ソードアート・オンライン ゼラニウムの兎   作:フローゼン

11 / 11
五層攻略

「…あそこか?」

 

 一足先に丘を登り終えたが指をさした先には、石壁に囲まれた巨大迷路、そしてその中には迷宮区である、第六層に繋がるタワーがそびえ立っていた。

 

「ああ。」

 

 少人数レイドでのボス攻略を計画したキリトが頷く。

 

「よ〜シ。じゃあ、ここらへんでお前らのステータスを確認させておらおうカ。」

 

 情報屋であり、今回のボス攻略にも参加してくれたアルゴが、全員を仕切るようにそう言った。

 

 アルゴがメモ書いたものをまとめると、

リオン Lv17 短剣or両手剣 軽金属防具

キリト Lv18 片手直剣 革防具 

アスナ Lv17 細剣 軽金属防具

エギル Lv16 両手斧 軽金属防具

シヴァタ Lv15 片手直剣 重金属防具+盾

リーテン Lv13 ロングメイス 重金属防具+盾

ウルフギャング Lv15 両手剣 革防具

ローバッカ Lv15 両手斧 軽金属防具

ナイジャン Lv14 両手槌 重金属防具

フィン Lv13 両手斧 革防具

アルゴ Lv不明 クロー 革防具

 

「タンクが少ないな。」

 

メモを見て声を最初に発したのはキリトだった。

 

「うーん。パーティに一人じゃ、多分ゴーレムの攻撃を捌けないよな…。」

 

「うん。俺もそう思う。どうするの、キリト?」

 

 五層フロアボスであるゴーレムは、ベータテストのときには特殊攻撃は使ってこなかった。しかし代わりに、直接攻撃の威力が倍増されていたのだ。

 

 数分ほどうなり続けていたキリトは、突然ピタッと止まり、俺たちの方を向いた。

 

「うん。みんな、聞いてくれ。」

 

 キリト以外の全員は、腹ごしらえに食べていたケーキを食べる手を止め、彼の方を振り向いた。

 

「A隊が、シヴァタ、ローバッカ、ナイジャン、リーテン、フィン。B隊が、俺、アスナ、リオン、エギル、ウルフギャング、アルゴ。これで行こうと思うんだけど、どうかな?」

 

 皆が思っていた編成と違ったのか、少しザワつく。そして、皆を代表してシヴァタが疑問を発した。

 

「つまり、A隊にタンク、B隊にアタッカーを集めたわけか?」

 

「そんな感じだ。均等に割り振るには、少しタンクが足りない。だから、固い人をワンパーティーに集めて、ターゲットを集中させる。タンク部隊の負担は重くなってしまうけど、HP管理はしやすくなるはずだ。」

 

 

「なるほどな。」

 

「もちろん、ベータテストとの変更点はあると思う。だから、俺が最初に想定外の攻撃パターンがないか確認する。一人の犠牲者も出すつもりはない。みんな、力を合わせよう!」

 

皆の唱和よりも早くフィンが待ってました、と言わんばかりに大声を出す。

 

「よっしゃ!やるぞ!!」

 

「「「おう!!!」」」

 

 

――――――――――

 

 

「おい!あれを見ろ!」

 

 シヴァタがそう声を上げた先には、通路いっぱいに広がる大階段がそびえていた。

 

 おそらくボス部屋へと繋がるものであるのだろうが、基本的にボスのいる部屋と迷宮区は扉で区切られているため、皆が警戒をしていた。

 

「とりあえず気をつけて進もう。」

 

 キリトがそう指示すると、それぞれが左右と後方を確認しながら歩く。

 

 そして大階段の手前で立ち止まると、キリトは皆より1歩先に出て、状況を確認する。

 

「横に道はないな。」

 

「ここを上るしかないのかな?」

 

「問題は、上った先にまた扉があるのか、それともいきなりボス部屋なのかだな。」

 

 フィンの発言にキリトも深く頷いた。

 

