窓から入る心地よい春風と、暖かい陽の光。世界では9月スタートの学校も多いというが、新生活の始まりをこの晴れ晴れとした空気で迎えられるのは、春の特権と言えるだろう。
ここはあの白い部屋ではない。延々と続くカリキュラムなんてつまらないものはないし、ここには俺を縛るものは何もない。
今日から三年間、俺はこの学校で友達をそこそこ作り、青春を満喫するのだ。
そのためには、俺の経歴は隠した上で、普通の高校生らしい行動を心掛けなくてはいけない。
ここで必要となるのはコミュニケーション能力。即ち、他人と友好な関係を築く能力だ。
奇しくもそれは、
先程は隣に座る少女──堀北鈴音と仲良く成ろうと声をかけたが、堀北の個人主義な性格により見事に失敗に終わった。
しかしここでめげてはいけない。もちろん女子と仲良くなることも重要だが、男友達もまた等しく重要な存在だ。以前読んだ少年漫画の知識を呼び起こし、登場人物たちの青春の様子を思い浮かべる。
学校帰りにノリでゲームセンターやボウリングに行き、その後はコンビニで買い食いをして、夜は通話をしながらテレビゲームに興じる。
間違いなく青春だ。具体的に何が青春なのかと聞かれれば、それに対する回答を俺は持ち合わせていない。しかし間違いなく青春であることは分かる。
そんなことを考えていれば、男子生徒がまた一人教室に入ってくる。
身長や体形は俺とほぼ同じようなもので、細身なように見えるが肩幅や首、手首を見る限りかなりの筋肉量を有していることが分かる。
最も特筆すべきなのは頭につけているヘアバンドだろう。長い前髪を抑える目的でつけられたそれは、男子がつけるものとしては異質なものらしい。普通なら気付かない程度だが、周囲の視線が集まっている。いや、注目を集めている理由は、あの少年が美形であることもあるんだろうな。
その少年は黒板に掲示された座席表をちらりと確認した後、窓際一番後ろに位置する俺と堀北の間の通路を歩いてこちらへと向かってくる。
恐らくいまだ現れない俺の前の席の生徒が彼なのだろう。つまりこれは、友達第一号を作るチャンス。先ほどの失敗を糧に、まずは相手の出方を伺うことにしよう。決して自分から声をかける勇気がないわけではない。
予想通り俺の前の席に座るなり、目の前の少年は俺たちの方に向き直って、にこやかに声を発した。
「こんにちは二人とも。俺は高崎想。三年間よろしくね」
「こちらは必要以上によろしくするつもりはないわ。あまり話しかけないでもらえるかしら」
…………俺たち三人の間に、しばしの沈黙が流れた。なんてことをしてくれるんだ、堀北お前。
ここで高崎が引いたらまずいと考え、自分から会話に参入することを決める。
「すまない、堀北はこういうやつなんだ。気にしないでくれ。俺は綾小路清隆だ。よろしく頼む、高崎」
「あ、う、うん。よろしく綾小路」
お互いに差し出した手を握り合い、微妙に困惑が抜けきらない様子の高崎と友好の握手を交わす。
これが高崎想と俺──綾小路清隆の、最初の出会いだった。
俺視点の、と言った方が正確か。
綾小路と固い握手を交わした後、10分もしない内に教室の席は埋まった。とはいっても当然全員が自分の席でじっとしているわけではなく、多くの生徒が周りの席に座る者と交友を深めて談笑をしている。
友達100人計画を完遂するためにはクラス全員と友達になるのはマストなわけだが、あいにく相手のことはあらかじめある程度知っているところから始まる田舎の交友関係とは違い、何も知らない人間が談笑しているところに無理に突っ込むのはいささかハードルが高い。
「やっぱ田舎ってクソだわ」
「どうした急に」
ふと口からこぼれたつぶやきに綾小路からのツッコミが飛んでくる。どうしたもなにも、田舎はクソなんだよ。
「みんな! ちょっといいかな!」
様々なグループの会話が充満していた教室に一際大きな声が響き渡り、その出どころに全員が会話を中断して注目する。
発生源にいたのは、いかにも明るい性格なんだろうという雰囲気をまとった美形の男子生徒だった。確か名前は、平田洋介だったか。
「これから3年間一緒に過ごす仲間なんだし、みんなで自己紹介をしあうのはどうかな。もちろん苦手な人には強制はするつもりはないよ」
「賛成!」
平田の提案に対し、どこからか賛同の声が聞こえてくる。実際これはありがたいチャンスだ。ここで良い印象を生むことが出来れば、面白い人間だと認識されて友達100人計画は安泰だと言えるだろう。
