モルモット君ではないアグネスタキオントレーナー   作:雅媛

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5-1 ご実家へのご挨拶 Sideトレーナー

 トレセン学園のウマ娘は高等部3年の一部の子を除けば当然未成年である。

 もちろん担当のタキオンも未成年であり、保護者がいる。

 

 そんな保護者であるご両親にご挨拶をするために、連休を使ってアグネス邸に伺うことになった。電話ではある程度お話をしていたが、やはりちゃんと顔を合わせた方がいいだろうということになったのだ。一泊二日の旅路である。

 そして移動になって大変だったのは、タキオンの各種準備であった。

 

 まず服が足りない。制服以外の私服がこの前買ったものしかもっていない。

 下着も足りない。制服とセットの下着や体操着とセットの下着以外何も持っていない。

 学園で生活する分しか服を持っていないので実家に帰るときの服が足りるかすらかなり怪しい状態だった。

 タキオンは「全部トレーナー君が買ってきてくれよ~」などと丸投げするが、さすがに異性の下着を買うのはつらすぎる。仕方がないのでルームメイトのデジタルちゃんにかなり助力をしてもらった。代わりに最近専属トレーナーに興味があるというデジタルちゃんに、相性が良さそうな知り合いの同期トレーナーを紹介したのでまあ、貸し借りにはならないと信じたい。

 

 次に発覚したのがタキオンが髪や尻尾のケアをまるでしていないということだった。

 尻尾は特にウマ娘の走りに影響するといわれており、念入りに手入れをするウマ娘が多い。

 タキオンは髪はボサボサだし尻尾もボサボサしているが、単に癖が強いのだろうと思っていたのだ。だが、荷物整理中にそういったケア用品はどれかを聞いたら「ケアなんかしていないよ」と返ってきた。

 デジタルちゃんに確認をとっても「そういうのは全くしてないと思います。タキオンさん、他人に触られるの嫌いなので……」という回答しか返ってこなかった。

 

「タキオン、尻尾とかのケア、ちゃんとした方がいいんじゃない」

「えー、トレーナー君がやってくれよー」

「いや無理でしょ。トレーナーは学生寮に入れないし」

 

 基本的に尻尾ケアは風呂上りに行う。トレーナーである自分は学生寮に入れないから手出しするのは不可能だ。

 風呂上がりに外出してトレーナー室や部屋に来るのも非現実的だろう。

 

「じゃあ毎日トレーナー君の部屋のお風呂に入る」

「いやいやいやいや、それはまずいでしょ」

「えー」

 

 風呂上りに寮に戻らないといけない問題があるし、部屋で風呂に入るのはさすがにまずいだろう。いやもう、ベッドに無理やり引き込まれて抱き枕にされたことがあるのでだいぶアウトかもしれないけど……

 

 ひとまずトレーニング後のシャワーの後にお手入れするということでどうにか妥協をすることになったが、ケア用品もこちらで準備することになってしまった。

 

 この辺りに関しては当然あまり知識がない。一応トレーナーとしての勉強にケアの方法ぐらいは聞いているがあくまで教科書的な知識であり、では実際どのメーカーのものがいいか、などはまるで分からなかった。

 ということで、自分の知っている少ないウマ娘交友関係の中で、特に毛艶のよいカフェちゃんからアドバイスを聞くことになった。最終的に道具からオイルなどまで全部選んでもらうことになる。代わりに相性が良さそうな知り合いの同期トレーナーを紹介したので貸し借りにはならないと信じたい。

 

 

 

 そんなこんなで細かいことをしている間に、タキオンのご実家に伺う日が来てしまった。荷物も全部こちらでまとめて、カバンに詰めて新横浜から新幹線に飛び乗るようにしてたどり着いたのが新大阪駅。

 ここにアグネス家からお迎えが来ると聞いていたのだが……

 

「あれだよ、トレーナー君」

「まじかよ」

 

 タキオンが指さしたのは黒塗りのごつい自動車だった。不幸にも衝突してしまえば示談に体を求められそうなそんな感じの高級車だ。アグネスが名家の一つだとは知っていたがここまですごいとは…… タキオンを思わず見てしまった。

 一方タキオンは飄々としている。これが当然の環境で暮らしていたのだろう。やっぱりお嬢様なんだなぁと変なところを感心してしまった。

 

 

 

 アグネス邸は黒塗りの自動車から予想できていたことだが立派なお屋敷であった。

 

「でっかいなぁ」

 

 そんな間抜けな感想が口から洩れる。

 

「広すぎて使いにくいんだよ」

 

 まあ、確かに入り口の門から玄関までも結構な距離があった。使いにくいというタキオンの評価もわからないこともない。

 車で玄関先まで連れてこられ困惑している俺を連れて、タキオンは玄関の扉を開いた。

 

「おかえりなさい、タキオン。遠くからご足労おかけしました。トレーナーさん」

「帰ったよ母様」

「初めまして、よろしくお願いします」

 

 タキオンのお母さま、アグネスフローラさんが出迎えてくれた。

 俺のテンションが上がる。生フローラさんである。

 

 タキオンの母親がアグネスフローラさんとは知らなかったという話をしたらカフェちゃんに呆れられたが、知ってしまうとテンションが上がる。単なるミーハーなファンだが。

 ついでにフローラさんと俺の年齢差、タキオンの年齢を考えるとフローラさんって学生結婚したのかと考えてしまうがあまり細かいことは考えないようにしよう。

 

「ちゃんとしたご挨拶は落ち着いてからにしましょう。タキオン、トレーナーさんを客間に通してあげて」

「言われなくても」

 

 軽く会釈をして、フローラさんと別れ、荷物を置くために客間へと移動する。

 客間に到着し、扉を閉めたタキオンは不機嫌そうだった。

 

