【ベヘモット34柱師団】お嬢様剣士ティリエルの憂鬱 作:Nera上等兵
「ジリジリジリ」と三度寝を知らせる目覚まし時計のアラームが鳴った。
それを左手で軽く叩いて音を止めて革瀬は時刻を確認した。
「やべぇ遅刻!?…いや今日は土曜日か」
珍しく寝坊したと思ったが土曜日だという事を思い出す。
何故、起きなかったのかと考えてみるとそもそもアラームが鳴ってなかった。
普段は携帯のアラームで起きているのだが、あの女悪魔に提供したので手元に存在しなかった。
「チッ!夢じゃなかったのか」
左手首を見ると表皮が模様のように黒くなっていた。
血豆のようにも見えるが、カサブタにしては異様に綺麗で違和感がある。
それはともかく今週はバイトもないのでゆっくり家で過ごせるというわけだ。
「なんかあったっけな」
寝ぼけたまま冷蔵庫を開けてゴソゴソと探すと賞味期限が近い『ハム』を発見した。
机の上に置いてある菓子パンと一緒に食べれば腹が満たせそうだ。
トイレに行って顔を洗って目を覚まして席に座りいつもよりは遅い朝食が始まる。
「ん?こんな時間に?」
そしていざ、食べようとすると玄関のチャイムが鳴り響いた。
この時間帯に宅配便が来るのは珍しいが、そもそも何も注文していないはずだ。
まーた、どっかの不良かカルト教団の宣教師のおばさんが訊ねてきたのかとうんざりした。
『……おいおい』
玄関のドアにある覗き窓を覗くとなんと昨日遭遇した女悪魔がそこに居た。
相変わらず金髪の縦ロールが印象的なお嬢様のようである。
しかし、前と違って何か疲れ切っている様にも見える。
ここで無視してもいいのだが、この石矢魔に暮らしてきた経験が本能に知らせる。
無視をしたら『碌でもない事が起こる』…と。
「はーい、どちら様ですか!?」
「お届け物を届けに参りましたわ」
こう返答されれば出ざるを得ない。
もしかしたらガラケーが返ってくるのかと思いつつドアを開けた。
「……で、届け物って言うのは?」
「ここで立ち話をしたくないから部屋に入れてくださらない?」
「断る。一人暮らしの学生の部屋に見ず知らずの女を招きたくない」
「どうして?」
「ご近所さんに変な噂が流れるからだ」
近所のおばちゃんは近隣の住民の情報に飢えている。
お節介ならまだしも、あらぬ噂を流して風説の流布で裁けないかと思うほどだ。
特に不良が女を部屋に連れ込んだと知られれば碌な事が起きないのは間違いない。
そもそも革瀬は付き合っていない女を部屋に招く気はなかったのだが。
「うん、合格!」
「いててててて!!」
突然、左腕を掴まれたかと思うと勢い良く捻られて全身を床に倒された。
その隙に入室されてドアを閉められたのを実感するが、どうする事もできなかった。
「手荒な真似はしたくなかったんだけどさ。ここの連中を相手にするのは疲れたの」
「情報収集も兼ねて少しだけお世話になるわ」
女悪魔こと、ベヘモット34柱師団のティリエル柱将は、既に心が折れかけていた。
魔界に帰るつもりが、潜入調査の続行を命じられた挙句、一睡もできずここまで彷徨い続けた。
ようやく安全地帯を発見できて嬉しいのか、格下であったはずの人間に本音を告げる有様だ。
「それが部屋主に対する態度か…?」
「己の立場を力で知らしめるのが一番効率が良いと思いましてね。あんたもそう思うでしょ?」
これ以上虐める気はないのか男の腕を放したティリエルは靴を脱いで部屋に入っていった。
『今日も厄日だな』と思いつつ革瀬はとりあえず、横暴な客をもてなす準備をする。
騒動で近隣の住民に気付かれるくらいならご機嫌を取った方がマシだと判断したのだ。
「分かったよ。客人を迎える準備をしたいから少しだけ待ってくれないか?」
「気が利くわね」
「あんたが力ずくでそうさせたんだろうが」
