高校生活が始まって、早いものでもう一週間の時が流れた。15歳の少年少女が初めて親元を離れて生活をするということで、寮から出てくる生徒たちの表情も千差万別。
疲労や眠気を抱えた者が多い中で、俺はそこそこ快調に日々を過ごすことが出来ている。ポイントを節約しているせいで娯楽がないためやることがなく、綾小路との食事会の後すぐに解散し床に着いているのが効いているのだろう。
ちなみに、綾小路以外の友達はいまだにできていない。
初手から大失敗をかましてしまったわけだが、友達100人計画が潰えたわけではない。今日の午後は体育の授業。固定された席で受ける座学とは違い、交流するには持って来いの場だ。
このチャンスをものにして、ぜひとも友達を増やしたい。そう心に固く決意し、体の前で小さく拳を握った。
「なにやら朝から燃えているようですね、高崎くん」
背後から聞こえた声に反応して振り返ると、この学校で出来た初めての友達である坂柳さんの姿があった。
「坂柳さん! おはよう。入学式ぶりだね」
「おはようございます。どうですか? 高校生活は」
「楽しく過ごしているつもりだよ。と言っても今のところ、外出はご飯食べに行ったり、必要品の買い物とかしかしていないけど」
そう言って、先日の買い物の様子を思い返す。寮に帰って備え付けの調理器具を確認した後、足りないものを補充しようと再度ケヤキモールに繰り出した俺と綾小路。
『圧力釜で美味しく炊ける……、だってさ。分かる?』
『わからん』
『俺も』
しかし二人とも都会知識が乏しすぎたため、果て無く並ぶ違いの分からない家電たちの圧に屈してしまう結果となった。
待っていろ家電たち。次こそは情報を仕入れてリベンジに行ってやるからな。
「そういえば、何やら入学早々注目を集めたそうですね」
笑みを浮かべる坂柳さんから発された言葉に、背筋が凍る。
注目を集めた、という文言について、その原因が俺のバク宙失敗事件であることは確認するまでもないだろう。しかしまさか、こんな入学早々にクラス外にまで伝わるなんてことがあるのだろうか。
偶然情報を耳にしたのが坂柳さんだけであるという一縷の望みに賭けて、恐る恐る聞いてみることにする。
「さ、坂柳さん。それ誰から……?」
「私のクラスの方からですね。一年生のフロア全体に届く音でしたから、驚かれた方がDクラスの方に話を聞きに行ったみたいです」
終わった。
クラスメイトに比べ、他クラスの生徒は関わることが少ない。だというのに学年内に問題児の第一印象がついてしまうとは、お先真っ暗にも程がある。
目に見えて肩を落とす俺が面白かったのか、今度は声に出して笑う坂柳さん。
「ふふっ、心配する必要はありませんよ。伝わってきたのは出来事の概要だけで、誰がやったかという情報は出回っていないようです。私が高崎くんの犯行だと分かったのは、貴方にアクロバットが得意だと教えてもらったからに過ぎません」
「そっか、よかった……。って、犯行なんて人聞きの悪い」
首の皮一枚繋がったことに安堵してほっと胸をなでおろす。金輪際、絶対に教室で技なんてやらないようにしよう。
「そうだ。連絡先交換しようよ」
いまだ愉快な様子で笑う坂柳さんを見て、次に会ったときに申し出ようと思っていたことを思い出した。
「もちろんです」
坂柳さんは俺の申し出を了承すると、学生証端末を操作して、チャットアプリの友達登録用QRコードを差し出してきた。こちらも手早く端末からアプリを起動し、アプリのカメラで坂柳さんのQRコードを読み取る。
同時に二人のスマホから通知音が鳴り、お互いの画面に登録完了通知と相手のアカウント情報が表示される。
「登録完了だね」
「はい、ありがとうございます。高崎くんのアイコンのお料理、ご自身で作られたのですか?」
「うん。節約のために自炊しようかと思って」
俺がそう言った瞬間、坂柳さんは先程までの柔らかい雰囲気から一変し、ねめつけるような視線を俺に向けてきた。
「随分と謙虚なのですね。毎月10万ポイントも振り込まれるのですから、少しは贅沢してもよろしいのでは?」
「あー、そういえば坂柳さんとも話したいと思ってたんだよね」
坂柳さんに先日の綾小路との考察会の内容を説明する。
