【ベヘモット34柱師団】お嬢様剣士ティリエルの憂鬱 作:Nera上等兵
銀髪の高校1年生、古市貴之(彼女居ない歴=年齢)に懐いているおっさんがいる。
一見するとトランクスを履いたカイゼル髭を生やしたむさ苦しいおっさんである。
そんな彼には秘密があった。
「辰巳殿!!どうか私をお使いください!!」
修行を終えた男鹿辰巳は目の前の光景に困惑していた。
喧嘩を売ってきた野郎共をボコボコにしたり、壁に減り込ませた回数は両手で数えきれない。
不良の不意打ちを返り討ちにして悪役の様に高笑いしたせいで魔王の育て親になったほどである。
だが、自分から土下座して「道具として扱って欲しい」などと言われるのは初めてだった。
「急にどうした?」
「貴之の力になりたいんです!!」
土下座したおっさんの正式名は、バティム・ド・エムナ・アランドロン。
魔界でも珍しい次元転送悪魔の中でも上位の実力がある高級魔族だ。
そんな彼は、古市という人間に惚れて彼の力になろうと努力していた。
実際、侍女悪魔ヒルデガルダを断絶した空間に転送させる事に成功するなど成果は出ていた。
「ならいつも通り転送で良いだろ?なんで土下座する必要がある?」
「悪魔の力の使い方を学んできたと聴きました。なので私も力になろうかと…」
先日、男鹿は魔界からやってきた悪魔の兵士にボコボコにされてしまった。
なので今日まで相棒であるベル坊と一緒に修行をしてきた。
だが、あくまでもベル坊と修行をしただけで他の悪魔との強化イベントは無かった。
あったとしても正直言ってアランドロンは戦闘で役には立たないだろう。
「いいぜ!その心意気。お前の力を見せてやろうぜ!」
しかし、恥を忍んで頭を下げた男の願いを男鹿は叶えようとした。
その結果、誕生したのが“魔剣アランドロン”。
俺自身が月牙天衝になる事だ的なノリで武器になる事でアランドロンにも活躍の場が設けられた。
実際、こんな股間を抑えて武器として全うする気満々のおっさんに触れたい奴いないだろう。
準備は整った!いざ鎌倉じゃなかった…いざ出陣と次元転送したら良く分からない場所に出た。
「ん?革瀬!なんでここにお前が居るんだ?」
「それはこっちの台詞だ!というかお前、今どうやって出て来た!?」
そしたら何故か知り合いの革瀬が居たので男鹿はどう言い訳するべきか迷った。
「悪魔の力の修行をしてきました」って言えば病院に行けと言われそうだったからだ。
「え?あー。アレだ!手品だ!!」
「お前がそんな高度な手品ができるわけねぇだろ!!」
「なんだと!?オレなりに考えて言ったんだぞ!!」
適当に誤魔化したが、結局誤魔化しきれずに口論する羽目になった。
しかし、足首を握り締められたアランドロンは魔力感知で状況を大体把握した。
「辰巳様、ヒルダ様がお待ちになっております」
「ああ、修行の成果を見せる時がきたな」
その緊急性ゆえに彼は、第二王子の契約者に行動を促す。
一方、男鹿もやる気満々であり、“魔剣アランドロン”で敵をぶっ飛ばすつもりである。
そんな木刀を振るうようにおっさんを扱う状況に革瀬は何も見なかった事にした。
「いくぞアランドロン!!」
「はい!!」
人格を持った武器を扱う人物は、大体メインキャラであり実際、男鹿はそうである。
だが、創作でもおっさんを武器にするという絵面は酷い物であった。
両手で股間を抑えて少しでも空気抵抗を抑えようとする健気なおっさんの姿は不憫さえ思える。
「ここです!」
「おぉ、正義の味方が登場するには絶好なチャンスだな」
「ダ?」
右手におっさんの足首を握り締めて背中には全裸の赤子を背負う男子高校生。
もはや漫画の世界でもあり得ない光景であるが、本人たちは気にしない。
目の前には、ベル坊の世話役であるヒルダ、そして前に遭遇した黒髪の男とおまけが居る。
「なるほど多勢に無礼か」
「多勢に無勢ですよ」
「卑怯戦法な戦い方をしやがって」
「卑怯千万ですよ。ちなみに『センマン』ではなく『センバン』と読みます」
3体1という侍女悪魔ヒルダが圧倒的な不利な状況下で彼らはコントを始めた。
