ゼーレンヴァイス   作:朽木 堕葉

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 王宮四階の大広間(ホール)が、拍手喝采(はくしゅかっさい)で包まれた。

 大広間(ホール)の一角を占める楽団が奏でる盛大なファンファーレが、後を追うようにして響く。

 いずれも、ペーターソンの開会宣言を盛大に称えていた。

 楽団が優雅な曲調で演奏し始めた頃には、来賓席(らいひんせき)から銘々(めいめい)に離れていった。

 遠方の領地を治める貴族にとっては、この式典が王都に足を運ぶまたとない機会で、所縁(ゆかり)ある者同士で久方ぶりの再会を喜び合っていた。

 一方、王家の血脈と親睦を深めようと躍起になる貴族が後を絶たないのも通例である。節操のない青年貴族たちに、ちょっかいを出して揶揄(からか)う王家の令嬢の姿なども見受けられる。

 そんな貴族王族たちの歓談(かんだん)に、ざわつきが混じった。

 演奏に合わせて、歌手がしっとりとした歌声を大広間(ホール)中に響かせるなか――

 社交ダンスに興じる一組の男女に、視線が集まった。

 ケートネスと、エリーゼだった。

 この場にいる者なら、二人の関係性をみなが知っていた。

 はとこであることはもとより、縁談の話が進んでいることは周知の事実だ。

 軽やかなステップを刻んだのち、くるりと回って見つめ合う二人に、

「お似合いのお二人」

「国の未来は明るい」

「……私だって」

 口々に囁く声が湧いた。ふとエリーゼがダンスの流れに乗り、

「首尾はどう?」

 ケートネスの耳元で囁きかけていった。

 彼の目で危うげな光が揺れた。ここに来てまさか。エリーゼは気を揉んだが、

「キミの手筈(てはず)通りに、僕は行動する……それが、最善策なんだろう?」

 かろうじて笑顔を保ち、弱気な声でケートネスは答えた。

 単に、この王子の度が過ぎるほどの心配性が垣間(かいま)見えただけ。それにほっとする私も、かなり緊張しているのかも、とエリーゼは思った。

「最良で最善の選択をしたのよ」

 朗らかにエリーゼは告げた。相手にも自分も、言い聞かせるように。

 

 

 細く暗い地下道を進むのは、想像以上に困難だった。

 地下道の横幅は、標準体型である大人がどうにか、まっすぐ歩んで行けるほどしかない。角灯(ランプ)を提げた先頭のアズランドも、それにつづくリザも、すいすい進んでいく。後ろからそれを見ながら、ロウェルはちょっとだけ(うらや)んだ。

