バレンタインということでチョコクッキーを量産する。
去年までも量産していろいろな人に配っていた。タキオンにも好評だったクッキーだし、と部屋の中で量産する。
ココアと小麦粉と砂糖を混ぜて、粉砂糖を振りかけるだけの簡単クッキーだが評判がよく、日ごろの感謝を込めて配ることが多かった。
バレンタイン前々日に焼き上げ、袋詰めしていると、デジタルちゃんから連絡が入った。タキオンのルームメイトの彼女からタキオン関係でこうやって唐突に連絡が来ることはそう珍しくはない。
「どうしたんだい? デジタルちゃん」
「トレーナーさんこんばんは。あの、今年のバレンタインの準備どうしていますか?」
「? 去年と同じくチョコクッキー作ってるけど。デジタルちゃんにもあげるね」
「えー、そのことなんですが…… ちょっとお願いがありまして」
「何? デジタルちゃんがトレーナーに渡すチョコづくり手伝えばいいの?」
「いえ、それはもう作りましたから」
デジタルちゃんにトレーナーを紹介したが、うまくいっているらしいことは聞いている。基本愛情が深いデジタルちゃんのことだから立派なバレンタインチョコを作りたいという相談なのかと思ったが違うようだ。
「タキオンさんがチョコを作っているので…… ちゃんとお返しも準備してあげてるかなと」
「タキオンがチョコを……?」
タキオンがこういうイベントに参加するというのが意外だったが、デジタルちゃんがわざわざ連絡してくるあたり、力が入った作品が出てくるのだろう。
味はあまり心配していない。していないがタキオンのことだから予想外の作品をぶち込んでくるのは容易に想像できた。
疲労回復のための豚丼チョコや、レモン100個分のビタミンCをぎゅっと詰め込んだチョコ、漢方薬としてもつかわれるスパイスを詰め込んだカレーチョコなど、見た目はチョコなのに中身は別物の、頭がバグる作品をぶち込んでくるに違いない。ちなみに去年作成されたカレーチョコは、そのまま鍋に入れてカレーになり非常においしかった。
確かにタキオンの力作に対して、みんなに配るのと同じチョコクッキーでは迫力不足だ。タキオンはそれでも喜びそうではあるが、デジタルちゃんは気を回してくれたのだろう。
「ありがとうデジタルちゃん。俺の方も力入れて用意するよ!」
「何かうまく伝わってない気もしますが、タキオンさんをよろしくお願いします」
さて、ではタキオン用にもう一つ何か作った方がいいだろう。
タキオンが好きなもの、甘い干し果物と食感の良いナッツを大量に入れたブラウニーでいいだろう。ひとまず家中をあさって余っていた干し果物とナッツをどさどさ入れる。チョコ生地よりも具の方が多くなってしまった気がしたがまあいいだろう。
明日、タキオンがどのようなものを持ってくるのか、楽しみである。
午前中が終わり、お昼休みに入る時間。俺はいつも通りタキオンを迎えに教室に向かった。最近は迎えに行かなくても勝手にトレーナー室のソファの上にいるか、実験室の方にいるかのどちらの場合が多く、探さなくても大丈夫になったので迎えに行く必要性は無くなったのだが、タキオンが来てほしそうにするのでずるずると続いてしまった習慣だ。
最初のころはクラスの子らにずいぶん揶揄われたが、いまではそうでもない。
「タキオンちゃん、愛しのダーリンが迎えに来たよ」
前言撤回。今でもこんな感じである。俺としては子供がやることだから微笑ましいとしか思わないのだが、タキオンはいやじゃないのだろうか、と時々思う。だが、本人は「面白いからもっと言ってほしいぐらいだねぇ」*1と言っていたのであまり気にしないようにしている。本人も気にしないならただの戯言である。
そのままトレーナー室に移動したところ
「トレーナー君、ハッピーバレンタイン!」
といってカバンの中をごそごそし始めた。恐らく俺へのチョコが入っているのだろう。
「タキオン、ハッピーバレンタイン。これ、チョコレートね」
「わぁい!!」
まあこちらが先に渡してもいいだろう。ブラウニーを渡すとタキオンは嬉しそうに尻尾を振った。崩れる寸前まで干し果物とナッツが入った具沢山である。タキオンは受け取ったブラウニーをテーブルに置くと、自分のチョコをカバンから取り出した。
「トレーナー君、私から、本命チョコだ」
「ありがとうタキオン…… 本命チョコ?」
「本命チョコだ。意味は分かるだろう?」
落ち着く必要がある。タキオンが取り出したのは袋に入ったチョコクッキーだ。成形もきれいで、デジタルちゃんかカフェちゃんに手伝ってもらったのだろう。おいしそうなものだが、そこはいい。
今、タキオンは本命チョコと言った。その意味が解らないわけがない。
一瞬茶化してしまいそうになったがこらえる。タキオンはおそらく真面目に言っているからだ。
これに対してどうこたえるのが良いだろうか。
タキオンは、驚いたことに俺に異性として惚れている、というのは間違いないだろう。気が合うのは間違いないし、一緒に過ごすのも苦ではない。確かに相性は良いだろう。
ただ、タキオンを異性として見たことは当然ながら一度もなかった。戸惑いがまず大きい。
一度深呼吸をしてタキオンを見る。
見た目はすごい可愛い。
性格はエキセントリックだが俺としては問題なく、可愛いと思う。
一緒に過ごすのも全く問題ないことは夏合宿の時から明らかになっている。
家族関係もあちらのご家族からは気に入られていると思っている。こちらの家族も何か言ってはこないだろう。
名家出身でそちらの付き合いに懸念があるが、逆に懸念といえばそれくらいだ。
あれ、結構いい感じの相手なのでは?
冷静に分析すると問題が全くない気がしてくる。
いやでも今はレースが一番大事な時期だ。
さすがにYesと答えるわけにもいかないだろう。
「ありがとうタキオン。えっと、ただ、今の時点で俺は答えられないよ」
「まあそうだろうね」
タキオンもそこは理解してくれたようだ。トレーナーと担当ウマ娘。どうしてもトレーナーは冷静な判断が求められるため、一定の距離感が必要である。
現状恋仲になるわけにはいかない以上、逃げを打つしかできなかった。
「ひとまず他の誰かに目を奪われないように牽制をしているだけさ」*2
そういうタキオンの瞳は爛々と真っ赤に輝き、恋の狂気を覗かせる。
その狂気に気づいてなお、恐怖ではなく、宝石のようにきれいだな、と思う時点で多分手遅れなのだろう。
そもそも今まで恋人いない歴が前世享年まで、今世今までの俺が、他になびく可能性なんてないと思うが…… そこはまあ、タキオンからだといろいろ思うところがあるのだろう。
「あと、引退後は期待してるからね」
そう言ってタキオンは近づいてきて、頬にキスをした。
唇じゃないあたり、まだ子供な感じがして可愛かった。
そうして自分からしておきながら、タキオンは真っ赤になって、ブラウニーを抱えて部屋から立ち去る。
「可愛いなぁ」
やっぱりもう手遅れそうである。
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