食禍の妖精   作:根本芳樹

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ミカン一家

「どうだ」

 私はドアの隙間から伸ばしていた舌を引っ込めて友人に向き直った。

「ダメ。腐ったミカンになっちゃった……」

「やっぱりか」

 友人は頭を乱雑に掻いた。

「ったく、あいつ、こいつの記憶を消して、浮いた時間を〈銀行〉でカネに替えやがったな。人生の中身が空っぽになって、こいつはミカン星人でも人間でもいられなくなっちまった」

「ああ、銀行」

 私は視線を落とした。

「あんな商売ないよね。人間が払える時間には限りがあるけど、人間の多くはそれを自覚できないのに」

「そうだが、いやしかしこんな換金の仕方があるとは」

 友人は呟いた。

「これを考えた奴はさぞや性格が悪いに違いない」

 リビングに戻ると、両親が憔悴した様子で待っていた。

「息子は……」

「ダメです」

 友人は一刀両断した。

「人生をかけたものに関する時間を取り立てられました。記憶だけならまだどうにかなります、ですが取り組んだ事実すら消えたならもう何も残りません。あなたのお子さんたちは十数年熱意を注いだものへの知識と経験をすべてなくしました」

「息子さんが他の趣味を持てなかったのもきついです」

 私は言った。

「何かつらいことがあっても逃げられる場所があればこうはなりませんでした。まあ、息子さん本人の選択ですけど」

「む、娘は……」

「家出ですな」

 友人はそう言って、領収書を一枚見せた。

「別の同業者と契約しています。息子さんの時間を資金に換えています。それを元手に他の妖精と契約して、高飛びしています」

「この国、家族からもの盗んだりとか、盗んだもの売ったりしても窃盗罪にならないんだね」

 私は呟いた。友人が応じる。

「親族相盗例ですな。増してや売ったのが時間そのもので、売った相手が銀行ではね。勝ち目ありませんよ。銀行は絶対、わかった上でやってますから」

「そんな。そんな」

 母親が崩れ落ちた。

「どうか。娘は……せめて娘だけでも」

「状況ちゃんとわかってる?」

 私は思わず尋ねた。

「娘さんは十中八九契約をしちゃってるんだよ。取り戻すんだったら、少なくとも同じくらいの格のやつを呼ぶか、契約で介入してもらわないと無理だよ」

「契約のリスクはこの国なら義務教育で教えられてる」

 友人はにべもなく言った。

「教育を受けられなくても、どんだけヤバいことになるかは身を以て知ることになる……なあ、こないだ会った時の娘さん、兄貴に対してなかなか思うところがあったらしいな。でもよ、そういう家族にしたのはお前らだよな。お互いを利用し合ってポイ捨てするような家族を作っちまった、家族を一人捨ててでも、契約をしてでも新天地に行きたいと思うようにさせちまった」

「そんな状態の人間が、こっち側に帰ってくると思う?」

 私は尋ねた。

「私たちの同族と……()()と契約した人間が?」

 沈黙が落ちた。

 私は両親を見つめた。

「ねえ、契約したい?」

 笑って聞いた。笑ったつもりだった。

 両親は椅子を引いて立ち上がり、身を寄せ合って震えはじめた。

「する?」

「するか?」

「してもいいよ」

「してやってもいいんだぞ」

「銀行から息子さんの時間を取り返してあげよう」

「妹を連れ帰って、息子への憎しみを消してやろうか。しあわせな家族を作ってやろう」

「全てを捧げてくれるなら、あなたたちの願いを叶えるよ」

「全てを捧ぐと契約するなら、お前たちの願いは全て叶うだろう」

 二人分の笑い声が暫し響いた。何かが暴れるような音、扉が閉まる音が響く。私たちは笑うのをやめた。

「出てっちゃった」

「賢明だな」

 友人は私を指差した。

「よだれ」

「ごめん」

 私は三枚くらい同時に出ていた舌をしまい、服に垂れていたよだれをハンカチで拭い始めた。一方で友人は携帯電話をかけ始めていた。

「もしもし、俺だデカラビア。前に紹介したヤツ、どうだった? おう、うん……うん……よかったよ、うまくいった。で、斡旋料として三割は俺にくれるんだったな? ああ、いいよ、俺も空いてるし夜は飯にしようぜ。場所は〈空白街〉でいいか? よし、今日はお前が出せよ、隣にあいつもいるんだ、パーっとやろうぜ、あっはっは……」

 

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