「余計な一言は乙女に嫌われるわよ」
良くも悪くも横暴な連中の扱いに慣れている革瀬は軽口を叩きながら支度をする。
食卓にあった私物を退かして代わりにミネラルウォーターを置いた。
未開封の菓子パンと飲料水という地味な食事だが、これで歓迎するしかない。
ここでは最大級のおもてなしだが、女悪魔の口に合うかは未知数である。
「お待たせしました。どうぞ召し上がってください」
「ありがとう。さっそく頂くわね」
押しかけ女房ならぬ押しかけ女悪魔は、菓子パンの袋を開封し、お上品に食べ始めた。
さすがお嬢様の風貌という事もおり、菓子パンを食べているだけなのに絵になる光景だ。
異国のお嬢様に見えてしまい一目惚れしそうである。
…とはいえ、中身はあの東条をボコボコにする悪魔と同族だと分かっている。
適当に機嫌を取って話を聴いたらお帰り願おうと革瀬は思っていた。
「なあ、何で俺の家が分かった?悪魔と契約した気はないんだが?」
「そりゃあそうでしょ。私が勝手にあんたと契約を結んだんだから」
「待て待て!!本人の意志なく契約なんて成り立つのかよ!?」
「むしろ光栄に思いなさいよ。このティリエル様の下僕になれたことをね!」
最初に出会った時にも思ったのだが、この悪魔はかなり自分勝手で横暴である。
その割にはどこか抜けており、お嬢様キャラを崩したり隙があるように見える。
爆弾発言をしてきた女悪魔にどう質問していこうかと考えるが…。
それを察したように悪魔が先手を打ってきた。
「私は人間界で工作をしないといけないんだけどさ。人間の協力者が必要だったの」
「昨日の活躍であんたが適任だと思って先手を打ったんだけど、正解だったわ」
「こうしてあんたの住所を特定するだけではなく現地人の意見を聞けるからねー」
そう告げたティリエルには余裕はなかった。
今振り返っても蘇る悪夢のような光景にうんざりしている。
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「え?今なんて仰られましたか?」
ティリエルは、昨日の晩に発生した騒動を通信機で介してベヘモット団長に報告をしていた。
本来であれば、命令違反を犯した部隊の状況報告をして魔界に帰るつもりだった。
「引き続き君には人間界で調査を続行してもらいたい」
ところが予想外の存在が出現したせいで予定が全部狂ってしまった。
独断で動いたナーガ班と交戦していた【
交戦して戦闘力が判明した第二王子の契約者よりもそっちの方が問題視されていた。
「どうやらわしが隠居している間に重要な事件が人間界で起こっているらしいのう」
「ティリエルよ!再びナーガ班が人間界に向かうまで引き続き調査をよろしくの!」
それだけならまだ分かるが、結論から言うとティリエルの目標は1つも達成できなかった。
ベヘモット団長の鶴の一声によってヘカドス柱将とグラフェル柱将の罪は有耶無耶になっている。
それどころか、汚名返上の機会が与えられた彼らは1週間後にまた人間界に来ることになった。
よってティリエルはそれまで人間界で単独で活動する羽目になった上に仕事が増えただけである。
『ふざけないでよ!!私をこんな肥溜めに置き去りにする気!?』
例えるなら出張したサラリーマンがアフリカ大陸で現地民と仲良くなったと本社の人間が知る。
そして未知の
拒否権などなく築いた功績を本社の人間に奪われると自覚しつつ活動しなければならない。
ティリエルが34柱師団の尖兵として人間界で活動するのは、そんな感じであった。
『しょうがない。これも私が優秀のせいだからね。あー人気者はつらいわー』
しかし、自尊心が無駄に高い彼女は嘆く事より前進するのを好む。
更に出世しやすくなったと割り切って人間界を調査する事にした。
