アグネスタキオンは激怒した。
かの婬虐暴戻なトレーナー君を分からせなければならぬと決意した。
タキオンに人付き合い方はわからぬ。
友人を作らず実験ばかり繰り返して生きてきた。
けれどもうまぴょいに対しては、思春期ゆえに人一倍に敏感であった。
契約してしばらく一緒に居て、不満に思うことは多くはない。
トレーナー君は優しくて尽くしてくれるし、タキオンのやりたいことを止めることも基本的にない。時々寝坊した時にちゃんと寝なさいと言ってくるぐらいだし、それもくどくど言ったりしない。
知識も豊富で話を合わせてくれるし、我が儘を言うとちゃんと判断したうえで聞いてくれるものは聞いてくれる。
だが、一つだけ、とても不満に思っていることは、トレーナー君の距離が近すぎるということだ。
こちらが思春期のウマ娘だということや、人間はウマ娘に勝てないということがわかっていなさそうな感じである。
だが、他のウマ娘にも同じようなことをするわけでもなく、タキオンにだけなのでそれだけ信用されているのだろうか。
「トレーナー君の距離感が近すぎるんだけど、もしかしてトレーナー君は私に惚れていたりするのかな」
「知りませんよ」
カフェに相談したこともあるが、カフェはそっけない反応をするだけだった。
トレーナー君と時々仲良く話しているのだし、珍しく旧理科準備室の自分のスペースに招き入れる仲間なんだからもう少し一緒に考えてほしいのだけれども、トレーナー君に興味がないのだろうか。
「私は異性としては全く興味ないですし、タキオンさんがトレーナーさんのことを異性としても大好きなのもわかりますが、無理やり何かすれば嫌われますよ」
「別に私は日ごろのトレーナー君の献身に感謝しているだけであって、異性として好きなわけではないけどねぇ!!!」
「はぁ、そうですか」
カフェは本当にそっけなかった。
だが、他に相談できる相手もおらず、こんなものかと思って過ごすしかできないのだが。
トレーナー君との一日は授業が終わってからスタートである。
基本的に座学が午前中、レース関係の授業が午後、というのがトレセン学園の基本スケジュールであり、担当トレーナーがいると午後は教室ではなくトレーナーと一緒に過ごすのが基本だ。
タキオンにとって座学の授業は退屈極まりないし、今までテストの成績もよかったので度々サボっていたが、トレーナー君が迎えに来るようになってしまってからは毎日ちゃんと授業に出るようにしている。
授業をサボってもトレーナー君は怒ったりしないが、結構心配するらしくGPSだよりに学園中を走り回って自分のことを探すようなのだ。心配をかけたいわけでもないし、授業に出て座学の内容を復習するのも悪くないと思っているので今では余程寝坊しない限り授業には参加していた。
「タキオン、迎えに来たよ」
「トレーナー君、毎日来なくてもいいんだが」
本当に毎日迎えに来るのだが、大変だろうし、トレーナー君が自分に尽くしてくれているのをクラスメイトにみられるのは恥ずかしいところもあるのだが……
でもこうやって毎日会うのもうれしいところもあって、強くは断りがたい。
「だって、迎えに来ないとタキオンどっか行っちゃうじゃない」
「別にどこへ行ったっていいだろう?」
「いやタキオンと毎日会いたいし」
こういうことをトレーナー君はすぐに言ってくる。やっぱりトレーナー君の距離感はおかしいし、私のことを好きなんじゃないかと誤解しそうになる。
こういう公開プレイは得意じゃないんだけどねえ!! 前はクラスメイトから胡散臭いという目を向けられていたと思うが、今は生暖かく見守られている気がしてしょうがない。
「ま、まあそこまで言うなら付き合ってあげても構わないよ」
「じゃあお昼ご飯食べようか。それとも友達と食べる約束してる?」
「そんなものないから大丈夫だねぇ」
クラスメイトと一緒に食べるとかはあまり好きではないし今まで誘われても断っていた。そのようなことは一切ないので、今日もトレーナー君と一緒に食事をすることになった。
医食同源という言葉がある。
食べることがそのまま薬になるという考え方である。
よくよく考えれば、生き物というのは基本的に経口摂取した栄養をもとに体を作るのだから当然であり、最近のメインの研究テーマの一つになっている。
今までは栄養を取れればいいかと思って適当な食材をミキサーにかけて飲み干す、ということをよくしていたが、最近はトレーナー君とちゃんと食事をとるようになった。
ミキサー食だったころよりも量を取れるようになったことを考えると味も結構大事だったんだな、と痛感している。
食事は基本的には学園から提供されるメニューを食べているが、トレーナー君からもいろいろおかずをもらっている。本当はトレーナー君の手料理で三食したいところだが、ウマ娘の必要な食事を用意するのはそれなりに手間がかかり、トレーナー君ではなかなか時間が取れないだろうということで、トレーナー君の手作り弁当の一部を分けてもらっている。
「トレーナー君、唐揚げが食べたいな」
「はい、あーん」
「あーん」
お願いすればこうやってトレーナー君が食べさせてくれる。
最初のころは自分で勝手に取っていたのだが、あまりにトレーナー君のお弁当がおいしすぎて全部食べつくしてしまったことがあったのだ。トレーナー君がお昼抜きになってかわいそうだし、かといってトレーナー君のお弁当は美味しいのでまたやらない自信もない。
