三人は、うまく逃走していた。
ここでは場所が悪い、とアズランドの指示のもとで。
「あれはきっと、レフトだった。でも、どうして一人だけで……」
「まったく……前回もそうだったが、いきなり現れてむちゃくちゃやってくれるよ」
通路を走りながら、アズランドがぼやいた。
「どこまで行くんすかっ?」
ロウェルはちらと後ろを確認しながら訊く。光る翼から虹を振り零して低空飛行で迫るレフトに「うへぇ」となった。ちょっと、カッコイイな。なんて思ったりもしながら。
「アレだ! 左の部屋!」
アズランドが叫び、左折した三人は広々とした空間に抜けた。
数瞬遅れて、レフトが進入するなりアズランドが大声を響かせる。
「ロウェル! 入り口をぶっ壊してくれっ」
言われる前に、レフトの頭上を飛び越えて、ロウェルは
左腕の杭打ち機は遺憾なく破壊力を発揮し、壁を崩落させた。意外と分厚い壁で、そのぶん見事に、入り口を塞いだ。
これで、敵が駆けつけてきたしても、立ち入るには手間取るはずだ。満足して、左腕の杭打ち機を引き絞る。
「なんだ、ここ」
積み重なった壁の残骸の上から、ロウェルはあたりを見た。
天井にいくつも設置された電球で、地下とは思えないほどに明るい。それによって、光沢を帯びた黒々とした部品のようなものが、点在しているのがよくわかった。まるで巨大な腕や脚のように思えた。
そして、はっとなった。
「そっか。こんなとこで造ってたのか」
奥のほうで何体も寝ている巨大な物体が、あの
「そう。だからここが、地下でもっとも広い部屋なわけさ。まっ、見取り図からそう、当たりを付けていたんだけど。ドンピシャだったな」
アズランドが答えた。「さて」とつづけ、手早く
「今回はべつに、アンタとやり合うつもりはないんだけど」
左手を伸ばしていった。
果たして、無感情な声でレフトは応じた。
「あの方の邪魔をする者は排除する」
「まぁ、そう来るよね」
呆れ混じりにアズランドは笑う。目つきはどこか好戦的だった。
「やめてっ。アタシはお姉ちゃんに逢いたいだけなの。器になんて、なってほしくないの……!」
睨み合うアズランドとレフトのあいだに、リザが割って入り、訴えた。
「リザ……」
ロウェルの目に
「それが
ライトは至って
「どうして⁉ あなただって、兄弟がいるでしょう? アタシの気持ち、わかってくれないの?」
必死に説得しようとするリザの顔が悲痛に染まる。レフトの眉がぴくりとなった。
「我々は、兄弟などではない。あの方に使命を与えられた同一存在。ただ、それだけだ」
声音がかすかに変わった。それはきっと、無意識に表れた怒気。ロウェルにも、それはなんとなく感じ取れた。
「
言い終わるや、レフトの周囲が虹の瞬きを広げてゆく。
並行して、両腕に結晶が生え出し、杭を
ロウェルは眩しそうに目を細め、それを警戒した。
実際のところ、なんだかよくわかっていなかった。とんでもない能力であるということ。これでロウェルにとっては、十分な認識だった。
それよりも今は、両腕の美しい杭に、少し対抗意識に似たものをぶつけていた。
と、増大する杭結晶が、レフトの黒衣を引き裂いた。
胸元の
「あなたまでそんなに……」
リザが愕然とそれを見た。
「右腕の
リザは激しく、頭を振った。
「そんなこと思ってない! そんなにくっつけちゃったら、あなたもお姉ちゃんみたいに……」
「
口を挟まずにはいられなくなり、ロウェルが怒鳴った。
「アンタたちにとって、アイツはそんなに大事な人なのか! そんな、道具みたいに扱われて……」
