ソードアート・オンライン ゼラニウムの兎   作:フローゼン

6 / 11
攻略会議は特に改変なしなのでカットです。


第1層攻略

 デスゲーム開始から1か月。ようやく第1層のフロアボス攻略に踏み出していた。

 

「今日の戦闘で俺たち3人は《ルインコボルド・センチネル》を相手する。雑魚扱いだけど充分強敵だ。」

 

 キリトが言う3人というのは俺、キリト自身。そしてアスナという攻略会議で1人でポツンとしていた女性プレイヤーである。

 

「昨日も言ったが、あんたのリニアーもただ撃つだけじゃ意味が無い。」

 

 センチネルは鎧で身を固めているので、彼女の細剣はダメージが入りにくいのだ。

 

「解ってる。貫けるのは喉元一点だけなんでしょ。」

 

「ああ。わかってると思うがリオン、お前もだぞ。」

 

「了解。キリトが相手の攻撃を弾いて、俺か彼女がスイッチで飛び込む。」

 

 俺はパーティ内の作戦を口に出して頭に叩き込んだ。俺たちのパーティはおまけみたいなものだが、役割を与えられた以上ある程度の働きは見せないといけない。

 

 俺は2人の横顔を一瞥し、ボスが待ち構える部屋と迷宮区を隔てる大扉の方を向き直す。

 

「聞いてくれみんな。俺から言うことは一つだけだ。…勝とうぜ!!」

 

 今回のレイドリーダーを務めるディアベルという水色の髪の青年が、メンバーを鼓舞する。

 

「行くぞ!」

 

 彼はそう叫ぶと思い切り大扉を押し開けた。

 

 

――――――――――

 

 

 レイドパーティとボスが対峙してから数分が経過した。ここまではなんの問題もなく作戦を継続できている。

 

「リオン、スイッチ!」

 

 ボスの方を確認していた俺は名前を呼ばれ自分が置かれている状況を思い出す。目の前には先程パーティメンバーと確認しあった《ルインコボルド・センチネル》だ。

 

 そのMOBが怯んでいるのはキリトが相手の武器を弾いたからだ。俺は考え事をしていたせいで連携に少しの遅れが出たが、すかさず俺は相手の懐に飛び込む。大体のモンスターなら狙いやすい胴体を攻撃しているところだが、相手の胸当てが邪魔をして大してダメージも通らない。

 

 俺は仕方なく狙いにくい首に短剣を突き刺した。モンスターの弱点の大半は首や胸、頭なので、センチネルのHPバーはみるみる減少する。そのままバーは消え、センチネルは光りながら爆散する。

 

「リオン、集中しろ。」

 

「ごめんごめん。」

 

 俺たちは結局ボスとは関係のない役割なので、俺はキリトに言われたとおり思考をすぐ目の前に戻す。

 

 しかし順調すぎるというのも怖いものだ。大体は大なり小なりここまでで何らかの問題が起きていてもおかしくない。

 

 ───それが杞憂だったら良かった。

 

 

――――――――――

 

 

 とうとうボスの残りのHPは4分の1となった。担当のパーティは油断せずボスと距離をとる。ここからが本番だ。ボスの攻撃パターンが変化し、どうなるかはわからない。

 

「お前ら油断するなよ。まだ俺たちの仕事が終わったわけじゃない。」

 

 キリトが注視している壁の穴からさらに取り巻きが出てくる。ボスのパターン変化に次いで再リポップするのだ。

 

「さっさと終わらせて俺達もボスのほうへ向かおう。あわよくばLA取れるかもしれないしさ。」

 

「…ああ。」

 

 少し反応が遅れて返ってくるが、俺は特に気にせずセンチネルの攻撃をいなす。運良くセンチネルが体勢をくずしたのですかさずアスナがソードスキルを発動してトドメをさす。

 

「LAって?」

 

「そっか。MMORPGも経験ないんだっけ。LAってのはラストアタックボーナスのことだよ。ボスへの最後の攻撃をしたやつはレアなアイテムをゲットできるんだ。」

 