しかし、あまりウケを狙って尖った自己紹介をするのは、逆効果になる可能性を考えると得策ではない。
なぜなら、この場においては最も重要なのは成功することではなく、失敗しないことだからだ。
今この場で焦って友達を作ろうとせずとも、この先友好を築くチャンスはいくらでもある。その時に「こいつ自己紹介滑ってたよな……」などと思われようものなら、それは友達となる上で大きな障害となることは自明の理。
つまりこの場では当たり障りなく、かつさわやかな印象を与える自己紹介をするのが最適解だ。
「えー……、綾小路清隆です。えー……、趣味や特技とかは……、ないです。えー……、よろしくお願いしまーす」
そんな俺の思考の裏で、綾小路が失敗自己紹介で微妙な雰囲気を作り出していた。さっきまで話してた感じでは顔もいいし面白いやつとして好印象だったのに、かわいそうなやつだ。
大丈夫、俺はズッ友だからな。
「じゃあ次は綾小路くんの前の君、お願いできるかな」
「! うん、わかった」
ついに来た。俺の番だ。軽く深呼吸をしてから立ち上がり、頭の中で自己紹介文を反芻してから問題なしと判断して軽く息を吸い込む。
「初めまして、高崎想と言います! 趣味兼特技として、アクロバットやフィールドアスレチックに自信があります。実家がド田舎だったので都会の学校にワクワクして来ました。世間知らずなところもあるかもしれませんが、3年間よろしくお願いします!」
ぺこりと軽く頭を下げてから間もなく、教室中に満遍なく拍手の音が響き渡った。確かな手応えだ。万に一つも滑ったということはないだろう。
「ねえねえ、アクロバットってどんなの?」
活発なスポーツ少女といった印象の女子生徒からの質問が飛んでくる。
どんなの、と言われると説明するのが難しい。自分の認識としてはただぴょんぴょん飛び跳ねているだけなんだけれど、それをそのまま口に出すのは微妙だろう。
試しに少しやってみるね、と言って教卓前の少し広いエリアまで移動する。
「あんまり広い場所じゃないから、基本的な技だけやらせてもらうね」
披露する技は、ロンダートからのバク宙。なにか登れるものでもあればもう少し面白いアクションが出来るのだけど、今回はしょうがない。
代わりと言っては何だけど、天井ギリギリまでのハイジャンプで魅せようか。
側転から体をねじって着地するロンダートの動きから、足にめいっぱいの力を込めて飛び上がる。
大衆の目を引く派手な動きも魅力的だが、軽業の別名にふさわしい重力を感じさせない軽やかな動きもまたアクロバットの真骨頂。
周囲のおおっ、という賞賛と驚きの声に自己紹介の成功を確信し、
──それと同時に、近づいてくる天井の勢いから失敗の匂いが漂ってくる。
やばい、これ飛びすぎ……。
「へぶっ!」
上昇を終えかけて勢いはほぼ死んでいたものの、それでもそこそこの鈍い音と共に全身が天井に激突した。少しの間を置いて二度目の鈍い音が響き渡り、天を仰ぐ俺の体だけが教室に残った。
周囲は起きた出来事の衝撃を飲み込めず固まっており、俺もまた、鈍く響く痛みと恥ずかしさという心の痛みで固まっている。
1-D教室に、今日イチの静寂が訪れた。
そんな静寂を打ち破るように、教室前側の扉が音を立てて開き、担任教師と思しきスーツ姿の女性が現れた。
その女性は教室全体を見渡した後、不自然に一点に集中している全員の視線を追って、その先にいる俺の体を視界に入れた。
「……初日から楽しそうだな高崎。HRを始めるから席につけ」
「あっはい」
体に付着したほこりをぱっぱとはたきおとし、そそくさと自分の席へ帰宅する。
「…………」
失敗した──。
担任の茶柱先生からこの学校についての説明が終わったのち、入学式が執り行われた。
入学式で話すことは都会も田舎も変わらないようで、変わったことと言えば体育館の広さと校長の話だろうか。
田舎の校長はフレンドリーすぎるため、話が長いのだ。
入学式が終われば今日のプログラムはすべて終了となり、新入生は各自解散という運びとなった。
まわりの生徒たちはさっそく初めての放課後を楽しむために、先の時間で仲良くなった友達と大型商業施設などに向かっている。
……一方の俺はというと、誰に話しかけようとしても若干引かれてしまうため、ぼっちで体育館前のベンチでうなだれていた。
「高崎、昼飯を食べに行こう」
「綾小路……! お前ってやつは!」
うなだれる俺の肩に手を置いて昼食の誘いをしてくれる綾小路に涙目で感謝を伝える。
やっぱりお前はソウルメイトだ。これからもズッ友だからな!