「ああ。ベータ時代は、普通に扉があって、開けたらゴーレムボスがいた。まあ、ここまでの構造もほとんど変わってたし、深い意味は無いのかもしれないが…。」

 

「ま、覗いてみるしかないダロ。」

 

「そうだな。じゃあ、まず俺がひとりで偵察してくる。」

 

「待った、キー坊。ここはオレっちに任せてクレ。もしかしたら、入口を塞ぐトラップかもしれないダロ?そうなっても、オイラなら閉まる前に脱出できる。」

 

「ちょっと待って、一人で行くつもり?」

 

「ああ、リオンの言う通りだ。俺と二人で行こう。それだけは譲れない。」

 

 キリトは、これでも譲歩してる、と言いたげな顔でアルゴに物申す。

 

「エ〜?」

 

「どうした?フィン。」

 

 キリトの視線を追うと、フィンがうなりながら地面を見つめていた。

 

「いや、俺最前線に来たの最近だから、こういうのの勝手よくわかんないけどさ、閉まった時のことは考えないのか?」

 

「「「??」」」

 

「詳しく教えてくれないか?」

 

「いや、二人逃げれるならそれでいいと思うんだが、逃げれない仕組みになる可能性もあるだろ?まあ、可能性の話をしたらキリがないがな。それでも、最低、ボス相手に時間稼ぎできるパーティを一人か二人加えて、編成するべきなんじゃないか?攻略記事の話じゃ、内から扉開かなくても、外から開かない場合は今までなかったみたいだしな。」

 

「なるほど。じゃあ、フィンならどうするんだ?」

 

 今までの意見の改善案をキリトはフィンに求めた。

 

「うん。まず、時間稼ぎには、タンクは重要だが、もし逃げれた場合、そいつは逃げ遅れるだろうから、タンクはなし。って言ったらやっぱり、ヘイト管理出来るやつがいいと思うぞ。」

 

 キリトもまた唸る。

 

「うーん。よし、フィンのアイデアにしようと思うが、異論あるやつは?」

 

 全員が首を横に振る。

 

「じゃあ、誰かやりたいやつは?」

 

 キリトの言葉に反応し、俺は手を上げた。

 

「俺がやるよ。キリトと組むときは、いつもヘイト管理してたし、アルゴのやり方も何となく知ってる。」

 

「助かる。…じゃあ、俺、アルゴ、リオンの3人でまずは階段を上る。もし、5分たっても帰ってこなかったら、俺たちがボスと対峙したと考えて突入してきてくれ。」

 

 そして、準備を整えた俺たち三人は、慎重に階段を上り始めた。

 

 少しずつ、天井に近づいていき、やがて天井に潜り込む階段を天井をくぐるように歩く。

 

 すると、重苦しい冷気が、俺たちの肩に乗る。間違いなくボス部屋だと、雰囲気で察する。

 

 階段を上り終えると、やがて幾つもの光が部屋中に灯り、暗闇を霧散させた。

 

「あれ…。六層への階段がないぞ…。」

 

「しかも、ボスが湧く気配もない。」

 

 俺たちは勇敢に、あくまで慎重だが、前進し始める。

 

「ここ、踏んでみる?」

 

 俺がそう問いたのは、青白い燐光が、黒い床の上をサークルを描くように走っていたからである。

 

 2人ともが、ゆっくりと頷いたので、俺はその通りに右足を床に置く。

 

「アルゴ!リオン!」

 

 突如、さらに燐光は発光し、同時に凄まじい振動が部屋中を揺るがした。

 

 全員が壁に向かって後ろに飛び退ろうとした瞬間、アルゴが震動に足を取られ転倒してしまった。

 

 直後、五指のようなものが二つ、地面から這い出てくる。それは巨大でアルゴを取り囲もうとしていた。

 

「キー坊、来るナ!!」

 

 キリトはすぐさまアルゴのもとに駆けつけようとしたが、アルゴはそれを右手を出して制止する。

 

