ようこそ背中合わせの教室へ   作:V.IIIIIV³

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難産でした。重要な回なのにかなり自信ないので、もし面白いと思ってくれた人は高評価と感想くれると心が回復するので積極的にお願いします。


綾小路清隆と高崎想

 来たる五月一日の朝。ベッドから体を起こしたオレは、けたたましく鳴り響くアラームの発生源である携帯端末に手を伸ばし、そのまま保有ポイント情報を確認する。

 

『113926 pt』

 

 確認できたポイントは、およそ11万ポイント。昨夜寝る前に撮ったスクリーンショットの金額と比べてみると、きっかり3万ポイントの増加している。

 

「まあまあ耐えたってとこか……」

 

 初期配布額の10万からしたら7割減ではあるが、それでも3万ポイントは学生が普通に暮らす分には十分すぎる額だ。クラスメイトの中には忠告むなしく既に10万を吐き出したと言っていた生徒も散見されていたため、全部のポイントが吸われていたらと考えるとゾッとする。

 

 昨晩高崎からもらった晩飯の残りと冷凍ご飯を電子レンジで加熱していると、高崎からのチャットが来た。

 

 要件は「今日一緒に登校しないか?」とのこと。恐らくポイント支給額の確認ついでに話がしたいのだろう。こちらも同じ気持ちであるため、「OK。1時間後にオレの部屋で」と返信する。

 

 手早く朝食や身支度等の朝のもろもろを済ませ、ドアの前で高崎を待つ。

 

「おはよ、綾小路」

「おはよう、どうだ?」

「プラス3万ポイント。そっちは?」

「同じく。やっぱりクラス単位だったみたいだな」

 

 支給額が高崎と全く同じであったことから、配布ポイントの増減がクラス単位で統一されていることを確信する。

 

「正直もっといけると思ったんだけどなぁ。流石の平田と言えど、入学してすぐの信頼関係じゃ厳しかったか」

「結局最後の方は元通りになりつつあったしな。二週間くらいは沈静化して見せた平田のイケメン力を褒めるべきだ」

 

 高崎は部活動説明会のあったあの日、高崎はポイント減額の信頼度の高い根拠を得たという話を嬉々として話してきた。それを伝えるために、平田に協力を要請したとも。

 

 その根拠は納得のいくものだったし、日ごろオレと高崎が議論していた話と複合しても辻褄の合う話だった。入学当初からクラスの多くとの信頼関係を築いてきた平田を使う選択も悪くない。

 

 だが何も知らない平田は突飛な話を文面だけで信じてくれるわけもなく、翌日の朝、オレたちは半信半疑の平田に質問攻めにあうこととなる。

 

 しかし頭の回転も速いのか、二、三度の質問で平田は話を飲み込んでくれた。もともと身の丈に合わない大金がもらえることに疑問を感じていたのか、はたまた質疑応答を繰り返す中である程度自分の中での裏付けがすんだのか、その後のHRですぐにクラス全体にかけあってくれた。

 

 短い期間でも交友関係をしっかりと広げていた平田は既にみんなからの信頼を得ており、女子を中心に多くの生徒が平田の言うことならと今までの素行を改めた。

 一方で女子の注目を集める平田に嫉妬している池や山内などの生徒についても、平田に同調した櫛田に従う形で指示に従うこととなる。

 

 唯一須藤だけは気性が荒く我を行く性格故に反発していたが、オレと高崎が説得してなんとか遅刻欠席だけでも解消させた。須藤はプロを目指しているくらいバスケ第一の人間であるため、バスケの話題に絡めれば割と簡単に言うことを聞いてくれるみたいだ。「欠課時数が多いと学業をおろそかにしてるってことで試合に出してもらえないかもしれないぞ」と言ったら真面目に出席するようになった。いや、授業中の居眠りはいまだ健在であるため真面目ではないか。

 

 これらの行動の結果、しばらくの間は授業態度の改善が見られた。しかし効果の実感出来ない活動をするにはモチベーションが足りなかったようだ。一週間くらいが経過したところでチラホラと携帯を弄る者、小さな声で私語をする者が現れ始め、それが徐々に拡がってラスト一週間は元の状況に逆戻りしていた。