「いや、お前しかもう残ってなかったからってだけだ」
バッサリと絆の糸を断ち切る綾小路。なにも言葉の裏を読み取ってまで否定することないじゃん。人の心とかないの? ないか。
「さあ早く行こう。何を食いに行く? ハンバーガーか? ラーメンか?」
「俺より熱量すごいじゃん」
「高校入って初めての友達との昼ご飯だからな」
「まあ……、それはあるな!」
全くの同意見だ。多少の失敗にいつまでも絶望するよりも、せっかく始まった学生生活を満喫することのほうが重要だろう。
俺たちは足取り軽く、他の新入生から一足遅れて大型商業施設、ケヤキモールを訪れた。
都会のショッピングモール、というかショッピングモールを見ること自体が初めてのため、見たこともない規模の建造物に驚愕が隠せない。
昼食の時間としては少々早かったため、施設内を一周してみることにした。
外見の通り入っているテナントの数も多く、食事や衣料品店が数多くあるのは勿論のこと、スーパーマーケットで食材調達をすることも出来る。
これが都会か……、と感動しながら時々隣を見ると、綾小路もまた施設の多くを興味深く観察している。薄々感じてたけどこいつもたいがい田舎者みたいなものだよな。
大体の施設を見回り終え、歩き回ったことで胃の状態もなったため、俺たちは当初の目的を果たすべくレストランが集まる区画へと向かった。
施設内地図でレストラン一覧を確認し、その数の多さにもまた身じろぎしてしまう。
「流石都会、昼飯を何にするかだけでもこれだけの選択肢があるのか……。綾小路、何食いたい?」
「せっかくの初日だ。豪勢に行ってもいいんじゃないか?」
一覧の中の一つに指を置く綾小路。その指先は、少々高額なレストランのエリアに並ぶうなぎ料理店だった。宣材写真のつやつやふっくらとした鰻に思わず目を引かれ、思わず口の中に唾が湧いてくる。
「鰻……、食ったことないな。高そうだけど、食ってみたい。行くか」
綾小路がコクリとうなずいたのを見て、俺たちはうなぎ料理店に向かって歩を進めた。到着し入店するなり、着物を着た女性店員さんの出迎えを受ける。
「いらっしゃいませ。ご注文がお決まりでしたらお伺いします」
「うな重二つ、お願いします」
「かしこまりました。そちらのお座敷でお待ちください」
案内された座席に腰掛けて、テーブルに用意されていたお茶を口に含み、高校生活初日の疲れを吐き出すようにほっと息を吐いた。
そして意を決して綾小路の方を見ると、綾小路もまた俺の目を見ていたため目が合った。
わかった、というように俺はテーブルの端に置かれたメニュー表に手を伸ばす。
舞い上がった気持ち6割、確認したら気が引けそうという気持ち4割で何も見らず注文をしてしまったが、いったいどれほどの値段なのだろうか。
鉄板メニュー故に、メニュー表の表紙をめくってすぐのページにうな重の写真とその値段は刻まれていた。
うな重 5000pp
「5000円……。分かっちゃいたけど高いな」
「まあ、いいんじゃないか? 支給額は10万ポイントだ。少しぐらい使いすぎたっていいだろう」
そう言って学生証端末を見せつけてくる綾小路。
先のHRで説明がなされたこの学校独自のシステム、通称『Sシステム』について思い返す。
各生徒に渡された学生証端末。学生証としての用途は勿論、スマートフォンや財布としての役割も果たし、敷地内での金銭取引は全てこの学生証端末と専用通貨『プライベートポイント』を使い行われる。
プライベートポイントは毎月1日に振り込まれることとなっており、端末には配布された時点で既に今月分として10万ポイントが振り込まれていた。
ここまでの話を総合すれば、国は俺たち高校生に毎月10万円相当のポイントを渡し、好きに豪遊して生活をしろと言っているようなものだ。
「どうにもきな臭いよなぁ」
この学校の「希望する進学・就職先に100%応える」という売り文句からして、この学校はそれだけ優秀な生徒を輩出するだけの自信があり、そういうカリキュラムを組んでいるのだろう。
だが、高校生の頃から毎月そんな大金を貰い、自堕落な金遣いを覚えた生徒を果たして優秀と言えるだろうか。