 以前聞いた話によると、アスナはリアルでフルダイブどころかゲームすらあまりしないようだ。…まあところどころお嬢様のような仕草もするので納得はできる。

 

「俺たちの分は全部倒したな。早く加勢に行こう。」

 

 丁度俺たちの仕事を終えた時、ボスの咆哮が聞こえてきた。

 

「全員一度後退!」

 

 ボス部屋に響く声は歓喜と疲労が混じっているような気がした。どうやらラストスパートのようだ。ここからはボスの攻撃モーションが変化する。

 

 ボスの無敵モーションが終了すると、後退したレイドパーティの中から1人飛び出す。ディアベルだ。彼がボスの初撃をパリィして、他のメンバーが総攻撃する魂胆だろうか。

 

「あ…ああ…!」

 

 突然横から声にならない声が聞こえてくる。俺と同じくボスの方を眺めていたキリトがまるでそのまま絶望を貼り付けたような顔をしている。

 

「キリト?どうし─「だ、だめだ!下がれ!!全力で後ろに跳べーーーっ!!!」

 

 俺は急な叫び声に意識が朦朧としかけるが、何とかキリトの視線を辿る。ボスがソードスキルを発動しかけているところだ。まるで腰の横につけた鞘にしまい、そのまま抜刀するかのような姿勢だ。曲刀に光を帯びさせたボスは、垂直に跳び、空中で武器に威力を溜めた。

 

 ボスはライトエフェクトをほとばしらせながら地面に広範囲攻撃を放った。

 

 範囲内にいたプレイヤーは致命傷を負い、スタン状態のため床に倒れ込んだ。

 

 ───曲刀スキルにあんな技あったっけ?

いやない。あれは確かカタナスキルだ。

 

 俺はようやく事の重大さに気づいた。ベータテスト時とボスの変更先の武器が違うのだ。

 

 ボスは容赦なく、追撃を始動する。俺たちや他のパーティは援護に入ろうと地面を蹴る。

 

 しかし、それと同時にボスはディアベルの身体を一刀両断するかのように下から上に斬り裂いた。だが青髪の騎士は空中に浮いてもなお反撃の姿勢をとる。

 

 それも虚しくボスはさらなるソードスキルで彼に斬りかかった。

 

 それからは一方的だった。目にも止まらぬ剣速でボスの連撃が襲う。ソードスキルが終了すると、ディアベルは十数メートル先に倒れ込んだ。

 

 俺たちの近くに倒れ込んだ彼に真っ先に駆けつけたのはキリトだ。少年は倒れ込んだ騎士にポーションをほぼ無理やり飲ませようとしたが、彼の手がそれを拒んだ。

 

 なにか話しているようだったが数メートル先からではなかなか聞き取れない。

 

 そのままディアベルは赤い粒子を身体から噴出させながら、HPの表示を消失させた。彼はその身体を青いガラスの破片へと変えて四散した。

 

 

――――――――――

 

 

 リーダーを失ったレイドはまるで触覚を失った虫のようだ。ほぼ全員が戦意喪失状態だ。このままでは───

 

「撤退しよう。レイドは壊滅状態、こんなんじゃどう足掻いても死人を増やすだけだ。」

 

 俺は冷静にそう言った。

 

「いや…まだだ。」

 

 そういうとキリトは項垂れているプレイヤー達に近づいて行った。

 

「…何でや。…なんでリーダーのあんたが最初に。」

 

「ヘタってる場合か!!」

 

 キリトはE隊リーダーのキバオウを無理やり引っ張りあげ、周りに向かって叫んだ。

 

「いいか、きっとセンチネルはまだ湧く。あんたらはそれの処理をするんだ。」

 

「なら自分はどうすんねん。まさか1人で逃げようっちゅうんか?!」

 

「そんなわけあるか。俺は…LAをとりにいくんだよ。」

 

 遠くから見てても伝わるほどの説得力と意志がその目には宿っていた。ディアベルと何があったかは分からない。だが、俺はあんなに意志が強くない。怖いわけじゃない。でも、何故か1歩を踏み出せないんだ。