 

 教室に着いて辺りを見渡してみると、皆至急ポイント額の減少についての話をしているようだ。

 

「おう綾小路に高崎。マジで平田の言う通りだったな。3万ポイントしか入ってなかったぜ」

「おはよう須藤。俺も一緒だよ。一応聞くけど堀北さんは?」

「同じく3万ポイントね。あなたたちがこそこそ話していた通りクラス単位での評価のようね」

 

 どうやら高崎とちょこちょこSシステムの話をしていたのを聞かれていたようで、堀北には暗躍が見抜かれていた様子。

 

「そろそろ先生来るし、真相解明はその時だね」

 

 噂をすれば教室の扉がガラッと開いて茶柱先生が入ってきたため、オレたちは自分の席に着席する。

 

「それでは今朝のHRを始めよう」

「サエちゃんせんせー。ポイントが3万しか振り込まれてないんですけどー。支給額は毎月10万じゃなかったんですかー?」

「いや、今月分のポイントはそれで全てだ」

 

 一縷の望みにかけて質問した池だったが、茶柱先生の返答を受けて即座に沈黙する。

 

「もう少し騒ぎ立てるものと思っていたが……。救いようのない不良品どもというわけではないようだな」

「先生。ポイント減額の理由を教えていただけますか」

「もちろんだ。これから全てを説明しよう。()()()Sシステムについてな」

 

 そう言って茶柱先生は、ホワイトボードに淡々と文字を書き込んでいく。

 

「この学校は、生徒の成績や評価が毎月のポイント額に反映される。遅刻欠席合わせて48回、授業中の私語や携帯を触った回数184回。これでもずいぶんやらかしたものだが、中々聡いやつやつがいたものだ。入学当初のペースであれば、今月の評価は0だっただろうな」

 

 コンコンとペンでホワイトボードをたたき、俺たちの視線がそこに集中する。

 

 Aクラス 950cp

 Bクラス 650cp

 Cクラス 490cp

 Dクラス 300cp

 

「これが今月与えられたお前たちへの評価だ。毎月の支給額はこれらのクラスポイントの100倍に依存している。今月Dクラスにつけられた価値は300クラスポイントだから、支給額は30000ポイントだったということだな」

「先生。クラス間のポイントの偏りが顕著すぎます。どういうことなのか説明して頂けますか」

 

 ここで初めて平田から質問が飛ぶ。平田には素行でクラス分けを決めている説についての話はつけているため、確認のための質問ということだろう。

 

「簡単なことだ。この学校は入学時点でお前らに評価を付けていて、その評価の高いものから順にA、B、C、Dクラスへと振り分けられていくこととなる。

 ──つまりお前らは、この学校において最低評価のクズとして、見事その評価通りの成績を見せつけたということだな」

 

 おめでとう。と言いながらパチパチと手をたたく茶柱先生。その歯に衣着せぬ物言いに、今まで押し黙っていた生徒たちがざわつき始める。

 

「あの、ポイントを増やす方法はないんですか?」

「もちろんあるぞ。結果的にCクラス以上のポイントを得れば、お前たちはCに昇格し、CクラスはDクラスに落ちる。直近で言えば今月の中間テストだな。結果によっては最大100クラスポイントが加算される」

 

 だが、と言って茶柱先生は手に持った大きな紙をホワイトボードに貼り付ける。

 

 そこに記載されていたのは、4月末に実施された小テストの成績順の結果一覧。ちらほらと高得点を記録している生徒もいるが、オレを含め大半が60点に満たない結果となっている。

 

「そろいも揃ってクズのような点数。これが本番の定期テストだったなら、赤点ラインを割っている7名は退学になっていたところだ」

 

 下から7番目の生徒の上に赤い線が引かれる。前後の点数からして、赤点ラインは32点未満の様だ。

 

「さらに言っておこう。この学校の"希望する進路をほぼ100%叶える"という謳い文句があるだろう。正確に言えば、あれはAクラスにしか適用されない。これに釣られてこの学校へ来たものは、せいぜい下剋上目指して頑張ることだな。