 たしかにロウェルは、筋肉質で同世代の少年よりも体格には恵まれているほうだ。しかし、(ふと)やかというのでもない。   

 問題は両腕の杭打ち機だ。

 フザン森林の石碑の一部から地下道の入り口に入るときでさえ、杭打ち機が引っかかってしまい、ここまで横歩きで進んできたのである。

(かに)も顔負けの速さだね」

 途中、後ろを振り返ったアズランドが苦笑して言い、リザも面白がっていた。杭打ち機を(ハサミ)に見立てると、親戚っぽくはあるだろうか。

「いてっ」

 曲がり(みち)に気づかず、ロウェルが額を壁に打ちつける。苦労して方向転換し、

「まだ、抜けないんすか? けっこう進んでますけど」

 数歩先のアズランドに訊いた。

「半分は過ぎているはずだよ。もう少しの辛抱さ」

「まだ半分かぁ……」

 この体勢、わりとキツイんだよなあ。思うが、口には出さず、これも鍛錬(たんれん)と割り切ることにした。

「もう少しだけ、頑張ってっ。ロウェル」

 わずかに辛そうな表情を見て取ったのか、リザが応援してくれた。ロウェルは笑んで、狭い通路に返事を反響させた。

「おう。あんがと」

「そうだね。ロウェルには、頑張ってもらう必要がある」

 この際だから、というふうにアズランドがそんなことを言った。 

「全力で頑張るつもりっすけど?」

「あの黒鋼(くろがね)ゴーレムの製造も、この先で行われているはずなんだ。そこらの工房では、製造を請け負っていないと調べてわかったんだ」

 アズランドの声は懸念気味だった。ロウェルはにんまりとなる。

「アズさん、これ見てくださいよ」

「立派な杭打ち機だね」

 アズランドが振り返り、壁伝いになっているロウェルを見て一言。さぞ、ご立派でという感じに。リザが遅れて頷いた。

「いやいやいや、そこじゃなくって! 俺の腰まわりっす。いつもと違うでしょ?」

 呆れ半分でロウェルは主張した。もう半分は、誇らしげに。

 アズランドとリザの視線がロウェルの腰に向いた。先に気づいたのは、リザのほうだった。

「そのたくさんの小鞄(バッグ)……どうしたの?」

「携帯食料かなにかかい?」

 そう、中身に見当をつけてきたのは、アズランドだ。

「違いますよ! あ、わりぃ、リザ。ちょっとそこから一つ開けてくれるか?」

「う、うん」

 リザが手を伸ばした。いちばん手近にあった小鞄を開く。

 一見、それは缶詰(かんづめ)のような物体だったが、

「それ……薬莢(やっきょう)かい?」

 普段から拳銃を扱っているアズランドが、すぐに察した。感嘆(かんたん)とも仰天(ぎょうてん)ともつかない様子で、付け加える。

「……なるほどね。そんな特大の薬莢で杭を押し出したなら――あんなゴーレムもワケはないか」

「そうでもないんすよ。ここだ! ってとこに打ち込まないと、たぶん上手くいかないんで」

「でも、あのとき、ドカン! ってびっくりした。あんなの初めて見たよ」

 やや感動的に、リザが微笑する。

「俺としては、その反動に耐え得るロウェルの腕に驚くのと……その杭の材質が気になるところだけどね」

 苦笑交じりにアズランド。まじまじとロウェルの腕と杭を見つめていたが、

「しかし、そんなにたくさんよく確保できたな。大砲一発を撃ち出すのだって、けっこうするものだってのに」

 ふと、べつの疑問を口にした。

「ああ、実はっすね……」

 ロウェルは説明しようとその日のことを思い出そうとして、同日のべつの出来事が脳裏を駆け巡った。

 鐘の音と。

 しおらしいエリーゼの顔と。

 ほのかな唇の熱と。

 我知らず、ロウェルはかっとなった。

「ロウェル?」

 リザが不思議そうに見上げてきた。ブンブン頭を振って、ロウェルは答える。

「あ、ああ……えーと。そうそう、廃棄区画(はいきくかく)瓦礫(がれき)のなかからお宝を見つけて」

「お宝?」アズランドが首を傾げる。

「そう。なんかまだ真新しいケースだったんすけど。中身を開けるとなんと……金塊(きんかい)が詰まってたんすよっ」

 身振りでその感激を示そうとして、ロウェルは杭打ち機を壁に(こす)りつけてしまった。

「金塊ってとってもお金になるんでしょう? すごいねっ」

「へへっ。落とし主には悪いけど、あれで友人(ダチ)の借金の返済もできたし。俺もこうして、準備万全ってわけだ」

 アズランドが思案顔で「うーむ」と唸る。やがて、

「それって、赤茶色のアタッシュケースだったりする?」

 はしゃぐ二人のあいだに疑問を投じた。

「そうそう! そんな色だったかな。それももう、売っちゃったけど。……って、なんでアズさん知ってるんすか?」

 アズランドは複雑な表情になった。

「いや、俺が仕事してるときにさ。その、金塊の詰まったアタッシュケースを持ち逃げしたギャングの下っ端(したっぱ)がいて騒ぎになったことがあって。……けっきょく、見つからずじまいらしいんだ」

「え? じゃあ、あの金塊って……」

咄嗟(とっさ)に隠すには悪くない場所だろうしね。まあ、その下っ端も行方知れずらしいんだけど。けど、悪巧みばかりしてきた奴らの資金源だし、キミらに使ってもらえて金塊も本望だろう」

 お気の毒に。というふうに、含み笑いをアズランドはしていた。

 と、そこでロウェルは大事なことに気づいてしまった。

「ん? ってか、アズさん。ギャングの一味だったんすか?」

 険しさを帯びるロウェルの顔に対して、アズランドが必死に弁解(べんかい)する。

「そう睨まないでくれ……。ただの雇われの護衛だって。追っ払うくらいしか、してはいないよ。手短で金払いが良かったんでね」

「本当っすかぁ?」

「本当だって。それに、ここ半年くらいは、ギャングの頭領(ボス)でなく、彼のお嬢さんの護衛を任されていたよ。もっぱら、買い物に付き合っての荷物持ちをさせられていたけどね」