 

「…俯いてないで私達も行くわよ。」

 

 突如かかる声に俺はハッとした。だがその頃にはもう力強く腕を引っ張られていた。

 

「俺、じゃなくて俺たち、でしょ。」

 

 そう言うと赤い頭巾を被った彼女はキリトの横に立った。

 

「後方に留ま───「私も行く。…私たちはパーティだから。」

 

 心が晴れたような、少し痛いような。その言葉が俺の足を動かした。

 

「わかった。頼む。」

 

 俺たちは同時に駆け出した。

 

 

――――――――――

 

 

「手順はセンチネルと同じだ!行くぞ!」

 

 ボスと相対する直前、パーティリーダーはそう叫び、ボスの懐に飛び込んだ。

 

 そして、少しの怯みも見せずに相手の抜刀を彼の剣の腹で受けた。そのまま両者の力は少しの間拮抗したが、ボスの刀が弾かれる形で決着が着いた。

 

 キリトもタダではすまなかったようで、地面との踏ん張りが効かず、数歩後を走っていたパーティメンバー2人の後方に吹き飛ばされた。

 

 しかし、すぐさま俺とアスナがボスのガラ空きになった両の脇腹をソードスキルで深々とえぐった。

 

 敵のHPゲージは分かりやすく減少した。だがまだ削った幅の20倍ほどの長さのゲージが残っている。

 

「次、来るぞ!」

 

 ボスは少しの間も空けずに追撃を開始した。キリトは俺たちに叫んだが、まだソードスキル発動後の硬直が解除されていないようだ。

 

「アスナ!避けろ!」

 

 ボスの巨躯に覆い被さるように位置するため、到底攻撃をいなすことが出来ないことを悟った俺は、迎え撃とうと構えを取り直したアスナにそう告げた。

 

「あっ…!」

 

 だがしかし1コンマ遅かった。そう告げた瞬間にもう彼女の剣にはソードスキルの光沢がはしっていた。

 

 そこからの俺の判断は早かった。後ろに踏ん張ろうとしていた両の足の力を全て左に向けた。

 

 そのまま俺の体は彼女を巻き込んでボスのソードスキルの範囲から逃れようとしたが、間に合わない。

 

 刹那である。まずいと感じた俺の頭上では太い雄叫びをあげながらボスの刀と自身の武器を激突させる、巨躯の男がいた。

 

「ぬおおぉ!!」

 

 彼はその巨体全身から力をみなぎらせ、ふた周り以上もでかい相手を見事な体幹と力で支えきった。

 

「君って確か…」

 

 見たことある背中を後にして、俺はソードスキルをファンブルして動けなくなったアスナを抱えて、急いで後方に下がった。

 

「あんたたちが後方でPOT飲み終えるまで俺たちが支える。いつまでもタンクの仕事奪われてるままにもいかないからな。」

 

「助かる。」

 

 後方でキリトと合流した俺は、B隊リーダーのエギルに感謝を述べつつ、彼の仲間から受け取った回復ポーションを口に流し込む。

 

「リオンとアスナは完全に回復するまで後方で待機していてくれ。俺はダメージはほとんど受けていないから、このまま追撃してくる。」

 

「わかった。」

 

 そう言うと彼はすぐさま前線に戻る。レイドが半ば崩壊し、諦めかけていたプレイヤーの一部もそれに続いた。

 

「俺もそろそろ追撃に参加しないとね。」

 

「あなた、まだ回復しきってないじゃない。まだ待たないとダメ。」

 

 確かに俺やアスナのHPはまだ6割程度で、万全とは言い難い。しかし、俺も多少戦っているプレイヤーたちを見ていて、それに感化されたのだろう。

 

「もう大丈夫だよ。ボスの攻撃はわかってきたから。油断しなければそうそうダメージは受けないし。」

 

「それこそ油断じゃないの?」

 

 安心させるために言ったつもりだったが、正論で返されてしまった。

 