 ……まあ、この学校の歴史上、DクラスがAはおろか、Cクラスへの下剋上を果たしたことすら一度もないがな」

 

 他に質問が出なかったため、HRは終了。茶柱先生が教室を出ると同時に、多くの生徒が平田に詰め寄る。

 

「平田~! マジでありがとう!」

「ホント。平田君がいなかったら私たち今頃0ポイント生活だったよ~」

「すげえよ平田! ていうか、よくあんなの気付いたな!」

「み、みんな落ち着いて。あれは僕が気付いたわけじゃなくて……」

 

 ちら、と一瞬目線をこっちに向ける平田。複雑な話だ、一から説明するとなると面倒なのだろう。高崎は苦笑いで手を振って関与を否定している。オレも高崎と同様に気付いた人間として平田に認知されているが、必要以上に目立ちたくないためスルーを決め込む。

 

 徹底した実力主義による評価。どうやらオレはいつになっても競争の世界から抜け出せないようだ。

 

 そうが言っても、やらなければ命の保証すらないあそこの教育に比べれば、この程度児戯に等しい。

 

 オレにとってはあの場所に戻るまでの3年間、ぬくぬくと目立たずに学生生活を謳歌出来さえすれば、それで構わない。

 

 

──1──

 

 

「高崎。野菜の大きさはこのくらいで良かったか?」

「うん。カットよろしく」

 

 高崎の指示を受け、にんじんやじゃがいもをトントンとそれぞれ均一な大きさにカットしていく。今晩の献立はカレー。食堂のメニューにもカレーはあるが、高崎の作るものの方が数段美味い。

 

「にしても綾小路も料理上手くなったもんだな。はじめの頃はまるっきり素人だったのに、もう難しい包丁さばきもお手の物じゃん」

「高崎の見様見真似だ」

 

 高崎から包丁さばきに対して高評価を受ける。実際高崎の見事な技術の真似をすれば、何度かトライすれば一定のレベルに達することは容易だ。

 

「うし、あとはしばらく煮込み待ちだな。チェスするか~」

 

 そう言って部屋の棚からチェス盤を引っぱり出してくる高崎。どうやら4月初め辺りにAクラスの坂柳という生徒と勝負して以来すっかりチェスにはまってしまったようで、最近は晩飯前後の一日一局が俺たちのルーティーンになっている。

 

 高崎のチェスのレベルは一般人としては非常に高い。鮮やかな指し回しはプロにも匹敵し、その実力は日増しに成長し続けている。

 

 無論あの場所で無数のトッププロと対局を繰り返してきたオレの足元にも及ばない棋力ではあるが、最近は手を抜いた状態では負け越すようになった。

 

 高崎想。知れば知るほどに奇妙な人物だ。

 

 先日の小テストでもクラストップの100点満点。運動能力も抜群で、水泳ではおぼつかない泳ぎをしていたかと思えば一度手本を見ただけでそれを完璧に模倣する。

 

 高崎は以前言っていた。自分には見聞きしたものを完璧に記憶する能力があり、それとの複合で色んなことをやっている、と。

 

 明らかに普通に生きていて得られる能力値ではない。Dクラスに配属された理由もわからない。

 

「そういえば、綾小路ってなんで本気出してないんだ?」

「十分本気だ。お前の成長速度がおかしいんだ」

「あー、いやそっちじゃなくて、いやそっちもだけど。成績の話。今日貼り出された小テスト、お前50点だったろ?」

「それに関しても同じだ。オレは本気でやっている」

「いやいや、そんなわけないじゃん。

 

 

 ──だってお前、ホワイトルームの最高傑作だろ?」

 

 

 高崎の言葉が耳から脳天へと突き抜けて、ここまで間を置くことなく置かれていた駒の流れが、オレのターンでピタリと止まる。

 

 ホワイトルーム。俺が生まれてからの全ての時間を過ごした場所。その存在を知っているのはプロジェクトに関わるごくわずかな大人たちと、そこで育成されている子供たちのみ。