 そっちのほうが苦労させられたよ、と苦笑の顔で、アズランドは主張しているみたいだった。

「それなら、まあ、いいんすけど」

 疑いの目を向けつつも、ロウェルは納得した。最近わかったこととして、アズランドは隠し事が多い人という印象が強まっている。気をつけて、見ておこうとこっそり思う。

 アズランドがほっとする。それも束の間、リザの表情の変化に気づいたらしい。なんだか、むくれているように、ロウェルには見えた。

「どうかしたかい、リザ?」

 気まずそうにアズランドが、リザに笑いかける。 

「べつに、なんでもない」

 素っ気なくリザがうつむいて返した。

 唯一の光源であるアズランドの手の角灯の揺らめく光に、ロウェルは、久々に見た気がした。

 リザの澄まし顔。とりわけ、ツンとしたものを。

 

 

 楽団の演奏が曲調を変えた。

 社交ダンスを興じていた面々の多くが、それを機に中断していた。

 休憩がてらに円卓の料理に手をつける者。

 熱意を保ったままバルコニーへと二人して足を運ぶ男女。

 エリーゼとケートネスも、場所を移そうと並んで歩み出して間もなく、

「お熱いことじゃのう」

 耳に障るダミ声がエリーゼに聞こえた。著しい嫌悪感を抑圧(よくあつ)し、そちらへ振り向いた。可能な限りにっこりとして。

 狸爺(たぬきじじい)こと、国王ペーターソンがそこにいた。

「父上……」

 ケートネスがぼそりと声に出す。エリーゼと違い、ギクリという表情が顕著(けんちょ)だった。彼の分も取り繕うように、エリーゼは礼節をわきまえて応対した。

「これは国王様。ご健勝でなによりですわ」

 頭を垂れ、ドレスの裾をわずかにたくし上げてみせると、ペーターソンはニタリ顔になった。実子のことなど眼中にないだろう。

 と、顔を上げたエリーゼがはっとなった。目線がだいぶ高くなる。

 リーズィヒット・クノッヘンがペーターソンの脇に高々と立っていたからだ。

 間近で見るとますます、不気味な感じが際立った。

 リザが人形のような少女なら、この男は人間として振る舞う人形――そんな対比をエリーゼの胸の奥で抱かせた。

 つい呆然となってしまったエリーゼに、ペーターソンががなる。

「なんじゃ。逢いたいというから、わざわざ呼んだんじゃぞ」

「え、ええ。是非……以前からお目にかかりたく――」

 咄嗟に応じて、エリーゼは笑みを湛えた。なるだけ自然に。しかし、クノッヘンはつまらなそうに「そうか」と短く返した。

 それっきり、口を閉ざした。これ以上、会話をつづける気はないという様相であったが、不意に口元にシワが刻まれた。それが笑みだと知れたのは、

「我が臣下からの報告で耳に入っている」

 静かな声に、どこか小馬鹿にする含みがあったゆえである。

「とても自由奔放(じゆうほんぽう)である、と」

「……どういう、意味でしょう」

 エリーゼは笑みを崩さなかったが、眼に警戒心が表れていた。

「他意などなく、言ったつもりであるが。いずれ、この国の一端を(にな)う身になるつもりであるならば、手を取り合ってゆきたいものだとな。そこの国王様(・・・)と私のように」

 たじろいでいるケートネスを尻目に、エリーゼは言った。媚びるふうに。

「ええ、もちろん。私はこの国の更なる繫栄を願っております」

 その言葉でクノッヘンは興味を失ったのか、つまらなそうな顔に立ち戻っていた。踵を返す気配をみせたところで、つと、勝手に口をついて出ていた。

「そして、この国に確固(かっこ)たる安寧秩序(あんねいちつじょ)(もたら)されることも。平民も貴族――王族の垣根なく」

 エリーゼが涼やかに言ってのけたそれは、クノッヘンを牽制するに(あたい)したようだ。

 先ほどより薄ら笑い、クノッヘンは言う。

「それが次代の国づくりか?」

「ええ」

 どうやら、狂言(きょうげん)として関心を引いたようだ。エリーゼとしては、それでも構わなかった。

 エリーゼはこの男を、なるべくここに引き留めておく必要があった。

 仲間たち――ロウェルのためにも。

 