「君、昨日は誰の生死もどうでもいいって感じだったよね。」

 

 発言の直後、俺は「しまった。」と思ったが、それほどまでに俺は違和感を抱いた。

 

「…別に。生きるのを諦めたわけじゃない。」

 

 アスナは多少うろたえたようだが、他に様子の変化が見られず、俺はほっと息をついた。

 

「…そっか。」

 

「完全に回復したわ。早く行きましょう。」

 

 少し話しすぎたようだ。俺は焦ってボスの方を振り向き、駆け出した。

 

「全員総攻撃!」

 

 前線ではボスの空中からのソードスキルがプレイヤーの手によって不発に終わり、そのままボスは地面に叩きつけられて転倒している状況だった。

 

 指揮をしているキリトにより、攻撃の合図がかかったところで、俺とアスナも加勢した。

 

 ボスのHPはみるみると減少し、あと一歩の所までたどり着いた。

 

 しかしボスもただ倒れているだけでは終わらない。最後の悪あがきと言ったところだろうか。プレイヤーの猛攻をなぎ払いながらその場で立ち上がった。

 

「一旦下がれ!」

 

 あと少しのところで攻撃指示が中断され、プレイヤーたちは不満気だが、ボスが何をしてくるかも不明なので、素直に従う。

 

 ボスは突然その場で武器を振り回し始め、近寄らせたくない意思を強く表す。普段ならこの程度のあがきなど見苦しいものであり、攻撃を見切ってトドメをさせるが、フロアボスの攻撃力は満身創痍な俺達にとっては十分な脅威だ。だから万が一の事を考えたための指示なのだろう。

 

「あと少しなのに…。」

 

 アスナが小さく嘆く。

 

「一気に高火力で突っ込むしかないか。」

 

「キリト、それじゃ不確実すぎる。ここを逃したら多分今度こそ壊滅だ。」

 

「じゃあなにか他にあるのか?」

 

「そうだね…。まず確実にあいつの腹ぶち抜くための条件は三つ、範囲攻撃を打たせない、同時攻撃、高い攻撃力だ。…つまり、誰かしらがボスの武器を弾かなくちゃならない。」

 

「ただのスイッチと変わらないじゃない。何が悪いのよ?」

 

「そう簡単でもない。もしさっきのエギルのようにボスの攻撃を受けきった後に後ろから攻撃したら、範囲攻撃が発動して1発アウト。同時攻撃しようと思ったら前衛はすぐどかないといけないから、なるべく速い人がいい。だからボスの攻撃を簡単にいなせるようなSTR型のプレイヤーじゃ出来ないんだよ。陽動役も兼ねてるしね。」

 

「なるほど…。誰がやる。」

 

 まあ誰もやりたがらないだろう。間違いなくこのボス戦で1番危険な役目だ。

 

「…やっぱり俺がやる、作戦考えたの俺だし。」

 

「リオン…。わかった任せる。よし、じゃあ攻撃担当は───」

 

 話し合いの結果、キリトとエギル、他2人に決定した。恐らくこのボス部屋の中ではトップの攻撃力を持つであろう。

 

「待って、私もやる。」

 

「アスナ、これ以上多くなってもダメなんだ。同時攻撃の難易度が跳ね上がる。これでも少しギリギリかもしれないが倒せると見積もった人数だ。」

 

「わかってるわ。それでもわたしは合わせられる。」

 

「…いや、まあ君の剣速なら可能かもしれないけど。」

 

「じゃあ問題ないでしょ。」

 

「…はあ。仕方ない、耐えられても嫌だしね。キリト、アスナも追加して5人でいいかい?」

 

「ああ、わかった。」

 

 

――――――――――

 

 

 そして最後の剣の交わし合いが始まった。まず俺がダッシュしてボスに真っ直ぐ突っ込んだ。

 

 ボスがそれに気づくと俺との間に刀を構え間合いを取る。できるだけ近づかれずに自分の間合いにだけ入れたいのだろう。

 

 ボスが無闇にソードスキルを打ってくる気配がないので、俺はそのままボス周りを周回し始める。

 

