上、すなわち大魔王が動き出す。
駄々を捏ねたところで大魔王による鶴の一声で全てひっくり返されるのだ。
ましてや家族を危険に晒した存在を彼は容赦はしない。
実際に体験しているからこそティリエルの発言に説得力があった。
「ど、どうすればいいのだ!?どうやったらみんなが帰ってくるのだ!?」
「ご安心くださいませ、彼女たちは再び焔王様に仕える事ができます」
「え?」
「なので修行をなされておりますの。そうでなかったら修行などしませんので…」
てっとり早く洗脳したいのであれば、一度絶望の底に突き落としてから希望を見せればいい。
縋る様に手を伸ばす存在に対して優しく語り掛けて何をするべきか提言するのだ。
『嘘も方便』
他者は自分を見てくれないが、相談相手だけは理解してくれると錯覚できれば更に都合が良い。
悪魔らしく思考誘導をするティリエルは、焔王にしばしの間、侍女悪魔が居ないだけだと伝える。
「何か余にできる事はあるか?」
「焔王様は知らないふりをして彼女たちが戻って来た時にサプライズをするべきですわ」
「今、出来る事はないか!?」
『なんでこんな事をやってんだろう私』…とティリエルは内心に思いながら思考を巡らせる。
下手に焔王に動かれると大惨事になるのは目に見えるし、責任がこっちに来るのは明白だ。
だからといって焔王の努力が侍女悪魔に伝わらないのも後で厄介な事になりそうなのは分かる。
「彼女たちに応援の一言をご記入するだけでよろしいかと…」
「記入?」
「えぇ、この手帳に応援のメッセージを記入して頂けるだけでヨルダたちの励みになりますわ」
嘘を重ねたせいか、色々と苦し紛れの手段ではあるが、あの侍女悪魔には効果抜群だろう。
むしろ、次元転送悪魔をコキ使う為の餌になるのでこれが精一杯の譲歩であった。
「なあ、これで本当に良いのか?」
「焔王様に仕える者として幸甚の至りの宝物となりますわね」
「そういうものなのか?」
「えぇ、おそらく兵たちにも同じ事をすれば、更なる忠誠を誓うでしょうね」
と言うが、実際は後任が居ないせいで第二王子付き侍女悪魔を勧誘している状態である。
ベヘモット34柱師団にチヤホヤされている第一王子は、その事には気付ける訳がない。
いや、友達が居ないので本心では『嘘だな』と勘付かれているかもしれない。
「…主君に危険を晒した侍女悪魔を良く思わない兵が居ます。この件はご内密にお願い致します」
「ああ、必ずヨルダたちに渡してくれ」
「お任せくださいませ。必ずやメッセージを届けて参ります」
焔王直々のサインが記された手帳を受け取ったティリエルは主君に釘を刺した。
「侍女悪魔の件で大騒ぎするのはマジで止めて」…と。
その想いが届いたのか焔王はそれ以上の言及を避けてその場から去っていた。
「…にしても」
それを見届けた後、地震に満ち溢れた表情をしつつ優雅に歩くティリエルは1つだけ思った。
『めんどくさ…』
無駄に高位である純粋な少年を騙すのは、予想以上に面倒だという事だ。
保護者面しているアホ共が山ほど居るせいで関わる事すら億劫になる。
そりゃあ、独りぼっちになるわ…と思うほどだ。
「で?貴女は一体何をしているの?」
憂鬱な気分で牢獄に向かったティリエルは、更に顔を両手で覆いたくなる事態を目撃した。
「見て分からんか?」
「侍女悪魔のする事はよくわからないわね」
何故かゴスロリ衣装を脱いだヒルデガルダが筋肉トレーニングに励んでいた。
確かに娯楽が無いとはいえ下着姿でトレーニングされても困る。
実際、時間外とはいえ野郎共が入室してくる可能性があるので止める事にした。
「ちょっとは人質らしい振る舞いでもしたらどう?侍女悪魔がやる行為じゃないでしょ?」
「大人しくしていたら坊っちゃまの元に帰してくれるのか?」
「まさか!そんな事したら私が打ち首になっちゃうわ」
侍女悪魔が努力を相手に見せる事自体が珍しい。
冗談を言いつつもティリエルは珍しい物を見たと満足げになりかけた。
「ただでさえ療養で身体が鈍っているのだ。別に構わんだろう?」
「だったらスプーンは要らないでしょ?返却をお願いします」
「性格が悪いな?」
「あんたに言われたくない」
隠しているようだが、ティリエルにはお見通しだった。
渡された食器は牢の外に出されているが、スプーンが見当たらない。
コツコツと石壁の隙間を拡張する為に掘っていたのだろうか。
それとも隙を見せた自分に襲撃する為の武器にしているのか。
「はぁ…」
しぶしぶ返却されたスプーンの曲がり具合を見てティリエルは溜息を吐いた。
やはり、この女は油断できないな…と思いつつヨルダの居る牢に向かう。
「そんな無様な姿で居るなんてよっぽど酷使されたようね?」
「うるさい」
