「···ぁ──」
精神が削れる、目が落ちる、足が震える、手が下がる、頭が揺れる、血が冷える、感覚が消える、自分でも分からなくなる。
────なんだ?俺の目の前にいるのはなんなんだ···?
目の前のアブノーアリティがなんなのかは分かってはいるが、理解はできていない。自分の精神が存在を否定したがっている。
「···はっ···コイツマジでヤバいな···」
目の前にいるはずなのにどんな容貌なのかが分からない、どんな物体なのかさえも分からない。物なのか生物なのかも分からない。しかし、眼前にある威圧感から存在しているのは確かだ。存在していると強く感じてしまう。
「──見たくねぇって思うの久しぶりだ···な」
管理人のときには、扱いやすいと思っていたが、職員ではここまで厄介になるなんて考えてもいなかった。
「──先が思いやられるな···」
なんとか「普通」で終わらすことができ、精神も5分の1は残ったはずだ。それなのに、ここまで疲労が残るのか。
···作業が終わったというのに、手は未だ震えて力が入らず上がらない。足は鉛のように重くうまく動かせない。メインルームに行かないと効率的な回復はできないと頭では分かっている。それでも足は動かない。
「──レイがそうなってるの珍しいわね···ほら、抱き抱えるから力抜いて?」
「···あんばー···」
「···お姫様抱っこしても何も反応しないなんて、本当に大丈夫···?」
「あ、ありがと······」
「どういたしまして。こうなってるレイも可愛いから見ていたいけど、早く回復させに行かないとね」
──────
23日目の作業が終わった後、いつもどこかに消えるアンジェラが僕の方を見ていた。
「アンジェラ、どうしたの?」
「···あなたにとって、豊かとはどのような意味を持ちますか?」
「──そうだね···まあ、満ち足りていて幸福な状態なんじゃない?アンジェラはどう思う?」
アンジェラは時々突拍子もなく質問してくる。彼女にとってこれは決まった問答なのだろう。だから、アンジェラにも聞いてみたくなった。アドリブが苦手だってレイも言ってたしね。
「人類ははるか昔から豊かな世界を作ることを望んでいました。豊かとは、彼らにとっていかなる意味だったのでしょうか。そして、そう望むがゆえに、彼らの間に多くの亀裂と苦痛の物語が交差しなければなかったのでしょうか」
──あー、ここまでが決まった流れなんだ。スラスラとなんの滞りもなく彼女の口が動いた。それが少し悔しかった。
「果てしない物語が誕生し、それと同時に消えていきました。その過程で多くの人々の信ずるものも失われ始めました。そんな彼らから、誰かは絶望を、誰かは希望を見ました。そして、ある時を境に、新たな文明が始まったのです」
「まあ文明が始まるってことは、何かの文明が終わるときだし絶望する人もいれば、希望を抱く人もいるよね」
「···そのなかで、多くの新技術が確立されました。この世界を支える翼たちは新技術の「特異点」を、最低1つは保有しています。そう、
──最初の人間?
「人々はより良き世界を望み、昔は想像すらしなかった世界が広がっていきました。しかし、それが皆を豊かにできたかはわかりません。確実なのは、それがあったから私が今あなたの前でお話できるようになったという事だけです」
ようやく僕でも共感できる部分があった。確かに、それがなければ僕と君は話すことは叶わなかったよね。だから、僕は豊かだし幸福だよ。
「そっか。アンジェラがなんで僕にそのこと話したのかは分からないけど、これだけは言えるよ。僕は君に会えて、こうやって話すことができてるから豊かになってるよ。──アンジェラは豊かになった?」
「──私は···」
そう小さく呟き、今まで僕を見ていた顔が振り向いて見えなくなった。どうやらこの答えは想定外だったらしい。
アンジェラのそういうところを見ることができているのが自分だけだと思うと少し嬉しくなった。
──────
24日目。
システムの問題によりアブノーマリティが脱走した場合、
直ちに管理人を処分する必要があります。
···そして私の愛する職員の皆さん。
先ほどここに入る時に、支給されたマスクは着用しましたか?
視線を逸らさず、見続けて下さい。
それはあなたの視界にあります。
──「管理人」か···僕に被害が来ることは考えづらいけど、どういうアブノーマリティが来るのか興味が湧いた。今回は上を取ろう。真ん中も悪くはなさそうだけど、職員のことをよく見る必要がありそうで面倒くさそうだ。
──次はツール型か。
最終的には存在理由さえも忘れるほど、
知恵はその意味を失くしてしまう。
この機械で手術を受けた多くの人は心が安らぎ、
再び健康になりました。
最終章は「生まれ変わる」という一文で終わります
──上は時間制限がありそうで、真ん中は胡散臭く、下は職員がいなくなりそうだ。
···今回は逆行するから、職員がいなくなったとしてもなんとかなる。下にするか。
下を取ることを決め、自身の机に腰をかけると、見知らぬサボテンがあった。
「管理人の散乱したデスクの上に、サボテンが置かれてるのに気が付きましたか?」
「あ、うん。アンジェラが置いてくれたの?」
「いえ、管理人に好意を抱く職員の一人がこっそり置いていったようですね」
「僕に?···そんな物好きがいるんだ。どんな好意かは分からないけど、好意を抱かれてることは嬉しいね」
そう言うと、アンジェラは結構ムッて顔をした。──ここ最近彼女の表情の変化が多くて、見ていて楽しい。
「私の個人的な意見として、サボテンはあまり好きではありません」
「そうなんだ。僕は少ない水で育つし好きだよ。必死に生きてる感じがするしね」
「──植物を育てるのには様々な理由がありますが、観賞用にするには鋭いトゲのため不適格です。だからと言って価値のある樹液を採取するためでもない。さらに言えば、私は花を咲かせるところを一度も見たことがありません」
「不運だね。こういうところでもちゃんとすれば花は咲くと思うけど···」
「理論的には適切な環境下ではちゃんと花が咲くそうですが、この場所がサボテンにとって荒地だと思われたのか、私はまだ見たことありません──サボテンにも花は咲くのでしょうか?」
「うん、ここでも僕は咲くと思うよ」
「······まるで直接見てきたような口振りですね。そこまで確信があるのなら育て続けてみてください。ここには日の光も入らないですけど」
「墓穴の桜見に行く?まず、花が咲くところ見に行かない?」
「──アブノーマリティは結構です」
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