 ボスは俺に完全にターゲットを向けていないようだ、こちらを向く気配がない。キリト達の方を確認しており、おそらく彼らが近づいたら範囲攻撃を打つのだろう。

 

 まずはボスにソードスキルを打たせねばならない。いつまで経っても俺にターゲットを向けないので仕方がなくボスの間合いに入ることにする。

 

 その瞬間、ボスが俺の方を振り向いた。ここまでは想定内。視界の端に映るキリト達も完全にスイッチの構えに入っている。

 

 そしてようやく望んだシチュエーションにまでたどり着いた。ボスの刀は緑色の光を帯び始める。おそらくスラントのようなシンプルな上段切り。

 

 俺は息を飲み、振りかざされる刀の先に意識を集中力させると同時に構えを取る。

 

 両手剣に、光が帯び始めると同時に体が一気に上に持ち上げられる。そのまま相手の武器と交差し合う。

 

「ウオオオオアアーッ!」

 

 力は拮抗し合うが、ソードスキルの持続時間はこちらの方が長いらしい。刀からの光が収まると同時に俺はボスを武器と一緒にはね上げた。

 

「スイッチ!!」

 

 キリト達は横並びになりボスの目の前に駆け寄りながらソードスキルを同時に発動させる。

 

「いけ!!」

 

 5つの光は容赦なくボスの腹に振り下ろされ、ボスは抵抗もせずに全てを食らった。

 

 しかしまだだった。俺はボスのHPバーを注視する。信じられないがミリ単位で残っていた。

 

「まだだ!」

 

 俺がそう彼らに叫ぶ。

 

「アスナ!」

 

「ええ!」

 

 俺の言ったことがスムーズに伝わり、キリトとアスナが追撃に走る、がボスの起き上がりと彼らのどちらが速いかだ。

 

「今度こそ…やれ!!」

 

 彼らの尋常ではないスピードでボスの吹っ飛んだ先にたどり着いた。

 

「アスナ!最後にいくぞ!」

 

 

――――――――――

 

 

「「「「「「よっしゃーー!!!!!!!!!」」」」」」

 

 フロアボスの部屋に響き渡る歓声。全員が喜びを叫んだ訳ではないが、この瞬間、この空間は達成感に包まれており、それを甘受すらしない者はいなかった。

 

「キリト、アスナ、やったね!」

 

「Congratulation!!この勝利はあんたらのものだ!!」

 

 駆け寄ったエギルは拳を突き出し、俺たちはそれに応じた。

 

「いや───」

 

「なんでだよ!!」

 

 突然の叫び声がキリトの声を遮る。この空間では異質な響きに部屋全体が静まり返った。

 

 拳から視線を外し、叫びの発生源を探ろうと振り返ると、鎧を身にまとった男はさらに続ける。

 

「なんでディアベルさんを見殺しにしたんだ!!」

 

 どうやらディアベルのパーティーメンバーのようだ。周りにいる仲間たちも顔を歪めながら俯いている。

 

「見殺し…?」

 

 キリトは心底疑問を浮かべながらつぶやくが、男はすぐに答えを述べる。

 

「そうだろ!あんたはボスの使う技を知ってたじゃないか!あんたが最初からあの情報を伝えていれば、ディアベルさんは死なずに済んだんだ!」

 

 ときどき裏返ったつんざくような叫びが、彼の悲痛をひしひしと感じさせた。

 

 すると、彼の周りのプレイヤーは「確かに」「言われてみれば」と、同調するような声を上げ始める。

 

 その中から男の叫びを補足するかのように一際大きな声が聞こえてきた。

 

「オレ、オレ知ってる!こいつら全員元ベータテスターだ!だからボスの攻撃とか、上手い狩場とかクエとか全部知ってるんだ!知ってて隠してるんだ!」

 

 すると他から否定的な意見も飛んでくる。

 

「でもさ、それならこの前貰った攻略本と情報は一緒なんじゃないか?」

 

「それは…」

 