クレヨンし○ちゃんみたいなやり取りを小言でしている間にも状況が動く。
先日の晩で遭遇した敵と同じ格好をした奴らが動き出したのだ。
「ヘカドス…交代だ。この女、貴様1人では手に余る」
さきほどヘカドスが侍女悪魔に屋上までぶっ飛ばされたのを目撃したナーガ柱爵に油断はない。
彼には荷が重いと判断し、すぐさま手助けしようとする。
「ナーガ、グラフェル…待て…オレはまだ…」
膝を付かされたヘカドス柱将は、それを見て「まだやれる」と抗議しようと口を開く。
何故か、先日の晩に交戦した時より強くなっている侍女悪魔には疑問が山ほどある。
それでも侍女悪魔風情に自分が劣ると認めたくない彼は、助太刀を断ろうとしていた。
「3体1とは卑怯千万」
男鹿が放った一言によりベヘモット34柱師団の刺客達は声がした方を見る。
「ヒルダ様!私めも助太刀いたしますぞ!」
凶暴そうな面をした青年が何故かトランクスを履いたおっさんを武器の様に扱っている。
おっさんもやる気満々でありこれにはヘカドスとグラフェルも思わず二度見した。
「フ…修行とやらはもういいのか?」
「ああ、見ての通りバッチリよ!さあてテメェらをボッコボッコにして殴るぞ!」
侍女悪魔ヒルデガルダの問いに男鹿は元気良く返答をし、アランドロンを目の間に突き出した。
さすがに凶悪な悪魔たちも『ナニで?』と訊きたくなるほどには異様な光景であった。
「アランドロン武器みたいになっとる!!」
そこに大慌てで駆けつけたべるぜバブのビュテ○枠こと古市のツッコミが冴える。
まるでボボボー○・ボーボ○みたいなギャグ展開には、彼のツッコミは必須だ。
「あ?古市、見て分かるだろ。悪魔の力の使い方を教わって来たんだよ」
「そーゆー使い方!?そーゆー感じで使うんだ!?」
「名付けて“魔剣アランドロン”」
「エニエス・○ビー編のウソッ○かよ!?つーか原作通りなら役立たずだろソレ!?」
男鹿が子育てしている赤子は、大魔王の次男という大悪魔の中でも大悪魔だ。
その膨大な魔力を扱いきれない男鹿は、今まで修行をしてきたはずである。
結果、おっさんを武器にするというギャグ展開に古市のツッコミ芸が輝く。
「心配なさるな古市殿。私から何か力になりたいと志願したんです」
「結果、武器ってどんだけカスなんだよ。お前も男鹿も!!」
「それに身体は許しても心は古市殿、あなた一筋ですよ」
「いいからさっさと武器として全うしろ!!つーかお前、既婚者だろうが!!」
古市の辛辣なツッコミを受けてもアランドロンはむしろご褒美だと思っている。
ここまで彼が古市に固執するのはワケがある。
そもそも彼の一族は、次元転送悪魔としては珍しく代々能力を継ぐ事ができる稀有の魔族である。
そのせいであらゆる勢力に狙われて娘を庇って殉職した伴侶の事を彼は未だに引き摺っている。
「なんか急なシリアス展開に入りやがった!?」
唐突なシリアス展開に古市が次元の壁を破ってツッコミを入れた。
ここからアランドロンの波乱万丈の過去を書いても良いのだが10万文字超えそうなのでやめる。
「やめるんかい!?」
ここぞとばかりにツッコミを入れる古市を尻目に男鹿は魔剣アランドロンを振り下ろす。
が、この程度の攻撃など効くわけもなく…。
「タ…タカユキ…愛…して…る…」『ばはっっ!?』
「心の声と肉声が逆だ!?というかいつも何でオレだけ損する役割なんだよー!?」
ヘカドス柱将に顔面を殴られた“魔剣アランドロン”は凄まじい勢いで屋上の床に叩きつけられた。
無力なおっさんが勇気を振り絞って強敵に立ち向かって返り討ちに遭う名シーンであった。
だが、古市は見逃さなかった。
男鹿が殴打されたアランドロンを自ら手放して床に激突するのを仕向けた事に。
「アランドロンー!?」
「ダアーー!?」
「おい、よくもアランドロンを…!」
これには、殴られた本人と男鹿と王子以外は冷めた目線で見るほどには、白ける展開であった。
無力なおっさんが強敵に一蹴されてゴミの様に扱われたシーンだが、それは男鹿も関与している。
当の本人たちはギャグではなく真面目にやっているから余計に質が悪い。
「下らん…見逃してやるから失せろ。もはや貴様に用はない」