 

 立ち並ぶ本棚の間の壁が、ゴゴゴと重い音を立てて、横滑りに開いていった。

 そこから、アズランドが現れた。あとからリザがつづき、最後にロウェルが横歩きで進み出る。

「おつかれさん。やっと、ゴールだ」 

 アズランドが角灯(ランプ)を持ち上げ、振り返る。仄明(ほのあか)りに照らし出された二人の姿が見えた。

 (かに)の真似事から解放されたロウェルが、気持ちよさそうに背伸びをする。

 鮮やかな浅黄色(あさぎいろ)だったワンピースが埃まみれになっているのを見回し、リザがしょげていた。

「……今度、またべつのを買いに行こう」

 苦笑し、アズランドは励ましのつもりで言った。それから、ここが敵地であると肝に銘じる。視線を移し、周囲を確認した。

 所狭しと書物が本棚を埋めているが窺えた。しかし、どれも年季を感じるものばかりで、研究書類のようなものは見当たらない。

「資料室というより、まるでアイツ個人の書斎という(おもむき)だな」

 アズランドは一冊、本棚から抜き取り、

「これなんか、古代の魔術書だ。金貨数十枚ぶんの値打ちものだよ」

 流し読みをして、頷いた。役立ちそうだ、と。

 そのまま何食わぬ顔で、魔術書をアズランドはジャケットの内側に入れて拝借した。そのとき、ロウェルの声が響いた。

「アズさん、あれ見てくださいよっ」

 急いでそちらへ駆け寄り、

「そんな大きな声を出さなくても聞こえるよ。ここはアイツの(ふところ)なんだから――」

 顔を(しか)めながら注意を促すアズランドの声が、尻すぼみに消えた。ロウェルの見上げていたものへ視線を合わせてみると、大きな絵画が壁に立て掛けてあったのだ。

 長い歳月を感じられるほどに、色褪せた絵画だった。貴族一家のようで、四人の人物が描かれてある。父母と兄妹。仲睦まじそうに。

「あの女の子……リザによく似てません?」

 ロウェルが隣に立ったリザと見比べて、言う。リザもそれを、思い詰めた表情で見上げていた。

「ああ。きっと、それがアイツが渇望(かつぼう)してやまない本物(・・)なんだろう。そして、その偉大な錬金術師様も描かれてあるな。この頃はまだ、顔色が良い健康体だったのか」

 クノッヘンを認識するや、アズランドの口調が皮肉めいた。

 胸中の根深い部分から、(うら)(つら)みが顔を覗かせてくる。が、それらを払拭するにさほど苦労はしなかった。

「ここを調べ回っても意味はない。早いところ、リザのお姉さんを連れ戻して、退散するとしよう」

 目的意識を明瞭(めいりょう)にし、冷静に告げた。

 その直後のことだった。淡々とした声とともに、

「まさか貴様らのほうからやって来ようとはな」

 クノッヘンの顔がぬっと眼前に現れた。絵画同様に血色が良いものだ。

 黒衣が(ひるがえ)り、光彩(こうさい)が満ち満ちてゆく――わずかな合間に、三人とも素早く退いた。

 光が虹色に大きく爆ぜた。

 

 

 式典会場である四階の大広間(ホール)が、ガクンと揺れた。

「おわっ……!」

 ケートネスがたたらを踏み、危うく転びかけた。

 実際は、卓上のグラスから飲み物がこぼれたりした程度のものであったが、ほかの貴族たちも何事かとざわめいている。

 なかには泰然(たいぜん)とした青年貴族もいた。令嬢たちへ、地震についての知識を引け明かすなどしていたが。

 あたりの動揺をいっさい気に留めず、クノッヘンが眉を(ひそ)めた。ややあって、厳粛な口ぶりで言った。

「なるほど……魂胆(こんたん)はそれか」

「どうかされまして?」

 エリーゼが小首を傾げる。そんなことより、というふうに微笑み、

「先ほどのお話のつづきをお聞かせくださいませんか……?」

 中断された会話を再開しようとした。無論、エリーゼもこの異変の正体には感づいている。繋ぎ止めようと躍起になった。

 しかし、その甲斐もなく、クノッヘンは動き出した。

「失礼させていただく」

 言い捨て、立ち去っていったその後ろ姿に、エリーゼは緩く唇を噛んだ。

 あとは、うまくやってよね。

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