しかし、入浴する事も出来ず相談相手も居ない為、ストレスを抱え込んでしまった。
いくら優秀でも資金なし、協力者なし、情報無しという縛りプレイの活動は限界があった。
「オイお前!どこ校だ!!堕天高校の縄張りに踏み込むとは良い度胸だな!!」
それでも上官に自分の優秀さを注目してもらおうと必死に暗躍しようと試みた。
だが、人目を避けようと午前5時に活動したら何故か不良の群れにティリエルは遭遇した。
彼女は知る由もなかったが、石矢魔という街は弱肉強食の世界だ。
通勤時間や昼頃に見かける不良は、堂々としている分、強いとされる。
頂点である石矢魔と歯向かう帝毛高校より下のヒエラルキーなどいくらでもあった。
『堕天』という名前負けをした不良たちは、朝方しかデカい面ができないほどの敗北者だった。
「オイ女!ここらじゃ見かけない制服だな!」
「堕天を舐めているのかコラァ!!」
よってティリエルは、そういった弱小勢力の片っ端から目を付けられる羽目になった。
軍服にミニスカとニーソを履いたお嬢様キャラなど不良にとって絶好なカモに見えていたのだ。
「待ちな!騒霊高校を無視するんじゃねぇ!!」
「ははっ!火炙り高校を舐めるなクラァ!!」
「鯖徒を忘れるとはテメェら義務教育からやり直しやがれ!!」
バカ1人に舐められてしまったのが運の尽き。
名も聴いたことがない弱小高校の不良が集結してしまい更に身動きが取れなくなった。
そして早朝限定の抗争が幕を開けようとしていた。
『えっ……なにこれ?』
人間を下等生物を見下していた悪魔ですら人間界の最底辺を目撃し、混乱を招かせた。
どうでもいい抗争が勃発しているのはまだ良しとしよう。
「この抗争で勝った勢力があの女をくれてやるぞ!!」
「乗った!!」
「って事でお前はくたばれ!!今日で童貞を卒業してやる!!」
「お前こそ童貞のまま死にやがれ!!」
何故か抗争に勝利した勢力の景品にされた挙句、目の前で仲間割れして喧嘩をする有様。
この場には偏差値20未満しか居ないのかと思うほどのバカばっかりであった。
『こいつら……私を舐めているの!!』
邪竜族の中でもエリート中のエリートである彼女からすれば同類にされたようで気分が悪い。
サクッと虐殺をしてもいいのだが、さきほど命じられたように主な任務は調査である。
よって怒りで手元が震えつつも、この場からどうやって逃げようかと考えていた。
「待ちな!」
すると、その状況を見てられなかったのかエアガンをぶっ放して目立つ男が居た。
善良な一般市民ならば、絶対に手を出す案件ではないので必然的に状況打開に期待ができる。
ティリエルもこの混沌な騒動を収める救世主が来てくれたと期待した。
「雑魚共は引っ込んでろ!!」
「MK5に道を空けろ!!」
ゴミ山にあるのはゴミしかないと証明する様にティリエルにとってはゴミが視界に映る。
新手もまた不良であり、無駄にポーズを決めている集団もバカそうであった。
「あ、あれは“マジで空気読めない5人組”でお馴染みのMK5!?」
「マジで空気読めねぇ連中だな!!KY5に改名しろよ!!」
「石矢魔の停学解けてやがったのか!?」
「ひえええええ!!関わりたくねぇ!!」
そこら辺に居た不良たちが説明口調で紹介する通り、石矢魔の勢力である。
弱小勢力にとって脅威である石矢魔勢力ですら関わりたくない連中。
…というより関わるのが面倒なのでデカい面ができる5人組が堂々と道を闊歩している。
「オイ!そこの女!!どこ校だ!?MK5に道を譲らねぇとは良い度胸だな!!」
そのリーダーである碇は、お嬢様のような恰好をしたティリエルを目撃をして喧嘩を売った。
他の4人組も「逃がさねぇよ」と言わんばかりに女を囲むようにポーズを決める。
発言者が違うだけでさっきと同じような台詞を吐かれた彼女は怒り心頭であった。