レフトは振り返らず、言った。
「いちばん話が通じない愚か者は、貴様のようだな」
「なっ……」ロウェルが言い返す前に、レフトがまくし立てる。
「それが我々の存在理由だと、言っただろう。私は、あのお方によって生み出された。手となり足となり、あのお方の声に従い動く」
「無駄だよ、ロウェル。リザたちと違って、最初から人間らしい心を削ぎ落として造り出されたんだろう」
アズランドの口ぶりは穏やかだが、含みが滲んでいた。
「人間風情に我々を……あの方のお考えを、推し量れるものか」
「わかるわけないさ。死んだ人間が蘇ると本気で信じている――
「あの方が、どれほどの偉業を成し遂げてこられたと思っている?」
「その偉業の裏側で、いったい何人が犠牲になってきたんだ?」
アズランドは押し殺した声音で言い返し、右手で腰から拳銃を抜いた。
片手剣と拳銃を両手にそれぞれ握りしめ、構えていった。弓を引き絞るような動作で。
そのときだった。
突如として、部屋の奥のほうから軋み音が響き――ロウェルが「やべっ」と目を見開く。
黒鋼のゴーレムが、稼働し始めていた。
横目でアズランドもたしかめて、歯噛みした。なんて厄介な、というふうに。
完全に組み上げられた個体は、ぜんぶで五体いた。
「ロウェル、アレは任せていいかな。壊し慣れているだろうし。そっちのほうが、やりやすいだろう?」
「ゴーレム退治専門みたいに言わないでくださいよ……」
ロウェルはちょっとだけ、愚痴る。それから、パン! と両頬を叩くと、
「まっ、やりますけど‼」
大声量で宣言した。右手を掲げ、呼びかける。熱い眼差しを杭打ち機に注いだ。
「出番だぜ、
今度は下げたままでいる左腕の杭打ち機へ、
「
同様に掛け声を送った。
「それ、名前があったのか」
苦笑して、アズランドがぼそりとつぶやく。ロウェルの耳には届かなかった。
そのとき既に、ロウェルは前方へ大きく跳んでいたからであったし、レフトの頭上を通過する際、アズランドが牽制に発砲していた。
目前に黒鋼ゴーレムが迫り、ロウェルは右腕を振りかぶった。
ゴーレムも、寝起きは人間と一緒なのだろうか。緩慢に動き、
互いの金属の腕をぶつけあう格好になり、カキンと鳴った。
鳴りやむ前に、右腕の杭打ち機――
「よしっ」
反動で宙を押し戻されながら、ロウェルはガッツポーズをする。
「負けてられないな」
早くも一体を撃破したロウェルを、アズランドが頼もしげに見遣る。そして表情を引き締め、視線を移した。
相対するリザとレフトへ。
「ごめんね。力を貸して……」
許しを請うように、リザが囁いた。
胸に両手を当て、祈るような所作。無色透明だった胸の
最後に、両手の甲から槍の
その様子をまざまざと眺め、アズランドは感嘆した。
「綺麗なものだな」
「え?」
リザがやや目を丸くして、不思議そうにこちらを向いた。よく聞こえなかったという感じに。
アズランドは戸惑った。神秘的な光景に、我知らず、そう表現してしまった。あれだけ憎んでいた力だというのに。理由には、見当が付いていた。
知り、理解し、受け入れることが出来たからだ。それとも、この子だから、なのだろうか。
「何事も見方次第だなって。そう、思っただけだよ」
あまり深く考えている場合でもなく、泣きっ面を見られたときのように、
「その力は使わないほうがいい――と言えれば、多少は格好もついたんだが。とてもじゃないが、やつは俺の手には余る。主戦力はリザ……キミだ」
果敢な面構えで告げた。拳銃と
「バックアップは任せてくれ」