 そして、完全に床から這い出てきた両手にアルゴ囲まれると、キリトは気力がなくなったように硬直する。

 

「おいキリト!アルゴはまだ死んでない!一旦落ち着け!」

 

 俺も多少焦っていたのだろう。普段からは想像もできないほど荒い口調で語りかける。

 

「!!」

 

 キリトはハッとして、力強く頷く。そして、俺たちは同時に走り出し、漆黒の巨大な両手の元にたどり着く。

 

「合わせて!3、2、1──」

 

 俺がそう発すると、二人の武器にライトエフェクトが奔る。それぞれが両手の間に的を絞り攻撃すると、同時に衝撃音と火花が散る。

 

 攻撃が命中すると少し間を空けて両手が床に引っ込みながら少しずつ解かれた。

 

 すると、掌からシュッと小さい影が飛び出して、俺たちの間に着地する。

 

「いやー、びっくりしたナー。」

 

 と、呑気なコメントをアルゴが発するので、思わず、こっちのセリフだ、と言いたくなったが何とか抑えた。

 

「二人共、下!」

 

 またしても、床の光のラインの位置が目まぐるしく変化し始め、俺たち二人を囲うようにサークルが描かれる。

 

「「!?」」

 

 俺たちは同時にバックステップを踏み、円の中から逃れる。直後、同じ黒い巨腕が、ターゲットサークルの中からそそり立つ。

 

「ね、ねえ。上にも同じようなのが…。──ほらね!?」

 

 次に天井から出てきたのは、腕、ではなく足だった。

 

「それだけじゃない!もう一本来るぞ!避けろ!」

 

 おそらく、両足あるという予測だったのだろうが、キリトが警告したのと同時に、もう一本、左足のようなものが俺たちを踏み潰そうと現れる。

 

 何とか四連撃をやり過ごしたが、俺たち三人は部屋の隅に追いやられ、閉まっていないが到底階段から逃げられるような場所には位置していなかった。

 

「おい、キー坊、リオン坊、動くナ。足を動かさないで、そーっと下を見ロ。」

 

 アルゴに言われた通り、静止したまま、顔だけ動かし黒い床を見渡すが、先程と変わらず、青い光のライン(ターゲットサークルはないが)、いつも通りの自分の足だ。

 

「見たけど…どうかしたか?」

 

 キリトも俺と同じような反応をする。

 

「もっとよーく見ろっテ。オマエ達の足も、オイラの足も、ギリギリのところで青い線を踏んでないだロ?」

 

「つまり、…踏めばあのデカ手とデカ足が攻撃してくる?」

 

「だろうね。」

 

「ラインを踏まずに移動すれば攻撃されずに移動できる?」

 

「だろうね。」

 

 全く同じ相槌を繰り返したが、俺もそうとしか思えなかった。

 

「おい!大丈夫か!?」

 

 その大声を出したのは、俺でも、キリトでも、もちろんアルゴでもなかった。

 

 もう五分たっていたのだろう。階段を上って来て、さっき下の階層残した十人は、勢いよく広間へと駆け抜ける。

 

 想像しうる最悪の事態である。彼らは次々と青光りのラインを踏み抜き、同時に四つのターゲットサークルが床と天井に現れた。

 

「回避!回避ーー!!」

 

 隣にいたキリトが突然大声で訴えかける。詳細を言える状況ではなかったが、流石に少数精鋭で挑んだ者たちだ。尋常じゃない反応速度でその場をそれぞれ離れる。…全員ではなかった。

 

「フィン!」

 

 ボス攻略が初めてであるフィンにとっては今の指示は不可解なものであっただろう。おそらくパーティーを組んだ回数も浅い彼は、指示を出された瞬間硬直し、そのまま片腕に囚われてしまった。

 

 ──どうすればいい、階段までは明らかに間に合わない。しかし、この状況を打破できるのはここの三人しかいないだろう。

 

「アスナ!腕にパラレル!」

 

