アグネスタキオンが男性トレーナーを実験室に連れて来た時、マンハッタンカフェの感じた驚きは言い表せないぐらい大きかった。
必要がなければタキオンはこの部屋に人が立ち入るのを許可しない。
今までこの部屋に来た者といえば、ドーピングの立ち入り検査に来た人員のほかはカフェが珈琲をともに飲むために招いた同学年のジャングルポケットぐらいしかいなかった。
他人が立ち入るのをとにかく嫌っていたタキオンが、男性トレーナーを部屋に招き入れ、あまつさえ論文を受け取った後追い出すこともなかったのだから最初、何が起きているかまるで分からなかった。
「トレーナーさんは、タキオンさんと契約予定なんですか?」
「正式なものはまだだけどそうだね」
「タキオンさんが契約するって本当に言ったんですか?」
「? そうだよ」
新人と思われるピカピカのバッジをした男性トレーナーの答えにカフェは驚きを隠せなかった。
タキオンと契約を望むトレーナーはかなりの数がいた。なんせアグネスタキオンといえばアグネスという良家の出身なうえ、祖母はオークスウマ娘、母は無敗の桜花賞ウマ娘という良血中の良血ウマ娘である。一般家庭出身でウマ娘の業界に疎いカフェでも知っているぐらいのウマ娘だった。
だが、タキオンは全員論破し、契約を断っていた。
このまま誰とも契約できないのではないかというぐらいの荒れっぷりだった。
そんなタキオンが選んだのがこの目の前のトレーナーということだ。
見た目は平凡だ。中肉中背。顔も不細工ではないがカッコよくもない、平凡な外見なのは間違いない。外見で選んだわけではなさそうである。
この人の何がよかったのだろうか、とカフェは首を傾げた。
タキオンがトレーナーさんと契約してしばらくが経った。
時間が経つにつれいくつか分かったことがあった。
まず、トレーナーさんのことをタキオンはえらく気に入っているということである。
翌日、カフェとは連絡先交換をしたが、論文に熱中して連絡先交換をタキオンはしなかったせいで、トレーナーさんからカフェに連絡があった。
2,3やり取りをして旧理科準備室で待つことになったのだが、訪れたタキオンがよくわからない嫉妬を始めたのだ。わちゃわちゃするタキオンが面白いという感情が半分、めんどくさいこと言ってるという感情が半分で塩対応で済ませたが、あんなに執着するということは余程気に入っているらしい。
「で、タキオンさんはトレーナーさんのどこが好きなんですか?」
「いや、別に私はトレーナー君の事なんて好きではないが? トレーナー君が私のこと大好きなだけだが?」
珍しく時間通りに授業に来たタキオンに、カフェはトレーナーさんについての質問を差し向けてみたが、謎のツンデレっぽい回答しか返ってこなかった。
カフェから見て、トレーナーさんはタキオンのことは非常に大事にしているが、あくまで担当として、という範疇でしかない。一方タキオンは明らかにそれ以上の何かを抱いている。もしかして、一目惚れでもしたのだろうか、そんなことをカフェが疑うほどタキオンの様子はおかしかった。
「じゃあ私も担当してもらえないか聞いてみましょうかね」
「なっ!?」
謎のツンデレ回答をするタキオンをからかうためにさらに踏み込んだことを言うカフェ。確かにカフェはまだ誰とも契約していないが、あのトレーナーさんはカフェの好みではない。もっと年上で落ち着いていて頼りがいのあるナイスミドルな大人の男性がカフェの好みである。
確かにトレーナーさんは熱心で担当を大事にする人だが、落ち着きはないし頼りがいという点で疑問符が付く。
だからこそこの発言は単なる戯言であった。きっとタキオンもわかっていて「トレーナー君は私のものだからカフェはダメ」といった趣旨のことを言うとカフェは思っていたのだが……
「う、カフェがそういうなら、トレーナー君もきっとやぶさかでもないだろうし…… でも、ううううう」
「ちょ、タキオンさん!? 冗談ですよ冗談です!!!」
なんか変に日和見した挙句涙目になったタキオンに、カフェは焦った。嫌なら嫌と言うだけでいいだろうに…… ちょっと情緒不安定すぎやしないだろうか。
恋はウマ娘を変えるのだろうか。そんなことをタキオンの様子を見てカフェは思っていた。
とはいえ、一目惚れなんて一時の熱病のようなもので、しばらくたてば落ち着くだろう、カフェはそんなことを考えていたのだが…… 時間が経つにつれタキオンの症状は悪化していった。
原因は主にトレーナーさんの方にあった。
頭もいい人だし人格的にも優しくて気の利く人なのだが…… こう、こと対ウマ娘に対しての保身がまるでない。思春期のウマ娘であるタキオンに衝動的に押し倒されたらどうするんだろうか、とカフェでも思うことが度々あった。
まず、ボディタッチが多い。指導の一環であり不用意に触っているわけでは全くないのはわかるが、もうちょっと躊躇をした方がいいのではないかとカフェですら思った。特にストレッチの時、背中を胸で押すのは他意はないにしろヤバいと思う。当ててるのよ、みたいな状態である。他にもクラスに迎えに来たり、ご飯をあーんで食べさせたりと、お二人は恋人同士ですか、みたいなことを度々している。
トレーナーさんがそんなこと考えてないだろうことはカフェですらわかりはするのだが…… 無責任なクラスメイトは突然のトレウマラブイベントにキャッキャと騒いでいるし、当事者であるタキオン本人も掛かり始めている。
「そういえばこの前トレーナー君の家に行ったんだ」
「二人きりですか?」
「二人きりだね。カレーを食べただけで終わったんだが、これって誘われてるのかな」
本当に自己保身に欠ける人だな、とカフェは思った。
もしかして本当に誘い受けとかなのだろうか、と一瞬思ったが、そんなわけはないとカフェは首を振る。そういうことならもっとうまくやるだろうし、もっとちゃんとタキオンにだけ説明するだろう。つまり無防備な行動は何も考えていないだけだ。
幸いタキオンがヘタレであるのでカフェが煽らない限り襲い掛かったりはしないだろうが、普通のウマ娘だったらどうなったかはわからないぐらい、トレーナーさんに危機意識がなかった。
「ちゃんとお話しした方がいいですよ。あと無理やりなにかするのは絶対嫌われますよ」
「でも少女漫画とかでは積極的に動いた方がいいっていうじゃないか」
「漫画はフィクションです。リアルに持ち込んだら絶対だめですよ」
「う~」
押し倒すのは積極的なのではなくただの犯罪である。積極的に動くならちゃんとお話しして、どういうことをしていきたいかをお互い理解するべきであり、そんな衝動的なことをするべきではない。
タキオンだって冷静になればそんなことはわかるだろうが、なかなか冷静になれないようであった。
「トレーナーさんがそういう無防備なところを見せるのは、タキオンさんを信用しているということです」
「信用……?」
「そうです。その信用を裏切ったら嫌われますよ」
「……」
タキオンは黙ってしまったが、これで暴走はしばらくは防げるだろう。どうせ衝動的に何かしでかす前にまた悶々と悩んでヘタレてカフェに相談しに来ることは容易に想像できる。
手間のかかる二人だな、とカフェは思うとともに、楽しそうなタキオンを見て、自分もいちゃいちゃできるトレーナーさんを探すかな、とトレーナー探しを本格化することをカフェは決めたのだった。
この後、タキトレに紹介されたトレーナーにマンハッタンカフェは性癖を捻じ曲げられ情緒を壊され続けるのは、また別の話。
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