 

 やはりこいつはホワイトルームから送られてきた刺客だったのか? いや、前も考えたようにオレと同期のホワイトルーム生は全員脱落しているはず。

 

 あの男が秘密裏に育てていた? 俺が脱走するこの状況をあらかじめ見越して? いや、そんなことは不可能だ。第一高崎の持つ能力は生来の才能。人工の天才を作るメソッドに固執するあいつがただの天才である高崎に興味を示すわけがない。

 

 僅かに走る焦りや動揺を見抜かれたのか、高崎が言葉を続ける。

 

「やっぱりそっちは気付いてなかったか。お前あれだろ? 最高傑作交流会みたいなので連れてかれた時にいた、ホワイトルームの綾小路清隆」

 

 高崎の発言から、ぼんやりと昔の記憶が引き起こされる。

 

 ホワイトルーム内の人間としか関わりを持っていなかった幼少期のオレが唯一出会った、外の世界の人間。

 

 漫然とカリキュラムをこなすことだけをしていた当時のオレは、父に連れられある研究施設からの来客に会うこととなった。

 

 あの時の少年が高崎だというのか。そんな考えを持ち、記憶の中の少年と目の前の少年を重ね合わせるが、似ても似つかない。

 

 その時出会った少年はおよそ人間とは思えないような風貌をしていた。伸びきった髪はぼさぼさで、全身に虐待の跡。だが何よりも違うのは、前髪の隙間からちらりと覗いたその瞳。

 

 あの時見た、自分の未来に希望などないと悟った瞳。ケヤキモールに行けばどんなものにも目を輝かせるこの高崎とはどうやっても結びつかない。

 

「……お前、何者だ?」

 

 オレが尋ねると、高崎は対局時計を止め、駒を置くようにオレに視線で指示した。

 

「少しだけ、俺の話してもいいか?」

 

 

──2──

 

 

 俺は幼少期から中学に上がるくらいまでの時間を、とある研究施設の中で過ごした。

 

 綾小路のいたホワイトルームが人工の天才を作り出す教育機関なんだとしたら、俺のいた場所は天才を超天才に改造する実験施設と言ったところか。

 

 幼いころから映像記憶能力を持っていた俺はその施設に連れられ、極悪非道な人体実験を受け続けた。もちろん毎日のように脱走を試みたが、幼い少年の体では大人数の大人を振り切ることなど不可能。映像記憶を完全記憶に昇華させる改造の際に身体能力が爆発的に向上したが、たいして意味はなかった。

 

「まあ当時は流石に絶望してたよ。せっかく言われたこと全部覚えたのに耐久実験だとか言ってぶん殴られてさ。完全記憶なんだからなにしたって忘れるわけないってのに、無駄にいっぱい傷めつけやがって」

 

 実験の日々が終わってからは、朝から晩まで、ただただ知識を蓄えていくだけの日々を過ごした。一日200~300冊、飯と睡眠以外の全ての時間を使ってパラパラと本をめくって記憶していき、その脇ではラジオでニュースを垂れ流して時事問題を頭に叩き込み、夜寝る前にその内容を問うテストに回答する。

 

 人間を人間とも思わない鬼畜の所業だったが、それでも痛みが発生する実験の日々に比べれば遥かにマシだった。

 

 今思えば、当時の俺の行動指標は痛みがあるかないかだった。正直忘れないから覚えているだけで、綾小路のこともホワイトルームのことも当時は興味なんてサラサラなかったな。

 

 そうして生きてきた12歳の俺に、転機が訪れた。研究施設で働いていたとある職員が、俺を連れて施設を脱走したのだ。

 

「その職員の人が俺の実質の親父みたいなもんだな。俺も父さんって呼んでるし」

 

 その後、父さんと俺は、施設の奴らから絶対に足がつかないような山奥のド田舎でひっそりと3年間を過ごした。

 

 毎日毎日、施設に見つからないように怯えながら。

 