「ありがとう、アズ。その言葉だけで、すっごく勇気をもらえる……」
顔をくしゃっとさせて、リザは嬉しそうに微笑んだ。
と、進み出たアズランドの姿に、レフトの目の色が、かすかに変化した。
「ただの人間風情が……粋がるな」
「人間だから、ときには粋がってみたくなるのさ」
アズランドは軽口で応じた。
「我が半身を斬り裂いた報い……その味で味わうことだ」
「なんだ。あるじゃないか。そういう、人間的な動機も」
おや、と意外そうに、アズランドは唇を曲げた。
「戯言も、そこまでだ」
レフトが目を細め、アズランドを見据える。
直後、レフトが妖精宝珠の力をさらに解き放った。背で翼を描く虹が四枚へ数を増し、アズランド目掛けて肉薄する。
騎士の武装を
宙へ投げ出されたロウェルは、顔をしかめる。二度つづけて、火薬式杭打ち機を使用したのは初めてで、予想より右腕が痺れていた。
それでも受け身をきちんとこなせた。
降りかかってきた黒鋼ゴーレムの拳に、左腕の杭打ち機、
残りの個体の追撃をかいくぐり、ロウェルは、ゴーレムの部品の陰で態勢を整えた。
「これでよし、と」
どちらも終えた瞬間、部品が巻き上げられた。黒鋼ゴーレムの一撃によって。
一瞬はやく跳び退いていたロウェルが、自分を見失ってきょろきょろする黒鋼ゴーレムたちを眺めた。
まだ三体もいるのか。ため息をつく。
それから、ニカッと笑った。
壊し甲斐があるじゃん。負けん気が湧いてきた。
「またとない腕試しだなー」
ようやく黒鋼ゴーレムたちが自分を発見した。それらに向けて、
「うっしゃっ! 根比べといこうぜ!」
アズランドは
リザが険しい形相で腕を交え、目の前にいた。手の甲の結晶が十字架を成して、レフトが鋭く突き出した杭結晶を受け止めている。
「すまない、リザ。けど、これで――」
レフトの
自身の魔力をたっぷり付与した斬撃。
決定打にはならずとも、期待はあった。展開されている虹の膜ごと浅く脇腹を斬り、手傷を負わせるくらいの。前回の交戦時から、そう判断した。
が、その思惑は大きく裏切られた。
ぶわっ、とレフトの魔力が瞬間的に膨れ上がった。
アズランドは仰け反り、片手剣は弾かれ手を離れ――宙を高く舞っていった。
間近でレフトの魔力の変動を感じ取り、ゾッとする。前とは桁違いだ……。
魔術の才を有するか否かは、他者が
「消えろ、人間」
レフトが目だけ動かし、アズランドを見る。胸元の妖精宝珠の瞬きを強くさせた。
「やめてっ」
リザがハッとして、叫ぶ。
リザのほうからも、妖精宝珠を介して魔力が寄り集まるのをアズランドは感じた。彼女の虹の膜が、厚くなる。
瞬間、並々ならぬ魔力をレフトが放出した。
咄嗟に床を踏みしめるくらいのことをしたが、まるで意味をなさなかった。たちまち、衝撃波にアズランドは吹き飛ばされ、背中から勢いよく壁に叩きつけられてしまった。
呻き声を漏らし、アズランドは背を壁に擦りつけながら、座り込んだ。力なく、頭が垂れ下がる。
「アズ⁉」
遠くからリザの声が聞こえた。ひどく、慌てているようだった。時おり、泣き言のようなものが、アズランドの耳を打った。
「なにがバックアップは任せろ、だよ……」
自嘲じみた声が、アズランドの口をついて出ていた。うっすら目を開け、ゆっくり顔を上げていく。
交戦の
両腕の杭結晶を巧みに操るレフトに、リザは防戦一方だった。手の甲に咲いた結晶で、どうにか受け流すのがやっとだ。
妖精宝珠による魔力による勝負ならともかく、得物を用いての戦闘は、明らかにレフトに軍配が上がるのが見て取れる。
