「そろそろ日没だよ、キリト。」
「そうだな、帰るか。」
キリトとパーティを組んで1週間。俺たちは迷宮区でレベリングに勤しんでいた。
相変わらず迷宮区周辺はプレイヤーが少なく、新しく見かけたプレイヤーも、トールバーナに着いてから10人程度しか増えていない。それが影響しているのだろう。フロアボスのいる部屋が発見された情報は未だに耳にしていない。
「いつになったらボス部屋が見つかるんだろ。」
「うーん。俺たちも迷宮区の探索は4割程度しか進んでないからな。プレイヤーも少ないしな。俺たち以上に進んでるやつが6、7割と考えても、あと1週間はかかるだろ。」
俺たちは踵を返すと、来た道を歩き始めた。そこで俺は愚痴にも近い疑問を発する。
「1週間後ってちょうどデスゲームが始まって1ヶ月くらいじゃん。1層攻略に1ヶ月か。気が遠いなあ。」
1つの層に1ヶ月かかるなら100層攻略は単純計算で100ヶ月、8年はかかる。
「まあ、少しずつペースは上がっていくはずだ。」
「そうだと期待するよ。」
そんな気を落としている俺にキリトがフォローを入れる。しかし、そんな期待なんて淡いものだ。この世の中、上手く事が進むことの方が少ない。
それでも期待を素直に感じ、俺は気を持ち直す。
「リオン。とまれ。」
唐突に道を先行するキリトが言う。どうやら道を曲がった先になにかあるようだ。
俺がキリトの背中から目を覗かせると、人より一回りほど小さいオオカミがいる。《Dire Wolf》というモンスターだ。1層に発生するモンスターの中でもトップレベルで俊敏なので、倒すのに手間がかかる。
「じゃあ俺が前衛ね、キリト。」
「オーケー。」
そう言うと早速俺はオオカミを目掛けて短剣を構え飛び出す。オオカミも俺の速攻に怯まず飛び出す。大きく口を開けると俺の首めがけて跳ねた。俺はそれをよんで横に上半身を逸らす。
1メートルほど真後ろにキリトがいるので、このままスルーすると俺からヘイトが外れ、キリトに向くのでそれを防がなければならない。俺は上半身があった方向に腰を入れ、その勢いで空中にいるオオカミの背中を目掛けて短剣を振り下ろす。見事に短剣が命中し、オオカミが地面に叩き落ちる。
俺はその攻撃で両足が床から離れた。姿勢を直している間にオオカミも起き上がってしまう。このままだとまた俺とオオカミが間合いを取り合って倒すのに時間がかかってしまうので、それを察したキリトは自身の片手剣を方に担いだ。
その瞬間片手剣は光を帯びる。片手剣ソードスキル《スラント》だ。キリトはその構えから片手剣を突き出し突進する。
オオカミが起き上がろうとすると、横から勢いよく片手剣が現れる。それはそのままオオカミの横腹を突き刺す。
オオカミの頭上にあるHPバーがグンと減り、見えなくなると、肉体が爆散し、光の粒が雨のように降り注いだ。
「ナイス!!」
俺はそう言いキリトに手のひらを向ける。キリトも俺と同じ体勢をとり、勢いおく腕を振る。お互いの手のひらがパンと鳴り、ダンジョンの奥部まで響き渡る。
「大分連携も慣れてきたな。」
「うん。2人だったら1層じゃもう苦戦しなさそうだね。」
俺たちはそれぞれの武器を鞘に戻し、帰路に着く。接敵で多少興奮した心を落ち着かせるために、俺たちは歩くことに集中する。
しばらくするとキリトが話題を振ってきた。
「そういえば、両手剣の調子はどうなんだ?」
言われてみれば、キリトと再開してから、彼が見る俺の戦闘スタイルは短剣だけだった。
別に使用するのを避けていたわけではない。ただ、レベリングの効率化を図る手段として両手剣が必要になっただけで、パーティを組む今、キリトがダメージディーラーを担っているので短剣の方が使いやすかったのだ。
「ああ、見せてなかったね。大分良くなってきたよ。まあ、すばしっこいモンスターとかだとムキになっちゃって大振りしちゃうから気をつけないといけないけど。」
俺の返答を聞いてキリトは満足したようだ。また前を向き、変わらず前進する。
――――――――――
それから1時間ほど歩き、俺たちはトールバーナにたどり着いた。
道具屋で戦利品を売り、不味くも美味しくもないパンを頬張る。架空の胃が満たされると、キリトが寝泊まりをしている部屋を使わせてもらうために彼に同行する。
「明日も今日と同じで迷宮区探索でいいよね?」
「ああ。武器のメンテだけ済ませてから向かおう。」