これ以上、舐められたらベヘモット34柱師団の恥だと錯覚するほどには激怒していた。
「ちょっと借りるわよ」
「え?」
たまたまバットを持った不良に一声かけてからティリエルは武器を借りた。
声をかけられた不良は、女に声をかけられた事がないのかあっさりと武器を明け渡す。
無駄にネバネバするバットを構えた彼女は、一番近くに居たバカに向かって振り抜いた。
「ぐはっ!?」
右目下のハートマークが特徴の嶋村が真っ先に顔面をフルスイングでぶっ飛ばされた。
「がはっ!?」
何が起こったか分からないベレー帽を被った長身の中田も腹を突かれて吹っ飛んだ。
「げはっ!?」
スキンヘッドの茶藤も脇腹をバットで殴打されて高速スピンで吹っ飛んでいく。
「ごはっ!?」
長髪長身のサングラス男の武宇も顎を殴打されて天空へと旅立った。
「ウソだろ…!」
格下には滅法強いMK5だが本物の強者には瞬殺される芸がある。
むしろ、MK5を瞬殺して初めて石矢魔で一人前とされる風潮があった。
とはいえリーダーである碇もここで瞬殺されるとは思っておらず、素直に驚いていた。
「ぎふっ!?県っていい所だよなああああああああああああ!?」
「うわあああ!?こっちくるなぎゃあああああ!!」
思いっきりバットでかっ飛ばされた碇に出来る事は限られた。
せいぜいボケをかますしかできない彼は移動先に居た不良を巻き込んで塀に頭から突き刺さる。
こうしてMK5は様式美となる瞬殺芸を不良たちに披露した。
「出たー!MK5瞬殺ぅ!!」
「これはスカッとジャパン!」
「親の顔より見た光景!」
「もっと親の顔を見てやれよ…」
周りに居た不良もこれには大はしゃぎ。
なんかムカつくが強いせいで無視するしかない不良たちはここぞとばかりに盛り上がる。
「よーし、抗争に勝利したらMK5を瞬殺した女が仲間になるぜい!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
もちろん、不良共がMK5瞬殺されるのを見ても改心するわけもなかった。
むしろ、名も知らぬ女が重要な戦力として誇示した以上、見逃されるわけがない。
「うるさい」
「「「「ぎゃあああああああああああああ!!」」」」
もちろん、ティリエルも見逃すはずもなくこの場に居た30人をバットで殴って瞬殺をした。
見下したはずの下等生物に暴力を振るうのは快感のはずであったが…。
さすがに精神的に辛くなってきた彼女は、急ぐようにその場を去った。
「おっと待ちな!」
「今度は何!?」
CSゲーのコントローラーがベトベトする現象のようにべた付くバットに苛立つティリエル。
その前に立ち塞がった男は、異様な格好とポーズを決めていた。
右腕にカードプレートとデッキホルダーを一体化させた【デュエルディスク】を装備!
そして両手をクロスしてカードを見せびらかすようにニヤニヤする大男が佇んでいた。
「おおお!!
「ついにあの無敗の男が動き出したか!!」
「やっちまえ左竹!!」
「というか…誰こいつ?」
取り巻きがギャアギャア騒いでいるがティリエルからすれば更にバカにしか見えなかった。
カードを手にしているので投擲し、敵に斬撃攻撃をするのかと思ったらそうではないらしい。
「おれと
打てよ打てよ! 打て打てよー! お前が打たなきゃ誰が打つ!
かっとばせー!ティリエル!ティリエル!ティリエル!!
なんて甲子園での応援歌の期待に応える様に華麗なフォームで左竹を振り抜いてぶっ飛ばした。
「左竹!野球やろうぜー!お前ボールな!」のノリで吹っ飛ばした彼女に迷いはない。
ちなみにこの応援歌って「狙いうち」という曲をアレンジしたそうですよ。
おかげで使用楽曲情報にコードを入力する羽目になったよ。
「あの女!!
