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咄嗟にはなにが起きたのかまるで理解できなかった。
彼女はジタバタもがきながら、沼地のなかへ沈んでいく。
闇がチョコレートのように溶けて溜まったような昏い水底へ。彼女が吐き出した水泡ですら、すぐに見えなくなる。
水は氷のように冷たく感じられた。水そのものがそうさせるのではない。沼地に蠢く死者たちの意思によるものであるとわかった。
ここが
たまらず拒絶の悲鳴を上げようとした。けれどもそれは、彼女に薄汚い水を多量に肺に取り込ませただけでしかなかった。水と一緒に流れ込んできた穢れを内側で感じ取り、ゾッとした。
激しくもがきつづけ、一際大きな水泡が闇に消えるのを見届けたのを最後に――彼女は抗うことをやめた。薄れつつあるものの、意識はまだある。が、それも間もなく完全に散ってしまうのだろう。
もはや体がゆっくりと沈んでいくのに身を任せていた。
不意に、真っ黒な視界に、白いものが見えて、目が自然とそちらに引き寄せられた。それが自分自身の長い髪であると、霧散しかけた意識で認識することは、まだ可能でいた。
――どうして?
漠然とした疑問が、彼女の自我を呼び覚ました。
“雪のように穢れない白髪”
あの
――どうして? そう言ってくれたのに。彼女の白髪がわずかに黒ずんだ。
――どうして? 傍にいると誓ってくれたのに。彼女の白髪から灰色に変色していった。
どうして? どうして? どうして? どうして?
無数の問いが渦を巻いた。どうして? は尽きることはなく、いつしか彼女の髪は、沼地の色とそっくりになっていた。昏い黒色に。
そして、次の疑問が泡のように大きく浮かび上がった。
――どうして? 私はまだ生きているの? 息苦しくないばかりか、この沼地を沈んでいくことに、恐怖すら感じなくなっている。あるのは、ゆりかごに揺られるのにも似た安堵感だけで。
そんなことさえもう、彼女にはどうでもよくなっていた。
あの
熱を帯びた眼で自分の右手を見つめた。あの
――あなたに花を贈りましょう。
彼女は右手に唇を押し付けた。あの
祝福するように微笑んだ。そのくせそれは、妖艶でいて邪悪な面持ちでさえあった。