 キリトがもう一度、今度は彼女だけに指示を出す。

 

 そして彼女は全くのタイムラグもなく、頷きながら片手細剣を構えた。そして、ソードスキルを放つ。おそらくさっきのパラレルという指示は、《パラレル・スティング》というソードスキルの意だったのだろう。

 

 そのまま彼女の剣に眩いライトエフェクトが奔り、高速の二連突きが腕にヒットした。拳が開き、そのままフィンが落下する。

 

 それをアスナが攻撃している間に駆けつけた俺は丁度のタイミングで受け止める。

 

「大丈夫?」

 

「ああ。ありがとう。」

 

「アスナ、フィンを助けてくれてありがとう。」

 

「ええ。仲間だもの。」

 

 フィンのHPは多少減少していたが、防具の損傷にはならず、不幸中の幸いと言ったところだ。

 

 アスナが攻撃した後、床のラインは静止し、他のレイドメンバーも、不用意に動こうとはしなかった。

 

「床にラインがあるだろ?それを踏むと床と天井のラインがランダムに動き始めて、踏んだやつの足元か頭上にターゲットサークルが出る。ラインの動きが止まると、床からは腕が生えて掴み攻撃、天井からは足が生えて踏みつけ攻撃をしてくるんだ。」

 

 キリトはフィンがポーションでHPを回復している間、ボスについての説明を始めた。皆も呑み込みが早く、特に異論も質問もなく納得した。

 

 突如、階段の真上、天井中央部のラインだけが勝手に動き始めた。かと言ってこちらは何も出来ず、ただそれを呆然と見るしか無かった。

 

 ごごん!と、重低音を響かせ天井が複雑に出っ張り始めた。

 

 現れたのは突き出した額、落窪んだ眼窩、四角い鼻と横一直線の口。そのシンプルな造形は、まさにRPGらしい、ゴーレムの顔であった。

 

 そして額に赤い紋章が現れると同時に、フロアボスの固有名が輝くフォントで空中に刻まれる。

 

【Fuscus the Vacant Colossus】

 

「ベータと…名前も全然違う…。」

 

 キリトの声にならない声を全員が耳にし、固唾を呑む。

 

 直後、角張った口が開かれ、重低音の雄叫びが部屋全体を震わした。

 

 さらに、それまで静止していた床の青光りのラインが一斉に動き出す。

 

「全員、散開してラインの動きをしっかり見るんだ!極力避けてもし踏んじゃったら床か天井に出てきたサークルを大きく回避!余裕があれば攻撃だ!俺がわざとラインを踏むから、ソードスキルで攻撃の準備をしてくれ!」

 

「「「「了解!!!」」」」

 

 キリトの指示を受けると、それぞれがラインを踏まないように注意をしながらも、キリトの方を向く。

 

 そして、ラインが床の真中を中心にして円を描くように動く。そのままキリトの足に近づいていくと、全員がソードスキルの構えをとる。

 

「行くぞ!」

 

 キリトがそう叫ぶ。そして、彼の周りにサークルができると、彼はすぐさまその場を離れた。

 

 そして彼の目の前を黒い腕が通り過ぎると、全方向からソードスキルの光がそれに襲いかかる。

 

 腕は苦しそうに身動ぎすると、天井の巨顔も呻き声を上げ、そのHPバーは一本目が確実に減少した。

 

 各々が要領を理解すると、何人かが集まって、それぞれ同じパターンを繰り返す。

 

 そして、一本、二本、三本と、HPバーが消滅する。

 

「ねえ!壁を見て!」

 

 俺がそう言うと、全員が攻撃をやめ、それぞれ近い壁を見渡す。

 

 壁は波打ち、青いラインは床から、天井からの両方向から壁に向けてほとばしっていた。

 

「ああ。これまでにないパターンだ。一旦階段から退避!」

 

「了解!みんな、こっちよ!」

 