そもそもの大前提として、年間約5億8千万もの予算を学生のお小遣いとして使用するようなことがありえるのかという疑問も生じる。
「しかし、茶柱先生が言っていただろう。ポイントは毎月振り込まれる、と」
「そこなんだよ!」
テーブルに身を乗り出して食い気味に反応すると、綾小路は少し身じろぎした。
少し恥ずかしくなり、一つ咳払いをしてから言葉を続ける。
「あの時先生が言ったのはこうだ。"ポイントは毎月一日に自動的に振り込まれる。お前たち全員平等に10万ポイントが既に支給されているはずだ"って。毎月の支給額に関しては一言も明示してないんだよ。……どうかした?」
熱弁に引かせてしまったのか、少し驚いたような様子で俺を見つめる綾小路に声をかける。
「いや、HR中はずっと自己紹介の失敗を引きずって放心状態だったように見えたが、ちゃんと話を聞いていたんだなと思って」
「うるせえ、人の事言えないだろお前!」
唐突にディスられてしまい、またも感情をあらわにしてしまう。先ほどよりも大きな声だったせいか、他の席に座っていた上級生に睨みつけられてしまったため、溜飲が下がるのを感じながらそっと会釈を返した。
「まあ、俺もその点については気になってたところだったんだ。何があるか分からないし、五月のポイント支給日になるまでは節約しておくのが丸いだろうな」
「そうだね。俺も早速今晩から自炊するつもり。帰りにスーパー寄っていい?」
「高崎は料理が得意なのか?」
「んー、まあ得意な方ではあると思うよ」
レシピは一度流し見すれば覚えられるし、分量も一度正確に測った記憶に従えば間違うことはない。オリジナル料理を作れとでも言われないのであれば大抵のものは作れるだろう。
世間で壁とされる要素に躓くことはないため、得意な方と言って差し支えはない。
「もしよかったら、時々晩飯を食べさせてもらえないか? もちろん金は払う」
「おぉ、勿論いいよ。晩ご飯一人で食べるのさみしいと思ってたからな。なんなら毎日でもいい」
「いいのか? とても助かる」
綾小路からの提案はこちらとしてはうれしいものであったため、快く承諾する。綾小路は感謝の意を示して頭を下げてくるが、無表情のままそれをやられると少し怖い。こいつ朝から一貫してずっと無表情なんだけど、表情筋が壊死したりしてるんだろうか。
丁度話が終わったタイミングで着物の女性店員さんが、二つの重箱をもってこちらにやってきた。
「お待たせしました。うな重になります」
重箱がテーブルに置かれる様子から、ずっしりとした雰囲気が感じ取れた。隙間から漏れ出る甘いタレの香りが食欲をそそり、我慢できずに綾小路と顔を見合わせて蓋を開け、二人して箸を手に持った。
「「いただきます」」
高校生活初日。多少の失敗はあれど、友達が二人できたし、うなぎは美味かった。
高崎想は奇妙なやつだ。
自己紹介で魅せたあのジャンプ力もさることながら、特筆すべきはその記憶能力。
HR中の高崎はあの痛ましい失敗のせいで完全な放心状態であったはずだった。心というものを持ち合わせていないと言ってもいい俺ですら同情してしまうほどに。
それにも関わらず、高崎は茶柱の発言を一言一句正確に記憶しており、それを説明して見せた。
集中していれば勿論俺にも可能なことではあるが、右から左へと声が抜けてゆくあの状態であそこまで正確なことが可能だろうか。
余りにも高水準なスペックに、俺の頭にはある一つの仮説が浮かぶ。
そうなった場合、俺は高崎を排除することを考えなければならないが……。
「おーい綾小路。晩ご飯なんかリクエストあるー?」
──そんな思考は、あっけらかんとした高崎の呼び声により払拭された。
俺は一体何を考えているんだ。この世代のカリキュラムをこなしたのは俺だけであることなど分かっているだろうに。
「そうだな、高崎のおすすめが食べたい。強いて言うなら、家庭的なメニューがいいな」
「なんでもいいが一番困るんだけど?」
高崎想は友達だ。それ以外にはなにもない。
俺を待つ高崎に追いつき、俺たちは食材の買い出しのためスーパーへと歩き出した。
ほんとに進み遅すぎてやばいし、綾小路のテンションはどのくらいがいいのか分からない。
二次創作小路くんはどこも割とテンション高め可愛めになってる印象