坂柳さんには入学式の時にした会話の節々から知性を感じとれたため、意見を聞いてみたいと考えていた。
「なるほど、面白い考えですが、少々深読みしすぎではないですか?」
「まあそーだよねぇ。現状揚げ足取りでしかないし。でもちょっと気になったから、後で担任の先生に聞こうとは思ってるよ」
「不安を残すよりは、そうするのが良いでしょうね。では高崎くん、私はここで」
「うん。また今度話そう」
坂柳さんに別れを告げて、1-D教室に足を踏み入れる、
一方で坂柳さんは教室の入り口付近で立ち止まり、既にそこにはない俺の姿を目で追っていた。
「……映像記憶だけではない、ということですか。いいですね高崎くん。あの方との前哨戦の相手として申し分ないです」
「なあ高崎! お前はどう思うよ?」
「えっ、なに、なに!?」
なにやら騒がしい教室に入るなり一人の男子生徒に肩を組まれ、意見を求められる。彼の名前は山内春樹。第一印象はお調子者といった感じで、俺は彼のことを勝手に猛者だと認識している。
その理由は、彼の放った自己紹介にある。小学生の時は卓球で全国に、中学時代は野球部でエースで背番号は4番。けれどインターハイで怪我をして今はリハビリ中という誰でもわかる支離滅裂かつユーモアのある内容で、俺が敬遠したウケ狙いを完璧に成功して見せていた。尊敬に値する。
それに対し完全な失敗をかました俺は、クラスメイトからの印象は最悪だと思っていたのだが、急に話しかけられて困惑と同時に嬉しさが隠せない。
「なにって、これに決まってんだろ?」
そう言って自分の持つ端末を見せてくるもう一人の騒ぎの発生源、池寛治。
彼の端末には、1-D女子の名前と、名前の横に0以上の数字がばらばらに散りばめられたリストが表示されていた。そしてリストの上には、このリストのタイトルであろう一文が刻まれている。
≪Dクラスおっぱいランキング≫
「…………」
ちら、と気付かれない程度に女子の方に視線を向けると、俺の方、というより下品な会話を繰り広げるここら一帯の男子すべてをゴミを見るような目で見ていた。
「やっぱ長谷部だろ!」
「いやいや、実は佐倉が中々……」
なんでこいつらはこの視線を向けられながらシモトークを続けられるのだろうか、メンタル化け物過ぎないか?
早くこの場所から脱出しなければと思い、画面も見ずに適当に投票してその場を去ろうとする。
すると、同じ空間にいつつも、少し離れたところから彼らを見守っているガタイの良い男子生徒、須藤健と目が合った。どうにも居心地の悪そうな顔をしていることから、席が近いからという理由で巻き込まれたのだろう。
「あー、そういえば須藤、この前立て替えたカップ麺代まだ貰ってなかったよな。ポイントの送金方法教えるからこっち来てもらっていい?」
「! お、おう。頼むわ」
このまま見捨てるのは忍びないため、適当に理由付けをして須藤を連れ出す。実際この要件は本当にあった出来事であるため、理由自体は適当ではない。
入学式の日、昼食前にコンビニに寄ったところ、支払いにてこずっている須藤に遭遇したため、場を穏便に済ませるために代金を代わりに支払ったという運びだ。ちなみにこの後、上級生と揉めた須藤が地面にぶちまけたカップ麺を俺たちが掃除するハメになったので、須藤への印象はそこそこ悪めである。
だからと言って、クラスの女子全員からゴミ認定されるなどという重すぎる業を必要はないだろう。
「すまん、正直助かった」
「いいんだよ。ほんとだったら諸悪の根源を止めたいところだけど、なかなか難しそうだ」
俺たちが抜けていったことも知らないといった様子で、二人の議論はヒートアップしている。それに反比例するように女子の視線の温度はどんどん下がってゆき、もはやとどまるところを知らない。
「お前はどうなんだよ、綾小路!」
「え、なんだいきなり。何の話なんだ」
綾小路がつかまった。登校して早々に池と山内の尋常じゃない熱量に当てられて若干困惑した様子だが、すぐに状況を察したのかこちらにSOSの視線を送ってくる。
すまんがもう一度そこに行くのは嫌なんだ。自力で帰ってこい。
時は流れ、午後。俺たちDクラスの生徒たちは制服から水着に着替えて、授業用の室内プール施設を訪れていた。女子はまだ着替えを終えていないようで、