それでも、と苦笑いをして、アズランドはレフトを
「ロウェルに比べれば……単調な攻め手だ」
そのとき、ロウェルの杭打ち機の炸裂音がした。見遣れば、黒鋼ゴーレムはあと一体を残すばかりとなっている。
「さすがロウェル。あんなのを容易く……」
アズランドの感心の声が、途絶えた。ジャケットの内側に手を差し入れていた。
ややもたつきながら、懐から取りだしたものを、手のひらに乗せた。
黒光りする
あの黒鋼ゴーレムと同じ材質で加工された代物だった。おそらく、軍用なのだろう。
アズランドがこれを手にしている理由は簡単だ。
黒衣の仮面の連中の一人が所持していたものを、くすねていたからである。ロウェルがあらかた叩き伏せた、あのときに。
アズランドは、手放さずにいられた右手の拳銃に目を落とした。
「三十八口径。人間相手なら、十分なんだがなあ」
弾倉を開き、次弾の位置に円錐状の弾丸を装填し、
「試してみるさ」
ガチリと閉じた。
「この材質なら――目一杯、魔力を注ぎ込んでも耐え得るはずだ」
思い切るように撃鉄を上げ、アズランドは右手に握る銃を突き出す。そして、弾倉近くに左手を添えていった。
長いこと、そうしていた。
リザとレフトの
やがて、つうっとアズランドの額から頬にかけて汗が伝った。
「まだだ……まだ、届かないはずだ」
アズランドは集中していた。
左手を通して、弾倉の内側にある円錐状の弾丸へ魔力を流し込むことに。弾丸に魔力を以てして、
それは針に糸を通すような精密な作業だ。少しでも誤れば、誘爆を招き、両手を失いかねない。
硬く。厚く。鋭く。
あの虹の守護を穿つためだけの、魔力が必要なんだ。胸中で、言い聞かせたとき、気が遠のく感覚が生じた。魔力の消耗が原因だと、アズランドはすぐに察した。
限界と断ずると、次の段階へ移す。
「一発だ。たったそれだけで、仕留め切るなら――」
拳銃の後部の窪みとして存在する
滲んだ汗が、顎先から滴り落ちていった。
と、そこでリザが妖精宝珠の能力を強く開放した。あわや、レフトの杭で貫かれそうになったところを、やぶれかぶれという具合に。
ここだ! アズランドは目を見開く。狙い定めて、引き金を引いた。
決定打となるはずの放れた弾丸は、虹の膜を突き破り、思いのほか素早く応戦の構えをとったレフトの胸に直撃した。妖精宝珠に、半ばめり込んで止まっていた。
「くそっ」
アズランドは舌打ちした。
レフトがゆっくりと、アズランドのほうへ振り返った。
「貴様……まだ――」
レフトの憤りを、鈴の音のようなものが奪った。妖精宝珠が割れた音だった。
その刹那。
レフトの全身が、様々な色で光り輝いた。いや、光そのものに
アズランドとリザが唖然と見守るなか、光が散り散りになった。
無数の
「妖精宝珠が砕けた影響なのか?」
宙を仰いで、判然としない口ぶりでアズランドは言った。
「これが砕けるとああなっちゃうの……?」
リザが蒼然となって、近くに寄って来た妖精たちに目を向ける。庇うように押さえ込んでいた胸の妖精宝珠は、次第に光を失っていった。
「おわっ⁉ 妖精ってこんな地下にもいるもんなんすか?」
駆け寄ってきたロウェルが、仰天した。すべてのゴーレムを壊し終えたらしい。
「いや、これは……」
壁に左手をつきながら、アズランドは立ち上がる。その直後、拳銃の銃身が半ばからへし折れ、二つに分かれた。
共々、むちゃしたもんだな。苦笑すると、右手から拳銃だったものを離した。
「なんだ、このありさまは」
不意に声がした。レフトと同じ声が。