なのでトレーナー君のお弁当にタキオンは触らないようにする、というルールを決めたのだが、トレーナー君はそれ以降なぜかあーんをしてくる。
単に私の皿におねだりした料理を取り分けてくれればいいのだが…… 人目の多いこういう所であーんするとはどういうことなのだろうか。やはりトレーナー君の距離感はおかしい。
「いやなら断ればいいのでは」と冷静に脳内カフェがツッコミを入れてくるが、それは黙殺する。これはこれ、それはそれである。
「トレーナー君、この唐揚げ美味しいねぇ」
「一個だけだぞ」
「もう一個欲しいねぇ」
「……はぁ」
ため息をつきながらトレーナー君は唐揚げをもう一つくれた。カレー味でおいしかった。
食事をして少し休憩をすればトレーニングである。
まずはウォームアップからである。
体中の関節をすべて稼働させることで体中を温めるとともに何かおかしなところがないかを確かめる。
背骨の関節一つ一つ、手や足の指の関節まで動かすので、大体動きが大変おかしなことになる。
トレーナー君も付き合ってくれるから、お互い向かい合ってやるのだが、トレーナー君の動きが火星人か何かにしか見えなくて困る。
「相変わらずトレーナー君は変な動きをするね」
「タキオンの動きも相当変だぞ」
まあ普段動かさない関節を動かすのだから相当変な動きになっているだろう。特に背骨などは関節も多いので腰がぐるんぐるん動く。というか、トレーナー君もそんなに見つめられたら恥ずかしいんだが、とトレーナーをガン見しているタキオンは思った。
とはいえ、お互い見ることでちゃんとできているかの確認も兼ねているので、見逃すわけにもいかない。
気になればお互い指摘することも少なくない。
「タキオン、肋骨のあたり動いてる?」
「うーん、どのへんだい?」
「ちょっとさわるよ、このへんとか」
「ひゃっ!?」
トレーナー君にわき腹のあたりを触られて思わず悲鳴を上げるタキオン。予め言われていたとはいえ、思わぬところを触られて変な声を上げてしまった。
しかしトレーナー君は特に気にした様子もない。
「もうちょっと腕から上にあげて肋骨開くといいと思うんだけど」
「……」
淡々と説明するところから見て、おそらくトレーニング以外考えていないだろうトレーナー君にちょっと思うところがあったタキオンであった。
この後も一事が万事、不用意なボディタッチやカッコいい、カワイイといったべた褒めが続き、タキオンの情緒は無茶苦茶である。
フォームを見せればかっこいいと褒められ、走る姿を見せれば穴が開くんじゃないかと思うぐらい見つめられた挙句カッコいいと褒められ、おとなしくアイシングをされているとカワイイと褒められる。よくもまあこれだけ誉め言葉がポンポンと出てくることである。
また、指導の一環であると解ってはいても身体接触が多い。タキオンもトレーナー君も体の動きを大事にしている。そのためちょっとした動きでも注意して修正したりすることが多い。当然自分だけではわからないので第三者の目線であるトレーナー君からのアドバイスはありがたいのだが、指摘する際にちょくちょくお触りが発生するのだ。嫌なわけではないが、触られるたびにドキドキしてしまう。
さらにストレッチとかになると接触が如実に増える。単にストレッチの原則を守っているだけなのはわかるが、両手をぎゅっと握られたり、背中にたくましいトレーナー君の胸が当たったり、太ももを押さえられたりと散々である。
本当にトレーニングの一環なのか。トレーナー君は気があるのではないか。そう思ったことも一度や二度ではない。毎回愚痴るとカフェに言われるのは無理やり何かしたら嫌われる、ということだけであり何もアドバイスになっていなかった。
トレーニング自体はスムーズに進むしアドバイスも的確だし、能力も明らかに伸びている。トレーナー業務としては何ら不満はないのだが…… それ以外にフラストレーションがいろいろ溜まっていたりしていた。
さらにタキオンを惑わせるのが、トレーナー君がタキオンと二人きりの密室にいることに何ら拒否感を覚えないことである。
人間はウマ娘に勝てないというのは常識であり、ウマ娘が不埒なことをしないようにか弱い人間男性がウマ娘と二人きりにならないようにするのは男性の自己防衛として常識である。もちろんトレーナーが大人で、ウマ娘の学生が子供であることも考えればそこまで厳密に考える必要はないがそれでもトレーナー室で二人きりの時は扉を開けておくとか、するのが常識だし、通常自室に招いて二人きりになるなんてありえない。
だが、トレーナー君はひょいひょいタキオンを自室まで招くし、トレーナー室でも普通に二人きりになるし警戒心がまるでないのだ。
当然ながらタキオンに大胆な事なんてできるはずもない。タキオンは基本的にコミュ力がないヘタレなのだ。
せいぜいトレーナー室のぬいぐるみや自室のベッドの匂いを嗅いでしまい、変態的だと真っ赤になるぐらいのかわいらしい反応をするのがタキオンである。
こうして表面上は何も起きない状況のまま、タキオンの学園生活は進んでいくのであった。
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