 キリトの指示にいち早く反応したアスナは剣を上に掲げて皆を誘導する。そしてキリトが殿となって、列とは言えない列となり集団は階段に向かって駆ける。

 

 突如、キリトは立ち止まり、天井を見上げた。

 

「キリト!早く!」

 

 俺はキリトの呆然とした様子に焦る。

 

「顔が…消えた?」

 

「!?」

 

 その通りだった。キリトと同じく四方八方を見渡しても、先程まで天井に存在した忌まわしき顔面は、忽然と姿を消していた。

 

 そこで当然、ひとつ疑問が湧く。顔はどこにいったのか。俺は疑問を持ちながらも、何かおぞましい確信をしていた。

 

「シヴァ、だめっ!!」

 

 突如、リーテンの悲鳴が聞こえた。その声に、俺もキリトも、同時に階段方向へ目を向けた。

 

 いち早く階段にたどり着いたシヴァタは、先程の壁のように波打つ地面に翻弄されていた。

 

 しかし、シヴァタはその床の範囲から倒れ込むように逃れた、アスナの手に押されて。

 

 アスナはそのまま波に、いや黒々と盛り上がるボスの顔の口に、腰あたりまでを咥え込まれた。

 

「階段が…口になりやがった!」

 

 そう叫ぶエギルにキリトは急いで指示を出す。

 

「エギル!額の紋章を攻撃してくれ!」

 

「…ダメだ…!こいつ、紋章がねえ!」

 

「「な…!」」

 

 驚愕と共に、キリトはアスナのもとに駆けつけようとした。

 

「待って!わかった。この部屋そのものがボスだったんだ!」

 

 それを俺は右手を出して静止した。

 

「きっと紋章も部屋のどこかを移動しているはずだ。」

 

 俺がそう説いた瞬間、全員がアスナを助けるためにボスの巨顔を攻撃していたのを中止し、部屋全体を見渡す。

 

──しかし、そんなめちゃくちゃな話があるか?例えば、天井に紋章が移動するとしたら、遠距離攻撃の少ないSAOではどうしようもない事が多々あるだろうし、実際今も解決策はないだろう。

 

──なら、どうにかなる場所に紋章は存在しているはずだ。

 

「アスナ!!」

 

「待って!キリ──」

 

 俺が言い終わる前にキリトは駆け出す。HPが半分を切ったアスナを見て、焦ったのだろう。

 

 そのときである。口の中から、見覚えのある鎌がこれ以上口が閉まらないようにと、歯と歯の間につっかえ棒のようにして現れた。

 

「あれは?!」

 

「他に誰かいたか?!」

 

 各々が誰もが思い浮かべるような疑問を口に出す。

 

「「ミト…!」」

 

 しかし、俺と、アスナだけは確信を持ってその名を呼んだ。直後、口の中からはい出たミトはキリトに向かって叫んだ。

 

「早く!今のうちに!」

 

「…そうだ!キリト!紋章は足か腕のどっちかにあるはずだ!」

 

「…!ああ。みんな!ラインを踏んで腕と足を出してくれ!」

 

 俺がキリトに思案を伝え、パーティリーダーである彼が全員に指示を飛ばした。

 

 そして各々がラインのある場所に移動し、それを踏み、巨腕や巨足を故意に出現させる。

 

──時間はもうない…。見つかってくれ…!

 

「ありました!」

 

 そう言ったのは巨足の膝裏を指さしたリーテンだった。しかし、それに全員が反応した時点で、足はもう上昇して、天井に引っ込み始めていた。

 

「逃がすかっ!」

 

 キリトは猛然とダッシュし、走りながら剣を構えていた。構えからの推測ではおそらく《ソニックリープ》だ。長射程のソードスキルなのでギリギリ届くかもしれないとの算段だろう。

 

「頭を下げろ、キー坊!!」

 

 キリトのソードスキルが発動する瞬間、彼の背後に現れた小さな影がそう叫び、キリトは常軌を逸っした反射神経で上体を丸めた。

 