「あ?」
「貴様程度、いつでも殺せると言ったのだ。せめてもの情けだ。さっさと失せろ」
よってヘカドス柱将はわざわざ敵に背中を見せて眼中が無い様な口調で侍女悪魔を見る。
前回の交戦で男鹿の実力を知った彼は、勝てないからふざけて時間を稼いでいると考えた。
現に同僚のグラフェルは呆れてしまい、臨戦状態が台無しである。
「マ゛ーーーッ!!マ゛マ゛マ゛ー!!マ゛マ゛マ゛ーッ!!」
この態度には第二王子、カイゼル・デ・エンペラーナ・ベルゼバブ4世もご立腹。
珍しく罵倒するベル坊に対して男鹿は手を挙げて制止した。
「ほう?」
その様子を見たヒルダは、確かに契約者が精神的に成長したと実感する。
ベル坊も仕方なく罵倒するのを止めたが、相変わらずヘカドスを睨んで牽制している。
「わりぃなヒルダ。こいつはオレ達だけでやりてぇーんだ。頼むわ」
男鹿の一言でベル坊は、『オレたちに任せろ』という顔付きをヒルダに見せた。
それを見た彼女は、契約者だけではなく主君も成長しているのだと考えを改めた。
「――フン、よかろう。完膚なきまで叩きのめすがよい」
「おう」
侍女悪魔にとって、お世話をする主君の成長が一番の悦びである。
日傘型の仕込み刀を鞘に納めてヒルダは男鹿に獲物を譲った。
「情けを仇で返すとはバカか貴様……一瞬で終わらせてやるよ」
侍女悪魔のヒルデガルダを上回る魔力を解放したヘカドスは槍を構えて男鹿を見据える。
せめて苦痛ないように全力で仕留めるつもりだった。
魔力を帯びた穂先は鈍色に染まり、血を望む様に振動を開始する。
『さて、ヘカドスを怒らせたわけだけど…。あの契約者はどうするのかしらねー』
高みの見物と言わんばかりに彼らを見つめるのは同じ34柱師団のティリエル柱将である。
彼女としては、第二王子の契約者がヘカドス柱将をボコって勝利して欲しいのが実情だ。
『全力で潰し合うのを見るのは愉悦だわ。ホントバカみたい』
厄介なライバルを蹴落とすどころか名誉挽回の機会を与えられたヘカドスが気に食わない。
なので再び敗北して投獄された彼を訪ねて煽りたい彼女は、契約者の勝利を願っている。
なんなら手助けしてヘカドスを負かす事という利敵行為も辞さない。
自身の手を汚さずにライバルを蹴落とせるなら平気でそれをやるつもりであった。
『――へぇ、やるわね。』
突如としてヘカドスの胸部に【
ティリエルでさえ客観的に見ないと何が起こったか理解できなかったであろう。
ヘカドスが殴られて爆発した瞬間、
「新必殺、“
「ダ!」
この技は単純明快。
殴りたい箇所に紋章を付けて殴った分だけ強烈な爆発を起こす。それだけだ。
ただし、今までの必殺技である“
現に直撃を喰らったヘカドスが黒煙から出て来ないのが、その威力を物語っている。
さすがに同僚が瞬殺されると思わなかったグラフェル柱将は開いた口が塞がらない。
『これならグラフェルにも奮闘できるわねー。せいぜい頑張りなさい』
ヘカドスと同格であるティリエルは、男鹿の戦闘力を目にしてもなお笑っていた。
ベヘモット34柱師団の柱将は、戦闘に敗北して降格する例が過去に何回か存在している。
なのでダメージを与えたという点では驚いてはおらず、むしろ楽しんでいた。
というか、なんか真面目なイケメンが爆散してスカッとした。
『…逃げるんじゃないのか?』
『悪魔同士のガチバトルなら逃げるわよ』
『じゃあ…』
『でも、所詮王族の魔力に頼ってるだけの小物、すぐにバテるわ』
ここまでティリエルが男鹿を過小評価しているのは、魔力の絶対量のせいである。
魔族同士の戦闘は、魔力の高い方が勝つと言っても過言ではない。
RPGで例えるとパラメータとレベルが高い方が勝つと言った方が分かりやすいか。
せっかくなので衣食住を保障してくれる相方に説明しようと彼女は念波会話を始めた。
『魔力で身体が持たないって事か?』
『逆よ。紋章で魔力をコントロールしている分、悪魔より戦闘力が劣っているの』
人間界では、悪魔が発する魔力は3割未満に落ち込む。
これは、【魔素】という成分が人間界に存在しないせいだが、問題なのはそこではない。