先程のやり取りで仲良くなった須藤を交えて、プールサイドで筋肉談義に花を咲かせる俺たち。
「綾小路の筋肉すごいな。勝手に引きこもり文科系ボーイかと思ってたわ」
「中学時代は帰宅部だったし、その認識で間違いないぞ」
「高崎だって相当じゃねえか。ジャンプ力も凄かったし、一緒にバスケ部入らねーか?」
なるほど、部活……。仲間と共に汗を流し、一つの目標に向かってひた走る。すなわち青春、
「いいな、なんか入ろうかな。確か今日の5時から説明会あるって言ってたっけ?」
「おう。俺はバスケ部一択だから行かねえけど、綾小路と一緒に行ってみたらどうだ?」
綾小路の方を見ると、俺はいい、と言わんばかりのハンドジェスチャーを行っている。多分こいつ友達0人だったら友達作りしに来たんだろうな。
「うおおおおお!!」
唐突な池の大歓声。驚いて池の方を見れば、着替えを終えた女子たちがプールサイドに入場してきていた。
Dクラスの女子にはかわいい女子(田舎者の主観)が多く、そんな女子たちの水着姿となるとあまり目を向けられないところだが、よくよく見ると女子の総人数といまこちらに歩いてくる人数が合わない気がする。
「おい、長谷部がいないぞ! どういうことだ!?」
「あっ! おい2階だ! 見ろ!」
山内の悲壮な叫びに釣られて2階を見ると、プールサイドに見当たらなかった長谷部さんや佐倉さんなど、数人の女子がこちらを見ている。もちろん、ゴミを見るような目で。
「よーし、お前らそろそろ集合しろ! 見学者が多いようだが、まあいいだろう。準備運動したらさっそく泳いでもらおうか!」
準備室から出てきた男性教師により号令がかけられる。どうやら授業が始まるようだ。
「あの、俺あんまり泳げないんですけど……」
「心配するな。夏までには泳げるようにしてやる。泳げるようになったら必ず役に立つからな、必ず、だ」
言ってることには納得するけど、かなり強調して言うな。昔水辺で死にかけたりしたんだろうか。
準備運動を終えた後、各々自由に泳いでいく。最初は各自の運動能力を見る様子見の時間の様だ。
「よーし、とりあえずみんな泳げるみたいだな。それじゃあこれからは競争してもらおう。1位になった生徒には俺から5000ポイントのプレゼントだ!」
マジか、鰻代取り返せるじゃん。
「頑張ろうな綾小路。お前のその体なら1位目指せるだろ」
「買いかぶりすぎだ」
プールから少し離れた位置から、綾小路と並んで女子の部決勝の泳ぎを眺める。もちろん池たちと同類に見られないためである。
ちなみに須藤も池たちから少しだけ距離を取ってはいるが、食い入るように女子の泳ぎを見ている。騒ぐのが嫌いなだけでこいつも割と同類だな?
「堀北さん速いな。勉強得意そうなのはなんとなくわかるけど」
「運動もそれなりに出来るみたいだな」
しかし流石に水泳部には勝てないようで、自己紹介で水泳部だと言っていた小野寺さんが見事1位に輝いた。
泳ぎを終えた堀北さんがこちらに近づいてきたので、声をかけてみることにする。
「おつかれ堀北さん。惜しかったね」
「……あなた、水泳でもそのヘアバンド着けたままなのね」
「ご心配なく。ちゃんと水泳用のに替えてきました」
そう、と言いながら俺たちと並ぶ位置に腰を下ろした堀北さん。
「綾小路くん、なにか運動してた? なかなか鍛え上げられた体をしているようだけど」
「この話二度目だから簡潔に言うが、してない」
「……そう、追及しても答えてくれなさそうね。まあいいわ。あなたたちはどうなの? このレース」
「水泳は不得手なんだ。補修にならないようがんばるって感じだな」
「俺はちょっと自信あるよ。まあ、高円寺に勝てるかはちょっと微妙だけど」
先生によって俺の参加する組の集合がかけられたため、軽く体のコリをほぐしながら立ち上がる。
「失礼を言うようだけど、自信過剰じゃないかしら? さっき見た泳ぎはだいぶぎこちなかったようだけれど」
「ははは、見られてたんだ。泳ぐのなんて久しぶりでさ。けど大丈夫。もう
スタート台に立ち、軽く深呼吸をする。
「おう高崎、悪いが決勝には俺が行かせてもらうぜ」
同じ組で隣のレーンを泳ぐ須藤からの宣戦布告を受ける。須藤はこのクラスの中では頭一つ抜けた身体能力を持つ生徒の一人であるため、本気でボーナスポイントを狙いに行っているのだろう。