「当たれえ!!」

 

 アルゴは彼の背中を踏み台に跳躍した。ジャンプが頂点に達した瞬間、彼女のクローにライトエフェクトが灯る。ソードスキルの動作で彼女は高速回転しながら加速し、クローの猛撃が、天井に戻ろうとしていた巨足の膝裏を深々とえぐった。

 

 そして、赤い紋章は点滅し、部屋に重低音が響き渡る。

 

 俺はそのまま階段方向を振り向いて、先程までゴーレムの口に咥えられていたアスナの様子を伺う。ゴーレムはもがき苦しむように叫ぶとともにその食らいついていた口を開き、彼女を解放した。

 

 彼女はそのまま落下し、地面に叩きつけられる寸前、ミトによって上体を抱きかかえられ着地した。

 

「ダメージは?」

 

「う…うん。…大丈夫。」

 

「…そう。良かった。──なら、まだ戦えるね。」

 

 アスナはミトのハッパのような励ましに呼応すると、自身の武器を掲げ、彼女にも同様の動作を求める。

 

 彼女たちが一連の動作を終えると、俺は我慢ならずに話しかける。

 

「ミト…。来たんだね。」

 

「…ええ。でも、話は後にしよう。さあ、ボスを倒すよ。」

 

「ああ。そうしよう。」

 

「ベータとの違いは?」

 

「ベータは弱点が額に固定だったけど、今はパターンが変わって、体のあちこちを動き回ってるみたいだ。」

 

 キリトの回答に、ミトは確認のためか俺の方を振り向いたため、頷く。

 

 他の全員が先程のキリトの指示に従い、ラインを踏み、床や天井出てきた手足を攻撃するというパターンを繰り返していたとき、特に前触れもなく、その紋章は現れた。

 

「あれだ!!」

 

 キリトが叫びながら指をさしたのは、ミトのいる階段付近からは10mほど離れた地点であり、エギルが出現させたゴーレムの右足の腿であった。

 

 ミトは紋章を確認すると、すぐさま駆け出す。

 

「ダメだ!遠すぎる!」

 

 おそらくミトに対して誰もが思ったことだろう。その瞬間、彼女の持つ鎌の柄の部分が鎖に変化した。いわゆる鎖鎌だ。

 

 俺は彼女が鎖鎌でその紋章を攻撃するのだと思い込んだ。しかし、彼女は突如立ち止まり、俺の方をイタズラな笑みを浮かべながら振り向いた。

 

「え…?」

 

 すると突然足元を引っ張られるような衝撃に襲われた。冷や汗を浮かべながら下を確認すると、床のラインを踏んでいた…訳ではなく、ライトエフェクトを帯びた鎖が俺の左足に蛇のように巻きついていた。恐る恐る前方の床を確認すると、どうやらミトの鎌に繋がっているようだ。

 

「ま、まさか…。」

 

 俺の不安は的中した。紫に光ったライトエフェクトから推察するに《バインド・アンカー》というソードスキルである。彼女の鎌が、鎖鎌に変化した時にだけ使用できるスキルだ。

 

 直後、俺は鎖に足元をすくわれ地面に倒れ込む。そして鎖は硬直し、一本の棒のようになる。彼女の腕を力点、肩を支点として俺は地面から離れた。そのまま弧を描くように俺は空中を舞った。

 

「う、うわああああああ!?!?!?!」

 

 俺の絶叫は虚空に散った。しかし、天井に引っ込み続ける右足を目前にし、俺は冷静に短剣を構えた。そして正確に紋章を捉え、その赤い光を斬撃によって消滅させた。

 

「よ、よし!よくやった!」

 

 キリトは俺の醜態に動揺しながらもフォローを入れる。

 

「みんな!俺が合図を出したらラインを踏んでくれ!紋章は発見次第、ミトとリオンが追撃!」

 

「「了解!」」

 