「見損なったぞ!!このピーナッツ野郎!!」
「うるさい」
「「ぎゃああああああ!!」」
取り巻きをバットで殴打してぶっ飛ばすが彼女の憂鬱な気分は晴れない。
双剣でこいつらを惨殺したい気持ちが大きいが、あいにく手が汚れているおかげで留まっている。
「【
これを見た不良たちは武器を失ったと分かり再び調子に乗り出した。
「今だ!!やっちまえええ!!」
「うおおおおおお!!」
「「ぎゃああああああああああ!!?」」
彼女は歩けば歩くほど不良やチンピラに遭遇してその度に瞬殺をしていく。
殺人ができれば、もう少しマシになるのだが残念ながらその許可は下りていない。
よって革瀬の家を訪ねるまでティリエルは不良を100人以上相手にする事となった。
赤い大地では、畑で兵士が獲れるが、石矢魔では不良男子生徒がよく獲れるのだ。
「出荷よ」「そんなー」の流れで彼女は契約を施した男のアパートに辿り着いたのであった。
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…という事情をティリエルは話さなかったが、革瀬は彼女の様子から察する事ができた。
そうでなければ、プライドが高さそうな女悪魔が疲れた様子を見せるわけがない。
だからといって彼としても、ここに長居されるのは嫌である。
「避難所として活用してもいいが、ここで宿泊は止めてくれ」
「契約した悪魔を追い出そうだなんて勇気あるわねー」
「1Kの賃貸住宅で2人暮らせるわけねぇだろ!それに本人の同意くらいしろ!」
「なんで?」
「【契約】というのは2人以上の当事者が合意して初めて権利義務が発生するんだよ!」
ここは9畳という部屋の大きさに比例してキッチンと風呂が狭い。
近隣に不良が多くリスポーンするおかげで家賃は安いが2人で暮らすには不向きだ。
なにより悪魔と契約したつもりはない円泰は、疫病神を追い出そうと試みていた。
『ふーん、意外としっかりしてるじゃない』
今まで見て来た最底辺のバカたちのおかげで目の前に居る人間が優良物件に思えてくる。
一人暮らしをしているならば、自立する手段がある上にこの地域で生き残る術があると同意義だ。
それに簡潔にまとめられる発言と契約に関する考えを述べる事から頭の良さが分かる。
「いろいろ言いたい事があるんでしょうけど、先に自己紹介させてもらっていいかしら?」
「ああ、頼む」
腹を満たせてご満悦な彼女は、自身の野望さえ隠そうとせずに任務内容を暴露した。
ライバル2人を蹴落とす為に人間界に来たのは良いが、無理難題を吹っ掛けられた事。
突然、出現した【
『転送玉』のトラブルにより先遣班が1週間以上人間界に派遣されない事。
双剣と小道具以外を持ち合わせておらず一文無しでどう活動すればいいのか頭を抱えた事。
「そしてなにより私が可哀そうでしょうがないのー」
なにより不幸を大げさに嘆いて可哀そうな自分をアピールしていた。
これを見て革瀬は、目の前に居る女悪魔がいろんな意味でぶっ飛んでいる事を理解した。
お上品なのか性格がえげつないのか、そもそもこれすら演技なのか分からない。
1つ言えるとすれば、自身の可愛さを武器にしている面倒な性格の女という事である。
「人間のルールに従って行動するのは大変だよなー」
「そうなのよ。こっちが合わせてあげているのにバカは調子に乗るから困るのよ」
同情の言葉をかければ、本音なのかカマをかけているのか分からない返答が来た。
このままではずっと愚痴につき合わせられると考えた男は、1つの質問をする事にした。
「事情はよく分かったんだが、何故俺にそれを打ち明けたんだ?」
「さっき言ったでしょ。既に【契約済み】だからバレても問題ないのよ」
先ほどとは違って口角を釣り上げて笑う悪魔に違和感を覚える。
『なんで笑っているんだ…?』
『気になる?』
突然、彼女の言葉が脳内に響いて革瀬は慌てて彼女を見る。
そこに居たのは、まさしく悪魔であった。
「さっきからあんたの考えている事なんて筒抜けなのよねー」
「……いつからだ?」
「入手したあんたの血を私が取り込んだ時からよ」
「じゃあ…ずっとさっきから…」
「ご名答、だから分かるわよね?あなたがやるべき事を」
つまり、ここで知った事は他者に伝える事ができない。
脳内に考えている事をテレパシーのように随時相手に送られれば、どうしようもない。
しかも、まだなんか隠しているようで抵抗するのは不可能であると分かる。
伝えようとすると強力な呪いが発動して物理的に黙らせる事が可能であるかもしれない。