 それでもあそこでの暮らしは楽しかった。山奥の分校はみんな仲が良かったし、逃げるため以外の目的で外の世界で駆け回るのは最高に気持ちよかった。

 

「もちろん、窮屈ではあったけどな」

「じゃあ高崎も、3年間は外部との完全な隔離が確約されてるからこの学校に来たのか?」

「んー、まあ、4割くらいそれ。残りの6割は、みんなと同じようにあの謳い文句に釣られてだよ」

 

 あの謳い文句とは、当然「希望する進路をほぼ100%叶える」というアレのこと。

 

「俺はあの特権を使って、あのクソ施設をぶっ潰すためにここに来た」

「……本気か?」

「人の脳をかっ開くような非人道的施設だ。施設とその頭さえぶっ潰してしまえばそれで終わりらしい。それならどうとでもやりようはあるさ」

 

 あの施設の責任者に近付けるポジションに就くだとか、研究所そのものを爆破するだとかな。

 

「だから俺は本気でAクラスを目指すよ。ちゃんと自由な学生生活を謳歌しながらね」

「本当にできると思っているのか? お前が本来のSシステムについて気付かなければ、全てのクラスポイントを吐き出していたようなクラスだ。俺には無謀としか思えない」

「そんなことはないさ。確かに総合力では劣るかもしれないけど、学力が高い生徒は少なくないし、須藤の運動能力なんかはピカイチだ。それに、お前みたいなイカれた実力のやつもいる。

 

 ──話してくれないか? ホワイトルームでのこと。なんでこの学校に来たのか、なんで本気を出さないのか」

 

 そう言って話を振ると、綾小路は鋭い眼光で俺を射抜いている。正体を知られている相手だと分かったからだろうな。これまで演じていた高校生らしさに憧れるポンコツの目じゃなく、あの時見た冷たい目に戻っている。

 

 でも、俺は目をそらさない。Aクラスに上がるためには、この綾小路清隆という男は絶対に必要不可欠なピースだ。

 

「……お前は、どこまで知っている」

「正直言うとあんま知らない。お前の親父とやらが話してた概要と、お前が勉強してたの見たくらいかな。内容も覚えてる。だからお前が筋肉バキバキなの見た時驚いたよ。勉強だけじゃなくて体も鍛えるんだーって。あとは外観とかもろもろ」

 

 それは知らないとは言わない、と言って、観念したように軽くため息をついた綾小路。

 

 彼は話し出した。ホワイトルームという施設と、自分のこれまでの人生について。

 

 この学校へは、普通の高校生の生活が知りたかったからと、たった3年間だとしても平穏を過ごしたいという理由で入学したとのこと。

 

 そして、この三年間が終われば、自分は指導者の立場としてホワイトルームに戻ることになるということまで話してくれた。

 

「──ほ~、ほぼ監禁脱落者続々みたいなのは聞いてたけど、思った数倍エグいんだな。一応教育機関ってガワしてるからこっちよりはマシだろうと思ってたけど、トントンってとこか」

「そんなことはない。こっちはちゃんとやりさえすれば痛めつけられることはないからな」

 

 そういわれると確かにその通りかもしれない。なんだよ記憶の耐久実験って。嫌な思い出は意識的に蓋をしているから何とか精神を保っていられるが、あれが未来永劫脳みそにこびりついたままなのは、しょうがないとはいえ我慢ならない。

 

「じゃあ、綾小路もホワイトルームぶっ潰すためにAクラス目指そうよ」

「断る。オレにはそんなリスクを負う覚悟はないからな。ひっそりと三年間を終えるつもりだ」

 

 俺の提案は、綾小路によってバッサリ否定される。そりゃそうか。実際俺だって本気で言っているわけじゃない。

 

 聞いた話によればホワイトルームもこちらと同様に政府直轄のプロジェクトだ。せっかくの人生をかなぐり捨ててまで政府の要人に特攻しかけようなんて、そんなアホが何人もいないことなんてわかりきっている。

 

 じゃあどんな材料ならば綾小路を口説き落とせるだろうかと考えていると、綾小路が口を開いた。

 