須藤も先ほどの俺の泳ぎを見ていたのか、どこか勝ちを確信した表情をしているように見える。
「全力で泳げよ須藤。さっきまでの俺とは違うからな」
室内プールにホイッスルの音が鳴り響き、スタート台に立った5人が一斉にプールへと飛び込んだ。
頭に思い浮かべるのは、小野寺さんの動き。頭のてっぺんから足のつま先まで。息継ぎのタイミング、ターンの姿勢。反芻して反芻して、筋肉に伝達する。
「ぷはぁ!」
指先が壁に当たったのを感じて、即座に体を起こす。顔を上げた先に見えた先生の興奮した様子を見て、俺は自分が一位であることを確信した。
まあ、決勝では高円寺にそこそこの差で負けてしまったんだけれども。
それでも他の男子に比べて健闘した方ではあるので、十分良い結果と言えるだろう。先生に「俺は感動した!」とか言って2000ポイント貰ったし。
不得手とか言っていた綾小路もそこそこ速かったな。泳ぐ前に須藤になんか聞いてたみたいだけど、泳ぎ方のコツでも教えてもらったのかな。
体育も終わって今日は放課となったため、俺は体育館に部活動説明会を見に来ている。綾小路に断られてしまったので、もちろんぼっち。坂柳さんを誘おうかと思ったけど、足が悪い人を長時間人混みの中にいさせることは流石にできないので自重した。
「次が最後の部活か」
今のところ興味を持ったのはサッカー、野球、バスケなどなどのチームスポーツと、囲碁将棋をはじめ様々なボードゲームをするボードゲーム部。こちらは坂柳さんを誘ってみるのもいいかもしれないと思って目を付けたけど、今考えるとあの人はあんまり俗っぽいボードゲームやらなそうだな。
考えている内に、既に最後の発表者が壇上に立っていた。その発表者からは圧殺されてしまうようなプレッシャーがほとばしっており、ふざけ半分で聞いていたような者も含め、この場にいる全ての生徒を黙らせた。
「……私は生徒会長を務めている、堀北学と言います
生徒会もまた上級生の卒業に伴い一年生からの立候補者を募集しています。生徒会と部活の掛け持ちは原則受け付けていないため、発表順を最後にして頂きました
私たち生徒会は甘い考えによる立候補を望まない。なぜなら、我が校の生徒会には規律を変えるだけの権利と使命が与えられているからだ。そのことを理解できる者のみ歓迎しよう」
簡潔に言い残し、堀北生徒会長は壇上を降りて行った。
「……堀北って、もしかして堀北さんのお兄さんとかなのかな。言われてみれば仏頂面そうなとことか似てるかも」
「誰が仏頂面ですって?」
ひとりごちったところに、いないと思っていた堀北さんのツッコミが入る。
「堀北さん来てたんだ。それに綾小路も」
「堀北が一人じゃ心細いからって言うんでな」
「捏造も甚だしいわね。綾小路くんが行きたいというからついてきてあげたのよ」
わりかしどうでもいいことで二人の間で水掛け論が発生する。なんだかんだこの二人仲いいよな。多分どっちも湾曲した解釈してるんだろうけど。
「まあいい。寮に帰るぞ。今日の晩飯は何だ?」
「今日はね……。ちょいまち」
ポケットの端末が通知を知らせてきたため、端末を取り出して確認する。
差出人は坂柳さんで、「今晩お食事をご一緒していただけませんか?」というもの。ケヤキモールのレストランのURLが添付されているため、現地集合ということだろう。
「ごめん綾小路。用事が入ったから今日は自分で済ませてくれる?」
「……そうか、わかった」
顔には全く出ていないが、明らかに肩を落としているのが雰囲気で分かる。かわいいかよお前。
「じゃ、そういうことで」
「ああ、また明日」
坂柳さんに今から行く旨の返信をして、ケヤキモールへと向かう。
友達の、それも女子からのお食事の誘い。これこそ青春って感じ!
坂柳からの誘いを青春と思えるのは、一体いつまでなんでしょうね。
ちなみに綾小路が速いタイムを出しているのは早めのレース順だった且つ須藤のガバガバ平均タイムに騙されたせいです。握力測定と同じ感じ。
原作では池か山内に平均を聞いたのかもしれませんが(原作未読)、本作の交友関係は「田舎にデータなんかねえよ」の高崎想と、「データなんか覚えてねえよ」の須藤健なのでしょうがないね。