第二王子の契約者の魔力は、3割ほどしか出力できないヘカドスと同等であった。
すなわち、第二王子は未だに契約者の身体に気を遣っていた。
『素の殴り合いでは、男鹿が負けるって事か』
『半分正解、紋章術は悪魔が発する魔力を制御する技法。でもそれだけじゃないの』
『ん?なんかあるのか?』
分かりやすく言えば、発電所で発電した電圧を変電所で変換するまでがベル坊の仕事。
そこから電線を通して電力を行き渡らせるのは、男鹿の仕事である。
なので男鹿の魔力耐性が高いほど膨大な魔力が流せる。
しかし、それだと人体が耐えられないので紋章術で【制御する魔力】を生み出していた。
問題なのは、
『つまり複数の魔力を生み出したせいで長期戦に不向きってワケ』
『えー?あー。うん。なるほど分からん』
『人間界に居る悪魔と互角程度ならすぐに魔力がガス欠して負けちゃうって事よ』
電線だったら一定の電圧を継続的に耐えきれるが人体はそうもいかない。
大魔王のご子息に眠っている膨大な魔力を全力で引き出そうとするなら尚更だ。
革瀬に解説したティリエルは、グラフェルとの戦闘で限界になると推測していた。
現に
『ヘカドスは…戦闘不能ね。いい気味だわ』
黒煙が晴れるとそこには、気を失ったヘカドスがうつ伏せで倒れていた。
過信と油断があったとはいえその無様な姿を見てティリエルは嘲笑っている。
その惨状を作り出した原因は、古市やラミアと会話しており文字通り歯牙にもかけないようだ。
「そういえば邦枝先輩は!?」
「声でけぇな…」
「どこ!?どこよ!?一緒じゃないの!?」
「オレだけ先にアランドロンで来たんだよ。なんだその顔?新必殺技叩き込むぞコラ」
どうやらさきほどヘカドスの煽り文句で青筋を立てた古市も気にして無さそうだ。
それより邦枝先輩という人物が気になるが、奴の性格上、女のは間違いないと断言できる。
そんな油断している連中に対して無言を貫いているグラフェル柱将とナーガ柱爵。
彼らの様子を見れば、そんな煽りをしている場合ではないと分かるだろうに。
…とティリエルは今後の惨状を思い浮かべてそうなる事を望んでいる。
『あーあー。怒らせちゃった。歴代最速で“柱爵”に任命されたナーガ様の実力が見れるわね』
空気が変わった事に気付いたティリエルは、ナーガ柱爵の実力を間近に見れるのだと期待する。
彼ほどの猛者だと人間界では2割未満の実力しか発揮できないが、それでもグラフェルを圧倒。
いや、ヘカドスと自分の3名を加えたとしても返り討ちに遭うくらいの実力差はあるはずである。
「お喋りはそこまでだ。奴が動くぞ。“水竜王”ナーガ、あの小さい方に気を付けろ」
「奴は、柱爵。柱将ヘカドスやグラフェルとは比べ物にならん」
侍女悪魔ヒルデガルダも目の前に居るナーガ柱爵の実力を知っている。
むしろ、実力を知っているからこそ彼女は日傘の仕込み刀を抜いて警戒している。
「ここは2人で…」
「よう、てめーが3人の中で一番偉い。つまり首謀者って事か?」
「なっ!?」
「共闘」と発言しようとしたヒルダより先に男鹿がナーガ柱爵に質問をした。
彼としては、小さい奴が一番のお偉いさん。つまり襲撃事件の首謀者だと考えた。
あまりにも無礼な態度にティリエルは本気で呆れてグラフェルは苛立ちを隠せない。
「あ?なんでてめー?」
「いや、貴様を抹殺する事は、柱師団全員の意志だ」
殴り掛かろうとしたグラフェルを手を挙げて制止させたナーガは質問に返答をする。
抹殺する相手とは言え、第二王子の契約者に無礼な態度を働きたくなかったのだ。
まさしく真面目なナーガ柱爵らしい行動であった。
なお、彼の発言を否定する存在であるティリエルは他人事のように発言を聴いていた。
「って事は、てめーをぶっ飛ばしても次の奴が来るってわけか」
「そうなるな」
「大将をやるまで終わんねぇって事か?」
「そういう事になる」
この問答で男鹿は理解した事がある。
不意打ち上等、人質上等の不良達を相手にしてきたからこそ分かる。
あまりにも正々堂々としているせいで“ベル坊”を狙っているとは思えなかった。