ここに居る侍女悪魔姉妹というのは、エリートなのだがやっぱりどっかズレている。
ヨルダの場合は、毛布に包まって奥で寝込んでおり、顔すら見せる気はないようだ。
つまり、顔面に何かしら暴行を受けたといっても過言ではないだろう。
「そういえばさ、焔王様が…やっぱやめた」
「…何?」
焔王の名を出すだけでこっちに振り返ったヨルダの頬は腫れていた。
確かに護衛師団を出し抜いた侍女悪魔を恨む者は多い。
だが、さすがにこれはやり過ぎに見える。
「ヨルダはどこだーって言っててさ。よっぽど愛されているのね」
「……どういう意味?」
「貴女たち宛に応援のメッセージを頂いたわ。まあ、私からすればどうでもいいけどね」
手帳を開いて焔王のメッセージを軽く見せただけでヨルダは詰め寄るように牢の柵を掴んだ。
さすがに抵抗はする気はないが、何か言いたそうだ。
『喰らい付いた』
さっきまでのストレス発散も兼ねてティリエルはヨルダをあえて煽る事にした。
「あれ?どうしたの?何か言いたそうね?」
「わかってる癖に…」
どんな気持ち?ねえどんな気持ち?ねぇねぇ!!とめっちゃ煽りたいティリエルは…。
「……残念ね、その程度の忠誠だったの?」
やはり病人を弄るのは無理があったのかヨルダはそのままゆっくりと倒れてしまった。
まだ意識はあるようだが、そのまま放置すれば更に悪化するだろう。
愚か者を見下すのは大好きだが、エリートの末路と考えると思うところはある。
「その手帳は貴女にあげるわ。その代わり薬は飲んでおきなさい」
「……同情するつもり?」
「任務達成前に死なれたら困るだけよ。これくらいしないと無茶するでしょ?」
「うるさい」
「はいはい、焔王様にはヨルダに応援のメッセージを手渡したとでも伝えておくわ」
焔王のメッセージ付き手帳と錠剤を牢の中に置いたティリエルはその場を後にする。
下手に監視を続けるとあの女はその間、無茶を続けると理解しているからだ。
『嫌われ役は辛いわねー』…と他人事のフリをして消灯し、部屋から出て行った。
『ああ、めんどくさ』
そもそもティリエルは明日の授業で頭が一杯だった。
校長曰く「焔王様が楽しく人間界を学んでもらいたい」という事で授業をするそうだ。
『ふーん』と他人事に思っていたティリエルは、人間の教師の対応をさせられる羽目になった。
今、思い出してもクソみたいな命令を下す元団長の顔面を殴打したくてしょうがない。
「人間界に詳しいティリエルちゃんなら対応できるじゃろ?」
「さすがに急過ぎて対処しようがありませんわ」
「大丈夫じゃ!レイミア副団長が作った書類がある。後は教師との打ち合わせだけじゃ!」
「その書類がここに届いたのはいつ頃でしょうか?」
「3日前じゃ!!」
朝から呼び出しを喰らってその結果がこの有様だ。
だったら早く渡せよ…とツッコミを入れる気すらなかった。
幸いにも契約者から徴収した携帯電話で色々調べられて時間短縮ができた。
そしていろんな奴を相手にした結果、ムカついてしょうがない。
「写メ送信…と」
とりあえず、自撮りした写真をメールに添付して契約者に送り付けた。
いくら道具として利用するつもりでも、適度な手入れをしなければ役に立たない。
少しだけエッチな写真を送る事で男子高校生の心を鷲掴みするのは忘れなかった。
『契約者に関しては建前も嘘もつかなくていいから気が楽だわー』
自分の夢の実現の為ならどんな手段も
だからといって限度はある。
対等の存在など求めないが、自分の身を案じてくれる存在くらいは欲しい。
『それこそ革瀬くらいは私を労わって欲しい』
こんなに頑張っているティリエルちゃんを褒めて。
今の想いを一言で表すとこうなる。
『なんてね』
自室に戻って15分ほど折り畳み式の携帯電話を弄ったティリエルは溜息をつく。
歩くだけで誰もが振り返るお嬢様系の美少女悪魔であっても、悩みは付き物だ。
『あと少し……』
だが、今抱えている悩みが解消されるのも時間の問題である。
男鹿辰巳、カイゼル・デ・エンペラーナ・ベルゼバブ4世の契約者。
きっと彼なら慢心で腐敗した組織が変革するきっかけになってくれるだろう。
『早く来ないかな……』
派手にぶっ飛ばされる柱将の姿を思い浮かべたティリエルは自然と口角が釣り上がる。
こんな感情を思い浮かぶのは初めてであるが、馬鹿共がボコボコにされるのは気持ちいい。
それに自分なら彼を誘導できると確信している事も影響しているかもしれない。
『ふふふ、楽しみだわ』
ティリエルとしては、適当に暴れてもらって護衛師団に悪評をもたらす事を期待した。
しかし、彼女は知らない。
組織を正す為の暴力装置としか思ってなかった男が大半の団員をぶっ飛ばす事になるとは…。
なにより、彼のせいで更に自分が苦しむ事になるとはこの時、予想だにしなかった。