「だが、オレの悲願を達成する手助けをしてくれるならその限りじゃない」

「……ふーん? おもしろそうじゃん。聞かせてみ」

「お前が三年以内にあらゆる分野でオレを打ち負かすこと。それがオレが本気を出す条件だ」

 

 綾小路は真剣な顔で、俺にそう告げた。

 

 敗北。それが綾小路の悲願。意味は理解できるが、自分自身にない思考ゆえに喉元に引っかかってすとんと落ちていかない。

 

 有名な漫画において「負けたくないことに理由っている?」なんて言われるほど、人間には生来勝利への渇望が備わっているもの。それを差し置いて負けることが悲願と言い切った発言の意図がいまいち理解できず、頭の上をいくつものハテナが飛び交う。

 

「んー、ごめん。もう少し詳しく」

「オレの親父はオレのことを自分が作った最高傑作として相当誇らしく思っているからな。そんなオレが他所の作品に敗北したとなれば、あの男に一泡吹かせてやることが出来る。有り体に言えば親に対する反抗期だな

 そんなことが出来る同年代など存在しないと思っていたが……。高崎、お前なら俺を葬れるかもしれない」

 

 ……なるほど。少し話がつかめた。

 

 要するにこいつは、ホワイトルームの最高傑作である自分が敗北することによって、ホワイトルーム教育を根底から否定してやりたいのだ。

 

 もちろんそんなことをしたところでプロジェクトが破棄されるなんてことにはならないだろう。ホワイトルーム外にも天才がいるというのは至極当然のことであり、天才を量産することの価値がなくなるわけではないのだから。

 

 全てを思い通りにさせられるのは癪だから一泡吹かせてやりたい。本当にただそれだけなんだろう。

 

(……でも、少し嫌だな。それ)

 

 この要求を聞いて確信した。綾小路はあの頃のまま、未来になんの希望も抱いていない。今後一生ホワイトルームに囚われて生きるという絶望の未来を完全に受け入れている。

 

 それはとても辛く、悲しい選択だ。自分に希望なんてありはしないと知りながら日々を生きる苦痛を、誰よりも知っているから分かる。

 

 復讐を果たした後の人生をまるで考えていない俺が言えることじゃないが、自分にとってはどうでもいいことでも人がやろうとしていると気になるものなのだ。

 

「分かった。それで行こう。ただし二つ条件がある」

「聞ける範囲で聞こう」

「まず一つ。お前がつける俺への評価に応じて、緩やかに実力を開放していくこと。今みたいな状態からいきなり本気出したんじゃ波風の立ち方が尋常じゃないだろうからな」

「その程度なら構わない。能力が上がったことについて説明を求められても、お前を隠れ蓑にすれば問題はないだろうからな。だが、極度に目立たない程度を上限とさせてもらうぞ」

 

 一つ目の条件は問題なく通った。綾小路の要求に対して、Aクラスに上がるために本気を出せという俺の要求は至極まっとうなものである以上、ある程度の要求なら通るのだろう。

 

「じゃあもう一つだけど……、これは俺がお前を葬ったときに改めて伝えることにするよ」

 

 もう一つの要求は、この場では保留としておく。別に思い浮かんでいないわけではないが、この場で言っても了承を得られるとは思えないからだ。

 

「言っておくが、負けたからと言ってどんな要求でも呑むとは限らないぞ」

「分かってるよ。ただ、今言うよりも後から言った方が確率が高いと思っただけ」

 

 恐らく俺の完全記憶による模倣(コピー)能力なら、綾小路の実力に肉薄するのに長い時間はかからないだろう。なんなら既に超えている部分もいくつかあるだろう。

 

 だが、俺にできるのは所詮真似事。恐らく俺よりも上の知力、身体能力を持つ綾小路に対して勝ち切るためには、記憶能力に関わらないところでの成長が不可欠だ。

 

 そしてその成長を促すのは綾小路ではなく、この学校、ひいては生徒たちだと考えている。

 

 この先の三年間、俺たちはこの学校でAクラスを賭けた熾烈なクラス闘争に臨むことになる。その中で得る経験が俺に、そして綾小路にもたらす影響は思っているよりもずっと大きいものだろう。