「トレーナー君。担当の母親に熱い視線を送るのはどうかと思うんだけど」

「悪かったよタキオン。でもアグネスフローラっていうと、小学生の頃憧れていたからどうしてもね」

 

 小学生のころアグネスフローラさんのオークスを見に行った記憶がよみがえる。

 無敗の大輪、一番人気アグネスフローラ

 華麗なる一族、二番人気ダイイチルビー

 そんな二大スターが輝く中、差し切って勝った五番人気のエイシンサニー

 あのレースの光景はいまだ脳裏に焼き付いている。

 

 そもそも前世も競馬はそこそこ見ていたのだ。

 当然アグネスフローラやダイイチルビー、イクノディクタスなどの活躍も覚えている。

 ただ、サイレンススズカのあの日曜日をテレビで見てからトラウマになってしまい、あれ以降は見ていないので1990年代の競馬しか知らないのだが……

 タキオンが無名の馬だったのか、それとも知らない世代の馬なのかまでは俺にはわからなかったが。

 

 そんな中、美少女になったウマ娘のレースを見ないわけがない。

 前世知識と結果が違うこともちょこちょこあるので、未来予知ができるわけでもなくとても楽しんでいたりする。

 

 なんにしろアグネスフローラの大ファンだった俺としては本人に会えると単純にテンションが上がってしまったが、それがタキオン的にはモヤモヤするらしい。

 タキオンと母親の関係がちょっとうまくいっていないという話も聞いていたし、そいうのもあるのかもしれない。

 

「まあ、母様は所詮ティアラ一冠、私は無敗で三冠をとるんだから私の方がすごいんだよ!!」

「初めて聞いたよその目標……」

 

 無駄に張り合ってそんなことを言い始めるタキオン。

 目標を高く持つのはいいことだけど、絶対勢いで言ってるよなこれ。

 

「それに母様より私の方が可愛いだろう?」

「それは…… まあ……」

「なんで言葉を濁すんだよ!?」

「フローラさん、現役時代もしっかり身だしなみ整えてたから正直タキオンと比べると……」

 

 お嬢様然としたフローラさんはレースで見ている限り輝かんばかりに美しかった。

 タキオンもフローラさんと同じ系統の造形をしていて可愛くはあるが、正直だらしないからなぁ…… 同じ原石でも磨いていた方がきれいなんだよ。

 

「むー。ならトレーナー君が磨いてくれよ!!」

「最近タキオン全部俺任せだよな……」

 

 まあ、前は誰にも触らせなかったと聞くし、やることにはちゃんと付き合ってくれるだけかなりの進歩があるのかもしれないが…… 別段世話を焼くのはいいのだが、いろいろタッチしてしまったり見てしまったりすることもあって、いつ怒られるかビクビクしているのだ。

 

「トレーナー君好みに育ててくれて構わないんだよ?」

「タキオンを俺好みにしてどうするんだよ」

 

 最近はこうやってからかってくるから厄介だ。タキオンのくせに。

 そんな風にじゃれているうちに、人が呼びに来るのであった。

 

 

 

 その後は特に特筆するべきこともなかった。フローラさんとの会食も無事終わり、アグネスの今までの記録がある部屋なども見せてもらったりして、楽しい時間を過ごすことができた。

 ことが起きたのはタキオンの世話も終わり、風呂に入った後、涼むために部屋のベランダに出ていた時の事であった。

 

「トレーナーさん、今晩は、いい夜ですね」

「フローラさん? どうしましたか?」

「ちょっとお話しできればと思いまして」

 

 ベランダの下にいたフローラさんに声をかけられたのだ。

 返事をすると、下から跳び上がってベランダへと入ってきた。ウマ娘とは言えすごい跳躍力だな、と思うと同時にこの突拍子のなさがタキオンの母親だな、と実感する。

 突拍子がなかったのは登場方法だけではない。なぜか勝負服を着ているし、レース後かのように汗で湯気が上がっている。なんでこんな夜遅くにこんなことになっているのか不思議でしかなかった。

 まあ、タキオンの母親だしな、というと自分の中では納得ができてしまうのが悲しいが。

 

「タキオン抜きでお話したかったのですが、あの子、ずっとあなたにべったりで…… ご迷惑かけていませんか?」

「大変ではありますが、それがトレーナーの仕事ですから大丈夫ですよ」

 

 甘えてくるし頼ってくるが、絶対無理なことを押し付けてこないだけの良識はタキオンに存在する。迷惑が掛かっていないとは言い切れないが、大きな問題はない程度の関係だ。

 

「私ももっと甘えさせてあげられれば良かったのかもしれませんが、夫ともども仕事も忙しくて……」

「名家の方はお忙しいですよね」

「昔から頭がいい子でしたから、乳母たちも手を焼いていました」

 

 ウマ娘名家は大なり小なり家業がある。

 アグネスは印刷と繊維だったか。それをこの若さでまとめるフローラさんはそれは忙しいだろう。子育てを他人に任せるのもやむを得ない。

 まあでも、あのタキオンだから、きっと寂しかったのだろうな、とは何となく予想できる。

 

「そんなあの子がトレーナーさんを信頼しているのが私にもわかります。どうか、タキオンのことをよろしくお願いします」

「タキオンが愛想つかすまでは頑張りますよ」

「ふふ、あの子が愛想つかすなんてありえないですから、それじゃあ一生ものですね」

 

 楽しそうにフローラさんは笑うと「夜も遅いので」とベランダから跳び去っていった。

 一生モノか。フローラさんの冗談も困ったものである。

 ただ、タキオンにそのうち良い人ができたりするまでは、支える覚悟は俺にもできていた。




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