モルモット君ではないアグネスタキオントレーナー   作:雅媛

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5-2 実家への帰還 Sideアグネスタキオン

 実家に帰るとなったとき、タキオンが思ったのはめんどくさい、の一言だった。

 タキオンと親との関係はあまり良好ではない。単に性格が合わないだけでしかないが、いまいち何もかもがかみ合わないのだ。

 あまり多くの時間を一緒に居たわけでもないのも響いている。

 

 とはいえトレーナー君を一度紹介したいと思っていたので、そういう意味ではちょうどよかったかもしれない。

 トレーナー君の用意してくれた白いワンピースを着て、トレーナー君に髪や尻尾を整えてもらい、何となくテンションを上げつつ、トレーナー君と一緒に実家へ帰る。

 ちょっとした小旅行だと考えればテンションは上がる。この時はまだ、楽しかったのだが……

 

 

 まず最初に、トレーナー君が、母アグネスフローラを見る目が気に食わなかった。

 前のめりで興味津々と一目でわかる態度だ。

 

「トレーナー君。担当の母親に熱い視線を送るのはどうかと思うんだけど」

「悪かったよタキオン。でもアグネスフローラっていうと、小学生の頃憧れていたからどうしてもね」

 

 思わず文句を言ってしまったが、どうやらトレーナー君は母のファンだったらしい。

 当然母の現役時代など私が生まれる前なので知らないが、当時大人気のウマ娘だったとは聞いている。

 トレーナー君が誰のファンだとしても自分には関係ない、と分かっているがそれでも何か我慢できないくすぶる気持ちが自分の中にあった。

 

「まあ、母様は所詮ティアラ一冠、私は無敗で三冠をとるんだから私の方がすごいんだよ!!」

「初めて聞いたよその目標……」

 

 勢いでとんでもないことを言った自覚はある。尤も全く無理な目標とも考えていない。今まではとにかく速く走ることだけを考えていたが、どうせならば明確にどのレースに勝つ、ということも意識してもいいかもしれないと、これを言って思い始めた。

 

「それに母様より私の方が可愛いだろう?」

「それは…… まあ……」

「なんで言葉を濁すんだよ!?」

 

 若いしスタイルは母よりタキオンの方が良いし、いつもトレーナー君は可愛い可愛いと褒めてくれるのに、なぜかここは言葉を濁された。

 

「フローラさん、現役時代もしっかり身だしなみ整えてたから正直タキオンと比べると……」

 

 挙句の果てに母の方がいいと言われればタキオンの機嫌は最底辺である。

 確かに母は身だしなみにもうるさいタイプであり、現役時代もちゃんとそういった手入れを欠かさなかっただろうが、ここは担当の方が百億万倍可愛いという所だろう。

 抗議の意味を込めて、ソファに座るトレーナー君に横から抱き着く。

 最近はトレーナー君に引っ付いてもトレーナー君は文句を言わなくなってきたからずいぶん慣れてきたのかもしれない。耳で頬をぺちぺちするとトレーナー君は苦笑しているようだった。

 

「ならトレーナー君が磨いてくれよ!!」

「最近タキオン全部俺任せだよな……」

「トレーナー君好みに育ててくれて構わないんだよ?」

 

 現役時代の母の方が今のタキオンよりも身だしなみをしっかりしていたのは認めよう。だが、今の母よりもタキオンの方が若いし、トレーナー君の言うことはまあ大体聞くし、トレーナー君の好みに染め上げられるのだからタキオンの方が圧倒的にいいはずだ。

 

「タキオンを俺好みにしてどうするんだよ」

 

 苦笑しながらそういうトレーナー君の胸に顔を埋めてぐりぐりとすりつくのであった。

 

 

 

 

 面接みたいだな、と母とトレーナー君のやり取りを見ていてタキオンは思った。

 ただ、トレーナー君はおそらく何も考えてなさそうであり、ただただ母がトレーナー君を見極めようとしているようだ。

 無駄なことを、とタキオンは思う。

 トレーナー君と自分の関係は親が何を言おうと変えるつもりはない。

 タキオンとしては親にトレーナー君のことについて話すことなど何もないと思っているが、今回トレーナー君が挨拶をしたいというから来ただけでしかない。

 

 とはいえトレーナー君は如才ないので母へもしっかり対応している。

 ただ、やはりトレーナー君はアグネスフローラへのあこがれがあるらしく、いつもよりも何倍も笑顔を振りまいているのが非常に、非常に気に食わなかった。

 母も母で調子に乗り始め、めったに出してこない桜花賞のレイやら当時の勝負服やらを奥から引っ張り出してトレーナー君に見せている。

 そんな二人のやり取りをつまらなそうに見ていることしか出来ない自分が、正直一番つまらなかった。

 

 

 

 

 何かもやもやした気持ちを抱いたまま、トレーナー君と別れ部屋に戻ったところ、母が待ち構えていた。

 しかもなぜか勝負服を着て準備万端である。

 

「タキオン、勝負しましょう?」

「……」

 

 母がこんな突拍子もないことを言い出したのは生まれてから初めてかもしれない。

 タキオンが知るアグネスフローラは、名家にふさわしい気品を持ったウマ娘で、いつも忙しそうで、そしてつまらない人、だと思っていた。

 何をするかなんてタキオンには容易に予想できる人だった。

 それがこんな突拍子もないことをするなんて。

 しかも、本気で自分と走ろうとするなんて。

 

「タキオン?」

「面白い…… 勝負しようじゃないか、母様」

 

 何かに火が付いた。

 