 そして、少人数のレイドメンバー達は、見事なコンビネーションで着実にボスのHPバーを削り、戦闘開始から約一時間後、フスクスのHPバーはついに最後の六本目に突入した。

 

「ヴォォォォォ!!」

 

 天井の顔がこれまでにない程の音量で怒声を迸らせた。

 

 そして、フスクスの顔がググッと下に迫り出した。真下にいたプレイヤー達はすぐさま退避し、天井にある四つのサークルからは腕と足が湧出する。

 

 五層フロアボス《フスクス・ザ・ヴェイカントコロッサス》が、人型のゴーレムとしてとうとう現れたのだ。

 

「後退ー!」

 

 と、キリトは叫ぶが、それよりも早く全メンバーが壁に向かってダッシュする。直後、フスクスが床に着地する。

 

「ボスが人型になれば、最初の作戦通り戦えるぞ!A隊がブロック、B隊がアタックだ!──ラスト一本、全力で削るぞ!」

 

 ボスが前に踏み出すと、すかさずタンクが前に出て盾を高く掲げた。

 

 ひと声吼えると、フスクスは右拳を振りあげて、タンクに向けて叩きつける。

 

 その隙にキリトの合図でB隊の全員が大木のようにそびえる両足に向かってソードスキルを叩き込む。

 

 しかしパターンはことごとく変化した。キリトは階下への撤退も検討したが、A隊の奮闘もあり、POTローテをスムーズに行えたことで、とうとうHPバーも最後の一本が赤く染まる。

 

 ゴーレムの両腕の振り回し攻撃を全員で耐えしのぎながら、ミトは叫んだ。

 

「アスナ!リオン!キリト!最後は派手に決めて!」

 

「わかった!」

 

「遠慮なくもらっとくぜ!」

 

 それぞれが叫び返し、俺はつい先程作ってもらったばかりの短剣を、アスナとキリトはそれぞれの相棒を握り、全力で走った。そして、俺達はA隊を攻撃したまま動かない右腕を登り、顔面めがけて思い切りジャンプをする。

 

 そして各々が武器にライトエフェクトを迸らせると、フスクスの額の紋章に全力のソードスキルを刻み込んだ。

 

「「「これで、終わりだあああああ!!!」」」

 

 第五層フロアボス、フスクス・ザ・ヴェイカントコロッサスは、その巨体を爆散させた。

 

「…終わった…。」

 

 誰かが掠れた声で呟く。いつの間にか、周りの景色も変化しており、それは見覚えのある先程の大階段の一部の踊り場からの景色であった。

 

「「「よっしゃあああ!!!」」」

 

 全員が一気に歓声を爆発させた。

 

「ギルドフラッグが出たやつがいたら、申し出てくれ。」

 

 キリトの質問にしばらく沈黙が続く。

 

「おい…。誰か。」

 

 当然俺のアイテム欄にも、ギルドフラッグなるものは存在しなかった。そこで二つの可能性が考えられる。一つは、そもそもベータテストでドロップしたギルドフラッグは、正式サービスでは実装されなかった。二つ目は──誰かがドロップしたことを隠しているか、だ。

 

 前者なら構わない。何故なら今回の目的はギルドフラッグによる二大ギルドの分裂を防ぐことだからだ。しかし、後者なら…容易に想像がつく。

 

「フラッグって…これのこと?」

 

 その声に反応し全員が振り向いたのは、ミトのいる方向だった。彼女は俺の目の前を通り過ぎ、フラッグを手で抱えながら階段を上る。そして、キリトに手渡した。

 

「いいのか?」

 

「ええ、私には必要ないもの。」

 

 ミトはアスナの方を振り向きざまにそうこたえた。

 

「…ミト。」

 

「…アスナ。」

 

「来てくれて、ありがとう。」

 

「あっ………うん。」

 

「また一緒にどう?」

 

「うん…それもすごく魅力的。でも、私も見つけたいの、…この世界での生き方。」

 

 ミトそう告げると、俺の方を向き、静かに歩き出した。

 