「あの攻略本は嘘だったんだ!アルゴって情報屋は元ベータテスターなんだから、タダで情報を教えるわけないんだ。」

 

「お前らなあ」

 

「あなたたちねえ」

 

 心底腹立たしい。ディアベルが死んだ後、全滅する可能性だってあった。

 

 犠牲者が出たのは喜ばしいことではない。しかし体勢を立て直したのは俺たち3人やエギルの活躍があってこそであり、そしてなんとかボスを撃破した。

 

 そもそもディアベルが死んだのだって無意味に単騎突撃したためのただの自業自得だ。

 

 俺たちがベータテスターであろうがなかろうが、元ベータテスターを責める理由など皆無だ。そこにどんな思惑があろうと。

 

 俺たちに向けられているのは疑いの眼差しだ。先程まで傍観していた奴らまでその目で見てくる。

 

 人は無責任だ。物事を一方向からしか見ていないのに言葉や視線の刃を向けてくる。

 

 俺の事をちゃんと見てくれたやつは今も昔もいない。この瞬間だけでよく分かる。

 

 刹那、俺の真横から部屋全体に嘲笑が響き渡る。

 

「元ベータテスターだって?…俺をあんな素人連中と一緒にしないでもらいたいな。

いいか、よく思い出せよ。SAOのベータテストの抽選倍率はとんでもなかった。受かった千人のうち、本物のMMOゲーマーが何人いたと思う。ほとんどはレベリングのやり方も知らないニュービーだったよ。今のあんたらの方がまだマシさ。

───でも俺はあんな奴らとは違う。

俺はベータテスト中に他の誰も到達できなかった層まで登った。ボスのカタナスキルを知っていたのは刀を使うモブと散々戦ったからだ。他に色々知ってるぜ、情報屋なんか比べ物にならないほどにな。

ついでに言っておくと、こいつらもただの俺の捨て駒だ。俺をこんな雑魚どもとも一緒にしないでもらいたい。」

 

 は?

俺の心の第一声はその1文字だった。何故裏切る?一緒に反論してくれるんじゃないのか?他のプレイヤーから俺達は突き放されたのに、君も俺の事を突き放すのか?意味がわからない。

 

「なんだよそれ…。そんなのもうチートだろ!チーターだ。ベータのチーターでビーターだ!」

 

「ビーター、良い呼び方だなそれ。

そうだ、俺はビーターだ。これからは元テスター如きと一緒にしないでくれ。」

 

 そう言うと黒のコートを身にまとった青年は俺達に背を向け、階段を上り始めた。

 

 最後まで彼の考えていることが理解できなかった。なぜ、アスナは彼について行くのだろう。エギルは平然とした顔で彼を見続けているのだろう。

 

 

――――――――――

 

 

 周りを見渡す。そうすると、あれだけいたプレイヤーは半数ほどに減っており、残っている彼らも何事も無かったかのように撤退作業を続けている。久しぶりに感じる失念が、時の流れを早くしたのだろうか。

 

 …もうどうでもいい。早く帰ろう。

 

 俺は重い足取りで、ボス部屋の出入口に向かう。とりあえず街に戻って、それからは後で考えよう。

 

 さっきまで俺たちを罵倒していたプレイヤーの横を無視するように通り過ぎ去っていく。

 

 だがしかし、誰も俺に敵意むき出しの視線を向けてこない。一体どうしたのだろうか。

 

「なあ、お前、大変だったな。同情するよ。」

 

「え…?」

 

 とあるプレイヤーが突然話しかけてくる。

 

「あんなやつのパーティメンバーだったなんてよ。ましてや裏切られて。」

 

「!!」

 

 声に出ない驚愕が頭の霧を晴らした。

 

 違った。誤解していたんだ。彼は、キリトは俺を貶めようとなんかしていなかった。俺やアスナをむしろ庇ってくれていたんだ。

 

「お前なら強いからいつでもパーティに勧誘してやるよ。だからあんなやつなんか忘れちまえって。」

 

「う…うん。…ありがとう。また次の機会までに考えておくよ。」

 