室内に入ると、俺はキリトに伝達事項を伝える。
キリトはこの世界では少ない風呂付きの部屋にもかかわらず、それを無視してベッドにダイブした。この世界では汚れもつかないし、俺も積極的に入るタイプではないが、ならば何故キリトがこの部屋を借りているのかが甚だ疑問だ。
ふと、キリトのほうを振り向くと、どうやらもう別の世界に意識が飛んでいたようだ。
「寝るの早いな…。」
そんな独り言にもその少年は反応しない。かなり眠りが深いようだ。
「…行くか。」
――――――――――
俺は気づかれないように外に出た。
フィールドに出ると想定よりはるかに明るく、周りも開けていたのでモンスターとの戦闘も暗さが足手まといになることはなさそうだ。空を見上げると、2層の底に満天の星が映っていた。どうやら明るさの正体のようだ。夜になるといつも街で過ごしていたので、偽物の星がここまで綺麗とは知らず、今更その姿に惹かれる。
もう12月に差し掛かる。アインクラッドと現実の時間は同期しており、例外の層もあるが、今いる第1層は夜になるととても冷え込む。痛みがない世界なのに、寒暖差はよく感じる。しかし季節を体感できるのは、風情が感じられてとても良い。
さて、何故俺がこんな時間に外出しているのか。…レベリングだ。トールバーナにたどり着いたプレイヤーは少数だったとはいえ、俺が1週間出遅れていたのは事実だ。実際、キリトとのレベル差は歴然である。その遅れを少しでも取り戻すために俺はこっそりと抜け出してきたのだ。
「…洞窟だ。」
しばらく歩くと真正面に岩壁がそびえ立っており、横幅3mほどの穴を確認できる。
洞窟はダンジョンと似ていて、宝箱が置いてあることがある。中身はレアなものから役に立たないものまで幅広いが、探索するだけしてみることにしよう。
中に入ると、光源が存在しなかったので、仕方なくランタンをオブジェクト化する。片手が塞がれて、戦闘がやりにくくなるが、敵が見えないよりはマシだ。最悪耐久力は減るがその辺にでも投げ捨ててから戦えばいい。
20分ほど進んだだろうか。分岐もほとんどなく、宝箱から出てくるものは回復ポーションなどで目新しいものはない。
そろそろ引き返そうか。本来、目的はレベリングだけだったのだ。洞窟は狭く、思うように剣を振り回せない。敵を倒すなら草原の方がよっぽどやりやすいのだ。
そんなことを考えていると、目の前の道が二手に分岐していた。どちらに進もうか。それとも引き返すか。
──行き止まりになったら引き返そう。
ゲーマーの悪いくせである。レアアイテムに期待して、辞めるべきところでやめられない。自覚していても、好奇心が自制心に勝っていた。
さらに進むと、ポワッと薄い明かりが見えてきた。出口かと思ったが、おそらく違う。そんな感じの光ではない。
光源に近づくと、一気に周りが開けてきた。はじまりの街の広場より半分ほど小さいが、それでもかなりのでかさだ。
周りを確認すると、宝箱とそれを開けようとしている黒い頭巾を被った青年が確認できた。
しかし、宝箱の場所があからさますぎる。トラップの可能性も高い。伝えるべきだろう。
「ねえ君!それ多分トラップだよ!」
大声を出しながらその青年に近づく。聞こえていないのか、宝箱を開けようとする手を止めない。
「ねえってば!」
俺は叫び声に近い大きな声を出しながらダッシュする。
宝箱に手をかける寸前、俺は彼の肩に手を置いた。彼はピタと静止した。俺はホッとする。
そして彼は俺のほうを振り向いた。彼の顔の上半分は頭巾で隠れていてよく見えない。
つかの間であった。彼は俺を見て、歪んだ笑みを浮かべた。
そして静止した体は動画が再生したように動き始めた。彼は宝箱に触れ、俺の最も危惧していた行動を、まるで俺の思考を読み取ったかのように続ける。
「なっ!?」
刹那である。宝箱を音源とし、大空洞全体にアラームが響き渡る。
「んじゃ、頑張ってね!」
彼はそう言うと俺を突き飛ばし、俺が来た方向へと逃げ去った。
「っ…!」
俺は突き飛ばされた勢いで地面に転げる。俺も彼と同じく逃げようと思ったが、時すでに遅しであった。
アラームが数秒でなり終わると、突然大空洞を埋め尽くすほどのモンスターが現れる。
俺は唖然とした。──彼は故意にこれをやった?俺を待っていた?だとしたらなぜ?なんのために?故意なら自分も巻き込まれる事を想定していなかったのか?