昨晩をもって革瀬の人権は、女悪魔のティリエルに踏み躙られた形となっていた。
「なるほど。つまり、俺はいつの間にか悪魔の手先になっていたわけだ」
「理解が早くて助かるわ」
「で?何の取柄もない俺に何をしろと?」
「資金調達の手段、そしてこの地域の注意事項を教えてくれると助かるわねー」
しかし、何故自分が契約者にさせられたのか革瀬は理解できなかった。
順応な人間などいくらでもいるはずだし、何より美女であれば勝手に有能な人物がやって来る。
自分と契約する利点が分からない彼は、遠回しに質問したがティリエルにはぐらかされた。
女悪魔が求めてきたのは、さっき聞いた事である。
なので真意は別にあると分かっていた。
「悪魔なら人間を恐喝するなりして金銭を稼げばいいじゃないか」
「私がそんな野蛮な事をする悪魔だと思いまして?」
『さっき暴力を振るったじゃないか』と口から飛び出しそうなのを必死に堪えた。
彼女の瞳は動きに揺らぎがあり、人間に計画をバラしている時点で正気ではない。
いや、正常な判断ではないからこそ先手を打つ必要があった。
「ああ、そうだな。あんたには似合わない事だな」
「ふふふ…」
「さて、一度休息を取るとするか。寝床を用意するから少し待っていてくれ」
夜中のテンションのまま動いているのかティリエルの話に歯切れがある。
無駄にプライドが高い彼女に自覚される前に休息を取ってもらう事にした。
コタツ用の布団と座布団、予備の敷布団を押し入れから取り出す。
そして日光が当たらない部屋の隅に置いて簡易な寝床として設置した。
「食費と宿賃は後で請求させてもらうからな」
「はいはい、資金を調達したら払うわよー」
女悪魔は相当眠かったのか。
明らかに罠だと分かる寝床に近づいて布団を被って寝てしまった。
『マジかよ。本当に寝やがった』
あまりにも無警戒過ぎて思春期真っ只中の革瀬も正直成功したのに驚いていた。
昨日まで女を泊めるなど夢にも思わなかったが、実際目撃すると夢の様な感じがする。
『さて、情報を整理するか…』
下手に動いて酷い目に逢うくらいなら情報整理をする事にした。
まずは、さきほどの第二王子の契約者というのは、男鹿 辰巳に間違いないだろう。
緑髪の赤ん坊を連れており、大魔王のご子息の格に似合う強さはあいつしかいない。
『次は“焔王”だが、居場所も名前も見当が付かん』
第一王子に関しては、どんな人物なのかさっぱりわからなかった。
少なくとも護衛師団の指揮官が勘違いで暴走をするほど主君の王位継承は有利ではない。
それも契約者が居ないと無力化されるほどの赤子と争っているとなれば尚更酷い。
なので少なくとも武力や名声が高いわけではないと推測はできる。
『ベヘモット34柱師団もここでは聞いた事ないな』
石矢魔で最強の男である東条 英虎が一方的に防戦になるほどの実力者揃い。
それだけで恐怖で身震いするが、その割には彼らによる被害が少なかった。
そこの布団で眠る女悪魔といい、無駄にプライドが高い事が起因しているのだろうか。
謎は深まるばかりだが、幸いにもありがたい事に動向を知らせてくれる悪魔が居る。
ヤバいと判断したら石矢魔から避難するのもありだろう。
『そしてこいつ…』
【第19の柱】とティリエルが自己紹介した以上、同格な存在が18人居る事が分かっている。
そして策略で蹴落とそうとするところをみると個の実力は拮抗していると推測できる。
【契約】という単語を口に出したのは気になるが、現時点では左手首はカサブタ以外異常はない。
『さて、どうするべきかな』
これからやるべき事は、契約の明文化とルール制定である。
まず、自分がどのような契約を交えたか確認しないと動きようがない。
そして、ルールを決めておかないと絶対にこの同居人とトラブルになるのは目に見える。
よってそこはしっかりと決めておこうと決意した。
『ああ、クソ。可愛いって正義だな…』
これほど革瀬が前向きなのは、やはり女悪魔が可愛いに他ならない。
美人の女悪魔が自分の部屋で寝泊りするなどとラノベや漫画の内容だけだと思っていた。
実際に起こるものだなと他人事のように思えるほど現実味がなかった。
クラスメートの古市に懐いているトランクス1丁の髭おっさんだったら…想像したくない。
何が楽しくておっさんと同居しないといけないのか。
そう考えれば、自分はまだ恵まれていると思っている。
そんな感情を読み取ったのかティリエルの寝顔は嬉しそうであった。