「私頑張る、頑張るから…そしたらまた呼んで。必ずアスナの元に駆けつけるから。──じゃあ、またね。」

 

「…うん、またね。」

 

 彼女達は顔を合わせずに別れを告げた。

 

 ミトとアスナの手向けの会話を俺はのそのそとキリトの方に近寄りながら聞く。

 

「キリト…。覚悟は、できてるんだよね?」

 

「ああ。俺はALSをここで待つ。お前は先に、六層に行っててくれ。」

 

「…いや、…うん。そうする。きっと、俺はそこにいない方がいい。君には、もうパートナーがいるんだもんね。」

 

 そういうと、キリトの返答を待たずしてフィンから声がかかる。いつの間にか彼の横にはミトもいた。

 

「おい!リオン!そろそろ行こうぜ!」

 

「ああ!少し待って!」

 

 階段の上方向にいるフィンに首を少し横に向けけ目を合わせてそう叫んだ。

 

「じゃあ、また。」

 

「ああ。」

 

 そう言うとキリトが拳を俺に向けて突き出す。俺はそれに反応してコツンと自身の拳を彼のものにあわせた。

 

「リオン君。」

 

「?」

 

 突如後ろから透き通った声がかかる。振り向くと、栗色の髪の少女が目をうるわせながら笑っていた。

 

「ミトの事、よろしくね。」

 

「…!気づいてたんだね。」

 

「うん、さっきのやり取りを見たもの。」

 

「そっか。…うん。わかった。」

 

 そう言うと、アスナとも別れの言葉を交わし、俺はその場をあとにした。

 

 階段を上り、ミトとフィンの横に立つと、彼女らは静かに歩き始めたので、俺も何も言わずにそれに追随した。

 

 先程までとは大違いで階段には静寂が灯り、三人のブーツで地面を踏みしめる音だけが響く。

 

 キリトは、決して心が強いわけじゃない、と思う。何故なら、彼はおそらくまだ中高生程度の子供だ。他人の悪意に晒され続けたらもちろん相応に傷つく子供なんだ。しかし、打算もあるのかもしれないが、ビーターを名乗り、他のベータテスターを庇い、今回も二大ギルドの対立を防ぐために自ら汚れ役をかった。

 

 まさか俺には到底できない行為だ。彼の立場を想像するだけでも足がすくむ。年齢はだいたい同じくらいだろうし、ベータ時代も、今もフロントランナーとして共に協力してこの鉄城を攻略してきた。俺と彼で何が違うのだろう。俺もいつか、あんな風に──

 

「六層行ったらどうするんだ?リオン」

 

 俺の長考を遮るように横から声がかかる。フィンがミトの肩のあたりから頭を前に出すと、俺の方に首をかしげた様子で尋ねた。

 

「そうだね。俺は特に予定は無いけど…五層に戻ってリーテンとシヴァタが開催するカウントダウンパーティーにでも参加する?」

 

「おお!それもいいな。なんか美味しいものとか食べられるかな。」

 

「もしかしたらね。」

 

 俺は目を細めて、そう答えた。そして、手持ち無沙汰に背中に携えている鎌にそっと手を当てながら歩くミトの方を向いた。

 

「ミトは…行かないか。」

 

 俺はミトもパーティーに誘おうとしたが、彼女は大抵こういう人の集まりは拒否する。

 

「……ううん、私も行く。…今日は、行ってもいいのかなって。」

 

 ミトの返答に、俺は少し目を見開いた。

 

「…そっか。」

 

 俺はミトの言葉に肯定も否定もしなかった。昨晩の俺との会話で何か思うことがあったのかは分からない。ただ、彼女は一つずつ前に進んでいることだけは、俺にも伝わった。そんな気がした。




今回でようやく自分の中での節目にたどり着いた感じがします。

※自分の中で納得のいかない表現があるので、とりあえず投稿しますが、修正を入れるかもしれません。内容は変更しません。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。