「おう。」

 

 ただ俺の心に残ったのは後悔の念である。もう遅い。もっと早く気づいていたら、周りのプレイヤーにバレずに彼を追いかけることだってできたんだ。

 

 俺は決めつけで人の思いを踏みにじったんだ。

 

「変わったと思ったんだけどなあ…。」

 

 謝ろう。それが俺にもできることだ。

 

 どちらにせよ、俺はとりあえずトールバーナへ戻ることにした。第二層に行くのは翌日以降でも遅くはないだろう。

 

 しかし、時間的にゆっくり街に戻ると日没には間に合わないだろう。そう考えた俺は少し急がねばと思い、軽やかに踵を返した。

 

 そして、同時にスピードを上げようとすると、目の前には先程はいなかったプレイヤーいた。背中には大きな鎌を背負っており、こちらを見ず、メニューを見ながら逆にこちらに向かって歩いていた。

 

「わっ!」

 

「!!」

 

 幸いギリギリで踏みとどまり、お互いに衝突し合うことはなかった。しかし、俺がいきなり大声を出した形になるので、その鎌使いは一瞬怯えた表情をしたが、すぐに無表情に戻った。

 

「ご、ごめん。ぶつかりそうになってびっくりしただけなんだ。」

 

「…いえ私もメニューを…見てた…から。あなたさっきの人のパーティメンバーね…。…ん?あなた、どこかであったことない?」

 

 彼女はメニューから目を離し、俺のほうを見上げながら、唐突に疑問を投げかけた。

 

「いや、そんなこと…。あ!…そうだ、君、もしかして俺が洞窟でトラップに引っかかった時に助けてくれた人?」

 

「…そう、あの時の。遠目からだと分からなかったわ。あなたもボス攻略に参加していたのね。」

 

「まあ…。」

 

「どうして──。いえ、少し無神経すぎた。パーティメンバーのことは残念だったわね。あなたの事を思ってのことだろうけど。」

 

「!!

 君はキリトに対して怒ってないの?」

 

「それは…。」

 

 彼女は少し言葉に詰まると、小さく気が緩んでるのかな、と呟くが真意は分からない。

 

「…まあいいわ。タブーなのは分かってる。聞いてもいいかしら?」

 

 俺は小さく頷いた。

 

「あなたも元ベータテスターでしょう?さっきの彼や私と同じで。」

 

「は!?いやそんなこと…ないよ?

 ──ん?今私もって言った?」

 

 彼女の質問で衝撃が走った。さらにその影響であとのカミングアウトがよく聞こえていなかった。

 

「ええ。」

 

「…そうだよ。俺も元ベータテスター。」

 

 何故俺は今正直に告白したのだろうか。ここで言ってしまったら、キリトの覚悟を全部投げ捨てたことになるかもしれないのにだ。

 

 しかし彼女の顔を見て、どうしても嘘だとは思えなかった。

 

「そう。やっぱり。」

 

 そう言うと彼女は安堵の表情を浮かべていた。当然だ。あの発言はあまりにもリスクがありすぎる。俺がベータテスターでなかったら、彼女の立場は確実に追いやられるだろう。

 

 アルゴとすら俺やキリトはちゃんと元ベータテスターだという会話はしていない。

 

 本当だろうが嘘だろうがリスクのある行為だ。彼女も理解しているだろう。だから俺はすぐに信用出来たのだろう。

 

「この前のお礼。なにか出来ないかな?」

 

「…じゃあ、今から次の層の主街区に向かうの。ソロよりパーティの方が安全だから、着いてきてくれない?」

 

 意外にも彼女は提案をすんなりと受け入れた。

 

 以前の彼女は少し話しにくい雰囲気があった。だから街に戻るときも一言も会話をしなかったのだ。

 

「もちろん。ならすぐに向かった方がいいね。パーティ申請送るよ。」

 

 彼女が俺からのパーティ申請を受理したことで俺の視界の端に緑色のバーが1本加わった。

 

「よろしく、ミト。」

 

「ええ、リオン。」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。