 

 

「どうして母様は私と走ろうと思ったんだい?」

「あなたが無敗の三冠を目指すと聞いてね」

「盗み聞きは品がないよ」

 

 家の裏にあるコースに出て、念入りに準備体操をする。

 こうやって一人で準備をするのは、そういえば久しぶりである。トレーナー君がいないところでこんなことをするのは少し寂しい。

 

「品が良いだけじゃレースには、特にクラシック三冠には勝てないわ」

「でも私は勝つよ」

「その言葉が本当か、試してみたくなったのよ」

 

 アグネスフローラがトゥインクルシリーズを引退してからかなり時間がたっている。ただ、ドリームトロフィーシリーズにいまだ所属し、トレーニングを欠かしていないことを考えれば、子供がいる年齢とはいえ強敵なのは間違いない。

 もっともクラシック三冠やティアラ三冠に出てくるウマ娘は、全盛期のアグネスフローラならまだしも、今のアグネスフローラよりよほど強いはずだ。

 

「私は、貴女のことが何もわからなかった……」

「……」

「頭が良くて、自分がしっかりしていて、でもどこを目指しているかわからない。小さいころから貴女が優秀過ぎて、私には何もわからなかったわ」

「悪かったね」

「悪くはないわ。でも、少しだけわかるものができたから、母親面したくなったのよ」

「母様は今でも私の母親だよ」

「そういってくれると嬉しいわ」

 

 タキオンは自身が天才だという自負がある。

 タキオンは自身が普通でないという自覚がある。

 母は素晴らしいウマ娘で、素晴らしい名家の令嬢で、しかし素晴らしく普通だった。

 悪いことをしていたな、とタキオンは思った。

 

「で、私の何がわかったんだい?」

「トレーナーさんが好きでしょうがないこと」

「ぶっ!?」

 

 母親の発言にタキオンは思わず噴き出した。

 

「と、トレーナー君にはそりゃ敬愛の念を抱いているがね!?」

「あんなべたべたイチャイチャして、尻尾まで巻き付けて、母親にすら嫉妬しておきながら大好きじゃないとか、冗談にもならないわよ」

「!!!!!」

 

 タキオンは声にならない叫びをあげた。

 

「大丈夫よ。私はタキオンの事全力で応援するから。トレーナーさん、いい人だしね。お父さんはまあ、殴って黙らせるわ」

「暴力的過ぎるよ……」

 

 今まで母親なんてつまらないと思っていたが、今日は調子を狂わされっぱなしだった。これがもしかしたら、本当のアグネスフローラなのかもしれない。母親というロールをはがせば、なんというか……

 

「やっぱり私は、母様の娘なんだな」

「そうかもしれないわね」

 

 体は十分温まった。

 

「もう一つ分かったことがあるわ」

「トレーナー君の事ならもういいよ」

「あなたが、レースに勝ちたいと思い始めたこと」

「……」

「単に走ることしか興味がなかったのに、レースに勝とうと思っている。でも、レースは簡単ではないというのを、母親として教えてあげる」

「お手柔らかに頼むよ」

 

 二人はコースに並び、合図もなく走り出した。

 

 

 

 強い

 タキオンの抱いた感想はその一言だった。

 

 スピード、パワー、スタミナ、大差はないとしてもアグネスフローラよりアグネスタキオンの方が上回っている。走り始めてそれを実感した。

 トレーナー君と二人三脚で、ただただ前に進んできただけだったが、その結果は明らかに表れていた。デビュー前にもかかわらず一流のドリームトロフィー走者を上回る身体能力は誇るレベルであろう。

 

 だが、勝ちきれない。

 コーナーで、併走するポジショニングで、微妙な目線や動きによる駆け引きで

 タキオンはフローラに振り回されていた。

 どうしても押し切れない。それどころかタキオンの方が消耗が早い。

 このままでは押し負ける。しかしどうしようもないまま、第四コーナーを回って直線に出た。

 

 並び競う二人。

 じりじりと離されるタキオン。

 このまま負けてしまうのか。

 私が負けるのか。

 相手は一枚も二枚も上手だ。

 負けてもしょうがないかもしれない。

 

 そんな思いが頭をよぎる。

 負ける。

 負けていいのか。

 勝負なんて重要なのか。

 ああそうだ、誰と誰のどちらが速かった、なんて結果どうでもいいじゃないか。

 

 タキオンはずっとそう考えていた。

 

 だけど

 

「ああああああああ!!!!」

「っ!!!」

 

 タキオン自身のためなんて全然頑張れる気がしない。

 でもこの身はタキオンだけのものではない。

 二人三脚

 そうトレーナー君と一緒に頑張ってきたのが今のアグネスタキオンだ。

 

 トレーナー君のためにこそ、あきらめるわけにはいかないのだ。

 

 残った力なんてどこにもないのに、根性だけでタキオンが差し返す。

 フローラがどうにか差し返そうとする。

 

 二人はそのままゴール板の前を通過した。

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

「ふぅ、タキオン、わかった?」

「ああ、わかったよ」

 

 何のために走るのか。それを説明する必要などない。

 だけどそこに強い思いがなければ、どれだけ速くても勝てない。

 

 そしてタキオンの思いは……

 

 いつの間にか自分の一番大事なところにいた人。自分がなぜ頑張るか、その理由そのもの。

 今の走りでそれに気づかされてしまった。

 

「ああ、母様にはかなわないな」

「娘は母親に敵わないものよ」

「違いない」

 

 タキオンの笑い声は静かな星空に消えていった。




 走ればわかる

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