王宮四階の
いずれも、ペーターソンの開会宣言を盛大に称えていた。
楽団が優雅な曲調で演奏し始めた頃には、
遠方の領地を治める貴族にとっては、この式典が王都に足を運ぶまたとない機会で、
一方、王家の血脈と親睦を深めようと躍起になる貴族が後を絶たないのも通例である。節操のない青年貴族たちに、ちょっかいを出して
そんな貴族王族たちの
演奏に合わせて、歌手がしっとりとした歌声を
社交ダンスに興じる一組の男女に、視線が集まった。
ケートネスと、エリーゼだった。
この場にいる者なら、二人の関係性をみなが知っていた。
はとこであることはもとより、縁談の話が進んでいることは周知の事実だ。
軽やかなステップを刻んだのち、くるりと回って見つめ合う二人に、
「お似合いのお二人」
「国の未来は明るい」
「……私だって」
口々に囁く声が湧いた。ふとエリーゼがダンスの流れに乗り、
「首尾はどう?」
ケートネスの耳元で囁きかけていった。
彼の目で危うげな光が揺れた。ここに来てまさか。エリーゼは気を揉んだが、
「キミの
かろうじて笑顔を保ち、弱気な声でケートネスは答えた。
単に、この王子の度が過ぎるほどの心配性が
「最良で最善の選択をしたのよ」
朗らかにエリーゼは告げた。相手にも自分も、言い聞かせるように。
細く暗い地下道を進むのは、想像以上に困難だった。
地下道の横幅は、標準体型である大人がどうにか、まっすぐ歩んで行けるほどしかない。
たしかにロウェルは、筋肉質で同世代の少年よりも体格には恵まれているほうだ。しかし、
問題は両腕の杭打ち機だ。
フザン森林の石碑の一部から地下道の入り口に入るときでさえ、杭打ち機が引っかかってしまい、ここまで横歩きで進んできたのである。
「
途中、後ろを振り返ったアズランドが苦笑して言い、リザも面白がっていた。杭打ち機を
「いてっ」
曲がり
「まだ、抜けないんすか? けっこう進んでますけど」
数歩先のアズランドに訊いた。
「半分は過ぎているはずだよ。もう少しの辛抱さ」
「まだ半分かぁ……」
この体勢、わりとキツイんだよなあ。思うが、口には出さず、これも
「もう少しだけ、頑張ってっ。ロウェル」
わずかに辛そうな表情を見て取ったのか、リザが応援してくれた。ロウェルは笑んで、狭い通路に返事を反響させた。
「おう。あんがと」
「そうだね。ロウェルには、頑張ってもらう必要がある」
この際だから、というふうにアズランドがそんなことを言った。
「全力で頑張るつもりっすけど?」
「あの
アズランドの声は懸念気味だった。ロウェルはにんまりとなる。
「アズさん、これ見てくださいよ」
「立派な杭打ち機だね」
アズランドが振り返り、壁伝いになっているロウェルを見て一言。さぞ、ご立派でという感じに。リザが遅れて頷いた。
「いやいやいや、そこじゃなくって! 俺の腰まわりっす。いつもと違うでしょ?」
呆れ半分でロウェルは主張した。もう半分は、誇らしげに。
アズランドとリザの視線がロウェルの腰に向いた。先に気づいたのは、リザのほうだった。
「そのたくさんの
「携帯食料かなにかかい?」
そう、中身に見当をつけてきたのは、アズランドだ。
「違いますよ! あ、わりぃ、リザ。ちょっとそこから一つ開けてくれるか?」
「う、うん」
リザが手を伸ばした。いちばん手近にあった小鞄を開く。
一見、それは
「それ……
普段から拳銃を扱っているアズランドが、すぐに察した。
「……なるほどね。そんな特大の薬莢で杭を押し出したなら――あんなゴーレムもワケはないか」
「そうでもないんすよ。ここだ! ってとこに打ち込まないと、たぶん上手くいかないんで」
「でも、あのとき、ドカン! ってびっくりした。あんなの初めて見たよ」
やや感動的に、リザが微笑する。
「俺としては、その反動に耐え得るロウェルの腕に驚くのと……その杭の材質が気になるところだけどね」
苦笑交じりにアズランド。まじまじとロウェルの腕と杭を見つめていたが、