 

 それこそが、俺が綾小路を超えうるかどうか、そして綾小路がもう一つの条件を呑むかどうかに大きく関わっている。

 

「さあ、まずは手始めにこのチェスで超えてやるよ!」

 

 そう言って、俺は額のヘアバンドに手をかけて、一気に取り去ろうと────。

 

「待て高崎。鍋がヤバいぞ」

 

 綾小路に言われて振り返ると、先程火にかけた鍋が激しく沸騰して蓋を持ち上げ、中身が吹きこぼれている。

 

「ちょっ、まっ! お前もっと早く言えよ! 吹きこぼれる瞬間絶対見えてただろ!」

「仕方ないだろ。シリアスな空気に水を差す勇気は俺にはない」

 

 くそっ、コミュ症自称する癖にこういうとこだけ空気読みやがって。

 

 急いで火を止めてなんとか一命をとりとめると、先程までのシリアスムードはどこかへ消え去り、二人とも腹ペコペコだったことを思い出した。

 

 さっさとカレールーを鍋に放り込み、二人分の皿に米とカレーをよそって食卓に並べる。

 

「美味い。やっぱり高崎の料理は最高だな」

 

 綾小路もすっかりいつもの雰囲気に戻り、いつも通りの無表情ながら嬉しそうな雰囲気を漂わせてカレーを口に運んでいる。

 

 いや、どちらかというとさっきのが素で、こっちが作ってる表情なのだろうか。

 

(まあ、美味いと思ってるのは本心っぽいからいいか)

 

 分からないなりにそれらしく振舞おうとする不器用さ。この不器用さこそが、綾小路清隆という人間なんだろう。

 

「なんだ? ジロジロ見て」

「なんでもない。改めて三年間よろしくな、清隆」

「……ああ、よろしく頼む。……想?」

「おいこら、忘れかけてんじゃねえよ」

 

 この日俺は清隆とライバルになり、業務提携相手(パートナー)になり、秘密を共有する相手になり、親友になった。

 

 

 

 ちなみにこの後、チェスではボコボコに負かされた。




高度育成高等学校学生データベース

氏名  高崎想
クラス 1年D組
部活動 無所属
誕生日 12月21日

・評価 ※()内は集中モード時のもの
学力   A(A+)
知性   B+(A)
判断力  B+(A+)
身体能力 A+(A+)
協調性  C+(C+)

・面接官からのコメント
 学力、身体能力に非常に高い成績を収めており、本学の仕組みにいち早く気付きアクションを起こす知性と判断力もある。感情が高ぶると言葉遣いが荒くなることや他人との距離の詰め方に難があることから知性と協調性は控えめな評価となっているが、クラスには協力的な姿勢であるため問題なし。
 これらの要素を見れば間違いなくAクラス相当の実力者である。しかし問答において見られた反社会的な発言や小学校時のホームスタディ期間から、幼少期の人格形成に大きな問題があったと推測。社会に送り出すには強い矯正が必要と判断し、Dクラスへの配属とする。

・担任メモ
 少しおだてられれば調子に乗ってやりすぎてしまう性格は矯正の必要があると感じますが、反社会的な面など見られない優秀な生徒です。入学式の日の事件で最初の頃は周りから引かれていたようですが、元が人懐っこい性格なので一度関わりを持った生徒とは交流が続いているようです。
 優れた能力を生かしてクラスの中心となり、クラス全体の底上げに貢献してくれることを期待します。

・作者メモ
 綾小路と比肩できる実力者として違和感がないよう、うんうん唸りながらひねり出しました。
 初期構想としてはスケダンのボッスン(集中モード)+タクト(映像記憶)+スマイル(軽業)で、記憶能力と身体能力をちょぴっと改造して出来上がりました。
 どう足掻いてもDクラスになるわけはなさそうなのですが、面接で「夢は故郷を爆破することです!(意訳)」って口を滑らせたら反社扱いされてDクラス落ちしました。でもそのおかげで綾小路と再会できました。やったね。
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