だから彼は、自分がもっとも知りたい質問をする事にした。
「オレを殺したらどうする?」
「ベルゼ様を魔界に連れ帰る」
「魔界に連れ帰ってどうする?」
「どうもせん。焔王様が人間を滅ぼすだけだ」
そもそも男鹿がベル坊こと第二王子を育てる羽目になったのは、大魔王のせいである。
「人間と契約して子育てしてもらいながら人類を滅ぼせ」という命令があったからだ。
しかし、焔王が代わりに人類を滅ぼすなら第二王子はお役御免で魔界に連れ戻される。
そうなれば、男鹿はベル坊から解放されるし、人類を滅ぼす手助けをする必要もない。
「良い事を教えてやるよ。ベル坊は人間を滅ぼしたりしねーよ」
「なんでか解るか?」
男鹿はそれに納得できなかった。
もちろん、自分が殺されると知って「はい分かりました」と首を縦に振る訳がない。
それ以上に言いたい事があったので自分の考えていた事をはっきりと宣言をする。
「オレが親だからだ」
「オレがこいつにそんなしょーもない事はさせねぇよ」
子供がオイタをしたら叱るのは、親の役目だ。
オイタをしようとするならそれを止めるのも親の役目である。
今まで男鹿は、問題ばかりを引き起こすベル坊の育て親役を誰かに押し付けようと活動してきた。
しかし、この時点をもって彼は育て親としてベル坊に人類を滅ぼす真似はさせないと宣言した。
これには、魔界からやってきた悪魔たちは思わず言葉を失うほどに衝撃を受ける。
『はぁ!?あいつ正気!?大魔王の勅命に反抗する気なの!?』
冷静に考えれば、第一王子と第二王子が争うなどあってはならない事だ。
侍女悪魔ヒルデガルダと第二王子の契約者を抹殺しようと試みるナーガ班ですらそう思っている。
なんなら主君である焔王様の脅威でならないと判断すれば戦闘を避けるまであった。
その可能性はたった今、消失した。
男鹿辰巳の爆弾発言は、もはや怒りや失望で表現できないほどの状況に持ち込んだのだ。
『革瀬、さっさと撤退するわよ。こんな発言されちゃったら終わりよ』
短期間とはいえ赤子の成長期における教育や思考、信念などは多大に影響を及ぼす。
さきほどの男鹿の発言は、第二王子を暗愚に育て上げると宣言したと同意義である。
思わず第二王子付きの侍女悪魔に同情したティリエルは、革瀬に撤退命令を下した。
激怒したナーガ柱爵の放出する魔力を感じた以上、長居は不要だった。
「……何をしてるの?」
「気分が悪い…身体が動かない…」
「まあ、慣れない人間が間接的とはいえ魔力を浴びればそうなるわねー」
ところが、さっきから思念で呼びかけても反応がないのでわざわざ発言した。
さっきから要領の悪さに違和感を覚えつつ革瀬の方を見ると何故か床に突っ伏していた。
左手首を抑える仕草からは、厨二病を発症したのかと思うほどだ。
これにはティリエルも疑問視し、膨大な魔力が身体に接触して体調を崩したのかと考えた。
「え?」
革瀬の左手首に悪魔との契約を証明する呪印を仕組んだのはティリエルである。
その呪印が複雑に絡み合い彼の左頬まで刺青のように広がっていた。
「なんで?」
後方で「“スーパーミルクタイム”」と発言した第二王子の契約者など気に掛ける余裕がなかった。
呪印が複雑化して大きくなるほど契約した悪魔と同調、つまり魔力放出量が増大する。
それはティリエルの意図ではない。
『誰かが革瀬を使って魔力を引き出してる…一体誰が?』
間違いなく邪竜族の紋章である【
契約者のティリエルの意志に反して発動する紋章は、
【魔力変換器】を仕組んだせいで契約した彼女ですら誰が紋章を利用しているのか特定できない。
『私以外で邪竜族に接触する機会などなかったはず…!?』
悪魔と契約した人間は、その契約した悪魔以外に魔力を送ったり受け取る事はできない。
共有という手もあるが、それなら契約しているティリエルが異常に気付ける。
つまり、革瀬は邪竜族の血を引く複数の悪魔と契約している事になる。
複数契約はできない事はないが、
『いえ、1人だけ該当者が…』
ここまで考えてティリエルは、優秀さ故に革瀬と契約した邪竜族の特定をしてしまった。