「しかし、そんなにたくさんよく確保できたな。大砲一発を撃ち出すのだって、けっこうするものだってのに」
ふと、べつの疑問を口にした。
「ああ、実はっすね……」
ロウェルは説明しようとその日のことを思い出そうとして、同日のべつの出来事が脳裏を駆け巡った。
鐘の音と。
しおらしいエリーゼの顔と。
ほのかな唇の熱と。
我知らず、ロウェルはかっとなった。
「ロウェル?」
リザが不思議そうに見上げてきた。ブンブン頭を振って、ロウェルは答える。
「あ、ああ……えーと。そうそう、
「お宝?」アズランドが首を傾げる。
「そう。なんかまだ真新しいケースだったんすけど。中身を開けるとなんと……
身振りでその感激を示そうとして、ロウェルは杭打ち機を壁に
「金塊ってとってもお金になるんでしょう? すごいねっ」
「へへっ。落とし主には悪いけど、あれで
アズランドが思案顔で「うーむ」と唸る。やがて、
「それって、赤茶色のアタッシュケースだったりする?」
はしゃぐ二人のあいだに疑問を投じた。
「そうそう! そんな色だったかな。それももう、売っちゃったけど。……って、なんでアズさん知ってるんすか?」
アズランドは複雑な表情になった。
「いや、俺が仕事してるときにさ。その、金塊の詰まったアタッシュケースを持ち逃げしたギャングの
「え? じゃあ、あの金塊って……」
「
お気の毒に。というふうに、含み笑いをアズランドはしていた。
と、そこでロウェルは大事なことに気づいてしまった。
「ん? ってか、アズさん。ギャングの一味だったんすか?」
険しさを帯びるロウェルの顔に対して、アズランドが必死に
「そう睨まないでくれ……。ただの雇われの護衛だって。追っ払うくらいしか、してはいないよ。手短で金払いが良かったんでね」
「本当っすかぁ?」
「本当だって。それに、ここ半年くらいは、ギャングの
そっちのほうが苦労させられたよ、と苦笑の顔で、アズランドは主張しているみたいだった。
「それなら、まあ、いいんすけど」
疑いの目を向けつつも、ロウェルは納得した。最近わかったこととして、アズランドは隠し事が多い人という印象が強まっている。気をつけて、見ておこうとこっそり思う。
アズランドがほっとする。それも束の間、リザの表情の変化に気づいたらしい。なんだか、むくれているように、ロウェルには見えた。
「どうかしたかい、リザ?」
気まずそうにアズランドが、リザに笑いかける。
「べつに、なんでもない」
素っ気なくリザがうつむいて返した。
唯一の光源であるアズランドの手の角灯の揺らめく光に、ロウェルは、久々に見た気がした。
リザの澄まし顔。とりわけ、ツンとしたものを。
楽団の演奏が曲調を変えた。
社交ダンスを興じていた面々の多くが、それを機に中断していた。
休憩がてらに円卓の料理に手をつける者。
熱意を保ったままバルコニーへと二人して足を運ぶ男女。
エリーゼとケートネスも、場所を移そうと並んで歩み出して間もなく、
「お熱いことじゃのう」
耳に障るダミ声がエリーゼに聞こえた。著しい嫌悪感を
「父上……」
ケートネスがぼそりと声に出す。エリーゼと違い、ギクリという表情が
「これは国王様。ご健勝でなによりですわ」
頭を垂れ、ドレスの裾をわずかにたくし上げてみせると、ペーターソンはニタリ顔になった。実子のことなど眼中にないだろう。
と、顔を上げたエリーゼがはっとなった。目線がだいぶ高くなる。
リーズィヒット・クノッヘンがペーターソンの脇に高々と立っていたからだ。
間近で見るとますます、不気味な感じが際立った。
リザが人形のような少女なら、この男は人間として振る舞う人形――そんな対比をエリーゼの胸の奥で抱かせた。
つい呆然となってしまったエリーゼに、ペーターソンががなる。
「なんじゃ。逢いたいというから、わざわざ呼んだんじゃぞ」
「え、ええ。是非……以前からお目にかかりたく――」