そんな思考が駆け巡り、モンスターへの対処が遅れる。同時に多くの方向から攻撃を受ける。
大空洞の出入口は俺が来たひとつだけだ。そこまでの道のりにはモンスターの海が形成されており、それを突っ切って逃げるのはまず不可能だ。今ここでの最善手は、回復ポーションを温存し、確実に一体ずつ倒すこと。おそらくこの手のトラップは一定のモンスター量を下回ればリポップする。…俺が死ぬまで。
自力での脱出はモンスターとのレベル差がなければほぼ無理。いつ来るか、来ないかもしれない助けに希望を持つしかない。
――――――――――
「はぁはぁはぁ…。」
1時間ほど経過する。モンスターの量は変わらない。やはり、どこか見えないところでリポップしている。仮想世界で体力が減ることはないが、精神はもう限界に等しい。
1時間考え続けてたどり着いた結論がある。
おそらくさっきの青年は元ベータテスターだ。
だからこのトラップの存在を知っていた。
じゃあなぜ俺を狙っていたのか。
多分、彼は誰かを待ち伏せしていた訳では無い。俺の存在を確認して、俺を罠にかけた。ここから出る結論は彼はプレイヤーキラー(PK)で、現実で言う快楽殺人鬼だ。
トラップを使うような回りくどいやり方をしたのは、殺人を犯したものがなる、プレイヤーカーソルが赤になるシステムを避けたかったからだろう。カーソルが赤になれば、街に入れなくなり、圏外での生活を強いられる。
現状、生産職のプレイヤーはほぼ居ない。いたとしてもスキルの熟練度が低すぎて頼りにならない。今、圏外で生活をするなら、武器の耐久力を減らさず、アイテムを消耗せずという、絶対的に不利な状況になってしまうのだ。
しかしこんなことを考えている暇はない。今考えるべきはどうやって現状を打破するか。
いくらダメージを避けても、時間が経てばダメージも蓄積してHPは減る。50本ほどあった回復アイテムも、今は10本切る勢いだ。
いくらモンスターを塵にしても全く減らない。こんな時間に、こんなとこに来るやつなんているはずがない。
──もう十分頑張ったよね。
ポーチから回復ポーションを取り出すが、なかなか口の高さまで腕が上がらない。
──もう諦めよう。
握り締めているはずの両手剣も地面が支えてくれるおかげでなんとか手から離れずにいる。
──死ねばこのデスゲームをクリアする必要もないじゃないか。家族の心配だってしなくていい。
すでに敵意のないはずの俺をモンスターの群れは容赦なく攻撃する。
数体に同時に攻撃されて、みるみると俺のHPバーは短くなっていく。
もう残りHPも危険域に到達する。俺は剣を自ら離した。
──ごめん。2人とも。
俺はゆっくりとまぶたを閉じた。
そしてゆっくりと目を開ける。予想通り目の前は川────────ではなかった。
目の前にはさっきまでいたはずのモンスターの代わりに、1人の鎌を持った少女がいる。年齢は同じくらいだろう。紫がかった綺麗な髪。赤い瞳。
出入口からここまで、一直線に道ができている。あの数のモンスターを全て倒してきたのだろうか。ヘイトが全部俺に向いていたとはいえ、相当な精神力がなければなし得ない。
「…早くして。モンスターがリポップする前に。」
初めて少女が口を開く。そう言うと、出入口の方を向き、走り始める。
――――――――――
何故私は彼を助けようと思ったのだろう。気がついたときには彼に手を差し伸べていた。
償い?こんなことをしてもアスナは生き返らないのに。自分が死ぬ可能性だってあったんだ。だから以前は似たような状況のプレイヤーを見捨てた。…いや、自分は死ぬためにここに来たんだ。
同じ過ちを繰り返すのは嫌だったんだ。目の前で人が死ぬのを見て見ぬふりをして逃げることを。
――――――――――
「…ありがとう。助けてくれて。」
「いいえ。…街まで送るわ。」
「悪いよ。」
「私も帰るところだったから気にしなくていいわ。」
「…そっか。じゃあ頼むよ。」
こんな簡単なトラップに引っかかっている俺を心配してくれているのだろうか。まあいい、俺もうモンスターと戦う気力は残っていない。お言葉に甘えさせてもらうとしよう。