以前、革瀬は採取してきたグラフェル柱将の血と触れ合う機会があった。
負傷した悪魔の血に触れてホイホイ契約できるならこの世は、悪魔の契約者だらけになる。
そんな都合が良い展開などないので強制的に悪魔との契約が成立するはずがないし、あり得ない。
故に油断してしまった。
『グラフェルが自覚せずに契約する機会なんて…あったわ。』
悪魔と契約できるパターンは大きく分けて2つある。
1つは、悪魔と人間が同意して契約するパターン。
もう1つは、人間の血を悪魔が取り込む事によって強制的に血の持ち主と契約する事ができる。
ティリエルの場合は、革瀬の左手首から垂れた血を取り込んで契約している。
本来ならそこで終わるはずだった。
『私の仕組んだ呪印のせい!?』
悪魔との契約を示す紋章は、その一族に親和性がある。
黒色の絵の具に別の黒い絵の具を混ぜても結果として黒色という理屈だ。
ティリエルは長期的に継続する気はなかったので革瀬とは【簡易契約】で済ませてしまった。
そのせいで呪印は上書きできる余地が残っており、そこに偶然グラフェルの血を取り込んだ。
すなわちティリエルの呪印を上書きする形でグラフェルとの契約が存在している。
それが意味する事は1つ。
「なっ!?」
この場に居る悪魔を圧倒するほどの魔力を放出するナーガ柱爵。
それさえを凌駕する魔力をグラフェル柱将が放出していた。
これにはナーガも何事かと部下を見る。
「…グラフェル。貴公はいつ人間と契約したのだ?」
「ああん?カスと契約するわけねぇだろ!!」
全身が刺青だらけの状態になったグラフェルは上官に苛立ちながら返答をした。
分からないのは当然である。
同格の悪魔のミスで勝手に人間と契約している状況だと理解できる訳がなかった。
『殺す!!殺してやる!!この世の存在した痕跡すら残さずに消してやる!!』
さきほどからグラフェルはお預けを食らい続けたせいで苛立ちにより判断力が鈍っている。
さっきも殺そうとすると何故か契約者が哺乳瓶を取り出して目の前でミルクを作り出し始めた。
舐めているのかと動こうとしたら上官から「王子の食事の邪魔をするのではない」と制止された。
元から短気の彼は、我慢の連続により堪忍袋の緒が切れる寸前であった。
そのせいで辛うじて理性が残っている状態であり、自分の異常さに気付いていなかった。
「ヒルダさん!!」
「古市、貴様も気付いたか」
黒髪の悪魔が発する魔力が増大する光景に古市も異常に気付いてヒルダに駆け寄った。
もはやボケやツッコミをしている場合ではないと分かってしまったのだ。
「なんかヤバくないっすかアレ!?マジでヤバそうなんですけどー!?」
「ようやく気付いたか間抜けめ。まさか我々を始末する為に人間と契約するとは思わなかったぞ」
「どういう事なんですかヒルダさん!?」
「知るか!!」
以前、ヘカドスに猛者である邦枝と契約すると言われてヒルダは動揺してしまった。
それは文字通り、人間と契約されると勝ち目が無くなるからだ。
その時は、動揺させて本命である自分を不意打ちで仕留める策謀だったが、今回は違った。
プライドが高い邪竜族が人間と契約してまで仕留めに来たという事実は、ヒルダを戦慄させた。
「古市、頼みがある」
「なんですか?急に…」
「ベルゼ坊っちゃまを頼む」
「え?」
かつてヒルダは古市に「坊っちゃまにお仕えする以外に私の存在意義はない」と言い切った。
なのにその役割を放棄して格下に見ている古市に「主君を頼む」と告げるという異常事態。
少年漫画やゲームが大好きな彼は、すぐに彼女の意図を見抜いた。
「男鹿ァ!!」
完全に死亡フラグであり、すぐに回収される厄介な類だ。
なので古市は、そのフラグを粉砕できる唯一の存在の名を叫んだ。
「なにやってんだてめえええ!!!」
そんなシリアス展開の最中、男鹿辰巳はせっかく作ったミルクを飲んでいた。
わざわざ哺乳瓶に入れて人肌の温度になるまで冷やした手間をかけてだ。
てっきり第二王子に飲ませるのかと敵勢力すら大人しくしていたのに無に帰す行為であった。
そんなギャグ展開を目撃して古市が発した絶叫は空しく周囲に鳴り響くだけで終わった。