咄嗟に応じて、エリーゼは笑みを湛えた。なるだけ自然に。しかし、クノッヘンはつまらなそうに「そうか」と短く返した。
それっきり、口を閉ざした。これ以上、会話をつづける気はないという様相であったが、不意に口元にシワが刻まれた。それが笑みだと知れたのは、
「我が臣下からの報告で耳に入っている」
静かな声に、どこか小馬鹿にする含みがあったゆえである。
「とても
「……どういう、意味でしょう」
エリーゼは笑みを崩さなかったが、眼に警戒心が表れていた。
「他意などなく、言ったつもりであるが。いずれ、この国の一端を
たじろいでいるケートネスを尻目に、エリーゼは言った。媚びるふうに。
「ええ、もちろん。私はこの国の更なる繫栄を願っております」
その言葉でクノッヘンは興味を失ったのか、つまらなそうな顔に立ち戻っていた。踵を返す気配をみせたところで、つと、勝手に口をついて出ていた。
「そして、この国に
エリーゼが涼やかに言ってのけたそれは、クノッヘンを牽制するに
先ほどより薄ら笑い、クノッヘンは言う。
「それが次代の国づくりか?」
「ええ」
どうやら、
エリーゼはこの男を、なるべくここに引き留めておく必要があった。
仲間たち――ロウェルのためにも。
立ち並ぶ本棚の間の壁が、ゴゴゴと重い音を立てて、横滑りに開いていった。
そこから、アズランドが現れた。あとからリザがつづき、最後にロウェルが横歩きで進み出る。
「おつかれさん。やっと、ゴールだ」
アズランドが
鮮やかな
「……今度、またべつのを買いに行こう」
苦笑し、アズランドは励ましのつもりで言った。それから、ここが敵地であると肝に銘じる。視線を移し、周囲を確認した。
所狭しと書物が本棚を埋めているが窺えた。しかし、どれも年季を感じるものばかりで、研究書類のようなものは見当たらない。
「資料室というより、まるでアイツ個人の書斎という
アズランドは一冊、本棚から抜き取り、
「これなんか、古代の魔術書だ。金貨数十枚ぶんの値打ちものだよ」
流し読みをして、頷いた。役立ちそうだ、と。
そのまま何食わぬ顔で、魔術書をアズランドはジャケットの内側に入れて拝借した。そのとき、ロウェルの声が響いた。
「アズさん、あれ見てくださいよっ」
急いでそちらへ駆け寄り、
「そんな大きな声を出さなくても聞こえるよ。ここはアイツの
顔を
長い歳月を感じられるほどに、色褪せた絵画だった。貴族一家のようで、四人の人物が描かれてある。父母と兄妹。仲睦まじそうに。
「あの女の子……リザによく似てません?」
ロウェルが隣に立ったリザと見比べて、言う。リザもそれを、思い詰めた表情で見上げていた。
「ああ。きっと、それがアイツが
クノッヘンを認識するや、アズランドの口調が皮肉めいた。
胸中の根深い部分から、
「ここを調べ回っても意味はない。早いところ、リザのお姉さんを連れ戻して、退散するとしよう」
目的意識を
その直後のことだった。淡々とした声とともに、
「まさか貴様らのほうからやって来ようとはな」
クノッヘンの顔がぬっと眼前に現れた。絵画同様に血色が良いものだ。
黒衣が
光が虹色に大きく爆ぜた。
式典会場である四階の
「おわっ……!」
ケートネスがたたらを踏み、危うく転びかけた。
実際は、卓上のグラスから飲み物がこぼれたりした程度のものであったが、ほかの貴族たちも何事かとざわめいている。
なかには
あたりの動揺をいっさい気に留めず、クノッヘンが眉を
「なるほど……
「どうかされまして?」
エリーゼが小首を傾げる。そんなことより、というふうに微笑み、
「先ほどのお話のつづきをお聞かせくださいませんか……?」
中断された会話を再開しようとした。無論、エリーゼもこの異変の正体には感づいている。繋ぎ止めようと躍起になった。
しかし、その甲斐もなく、クノッヘンは動き出した。
「失礼させていただく」
言い捨て、立ち去っていったその後ろ姿に、エリーゼは緩く唇を噛んだ。
あとは、うまくやってよね。